魔女とはどうすればなれるのですか? お菓子作りを教えていた綺羅星の園の生徒の一人ピオジアの問い掛けにお菓子のキャスターはメレンゲを作っていた手を止め眉を寄せた。 周囲を見渡せば、ピオジアだけではなく何人かの生徒がお菓子のキャスターの答えを真剣に待っている。 「……そうね」 お菓子のキャスターとはグリム童話ヘンゼルとグレーテルに登場するお菓子の魔女、飢えた子供達を救いたいというその善たる側面と帝王のシェフアントナン・カレームが合体したものだ。 ここで茶化したり誤魔化すのは簡単だが、子供達の味方であるお菓子の魔女として子供達には真剣に向かい合わなければならないと感じていた。 そうでなければ秘められた第三の幻霊にも顔向けが出来ない。 「私は実在した魔女ではないけれど」 キャスターの言葉を少女達は聞き逃すまいと耳を澄ませている。 「魔女とは、『なろうとしてなる』よりも『なるべくしてなるもの』と、聞いているわ」 ゆっくりと適切な単語を選び、言葉を紡いでいく。 「勘違いしないで欲しいのは、決してなろうとしてもなれないという訳ではないし、何より魔女になれなければ意味がないと、否定するつもりでもないの。魔女になろうとした道行きは例え途中で止まったとしても、別の道を進んだとしても必ず貴女達の人生に役立ってくれる筈だもの!」 少女達は顔を見合わせたり、ざわめいたり各々の反応を見せる 「そうね、そう、一つお願いがあるの。貴女達はそれぞれ理由があって魔女になろうとしているのよね?でも魔女になれなかったとしても決して自暴自棄にならないで。魔女見習いのみんなに言うのは少し変だけど魔女以外の生き方は必ずあるから!例えばパティシエとかね!」 真剣な雰囲気から一変、少女達の間からくすりと笑みが溢れた 「魔女になる勉強をしている子達は手先が器用だからパティシエに向いているのよ?あ!嘘だとおもっているわね! よーしじゃあここから帰るまでの間に私が貴女達を魔女見習い兼パティシエ見習いにしてあげるわ!」 お菓子のキャスターは再びメレンゲを入れたボウルを手に取る。 「まずは基本のメレンゲからね!」 はい!と言うのは元気な少女達の返事にお菓子のキャスターの顔にも笑みが戻った。
「ふふ…ここ? それとも……こっちを触って欲しいの? いいのよ、恥ずかしい事じゃないの」 毒のようなフェイカーの言葉にくにの感情が揺さぶられる。 (ダメ、ダメ、こんなの良くないことです……でも、気持ちいい……) 「貴女は、私に何を望むのかしら…?…『信頼できn……」 「私にはユィお姉さまがいるんです!」 フェイカーが最後の一押しをしようとした時、くには強い意思と想い、ある女性の姿を脳裏に浮かべフェイカーを拒絶した。 フェイカーが驚き一瞬たじろいだ時、にゃー、と猫の鳴き声が聞こえた。 「猫!? ここ、3階よ!」 「良い御身分だな、フェイカー」 鳴き声のした窓際を見るとそこには深い黄色い二つの瞳が浮かんでいた。 よく見れば闇の中でも闇を拒絶するような気高い黒の毛にセーラー服のような服に真っ赤な首輪を身に付けた黒猫が見える。 「ガンナー…」 「『魔導探偵』に頼まれた。その子は迷い人のようなのでな、引き取らせて貰う」 黒猫、ガンナーはフェイカーの目をその鋭い双瞳で睨み付ける。フェイカーとガンナーの間に緊張が走り、くにはその気配に思わず身構えた。
「……分かった、良いわ。 でもこのままじゃ外に行かせられないわ、彼女に上げる服を選ばせて」 「……………」 「なにその顔」 猫ながらも鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見てフェイカーは不満そうに頬を膨らませる 「……いや、もう少し抵抗されると考えていた」 「あのね、私も想い人のお姉さまがいる少女を力付くでどうこうしようなんてしないわよ!」 「ユィお姉さまとわたしはそんな関係じゃ…」 「分かってる、分かってるわよ。 さぁお洋服選びましょうね、くにちゃん♪…貴女も着替える?ガンナー?」 「冗談ではない」 ぷいと、そっぽを向くガンナー。 楽しそうなフェイカーにくには不思議と先程よりも付き合い安いと感じたのだった。
「さぁ…ここへ座って」 フェイカーのアジト、そこは泥濘の新宿では比較的治安の良い鶯谷のホテル(どういうホテルかはあえて言うまい)だった。 かつては最上級の部屋であった一室にくにを招き入れると高級そうな椅子に座るを指差す。 「私はお茶を入れて来るから寛いでね」 「は、はい……」 とは言うものの今まで見たことのない派手な宿泊施設に戸惑いを隠せず、興味を引かれ落ち着けなかった。 ふと、窓の外を見ると数時間は経っているのに月が動かず夜の帳が開けていない。 「ここはね、ずっと夜なの。おかしいでしょう?」 くにの疑問に答えるようにフェイカーはお茶を持ってその背後に立っていた。 「わっ!」 驚いたくにが振り向くと薄桃色の着物を僅かに着崩しており、白い柔肌が顕になっている。 まるで蝶のようだとくには思った。ユィお姉さまとはまた違った優雅さ、雅とでも言うのだろうか、そういった気配があった。 「ごめんなさいね、驚かせてしまった?どうぞ暖まるわよ」 「あ、ありがとうございます」 フェイカーが出してくれたのは香ばしいほうじ茶だった。懐かしい香りに心が安らぐ。
「美味しいです」 「気に入って貰えたなら良かったわ」 フェイカーの穏和な笑みを見ていると不思議とユィお姉さまと一緒にいるときのような暖かい気持ちになり、心と体がぽかぽかとする。 それが何故か恥ずかしくて思わずくには目を反らした。 「あら、どうかした?」「いえ、わたしは…」 フェイカーはくにをじっと見詰め、くには顔を真っ赤に染めて思わず立ち上がる。 「恥ずかしがらなくていいのよ」 フェイカーは目を細めるとくにの細い腰を支えるように手を回し、側にあったベッドへと導いた。 「あ、あの、わたし!」「大丈夫……ゆっくり、力を抜いて……」 ベッドに仰向けに寝かされたくには立ち上がろうとするが、フェイカーに優しく両腕を抑えられる。 耳元に近づけられた唇から放たれる甘い言葉がくにを蝕んでいく。 「わたし……」 「大丈夫、大丈夫よくにさん。 私にしたいこと、されたいことを、ちゃんと頭に思い描いて…」 くにの首元をフェイカーの白魚のような右手と唇が走る。 かぷっ、と甘噛みすると、くにはあ…!と艶めいた声を上げた。
「わ、わたしの事はおかまいなく!」 男の伸ばして来た手を振り払う。 「そういうなよ。分かった、お前さんくらいのガキが好きな好き者もいるんだが、うちの店で働かねぇか?」 「お断りします!……絶唱」 この人は悪いおじさんだ、おまもりを握りおまじないを唱える。 くにを中心にドーム型に広がる黒い波動、魔力が男を弾き飛ばす。 仰向けに倒れた男を見てくにがため息をついた瞬間…… 「チッ、やりやがる。魔術師、魔術使いか!めんどくせぇ!」 男は仰向けからブリッジの体勢に移るとそのまま背筋を使って跳ね上がるように立ち上がった。 男はボロボロになったスーツを脱ぎ捨てると金属質のボディが顕になる。 「ロボットおじさん!?」 「サイボーグだ、このガキャァ!……もったいねぇが、ボコって◯して力の差を分からせてシャブ漬けにして売り物にするしかねぇな」 男は怯えるくにに近づくと乱暴に衣服を掴み、破り捨てる。 凹凸のない未熟なくにの柔肌が晒され、男は舌舐めずりをした。
「下がりなさい、下衆」 瞬間、男は飛んで来た光弾に吹き飛ばされた。 「誰だ、てめぇ!」 「貴方のような下衆に名乗る名は持ち合わせていないわ」 凄む男と怯えるくにとの間に割り込むように人影が降り立つ。 それは少女だった。 臼桃色の着物を纏い、くにとさほど変わらない背丈だが、よりはっきりとした凹凸は大人らしさを感じさせる。 「てめぇ、フェイカー! チッ、そうか、てめぇの御手付きとはな…クソが!」 少女、フェイカーの顔を見ると男は苦虫を噛み潰したような表情で捨て台詞を吐き姿を消した。 「(違うけど)そうよ、分かったら二度と姿を現さないことね!」 男の後ろ姿を一瞥すると、フェイカーはくにへと近づく。 「ひっ!」 「大丈夫? 怖かったでしょう? もう大丈夫よ」 フェイカーは持っていた上着をくにへとかけるとくにを優しく抱き締めてる。 「あ……ありがとうございます」 「泣かないなんて、貴女強いわね。 私はフェイカーのサーヴァント。 何を偽っているかは、内緒って事で」 「サーヴァント?」 「そう、サーヴァントも知らないのね。 ここは危ないから私のアジトへ行きましょう」 フェイカーの甘い囁きにくには熱に浮かされたように同意してしまった。 優しくくにの手を握るとフェイカーは優しく微笑む。 「うふふふふふふふ、かわいいかわいい、かわいい、かわいい…」 くにの熱に浮かされたような表情を見ながらフェイカーは口元を歪める。 その光景をビルの屋上から一匹の黒猫が睨むように見詰めていたのをフェイカーもくにも気付かなかった。
カチリ、カチリ、と時計の針が動く音がする。 一定のリズムを刻む機械音は眠りを誘う。 今が夢か、現実か区別がつかない、わたしは今どこにいるの? やがてピタッとリズムが止まった。 「あれ……? 刹那さん? ピオジアちゃん、エステルちゃん、おーがすたちゃん!」 気が付いた時、くには町中にいた。 一緒にお出掛けした筈の綺羅星の園での友達はどこにもいない。 そもそもくにはスウェーデンにある綺羅星の園からイタリアへ列車に乗り出掛けた筈だ。 客席に座り、そこで話していたところを眠気に襲われ、見知らぬ土地に立っていた。 見知らぬ?いや、この風景には見覚えがある、くにの故郷日本秋葉原だ。 「なんで、ここに……」 理解が出来ない。 もしかしたら、綺羅星の園でのことは夢だったのだろうか? 違う、夢である筈がない。 ユィお姉様との出会いが夢だなんて…そんなのは嘘だ!
