とりあえず適当に思いついたことを述べてはいるが、大分苦しいな。そろそろ準備をした方が良いかもしれない。
そう考えて、コートの中に仕舞っているものを確認した。
まず手紙。今回の依頼人から送られた拠点の居場所が暗号で書かれていたが、解読済みのコイツを奪われると具合が悪い。
P08と……弾は弾倉に入ってる分だけ。前線からそのまま持ち帰って来たものなのでこれ以上は泣いても弾は出ない。
それからナイフ。これは弾切れしなくて良いのだが、相手は複数。全員P38を懐に入れてMP40まで抱えてる。
とりあえず目の前の男の手首を切って、掴んで盾にして、後は多分撃ってくるだろうから男の銃を奪って―――
「―――すみません、こちらを」
「ん?あぁ……」
不意に、眼鏡の黒服がさっきの男に話しかけた。男が下がって、眼鏡と一緒に資料を確認している。
何だ?自分の原隊の資料か何かだろうか。いや、第12SS装甲師団なんてもう半数は死んでるんだ。帳簿なんて大半は紙切れだろうに。
それよりも盾が離れたのが困る。早いところこっちに―――
「成程、奴が最後か」
「はい。予定の通りこちら側ではありませんでした」
「何、構わん―――『英霊兵』を出せ!!」
男が向こうの車両に向かって吠えた。―――ヘルトクリーガー?聞きなれない単語だが、何か、嫌な予感がする。
その瞬間、
「―――――――――」
ドアを開けて、何かが立ち入って来た。
全身が金属の光沢で覆われた、近代で使われたフルプレートのような鎧……いや唯の鎧なはずが無い。明らかに大きすぎる。
3mに届く巨躯は動作の度に独特の機械音を放ち、ヘルムの覗き穴に相当する箇所からは妖しい光が漏れるばかり。
「―――!!」
考える余裕はない。すぐにコートの下から取り出したP08を、英霊兵とかいう鎧に目掛けて発砲した。
男たちを無視して直進する弾丸が、そのまま覗き穴を通過してヘルムの中に飛び込んでいく。―――しかし、
反応は無し。肉を穿つ音も、開口部から溢れる血もない。ただ甲高い金属音と共にヘルムの後頭部が奇妙に盛り上がっただけ。
何だこいつ。呆気に取られている間に、車両のドアからはもう一体。同じ英霊兵がのそりと姿を現していた。
「子供に手をかけるのは忍びないが……これも我が国のための犠牲だ」
「死んでくれ、最後のマスター」
男たちはその言葉を最後に、車両から消えていった。
金属音、金属音、衝突音、静寂。
既に雨が降っていたようで、叩きつける雫の音が耳をつんざく
中に入った英霊兵たちの身体は見た目通りの人外の膂力を発揮し、僕の乗っていた車両はギリギリ車両っぽく見える程度に
内部から破壊しつくされていた。椅子は千切りとられ、ガラスは粉砕されて壁は大きく歪んだ。
そして、その歪んだ壁の一つに、今僕は埋まっている。英霊兵の太い片腕から伸びる五指は、簡単に僕の身体を拘束した。
「……けふっ」
叩きつけられた衝撃が身体を軋ませて、咳込んだ拍子に口の中から血を溢した、赤い滴りが英霊兵の腕を汚す。
理由はわからない。何も情報は与えられていない。依頼の事、博士の事、英霊兵、最後のマスター。
何もわかることが無いまま、僕はここで死ぬ。この力なら、楽に首をねじ切ってくれるだろうか?そんな諦観が頭をよぎった。
あぁ、しかし英霊兵。英雄の霊の兵か。誰が付けたか分からないけど、因果な名前を与えてくれたなぁ。
駆動音が響く。多分、残った方の腕を振り上げて、僕の頭を砕くのだろう。
『君たちは今まさに絶頂の中にある。栄誉ある党の未来を担う若者を代表して、ここで最高峰の教育を受けていくのだ』
『案ずることはない、君たちの成績は特に優秀だった。戦場においても血と名誉を胸に戦い―――若き英雄となりたまえ』
―――英雄に憧れて、結局なれなくて。そんなものいないって気づいて。そして、こんな酷い紛い物に殺されるのか。
そうした理由は、わからない。何の意味もない事なのに。
拳を振り下ろされる直前、動く左手に渾身の力を込めて、英霊兵の腕を掴んでいた。