https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%A5%A2%A5%F3%A5%CA%A1%A6%A5%A2%A1%BC%A5%C7%A5%A3%A1%A6%A5%A2%A5%F3%A5%D0%A1%BC かわいいよ核弾頭ちゃんかわいい。
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%A5%B5%A5%E0%A5%CA%A1%A6%A5%A2%A5%C8%A5%AD%A5%F3%A5%BD%A5%F3 ちょっとおすすめ泥を投げると同時に打ち消し線を無効化できないかテスト サムナくんいいよね
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%cb%a1%bc%a5%ca%a1%a6%a5%e9%a5%a4%a5%aa%a5%c3%a5%c8 元気で真っ直ぐな子いいですよね
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%be%f8%b5%a4%b5%a1%b4%d8%bc%d6%a5%c8%a5%e0%a1%a6%a5%b5%a5%e0 url消されてるとわかんなくなるから言っちゃうとトム・サムです カッコいい…非力かもしれないけど絶対に仕事してくれそうな感じがいい…
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%d0%a5%a2%a5%eb 宝具も武器も造形も全てがカッコイイ 妻sや妹sとの絡みも大好き
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%ed%a5%b6%a5%cb%a5%a2%a1%a6%a5%c8%a5%a5%a5%a4%a5%f3%a5%af%a5%eb%a5%b9%a5%c8%a1%bc%a5%f3%a1%bf%a5%ea%a5%ea%a5%cb%a5%a2%a1%a6%a5%c8%a5%a5%a5%a4%a5%f3%a5%af%a5%eb%a5%b9%a5%c8%a1%bc%a5%f3 このわちゃわちゃ感がたまらないんだ 割とキテルのもよい
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%ba%f9%ba%e4%a5%d5%a5%ed%a1%bc%a5%e9 今日は好きな泥をあげていいと聞いて 眼鏡強キャラ魔術×科学合法白衣ロリとかいう全てが俺に突き刺さった女貼る
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%A5%C6%A5%A2%A1%A6%A5%D5%A5%A9%A5%F3%A1%A6%A5%B7%A5%E5%A5%BF%A1%BC%A5%CD%A5%F3%A5%B9%A5%BF%A5%A6%A5%F4 自分にとっては当たり前である母星の技術を地球で使ってドン引きされるエイリアンの様だ... ちょっと不憫かわいい
どれだけ時間が経っただろうか。 いつの間にか、遠くで戦うサーヴァント達の気配も感じなくなっていた。
「―――いらないよ」 「何も、涙一粒だって……」
暖かい感触に、びくりと身を震わせる。 ヴィルマの前で屈み、顔を伏せた彼女の身体を、カノンは両腕で抱擁していた。 同時に、氷のように冷たくなった彼女の震える手を取り、熱を伝えるように握りしめる。
それが、カノンにとっての精一杯だったのかもしれない。 彼は神ではないし、何ら誰かに与えられる施しなどは無い。彼自身もまた、奪われる側、自由無き側の人間だったのだから。 何もしてやれない。目の前の深く傷ついた少女を救う術が分からない。―――それでも。 それでも、こうして傍に寄り添いたいと思う。この体温を分かち合いたいと願う。苦痛を和らげて欲しいと願う。 君は誰の道具でもない。何も奪われていい筈がない。君は生命なのだから。少なくとも、僕にとっては消してはならない生命なんだ。 だから、今はこうして傍にいさせて。君の分まで涙を流させて。
「―――――――――ぁ」
黒いコートの布地を掴んで握りしめる。 少女はそのまま、堰を切ったように泣き喚き続けた。身体の奥底に溜め込んだ膿を出しきるまで。
「大丈夫?」 「―――大丈夫。もう、結構よ」
落ち着いてきたヴィルマがそそくさと身を離す。 様子を伺えなかった表情は、今までのように生気が失せたものではなく、不貞腐れながらも何処か光を取り戻しているように見えた。 顔が赤いのは、直前まで大声で叫んでいたせいだろうか?様子を確認したカノンが、初めて安堵の表情を見せた。 そして、同時に周囲の状況が二人の知覚に入ってくる。先ほどまでの閃光は失せて、静寂が周りを包んでいた。
「バーサーカー……」 「決着、ついたみたいだね。大丈夫、セイバーはトドメを刺してない」
バーサーカーと自身を繋ぐ、胸の令呪はまだ消えていない。魔力を送るパスはまだ生きている。 激しい戦闘はあっただろうが、双方共にサーヴァントを失うことなく終わったようだ。
「そう、負けたのね。私」 「勝ち負けじゃないよ。―――さぁ、セイバー達のところに戻ろう」
いいや、負けだ。殺し合う意味ではないけれど。 改めて彼が手を差し伸べる。その姿を、柔らかくはにかむカノンの表情を見つめて、少し気恥ずかしくて顔を伏せた。 立ち上がって手を伸ばすと、彼が掴み取る。その暖かさが流れ込んで、少し高くなった自分の体温と混ざり合うように感じた。 ここで動いても、多くを失うことに変わりはない―――それでも、どうせ失くしてしまうならば、自棄になって歩き出しても良い。 今はそう思える。こうして、あなたの暖かな手に引かれていると。
暫くの間―――二人の下に到着して、セイバーの視線に気づくまで、繋いだ手を離すことが出来なかった。
「だから、僕は」 「あなたを殺さない。……殺したくないんだ。―――もういいんだよ。戦わなくたって」
なのに、目の前の少年は、 戦意も殺意も欠片もない、ただ真っ直ぐに真摯な眼差しをこちらに向けてくる。 いつの間にか銃を手放した右手が、こちらに向けて差し伸べられた。
その時、音を立てて、ヴィルマの中の何かが崩れ落ちた。 目を見開いて、左手で叩くようにカノンの手を払い除ける。
「―――もう嫌だ、もう嫌だ、嫌だ、いや、いやぁ……!」
思考の混沌が体外に溢れ出す。 呼吸が荒くなり、全身から汗が噴き出す。手にしていた拳銃を取り落として、両手で髪をグシャグシャに乱す。 直立も出来ず、膝から崩れ落ちてその場にへたり込む。くの字に身体を折り曲げ、突っ伏した彼女の表情は、 冷酷な薄い表皮も、亡霊のような空気もない、抑えきれない感情に醜く歪んでいた。
「何が聖杯、何が戦争、何がシュターネンスタウヴ、何がナチス……!何が、何が……!」 「寄ってたかって私を都合よく切り分けて、都合よく見た目だけ整えて、都合よく引き摺り回して……!」 「もうあげられるものなんて、私には残ってないわよ!」
上体を起こして、揺れる瞳孔がカノンを睨みつける。 ゼノンだけじゃない。アーネンエルベの高官共も、死んでいった家族も、誰も彼もが自分を利用してきた。 全て他人の都合だ。自分の意志など介在する余地もない。地べたに転がる塵を飾り付けて、最後には捨てていく。 は、は。と、吐き出した息が震えて嗤う。
「―――笑えるでしょう?私には処女すら残ってないの」 「この手も目も口も、腹の中までどろどろに汚れているの。兄だけじゃない、何人もの男の手で……!」
その言葉を口にするだけで、ぞっとする悪寒が全身を貫く。口を動かし続けなければ汚物を吐き出しそうになる。 なんの価値もない肉ならどれだけ楽だっただろうか。だけど、彼らはそんな肉にすら値打ちを付けて弄んだ。 真っ白なシーツを赤く汚して、もう汚れているのなら構わないとばかりに、黒く染まるまで使い潰された。 両腕で身体を抱え、無意識に右手は下腹部を握り潰すように、あるいは隠すようにして震えた。
「大事なものさえとっくに奪われてるのに、みんなまだ私から使えそうなものを見つけ出しては勝手に奪っていく……!」 「なのに、あなたは何なの!?笑わせないでよ、今更そんな薄っぺらい言葉なんて……!……う…う……」
今更、そんなものが響くはずもない。 どんな綺麗事を並べ立てても、この身に染み付いた汚れは洗い落せない。何も変わるものなんてない。 既に終わってしまったのだから。地の底で倒れているだけの私は、立ち上がる脚を与えられなかったのだから。
なのに、 信じられない。今更、もう手遅れなのに。 どうして、今になって泣いているの。
「……助けて……」
最後の言葉が、掠れるように零れた。
その姿を見たのは、久しぶりだと少女は感じた。 黒いコート、淡い金の髪、さほど身長は高くない少年の姿。 その姿を見るのが、正確には、彼が黒鉄の銃をこちらに向けるのが。最初に対峙した時と同じ構図に思えた。
しかし、当時とは状況は大きく異なる。 少女、ヴィルマの前にバーサーカーの姿はなく、少年、カノンの隣にもセイバーの姿はない。 両者共に、遥か向こう―――倒壊したクレーンの先で戦いを続けている。時折放たれる閃光がその証だった。 謎の黒い人影の軍勢、恐らくはカノンがこの戦いのために準備したそれは、セイバーとの相乗効果で威力を発揮した。 ヴィルマは頼みのバーサーカーとあっさり分断され、無力な肉体をカノンの前に晒す状況にある。
今は人影の姿はない。自分にとどめを刺すのに、もはやあの魔術は必要ないのだろう。 その判断を屈辱と感じたり、あんな芸当を容易く実現する少年に嫉妬する余裕はヴィルマになかった。 彼のP08に対抗して取り出したHScは、握る手が重量に負けて震えている。 実戦で幾度となく発砲したであろう彼と、まともな射撃の経験すらない自分では、この至近距離でも勝敗は明らかだ。
完全な手詰まりの中、逆転の一手を降霊術に頼ろうと出口のない思考を繰り返す。 その時、 すっと、拳銃を握るカノンの右腕が真下に降りた。
「―――もう、やめましょう」 「……これで終わりです。僕はあなたを撃たない。僕とあなたが、戦う理由なんて最初から―――」
思わず、ヴィルマは我が耳を疑った。 しかし聞き間違いはない。この状況で、カノンは停戦を求めてきたのだ。 彼が奪取した聖杯から離れるリスクを冒してでも戻ってきたのは、この聖杯戦争に決着をつけるため。 その対象は、この戦争を仕掛けた男―――ゼノン・ヴェーレンハイトにある。 それ以外の相手に対して、徹底してとどめを刺す必要はカノンにはなく、 ……それ以上に、彼はヴィルマのことを殺すべき相手だと認識できなくなっていた。
「何を、言っているのですか?」 「私はアーネンエルベ機関の人間です。聖杯は我らが獲得するべきであり、あなたは聖杯を奪ってその在り処を隠している」 「これ以上に敵対すべき理由はありません、それをあなたは、敵意はない、と?」
だが、ヴィルマにとって自身が、シュターネンスタウヴがこの戦争を降りる選択肢はあり得なかった。 アーネンエルベのマスターとしてバーサーカーと契約する。それが現状における彼女の唯一の存在価値となる。 財産、呪具、魔術刻印。機関に深く関わりすぎた家は全ての拠り所を握られ、離反無きように首輪を嵌められた。 逃げ出せば家の価値はおろか、命さえ確実に刈り取られる。この戦争に勝利しない限り自身の生存は―――
「その機関は、あなたに何をしてくれるんですか?」 「あの人が―――ゼノンが聖杯を手にしたとして、それはあなたの安全を保障することはない」 「彼は、自身の目的のためならば誰でも切り捨てることができます」
―――生存の道は、ない。 ゼノン・ヴェーレンハイト。あの男が本性を現した時点で、ヴィルマの拠り所は消滅したに等しかった。 アーネンエルベ側が聖杯を持ち帰れば、それを行使するのはゼノン。しかし彼が対等に見る相手は一人もいない。 それは事実上、彼が機関を、ナチスを離れてワンマンで行動を起こすことを意味する。愚鈍な高官共を騙したままに。 やがては切り捨てられる。ならば、例え身一つであってもここから逃げ出す道を―――いや、まだだ。
「―――勝敗は決まっていない。そうやって無駄な時間を費やしている内に、バーサーカーは……」 「セイバーは負けないよ」 「これまでの戦いで、バーサーカーが何をしてくるかは分かった。こっちにはもう一枚切り札がある」
きっぱりと切り捨てられた。 勝算はあった。バーサーカーの力であればセイバーは押し切れる―――彼女の宝具があの雷のみであれば。 このまま時間を稼げば、マスター同士の魔力供給量の差から、サーヴァントの持久力はヴィルマに分がある。 そう算段を立てていたが、カノンはそれを知る上で、短期に勝敗を決め得るもう一手があると告げたのだ。 あのバーサーカーに対して有効となる手―――ハッタリだと思いたいが、セイバーの能力が未知数であることに疑いはない。 目の前の勝機が揺らいでいく。そして、それより先に続く道は全て絶たれている。 だけど、今更自分に何ができる?何の主体性もなく、言われるがままに行動してきた人形に今更何が? だから、戦わないと。そう命じられたのだから、他に成すべきことがわからないのだから、目的を達成しないと。
それから暫く経ち、気付くといつの間にか駅についていたようだ。 ふと窓の外を見ると黒衣の軍服を纏った連中、親衛隊が慌ただしく駅のホームに蠢いていた。 耳を傾けると、目標を探せだとかスコルツェニーがいるはずだという言葉に気付いた。 どうやら身内である親衛隊から追われているらしい。このままでは青年も巻き込みかねない。 まだベルリンは少し遠いが、なんとかなるだろう。 意を決してスコルツェニーは立ち上がる。 「……どうかしましたか?」 青年も異様な気配に気付いたようだ。 窓から外を見ると、顔をしかめた。 「青年、恐らく私を追っている者がここに来る。君は追っ手に私がここで降りたと言うんだ。そうすれば危害は加えられない筈だ」 スコルツェニーはスーツケースを手に立ち上がる。 「あの……!」 「なんだね?」 青年もまた意を決したかのように声を上げる。 スコルツェニーはそれに応じた。 「僕は、僕はカノン・フォルケンマイヤーと言います……その、ありがとうございます」 座ったまま頭を下げる青年、カノン。 「…………礼を言われるような事はしていないがね。 ウォルフだ、人からはウォルフ博士と呼ばれている」 頭を下げたカノンにスコルツェニーは困ったように眉をしかめると、無理矢理笑みを作った。 そのまま、反対側の窓の客席の窓を開けるとスーツケースを投げ、窓に体を滑り込ませる。 「……お互い、運が合ったらまた会おう、フォルケンマイヤー」 窓から飛び降りるスコルツェニー。 カノンが窓から覗いた時には既に彼は遠くへと走り去っていた。
「親衛隊だ!これより車両の臨検を行う!!」 カノンが席に戻るのと親衛隊が客車に踏み込んで来るのはほぼ同時だった。
「ここ、良いかね?」 スコルツェニーはにこやかに微笑むと向かいの席に座り、手に持っていたスーツケースを置いた。 「…………どうぞ」 男は投げやりに頷くと窓に顔を向けた。 「もしや兵隊さんかね? 負傷されて後送されたとか?」 「まぁ、そんな所です」 「私も先の大戦の時は兵隊だったが足を撃たれてしまってね、君のような若い者に任せてしまっている」 「大した事ではないです」 「そうかね、ところで何処まで行くつもりだい?」 「…………ベルリンです、父から頼まれた用がありまして」 今まで言葉に感情の乗っていなかった青年の言葉に僅かに感情が乗った。 「そうか。…………少年、悪いことは言わない、この国はもうすぐ負ける。ベルリンは国土や人民を傷つけられた怒りに燃えるソ連に完膚なきまでに破壊され、蹂躙されるだろう。用が済んだら家族を連れてすぐに西へ逃げろ。少なくとも米英の勢力下である西部戦線((当時のドイツは米英相手の西部戦線とソ連相手の東部戦線、二つの戦線を抱えていた))であればそれほど酷いことにはならない」 スコルツェニーは青年の目を真っ直ぐ見詰めて、真摯に話す。 「大丈夫です……父も母も、もういません。友人の一人も、いません。一人で行ってくるだけですから」 スコルツェニーの言葉を聞いてなお、青年の目は生気がなく、空虚だった。 「そうか……」 スコルツェニーはゆっくりと頷く。 言葉ではこれ以上彼を動かすことは出来ない。スコルツェニーは黙るしかなかった。
今のスコルツェニーは左頬の傷を隠し、白髪のかつらと山高帽、片眼鏡を付けた老紳士にしか見えなかった。
(この状況下でベルリンに呼び出しなんて録な用じゃねぇな……) 二等客車はガラガラだった。 普通こんな状況下で容易に移動は出来ないし、昼間の列車なんて連合軍のヤーボ((ヤーボ。ヤークトボンバー、戦闘爆撃機の略称。身軽な戦闘機に爆弾やロケット弾を積んだ地上目標攻撃用の機体))の的になるような物だ。 乗客が少ないのも当然だろう。 適当な席に座ろうと席を見繕っていたスコルツェニーの目に人影が映る。 奇特な先人がいたらしい。黒のロングコートを来た男のようだ。 俯き、視線を下げていた男だが、向こうも此方に気付いたようだ。一瞬、視線が交差する。 スコルツェニーは男の目に見覚えがあった。 それは戦場という現実を前に理想も信条も砕かれて夢から覚めた者の目。 よく見ればその顔つきは幼さが残っている。
そいつがユーゲント上がりなのは目を見れば分かった。 戦場という現実を前に理想も信条も砕かれて夢から覚めた奴はみんなああいう目になる。俺のように戦場に適合してしまった一握りのクズ以外は。 俺は黒の装束に袖を通した武装親衛隊中佐、ああいうガキを『どうなるか分かっていて』戦場に送り込んだ側だ。 総統からの命令は誰にも知られるな、誰にも見つかるな。……それがどうした。ここであの小僧を見過ごしたら俺はディルレヴァンガーの第36SS武装擲弾兵師団やカミンスキー旅団と同じ本当のクズ以下の畜生になっちまう。 これは俺の自己満足だ、己の人間性を保つ為、今までしでかしてきた、目をつぶってきた罪を償おうとする代償行為に過ぎない。 それでも良い、一人の小僧の命が救えるなら幾らでも罵りを受けてやる。
1945年3月ドイツ某所、とある駅。
「ったく、上はなに考えてるんだかな……」 オットー・スコルツェニー、今はウォルフ博士と名乗る男は何度目かも分からない愚痴を吐き捨てると列車へと足を踏み入れた。 同時に出発を告げる汽笛が鳴り、列車は動き始める。 戦線から近い場所に生きている交通機関があったのは奇跡的だ。 ……列車の名前も覚えていないが、ベルリンへと行くと言うなら異論はない。 しかし、この列車は変な客が多かった。 先程すれ違ったストリッパーのような変な赤い服を着た褐色の女は人とは思えない雰囲気だったし、戦時中にも関わらず学生気分の抜けていない騒がしい一団がいたのだ。 まぁいい、と気分を変えて別の客車、二等客車へと移る。
そもそも本来であればスコルツェニーはドイツ東部で部隊の指揮を取っている筈だった。 それが急遽ベルリンに向かうことになった原因は数日前スコルツェニー宛に届いた命令書だ。 総統ヒトラーによるスコルツェニー以外開けてはならないと記されたそれにはこう書かれていた。 『至急ベルリンへと出頭せよ、これは総統指令である。尚、ベルリンへ行くことは誰にも知られてはならない、誰にも見つかってはならない』 「つい先日、ハンガリーでの攻勢に失敗して中央軍集団が壊滅して目の前にソ連が迫ってるこの状況下で?遂に我らが総統閣下はイカれたのか?」 しかし、命令は命令である。 部下に一時的に部隊の指揮を任せると準備を整え、変装をすると生きている交通機関を探し、それに飛び乗ったのだ。
シンドーから発せられた聖杯戦争という言葉にスコルツェニーの眉がピクリと僅かに動く。 「……っ、はははっ!聖杯戦争?なんだそりゃ、ヒトラーやヒムラーの妄言を信じてるのか?ラストバタリオンとか?」 一呼吸置いた後笑い飛ばした。 「声が震えているぞ、オットー・スコルツェニー」 第三の男の声に思わずスコルツェニーが椅子から飛び退き、身構える 男はスーツを着込んだ白髪の老人だった。 男からは一切、気配がしなかった。いや、気配を感じることが出来なかった。 「てめぇ、魔術師だな」 「いや、三人とも魔術師だ。名乗り忘れたなカール・グスタフ・ユング、心理学者と言うことになっている」 スコルツェニーの警戒を露とした声を気にすることなくユングはパイプを取り出し口にくわえる。 その眼鏡の奥には魔術師独特の強い意思があった。 「……そういう事かよ、俺は話すことはねぇ」 椅子に座り直すスコルツェニー。 「無理に話す必要はない」 スコルツェニーの顔の前に手を翳すユング。 すると、スコルツェニーの意識が段々と遠退いて行く。 「くそ、魔術かよ……」 「これでも大分穏健な手を使っているのだがね。 私もベルリンで行われた儀式には興味がある、話して貰おうかオットー・スコルツェニー」 ユングの言葉を聞きながら、スコルツェニーの意識は一年前に引き戻されていった。
1945年5月、欧州での大戦はドイツの敗北と言う形で終結した。 連合国は残った大日本帝国との戦いの終わりも間近と見ており、『次』に向けて動き出していた。 後にペーパークリップ作戦と呼ばれる技術者のスカウト、ドイツの遺産の奪い合いが水面下で後に自由陣営と呼ばれる米英とソ連の間で繰り広げられ始めていた。