「お嬢ちゃん、随分綺麗な格好してるなぁ? どこから来たんだ?」 くにが悩んでいると、黒いスーツを纏った男が口元に笑みを浮かべながら近づいてきた。 口調こそ親切で穏和だが、サングラスをかけていても目にある下劣さが隠せてはいない。
渋谷、繁華街として知られるこの街は路地に入ると案外薄汚い。 光があれば影があるように全てが綺麗なわけがないので当然だが。 大分前に友人の一人である明石と遊びに行ったら変な男に絡まれて股間を蹴り上げてやった懐かしい思い出もある。 光と影、思い出にも良い思い出と悪い思い出があるわけだ。 悪い思い出はカルデアの臨時要員として特異点新宿にレイシフトして首なしライダーに散々追いかけ回された事。 そして今、五月雨刹那は忌まわしいエンジン音を再び耳にしていた。 綺羅星の園81期の友人たちと旅行に出かけ、列車の中で睡魔に襲われ目を閉じたのは覚えている。 起きたらそこは渋谷駅。ただの渋谷駅ではない、漂う魔力の気配から忘れない『泥新宿』の渋谷駅だ。 一瞬で目が醒めたと同時にやるべき事、友人達を守らないとという義務感が私の体を動かした。 魂を掴むような地獄から響くような轟音が背筋を震わせる、人に近しい機械のエンジン音だと言うのに。 まさしく聞く耳をもたない、頭もない、背後から迫るその音の主へと罵倒を吐き捨てる。 「海賊は海で船でも漕いでなさいよ!」 友好的なサーヴァントに出会えるまで逃げ切れるかな……
夜の泥新宿は基本的には静かだ。 音を立てられるのは人と戦力が集まっている場所に限られる。 そうでない場所で騒がしい音を立てれば魔獣やチンピラに群がられて文字通り裸一貫にされるのがオチだ。いや裸で済めば運が良いだろう。 だから泥新宿は静かで本を読むのにちょうど良い。 貸本屋…という事になっている少女?ビーチェは心の底からそう思っている。 かつての姿を辛うじて留めている新宿駅のホームで売り物の本を読む。 「今日はお客さんが来ませんね」 来るわけがない。この街で怪しげな貸本屋に出向いて本を借りようなどと言うか好事家はほんの一握りだ。 河岸を変えようかと読んでいた本、全寮制の女学校、その寄宿舎に住む少女達の物語、を閉じ、立ち上がった。 その瞬間、あちこちから強力な魔力の反応を感じ思わず周囲を見渡す。 「余所から何人か連れてこられたようですね、『彼』の仕業ではないようですが……クヒッ、クヒヒヒヒヒヒヒッ!!」 何がおかしいのかビーチェは狂ったように一人笑い声を上げる。 「さて、ロクデナシの色狂いが動く前にたまには人助けでもしますか」 ビーチェ、いやロストベアトリーチェはゆっくりと動き出した。
「竜狩りさん…戻ってきません…」 新宿御苑内の竜狩りが拠点としている元管理事務所の中でペトラはソファーへと腰掛けぼーっとしていた。 別に苦痛ではないが、手持ち無沙汰だ。 なにもしない時間と言うのはその分余計な事を考えてしまう。 私は綺羅星の園へ帰れるのだろうか…塾長がいなければ私の呪いは悪化してしまうのではないだろうか、そうしたら私は……。 ダメです。ルーラーさんも言っていました。呪いに掛かっても神を信じ、自身を保とうとする自制心こそが大事なのだと。 神を信じるのは塾長に起こられそうだけれど。 『まさかぺトラ御姉様もこちらにきていたなんて!』 その時、外から聞き覚えのある声が聞こえた。 「あ……スヴェトラーナ!」 綺羅星の園の後輩、自分の世話を焼いてくれる愛しい後輩。 ここへ飛ばされたのが自分だけでなかったのだと勇気と希望が沸いてくる。
『……預かっている。 竜ではないから……』 「竜でしたら…殺して…!?私も殺すつもりですの!?』 『竜だから…なんでも殺す』 竜狩りとスヴェトラーナの話声が聞こえる。 その内容はナイーブになっていたペトラにとってはとても物騒に取れる内容だった。 心が掻き乱される。だが、竜狩りさんはそんな事はしない筈だ。 竜であれば誰彼変わらず襲う。ルーラーさんがそんな人に私の保護を頼むとは…… 『きゃーっ!ころされるー!』 スヴェトラーナの悲鳴。 瞬間、ペトラの何かが切れた。
「ペトラさん、君の友人を連れて……がっ!」 竜狩りはなんの気なしに扉を開ける。 瞬間、身構えていたペトラの全身全霊の体当たりが竜狩りを襲った。 一見華奢な体つきから想像も出来ない驚異的な運動能力とサーヴァントのスキルで言えばDランク相当の「天性の肉体」から放たれた全身全霊の体当たりは完全に油断しきっていた竜狩りを数メートル程吹き飛ばし、事務所近くにある樹木へと衝突。 その衝撃で樹木に留まり寝ていたカラス達は一斉に飛び立ち、事務所近くでワイバーンの肉を味わっていた泥新宿の黒犬はめんどくさそうに気絶した竜狩りを一瞥するとやれやれ…とでも言わんばかりにワイバーンの肉を咥えどこかへと去っていった。 ペトラは間髪いれず気絶した竜狩りに馬乗りになり、その首に手を掛ける。 「スヴェトラーナさん! 早く、早く逃げて!」 「え…? え!?」 子を守る獣がごときペトラの豹変にスヴェトラーナは全く理解が追い付かず竜狩りとペトラを交互に見て困惑するばかりだ。 「………………はい、そこまでよ」 ペトラが竜狩りの首を絞めようと力を込めた時だった。 ペトラの右手首を竜狩りの手が掴んだ。 「まずは落ち着きなさい。 貴女、何か勘違いしてるわ。“竜狩り”にも、“私”にも貴女達を傷付ける意図はないから」 諭すような優しい声。 竜狩りの険のある声と同じ筈なのに幾分か柔らかく感じられた。 「痛たた……中々やるわね、貴女。まぁ話は大体聞いてたわ」 「ご、ごめんなさい……自分、自分とんでもない勘違いを……」 竜狩りの首から手を離し立ち上がると、自分の行いにたじろぐように数歩後ろへと下がりその場に座り込む。 「ペトラお姉さま、大丈夫ですわ。竜狩りさんも無事なようですわ」 泣きそうになるペトラに駆け寄ったスヴェトラーナはペトラを抱き締めてその頭を優しく撫でる。 「まぁ、“私”は“竜狩り”じゃないけど、あいつも気にしないでしょ」 竜狩りの深紅の髪がけさきから蒼く変わっていく。 「貴女、竜狩りさんじゃありませんの?」 「竜狩りは私だけど、私は竜狩りじゃないって言うか……まぁ細かい話は良いじゃない」 スヴェトラーナの疑問をはぐらかし、うんうん、とか勝手に納得して竜狩り?は立ち上がった。 「それより、困ってるんですって?お姉さんに詳しく話してみなさいよ」 「あの……貴女は一体……?」 「そうね、私はハバキリ。これでも守護者とか抑止力の代行者やってるし、時空と場所を超越して移動出来る宝具持ちとかいるから力になれるかもよ?」
「ドロシンジュクですか……」 竜狩りの拠点である新宿御苑への道すがら、竜狩りとスヴェトラーナはお互いの持つ情報を交換していた。 ここが泥濘の新宿と呼ばれる特異点、人類史に出来たシミであること。泥新宿ではサーヴァントが無差別に召喚され、無法地帯と化していること。 スヴェトラーナが言うにはスウェーデンの魔術師の学校、綺羅星の園にいた筈が気づけば泥新宿へと来ていたと言う。 「綺羅星の園にも日本人の御姉様はいらっしゃいますが、日本へ実際来るのは初めてですわ!」 何処と無く嬉しそうなスヴェトラーナに思わずそれは良かった。と相槌を打ちそうになった竜狩りはなんとか口を嗣ぐんだ。 身一つで知らない土地、しかも特異点に来てしまって良かったはないだろう。 「ジラント…スラブ、ロシアの竜種だったか、ロシアか……」 「もしや、ロシアの方がいらっしゃるのですか?」 ロシア、という単語を聞いて眉を寄せる。 それを見たスヴェトラーナは目を輝かせて竜狩りへと距離を詰めた。 「あー……一人いるが、彼女を果たして人言って良いものか……」 竜狩りの脳裏に浮かんだのはインターナショナルを背に胸を揺らしながら階段を降りてくる狂戦士。 『同志、竜狩り! その衣装に見合う紅き旗の元で革命の為に立ち上がる覚悟は出来たかしら!?』 頭を振り妄念を振りきる。 流石のレナもこんな事は言わない。多分言わない筈だ。 『しかしだな、竜狩りの抑止力。〝私〟はいつも言っているが、〝彼女〟と君の相性は良くないのになんとか繋ぎを作って〝私〟の戦力化を目論んでいる君にも大いに責任がある。いい加減諦めたまえよ』 レナ川の男はこう言うことを言う。妄念に拳を震わせる竜狩り。 「ところで一つお訊ねしたいのですが、私の前に来た迷い人とはどんな方ですの?」 竜狩りの奇行に首を傾げながらスヴェトラーナは問い掛けた。 「ああ、君より少し位小さな背丈で羊のような髪質の、キャスケット帽を被った子だ」 「キャスケット? もしかしてその方はちょっとこう…セクシーな感じでエメラルドのような美しい瞳ではありませんの?」 「あ、ああ…知り合いだったか」 スヴェトラーナの勢いに気圧される竜狩り。 「まさかぺトラ御姉様もこちらにきていたなんて! 貴女に保護されていたのは良かったですわ」 「最初に保護したのは私ではないが、今は預かっている。 まぁ竜ではないからな」 「竜でしたら殺していましたの!?私も殺すつもりですの!?」 素っ気ない竜狩りの言葉にスヴェトラーナは目を見開く。 「竜だからなんでも殺す訳じゃない。…最近はな」 「最近は!?少し前は無差別でしたの!?」 「………………」 露骨に目を反らす竜狩り。 「何故黙っていますの!?」 「ああ、付いたぞ。 ここが私の根城だ、彼女も中にいる」 「何故無視しますの!? きゃーっ!ころされるー!」 「殺さないから落ち着け……」
「彼女を保護して貰いたいのです」 「保護? 私にか?」 竜狩りは教会のルーラーの言葉に眉をひそめる。 竜狩りは護衛や護送を頼まれる事はあっても保護を頼まれる事はない。 本人の性質や戦い方は攻め手側であるし、保護と言う防御系の戦い方に向いていないのだ。 「ええ、保護です…」 教会のルーラーは竜狩りの反応を予想していたのか、でしょうね…とでも言わんばかりに困ったような顔を見せる。 「貴女の保護下にある教会やディテクティブ達のいる下水道、サーヴァントのいる新宿二丁目の方が保護には向いているが…そのペトラさんにはそれが出来ない理由があるんだな?」 竜狩りは教会のルーラーの反応と二人の似た雰囲気から何かがあると察した。 「はい。 お恥ずかしいですが、彼女と私の幻霊は困ったことに相性が良すぎるのです」 「幻霊、そうか。サ…」 「それ以上はどうかご容赦を」 教会のルーラーの強い語気に、ペトラはびくりと硬直する。 「ご、ごめんなさい、ペトラさん!」 「大丈夫です…自分の事は気にしないでください…いつもこうですから…」
「……すまない。つまり、彼女も?」 余計な一言で不和を生んでしまった事に頭を下げる竜狩り。 「私の中の幻霊とは別ですが…」 教会のルーラーに宿り、彼女が嫌悪する幻霊、即ち婬魔サキュバス。 大魔術師キプリアヌスを改心させたアンティオキアの聖ユスティナを真名とする教会のルーラーは元々「男性を虜にして、集団を扇動し操る」という目的を持って召喚された。 召喚時には精神を変容させ、淫行を善しとする特殊な狂化が施されていたのだが、彼女が召喚されると英霊の座から監視しているキプリアヌスが、狂化をあっさり解除して彼女を解放してしまった。 どこぞの詩人とは違って感心な事だ、ストーカーには違いないが。 だが、幻霊サキュバスの影響は教会のルーラーに残っており異性を欲情させ、婬夢を見せ、魔力を徴収する。 だから、自身の居場所を聖なる場所と定め邪なる物を排斥するこれほどなく拠点防衛に向いた宝具を持つに関わらず、一ヶ所に留まる事が出来ないのだ。 「本当にごめんなさい…自分…家がそういう体質の家なので…」 ペトラと呼ばれた少女からは婬魔の気配は感じない。 どちらかと言えばギリシャ…鋼の気配がする12神ではなく土着の神の気配がした。
だが、確かにフェロモンのような淫靡な気配は感じられる。 だからなのだろうか、キリスト系の婬魔であるサキュバスとペトラのギリシャ系の淫靡さ、系統が違うが故にどちらかがどちらかを飲み込わけではなく、相乗効果でより異性を欲情させてしまう。 魔術師キプリアヌスの加護や自身を守る力のある教会のルーラーが無理ならばその矛先はどこに向かうか……考えるまでもない。 守るべき人々が弱きものを蹂躙凌辱する。そんな事は絶対にあってはならない。だから教会のルーラーは基本的に単独行動かつ女性寄りではあるが、器物であり神霊である竜狩りへと保護を頼んだのだろう。 「……人の多い教会や下水道、二丁目ではマズいか。分かった私が預かろう」 「感謝します」 思案の末に受け入れる事を決めた竜狩りに教会のルーラーは深々と頭を下げる。 「改めてまして……ペトラ・シャーファウグンです……こんな自分で…ご迷惑をお掛けしますが…よ、よろしくお願いいたします……」 まだ心を開いてはくれていないらしい。 まぁ、いいさ。と竜狩りはよろしく頼む、と挨拶を返すのだった。 直後にペトラが別の時間から来た迷い人であると知り、驚くことになるのだが。
数時間前、新宿西教会付近。
両腕を組み、周囲を油断なく警戒していた竜狩りは教会の方向から歩いてきた人影に気付いた。 「お呼び立てして申し訳ありません」 それはロープを纏った二人の女性だった。 清廉な気配と淫靡な気配が同居した女性とその影に隠れるように一人の少女。 女性はロープのフードの部分を外し、シニヨンに纏めた金色の髪を露にする。言語化しづらい本能に訴えかけるような色気が女性にはあった。 とは言え、この場には女性(竜狩りを女性と言って良いかは別として)しかいない。 女性の胸は豊満であった。 「いや、貴女の頼みで構わない。…構わないが、なにかトラブルか、ルーラー?」 竜狩りは腕を解き、軽く首を振ると清廉な気配と淫靡な気配が同居した女性、ルーラー…正確に言うならば泥新宿のルーラー(2)、教会のルーラーに問い掛けた。 「ええ、折り入ってお頼みしたい事がありまして……ペトラさん」 「ペ…ペトラ・シャーファウグン…です…」 教会のルーラーに促され、彼女の後ろに隠れていた少女が怯えながら頭を下げる。 フードを外すともこもことした羊のような毛質。 何故か竜狩りは教会のルーラーに近しい淫靡な気配を感じた。
「……そこまでだっ!」 瞬間、雷光が疾った。 赤い雷光がアヴェンジャー達の周囲を焼く。 「そう言えば、あいつの縄張り近くだったわね」 「ああ、忘れとった。気分悪いわぁ」 「スヴェトラーナさんを任せるならちょうど良いかもね」 「まぁ、不愉快やけど仕方ないなぁ」 赤い雷光を珍しくもなく眺めながら鬼童丸とモードは溜め息を付いた。 赤い何かが上空から降ってくる。 それは人だった、赤い髪、赤いスーツに身を包んだ槍を持った女性。 泥新宿のランサー(2)、御苑のランサー竜狩り。 「アヴェンジャー! 今日、ここで決着をつけるつもりか!」 怒りに肩を震わせ、竜狩りは吠える。 鬼童丸とモード、竜狩りはこれまで幾度も刃を交えた宿敵だ。 「冗談、今日は気分が良いから見逃してあげるわ。そこの子、スヴェトラーナは迷い人らしいからなんとかして上げて」 「その子は竜やけど、手ェ出したらうちらが容赦せぇへんの覚えとき。スヴェトラーナはん、ほな、またな」 殺気だっている竜狩りとは違い、鬼童丸とモードは戦う気はないようだった。 鬼童丸は竜狩りを一睨みする。 二人はスヴェトラーナに手を振るとさっさと竜狩りの前から立ち去った。 「なんなんだ、あいつらは……」 困惑しながら首を傾げる竜狩り。 殺気は何処かへと行ってしまった。 槍を納めるとスヴェトラーナを見る。 「ひっ!スヴェトラーナは竜じゃないですの!ジラントですの!」 竜狩りを見るとその場にへたりこむ。 (ジラントは竜ではないのか…?) 「迷い人ならちょうど良い。君の知り合いかは分からないが、他にも迷い人がいる。付いてきてくれ」 竜狩りはへたり込んだスヴェトラーナに手を差し伸べる。 暫く躊躇していたスヴェトラーナだったが、やがて竜狩りの手を掴み、立ち上がった。