1946年7月ドイツ、ニュンベルク、捕虜収容所。 捕虜収容所の廊下を前後と両脇を兵士に固められた男が歩く。 過度な程警戒している両脇の兵士とは裏腹に 男は散歩でもしているかの様に緊張感がなくリラックスしていた。 男の方には頬に傷があり、リラックスした上機嫌な表情でも厳つさを隠しきれてはいない。 前方の兵士が足を止める。 そこは尋問室と書かれた小さな部屋の前。 「入れ!」 「おいおい、随分乱暴じゃねぇかよ。捕虜虐待か?」 両脇の兵に急かされて押し込めれるように尋問室に入れられる傷の男。 目の前には机と椅子。男は慣れた様子でふてぶてしく椅子に腰掛けた。 「で、今日はなんだ? グライフ作戦の件ならお互い様って事で話が付いたろ?」 尋問室の奥、自身を監視している者に向けてわざとらしく大声を上げる。 そこで向かいの扉が開き、何人かの男が部屋に入ってきた。 「……オットー・スコルツェニーだな?」 一人の男が傷の男、オットースコルツェニーに相対するように椅子に座ると話し掛ける。 「誰だ、あんたら? いつもの担当じゃないな」 先程よりも警戒の色を露にしてスコルツェニーは問い掛けた。 「アメリカ海軍情報部P課所属、フランク・H・シンドー中尉です」 スコルツェニーに相対する男は如何にもといった軍人の風体だ。軍服はアメリカ海軍の青い軍服。 名前や顔つきからして東洋人の血を引いているのだろうか。 「海軍情報部P課、噂のデルタグリーン((海軍情報部P課通称デルタグリーン。とある事件を経緯に設立されたアメリカ軍の対神秘部隊、詳細は[[デルタグリーンについて>フランク・H・シンドー]]参照))か。カロテキア((カロテキア、ナチスドイツのオカルト特務機関。独自の指揮系統を持ち、欧州で暗躍していた。))の連中と派手にやり合ったらしいな。聞いてるぜ。そっちもデルタグリーンなのか?軍人っぽくはないが」 スコルツェニーはオカルトについては殆ど専門外だが、カロテキアとデルタグリーンについての噂とその戦闘については聞いた事があった。 興味深そうにシンドーの隣に立っていた奇妙な髪型の男に問い掛ける。 「いや、俺は違いますよ。俺はイギリス軍軍属のタイタス・クロウ、暗号解析なんかをやってた」 シンドーの隣に立っていた奇妙な髪型の男が名乗った。 こちらは軍人というよりは研究者かさもなくば探偵が似合いそうな若者だった。 「そりゃどうも、今更何が聞きたいんだ?」 首だけかくんと動かしたスコルツェニーは相変わらずの不遜な態度で言い放つ。 答える気はないと態度で示していた。 「単刀直入に言おう、ベルリンでの聖杯戦争について聞きたい」
特定条件下において自身の体力と魔力を回復する。『単独行動』や『自己回復(魔力)』の互換スキル。 【ランク毎効果一覧】 EX:マスターが存在せずとも現界可能。その効果はある特殊クラスのみが持つ『単独顕現』に匹敵する。 A++:マスターが存在せずとも年単位で現界を維持可能。ただし戦闘行動が難しくなり霊体化に不全を来す。 A+:マスターが存在せずとも半年は現界を維持可能。ただし戦闘行動が難しくなり霊体化に不全を来す。 A:マスターが存在せずとも1か月は現界を維持可能。ただし戦闘行動が難しくなり霊体化に不全を来す。 B:マスターからの魔力供給がなくとも現界を維持可能。宝具使用などの大規模な魔力消費もある程度賄える。 C:マスターからの魔力供給がなくとも現界を維持可能。ただし宝具使用などの大規模な魔力消費は賄えない。 D:宝具使用などの魔力消費をある程度軽減可能。またマスターの魔力供給がなくとも2日は現界を維持できる。 E:宝具使用などの魔力消費をある程度軽減可能。またマスターの魔力供給がなくとも1日は現界を維持できる。
記述はされていないが、基本的に下位ランクの効果も含む。 例えばAランクは「ただし戦闘行動が難しくなり霊体化に不全を来す」が、これはマスターいない場合であり、 マスターが存在すれば魔力供給がなくとも現界を維持可能、宝具使用などの大規模な魔力消費も自前で賄える。
ランクに+がつく例として、余剰魔力の生産及び蓄積、超特殊条件下における効果の上昇など。 その他様々な要因で効果が変化する場合、上記の汎用説明文を改変しても問題ない。 上記のものはあくまで平均的な効果である。Fateにおいて例外が多いのはいつものことである。 【FGO風スキルとして】 FGO風性能では基本的にパッシブスキルとして使用される。 効果は《○○において自身に毎ターンNP獲得状態を付与&クリティカル威力をアップ》というもの。 例えば自給自足(陽)であれば 《〔陽射し〕のあるフィールドにおいて自身に毎ターンNP獲得状態を付与&クリティカル威力をアップ》、 自給自足(海)であれば 《〔水辺〕のあるフィールドにおいて自身に毎ターンNP獲得状態を付与&クリティカル威力をアップ》となる。
効果量は、毎ターンNP獲得は一律3%。ただしEXランクのみ5%となる。 クリティカル威力はEランクで10%、1ランクアップごとに2.5%ずつ上昇し、Aランクだと20%になる。 これは対魔力と同じ倍率計算で、EXランクは例外として25%とする。 +は1個につき0.5ずつ上昇する。Cランクだと15%だが、C+ランクだと15.5%、C++ランクだと16%になる。
ただしこれらの効果は後ろに(○○)とつく場合であり、後ろに何もつかない自給自足の場合はまた効果が変わる。 そちらの効果は未定であり、最初にそれを用いたFGO風スキル設定を考案した「」の性能に合わせる。任せた。
「―――――――――」 わからない。 何も、わからない。 戦いたくないのなら、戦わなければいい。何処へなりと姿を変えて逃げ出せばいいのに。僕はこの「戦争」に身を置き続けている。 それより前、12SSで散々死んでく命を見てきたのに、まだ自分の命を捨てに行こうとする。僕だけ生き残ってしまったから? いや、全て詭弁だ。 わからない。―――わかりたくなかった。今も尚、行く先を他者に委ねて、漠然と戦ってるだけの僕の姿を。 何も戻ってこないと分かっているのに、無為に銃を構えるだけの僕を。 きっと、今の僕の眼は、 彼女と同じ。泥の色に濁っているのだろう。
その後数分ほど、現在地が分からない地下壕の構造に四苦八苦していると 「ねぇ」 「どうして、私を助けたの?」 唐突なヴィルマさんの質問に、一瞬脚が止まった。 ……ランサーの攻撃に巻き込まれて落ちたのは、僕じゃなくてヴィルマさんの方だった。 槍の一撃が地割れになって、彼女の体が飲み込まれた。何が起こったのかわからないままの表情を確かに覚えている。 その時、咄嗟に駆け出して、ヴィルマさんに向かって手を伸ばして、そこで意識が途切れた。 そう、確かに助けようとしていた―――ほんの少し前に銃口を向けた彼女。シズカさんと敵対するアーネンエルベのマスターを。 「……前にも」 「前にも、あなたみたいな人がいました」 歩行を再開して、返答する。 「戦場で、砲撃に巻き込まれて。土に埋まって死んだ。その時僕は手を伸ばせなくて―――理由といったら、それぐらいしか」 たった、それだけの事だ。 あの時目の前で消えていった命を思い出して、今度は手を伸ばした。安っぽい英雄願望だか代償行為だかと笑われそうなものだが、 それが事実であるなら仕方がない。だけど、 「戦場?あなたが?」 思いのほか、意外そうな顔をされた。 「珍しい話ではないです。ユーゲントで教育を受けて、軍に志願して選抜されて……?街の宣伝、見たことありませんか?」 「そうね、あまり見た記憶はないわ―――これまでずっと、屋敷の外には出ていなかったから」 これはヴィルマさんの方が珍しい話かもしれない。男子ならユーゲントは10歳から入ることを義務付ける法律があるし、 宣伝でも度々取り上げられてきた。それを知らないというのは相当な籠りぶりだ。 「屋敷に、って……そんなに長い間いたんですか?一体どうして?」 今度は、彼女の脚が止まった。 「……どうしましたか?」 「―――いいえ、何でもないわ。ただ、私はずっとあの屋敷に転がされていたの、塵のように」 その言葉が、胸に刺さるような冷たさを孕んでいた。 「私の才能は致命的なほどに悪かった。誰にも期待されなかっただけ、期待されるだけの価値が無かっただけ」 「スペアよりも下の、何も価値の無い生きてるだけの肉。それがいきなり繰り上げられて、やるべきことを押し付けられてるのよ」 そのまま淡々と、「塵」の詳細を語り続けてくる。何よりも才ある血筋を求める世界で、それこそ欠いて生まれ落ちた者の末路を。 咄嗟に、彼女の方を見る。魔術の光が照らす彼女の眼が、泥で塗りつぶしたように濁って見えた。 「……それで、この聖杯戦争に参加したんですか?」 「えぇ。私に拒否権はない、刻印も財産も機関に管理されていて、一人だけ残った私の生殺与奪を握っている」 「戦ってどこかのマスターに殺されるか、役立たずとして機関に始末されるか。―――何もかも、連中の掌の上ってことね」 ―――この人、そんな理由で戦って、戦わされて、いるのか。 どう考えたって向いているはずが無い。こんな、敵の前で灯りを出してしまうような人が、無理やりこの「戦争」に立たされてる。 「―――それは」 それが、 「それは間違ってると思います」 「誰かの言いなりになって戦っても、それを命じた相手は何も報いることはない。何も得られはしないんです」 無性に腹が立った。 分かってる、理解してるつもりだ。彼女は拒否権が無かったんだ。どこかの志願して地獄に墜ちた馬鹿とは事情が違う。 だけど、なのに、どうして。何故彼女の今を否定したくなる。戦うことを否定したくなる。 まるで自分が言われたように、彼女の無為を否定したくなるんだろう。 「……そうね。馬鹿みたいね。私」 ぽつりと独り言ちる。それっきり、静寂が舞い戻った。 「―――だけど、あなたは戦っている」 「私からも聞かせて。あなたは何のために戦っているの?」
冷たい。 右の頬に感じる土の温度が、徐々に意識を覚醒させる。薄らと開いた眼は光を感じず、そこは夜の中にあるようだった。 いいや、夜じゃない。この淀んだ空気には覚えがある。 「(防空壕、の中かな……)」 空襲時に避難するためのそれは、地上地下問わずベルリン市街にも当然あちこちに設置してある。 少しずつ記憶を辿っていく―――そうだ。僕はランサーの攻撃に巻き込まれて、大穴の空いた地面に落ちた。 その先が地下に作られた防空壕だったらしい。下水道だったら今頃溺死していただろうか。そう思いながら手足に力を――― 「(……重い)」 何か体の上に重量物がある。それほど重くはない、瓦礫や土砂の類ではないようだ。僅かに弾力と、暖かさを感じる。 生きてる人間か。ちょうどうつ伏せの僕の背中で尻餅をついて倒れ込んだ形になってるみたいだった。 右肩の辺りに意識を向けると、ちゃんと人の手や髪が纏わりついているのを感じる。さて、それじゃあ。 当然このまま下敷きになる必要はない。左半身に再度力を入れて、寝返りを打つように上の人間を振り落とした。 地面に転がる音。どうやらそれで向こうも目が覚めたらしい、同時に起き上がり、やはり灯ひとつないことに気付いたようだ。 屋根が崩れてるのだから当然電灯は破壊されてるし、開口部から見える空は曇りの夜で星光は期待できそうにない。 ……ついでに、持ってきたランタンもダメなようだ。外装が歪んでガラスが割れたそれを遠くに放り投げる。 すると、いきなりぼんやりとした光が点いた。ランタンが炎上したのではない。これは人工の灯りでは――― 「……あ」 「………」 光の主。バーサーカーのマスターの人が、今更気づいたといった風に声を上げた。 どうやら魔術で光を放ったらしい。―――僕が近くにいることに、警戒は無かったのだろうか? 「……何を見ているの」 「………灯りを出せるんですね。それで出口を探せるかもしれません」 周囲の状況を確認する。マスターの人が出した灯りは光量十分で、さっきまでの暗闇がうっすらとだが視認できるようになった。 崩落したこの地下防空壕から直接出ることは難しそうだ。崩落に巻き込まれて直近の出口は土砂に埋まっている。 だけど、規模自体はかなり大きい。横道を辿っていけば脱出は不可能ではないだろう。 とにかく急がないと。地上からは、今もランサーの暴れる様子が振動で伝わってくる。 「待って。協力するなんて一言も言って……っ」 立ち上がろうとしたマスターの人が、再び膝をつく。何か、片脚に力が入らないようだ。落下したときに挫いたのかもしれない。 その場に座り込む彼女の傍に戻って、患部の様子を確認する。 「! ちょっと、何して……」 びっくりされても仕方ないけど、今は無視。そこまで酷くはないから、負荷が増さないよう包帯で固定しておけば問題ないか。 この間SSの人に刺された傷に巻いてたものだけど、そこまで血も付いてないし、言わなければ気付かれないだろう。多分。 間に合わせの処置を終えて、そのままマスターの人の腕を自分の肩に回した。 「肩、貸します。ここを出るまで一旦協力しましょう、ヴィルマ……さん」 「名前、名乗った覚えは無いけど」 「さっきランサーのマスターの人……でいいのかな。その人が大声で叫んでいましたから」 「あぁ、そう。気づかなかったわ」 「僕はカノン。カノン・フォルケンマイヤーといいます。よろしく」 「……聞いた覚えも無いけど」 バーサーカーのマスターの人、改め、一時休戦となったヴィルマさんがこちらに体重を預けて立ち、痛めた方の脚の膝を曲げる。 そのまま片脚で歩行する彼女に合わせた速度で、ゆっくりと防空壕の中を捜索することとなった。
雷鳴。 そして、視界を覆いつくす稲光に、咄嗟に目を閉じた。 一瞬途切れた感覚を、再び取り戻す。英霊兵に虐げられた身体の痛みと―――左手の甲に火が付いたような熱。 僅かに目を開き、そして見開いた。 英霊兵がいない。いや、尻もちをついた自身の眼下にバラバラの残骸となって転がっている。 まるで雷の直撃を受けたように、装甲の表面は黒く焼け焦げて……雷? そう、雷が、青白い稲妻が、微かに車両の中を飛び交っているのが見えた。……その中心に、「それ」はいた。 その話を初めて聞いたのは、父の寝物語。日本という国の昔の話。 この国とは違った甲冑を身に着けて、片刃のサーベルを携えた戦士が、日本を舞台に争ったという。 確かに、それが纏うものは、その日本式の青と黒で彩られた甲冑のようで、右手の輝く刃はサーベルと似ている。 その時、残った英霊兵が動き出したのに気付いた。先ほどよりも速度を上げて、圧倒的な質量差を武器に轢き飛ばそうとする。 危ない―――声に出そうとして、身体の痛みに押し込められた。僕を意に介することもなく、それは真正面から英霊兵と相対する。 す、と。それの右手が動いた、真横に引かれた手の動きに、握られたサーベル―――稲妻を帯びた刀が追随する。 そして、音もなく英霊兵の突き出した拳が、腕が、胴体までもが真っ二つに両断された。動力を喪った木偶は、 そのまま足元に倒れ込んで動きを止めた。 「――――――召喚の命に従い、ここに参上いたしました」 英霊兵を全滅させて、それがこちらに顔を向けた。それが喋ったのだと、最初は気付かなかった。 そして、雨の降りしきる空に雷霆が走り、激しい光が窓から流れ込む。 照らされた表情は、黒く長い髪を後ろで束ねた―――女の人の顔だった。 「あなたが、私のマスターですか?」
とりあえず適当に思いついたことを述べてはいるが、大分苦しいな。そろそろ準備をした方が良いかもしれない。 そう考えて、コートの中に仕舞っているものを確認した。 まず手紙。今回の依頼人から送られた拠点の居場所が暗号で書かれていたが、解読済みのコイツを奪われると具合が悪い。 P08と……弾は弾倉に入ってる分だけ。前線からそのまま持ち帰って来たものなのでこれ以上は泣いても弾は出ない。 それからナイフ。これは弾切れしなくて良いのだが、相手は複数。全員P38を懐に入れてMP40まで抱えてる。 とりあえず目の前の男の手首を切って、掴んで盾にして、後は多分撃ってくるだろうから男の銃を奪って――― 「―――すみません、こちらを」 「ん?あぁ……」 不意に、眼鏡の黒服がさっきの男に話しかけた。男が下がって、眼鏡と一緒に資料を確認している。 何だ?自分の原隊の資料か何かだろうか。いや、第12SS装甲師団なんてもう半数は死んでるんだ。帳簿なんて大半は紙切れだろうに。 それよりも盾が離れたのが困る。早いところこっちに――― 「成程、奴が最後か」 「はい。予定の通りこちら側ではありませんでした」 「何、構わん―――『英霊兵』を出せ!!」 男が向こうの車両に向かって吠えた。―――ヘルトクリーガー?聞きなれない単語だが、何か、嫌な予感がする。 その瞬間、 「―――――――――」 ドアを開けて、何かが立ち入って来た。 全身が金属の光沢で覆われた、近代で使われたフルプレートのような鎧……いや唯の鎧なはずが無い。明らかに大きすぎる。 3mに届く巨躯は動作の度に独特の機械音を放ち、ヘルムの覗き穴に相当する箇所からは妖しい光が漏れるばかり。 「―――!!」 考える余裕はない。すぐにコートの下から取り出したP08を、英霊兵とかいう鎧に目掛けて発砲した。 男たちを無視して直進する弾丸が、そのまま覗き穴を通過してヘルムの中に飛び込んでいく。―――しかし、 反応は無し。肉を穿つ音も、開口部から溢れる血もない。ただ甲高い金属音と共にヘルムの後頭部が奇妙に盛り上がっただけ。 何だこいつ。呆気に取られている間に、車両のドアからはもう一体。同じ英霊兵がのそりと姿を現していた。 「子供に手をかけるのは忍びないが……これも我が国のための犠牲だ」 「死んでくれ、最後のマスター」 男たちはその言葉を最後に、車両から消えていった。 金属音、金属音、衝突音、静寂。 既に雨が降っていたようで、叩きつける雫の音が耳をつんざく 中に入った英霊兵たちの身体は見た目通りの人外の膂力を発揮し、僕の乗っていた車両はギリギリ車両っぽく見える程度に 内部から破壊しつくされていた。椅子は千切りとられ、ガラスは粉砕されて壁は大きく歪んだ。 そして、その歪んだ壁の一つに、今僕は埋まっている。英霊兵の太い片腕から伸びる五指は、簡単に僕の身体を拘束した。 「……けふっ」 叩きつけられた衝撃が身体を軋ませて、咳込んだ拍子に口の中から血を溢した、赤い滴りが英霊兵の腕を汚す。 理由はわからない。何も情報は与えられていない。依頼の事、博士の事、英霊兵、最後のマスター。 何もわかることが無いまま、僕はここで死ぬ。この力なら、楽に首をねじ切ってくれるだろうか?そんな諦観が頭をよぎった。 あぁ、しかし英霊兵。英雄の霊の兵か。誰が付けたか分からないけど、因果な名前を与えてくれたなぁ。 駆動音が響く。多分、残った方の腕を振り上げて、僕の頭を砕くのだろう。 『君たちは今まさに絶頂の中にある。栄誉ある党の未来を担う若者を代表して、ここで最高峰の教育を受けていくのだ』 『案ずることはない、君たちの成績は特に優秀だった。戦場においても血と名誉を胸に戦い―――若き英雄となりたまえ』 ―――英雄に憧れて、結局なれなくて。そんなものいないって気づいて。そして、こんな酷い紛い物に殺されるのか。 そうした理由は、わからない。何の意味もない事なのに。 拳を振り下ろされる直前、動く左手に渾身の力を込めて、英霊兵の腕を掴んでいた。
あぁ、もうじき降って来るな。
『フォルケンマイヤー君か!?そうか、君は生きていたのか……!?辛かったろう、本当に、辛かったろう……!!』 『ねぇ、カノンお兄ちゃん、デトレフ兄ちゃんは帰ってこないの?一緒に戦いに行ったんでしょ?』 『兄ちゃんが帰ってくるまで、わたし達どうしたらいいの?カノンお兄ちゃん……デトレフ兄ちゃん、いつ帰ってくるの?』 『―――何しに帰って来たんだい!あんた達ユーゲントがエリックを唆して!!早くうちの子を帰しなよ!!早く!』 『あんた、フォルケンマイヤー先生の……?すまん、本当にすまん。後少し、間に合わなかった……先生が倒れて……!!』
「親衛隊だ!これより車両の臨検を行う!!」 喧しい男の声に注意が引き戻された。 声の方向を見やると、黒い制服の男が数名。やたらと格好をつけた黒服と立ち姿、装飾は親衛隊のものと認識できた。 なんで、と頭を動かす必要は無さそうだ。要するにさっき下車した「ウォルフ博士」を追ってきたんだろう。 さて、どうしたものか。 「そこの少年。少し質問があるがいいか?」 男は真っ先に僕の方に―――いや当然だ。この車両は僕しか乗っていなかった―――話を投げかけてきた。 その間に残りの男たちは別の椅子の様子を調べている。 「……はい、質問は何でしょうか?」 「我々はある人物を捜している。捜索の協力を願い出たい」 「どんな人なんですか?」 「背は190ほど、その人物は仮装が趣味で顔は特定できない、ただ」 「―――何か、左の頬を隠していたはずだ。見ていないかね?」 仮装、まぁ仮想か。 当然心当たりはあった。さっき出会ったウォルフ博士の、肌の質感に感じた違和感。 恐らくは化粧か、映画で使う特殊メイクか?そういった類で左頬の―――恐らく負傷の跡を隠していると思えた。 そんな強面がSSに追われるなんて。思っていた通りあの博士結構訳ありらしい。 ……さて、ここで彼の行く先を教えれば、多分この男たちは帰ってくれるだろう。普通は逃亡中の相手を追いかける方が優先だ。 ここでSSと顔を合わせていたくない理由があるかと言えば、むしろ合わせたくない理由しかない。 精神療養のため原隊を離れて、そのまま復帰せずに私用でベルリンに向かってるのだから。今更ながら公然と脱走中というわけだ。 というわけで、 「すみません、僕は何も……その人、本当にこの列車に乗ったのでしょうか?」 シラを切った。 何故か。あの如何にも逃亡慣れした博士を庇い立てたところで自分にも、この国にも利となるとは思えない。 ならば何故―――あ、逃げろって言われたんだっけ。その時だけ、博士は真剣な眼差しでそう言ってた。 まぁ、そういう事を言われるのは初めてか久しぶりかだろうから。ついつい逃げ損なってしまった。 「―――本当かね?」 男が空気を変えてこちらを睨みつける。疑わしいよね。当然だ。 「この車両、ずっと僕しか乗っていませんでしたよ?誰か乗って来たなら気付きます」 「では、あそこの窓はなんだ?」 男に示された窓を見る。正確にはサッシ。暫く誰も開けなかったのだろうサッシには埃が積もっていて、 それが、部分的に埃が落ちて金属の光沢を取り戻していた。 「……僕が開けました」 「理由は?」 「外を見ていました。もうじき、夕立が来るなって」 今度は男が僕の視線の先を確認する。空はどんよりと灰色が押し込められ、今にも雨が溢れ落ちそうな圧迫感を孕んでいる。