「なんやうちと似た匂いがするから来てみればまたけったいなことになってはるなぁ」 「ええ、全くね。退屈しなくていいけれど」 角の生えた鬼と西洋人らしい金髪の二人の少女達は新宿の片隅で長身の女性と対峙していた。 「どちら様ですの…?」 長身の女性、といってもまだ8歳のスヴェトラーナはその小豆色の髪を不安そうに弄りながら問う。 朝起きたら見知らぬ土地に放り出され、追う背中もない今スヴェトラーナは非常にナイーブになっていた。 だからこそ分かる。目の前の二人から感じる気配、感覚。間違いなく自分の同類だ。 「ああ、うち?まぁそやね、泥新宿のアヴェンジャー何人目やったけ?」 鬼の少女、鬼童丸は首を傾げ金髪の少女、モードに問い掛けた。 「寒波、赤コート、双龍に私達。四人目よ」 モードはいつもの事だとでも言わんばかりに答える。 「ああ、そや、4人目や。4人目のアヴェンジャーとか二人組のアヴェンジャーとか言われとる」 「スヴェトラーナは、スヴェトラーナは、貴女達とは無関係ですわ…」 深淵のような鬼童丸の目から目を反らす。 「いややわぁ、あんたうちと同じ混じり物やろ? 竜や」 「一つ訂正してもらいますわ。ドラゴンではなくジラント。そう、東欧至上の種族ジラント。幻想に生きるものの中でも最上位に生きるもの、全ての連鎖の頂点」 煽るような鬼童丸の言葉が気に触ったのか、スヴェトラーナは少々早口になりながらも言い返す。 「そういうの語るに落ちるって言うんじゃない?スヴェトラーナさん?」 くすくすと、ひどく愉快そうに子供を慈しむようにモードは微笑んだ。 「あ! ほ、放っておいてくださいまし!」 あわてふためくスヴェトラーナ。 恥ずかしかったのか顔が真っ赤にそまっていた。 「あんた、面白いなぁ。うちらと組まん?」 「貴女、また勝手に…」 「ええやないの」 鬼童丸とモードは和気藹々と会話を続ける。 「お断りしますわ、スヴェトラーナには帰らなければ行けない場所があります!」 スヴェトラーナは深く深呼吸をするとしっかりとした口調で言い放った。 「……残念やなぁ」 「ええ、本当に残念」 アヴェンジャー達の雰囲気が変わる。 しかし、少なくとも惜しいと思ってはくれているようだ。敵対するような気配はない。
少女達が目を覚ました時、そこは… 「ん、もう朝か。ってここは…おい、蘭?蘭!起きろ!」 「ぉはようジゼ…ってここどこ?」 見知らぬ土地だった。 「あれ?フランス行きの列車へ乗ったのに見知らぬ土地へ?」 「気を付けるでち、ピオジア氏。殺気が凄まじいでち」 「嘘でしょ…なんで私達新宿に、特異点にいるの!?」 目を覚ました少女達がいたのは特異点、或いは最悪の土地。泥新宿。 「ど、どうしましょうくにさん…自分どうしたら…」 「おちつきましょう、ペトラさん。深呼吸です!」 困惑するもの 「あー、このヤク効くねぇ」 「おっ、分かるかい嬢ちゃん!これもキメてみな!」 馴染むもの 「シシィ、生徒達の一部が目を覚まさない、それに出掛けて消息を経った生徒もいる」 「ああ…厄介だね、交錯影列車と夢の国案件が同時とは。廿日、いつでも出れるようにして置いてくれ」 「止めな、二丁目でヤクなんてばら蒔くんじゃないよ」 「てめぇ! サーヴァントにバウンサー!ちっ、覚えとけ!」 「お嬢さんうちの店においで、どうせいくとこないんだろ?」 「姐さんカッコいい…」 「呆けてんじゃないよ、ダコ」 超常の存在、サーヴァントに。 「…お前ら、混じり物か?」 「ち…違います…」 「まぁ、いいさ。疲れてるようだな、暫くはここで休んでいくといい。茶くらいは出そう」 「好い人みたいですね、ペトラさんスヴェトラーナさん!」 (竜殺しとか殺されるかと思った…)
「つまり今回の件は君のせいではないと言うんだね、胡蝶」 「無論だよウォッチャー、そんなつまらないことを、私がするとでも?大方夢見人の才能がある子が何人かいたんだろう。それが運悪くに接続されたか」 少女達は集まり、帰還に向けて動き出す。
「どうするか?帰るに決まってる、タバコもないしな」 「えー、私はここ結構好きだけど?」 「一人で残っても歓迎するわよ?」 「よし、帰ろう!」 「……なら決まりだな」 「で、どうやって彼女達を返すんだ?」 「決まってるじゃない。スナークハント、いえスネークハントよ」 「あのウロボロスを? 嘘でしょ…」 泥新宿×綺羅星の園 泥濘の星 20021年公開予定
イエメンの「悪魔の井戸」の底にオマーンの探検隊が到達したらしいね。 喪失帯のネタとして面白そう。
20XX/○○/○○ イベントごと 「難波」の方へ行ってみたら、駅前にある都市戦争のサテライト施設で催事をしていた。 何でも、都市戦争が佳境を迎えたから、みんなで応援でもしながら見てみよう……というような。 旧世界だと、サッカーとかのスポーツ観戦で似たようなことをしていたと聞いたことがある。 気になったので入ってみると、確かに人が大勢。吹き抜けになった3階建ての建物の中、すし詰め状態で詰め込まれた人が、大きなモニターの映像に釘付けになっていた ただ、「梅田」のサテライトだとアルスくんのグッズまみれだけど、こっちではナンバくんのグッズだらけだ。 ……あの珍妙な人形のどこがいいのかは、正直私にはわからないけど、意外と今30~40代くらいの人に人気があるみたい。昔懐かしい、とは聞いたけど、何を懐かしんでるんだろう。 勿論、他にもたくさんの選手やサーヴァントのグッズも並んでいて、それが物販で売られている。お酒を中心に飲食物も売っていて、とても賑わっていた。 私も、ちょっとだけ見てみる気になって、フライドポテトのSサイズと、野菜ジュースを買った。これくらいなら買い食いしても平気だ。 それから、モニターの見えるところを何とか確保して、行儀は悪いけど、立ちながら飲み食いをしつつ、試合運びを見ていた。 どうやら、今は「難波」が優勢のようで、こっちで観戦している人たちは皆興奮していた。特に凄いようなのが、逆神朱音という私よりも年上の女の子で、八面六ぴ 臂の大活躍。 一般兵士役のトリグさんを薙ぎ倒したり投げ飛ばしたりして、とにかく掻き回しまくっていた。……私、魔術で強化してもあそこまでのことをできる自信はないな。 何なら、持っている刀でトリグさんの首でも刎ねてしまいそうな勢いで、あれを鬼気迫るというんだろう。ちょっと、怖かった。 そうこうしているうちに、上町大地を写しているカメラはあちこちへ。逆神さんは画面から外れてしまって、他の選手に。 そこまで見た時、端末に連絡が入って、応答してみると学校の河合先生からだった。課題の提出忘れ。ゲッ、って、そんな声が出た。 それからもう、大慌てで「天王寺」にとんぼ返り。学校へ行って、謝りながら課題を提出する羽目になった。 どっと疲れて、また中継を見るのも億劫になって、後はそのままいつもどおりに寝ることに決めた。 大変だった。
20XX/○○/○○ 梅田の往復 今日は坂井のおじいちゃんのお手伝いをした後、「梅田」へ。またエマノンさんが往復を手伝ってほしいと連絡してきた。 あの人は……何なんだろう。不定期的に、あの迷宮近くへの送り迎えを、逃がし屋としての私に頼んでくる。決して肉体的に強い人ではなくても、ちょっとしたチンピラくらいなら、あの人はあしらえるはずなのに。 態々私に頼んでくるということは、それなりに何か意味があるとは思うんだけど、今の所それもわかっていない。 ひとまず、行きと帰りで体調を極端に崩した、ということはなかったと思う。いつも真っ白な顔と肌色だから、断定はできないけど。 ただ、今日はいつもより疲れていそうだったかもしれない。帰りに、漢方系の栄養剤を差し入れしてあげた。 迷宮前のお店で売ってるやつで、たまーに一般市場にも流れてるから、極端な刺激物でもないはずだ。 そういえば、お店の前で、小さな双子を見かけた。あんなに小さいのに、迷宮に潜る探索者らしい。 口喧嘩でお互いに何か言い合っていたみたいだけど、そういう見た目相応の所とは裏腹に、何となくその雰囲気は魔術師寄りだった。 ……あの歳から何故、迷宮に魔術師が潜っているのか。何となく、浮かぶものはあるけど。人様のことには首を突っ込んではいけない、そういうものだ。
「ああ、来たのか、マスター」 「……なんだ、その格好」 「知らないのか、釣りだ」 「いや、それは分かる」 「……正直、今回の事は、俺も堪えた。だが、サーヴァントは、成長しない。 変わるとしたら精神面だ。グリフレットの、ようにな。俺が、変わろうとしているのが、不愉快なら、止めるが」 「いや、別に良い」 「そうか」 「バーサーカー。 アタシ、魔術を習い始めた」「誰にだ?」 「枢木楡、アーチャーのマスターだ」 「……信用出来るのか?」 「大丈夫だ、多分。アイツは、なんて言うか、凄く義理堅い、それに…多分似てるんだ、アイツとアタシは」 「分かった。俺も信じよう、君の感覚を」 「……バーサーカー。アタシは強くなる、絶対にだ」 「俺は、君の騎士だ。 契約の続く限り、何処までも、着いていく」 「バーサーカー、その、ありがとな」 「…………カッパを持っていく。今日は雨になりそうだ」 「テメェ!」
魔力負荷と超過駆動に限界だと叫ぶように体が軋む、分かっている。限界が近い。 敵は如何なる理由かマスターなしで現界を続ける亡霊の王ワイルドハントと化したセイバーとその配下である19騎、そして… 思考の合間を縫って、敵の一騎が側面に回りこんでいた。 まだ辛うじて反応できる。大振りの剣撃をシールドバッシュで弾き返す。 決定的な隙にガラティーンで胸を突き刺し、魔力を注ぐ。敵は黒炎によって灰も残らず燃え尽きる。その筈だった。 だが、敵を焼き尽くす程の火力が出ない。まるでルーカンがシチューを煮ている時の弱火だ。 剣を無理矢理上に持ち上げ、頭を真っ二つにして引き抜く。これで3…4騎目だったか。 「バーサーカー!」 俺を援護しようと、『マレフィキウム』が魔術を行使しようとするが、疲労からか足が縺れている。 無理はない。既に1時間は第二形態を維持し続けているのだ。 瞬間、何かが『マレフィキウム』を狙って飛来した。 盾で受けるのが間に合わない。射線に割り込み鎧で受ける。 肩を貫通し、血が鎧を赤く染める。 奴は俺に確実に当てる為に、わざとマスターを狙った。 懐かしくも忌まわしきこの矢は忘れられる筈がない 奴はこの弓矢の技巧を持って数いる騎士の中で第二の騎士と称えられた。 セイバーの軍勢、最後の20騎目、アーチャー…トリストラムだ。 意思なきその瞳はまるで人形のようで、イヤでも奴が敗北したのだと実感する。 気に入らない。騎士を捨てただと?ワイルドハントだと? ただ、負けたのなら良い。だが、その醜態はなんだ?捨てた筈の騎士鎧を身に付け、主でもない奴に従い生者を襲う。 これが、あのトリスタンの姿か! 叫び、吠えたてそうになる口を閉じ、歯を食い縛る。血の昇った頭を振り、冷静さを保とうと深呼吸。 「マスター、ここまでだ」 バックステップで後背へと退き、『マレフィキウム』の姿を敵から隠すように盾を構える。 「…ふざけんな! アタシはまだ、まだやれる!」 無理だ、肩で息をして、呼吸が整わない。 「君の目的が、果たせ、なくなるぞ」 「クソ!クソ!クソ!退く!退くぞバーサーカー!」 マレフィキウムの拳から血が滲む。 叱責なら後で幾らでも受けよう、罵倒もされよう。例え、君がそれを望んでいないとしても、それでも…私は、君に生きて欲しいと願う。
「────幼稚で惨めで浅ましい!みっともない、みっともない、本当みっともなぁぁぁぁぁぁぁぁあああい!クソ女よ! ばぁぁぁか!このっ、ばぁぁぁぁぁぁああああか!!」
「……なんだ、今のは?」 一方的な強襲からトリストラムを押しきれず一進一退の攻防を繰り広げていたラモラックが聞いたのは、感情を剥き出しにした子供の悪口以下の何かだった。 「お前の、マスターか、アーチャー」 「……さぁ、知りませんね」 ラモラックの問いにそ知らぬ顔で矢を放つトリストラム。 攻撃の圧が強まった辺り、トリストラムのマスターの声で間違いないらしい。 時間差で飛来する矢を盾と槍で打ち払う。 (マスター、なにがあった、マスター?) 『マレフィキウム』は念話にも答えようとしない。 「この勝負、預けるぞ、アーチャー」 「逃がすとでも?」 マスターの異様な様子に背を向けたラモラックに追撃を掛けるトリストラム。 「預けると、言った」 左手で引き抜いたガラティーンを振るう。ガラティーンの異持、黒点である由縁。磁気操作で操られた周囲の鉄骨や金属片がトリストラムに絡まるように拘束し、檻のように折り重なる。 トリストラムであれば短期間であの檻から抜け出すだろう。 確信じみた思いを胸にマスターの元へと跳躍した。
「はぁ、はぁ…どうよ!目にもの見せてやったわ!」 マスターの元に駆け付けたラモラックが見たのは肩で息をして勝ち誇るアーチャーのマスター。 そして仮面を剥がされ、踞りうめき声を上げる『マレフィキウム』…いや楊小路水貴の姿だった。 「あっ……ぐっ! ア、アタシは、アタシは……!」 思わず愕然として立ち尽くす。 マスターは『マレフィキウム』は、……これは、ダメだ。少なくとも暫くは立ち直れまい。 見たところマスターに外傷はない。 『マレフィキウム』は強い。少なくとも弱い箇所を人に見せるような事はしないと知っている。 そのマスターに口だけでこれほどの精神ダメージを与えるとは…… 例え口の上手さだけで巨人王を殺したと嘯き、実行して見せたサー・ケイですら、ここまで見事に相手の心は折れないだろう。 どうやら、アーチャーのマスターは傑物、女傑であるらしい。 「マスター、ここは、退こう。立てるか?」 「……ぁぁ」 ラモラックの声に『マレフィキウム』は力なく頷く。
「アーチャーの、マスター」 『マレフィキウム』を背負いながら楡へと話掛けるラモラック。 「なによ!」 気の強い女だ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。 ヒスを起こしたモルガンを思い出す、ああいうのは触るだけこっちが損だ。 「名を、聞かせてもらいたい」 「枢木楡よ、なんか文句あるの!?」 「いや、ない。 ……ただ、大した魔術師だと、感心するよ、レディ枢木。その口の悪さもな」 「へ?レ、レディ!?なにそれ!」 楡の困惑を余所にラモラックは跳躍し、夜の闇の中へと飛び去っていく。 「……泣くな、マスター。今は休め」 「……泣ぃて◯△□」 どうもマスターは相当重症なようだった
「……全く、悪逆の騎士など慣れぬ事をするものではないな。よりによってあのトリスタンとは相討ちとは」 「いえ、貴方に相応しい在り方と末路よ」 「抜かせ、アーチャー。なら貴様の最後も俺と同じくらい無様だったことになる」 「ええ、その通りよ」 「ふん、貴様とは本当に反りがあわんが、奇しくもお互いサーヴァントとしてマスターには恵まれたようだ」 「冗談、あんな女二度とごめんよ」 「そうか。俺は彼女にならもう一度呼ばれても良い」 「あの陰険性悪女は貴方にお似合いでしょうね。不貞を暴く盃など探し出して送りつける男には」 「チッ、しつこい奴だ……いや、今のは忘れてくれ。あれは、完全に俺が悪かった」 「随分素直ね」 「最後だからな。……次に会った時は俺が勝つ、首を洗って待っておけ」 「……最後まで共にいることが出来ずにすまない。先に逝くぞ我が主『マレフィキウム』」 「最後までバカな男ですね。 まぁそれは私もか。……精々最後までみっともなく足掻いて、生き残って見せなさいマスター、枢木楡」
「再会祝いに、盃でも、贈ろうか? ああ、貴様の、マスターに、不貞がバレるのはマズいかな!ハハハハハッ!」 下卑た笑いを浮かべる黒炎の騎士にトリストラムは眉一つ動かさない。 ただ、一本の矢を持って返答とした。 黒炎の騎士は盾を持ってそれを防ぐ。 「…安い挑発ですね。そんな挑発、言葉遣い…する方の品が知れると言うもの。 どこの馬の骨とも知れぬ三流騎士の言葉など聞く耳はありません」 続いて、一本、二本、三本。言葉を続けながらも矢を放ち続ける。 まるで汚物を見るかのようなトリストラムの目線は黒炎の騎士を矢の如く居抜いた。 「クククク……フハハハッ!!アハハハッ!…ああ、間違い、ない!貴様は、容姿こそ、性別こそ、違えど、間違いなく、あの嘆きの子、円卓第二の騎士と、謳われた、あのトリスタン、だ!」 黒炎の騎士は放たれた矢を今度はランスによって切り払うと狂乱したように笑い、天を仰ぐ。 「その名も、剣も、鎧も捨てた。今の私は狩人トリストラム」 「いいや、捨てきれぬさ。名とは生まれた瞬間に刻まれる祝福であり、呪いだ」 黒炎の騎士は頭部の炎を解除し、その兜を露にした。 これを見れば自分が誰かは分かるだろう?とでも言わんばかりに。