スレで募集頂いたもの① https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%A5%D3%A5%EB%A1%A6%A5%D2%A5%B3%A5%C3%A5%AF https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%A5%A8%A5%AF%A5%EA%A5%D7%A5%B9 https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%A5%B6%A5%EA%A5%C1%A5%A7%26%A5%BF%A5%EB%A5%A6%A5%A3 https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%A5%A4%A5%A8%A5%ED%A1%BC%A5%DE%A5%DE https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%A5%A6%A5%A3%A5%EA%A5%A2%A5%E0%A1%A6%A5%D3%A5%B7%A5%E7%A5%C3%A5%D7
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%c6%a5%df%a5%b9%a5%c8%a5%af%a5%ec%a5%b9 運用間違えたらすぐ死ぬよ https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%af%a5%ed%a5%a4%a5%bd%a5%b9 第二宝具の出番だよキャラ的に雑に扱ったほうが面白いやつだしおすすめ https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%eb%a5%af%a5%eb%a5%b9 https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%d5%a5%a1%a5%e9%a5%f3%a5%bc%a5%e0 幸運Eどもださっさとくたばれ不幸になれ
※出演の際は作中の都合により弱体化補正がかかった上での登場となります。
【活躍が保証できない・数合わせの雑な扱いでも構わない泥鯖】を【多数】お借りしたいと考えています。 オッケーだよ!という方はこのレスへの返信や、このレスを紹介した泥スレでの表明にて、泥鯖の具体的な名前を挙げてくださいますようお願い申し上げます。一人の作者につき複数の泥鯖を挙げてもらっても構いません。 できるだけ多く募集頂いた後、キリのいい段階でこちらの判断にて出演泥を決定させていただきます。ご容赦ください。 ※数合わせということで、上にも下にも規格外でない常識的な範疇の泥鯖が望ましいです。
「どうして貴方は、常に怒っているのですか?」 そう問うて来るものがいた。以前メイソンの部隊に助けられていた小娘だ。 別に怒ってなどいないと返すと、その女は不思議そうな顔をして俺に二度問うた。 「ではどうして、貴方は笑顔を見せないのですか? 皆は笑っているのに不公平です」と。 馬鹿馬鹿しい。俺は忙しいとその場は立ち去ったが、今思えばあれは俺の深層を突いていたのかもしれない。 あの時の俺は常に、何かに乾いていた。何かに飢えていた。それはまるで水面を眺めながら沈む死骸のように。 ただぼんやりと天上に輝く日輪の光を、その目に焼き付けるように。ぼんやりとした飢えを感じ続けていた。 だが分からないものを思考した所で何になる────、と。俺は俺の思考に、合理性という名の蓋をした。 故にあの女は、俺が隠している俺という在り方への問いを察したのだろう。言うならば、俺は俺ではなかった。 詰まる所、思い返せば俺は死んでいたのかもしれない。いや、生きてさえいない木偶。それが俺であったのだろう。 故にこそ、俺は俺に『生まれざる者』という定義を与えた。これが俺だと、俺自身に対して定義した名前。 俺はまだ生まれていない。故に目的も無ければ信念もない。生まれざる命。骨子亡き在り方。それが俺だ。 だからこそだろう。俺は俺自身に飢えていた。乾いていた。どこまでも満たされぬ空虚なる堅牢の檻。 それが────それが俺という存在なのだと、騙し騙し生き続けてきた。あの日までは
「貴方は満たされていない」 そう真理を突き付けた詐欺師がいた。影絵のように嘲笑い、死のように冷酷な詐欺師がいた。 あの時、その誘惑の言葉をあの女の問いのように聞き流していれば、また違った答えがあったのだろう。 だが俺はあの時にその言葉を咀嚼した。その言葉を己のものとした。その解を、俺の答えと受け入れた。 俺は人類の未来を案じている? 違う 俺は人類同士の争いを憂いている? 違う 俺はメイソンの発展を重んじている? 違う 俺は自然環境の保護を訴えている? 違う 違う。違う。どれもこれもが違う。俺は彷徨い続けた。俺は疑い続けた。俺は歩き続けた。俺は求め続けた。 そしてようやく解を得た。いや、導かれたというべきか。今まで抱いたその全てが正しく、そして間違っていただけだった。 俺は、人類史を 英霊を 駆逐したい。 たったそれだけの単純明快なる解答。それが俺の本質だった。 それを知ったその瞬間は、俺という生まれざる者に与えられた、初めての生の悦びの刹那だった。
その悦びを追い続けた結果が、この末路か。 英霊共が俺の肉体を壊していく。人類共が俺のあり方を崩してゆく。 俺の否定した結束が、俺の積み上げた全てを奪っていく。 どうして、こうなった。明白だ。俺が間違ったからだ。俺は、歩むべき道を間違えた。 カール・クラフトめの嘲笑う声が聞こえる。俺はユダになる事もできない人でなしだと。 ああ、そうだ。俺は何処まで行っても空虚だった。骨子亡き者に生み出せるものなど、何もなかった。 俺の人生に意味はなく、俺の在り方に価値はなく────、俺の追い求めたものは、総てが空白に満ちていた。 これが、あの日"死"に己を売り渡した罰だというのだろう。ならば死よ、我が身を連れて冥獄に導くがいい。 この身は人類史を冒涜し、この身は現世の今を白紙化し、この身は未来を刈り取らんとした大罪人ゆえに。 ただ 一つだけ もしもと叫べるのならば、 あの日、あの女に、俺が答えを出した可能性を、俺は見たい 「どうして貴方は、常に怒っているのですか?」 「………………。考えた事もなかったな」 「俺は────」
「そういえば、後一月もすれば日食だね」 「む、いつの間にかそんなに近くなっていたか」 「専用のメガネは買ってある?」 「もちろんだよ! 楽しみだなぁ、日食。何十年に一度しかないんだっけ」 「詳しくは忘れたけどこのレベルのは下手したら百年単位で見れないかもしれなかったはずだよ」 「なにっ、本当か?」 「じゃあ絶対全員で見なきゃだねっ」 「うん、そうだ」
「絶対、ボクたち全員で!」
この学校の多目的ホールは図書室から出てすぐ右手、体育館へ向かう途中にある。学園祭のときには運営本部になったり昼休みには移動購買部が訪れたりするそこは、普段は三人掛けの小さなベンチがいくつか並ぶ学生用の談話スペースになっている。そしてここは学園内で唯一自動販売機が常設されている場所でもあった。 その自動販売機でボクは缶のミルクコーヒーを、太桜はペットボトルの緑茶を、海深は同じくペットボトルの乳酸菌飲料を買って、ボクらは一番近いベンチに並んで座った。 「それにしてももうすっかり梅雨だねぇ」 このホールの校庭側は一面が窓になっているため、外の様子がよく見える。降りしきる雨はいよいよ勢いを増し、水はけの悪い学園の校庭を泥沼へと変貌させていた。今日はたまたま三人とも部活動が休みであったが、学校自体はまだ部活動休止期間には入っておらず、遠くに吹奏楽部が調音をするときのやや間の抜けた金管の音階や、この雨のために仕方なく屋内トレーニングに勤しむ野球部やサッカー部のかけ声が小さく聞こえてくる。そしてそんな雑多な生活音を包み込むように、激しくも一定のリズムを刻む雨音が歌っていた。 「そういや太桜。傘、ちゃんと持ってきた?」 「む、もちろんだとも。こういうときのために鞄には常に蝙蝠を忍ばせているんだ」 「それってつまり普通の傘は忘れたってことじゃあ……」 「ぐっ……。なかなか痛いところを突いてくるじゃないか松山……」 悔しそうに目を瞑る太桜に突っ込みたくなる衝動を抑えながらコーヒーを煽ると、その向こう側から海深がぴょこっと顔を出してきた。 「海深はレインコート持ってきたよ。お父さんの会社の新しいやつ!」 にこにこ顔でバッ、とそれを広げる。というか、鞄もないのにずっと持ち歩いていたのか。 海深のレインコートは遠目から見ても目立つような派手なデザインだった。おそらくは澄んだ水の中を泳ぐ金魚たちがデザインモチーフなのだろう。地の色は淡いブルーだが、そこに所狭しと泳ぎ回る魚の影がプリントされている。ブルー部分が半透明な素材で出来ておりやや透け感を感じさせる一方、魚影は鮮やかなほどの不透明な赤色だ。結果的に魚影の方が全体を覆う面積としてはかなり多くを占めているため、一見した印象だとレインコート自体が真っ赤に見えかねない。 かわいいよね!と満面の笑みで見せつけられるが、いまいちボクには良さが分からなかった。 「ちょっとどぎつすぎない? なんかそれ……」 その色合いがちょうど、クラスメイトから今日耳にした都市伝説にそっくりだったから。
「"&ruby(レッドコート){赤い服の男}"みたい」
そんなことを、口走ったのだった。
「いや、最近そんな話を聞いたんだ。夜な夜な獲物を求めてこの街を歩き回る赤い怪物の話」 「なにそれ。また都市伝説? あんまりそういうの鵜呑みにするの海深よくないと思うけどなぁ」 海深が呆れたようにベンチに座り直す。元々オカルト否定派の海深であるが、それ以上に自分がかわいいと思ったレインコートを怪物の衣装扱いされたのが不満のようだった。やや罪悪感を覚えてしまう。 「まあそう言うな梅村。案外そんな与太話にこそ噂が潜んでいたりするものだぞ」 太桜の謎のフォローにもむくれ顔のままだ。 「それで茉莉ちゃん、 "&ruby(レッドコート){赤い服の男}" って?」 そんなむくれ顔のまま海深が問いかけてくる。それに併せて、友人たちから聞いた様々なパターンの "&ruby(レッドコート){赤い服の男}" の話を順を追って話していく。別称として「赤マントさん」などがあること、出自は多岐に渡るが基本的には殺人者であること、正体は人間でないパターンが多いことなどを大まかに話したとことで、纏めに入る。 「うーん、まとめるとタイプとしては口裂け女とかトイレの花子さんに近いかな。姿を見ること自体がタブーとされている一方で、『こうすれば逃れられる』っていうおまじないの類いも色々と設定されてる感じ。まあこういう場合、逃れられるための方策って後付けのことが多いんだけどね。まあとにかく怪物の存在そのものが真実かどうかは置いておくとして、『元ネタ』の存在がいそうな感じがするね」 「元ネタだと!? 待て松山、それはつまり」 「変質者じゃないかなぁ」 身も蓋もないことを言う海深。いや、ボクも大体考えていたことは同じであるのだが、こうもバッサリと切り捨てられてしまうとロマンというものがない。外見はボクたちの中で一番女の子らしいくせに、やたらリアリストなのだ。 「あとは……やたら『3』って数字がよく出てくるね」 「数字?」 太桜の問いかけに首肯する。 「うん。これは『赤マントさん』に付随してる話が多いんだけど、『3回唱えると~』とか『3時33分33秒に3階の窓から~』とか、なんか『3』にまつわる言説が多いんだよ」 「……派生する前の何かがあるのかも」 神妙な顔で海深が言った。彼女にしては珍しく食いついている。 「何かって?」
「わかんないけどね」
ボクの問いかけに、海深はあっさりそう言って肩をすくめた。 「ぜーんぶ3が付くんだったら、元ネタになった変質者と関係あるのかな、って思っただけだよ」 えへへ、と舌を出しながら海深が笑った。かわいい。 「さて、そろそろ戻ろうよ。なんだかんだで海深たち結構話し込んじゃったみたいだよ」 そう言って、ぐいっとペットボトルを煽る。それに釣られて太桜も立ち上がった。 「そうだな。松山に見てもらえる間に問題集のあの章だけでも終わらせねば」 初めからボクに頼る気満々なのは気になるところだが、まあ太桜が乗り気なのはよいことだ。 ボクも一気に缶コーヒーを飲み干した。図書室への飲食物の持ち込みは厳禁である。すっかりぬるくなっていたコーヒーだけれど、人工甘味料が舌に残す後味がなんだか爽やかな印象を与えた。
Certain rainy day/Rumor Case 1:The "Red Coat"
「日常」という言葉はどうしても「何事もない日々」って印象を与えるけれど。 でも、日々の暮らしの中で本当の意味で何も起こらない日というものはなかなかないわけで。 これもまた、ボクの日常の中で起こった、たいしたことのない出来事、その一つの記憶というわけだ。 それはつまり、あのころはまだ他愛のない話のタネでしかなかったということ。 それがこの後、実感を持って迫ってくることになるだなんて、そんなのボクらに想像できるはずがなかったんだ。
高校二年生の夏休みを少し先に控えた、六月のある日のこと。 しとどに降る梅雨の霧雨のコーラスの中、ボクこと松山茉莉、親友の竹内太桜、そして同じく親友の梅村海深は学園の図書館にいた。 入り口から一番遠い、四人掛けの座席。すなわちボクらが確保しているテーブルいっぱいに散らかっているのは、数学や古文などの教科書たちだ。デザインもカラーリングもまるでバラバラなそれは、けれどもどこかお堅い画一的な雰囲気を醸し出している。教育のために作られた書籍たちは、そんな「書籍」としても模範生たるように生み出されているのかな、なんて思うことがたびたびあった。 四月に無事火蜥蜴学園二年生に進学し、五月の体育大会を終えたボクたちが直面する次なる行事は、言うまでもなく定期テストである。なにせ、二年生初めての試験だ。何事においてもスタートダッシュにおいて成功しておくことは後に繋がる。特に今年はおそらく「デキる」と思えるクラスメイトが二人も目星がついている以上、事前準備を万全に済ませておくに越したことはない。そういった理由もあって早めに準備を始めることにしたのである。 火蜥蜴学園の図書館は全体的に木目調の作りで、床や壁に止まらず読書用のテーブルもまた木製だ。教室や老化の無機質なリノリウムと比べるとどこか暖かみのあるこの部屋には、梅雨の季節特有のしっとりとした雰囲気が落ちている。 定期テストまでの間に何か大きな行事の予定は差し挟まれてはいないとはいえ、試験まではまだ1ヶ月以上の時間を残している。そのためか、今の図書室の机の埋まり具合はまだ三割程度といったところ。読書に訪れた生徒の数もやはりまばらで、高校の図書室という場所が日常的に混雑するような場所ではないことを差し引いても、やや閑散としている。心なしか雨の音がはっきりと聞こえていた。
ころん、と太桜の手から鉛筆が落ちた。 「……すまん松山。また分からん問題が見つかった」 太桜が数学の教科書を帽子のように頭に乗せながら泣きついてきた。放課後は勉強をすべきだ、と彼女がボクたちを誘ってきてからまだせいぜい一時間程度。その間に既に質問には七回も答えていた。 「二次方程式なのだがな……どうにも因数分解ができんのだ」 そう言われて彼女のノートを見下ろす。 y=5x^2-7x+1。そりゃあ因数分解できるわけがない。それは解の公式を使う奴だよ、と説明してやると、今度は太桜はノートにy=ax^2+bx+c……と書き始めた。 「ストップストップ! もしかして太桜、解の公式覚えてないの!?」 驚くボクに、太桜は当然だろう、といった面持ちで返す。 「しかし、数学の&ruby(みやこ){京}教諭はこの式は暗記ではなく毎度導出できるようにしておけ、と言っていたじゃないか。だからこそ自分も億劫と思いつつも毎度一から用意しているのだぞ」 「いやいや! そんなの暗記でいいって! それ出来るようになってる必要ないから!」 「だがしかし京教諭は……」 「確かに導出できるようにしとくのは大切かもしれないけどさ、テストでいちいちやってたら間に合わないよ!?」 「だが……」 「いいから暗記しちゃって! 絶対その方が得だから!」 「むぅ……松山がそこまで言うのなら……」 しぶしぶといった様子で了承する太桜。しかしそのペンの運びは遅く、明らかに集中力やモチベーションが落ちているのが見て取れる。 ではこちらは、と海深の方に目を向けると、こちらは完全にお遊びモードに入っていた。 海深の国語のノートの半ページで、やけにリアルなライオンが二頭、仲睦まじそうにじゃれ合っている。両方とも鬣が着いているのが気になるところだが、とにかく完全に集中力が切れてしまっているのは間違いない。少し早い気もするが、一息休憩を入れた方が良さそうだ。 「なんか、ちょっとボク喉渇いちゃったな。海深たちはいい?」 「あっ、海深も飲みたいかも。太桜ちゃんも来るよね?」 海深のその台詞を聞いて、太桜も心底助かったというふうにかじり付いていたノートから顔を上げた。 「あ、ああ! そうだな! 自分も行こう!」 彼女のそんな大声に、貸し出しカウンターの図書委員が軽く顔を歪めていた。
それから、二人で一緒になって子猫を埋めてやった。と言っても、後は上からは土をかけてやるだけだから、それまでのお兄さんの苦労と比べればさしたる手間でもない。 それでもそれなりに時間はかかって。気づいた時には夕日は沈みきって、辺りは薄暗くなっていた。それまで二人共、何も話さなかった。 「ごめん、こんな時間まで。親御さん、心配してるよな」 そんな彼の言葉を、私は取り立てて否定しなかった。それをすると、美しいと思えた今までの時間が、全部台無しになるような気がしたから。 それでも、家まで送ると言うお節介は固辞して、公園の出口で逆方向に別れる。 「また―――」 また、会えますか。なんて。そんな言葉を口にしようとして、尻すぼみに声は途切れる。それをただの別れの挨拶と捉えたのか、 「うん、それじゃあ、また」 それだけ口にして、お兄さんは自分の方向へと歩み出す。きっとそんな機会は訪れないだろうと、お互い分かっている。別に示し合わせて再会するほどに、仲を深めたわけでも無い。互いに名前だって知らないのだ。 けれど。もしも。また、会えたのなら。その時は、もう少し話がしてみたいと思った。
陽光の中、桜並木を歩く。周囲は穏やかな賑わいに包まれている。三年間を終えて、また新たな三年間へ。歩みは一定に。この暖かさを、何処かで空々しく感じている。 「――――――」 不意に、すれ違った誰かを知っている気がした。 「あのっ……!」 呼び止めて、振り返った顔は。いくらか精悍になったけれど、綺麗なままだった。 「えっと……」 その人は、困ったような表情で固まっている。 ああ。そんなのは、分かっていたことだ。あんな、一時間にも満たない時を、お互いに後生大切にしているだなんて。そんな風に信じられるほどに、私はロマンチストではいられなかった。 「……いえ、人違いだったみたいです」 失礼しました、先輩。とだけ続けて、それからもう振り返らず、歩みに戻る。 これは、始まらなかった関係。初恋にもなれなかった何か。私の心は今も、緩やかに死地へと向かっている。
三月に入ろうかと言う時分。まだ少しばかり肌寒さが残り、ジャンパーの上から風を感じる。その名に違わず義務的な六年間を終え、あと少し経てば、また新しい三年間を迎えようと言う時期だった。 私は宛もなく、見慣れた道を進む。共に歩むのは、夕焼けに歪に引き伸ばされた己の影だけだ。 なんだか、ひどく静かだった。世界中から誰も彼もいなくなって、自分だけが取り残されたような感覚。きっとそれは錯覚だったけれど。私は、どれだけ歩んでも此処から何処にも辿り着けないのだと言う確信だけはあった。 「――――――」 母の最期の言葉を思い出す。頭の奥の方がズキリ、と痛んで、思考を停止させる。歩みだけは、一定のまま。 別離の予兆はあった。母は、元より身体の弱い人だったし、私を産んでからはずっと悪化の一途を辿っていたと聞いている。 そう。聞いている、だけだ。私と母の関係性は、いつだって何処か他人事で。すれ違う事すらも、満足に出来た試しがない。全て終わってしまった今になっても、それは変わりなく。 母との別れは、悲しい。月並みな言葉だけれど、それが一番端的で、自分の感情を言葉にするのには適していた。 けれど、寂しくはない。母が居た時から、ずっと私は独りだったのだから。何も変わっていない。変わる事も出来ない。孤独には、既に慣れきってしまった。或いは、共に歩む影と同じように、其処に有るのが当たり前で、もう何の感慨も抱けなくなっただけかも知れなかった。 感情は、老衰するように緩やかに死地に向かい、歩みはあくまで淀みなく。 そうして暫く進み続けると、小さな公園に行き遭う。別に、目的地という訳では無い。元より、目的のない歩みだったのだから、当然だ。それでも其処に踏み入ったのは、せめて何処か辿り着くところがあるのだと、自分を騙したかったからだろう。 「…………」 公園の有り様もまた、私にとって代わり映えする所は無かった。失望は無い。希望なんて、最初から抱いてはいないのだから。 けれど、一つだけ。何となしに、錆び付いたブランコに向けた目の端に、不意に留まるものがあった。 寂れて人気の無い公園だというのに、一本だけ植えられた小さな桜の木。辛うじて桜の色に染まってはいるが、まだ満開には程遠く、如何にも見栄えしない。そのすぐ傍に、しゃがみ込むように、うずくまるようにする人影がある。 小さな背中だ。そう感じたのは、何も距離のせいだけではあるまい。私はゆっくりと、その背中へと歩みを進める。 すぐ後ろまで辿り着いて、まじまじとその背中を眺める。ぶかぶかの制服に身を包んだ少年だった。年齢は、私とそう変わらないように見える。学生なのはまず間違いないとして、ひとつ上、と言ったところか。 男の子は、成長期に合わせて大きめの制服を買う、なんて話を何処かで聞いたけれど。この時期になってもこの有り様では、未だ成長には乏しいのだろう。 襟元からちらりと除く首筋はやたらに生白くて、およそ生気という物を感じさせない。すぐそこに居ると言うのに、吹けば何処かに消えてしまいそうな、希薄な存在感。幽霊でも見ているのだろうか、なんて突拍子も無い事を考えてしまう。柳の木の下じゃあるまいし。 「何を、しているんですか」 そんな風に声を掛けたのは、思えば全くもって私らしくも無い。きっと、くだらない感傷に浸っていたせいだろう。突然飛び込んできた見慣れないものに、少しだけ触れてみたくなったのだ。 「猫が―――」 とだけ。その人は、顔も上げずにぽつりと声に出して、その先は続けなかった。そして、その必要も無かった。 一歩進んで見下ろした、桜の木の根本。浅く掘られた穴の中に、眠るように横たわる斑模様の子猫。触れずとも分かる。其処にはもう、生命の熱は残っていない。 おおよその見当はついた。この辺りで命を落としたこの子猫を見つけた少年は、お節介にも供養の為にと穴を掘って、今まさに埋めてやる所だったのだろう。少年の手は土に塗れて、爪の中まで黒く染まっている。 馬鹿馬鹿しい、と思った。 態々こんな事をしなくても、お役所なり何処かに電話してやれば良かったのだ。いや、そんな事をせずとも、往来の真ん中でも無し、見て見ぬふりで放っておけば良い。ましてやこんな所に勝手に穴を掘って、却って迷惑ですらある。そんなものは、自己満足でしか無いだろう。 思う事は色々あったけれど。私には、そのどれも口に出す事は出来なかった。 子猫を見下ろす彼の無表情が、私には何故だか、今にも泣き出しそうに見えたから。唇を噛み締めて、何かを堪えているように見えたから。 「ばかですね、お兄さんは」 辛うじて溢れた憎まれ口は、何故だか酷く震えていて。此方の方が、よっぽど泣きそうな声だった。 返す声色は、そんな声よりずっと穏やかに。 「そうだね。俺は、馬鹿だ」 そう言って、その人はようやく顔を上げた。 苦笑いみたいなその笑顔を見て、綺麗な人だ、なんて。柄にも無いことを思ったのは、夕日に目が眩んだせいだろう。
『ごめん、黒瀬!ランサーに突破された!』 黒瀬の頭の中にキャスターからの念話が届いた。 『ああ、目の前にいる』 『……今すぐ行くから逃げて』 黒瀬のあくまで落ち着いた言葉に、キャスターが低い真剣な声を返す。 『向こう次第だな』 「……キャスターのマスター」 ランサーと相対する黒瀬に、百合を左手で抱えたランサーが声を掛ける。 真っ正面にいるのに仕掛けないという事は少なくとも殺意はないのか。 「なんだ」 「マスターとの会話は聞いていた。退くのならば目を瞑ろうと言っていたな、あの言葉に二言はないだろうな」 ランサーは話ながらも槍を構え、周囲の気配を油断なく探る。 キャスターが追い付いてくる事を想定、或いは第三勢力を警戒しているのか。 それは、ランサーが戦い慣れた戦士である事を物語っていた。 「ああ、言った。そして二言も追撃もないと約束しよう」 キャスターが来るまで時間を稼げば意識を失った百合を庇い続けるランサーを倒せるか、痛手を負わせられるだろう。 だが、それは黒瀬の本意ではない。 「……では退かせてもらう」 ランサーは槍を仕舞い、百合を両腕で抱える。 「待て。ランサー、栗野に伝えろ。……次はない、と」 「……確かに」 黒瀬の言葉に頷いたランサーは振り向くと闇の中へと消えた。 『ランサーは撤退したぞ、キャスター』 『見てたから知ってるよ、でも良いわけ?』 『ああ、構わない』 『ふーん、ま、私は別に良いけどね。しばらく霊体化して周囲を見て回っとくね』 「ああ、頼む……ふーっ」 黒瀬は大きく息を吐いた。 よりにもよって生徒に聖杯戦争の参加者がいるとか悪い冗談にも程がある。 ああ、気が抜けたら肩が痛んできた……。 思わず空を見上げる。月と一番星が煌々と夜空に輝いていた。
「っ……ここは……? 私は確か、黒瀬先生と……」 百合が意識を取り戻したのは自宅のベッドの上だった。 自分は黒瀬からの一撃を受けて意識が飛んだ、そこまでは覚えている。 「マスター、意識を取り戻したか」 いつの間にか百合の傍らにランサーが立っていた。 「ランサー、私は……」 意識がはっきりしない。百合は思わずランサーに問い掛けた。 「………はっきり言おう。マスター、君は負けた」 「……は? 何を言ってた」 「正確に言えば見逃された、か。キャスターのマスターから言伝てを預かっている。……次はない、と」 「私は……負けたの?」 「ああ、奴(の教師としての恩情)に感謝するがいい。君は戦うに値しないと思われたか……(或いは彼が教え子と戦いたくなかったのか)」 「…………」 「マスター、(良い機会だ)今一度戦う理由を見つめ直すが良い(そうすればもう一度戦う理由が見出だせる筈だ)」 「………………ごめん、ランサー。一人にして」 「分かった……休むが良い(君ならば必ずもう一度立ち上がれる)」 「父さん……私は……」
「牽制にしても随分と緩い手だな。 躊躇っているのか? 魔術師らしくもない」 ゆらりゆらりと左右に揺れながら、なるべく相手が動揺する言葉を選択して投げ掛ける。 「……っ! ハイビスカス!Prune-air!」 魔術師らしくない、黒瀬の言葉に思わず父の遺言がリフレインした。 動揺を隠すために次の手を撃つ。ハイビスカスを三本束ねての電撃。 エネルギーは避けられても光の速度の電撃は避けられない。 だが、その一撃は思考にリソースが避けなかったとはいえあまりにも大雑把に過ぎた。 百合の視界から電撃に打たれる筈の黒瀬が消えた。 電撃により、辺りは明るい。百合の目にははっきりと黒瀬が写っていた左右には避けてはいない。上に跳んだと言うなら気づく筈だ。なら…… 「下!?」 すぐさま視線を下げる。 電撃という明かりにより生まれた校舎の影、そこに潜んだ黒瀬は極端に腰を落とした這うような姿勢で百合へと迫っていた。 既に目の前にいる。迎撃は、間に合わない! 「遅いぞ、栗野」 いつも通りの抑揚のない声が、百合の耳に届いた。 下から突き上げる右の掌底、寸前で気付いた百合は身を捩り避けようとする。 掌の端が百合の顎が掠り、脳が揺さぶられた。 脳震盪で意識が遠退き、膝から崩れ落ちる。 瞬間、なにかが百合の体を浚った。
幕開けrouteB-3 内容: 黒瀬視点、百合と黒瀬がお互いの正体を知る。
分岐条件: 黒瀬がキャスターと調査資料を擦り合わせ、栗野家が土夏のセカンドオーナーと言う確信を得る。
「……ああ、全く。 今日は本当に運がないらしい」 蜘蛛を従えた黒頭巾は溜め息を付くとウィンドブレーカーのフードを外した。 「黒瀬、先生……?」 百合の顔が驚愕に歪み、魔術師栗野百合からただの栗野百合へと変わる。 そこにあった顔は百合も見慣れた物だった。 いつものようにどこか曖昧な笑みを浮かべて印象に残らない姿ではない。 黒一色の装束に身を包んだ、裏の世界の住人黒瀬正峰がそこにはいた。
「先生、なんで……まさか、アサシンに」 「違う。無理矢理何も分からないままこの戦いに参加させれている……。助けてくれ。……とでも言えば良かったかね?」 黒瀬はどこかすがるような百合の言葉をはっきりとした口調で否定する。 「残念だが、私は……いや俺は俺の理を持って俺の意思でこの戦いに参加している」 周囲にいた蜘蛛が下がり、闇の中に姿を隠す。 「知らない仲ではない。退くなら今日は目を瞑ろう。戦うなら全力を持って相手をしよう」 黒瀬が言葉を区切り、百合は息を呑んだ。 空気がひりつく。まるで炎の前に立っているように皮膚がちりちりとする。 聖杯戦争、これが生と死のやり取りの場に立つと言うこと……百合は思わず拳を強く握り込んだ。 「だが、そのどちらも選べない、選ばない。 或いは別の答えも持っていないというのであれば……君は、今日脱落する」 そこで黒瀬は短刀を鞘から抜き払い、百合へと突き付ける。 それは百合の覚悟を確かめるかのようにも思えた。 一瞬、百合の目が揺れ動く。 ランサーは黒瀬のサーヴァントに足止めされているのだろうか。 「ランサーは来ない、俺のサーヴァントが足止めをしている」 黒瀬は白刃を振りかざし、百合へと飛び掛かる。 「くっ……サルビア!Prune-pyr!」 牽制に百合より放たれたそれは破壊に指向された純然たるエネルギー。 黒瀬は横飛びにそれを避け地面を一回転すると、伏せたまま再び百合へと視線を向ける。 肩先が掠ったのか、ウィンドブレーカーに穴が空いていた。 (掠っただけでこれか、牽制程度なのに大した威力だ。流石は土夏のセカンドオーナー、魔術師としては一級品だな) 黒瀬はズキズキとした肩への痛みを表に出さず、ゆっくりと立ち上がる。 やはり、真っ正面からは分が悪い。
「軽井沢!」 「ひっ……!」 子供のように身を縮ませて怯えている。 正気に戻ったか、と肩を撫で下ろす。 「大丈夫か、軽井沢?……ああ、左手か?こんなのは大丈夫だ、今の医療は凄いからな病院に行けばすぐにくっつく」 血をポタポタと滴る黒瀬の左腕を見て震えている軽井沢に冗談めかして笑みを見せる黒瀬。 怯えている軽井沢を落ち着かせようと必死だった。 だから、軽井沢の手に未だ包丁、骨喰いが握られている事に気付かなかった。 「あぁ……!ぁあーーーっ!」 立ち上がると錯乱状態のまま、体ごと突っ込んで来る軽井沢。 反射的に短刀を右手に握り込もうとして、止めろ!と教師である黒瀬が叫ぶ。 「くっ!」 片腕でもなんとかなる、いやせねばならない! (クロセ!?何があったの!くっ!お前はライダー……!) 黒瀬の異変に気付いたキャスターからの念話が途絶えた。 「キャスター!」 意識が一瞬逸れたその瞬間。 ぶすり、と骨喰いが黒瀬の腹に刺さった。 ぐりぐりと強引に骨喰いが引き抜かれ、もう一刺し、二刺し、三刺し。 恐慌状態のまま、軽井沢は黒瀬を刺し続け、いつしか黒瀬の息が途絶えた事に気付いたのか力が抜け、地面に膝をつけた黒瀬の体を横目に呆然としたまま軽井沢は立ち去った。
「ああ……くそ、なんてこった。まさか、軽井沢がライダーのマスターとは……クソッタレ、体が痛ぇ、息するだけで痛ぇ」 黒瀬は辛うじて息があった。 残った右手で顔を拭う、今まで令呪から感じたキャスターの気配がない。 「ライダーにやられたかキャスター……」 痛みに耐えきれず仰向けになる。 キャスターに教えられた万が一の手段、令呪の魔力を再生能力の活性化に回しているが、ダメそうだ。血を流しすぎたか。 すまない、キャスター。君に教えて貰った事を全て無駄にしてしまった。 最後の力を振り絞り、短刀を溝に投げ捨てる。 こんな時に限って星が綺麗に見える。 ああ、まだ1学期も終わってないのに、何故軽井沢が私を刺したか聞いて、軽井沢を止めねばならないのに。 ……お前達は気を付けろ、栗野、十影。 体が動かない。頭が、働かない。目が…見えない。耳が、何も…………
深夜の土夏市街、その夜の闇の中、月明かりの影を縫うようにフードを被り黒いウィンドブレーカーを着た人影が疾る。 連続殺人をはじめとした連日の騒ぎから表通りでも流石に人通りは少ない。 (……だろうな、生徒に出ないように言ったし、自分でも外出は控える) 人影の正体、黒瀬正峰はなるべく暗いところを目立たぬように音を立てずに走りながら物思いにふける。 しかし、今の黒瀬は教師である“私”(黒瀬)ではなく、裏の世界に足を踏み入れた“俺”(黒瀬)だ。 だから殺人鬼やサーヴァントや魔術師の闊歩する夜の闇を駆ける必要があった。 (クロセー、子蜘蛛の仕込み終わったよ) キャスターからの念話に足を止める。 念話こそ覚え使えるようになったが、集中せずに使えるほど黒瀬は器用ではなかった。 (分かった、先に戻っていてくれ。此方も罠とカメラの設置を終えたら戻る) (はいはーい、冷蔵庫のコーラでも飲んで待ってる……) (キャスター?) キャスターからの気の抜けた返答が途絶える。 緊張感を持って問い掛ける黒瀬。 (クロセ、ライダーがそっちの方に向かった。ライダーのマスターに捕捉されたかもしれない。私も向かうから今すぐ戻って) キャスターの言葉に周囲を見渡すが、人影も使い魔の気配もしない。 だが、こと魔術に関してはキャスターの方が比べ物にならないほど優れており、熟達している。 だから、黒瀬はその言葉に従う事とした。 (分かった。最短距離で戻る) 最短距離、即ち道を使わず屋根や塀の上を駆け抜けようとした黒瀬の目に見覚えのある姿が写った。 「……軽井沢?」 どこかふらふらと熱に浮かされたように動く自身の生徒の姿を見掛けた黒瀬はフードを外し、声を掛けた。 「軽井沢、どうしたこんな夜中にコンビニにでも行くのか?」 「あ……先生」 黒瀬の顔を見て、どこか怯えるような様子の軽井沢。 「説教臭い事は言いたくないがこんなご時世だ。私が送るから帰りなさい」 努めて冷静にいつも通りの“私”で、しかしすぐ“俺”を出せるように警戒は怠らずに話す。 「先生……」 「なんだ?」 軽井沢の目には涙が浮かんでいる。恐怖?いや…… 「ごめんね」 軽井沢の声を聞いて、嫌な予感がした。 それは何度かの修羅場を潜り抜けた勘であり、血がもたらす虫の知らせ。 瞬時に身構えた黒瀬の目に月の光に反射して光る銀色。 黒瀬は刃物だと瞬時に認識していた。 おそらくは何者かに操られている。と瞬時に判断した黒瀬は右腕或いは腹を狙った軽井沢の一撃を利き腕ではない左腕で受けると決めた。 動きは全くの素人だ。深く行っても骨で止まる。血を見れば正気に戻るだろう。 そして、刃を腕で受けた瞬間。 するり、と言わんばかりにまるで豆腐でも切るように刃、包丁は黒瀬の左腕を切り落とした。 「……っ!」 声は出なかった。 ただ、反射的に立ったままの姿勢で軽井沢の鳩尾を蹴り飛ばしていた。 遅れて痛みが来る。奥歯を噛み締め痛みに耐えると短刀でウィンドブレーカーを裂き、右手で縛り上げ応急的に血を止める。 綺麗に斬れた。急げばくっつくだろう、多分。問題はどう学園で誤魔化すか、だ! それにしてもあの包丁、なんらかの呪物、概念兵装か! ぐるぐると頭の中を色んな考えが順序を巡って争い会う。ああ!それよりも今は軽井沢だ。
雨が強く降っていた。 常ならば打ち付ける肉の熱を奪うそれは、今の女にとってさしたる意味はない。元よりこの肉には、命の温度など残ってはいない。身体ごと溶け込んで、泥に染みていくようだ、と錯覚した。 仰向けに倒れ伏す姿勢のまま、無理を押して首だけを起こす。たったそれだけで骨は軋み、肉は裂け、命は摩耗していく。胎に突き立つ刃は、まるで墓標の様にも見えた。 思考はあらゆる負の感情を越え、最早微睡みにも等しい。但し、向かう先にある眠りは、永遠のものだろう。一度堕ちれば、もう目を覚ますこともない。果たして女にとってそれは、救いかもしれなかった。 くだらない執着の末路が此れだ、と考える。奪い、殺し、勝ち取る事に忌憚を覚えないのならば、こんな感情は残すべきでは無かったのだ。 女は、産まれ落ちたその時より、あらゆる人間性を奪われ続けた。それは搾取では無く。ひとつの機能として完成する為に、余分を削ぎ落とすように。肉体の構成が人間からかけ離れる度に、中身までも作り変えられた。心などと言う不確かな物を残す事を、彼女の所有者は良しとしなかった。 ならば、何故こんな感情を抱いてしまったのだろうか。 「――――」 得る筈だった、得たいと願った何かの名を呼ぼうとして、最早発声の機能までも失われた事を自覚する。 ―――ハ、ハ、ハ。 笑い声を聞いた気がした。けれど、それは錯覚だろう。その声の主は、もうこの世には居ない。遥か彼方の黎明より呼び起こされた魂は、既に在るべき場所へと帰った。 思えば、彼と言葉を交わすことは殆ど無かった。女はそれに必要を見出だせなかったし、彼も、取り立ててその姿勢を否定することは無かった。 けれど今、その男を想う。 神の血を宿す偉大なる王。武勇轟くその弓は、かの英雄に技を授ける程に。 しかし、師たる王を殺したのはその英雄だった。 何故かと問われれば、なんの事はない。 己よりも優れた弓の腕を持つ者に、娘を与える。王のその言葉に従い己の力を示した英雄に対して、しかし王が与えた物は敵意と憎悪だった。己の言葉を翻し、英雄を貶めんとした邪智の王は、当たり前のように英雄によって倒される。 例えその英雄が狂気の只中にあったとしても。正義は英雄にあり、王こそが悪だった。その英雄の物語において、王は、超えるべき数多の試練の唯一つに過ぎない。 命尽きようとする今、女は、数え切れぬ程の武勇を積み立てた大英雄よりも、愚かな王へと思いを馳せる。 国も家族も、己の愛した全てを失い、命尽き果てるその王の無念を推し量る事は出来ない。彼はその時、己の行いを悔いただろうか。それとも、ただ嘗ての弟子への憎悪に身を焦がしたのか。 答えを知る機会は、最早永遠に失われている。 ああ。きっと。 それを知りたかったのだと女は思う。 かの王は子を想い、道理を捻じ曲げてでも己の意思を貫いた。例えそれが愚かしくとも。愛する機会すら与えられなかった女にとって、それは、太陽のように眩しく、尊く見えた。 王が最期に何かを思ったように。女も今、何かを思う。 思考は雨音に掻き消され、意思は泥に溶け落ちる。かの王が女の最期を知る事もまた、永遠に訪れはしない。
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かわいいよ核弾頭ちゃんかわいい。
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ちょっとおすすめ泥を投げると同時に打ち消し線を無効化できないかテスト
サムナくんいいよね
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%cb%a1%bc%a5%ca%a1%a6%a5%e9%a5%a4%a5%aa%a5%c3%a5%c8元気で真っ直ぐな子いいですよね
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カッコいい…非力かもしれないけど絶対に仕事してくれそうな感じがいい…
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%d0%a5%a2%a5%eb宝具も武器も造形も全てがカッコイイ
妻sや妹sとの絡みも大好き
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割とキテルのもよい
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%ba%f9%ba%e4%a5%d5%a5%ed%a1%bc%a5%e9今日は好きな泥をあげていいと聞いて
眼鏡強キャラ魔術×科学合法白衣ロリとかいう全てが俺に突き刺さった女貼る
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%A5%C6%A5%A2%A1%A6%A5%D5%A5%A9%A5%F3%A1%A6%A5%B7%A5%E5%A5%BF%A1%BC%A5%CD%A5%F3%A5%B9%A5%BF%A5%A6%A5%F4
自分にとっては当たり前である母星の技術を地球で使ってドン引きされるエイリアンの様だ...