「ビンゴ、だな」 とあるビルの屋上、双眼鏡で教会から出てくる二組を見ながらラモラックは呟いた。 「もう一組釣れるのは予想外だけどな、僥倖って奴か」 マスター、マレフィキウムは上機嫌そうにその様子を強化された視力で見ている。 随分上機嫌だな、等とは言わない。ここ数日でラモラックはマレフィキウムとの付き合い方を分かってきていた。 恐らく次は…… 「早速潰しに行くぞ」 「どちらからだ?」 予想通りだ。とは言え、彼女は無謀ではない分断してどちらかから潰す筈だ。 無謀ではないか?などと言ったら蹴られるかゴミを見るような目で見られただろう。 顔面蹴られたり魔術を使ってこない分可愛いものだが。 「おい、なんだその生温かい視線は。取り敢えず男と騎士っぽい方からだ」 「理由は?」 結局脛を蹴られた。脛当てに足が当たった金属音が小さく響く。 「勘」 ふむ、と頷く。魔術において勘という物は案外バカに出来ない。ならここはマスターの勘に任せよう。 「では、マスターは、もう一組を?」 「ああ、あの女の面が気に入らない」 その答えに好きにすればいいさ、とでも言わんばかりに肩を竦める。 今度は金槌で兜を叩かれた。流石に頭が揺れ、少し大きな金属音が響く。 音が出ないように金槌にタオルを巻いていたようだ。 この程度可愛いものだ、という言葉は訂正しよう『マレフィキウム』の名に相応しい。 「1分半だ、プラマイアルファはアンタの勘に任せる。コテコテ同盟が連携を組むならそれ位が妥当なタイムだろ? んだから、1分半でキッチリ殺す。魔力回すぞ …ブッ潰せ!!バーサーカー!!」 マスターの表情、と言っても見えないが。その気配が変わった、遊びは終わりだ。 「承知した。……離れてくれマスター」 魔力を全身に回すと黒炎が全身を包む。 手摺に足を掛け、そこを踏み抜くように跳躍。 今日は月が随分と明るい。 月光を遮るように宙返りして、逆立ちのような姿勢になるとターゲットの二組を視界に入れる。 見覚えがあるような気もするが、直接見れば分かるだろう。 黒炎を噴出させ、加速。二組の間に向けて槍を投げる。 さぁ、決闘と行こうじゃないか。ルールは『マレフィキウム』流だがな。
「何やってんだ、オマエ」 土夏海浜公園、ペスト医師のような仮面を付けた少女は目の前の男に問い掛けた。男は手に持ったパンをちぎり鳩に与えている。 「日光浴、と言う、奴だが」 手持ちのパンがなくなり、鳩がパンを食い終えた事を確認するとラモラックはパン!と手を叩いた。驚いた鳩は一斉に飛び上がり、人目は鳩に集中する。 「マジで言ってんのか?頭湧いてんのか?」 少女、『マレフィキウム』は顔こそみえないが、ラモラックを正気と思えないとでも言わんばかりの態度を見せる。 「俺じゃ、ない、こいつだ」 ラモラックが指差したのはギターケース状の半透明のケースだった。 「そいつは……」 「俺の、正確に言えば、俺のでは、ないが、今は、俺の、武器だ」 マレフィキウムとラモラックは人目を気にしながら、言葉を選びながら話を続ける。 「『こいつ』は日に3時間は日を当てなきゃ真価を発揮できない」 「マジかよ、それ」 「言った奴が、ディナダンと言う、適当な、ホラ吹きで、有名な、奴だが、それを、しないで負けるより、ホラを、信じた方がマシだ」 「……そうかよ」 「……ああ、少なくとも、俺は負けるつもりはない」
え?ラモラックあの話マジで信じたの? 俺ガウェイン卿とすげぇ仲良くないしガラティーン持ったこともないのにそんなの分かるわけないじゃん 太陽の聖剣だし3時間3倍になれるから3時間位日に当てるのかもねって言っただけだよ俺は あー…ごめんウソ。ノリでガウェイン卿はガラティーン3時間日干しするらしいぜ!!って言った気がするわ
「お兄さん、ちょっと良いですか?」 急に掛けられた声にラモラックの思考が中断される。 「……なにか?」 声の主は青年だった。 爪先から頭の先まで、値踏みするように視線を走らせる。 ヘッドフォンを首に掛け、パーカーとスキニージーンズによる活発的な印象を与える服装。 見掛けだけなら聖杯に与えられた知識と《TSUCHIKA》で購入した本を読んだ情報を総括して考えれば限り今時の若者、と言った所か。 高度に土夏を再現された《TSUCHIKA》では相手がNPCか人なのか、サーヴァントなのか判別をつけるのは難しい。 魔力は然程感じない。……両手は、手袋を付けていて見えない。 「いえ、数日前からここに座っているのを見掛けまして」 「ああ、近くの、ライブハウスで、夜に、ライブを、やらせて貰ってるんだ」 少なくとも敵意を向けている訳ではないようだ。 用意していたカバーストーリーを口にする。 NPC相手に何度も同じことを話していた。 「ライブですか?」 意外そうな顔を見せる青年。 「ああ、ベースを、やっていてね」 近くに置かれたケースを指差す。 無論、虚偽である。内部にはガラティーンが入っている。 「元々は、イギリスに住んでたんだが、日本の友人に、誘われて、此方に来たんだ」 ゆっくりと、相手に警戒されないように立ち上がった。 「土夏は良いところだ、ロンドンに比べて飯が安くて、旨いのが、最高だ」 歩きながら言葉を続ける。 サーヴァントではない。サーヴァント独特の戦慣れや修羅場慣れした雰囲気が彼にはないからだ。 NPCかマスターかこの場で確かめるか? マスターであるか判別するのは難しくはない。 この場で襲い掛かり首の一つでも締め上げれば良い。 昼間は襲撃や戦闘が制限されている《TSUCHIKA》であれば、俺はその場で動きが止まるか停止する。 マスターであることが分かれば、昼間に活動していれば格好の獲物だ。 昼間の内に後を付けねぐらやアジトを探しだし22時になった時点で強襲をかけられるだろう。 (……まぁ、マスター抜きでやるにはリスクがありすぎるな) NPCだった場合は犯罪者として通報され、昼間に動きづらくなり、他のマスターやサーヴァントに面が割れる可能性がある。 独断専行でやるべきではない。ラモラックはそう判断した。 「まだ、此方に来て、日が浅いもので、言葉が、たどたどしくて、聞きづらいだろう?」 青年に笑みを見せる。 「いえ、お上手ですよ!…僕はてっきり、ヤの字の人かと」 あはは、と青年は頬を掻きながらはにかむ。 「ふむ(ヤ? マフィアか) 昔から、服装には、無頓着でね、ライブの衣装は、友人が用意したもので、良いんだが」 「そうだ、良ければ、私に似合う、服を見繕って、くれないか」 「ええ、僕で良ければ!」
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「と、言うわけで、その青年に、服装を選んで貰った」 仏頂面のまま経緯を語るラモラック。 はぁーっと大きなため息を吐くと、マレフィキウムは大きく深呼吸をする。 「………今すぐ着替えて来やがれ!」 怒鳴った。マレフィキウムは今までにない怒りを込めて自身のサーヴァントを怒鳴り付けたのだった。
「ラモラック、今から来れるか?」 土夏旧市街の路地裏でマレフィキウムは自身のサーヴァントであるラモラックへと召集を掛けていた。 聖杯戦争参加者に支給された携帯電話を土夏の都市伝説であるレッドコートを模した赤いコートのポケットへと仕舞う。 高度に再現された土夏の夏は暑い。 日陰でもコートの中が汗ばみ、蒸発した汗がマレフィキウム…楊小路水貴の華奢な体をじっとりと蒸しあげる。 気のせいか、背中にある令呪の部分が余計に暑く感じるのは不思議だ。 (人の事を待たせやがって…) マレフィキウムのイラつきが頂点に達し掛けた頃、漸く八つ当たり先は現れた。 「待たせたな、マスター」 「遅ぇ……待てテメェ!いや、なんなのその格好は!?」 何時もの仏頂面と灰色のジャケットを想像していたマレフィキウムは思わず唖然とした。振り上げた拳の行き先すら分からなくなるほどに困惑する 一方ラモラックはマレフィキウムの反応に首を傾げた。 ラモラックは何時ものジャケットではなく明朝体で大きく魔女愛!と書かれたTシャツを着ていたのだ。 「……街中で、出会った青年に、勧められたのだが」
──────────────────────── 数時間前、土夏新市街のとある公園。 「…………」 何時も通りラモラックは公園のベンチに座り鳩に餌をやっていた。 何時も通りと言っても召喚されて数日行っているに過ぎないことだが。 夜になれば悪逆無道を尽くすマスターに支える自分が昼間はこんな事をやってると知れば笑う者もいるだろう。 だが、これは矛盾ではない。とラモラックは思っている。 悪逆の限りを尽くす人間が家に帰れば優しい父親になる。というのは珍しくはないだろう。 人は誰しも複数の顔を持っている。太陽の騎士と呼ばれたガウェインが父の仇や母親の情夫を複数で暗殺した暗い一面を持っているように。 或いは、それは我がマスターたるマレフィキウムも同じ……下らん、俺はマスターに仕える剣。余計な思考は……
サールースで行われた槍試合の後、ラモラックは騎士王アーサーに呼ばれ、会話を交わしていた。 「良く戻ってくれました、ラモラック」 玉座へと腰掛けた騎士王は気のせいか口調が軽い。 姿を消した古馴染みの騎士が戻ってきた事に僅かに気が緩んでいるのか。 「…許可も得ず姿を消した件は申し訳ありません。此度は王が嘆かれていると風の噂で耳にしましたので」 膝を着けたラモラックは僅かに顔を上げ、気まずそうに言葉を発する。 正しく顔向けが出来ない、といった所か。 「嘆く?何故私が騎士たちの奮闘を見て嘆くのですか?」 騎士王の珍しく困惑した表情にラモラックの眉がピクリと動いた。