ちょっと不憫かわいい
どれだけ時間が経っただろうか。
いつの間にか、遠くで戦うサーヴァント達の気配も感じなくなっていた。
「―――いらないよ」
「何も、涙一粒だって……」
暖かい感触に、びくりと身を震わせる。
ヴィルマの前で屈み、顔を伏せた彼女の身体を、カノンは両腕で抱擁していた。
同時に、氷のように冷たくなった彼女の震える手を取り、熱を伝えるように握りしめる。
それが、カノンにとっての精一杯だったのかもしれない。
彼は神ではないし、何ら誰かに与えられる施しなどは無い。彼自身もまた、奪われる側、自由無き側の人間だったのだから。
何もしてやれない。目の前の深く傷ついた少女を救う術が分からない。―――それでも。
それでも、こうして傍に寄り添いたいと思う。この体温を分かち合いたいと願う。苦痛を和らげて欲しいと願う。
君は誰の道具でもない。何も奪われていい筈がない。君は生命なのだから。少なくとも、僕にとっては消してはならない生命なんだ。
だから、今はこうして傍にいさせて。君の分まで涙を流させて。
「―――――――――ぁ」
黒いコートの布地を掴んで握りしめる。
少女はそのまま、堰を切ったように泣き喚き続けた。身体の奥底に溜め込んだ膿を出しきるまで。
「大丈夫?」
「―――大丈夫。もう、結構よ」
落ち着いてきたヴィルマがそそくさと身を離す。
様子を伺えなかった表情は、今までのように生気が失せたものではなく、不貞腐れながらも何処か光を取り戻しているように見えた。
顔が赤いのは、直前まで大声で叫んでいたせいだろうか?様子を確認したカノンが、初めて安堵の表情を見せた。
そして、同時に周囲の状況が二人の知覚に入ってくる。先ほどまでの閃光は失せて、静寂が周りを包んでいた。
「バーサーカー……」
「決着、ついたみたいだね。大丈夫、セイバーはトドメを刺してない」
バーサーカーと自身を繋ぐ、胸の令呪はまだ消えていない。魔力を送るパスはまだ生きている。
激しい戦闘はあっただろうが、双方共にサーヴァントを失うことなく終わったようだ。
「そう、負けたのね。私」
「勝ち負けじゃないよ。―――さぁ、セイバー達のところに戻ろう」
いいや、負けだ。殺し合う意味ではないけれど。
改めて彼が手を差し伸べる。その姿を、柔らかくはにかむカノンの表情を見つめて、少し気恥ずかしくて顔を伏せた。
立ち上がって手を伸ばすと、彼が掴み取る。その暖かさが流れ込んで、少し高くなった自分の体温と混ざり合うように感じた。
ここで動いても、多くを失うことに変わりはない―――それでも、どうせ失くしてしまうならば、自棄になって歩き出しても良い。
今はそう思える。こうして、あなたの暖かな手に引かれていると。
暫くの間―――二人の下に到着して、セイバーの視線に気づくまで、繋いだ手を離すことが出来なかった。
「だから、僕は」
「あなたを殺さない。……殺したくないんだ。―――もういいんだよ。戦わなくたって」
なのに、目の前の少年は、
戦意も殺意も欠片もない、ただ真っ直ぐに真摯な眼差しをこちらに向けてくる。
いつの間にか銃を手放した右手が、こちらに向けて差し伸べられた。
その時、音を立てて、ヴィルマの中の何かが崩れ落ちた。
目を見開いて、左手で叩くようにカノンの手を払い除ける。
「―――もう嫌だ、もう嫌だ、嫌だ、いや、いやぁ……!」
思考の混沌が体外に溢れ出す。
呼吸が荒くなり、全身から汗が噴き出す。手にしていた拳銃を取り落として、両手で髪をグシャグシャに乱す。
直立も出来ず、膝から崩れ落ちてその場にへたり込む。くの字に身体を折り曲げ、突っ伏した彼女の表情は、
冷酷な薄い表皮も、亡霊のような空気もない、抑えきれない感情に醜く歪んでいた。
「何が聖杯、何が戦争、何がシュターネンスタウヴ、何がナチス……!何が、何が……!」
「寄ってたかって私を都合よく切り分けて、都合よく見た目だけ整えて、都合よく引き摺り回して……!」
「もうあげられるものなんて、私には残ってないわよ!」
上体を起こして、揺れる瞳孔がカノンを睨みつける。
ゼノンだけじゃない。アーネンエルベの高官共も、死んでいった家族も、誰も彼もが自分を利用してきた。
全て他人の都合だ。自分の意志など介在する余地もない。地べたに転がる塵を飾り付けて、最後には捨てていく。
は、は。と、吐き出した息が震えて嗤う。
「―――笑えるでしょう?私には処女すら残ってないの」
「この手も目も口も、腹の中までどろどろに汚れているの。兄だけじゃない、何人もの男の手で……!」
その言葉を口にするだけで、ぞっとする悪寒が全身を貫く。口を動かし続けなければ汚物を吐き出しそうになる。
なんの価値もない肉ならどれだけ楽だっただろうか。だけど、彼らはそんな肉にすら値打ちを付けて弄んだ。
真っ白なシーツを赤く汚して、もう汚れているのなら構わないとばかりに、黒く染まるまで使い潰された。
両腕で身体を抱え、無意識に右手は下腹部を握り潰すように、あるいは隠すようにして震えた。
「大事なものさえとっくに奪われてるのに、みんなまだ私から使えそうなものを見つけ出しては勝手に奪っていく……!」
「なのに、あなたは何なの!?笑わせないでよ、今更そんな薄っぺらい言葉なんて……!……う…う……」
今更、そんなものが響くはずもない。
どんな綺麗事を並べ立てても、この身に染み付いた汚れは洗い落せない。何も変わるものなんてない。
既に終わってしまったのだから。地の底で倒れているだけの私は、立ち上がる脚を与えられなかったのだから。
なのに、
信じられない。今更、もう手遅れなのに。
どうして、今になって泣いているの。
「……助けて……」
最後の言葉が、掠れるように零れた。
その姿を見たのは、久しぶりだと少女は感じた。
黒いコート、淡い金の髪、さほど身長は高くない少年の姿。
その姿を見るのが、正確には、彼が黒鉄の銃をこちらに向けるのが。最初に対峙した時と同じ構図に思えた。
しかし、当時とは状況は大きく異なる。
少女、ヴィルマの前にバーサーカーの姿はなく、少年、カノンの隣にもセイバーの姿はない。
両者共に、遥か向こう―――倒壊したクレーンの先で戦いを続けている。時折放たれる閃光がその証だった。
謎の黒い人影の軍勢、恐らくはカノンがこの戦いのために準備したそれは、セイバーとの相乗効果で威力を発揮した。
ヴィルマは頼みのバーサーカーとあっさり分断され、無力な肉体をカノンの前に晒す状況にある。
今は人影の姿はない。自分にとどめを刺すのに、もはやあの魔術は必要ないのだろう。
その判断を屈辱と感じたり、あんな芸当を容易く実現する少年に嫉妬する余裕はヴィルマになかった。
彼のP08に対抗して取り出したHScは、握る手が重量に負けて震えている。
実戦で幾度となく発砲したであろう彼と、まともな射撃の経験すらない自分では、この至近距離でも勝敗は明らかだ。
完全な手詰まりの中、逆転の一手を降霊術に頼ろうと出口のない思考を繰り返す。
その時、
すっと、拳銃を握るカノンの右腕が真下に降りた。
「―――もう、やめましょう」
「……これで終わりです。僕はあなたを撃たない。僕とあなたが、戦う理由なんて最初から―――」
思わず、ヴィルマは我が耳を疑った。
しかし聞き間違いはない。この状況で、カノンは停戦を求めてきたのだ。
彼が奪取した聖杯から離れるリスクを冒してでも戻ってきたのは、この聖杯戦争に決着をつけるため。
その対象は、この戦争を仕掛けた男―――ゼノン・ヴェーレンハイトにある。
それ以外の相手に対して、徹底してとどめを刺す必要はカノンにはなく、
……それ以上に、彼はヴィルマのことを殺すべき相手だと認識できなくなっていた。
「何を、言っているのですか?」
「私はアーネンエルベ機関の人間です。聖杯は我らが獲得するべきであり、あなたは聖杯を奪ってその在り処を隠している」
「これ以上に敵対すべき理由はありません、それをあなたは、敵意はない、と?」
だが、ヴィルマにとって自身が、シュターネンスタウヴがこの戦争を降りる選択肢はあり得なかった。
アーネンエルベのマスターとしてバーサーカーと契約する。それが現状における彼女の唯一の存在価値となる。
財産、呪具、魔術刻印。機関に深く関わりすぎた家は全ての拠り所を握られ、離反無きように首輪を嵌められた。
逃げ出せば家の価値はおろか、命さえ確実に刈り取られる。この戦争に勝利しない限り自身の生存は―――
「その機関は、あなたに何をしてくれるんですか?」
「あの人が―――ゼノンが聖杯を手にしたとして、それはあなたの安全を保障することはない」
「彼は、自身の目的のためならば誰でも切り捨てることができます」
―――生存の道は、ない。
ゼノン・ヴェーレンハイト。あの男が本性を現した時点で、ヴィルマの拠り所は消滅したに等しかった。
アーネンエルベ側が聖杯を持ち帰れば、それを行使するのはゼノン。しかし彼が対等に見る相手は一人もいない。
それは事実上、彼が機関を、ナチスを離れてワンマンで行動を起こすことを意味する。愚鈍な高官共を騙したままに。
やがては切り捨てられる。ならば、例え身一つであってもここから逃げ出す道を―――いや、まだだ。
「―――勝敗は決まっていない。そうやって無駄な時間を費やしている内に、バーサーカーは……」
「セイバーは負けないよ」
「これまでの戦いで、バーサーカーが何をしてくるかは分かった。こっちにはもう一枚切り札がある」
きっぱりと切り捨てられた。
勝算はあった。バーサーカーの力であればセイバーは押し切れる―――彼女の宝具があの雷のみであれば。
このまま時間を稼げば、マスター同士の魔力供給量の差から、サーヴァントの持久力はヴィルマに分がある。
そう算段を立てていたが、カノンはそれを知る上で、短期に勝敗を決め得るもう一手があると告げたのだ。
あのバーサーカーに対して有効となる手―――ハッタリだと思いたいが、セイバーの能力が未知数であることに疑いはない。
目の前の勝機が揺らいでいく。そして、それより先に続く道は全て絶たれている。
だけど、今更自分に何ができる?何の主体性もなく、言われるがままに行動してきた人形に今更何が?
だから、戦わないと。そう命じられたのだから、他に成すべきことがわからないのだから、目的を達成しないと。
それから暫く経ち、気付くといつの間にか駅についていたようだ。
ふと窓の外を見ると黒衣の軍服を纏った連中、親衛隊が慌ただしく駅のホームに蠢いていた。
耳を傾けると、目標を探せだとかスコルツェニーがいるはずだという言葉に気付いた。
どうやら身内である親衛隊から追われているらしい。このままでは青年も巻き込みかねない。
まだベルリンは少し遠いが、なんとかなるだろう。
意を決してスコルツェニーは立ち上がる。
「……どうかしましたか?」
青年も異様な気配に気付いたようだ。
窓から外を見ると、顔をしかめた。
「青年、恐らく私を追っている者がここに来る。君は追っ手に私がここで降りたと言うんだ。そうすれば危害は加えられない筈だ」
スコルツェニーはスーツケースを手に立ち上がる。
「あの……!」
「なんだね?」
青年もまた意を決したかのように声を上げる。
スコルツェニーはそれに応じた。
「僕は、僕はカノン・フォルケンマイヤーと言います……その、ありがとうございます」
座ったまま頭を下げる青年、カノン。
「…………礼を言われるような事はしていないがね。 ウォルフだ、人からはウォルフ博士と呼ばれている」
頭を下げたカノンにスコルツェニーは困ったように眉をしかめると、無理矢理笑みを作った。
そのまま、反対側の窓の客席の窓を開けるとスーツケースを投げ、窓に体を滑り込ませる。
「……お互い、運が合ったらまた会おう、フォルケンマイヤー」
窓から飛び降りるスコルツェニー。
カノンが窓から覗いた時には既に彼は遠くへと走り去っていた。
「親衛隊だ!これより車両の臨検を行う!!」
カノンが席に戻るのと親衛隊が客車に踏み込んで来るのはほぼ同時だった。
「ここ、良いかね?」
スコルツェニーはにこやかに微笑むと向かいの席に座り、手に持っていたスーツケースを置いた。
「…………どうぞ」
男は投げやりに頷くと窓に顔を向けた。
「もしや兵隊さんかね? 負傷されて後送されたとか?」
「まぁ、そんな所です」
「私も先の大戦の時は兵隊だったが足を撃たれてしまってね、君のような若い者に任せてしまっている」
「大した事ではないです」
「そうかね、ところで何処まで行くつもりだい?」
「…………ベルリンです、父から頼まれた用がありまして」
今まで言葉に感情の乗っていなかった青年の言葉に僅かに感情が乗った。
「そうか。…………少年、悪いことは言わない、この国はもうすぐ負ける。ベルリンは国土や人民を傷つけられた怒りに燃えるソ連に完膚なきまでに破壊され、蹂躙されるだろう。用が済んだら家族を連れてすぐに西へ逃げろ。少なくとも米英の勢力下である西部戦線((当時のドイツは米英相手の西部戦線とソ連相手の東部戦線、二つの戦線を抱えていた))であればそれほど酷いことにはならない」
スコルツェニーは青年の目を真っ直ぐ見詰めて、真摯に話す。
「大丈夫です……父も母も、もういません。友人の一人も、いません。一人で行ってくるだけですから」
スコルツェニーの言葉を聞いてなお、青年の目は生気がなく、空虚だった。
「そうか……」
スコルツェニーはゆっくりと頷く。
言葉ではこれ以上彼を動かすことは出来ない。スコルツェニーは黙るしかなかった。
今のスコルツェニーは左頬の傷を隠し、白髪のかつらと山高帽、片眼鏡を付けた老紳士にしか見えなかった。
(この状況下でベルリンに呼び出しなんて録な用じゃねぇな……)
二等客車はガラガラだった。
普通こんな状況下で容易に移動は出来ないし、昼間の列車なんて連合軍のヤーボ((ヤーボ。ヤークトボンバー、戦闘爆撃機の略称。身軽な戦闘機に爆弾やロケット弾を積んだ地上目標攻撃用の機体))の的になるような物だ。
乗客が少ないのも当然だろう。
適当な席に座ろうと席を見繕っていたスコルツェニーの目に人影が映る。
奇特な先人がいたらしい。黒のロングコートを来た男のようだ。
俯き、視線を下げていた男だが、向こうも此方に気付いたようだ。一瞬、視線が交差する。
スコルツェニーは男の目に見覚えがあった。
それは戦場という現実を前に理想も信条も砕かれて夢から覚めた者の目。
よく見ればその顔つきは幼さが残っている。
そいつがユーゲント上がりなのは目を見れば分かった。
戦場という現実を前に理想も信条も砕かれて夢から覚めた奴はみんなああいう目になる。俺のように戦場に適合してしまった一握りのクズ以外は。
俺は黒の装束に袖を通した武装親衛隊中佐、ああいうガキを『どうなるか分かっていて』戦場に送り込んだ側だ。
総統からの命令は誰にも知られるな、誰にも見つかるな。……それがどうした。ここであの小僧を見過ごしたら俺はディルレヴァンガーの第36SS武装擲弾兵師団やカミンスキー旅団と同じ本当のクズ以下の畜生になっちまう。
これは俺の自己満足だ、己の人間性を保つ為、今までしでかしてきた、目をつぶってきた罪を償おうとする代償行為に過ぎない。
それでも良い、一人の小僧の命が救えるなら幾らでも罵りを受けてやる。
1945年3月ドイツ某所、とある駅。
「ったく、上はなに考えてるんだかな……」
オットー・スコルツェニー、今はウォルフ博士と名乗る男は何度目かも分からない愚痴を吐き捨てると列車へと足を踏み入れた。
同時に出発を告げる汽笛が鳴り、列車は動き始める。
戦線から近い場所に生きている交通機関があったのは奇跡的だ。
……列車の名前も覚えていないが、ベルリンへと行くと言うなら異論はない。
しかし、この列車は変な客が多かった。
先程すれ違ったストリッパーのような変な赤い服を着た褐色の女は人とは思えない雰囲気だったし、戦時中にも関わらず学生気分の抜けていない騒がしい一団がいたのだ。
まぁいい、と気分を変えて別の客車、二等客車へと移る。
そもそも本来であればスコルツェニーはドイツ東部で部隊の指揮を取っている筈だった。
それが急遽ベルリンに向かうことになった原因は数日前スコルツェニー宛に届いた命令書だ。
総統ヒトラーによるスコルツェニー以外開けてはならないと記されたそれにはこう書かれていた。
『至急ベルリンへと出頭せよ、これは総統指令である。尚、ベルリンへ行くことは誰にも知られてはならない、誰にも見つかってはならない』
「つい先日、ハンガリーでの攻勢に失敗して中央軍集団が壊滅して目の前にソ連が迫ってるこの状況下で?遂に我らが総統閣下はイカれたのか?」
しかし、命令は命令である。
部下に一時的に部隊の指揮を任せると準備を整え、変装をすると生きている交通機関を探し、それに飛び乗ったのだ。
シンドーから発せられた聖杯戦争という言葉にスコルツェニーの眉がピクリと僅かに動く。
「……っ、はははっ!聖杯戦争?なんだそりゃ、ヒトラーやヒムラーの妄言を信じてるのか?ラストバタリオンとか?」
一呼吸置いた後笑い飛ばした。
「声が震えているぞ、オットー・スコルツェニー」
第三の男の声に思わずスコルツェニーが椅子から飛び退き、身構える
男はスーツを着込んだ白髪の老人だった。
男からは一切、気配がしなかった。いや、気配を感じることが出来なかった。
「てめぇ、魔術師だな」
「いや、三人とも魔術師だ。名乗り忘れたなカール・グスタフ・ユング、心理学者と言うことになっている」
スコルツェニーの警戒を露とした声を気にすることなくユングはパイプを取り出し口にくわえる。
その眼鏡の奥には魔術師独特の強い意思があった。
「……そういう事かよ、俺は話すことはねぇ」
椅子に座り直すスコルツェニー。
「無理に話す必要はない」
スコルツェニーの顔の前に手を翳すユング。
すると、スコルツェニーの意識が段々と遠退いて行く。
「くそ、魔術かよ……」
「これでも大分穏健な手を使っているのだがね。 私もベルリンで行われた儀式には興味がある、話して貰おうかオットー・スコルツェニー」
ユングの言葉を聞きながら、スコルツェニーの意識は一年前に引き戻されていった。
1945年5月、欧州での大戦はドイツの敗北と言う形で終結した。
連合国は残った大日本帝国との戦いの終わりも間近と見ており、『次』に向けて動き出していた。
後にペーパークリップ作戦と呼ばれる技術者のスカウト、ドイツの遺産の奪い合いが水面下で後に自由陣営と呼ばれる米英とソ連の間で繰り広げられ始めていた。
1946年7月ドイツ、ニュンベルク、捕虜収容所。
捕虜収容所の廊下を前後と両脇を兵士に固められた男が歩く。
過度な程警戒している両脇の兵士とは裏腹に
男は散歩でもしているかの様に緊張感がなくリラックスしていた。
男の方には頬に傷があり、リラックスした上機嫌な表情でも厳つさを隠しきれてはいない。
前方の兵士が足を止める。
そこは尋問室と書かれた小さな部屋の前。
「入れ!」
「おいおい、随分乱暴じゃねぇかよ。捕虜虐待か?」
両脇の兵に急かされて押し込めれるように尋問室に入れられる傷の男。
目の前には机と椅子。男は慣れた様子でふてぶてしく椅子に腰掛けた。
「で、今日はなんだ? グライフ作戦の件ならお互い様って事で話が付いたろ?」
尋問室の奥、自身を監視している者に向けてわざとらしく大声を上げる。
そこで向かいの扉が開き、何人かの男が部屋に入ってきた。
「……オットー・スコルツェニーだな?」
一人の男が傷の男、オットースコルツェニーに相対するように椅子に座ると話し掛ける。
「誰だ、あんたら? いつもの担当じゃないな」
先程よりも警戒の色を露にしてスコルツェニーは問い掛けた。
「アメリカ海軍情報部P課所属、フランク・H・シンドー中尉です」
スコルツェニーに相対する男は如何にもといった軍人の風体だ。軍服はアメリカ海軍の青い軍服。
名前や顔つきからして東洋人の血を引いているのだろうか。
「海軍情報部P課、噂のデルタグリーン((海軍情報部P課通称デルタグリーン。とある事件を経緯に設立されたアメリカ軍の対神秘部隊、詳細は[[デルタグリーンについて>フランク・H・シンドー]]参照))か。カロテキア((カロテキア、ナチスドイツのオカルト特務機関。独自の指揮系統を持ち、欧州で暗躍していた。))の連中と派手にやり合ったらしいな。聞いてるぜ。そっちもデルタグリーンなのか?軍人っぽくはないが」
スコルツェニーはオカルトについては殆ど専門外だが、カロテキアとデルタグリーンについての噂とその戦闘については聞いた事があった。
興味深そうにシンドーの隣に立っていた奇妙な髪型の男に問い掛ける。
「いや、俺は違いますよ。俺はイギリス軍軍属のタイタス・クロウ、暗号解析なんかをやってた」
シンドーの隣に立っていた奇妙な髪型の男が名乗った。
こちらは軍人というよりは研究者かさもなくば探偵が似合いそうな若者だった。
「そりゃどうも、今更何が聞きたいんだ?」
首だけかくんと動かしたスコルツェニーは相変わらずの不遜な態度で言い放つ。
答える気はないと態度で示していた。
「単刀直入に言おう、ベルリンでの聖杯戦争について聞きたい」
特定条件下において自身の体力と魔力を回復する。『単独行動』や『自己回復(魔力)』の互換スキル。
【ランク毎効果一覧】
EX:マスターが存在せずとも現界可能。その効果はある特殊クラスのみが持つ『単独顕現』に匹敵する。
A++:マスターが存在せずとも年単位で現界を維持可能。ただし戦闘行動が難しくなり霊体化に不全を来す。
A+:マスターが存在せずとも半年は現界を維持可能。ただし戦闘行動が難しくなり霊体化に不全を来す。
A:マスターが存在せずとも1か月は現界を維持可能。ただし戦闘行動が難しくなり霊体化に不全を来す。
B:マスターからの魔力供給がなくとも現界を維持可能。宝具使用などの大規模な魔力消費もある程度賄える。
C:マスターからの魔力供給がなくとも現界を維持可能。ただし宝具使用などの大規模な魔力消費は賄えない。
D:宝具使用などの魔力消費をある程度軽減可能。またマスターの魔力供給がなくとも2日は現界を維持できる。
E:宝具使用などの魔力消費をある程度軽減可能。またマスターの魔力供給がなくとも1日は現界を維持できる。
記述はされていないが、基本的に下位ランクの効果も含む。
例えばAランクは「ただし戦闘行動が難しくなり霊体化に不全を来す」が、これはマスターいない場合であり、
マスターが存在すれば魔力供給がなくとも現界を維持可能、宝具使用などの大規模な魔力消費も自前で賄える。
ランクに+がつく例として、余剰魔力の生産及び蓄積、超特殊条件下における効果の上昇など。
その他様々な要因で効果が変化する場合、上記の汎用説明文を改変しても問題ない。
上記のものはあくまで平均的な効果である。Fateにおいて例外が多いのはいつものことである。
【FGO風スキルとして】
FGO風性能では基本的にパッシブスキルとして使用される。
効果は《○○において自身に毎ターンNP獲得状態を付与&クリティカル威力をアップ》というもの。
例えば自給自足(陽)であれば
《〔陽射し〕のあるフィールドにおいて自身に毎ターンNP獲得状態を付与&クリティカル威力をアップ》、
自給自足(海)であれば
《〔水辺〕のあるフィールドにおいて自身に毎ターンNP獲得状態を付与&クリティカル威力をアップ》となる。
効果量は、毎ターンNP獲得は一律3%。ただしEXランクのみ5%となる。
クリティカル威力はEランクで10%、1ランクアップごとに2.5%ずつ上昇し、Aランクだと20%になる。
これは対魔力と同じ倍率計算で、EXランクは例外として25%とする。
+は1個につき0.5ずつ上昇する。Cランクだと15%だが、C+ランクだと15.5%、C++ランクだと16%になる。
ただしこれらの効果は後ろに(○○)とつく場合であり、後ろに何もつかない自給自足の場合はまた効果が変わる。
そちらの効果は未定であり、最初にそれを用いたFGO風スキル設定を考案した「」の性能に合わせる。任せた。
「―――――――――」
わからない。
何も、わからない。
戦いたくないのなら、戦わなければいい。何処へなりと姿を変えて逃げ出せばいいのに。僕はこの「戦争」に身を置き続けている。
それより前、12SSで散々死んでく命を見てきたのに、まだ自分の命を捨てに行こうとする。僕だけ生き残ってしまったから?
いや、全て詭弁だ。
わからない。―――わかりたくなかった。今も尚、行く先を他者に委ねて、漠然と戦ってるだけの僕の姿を。
何も戻ってこないと分かっているのに、無為に銃を構えるだけの僕を。
きっと、今の僕の眼は、
彼女と同じ。泥の色に濁っているのだろう。
その後数分ほど、現在地が分からない地下壕の構造に四苦八苦していると
「ねぇ」
「どうして、私を助けたの?」
唐突なヴィルマさんの質問に、一瞬脚が止まった。
……ランサーの攻撃に巻き込まれて落ちたのは、僕じゃなくてヴィルマさんの方だった。
槍の一撃が地割れになって、彼女の体が飲み込まれた。何が起こったのかわからないままの表情を確かに覚えている。
その時、咄嗟に駆け出して、ヴィルマさんに向かって手を伸ばして、そこで意識が途切れた。
そう、確かに助けようとしていた―――ほんの少し前に銃口を向けた彼女。シズカさんと敵対するアーネンエルベのマスターを。
「……前にも」
「前にも、あなたみたいな人がいました」
歩行を再開して、返答する。
「戦場で、砲撃に巻き込まれて。土に埋まって死んだ。その時僕は手を伸ばせなくて―――理由といったら、それぐらいしか」
たった、それだけの事だ。
あの時目の前で消えていった命を思い出して、今度は手を伸ばした。安っぽい英雄願望だか代償行為だかと笑われそうなものだが、
それが事実であるなら仕方がない。だけど、
「戦場?あなたが?」
思いのほか、意外そうな顔をされた。
「珍しい話ではないです。ユーゲントで教育を受けて、軍に志願して選抜されて……?街の宣伝、見たことありませんか?」
「そうね、あまり見た記憶はないわ―――これまでずっと、屋敷の外には出ていなかったから」
これはヴィルマさんの方が珍しい話かもしれない。男子ならユーゲントは10歳から入ることを義務付ける法律があるし、
宣伝でも度々取り上げられてきた。それを知らないというのは相当な籠りぶりだ。
「屋敷に、って……そんなに長い間いたんですか?一体どうして?」
今度は、彼女の脚が止まった。
「……どうしましたか?」
「―――いいえ、何でもないわ。ただ、私はずっとあの屋敷に転がされていたの、塵のように」
その言葉が、胸に刺さるような冷たさを孕んでいた。
「私の才能は致命的なほどに悪かった。誰にも期待されなかっただけ、期待されるだけの価値が無かっただけ」
「スペアよりも下の、何も価値の無い生きてるだけの肉。それがいきなり繰り上げられて、やるべきことを押し付けられてるのよ」
そのまま淡々と、「塵」の詳細を語り続けてくる。何よりも才ある血筋を求める世界で、それこそ欠いて生まれ落ちた者の末路を。
咄嗟に、彼女の方を見る。魔術の光が照らす彼女の眼が、泥で塗りつぶしたように濁って見えた。
「……それで、この聖杯戦争に参加したんですか?」
「えぇ。私に拒否権はない、刻印も財産も機関に管理されていて、一人だけ残った私の生殺与奪を握っている」
「戦ってどこかのマスターに殺されるか、役立たずとして機関に始末されるか。―――何もかも、連中の掌の上ってことね」
―――この人、そんな理由で戦って、戦わされて、いるのか。
どう考えたって向いているはずが無い。こんな、敵の前で灯りを出してしまうような人が、無理やりこの「戦争」に立たされてる。
「―――それは」
それが、
「それは間違ってると思います」
「誰かの言いなりになって戦っても、それを命じた相手は何も報いることはない。何も得られはしないんです」
無性に腹が立った。
分かってる、理解してるつもりだ。彼女は拒否権が無かったんだ。どこかの志願して地獄に墜ちた馬鹿とは事情が違う。
だけど、なのに、どうして。何故彼女の今を否定したくなる。戦うことを否定したくなる。
まるで自分が言われたように、彼女の無為を否定したくなるんだろう。
「……そうね。馬鹿みたいね。私」
ぽつりと独り言ちる。それっきり、静寂が舞い戻った。
「―――だけど、あなたは戦っている」
「私からも聞かせて。あなたは何のために戦っているの?」
冷たい。
右の頬に感じる土の温度が、徐々に意識を覚醒させる。薄らと開いた眼は光を感じず、そこは夜の中にあるようだった。
いいや、夜じゃない。この淀んだ空気には覚えがある。
「(防空壕、の中かな……)」
空襲時に避難するためのそれは、地上地下問わずベルリン市街にも当然あちこちに設置してある。
少しずつ記憶を辿っていく―――そうだ。僕はランサーの攻撃に巻き込まれて、大穴の空いた地面に落ちた。
その先が地下に作られた防空壕だったらしい。下水道だったら今頃溺死していただろうか。そう思いながら手足に力を―――
「(……重い)」
何か体の上に重量物がある。それほど重くはない、瓦礫や土砂の類ではないようだ。僅かに弾力と、暖かさを感じる。
生きてる人間か。ちょうどうつ伏せの僕の背中で尻餅をついて倒れ込んだ形になってるみたいだった。
右肩の辺りに意識を向けると、ちゃんと人の手や髪が纏わりついているのを感じる。さて、それじゃあ。
当然このまま下敷きになる必要はない。左半身に再度力を入れて、寝返りを打つように上の人間を振り落とした。
地面に転がる音。どうやらそれで向こうも目が覚めたらしい、同時に起き上がり、やはり灯ひとつないことに気付いたようだ。
屋根が崩れてるのだから当然電灯は破壊されてるし、開口部から見える空は曇りの夜で星光は期待できそうにない。
……ついでに、持ってきたランタンもダメなようだ。外装が歪んでガラスが割れたそれを遠くに放り投げる。
すると、いきなりぼんやりとした光が点いた。ランタンが炎上したのではない。これは人工の灯りでは―――
「……あ」
「………」
光の主。バーサーカーのマスターの人が、今更気づいたといった風に声を上げた。
どうやら魔術で光を放ったらしい。―――僕が近くにいることに、警戒は無かったのだろうか?
「……何を見ているの」
「………灯りを出せるんですね。それで出口を探せるかもしれません」
周囲の状況を確認する。マスターの人が出した灯りは光量十分で、さっきまでの暗闇がうっすらとだが視認できるようになった。
崩落したこの地下防空壕から直接出ることは難しそうだ。崩落に巻き込まれて直近の出口は土砂に埋まっている。
だけど、規模自体はかなり大きい。横道を辿っていけば脱出は不可能ではないだろう。
とにかく急がないと。地上からは、今もランサーの暴れる様子が振動で伝わってくる。
「待って。協力するなんて一言も言って……っ」
立ち上がろうとしたマスターの人が、再び膝をつく。何か、片脚に力が入らないようだ。落下したときに挫いたのかもしれない。
その場に座り込む彼女の傍に戻って、患部の様子を確認する。
「! ちょっと、何して……」
びっくりされても仕方ないけど、今は無視。そこまで酷くはないから、負荷が増さないよう包帯で固定しておけば問題ないか。
この間SSの人に刺された傷に巻いてたものだけど、そこまで血も付いてないし、言わなければ気付かれないだろう。多分。
間に合わせの処置を終えて、そのままマスターの人の腕を自分の肩に回した。
「肩、貸します。ここを出るまで一旦協力しましょう、ヴィルマ……さん」
「名前、名乗った覚えは無いけど」
「さっきランサーのマスターの人……でいいのかな。その人が大声で叫んでいましたから」
「あぁ、そう。気づかなかったわ」
「僕はカノン。カノン・フォルケンマイヤーといいます。よろしく」
「……聞いた覚えも無いけど」
バーサーカーのマスターの人、改め、一時休戦となったヴィルマさんがこちらに体重を預けて立ち、痛めた方の脚の膝を曲げる。
そのまま片脚で歩行する彼女に合わせた速度で、ゆっくりと防空壕の中を捜索することとなった。
雷鳴。
そして、視界を覆いつくす稲光に、咄嗟に目を閉じた。
一瞬途切れた感覚を、再び取り戻す。英霊兵に虐げられた身体の痛みと―――左手の甲に火が付いたような熱。
僅かに目を開き、そして見開いた。
英霊兵がいない。いや、尻もちをついた自身の眼下にバラバラの残骸となって転がっている。
まるで雷の直撃を受けたように、装甲の表面は黒く焼け焦げて……雷?
そう、雷が、青白い稲妻が、微かに車両の中を飛び交っているのが見えた。……その中心に、「それ」はいた。
その話を初めて聞いたのは、父の寝物語。日本という国の昔の話。
この国とは違った甲冑を身に着けて、片刃のサーベルを携えた戦士が、日本を舞台に争ったという。
確かに、それが纏うものは、その日本式の青と黒で彩られた甲冑のようで、右手の輝く刃はサーベルと似ている。
その時、残った英霊兵が動き出したのに気付いた。先ほどよりも速度を上げて、圧倒的な質量差を武器に轢き飛ばそうとする。
危ない―――声に出そうとして、身体の痛みに押し込められた。僕を意に介することもなく、それは真正面から英霊兵と相対する。
す、と。それの右手が動いた、真横に引かれた手の動きに、握られたサーベル―――稲妻を帯びた刀が追随する。
そして、音もなく英霊兵の突き出した拳が、腕が、胴体までもが真っ二つに両断された。動力を喪った木偶は、
そのまま足元に倒れ込んで動きを止めた。
「――――――召喚の命に従い、ここに参上いたしました」
英霊兵を全滅させて、それがこちらに顔を向けた。それが喋ったのだと、最初は気付かなかった。
そして、雨の降りしきる空に雷霆が走り、激しい光が窓から流れ込む。
照らされた表情は、黒く長い髪を後ろで束ねた―――女の人の顔だった。
「あなたが、私のマスターですか?」
とりあえず適当に思いついたことを述べてはいるが、大分苦しいな。そろそろ準備をした方が良いかもしれない。
そう考えて、コートの中に仕舞っているものを確認した。
まず手紙。今回の依頼人から送られた拠点の居場所が暗号で書かれていたが、解読済みのコイツを奪われると具合が悪い。
P08と……弾は弾倉に入ってる分だけ。前線からそのまま持ち帰って来たものなのでこれ以上は泣いても弾は出ない。
それからナイフ。これは弾切れしなくて良いのだが、相手は複数。全員P38を懐に入れてMP40まで抱えてる。
とりあえず目の前の男の手首を切って、掴んで盾にして、後は多分撃ってくるだろうから男の銃を奪って―――
「―――すみません、こちらを」
「ん?あぁ……」
不意に、眼鏡の黒服がさっきの男に話しかけた。男が下がって、眼鏡と一緒に資料を確認している。
何だ?自分の原隊の資料か何かだろうか。いや、第12SS装甲師団なんてもう半数は死んでるんだ。帳簿なんて大半は紙切れだろうに。
それよりも盾が離れたのが困る。早いところこっちに―――
「成程、奴が最後か」
「はい。予定の通りこちら側ではありませんでした」
「何、構わん―――『英霊兵』を出せ!!」
男が向こうの車両に向かって吠えた。―――ヘルトクリーガー?聞きなれない単語だが、何か、嫌な予感がする。
その瞬間、
「―――――――――」
ドアを開けて、何かが立ち入って来た。
全身が金属の光沢で覆われた、近代で使われたフルプレートのような鎧……いや唯の鎧なはずが無い。明らかに大きすぎる。
3mに届く巨躯は動作の度に独特の機械音を放ち、ヘルムの覗き穴に相当する箇所からは妖しい光が漏れるばかり。
「―――!!」
考える余裕はない。すぐにコートの下から取り出したP08を、英霊兵とかいう鎧に目掛けて発砲した。
男たちを無視して直進する弾丸が、そのまま覗き穴を通過してヘルムの中に飛び込んでいく。―――しかし、
反応は無し。肉を穿つ音も、開口部から溢れる血もない。ただ甲高い金属音と共にヘルムの後頭部が奇妙に盛り上がっただけ。
何だこいつ。呆気に取られている間に、車両のドアからはもう一体。同じ英霊兵がのそりと姿を現していた。
「子供に手をかけるのは忍びないが……これも我が国のための犠牲だ」
「死んでくれ、最後のマスター」
男たちはその言葉を最後に、車両から消えていった。
金属音、金属音、衝突音、静寂。
既に雨が降っていたようで、叩きつける雫の音が耳をつんざく
中に入った英霊兵たちの身体は見た目通りの人外の膂力を発揮し、僕の乗っていた車両はギリギリ車両っぽく見える程度に
内部から破壊しつくされていた。椅子は千切りとられ、ガラスは粉砕されて壁は大きく歪んだ。
そして、その歪んだ壁の一つに、今僕は埋まっている。英霊兵の太い片腕から伸びる五指は、簡単に僕の身体を拘束した。
「……けふっ」
叩きつけられた衝撃が身体を軋ませて、咳込んだ拍子に口の中から血を溢した、赤い滴りが英霊兵の腕を汚す。
理由はわからない。何も情報は与えられていない。依頼の事、博士の事、英霊兵、最後のマスター。
何もわかることが無いまま、僕はここで死ぬ。この力なら、楽に首をねじ切ってくれるだろうか?そんな諦観が頭をよぎった。
あぁ、しかし英霊兵。英雄の霊の兵か。誰が付けたか分からないけど、因果な名前を与えてくれたなぁ。
駆動音が響く。多分、残った方の腕を振り上げて、僕の頭を砕くのだろう。
『君たちは今まさに絶頂の中にある。栄誉ある党の未来を担う若者を代表して、ここで最高峰の教育を受けていくのだ』
『案ずることはない、君たちの成績は特に優秀だった。戦場においても血と名誉を胸に戦い―――若き英雄となりたまえ』
―――英雄に憧れて、結局なれなくて。そんなものいないって気づいて。そして、こんな酷い紛い物に殺されるのか。
そうした理由は、わからない。何の意味もない事なのに。
拳を振り下ろされる直前、動く左手に渾身の力を込めて、英霊兵の腕を掴んでいた。
あぁ、もうじき降って来るな。
『フォルケンマイヤー君か!?そうか、君は生きていたのか……!?辛かったろう、本当に、辛かったろう……!!』
『ねぇ、カノンお兄ちゃん、デトレフ兄ちゃんは帰ってこないの?一緒に戦いに行ったんでしょ?』
『兄ちゃんが帰ってくるまで、わたし達どうしたらいいの?カノンお兄ちゃん……デトレフ兄ちゃん、いつ帰ってくるの?』
『―――何しに帰って来たんだい!あんた達ユーゲントがエリックを唆して!!早くうちの子を帰しなよ!!早く!』
『あんた、フォルケンマイヤー先生の……?すまん、本当にすまん。後少し、間に合わなかった……先生が倒れて……!!』
「親衛隊だ!これより車両の臨検を行う!!」
喧しい男の声に注意が引き戻された。
声の方向を見やると、黒い制服の男が数名。やたらと格好をつけた黒服と立ち姿、装飾は親衛隊のものと認識できた。
なんで、と頭を動かす必要は無さそうだ。要するにさっき下車した「ウォルフ博士」を追ってきたんだろう。
さて、どうしたものか。
「そこの少年。少し質問があるがいいか?」
男は真っ先に僕の方に―――いや当然だ。この車両は僕しか乗っていなかった―――話を投げかけてきた。
その間に残りの男たちは別の椅子の様子を調べている。
「……はい、質問は何でしょうか?」
「我々はある人物を捜している。捜索の協力を願い出たい」
「どんな人なんですか?」
「背は190ほど、その人物は仮装が趣味で顔は特定できない、ただ」
「―――何か、左の頬を隠していたはずだ。見ていないかね?」
仮装、まぁ仮想か。
当然心当たりはあった。さっき出会ったウォルフ博士の、肌の質感に感じた違和感。
恐らくは化粧か、映画で使う特殊メイクか?そういった類で左頬の―――恐らく負傷の跡を隠していると思えた。
そんな強面がSSに追われるなんて。思っていた通りあの博士結構訳ありらしい。
……さて、ここで彼の行く先を教えれば、多分この男たちは帰ってくれるだろう。普通は逃亡中の相手を追いかける方が優先だ。
ここでSSと顔を合わせていたくない理由があるかと言えば、むしろ合わせたくない理由しかない。
精神療養のため原隊を離れて、そのまま復帰せずに私用でベルリンに向かってるのだから。今更ながら公然と脱走中というわけだ。
というわけで、
「すみません、僕は何も……その人、本当にこの列車に乗ったのでしょうか?」
シラを切った。
何故か。あの如何にも逃亡慣れした博士を庇い立てたところで自分にも、この国にも利となるとは思えない。
ならば何故―――あ、逃げろって言われたんだっけ。その時だけ、博士は真剣な眼差しでそう言ってた。
まぁ、そういう事を言われるのは初めてか久しぶりかだろうから。ついつい逃げ損なってしまった。
「―――本当かね?」
男が空気を変えてこちらを睨みつける。疑わしいよね。当然だ。
「この車両、ずっと僕しか乗っていませんでしたよ?誰か乗って来たなら気付きます」
「では、あそこの窓はなんだ?」
男に示された窓を見る。正確にはサッシ。暫く誰も開けなかったのだろうサッシには埃が積もっていて、
それが、部分的に埃が落ちて金属の光沢を取り戻していた。
「……僕が開けました」
「理由は?」
「外を見ていました。もうじき、夕立が来るなって」
今度は男が僕の視線の先を確認する。空はどんよりと灰色が押し込められ、今にも雨が溢れ落ちそうな圧迫感を孕んでいる。
スレで募集頂いたもの①
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https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%A5%A8%A5%AF%A5%EA%A5%D7%A5%B9
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%A5%B6%A5%EA%A5%C1%A5%A7%26%A5%BF%A5%EB%A5%A6%A5%A3
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%A5%A4%A5%A8%A5%ED%A1%BC%A5%DE%A5%DE
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https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%c6%a5%df%a5%b9%a5%c8%a5%af%a5%ec%a5%b9運用間違えたらすぐ死ぬよ
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%af%a5%ed%a5%a4%a5%bd%a5%b9第二宝具の出番だよキャラ的に雑に扱ったほうが面白いやつだしおすすめ
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%eb%a5%af%a5%eb%a5%b9https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%d5%a5%a1%a5%e9%a5%f3%a5%bc%a5%e0幸運Eどもださっさとくたばれ不幸になれ