──────嗚呼、哀れで忠誠厚く愚かなラモラック。 ──────あの優しいアルトリアが騎士達の奮闘を見て嘆く訳がないのに。 ──────察しが悪い貴方でも分かるだろう?貴方は嵌められた。
脳裏に響く愛しくも、二度と聞きたくなかった声にラモラックは全てを悟った。
「王よ、褒美は要りません。 代わりに暇をいただきたい」 ラモラックは顔を上げ、騎士王を直視する。 彼が騎士になった直後と変わらず若い姿のまま、見慣れた筈の姿がやけに眩しく思えて、少し目を細める。 「……そうですか」 「御恩に報いられず、申し訳ありません」 少々の合間の後、騎士王はただ頷く。 騎士王の何時もより更に感情の乗っていない声にラモラックは頭を下げる事しか出来なかった。
──────アルトリアは、もう貴方が帰って来ないと分かっているようですね。
騎士王は去り行く者を引き留めない。自分の元にいることはその者に取って不幸だと言わんばかりに。
「いきなり帰ってきて暇とはどう言うことだ?」 騎士王の玉座を後にしたラモラックの前に現れたのはベディヴィエールとルーカンだった。 ベディヴィエールはラモラックに詰め寄るとその顔を見上げ、睨みつける。 「……ベディヴィエール、ルーカン。後は、頼む」 ラモラックはベディヴィエールを押し退けるとルーカンに軽く頭を下げ、その場を立ち去る。
「分かった、任せたまえ」 「姉さん、どう言うことだ?」 ルーカンはそれに頷き、ベディヴィエールは不服そうにラモラックの背を見た。 「無頼漢を気取っている癖に、最後の最後で確執や血の因果に囚われるとはね。『彼女』が生きていれば、そんなものはブッ壊せば良いって言い切る女性に出会えれば違ったのかね…」 「姉さん?」 大きく溜め息を付くとルーカンはラモラックとは逆方向に足早に去っていく。 困惑が隠せないベディヴィエールはラモラックの背を今一度見ると、ルーカンの後を追った。
キャメロットの城門前で鎧を纏い、槍と盾を持ったままでラモラックは祈る。
「母上。親父殿に続き、早逝する馬鹿息子を御許し下さい。パーシヴァル、お前は騎士になどなるな。……騎士ラモラックこれより、死地に参ります」 祈りを終えたラモラックは城門を押し開け、外へと足を踏み出す。
──────本当に馬鹿な人。全てを捨て去ってしまえば長生き出来たのに。
「それは君との愛さえも否定することになる」 脳内に流れ込んでくる声に一言返したラモラックは振り返りもせずにキャメロットを後にした。
「母上、産後の肥立ちは如何ですか?」 巡察の最中、実家であるペリノア王の居城に立ち寄ったラモラックは久方ぶりに顔を会わせようと母を訪ねていた。 アーサー王と王の即位を認めない11人の王との戦も一段落となり、ブリテン内戦の終息は間近に迫っている。 それは、卑王ヴォーディガーンとの決戦を意味していた。 こんな時期に末の弟が産まれたと聞いたラモラックは最期になるかも知れないと母に会い来たのだ。 「まぁ、ラモラック! ……どうして男の人は、騎士と言う生き物は戦に夢中になると家の事をすっかり忘れてしまうのかしら。 ねぇ、パーシヴァル?」 ラモラックの顔を見るなり母は大袈裟に驚いて見せると、腕に抱いた赤子の頬を軽く突いた。 パーシヴァルは眠いのか、母の指を小さい手で軽く握る。 「……パー(槍)とデュア(硬い鋼)。良い騎士になりそうですね」 母の軽い揶揄に気まずそうにその長身を縮ませて、ラモラックは何とか言葉を絞り出した。 「パース(貫く)とヴァル(谷)よ。全く女の子にしては随分物騒過ぎるわ」 うつらうつらと首を揺らすパーシヴァルを揺りかごへと乗せると、母はため息を付く。
「妹? ふむ、確かに。妹でしたか」 揺りかごを覗き込む、名前で思い込んでいたが、言われてみれば女の子かもしれない。 「貴方のそう言うところは本当に良くないわ、戦と領地経営以外に興味を持ちなさい」 体全体でラモラックを押し退けパーシヴァルから遠ざける母。 ちょっかいを出されて起こされたくないらしい。 「機会があれば、何か趣味を探すとし ます」 お小言が多くなってきた。と言わんばかりに顔を反らすラモラック。 その足は出口へと向いていた。 「もう行くのラモラック? 落ち着きがないこと。 あの人に宜しくね」 もう少しいたらどう?などと騎士の奥方は言わない。 名残を残す前にさっさと行きなさいとでも言わんばかりに母はラモラックを追い出し手を振っていた。 母上はパーシヴァルを騎士にはしたくないようだが、母上に似ても中々の騎士になるのではないか? もし、嫁を探すならもう少し気性の控えめな女子が良いな。 口には出さずに様々な事を考えながらラモラックは部屋の扉をゆっくりと閉めた。
葉っぱを使うことで手を汚さない工夫にもなっているとはなんとも合理的だとセイバーは感心する。 そして、始めての柏餅を葉っぱごと頬張り、カシワの苦味と餅と餡の甘味の入り交じるその独特な風味を味わったあと、サクヤに疑問を投げかけた。 「サクヤは食べないのですか」 「うん。セイバーが食べていいよ。あと葉っぱは食べないものだよ」 サクヤは餡が嫌いだった。 小豆を潰した食感がなんとなく嫌だったし、喉が渇くことがとにかく苦手だった。 その後飲むお茶が美味しく思えるのは良かったが、和菓子ならばだいたいそうだったので、やっぱり好きになる事はなかった。 「好き嫌いは駄目ですよ」 「好き嫌いという個性がなければ人類はこれほど豊かに食文化を発展させる事など出来なかったと思うのだがね。はいお茶」 「どうも。お茶と合って美味しいです」 本当に幸せそうな愛くるしい笑顔を見せるセイバーを見て、サクヤはやっぱり考え直して、ひとつ食べてみることにした。 思ってた通りの味だったが、なんだか今日は美味しく感じられた。 なぜだろうと疑問に思い、すぐに目の前の少女がその答えだと気づいて、サクヤはもう一口頬張った。 そういえば、柏餅で一つ思い出したことがあった。 「なんでセイバーは甘いものが好きなんだ?」 「む?」 リスのように両頬を柏餅で膨らましてこちらを向くセイバー。可愛いやつめ。 そして回答するためにもきゅもきゅと口内の柏餅を食していった。可愛いやつめ。 「はいお茶」 「どうも。……ふう。なぜ私が甘いものが好きなのか、ですか」 セイバーは少し考えた後、何かを懐かしむように、そうですね、と語った。 「当世における甘いもの、特にデザートはある種『幸福の象徴』のようなものといった印象でした。 それも高貴な人のみの嗜好品ではなく、街の人々、特に年頃の女性が好んで食べるものだと。 現界したばかりの私は、人の心を理解するにあたって、まず形から倣おうと考えたのです。そして」 「そして食べてみて、心を奪われたと」 「はい。それはもう一目惚れでした。あむ」 一通り話し尽くし、柏餅を美味しそうに食べるセイバー。可愛いやつめと思いながら、自分も新しく柏餅を1つ頬張った。
>柏餅から葉っぱ剥がすのってなんだかエッチですよね 水無月サクヤに天啓が舞い降りた。 「セイバー、君は人の気持ちを理解するために甘いものを食べてみたとさっき言ったね」 「いいましたが……」 サクヤがこういう輝く目をしている時はまた変なことを思いついた時だ。セイバーは目を細め警戒する。 「いっそ甘いものの気持ちを理解してみるというのはどうだろう!? そう君は、これから僕の手で柏餅になるのだ!!」 「は?」 「つまりだね。柏餅を覆う葉っぱのように君の体を何かで覆う!そして、それを僕が剥がして中身を食べるのだよ!そして君は柏餅の気持ちを完全に理解する!このロジックはパーフェクトでチャレンジはドリームだ!」 何を突然言いだしたのかわからないというセイバーをサクヤはそのどこからくるのかわからない熱意で無理やり押し切り、ふたりの城へと連れ込んだ。 しばらくすると、セイバーはまさしく葉っぱが体に張り付いただけというような奇抜な格好にさせられていた。 「セイバー!今君はだいぶ柏餅だよ!かなり柏餅だ!」 これは褒め言葉なのだろうか? 自分は一体何をしているのだろうかとセイバーは悩んだ。