※出演の際は作中の都合により弱体化補正がかかった上での登場となります。
【活躍が保証できない・数合わせの雑な扱いでも構わない泥鯖】を【多数】お借りしたいと考えています。
オッケーだよ!という方はこのレスへの返信や、このレスを紹介した泥スレでの表明にて、泥鯖の具体的な名前を挙げてくださいますようお願い申し上げます。一人の作者につき複数の泥鯖を挙げてもらっても構いません。
できるだけ多く募集頂いた後、キリのいい段階でこちらの判断にて出演泥を決定させていただきます。ご容赦ください。
※数合わせということで、上にも下にも規格外でない常識的な範疇の泥鯖が望ましいです。
「どうして貴方は、常に怒っているのですか?」
そう問うて来るものがいた。以前メイソンの部隊に助けられていた小娘だ。
別に怒ってなどいないと返すと、その女は不思議そうな顔をして俺に二度問うた。
「ではどうして、貴方は笑顔を見せないのですか? 皆は笑っているのに不公平です」と。
馬鹿馬鹿しい。俺は忙しいとその場は立ち去ったが、今思えばあれは俺の深層を突いていたのかもしれない。
あの時の俺は常に、何かに乾いていた。何かに飢えていた。それはまるで水面を眺めながら沈む死骸のように。
ただぼんやりと天上に輝く日輪の光を、その目に焼き付けるように。ぼんやりとした飢えを感じ続けていた。
だが分からないものを思考した所で何になる────、と。俺は俺の思考に、合理性という名の蓋をした。
故にあの女は、俺が隠している俺という在り方への問いを察したのだろう。言うならば、俺は俺ではなかった。
詰まる所、思い返せば俺は死んでいたのかもしれない。いや、生きてさえいない木偶。それが俺であったのだろう。
故にこそ、俺は俺に『生まれざる者』という定義を与えた。これが俺だと、俺自身に対して定義した名前。
俺はまだ生まれていない。故に目的も無ければ信念もない。生まれざる命。骨子亡き在り方。それが俺だ。
だからこそだろう。俺は俺自身に飢えていた。乾いていた。どこまでも満たされぬ空虚なる堅牢の檻。
それが────それが俺という存在なのだと、騙し騙し生き続けてきた。あの日までは
「貴方は満たされていない」
そう真理を突き付けた詐欺師がいた。影絵のように嘲笑い、死のように冷酷な詐欺師がいた。
あの時、その誘惑の言葉をあの女の問いのように聞き流していれば、また違った答えがあったのだろう。
だが俺はあの時にその言葉を咀嚼した。その言葉を己のものとした。その解を、俺の答えと受け入れた。
俺は人類の未来を案じている? 違う
俺は人類同士の争いを憂いている? 違う
俺はメイソンの発展を重んじている? 違う
俺は自然環境の保護を訴えている? 違う
違う。違う。どれもこれもが違う。俺は彷徨い続けた。俺は疑い続けた。俺は歩き続けた。俺は求め続けた。
そしてようやく解を得た。いや、導かれたというべきか。今まで抱いたその全てが正しく、そして間違っていただけだった。
俺は、人類史を 英霊を 駆逐したい。 たったそれだけの単純明快なる解答。それが俺の本質だった。
それを知ったその瞬間は、俺という生まれざる者に与えられた、初めての生の悦びの刹那だった。
その悦びを追い続けた結果が、この末路か。
英霊共が俺の肉体を壊していく。人類共が俺のあり方を崩してゆく。
俺の否定した結束が、俺の積み上げた全てを奪っていく。
どうして、こうなった。明白だ。俺が間違ったからだ。俺は、歩むべき道を間違えた。
カール・クラフトめの嘲笑う声が聞こえる。俺はユダになる事もできない人でなしだと。
ああ、そうだ。俺は何処まで行っても空虚だった。骨子亡き者に生み出せるものなど、何もなかった。
俺の人生に意味はなく、俺の在り方に価値はなく────、俺の追い求めたものは、総てが空白に満ちていた。
これが、あの日"死"に己を売り渡した罰だというのだろう。ならば死よ、我が身を連れて冥獄に導くがいい。
この身は人類史を冒涜し、この身は現世の今を白紙化し、この身は未来を刈り取らんとした大罪人ゆえに。
ただ
一つだけ
もしもと叫べるのならば、
あの日、あの女に、俺が答えを出した可能性を、俺は見たい
「どうして貴方は、常に怒っているのですか?」
「………………。考えた事もなかったな」
「俺は────」
「そういえば、後一月もすれば日食だね」
「む、いつの間にかそんなに近くなっていたか」
「専用のメガネは買ってある?」
「もちろんだよ! 楽しみだなぁ、日食。何十年に一度しかないんだっけ」
「詳しくは忘れたけどこのレベルのは下手したら百年単位で見れないかもしれなかったはずだよ」
「なにっ、本当か?」
「じゃあ絶対全員で見なきゃだねっ」
「うん、そうだ」
「絶対、ボクたち全員で!」
この学校の多目的ホールは図書室から出てすぐ右手、体育館へ向かう途中にある。学園祭のときには運営本部になったり昼休みには移動購買部が訪れたりするそこは、普段は三人掛けの小さなベンチがいくつか並ぶ学生用の談話スペースになっている。そしてここは学園内で唯一自動販売機が常設されている場所でもあった。
その自動販売機でボクは缶のミルクコーヒーを、太桜はペットボトルの緑茶を、海深は同じくペットボトルの乳酸菌飲料を買って、ボクらは一番近いベンチに並んで座った。
「それにしてももうすっかり梅雨だねぇ」
このホールの校庭側は一面が窓になっているため、外の様子がよく見える。降りしきる雨はいよいよ勢いを増し、水はけの悪い学園の校庭を泥沼へと変貌させていた。今日はたまたま三人とも部活動が休みであったが、学校自体はまだ部活動休止期間には入っておらず、遠くに吹奏楽部が調音をするときのやや間の抜けた金管の音階や、この雨のために仕方なく屋内トレーニングに勤しむ野球部やサッカー部のかけ声が小さく聞こえてくる。そしてそんな雑多な生活音を包み込むように、激しくも一定のリズムを刻む雨音が歌っていた。
「そういや太桜。傘、ちゃんと持ってきた?」
「む、もちろんだとも。こういうときのために鞄には常に蝙蝠を忍ばせているんだ」
「それってつまり普通の傘は忘れたってことじゃあ……」
「ぐっ……。なかなか痛いところを突いてくるじゃないか松山……」
悔しそうに目を瞑る太桜に突っ込みたくなる衝動を抑えながらコーヒーを煽ると、その向こう側から海深がぴょこっと顔を出してきた。
「海深はレインコート持ってきたよ。お父さんの会社の新しいやつ!」
にこにこ顔でバッ、とそれを広げる。というか、鞄もないのにずっと持ち歩いていたのか。
海深のレインコートは遠目から見ても目立つような派手なデザインだった。おそらくは澄んだ水の中を泳ぐ金魚たちがデザインモチーフなのだろう。地の色は淡いブルーだが、そこに所狭しと泳ぎ回る魚の影がプリントされている。ブルー部分が半透明な素材で出来ておりやや透け感を感じさせる一方、魚影は鮮やかなほどの不透明な赤色だ。結果的に魚影の方が全体を覆う面積としてはかなり多くを占めているため、一見した印象だとレインコート自体が真っ赤に見えかねない。
かわいいよね!と満面の笑みで見せつけられるが、いまいちボクには良さが分からなかった。
「ちょっとどぎつすぎない? なんかそれ……」
その色合いがちょうど、クラスメイトから今日耳にした都市伝説にそっくりだったから。
「"&ruby(レッドコート){赤い服の男}"みたい」
そんなことを、口走ったのだった。
「いや、最近そんな話を聞いたんだ。夜な夜な獲物を求めてこの街を歩き回る赤い怪物の話」
「なにそれ。また都市伝説? あんまりそういうの鵜呑みにするの海深よくないと思うけどなぁ」
海深が呆れたようにベンチに座り直す。元々オカルト否定派の海深であるが、それ以上に自分がかわいいと思ったレインコートを怪物の衣装扱いされたのが不満のようだった。やや罪悪感を覚えてしまう。
「まあそう言うな梅村。案外そんな与太話にこそ噂が潜んでいたりするものだぞ」
太桜の謎のフォローにもむくれ顔のままだ。
「それで茉莉ちゃん、 "&ruby(レッドコート){赤い服の男}" って?」
そんなむくれ顔のまま海深が問いかけてくる。それに併せて、友人たちから聞いた様々なパターンの "&ruby(レッドコート){赤い服の男}" の話を順を追って話していく。別称として「赤マントさん」などがあること、出自は多岐に渡るが基本的には殺人者であること、正体は人間でないパターンが多いことなどを大まかに話したとことで、纏めに入る。
「うーん、まとめるとタイプとしては口裂け女とかトイレの花子さんに近いかな。姿を見ること自体がタブーとされている一方で、『こうすれば逃れられる』っていうおまじないの類いも色々と設定されてる感じ。まあこういう場合、逃れられるための方策って後付けのことが多いんだけどね。まあとにかく怪物の存在そのものが真実かどうかは置いておくとして、『元ネタ』の存在がいそうな感じがするね」
「元ネタだと!? 待て松山、それはつまり」
「変質者じゃないかなぁ」
身も蓋もないことを言う海深。いや、ボクも大体考えていたことは同じであるのだが、こうもバッサリと切り捨てられてしまうとロマンというものがない。外見はボクたちの中で一番女の子らしいくせに、やたらリアリストなのだ。
「あとは……やたら『3』って数字がよく出てくるね」
「数字?」
太桜の問いかけに首肯する。
「うん。これは『赤マントさん』に付随してる話が多いんだけど、『3回唱えると~』とか『3時33分33秒に3階の窓から~』とか、なんか『3』にまつわる言説が多いんだよ」
「……派生する前の何かがあるのかも」
神妙な顔で海深が言った。彼女にしては珍しく食いついている。
「何かって?」
「わかんないけどね」
ボクの問いかけに、海深はあっさりそう言って肩をすくめた。
「ぜーんぶ3が付くんだったら、元ネタになった変質者と関係あるのかな、って思っただけだよ」
えへへ、と舌を出しながら海深が笑った。かわいい。
「さて、そろそろ戻ろうよ。なんだかんだで海深たち結構話し込んじゃったみたいだよ」
そう言って、ぐいっとペットボトルを煽る。それに釣られて太桜も立ち上がった。
「そうだな。松山に見てもらえる間に問題集のあの章だけでも終わらせねば」
初めからボクに頼る気満々なのは気になるところだが、まあ太桜が乗り気なのはよいことだ。
ボクも一気に缶コーヒーを飲み干した。図書室への飲食物の持ち込みは厳禁である。すっかりぬるくなっていたコーヒーだけれど、人工甘味料が舌に残す後味がなんだか爽やかな印象を与えた。
Certain rainy day/Rumor Case 1:The "Red Coat"
「日常」という言葉はどうしても「何事もない日々」って印象を与えるけれど。
でも、日々の暮らしの中で本当の意味で何も起こらない日というものはなかなかないわけで。
これもまた、ボクの日常の中で起こった、たいしたことのない出来事、その一つの記憶というわけだ。
それはつまり、あのころはまだ他愛のない話のタネでしかなかったということ。
それがこの後、実感を持って迫ってくることになるだなんて、そんなのボクらに想像できるはずがなかったんだ。
高校二年生の夏休みを少し先に控えた、六月のある日のこと。
しとどに降る梅雨の霧雨のコーラスの中、ボクこと松山茉莉、親友の竹内太桜、そして同じく親友の梅村海深は学園の図書館にいた。
入り口から一番遠い、四人掛けの座席。すなわちボクらが確保しているテーブルいっぱいに散らかっているのは、数学や古文などの教科書たちだ。デザインもカラーリングもまるでバラバラなそれは、けれどもどこかお堅い画一的な雰囲気を醸し出している。教育のために作られた書籍たちは、そんな「書籍」としても模範生たるように生み出されているのかな、なんて思うことがたびたびあった。
四月に無事火蜥蜴学園二年生に進学し、五月の体育大会を終えたボクたちが直面する次なる行事は、言うまでもなく定期テストである。なにせ、二年生初めての試験だ。何事においてもスタートダッシュにおいて成功しておくことは後に繋がる。特に今年はおそらく「デキる」と思えるクラスメイトが二人も目星がついている以上、事前準備を万全に済ませておくに越したことはない。そういった理由もあって早めに準備を始めることにしたのである。
火蜥蜴学園の図書館は全体的に木目調の作りで、床や壁に止まらず読書用のテーブルもまた木製だ。教室や老化の無機質なリノリウムと比べるとどこか暖かみのあるこの部屋には、梅雨の季節特有のしっとりとした雰囲気が落ちている。
定期テストまでの間に何か大きな行事の予定は差し挟まれてはいないとはいえ、試験まではまだ1ヶ月以上の時間を残している。そのためか、今の図書室の机の埋まり具合はまだ三割程度といったところ。読書に訪れた生徒の数もやはりまばらで、高校の図書室という場所が日常的に混雑するような場所ではないことを差し引いても、やや閑散としている。心なしか雨の音がはっきりと聞こえていた。
ころん、と太桜の手から鉛筆が落ちた。
「……すまん松山。また分からん問題が見つかった」
太桜が数学の教科書を帽子のように頭に乗せながら泣きついてきた。放課後は勉強をすべきだ、と彼女がボクたちを誘ってきてからまだせいぜい一時間程度。その間に既に質問には七回も答えていた。
「二次方程式なのだがな……どうにも因数分解ができんのだ」
そう言われて彼女のノートを見下ろす。
y=5x^2-7x+1。そりゃあ因数分解できるわけがない。それは解の公式を使う奴だよ、と説明してやると、今度は太桜はノートにy=ax^2+bx+c……と書き始めた。
「ストップストップ! もしかして太桜、解の公式覚えてないの!?」
驚くボクに、太桜は当然だろう、といった面持ちで返す。
「しかし、数学の&ruby(みやこ){京}教諭はこの式は暗記ではなく毎度導出できるようにしておけ、と言っていたじゃないか。だからこそ自分も億劫と思いつつも毎度一から用意しているのだぞ」
「いやいや! そんなの暗記でいいって! それ出来るようになってる必要ないから!」
「だがしかし京教諭は……」
「確かに導出できるようにしとくのは大切かもしれないけどさ、テストでいちいちやってたら間に合わないよ!?」
「だが……」
「いいから暗記しちゃって! 絶対その方が得だから!」
「むぅ……松山がそこまで言うのなら……」
しぶしぶといった様子で了承する太桜。しかしそのペンの運びは遅く、明らかに集中力やモチベーションが落ちているのが見て取れる。
ではこちらは、と海深の方に目を向けると、こちらは完全にお遊びモードに入っていた。 海深の国語のノートの半ページで、やけにリアルなライオンが二頭、仲睦まじそうにじゃれ合っている。両方とも鬣が着いているのが気になるところだが、とにかく完全に集中力が切れてしまっているのは間違いない。少し早い気もするが、一息休憩を入れた方が良さそうだ。
「なんか、ちょっとボク喉渇いちゃったな。海深たちはいい?」
「あっ、海深も飲みたいかも。太桜ちゃんも来るよね?」
海深のその台詞を聞いて、太桜も心底助かったというふうにかじり付いていたノートから顔を上げた。
「あ、ああ! そうだな! 自分も行こう!」
彼女のそんな大声に、貸し出しカウンターの図書委員が軽く顔を歪めていた。
それから、二人で一緒になって子猫を埋めてやった。と言っても、後は上からは土をかけてやるだけだから、それまでのお兄さんの苦労と比べればさしたる手間でもない。
それでもそれなりに時間はかかって。気づいた時には夕日は沈みきって、辺りは薄暗くなっていた。それまで二人共、何も話さなかった。
「ごめん、こんな時間まで。親御さん、心配してるよな」
そんな彼の言葉を、私は取り立てて否定しなかった。それをすると、美しいと思えた今までの時間が、全部台無しになるような気がしたから。
それでも、家まで送ると言うお節介は固辞して、公園の出口で逆方向に別れる。
「また―――」
また、会えますか。なんて。そんな言葉を口にしようとして、尻すぼみに声は途切れる。それをただの別れの挨拶と捉えたのか、
「うん、それじゃあ、また」
それだけ口にして、お兄さんは自分の方向へと歩み出す。きっとそんな機会は訪れないだろうと、お互い分かっている。別に示し合わせて再会するほどに、仲を深めたわけでも無い。互いに名前だって知らないのだ。
けれど。もしも。また、会えたのなら。その時は、もう少し話がしてみたいと思った。
陽光の中、桜並木を歩く。周囲は穏やかな賑わいに包まれている。三年間を終えて、また新たな三年間へ。歩みは一定に。この暖かさを、何処かで空々しく感じている。
「――――――」
不意に、すれ違った誰かを知っている気がした。
「あのっ……!」
呼び止めて、振り返った顔は。いくらか精悍になったけれど、綺麗なままだった。
「えっと……」
その人は、困ったような表情で固まっている。
ああ。そんなのは、分かっていたことだ。あんな、一時間にも満たない時を、お互いに後生大切にしているだなんて。そんな風に信じられるほどに、私はロマンチストではいられなかった。
「……いえ、人違いだったみたいです」
失礼しました、先輩。とだけ続けて、それからもう振り返らず、歩みに戻る。
これは、始まらなかった関係。初恋にもなれなかった何か。私の心は今も、緩やかに死地へと向かっている。
三月に入ろうかと言う時分。まだ少しばかり肌寒さが残り、ジャンパーの上から風を感じる。その名に違わず義務的な六年間を終え、あと少し経てば、また新しい三年間を迎えようと言う時期だった。
私は宛もなく、見慣れた道を進む。共に歩むのは、夕焼けに歪に引き伸ばされた己の影だけだ。
なんだか、ひどく静かだった。世界中から誰も彼もいなくなって、自分だけが取り残されたような感覚。きっとそれは錯覚だったけれど。私は、どれだけ歩んでも此処から何処にも辿り着けないのだと言う確信だけはあった。
「――――――」
母の最期の言葉を思い出す。頭の奥の方がズキリ、と痛んで、思考を停止させる。歩みだけは、一定のまま。
別離の予兆はあった。母は、元より身体の弱い人だったし、私を産んでからはずっと悪化の一途を辿っていたと聞いている。
そう。聞いている、だけだ。私と母の関係性は、いつだって何処か他人事で。すれ違う事すらも、満足に出来た試しがない。全て終わってしまった今になっても、それは変わりなく。
母との別れは、悲しい。月並みな言葉だけれど、それが一番端的で、自分の感情を言葉にするのには適していた。
けれど、寂しくはない。母が居た時から、ずっと私は独りだったのだから。何も変わっていない。変わる事も出来ない。孤独には、既に慣れきってしまった。或いは、共に歩む影と同じように、其処に有るのが当たり前で、もう何の感慨も抱けなくなっただけかも知れなかった。
感情は、老衰するように緩やかに死地に向かい、歩みはあくまで淀みなく。
そうして暫く進み続けると、小さな公園に行き遭う。別に、目的地という訳では無い。元より、目的のない歩みだったのだから、当然だ。それでも其処に踏み入ったのは、せめて何処か辿り着くところがあるのだと、自分を騙したかったからだろう。
「…………」
公園の有り様もまた、私にとって代わり映えする所は無かった。失望は無い。希望なんて、最初から抱いてはいないのだから。
けれど、一つだけ。何となしに、錆び付いたブランコに向けた目の端に、不意に留まるものがあった。
寂れて人気の無い公園だというのに、一本だけ植えられた小さな桜の木。辛うじて桜の色に染まってはいるが、まだ満開には程遠く、如何にも見栄えしない。そのすぐ傍に、しゃがみ込むように、うずくまるようにする人影がある。
小さな背中だ。そう感じたのは、何も距離のせいだけではあるまい。私はゆっくりと、その背中へと歩みを進める。
すぐ後ろまで辿り着いて、まじまじとその背中を眺める。ぶかぶかの制服に身を包んだ少年だった。年齢は、私とそう変わらないように見える。学生なのはまず間違いないとして、ひとつ上、と言ったところか。
男の子は、成長期に合わせて大きめの制服を買う、なんて話を何処かで聞いたけれど。この時期になってもこの有り様では、未だ成長には乏しいのだろう。
襟元からちらりと除く首筋はやたらに生白くて、およそ生気という物を感じさせない。すぐそこに居ると言うのに、吹けば何処かに消えてしまいそうな、希薄な存在感。幽霊でも見ているのだろうか、なんて突拍子も無い事を考えてしまう。柳の木の下じゃあるまいし。
「何を、しているんですか」
そんな風に声を掛けたのは、思えば全くもって私らしくも無い。きっと、くだらない感傷に浸っていたせいだろう。突然飛び込んできた見慣れないものに、少しだけ触れてみたくなったのだ。
「猫が―――」
とだけ。その人は、顔も上げずにぽつりと声に出して、その先は続けなかった。そして、その必要も無かった。
一歩進んで見下ろした、桜の木の根本。浅く掘られた穴の中に、眠るように横たわる斑模様の子猫。触れずとも分かる。其処にはもう、生命の熱は残っていない。
おおよその見当はついた。この辺りで命を落としたこの子猫を見つけた少年は、お節介にも供養の為にと穴を掘って、今まさに埋めてやる所だったのだろう。少年の手は土に塗れて、爪の中まで黒く染まっている。
馬鹿馬鹿しい、と思った。
態々こんな事をしなくても、お役所なり何処かに電話してやれば良かったのだ。いや、そんな事をせずとも、往来の真ん中でも無し、見て見ぬふりで放っておけば良い。ましてやこんな所に勝手に穴を掘って、却って迷惑ですらある。そんなものは、自己満足でしか無いだろう。
思う事は色々あったけれど。私には、そのどれも口に出す事は出来なかった。
子猫を見下ろす彼の無表情が、私には何故だか、今にも泣き出しそうに見えたから。唇を噛み締めて、何かを堪えているように見えたから。
「ばかですね、お兄さんは」
辛うじて溢れた憎まれ口は、何故だか酷く震えていて。此方の方が、よっぽど泣きそうな声だった。
返す声色は、そんな声よりずっと穏やかに。
「そうだね。俺は、馬鹿だ」
そう言って、その人はようやく顔を上げた。
苦笑いみたいなその笑顔を見て、綺麗な人だ、なんて。柄にも無いことを思ったのは、夕日に目が眩んだせいだろう。
『ごめん、黒瀬!ランサーに突破された!』
黒瀬の頭の中にキャスターからの念話が届いた。
『ああ、目の前にいる』
『……今すぐ行くから逃げて』
黒瀬のあくまで落ち着いた言葉に、キャスターが低い真剣な声を返す。
『向こう次第だな』
「……キャスターのマスター」
ランサーと相対する黒瀬に、百合を左手で抱えたランサーが声を掛ける。
真っ正面にいるのに仕掛けないという事は少なくとも殺意はないのか。
「なんだ」
「マスターとの会話は聞いていた。退くのならば目を瞑ろうと言っていたな、あの言葉に二言はないだろうな」
ランサーは話ながらも槍を構え、周囲の気配を油断なく探る。
キャスターが追い付いてくる事を想定、或いは第三勢力を警戒しているのか。
それは、ランサーが戦い慣れた戦士である事を物語っていた。
「ああ、言った。そして二言も追撃もないと約束しよう」
キャスターが来るまで時間を稼げば意識を失った百合を庇い続けるランサーを倒せるか、痛手を負わせられるだろう。
だが、それは黒瀬の本意ではない。
「……では退かせてもらう」
ランサーは槍を仕舞い、百合を両腕で抱える。
「待て。ランサー、栗野に伝えろ。……次はない、と」
「……確かに」
黒瀬の言葉に頷いたランサーは振り向くと闇の中へと消えた。
『ランサーは撤退したぞ、キャスター』
『見てたから知ってるよ、でも良いわけ?』
『ああ、構わない』
『ふーん、ま、私は別に良いけどね。しばらく霊体化して周囲を見て回っとくね』
「ああ、頼む……ふーっ」
黒瀬は大きく息を吐いた。
よりにもよって生徒に聖杯戦争の参加者がいるとか悪い冗談にも程がある。
ああ、気が抜けたら肩が痛んできた……。
思わず空を見上げる。月と一番星が煌々と夜空に輝いていた。
「っ……ここは……? 私は確か、黒瀬先生と……」
百合が意識を取り戻したのは自宅のベッドの上だった。
自分は黒瀬からの一撃を受けて意識が飛んだ、そこまでは覚えている。
「マスター、意識を取り戻したか」
いつの間にか百合の傍らにランサーが立っていた。
「ランサー、私は……」
意識がはっきりしない。百合は思わずランサーに問い掛けた。
「………はっきり言おう。マスター、君は負けた」
「……は? 何を言ってた」
「正確に言えば見逃された、か。キャスターのマスターから言伝てを預かっている。……次はない、と」
「私は……負けたの?」
「ああ、奴(の教師としての恩情)に感謝するがいい。君は戦うに値しないと思われたか……(或いは彼が教え子と戦いたくなかったのか)」
「…………」
「マスター、(良い機会だ)今一度戦う理由を見つめ直すが良い(そうすればもう一度戦う理由が見出だせる筈だ)」
「………………ごめん、ランサー。一人にして」
「分かった……休むが良い(君ならば必ずもう一度立ち上がれる)」
「父さん……私は……」
「牽制にしても随分と緩い手だな。 躊躇っているのか? 魔術師らしくもない」
ゆらりゆらりと左右に揺れながら、なるべく相手が動揺する言葉を選択して投げ掛ける。
「……っ! ハイビスカス!Prune-air!」
魔術師らしくない、黒瀬の言葉に思わず父の遺言がリフレインした。
動揺を隠すために次の手を撃つ。ハイビスカスを三本束ねての電撃。
エネルギーは避けられても光の速度の電撃は避けられない。
だが、その一撃は思考にリソースが避けなかったとはいえあまりにも大雑把に過ぎた。
百合の視界から電撃に打たれる筈の黒瀬が消えた。
電撃により、辺りは明るい。百合の目にははっきりと黒瀬が写っていた左右には避けてはいない。上に跳んだと言うなら気づく筈だ。なら……
「下!?」
すぐさま視線を下げる。
電撃という明かりにより生まれた校舎の影、そこに潜んだ黒瀬は極端に腰を落とした這うような姿勢で百合へと迫っていた。
既に目の前にいる。迎撃は、間に合わない!
「遅いぞ、栗野」
いつも通りの抑揚のない声が、百合の耳に届いた。
下から突き上げる右の掌底、寸前で気付いた百合は身を捩り避けようとする。
掌の端が百合の顎が掠り、脳が揺さぶられた。
脳震盪で意識が遠退き、膝から崩れ落ちる。
瞬間、なにかが百合の体を浚った。
幕開けrouteB-3
内容:
黒瀬視点、百合と黒瀬がお互いの正体を知る。
分岐条件:
黒瀬がキャスターと調査資料を擦り合わせ、栗野家が土夏のセカンドオーナーと言う確信を得る。
「……ああ、全く。 今日は本当に運がないらしい」
蜘蛛を従えた黒頭巾は溜め息を付くとウィンドブレーカーのフードを外した。
「黒瀬、先生……?」
百合の顔が驚愕に歪み、魔術師栗野百合からただの栗野百合へと変わる。
そこにあった顔は百合も見慣れた物だった。
いつものようにどこか曖昧な笑みを浮かべて印象に残らない姿ではない。
黒一色の装束に身を包んだ、裏の世界の住人黒瀬正峰がそこにはいた。
「先生、なんで……まさか、アサシンに」
「違う。無理矢理何も分からないままこの戦いに参加させれている……。助けてくれ。……とでも言えば良かったかね?」
黒瀬はどこかすがるような百合の言葉をはっきりとした口調で否定する。
「残念だが、私は……いや俺は俺の理を持って俺の意思でこの戦いに参加している」
周囲にいた蜘蛛が下がり、闇の中に姿を隠す。
「知らない仲ではない。退くなら今日は目を瞑ろう。戦うなら全力を持って相手をしよう」
黒瀬が言葉を区切り、百合は息を呑んだ。
空気がひりつく。まるで炎の前に立っているように皮膚がちりちりとする。
聖杯戦争、これが生と死のやり取りの場に立つと言うこと……百合は思わず拳を強く握り込んだ。
「だが、そのどちらも選べない、選ばない。
或いは別の答えも持っていないというのであれば……君は、今日脱落する」
そこで黒瀬は短刀を鞘から抜き払い、百合へと突き付ける。
それは百合の覚悟を確かめるかのようにも思えた。
一瞬、百合の目が揺れ動く。
ランサーは黒瀬のサーヴァントに足止めされているのだろうか。
「ランサーは来ない、俺のサーヴァントが足止めをしている」
黒瀬は白刃を振りかざし、百合へと飛び掛かる。
「くっ……サルビア!Prune-pyr!」
牽制に百合より放たれたそれは破壊に指向された純然たるエネルギー。
黒瀬は横飛びにそれを避け地面を一回転すると、伏せたまま再び百合へと視線を向ける。
肩先が掠ったのか、ウィンドブレーカーに穴が空いていた。
(掠っただけでこれか、牽制程度なのに大した威力だ。流石は土夏のセカンドオーナー、魔術師としては一級品だな)
黒瀬はズキズキとした肩への痛みを表に出さず、ゆっくりと立ち上がる。
やはり、真っ正面からは分が悪い。
「軽井沢!」
「ひっ……!」
子供のように身を縮ませて怯えている。
正気に戻ったか、と肩を撫で下ろす。
「大丈夫か、軽井沢?……ああ、左手か?こんなのは大丈夫だ、今の医療は凄いからな病院に行けばすぐにくっつく」
血をポタポタと滴る黒瀬の左腕を見て震えている軽井沢に冗談めかして笑みを見せる黒瀬。
怯えている軽井沢を落ち着かせようと必死だった。
だから、軽井沢の手に未だ包丁、骨喰いが握られている事に気付かなかった。
「あぁ……!ぁあーーーっ!」
立ち上がると錯乱状態のまま、体ごと突っ込んで来る軽井沢。
反射的に短刀を右手に握り込もうとして、止めろ!と教師である黒瀬が叫ぶ。
「くっ!」
片腕でもなんとかなる、いやせねばならない!
(クロセ!?何があったの!くっ!お前はライダー……!)
黒瀬の異変に気付いたキャスターからの念話が途絶えた。
「キャスター!」
意識が一瞬逸れたその瞬間。
ぶすり、と骨喰いが黒瀬の腹に刺さった。
ぐりぐりと強引に骨喰いが引き抜かれ、もう一刺し、二刺し、三刺し。
恐慌状態のまま、軽井沢は黒瀬を刺し続け、いつしか黒瀬の息が途絶えた事に気付いたのか力が抜け、地面に膝をつけた黒瀬の体を横目に呆然としたまま軽井沢は立ち去った。
「ああ……くそ、なんてこった。まさか、軽井沢がライダーのマスターとは……クソッタレ、体が痛ぇ、息するだけで痛ぇ」
黒瀬は辛うじて息があった。
残った右手で顔を拭う、今まで令呪から感じたキャスターの気配がない。
「ライダーにやられたかキャスター……」
痛みに耐えきれず仰向けになる。
キャスターに教えられた万が一の手段、令呪の魔力を再生能力の活性化に回しているが、ダメそうだ。血を流しすぎたか。
すまない、キャスター。君に教えて貰った事を全て無駄にしてしまった。
最後の力を振り絞り、短刀を溝に投げ捨てる。
こんな時に限って星が綺麗に見える。
ああ、まだ1学期も終わってないのに、何故軽井沢が私を刺したか聞いて、軽井沢を止めねばならないのに。
……お前達は気を付けろ、栗野、十影。
体が動かない。頭が、働かない。目が…見えない。耳が、何も…………
深夜の土夏市街、その夜の闇の中、月明かりの影を縫うようにフードを被り黒いウィンドブレーカーを着た人影が疾る。
連続殺人をはじめとした連日の騒ぎから表通りでも流石に人通りは少ない。
(……だろうな、生徒に出ないように言ったし、自分でも外出は控える)
人影の正体、黒瀬正峰はなるべく暗いところを目立たぬように音を立てずに走りながら物思いにふける。
しかし、今の黒瀬は教師である“私”(黒瀬)ではなく、裏の世界に足を踏み入れた“俺”(黒瀬)だ。
だから殺人鬼やサーヴァントや魔術師の闊歩する夜の闇を駆ける必要があった。
(クロセー、子蜘蛛の仕込み終わったよ)
キャスターからの念話に足を止める。
念話こそ覚え使えるようになったが、集中せずに使えるほど黒瀬は器用ではなかった。
(分かった、先に戻っていてくれ。此方も罠とカメラの設置を終えたら戻る)
(はいはーい、冷蔵庫のコーラでも飲んで待ってる……)
(キャスター?)
キャスターからの気の抜けた返答が途絶える。
緊張感を持って問い掛ける黒瀬。
(クロセ、ライダーがそっちの方に向かった。ライダーのマスターに捕捉されたかもしれない。私も向かうから今すぐ戻って)
キャスターの言葉に周囲を見渡すが、人影も使い魔の気配もしない。
だが、こと魔術に関してはキャスターの方が比べ物にならないほど優れており、熟達している。
だから、黒瀬はその言葉に従う事とした。
(分かった。最短距離で戻る)
最短距離、即ち道を使わず屋根や塀の上を駆け抜けようとした黒瀬の目に見覚えのある姿が写った。
「……軽井沢?」
どこかふらふらと熱に浮かされたように動く自身の生徒の姿を見掛けた黒瀬はフードを外し、声を掛けた。
「軽井沢、どうしたこんな夜中にコンビニにでも行くのか?」
「あ……先生」
黒瀬の顔を見て、どこか怯えるような様子の軽井沢。
「説教臭い事は言いたくないがこんなご時世だ。私が送るから帰りなさい」
努めて冷静にいつも通りの“私”で、しかしすぐ“俺”を出せるように警戒は怠らずに話す。
「先生……」
「なんだ?」
軽井沢の目には涙が浮かんでいる。恐怖?いや……
「ごめんね」
軽井沢の声を聞いて、嫌な予感がした。
それは何度かの修羅場を潜り抜けた勘であり、血がもたらす虫の知らせ。
瞬時に身構えた黒瀬の目に月の光に反射して光る銀色。
黒瀬は刃物だと瞬時に認識していた。
おそらくは何者かに操られている。と瞬時に判断した黒瀬は右腕或いは腹を狙った軽井沢の一撃を利き腕ではない左腕で受けると決めた。
動きは全くの素人だ。深く行っても骨で止まる。血を見れば正気に戻るだろう。
そして、刃を腕で受けた瞬間。
するり、と言わんばかりにまるで豆腐でも切るように刃、包丁は黒瀬の左腕を切り落とした。
「……っ!」
声は出なかった。
ただ、反射的に立ったままの姿勢で軽井沢の鳩尾を蹴り飛ばしていた。
遅れて痛みが来る。奥歯を噛み締め痛みに耐えると短刀でウィンドブレーカーを裂き、右手で縛り上げ応急的に血を止める。
綺麗に斬れた。急げばくっつくだろう、多分。問題はどう学園で誤魔化すか、だ!
それにしてもあの包丁、なんらかの呪物、概念兵装か!
ぐるぐると頭の中を色んな考えが順序を巡って争い会う。ああ!それよりも今は軽井沢だ。
雨が強く降っていた。
常ならば打ち付ける肉の熱を奪うそれは、今の女にとってさしたる意味はない。元よりこの肉には、命の温度など残ってはいない。身体ごと溶け込んで、泥に染みていくようだ、と錯覚した。
仰向けに倒れ伏す姿勢のまま、無理を押して首だけを起こす。たったそれだけで骨は軋み、肉は裂け、命は摩耗していく。胎に突き立つ刃は、まるで墓標の様にも見えた。
思考はあらゆる負の感情を越え、最早微睡みにも等しい。但し、向かう先にある眠りは、永遠のものだろう。一度堕ちれば、もう目を覚ますこともない。果たして女にとってそれは、救いかもしれなかった。
くだらない執着の末路が此れだ、と考える。奪い、殺し、勝ち取る事に忌憚を覚えないのならば、こんな感情は残すべきでは無かったのだ。
女は、産まれ落ちたその時より、あらゆる人間性を奪われ続けた。それは搾取では無く。ひとつの機能として完成する為に、余分を削ぎ落とすように。肉体の構成が人間からかけ離れる度に、中身までも作り変えられた。心などと言う不確かな物を残す事を、彼女の所有者は良しとしなかった。
ならば、何故こんな感情を抱いてしまったのだろうか。
「――――」
得る筈だった、得たいと願った何かの名を呼ぼうとして、最早発声の機能までも失われた事を自覚する。
―――ハ、ハ、ハ。
笑い声を聞いた気がした。けれど、それは錯覚だろう。その声の主は、もうこの世には居ない。遥か彼方の黎明より呼び起こされた魂は、既に在るべき場所へと帰った。
思えば、彼と言葉を交わすことは殆ど無かった。女はそれに必要を見出だせなかったし、彼も、取り立ててその姿勢を否定することは無かった。
けれど今、その男を想う。
神の血を宿す偉大なる王。武勇轟くその弓は、かの英雄に技を授ける程に。
しかし、師たる王を殺したのはその英雄だった。
何故かと問われれば、なんの事はない。
己よりも優れた弓の腕を持つ者に、娘を与える。王のその言葉に従い己の力を示した英雄に対して、しかし王が与えた物は敵意と憎悪だった。己の言葉を翻し、英雄を貶めんとした邪智の王は、当たり前のように英雄によって倒される。
例えその英雄が狂気の只中にあったとしても。正義は英雄にあり、王こそが悪だった。その英雄の物語において、王は、超えるべき数多の試練の唯一つに過ぎない。
命尽きようとする今、女は、数え切れぬ程の武勇を積み立てた大英雄よりも、愚かな王へと思いを馳せる。
国も家族も、己の愛した全てを失い、命尽き果てるその王の無念を推し量る事は出来ない。彼はその時、己の行いを悔いただろうか。それとも、ただ嘗ての弟子への憎悪に身を焦がしたのか。
答えを知る機会は、最早永遠に失われている。
ああ。きっと。
それを知りたかったのだと女は思う。
かの王は子を想い、道理を捻じ曲げてでも己の意思を貫いた。例えそれが愚かしくとも。愛する機会すら与えられなかった女にとって、それは、太陽のように眩しく、尊く見えた。
王が最期に何かを思ったように。女も今、何かを思う。
思考は雨音に掻き消され、意思は泥に溶け落ちる。かの王が女の最期を知る事もまた、永遠に訪れはしない。