20XX/○○/○○ 樽の人 センセイがまた変なことをしていた。樽の中に入った少年と会った、と話したら、その次の日にはその人のところに行っていた。リコさんの絵をもう一度見に行った時に、たまたま見かけた。 どうも、センセイはその人と口論……というより、議論をしているようだった。ソクラテスがどうの、って言ってたっけ。 ソクラテスがどんな人か、くらいなら少しは知ってるけど、それが話題になるということは、ギリシャ系の人なのだろうか。 終始少年らしいその人はそっけない態度をしていたけど、議論を中断する様子はなく、私が絵を見て帰るまでの10分か15分くらいの間、延々と話をし続けていた。 センセイがあんなに話し込むんだから、きっと学問とかで有名な人なんだろう。そういうところが、センセイにはある。 私は……あまり勉強が得意と胸を張って言えるわけでもないし、口が回るというわけでもない。だから、あんな風に延々議論をするのは、ちょっとゴメンかな。
P.S.後で都市情報網を見てたら、ずっと議論してる変な人がいるってセンセイ達の写真がSNSにあがってた。どれだけ話してたんだろう……。
追伸。後から調べたら、あの女の人が描いた絵は、エスクローと呼ばれる集団の作品の一つだということがわかった。 作品としては良かったと思うから、できればもう一度見たいけど……彼らの作品は、しばしば建物などの管理人に取り壊されてしまうので、あまり長く残らないのだとか。残念。
20XX/○○/○○ エスクロー 今日は……何だろう。犯罪といえば犯罪で、芸術といえば芸術。そんなものを見た。 私が遠出をしている間に、難波の方で落書き事件が多発していたらしい。 たまたま今日は、その落書きをしている場所の近くを通りかかったんだけど。何というか、とても……アーティスティックな格好の女性と出会った。 ストリートアート、というらしい。センセイが文化の一端として、苦笑と一緒に紹介してくれた、街中の落書き。っぽい絵。 法律に照らすと、あれは明確な違反行為らしいけど、それに芸術的価値を見出す人もいると。今日会った人は、まさしくそういうタイプの人だったと思う。 リコと、その女性は名乗った。何でも、普段から、時間になっていた落書きのようなアートを描いているのだとか。 たまたまその現場を目撃してしまった一般市民としては、多分都市情報網で通報した方が良かったんだろうけど。私自身後ろ暗いものもあるし、他に見ている人も通報した様子がない。 そもそも、本当に絶対ダメだというなら、カレンシリーズは間違いなく行動を起こす前に止めている。少なくとも、都市にとって致命的なことではない、ということ。 それならいいか、と思って、彼女のアートを見ていたけど、本当に凄かった。スプレーだけであんな絵が描けるんだ! と、びっくりしっぱなしだった。私はあんまり絵は得意ではないから、なおさら。 最終的に書き上がったのは、都市戦争にも出ているナンバくんを、面白おかしくデフォルメしたもので、思わず笑ってしまった。皆も笑いながら、拍手を送っていた。 でも、そのすぐ後に警邏隊が来て、あっという間にその集まりも解散しちゃったんだけど。まだ絵を見てみたくなっていたから、ちょっと残念だった。 そういえば、後でもう一度同じ場所を通ってみたら、サーヴァントらしい少年が樽に収まって何故か寝ていた。あれはなんだったんだろうか。
ヤクザみてーな顔してんな…
東京聖杯戦争がほぼ全員揃ってるのにキャスターが完成せず、申し訳ないのでキャスターのイメージ画像を載せておきます 今週中に頑張って完成させるので何卒お待ち下さい
そういえばスレ復活してない?
T/ROでも鉄道奪還クエストみたいなの用意されてたな…
鉄道なら推理モノの舞台にも良い
レクイエム世界だとドローンがばら蒔かれててモザイク都市外だと無人の荒野が広がってるって設定だから結界を最小限にして点と点を繋ぐ線として使える大量輸送手段としての鉄道はかなり有効かもしれない
泥モザイク市限定だけどかなり初期からある設定だね 離れた都市を結ぶ移動手段の一つだって
新世界でも新幹線はあるんだ…
魔女とはどうすればなれるのですか?
お菓子作りを教えていた綺羅星の園の生徒の一人ピオジアの問い掛けにお菓子のキャスターはメレンゲを作っていた手を止め眉を寄せた。
周囲を見渡せば、ピオジアだけではなく何人かの生徒がお菓子のキャスターの答えを真剣に待っている。
「……そうね」
お菓子のキャスターとはグリム童話ヘンゼルとグレーテルに登場するお菓子の魔女、飢えた子供達を救いたいというその善たる側面と帝王のシェフアントナン・カレームが合体したものだ。
ここで茶化したり誤魔化すのは簡単だが、子供達の味方であるお菓子の魔女として子供達には真剣に向かい合わなければならないと感じていた。
そうでなければ秘められた第三の幻霊にも顔向けが出来ない。
「私は実在した魔女ではないけれど」
キャスターの言葉を少女達は聞き逃すまいと耳を澄ませている。
「魔女とは、『なろうとしてなる』よりも『なるべくしてなるもの』と、聞いているわ」
ゆっくりと適切な単語を選び、言葉を紡いでいく。
「勘違いしないで欲しいのは、決してなろうとしてもなれないという訳ではないし、何より魔女になれなければ意味がないと、否定するつもりでもないの。魔女になろうとした道行きは例え途中で止まったとしても、別の道を進んだとしても必ず貴女達の人生に役立ってくれる筈だもの!」
少女達は顔を見合わせたり、ざわめいたり各々の反応を見せる
「そうね、そう、一つお願いがあるの。貴女達はそれぞれ理由があって魔女になろうとしているのよね?でも魔女になれなかったとしても決して自暴自棄にならないで。魔女見習いのみんなに言うのは少し変だけど魔女以外の生き方は必ずあるから!例えばパティシエとかね!」
真剣な雰囲気から一変、少女達の間からくすりと笑みが溢れた
「魔女になる勉強をしている子達は手先が器用だからパティシエに向いているのよ?あ!嘘だとおもっているわね! よーしじゃあここから帰るまでの間に私が貴女達を魔女見習い兼パティシエ見習いにしてあげるわ!」
お菓子のキャスターは再びメレンゲを入れたボウルを手に取る。
「まずは基本のメレンゲからね!」
はい!と言うのは元気な少女達の返事にお菓子のキャスターの顔にも笑みが戻った。
「ふふ…ここ? それとも……こっちを触って欲しいの? いいのよ、恥ずかしい事じゃないの」
毒のようなフェイカーの言葉にくにの感情が揺さぶられる。
(ダメ、ダメ、こんなの良くないことです……でも、気持ちいい……)
「貴女は、私に何を望むのかしら…?…『信頼できn……」
「私にはユィお姉さまがいるんです!」
フェイカーが最後の一押しをしようとした時、くには強い意思と想い、ある女性の姿を脳裏に浮かべフェイカーを拒絶した。
フェイカーが驚き一瞬たじろいだ時、にゃー、と猫の鳴き声が聞こえた。
「猫!? ここ、3階よ!」
「良い御身分だな、フェイカー」
鳴き声のした窓際を見るとそこには深い黄色い二つの瞳が浮かんでいた。
よく見れば闇の中でも闇を拒絶するような気高い黒の毛にセーラー服のような服に真っ赤な首輪を身に付けた黒猫が見える。
「ガンナー…」
「『魔導探偵』に頼まれた。その子は迷い人のようなのでな、引き取らせて貰う」
黒猫、ガンナーはフェイカーの目をその鋭い双瞳で睨み付ける。フェイカーとガンナーの間に緊張が走り、くにはその気配に思わず身構えた。
「……分かった、良いわ。 でもこのままじゃ外に行かせられないわ、彼女に上げる服を選ばせて」
「……………」
「なにその顔」
猫ながらも鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見てフェイカーは不満そうに頬を膨らませる
「……いや、もう少し抵抗されると考えていた」
「あのね、私も想い人のお姉さまがいる少女を力付くでどうこうしようなんてしないわよ!」
「ユィお姉さまとわたしはそんな関係じゃ…」
「分かってる、分かってるわよ。 さぁお洋服選びましょうね、くにちゃん♪…貴女も着替える?ガンナー?」
「冗談ではない」
ぷいと、そっぽを向くガンナー。
楽しそうなフェイカーにくには不思議と先程よりも付き合い安いと感じたのだった。
「さぁ…ここへ座って」
フェイカーのアジト、そこは泥濘の新宿では比較的治安の良い鶯谷のホテル(どういうホテルかはあえて言うまい)だった。
かつては最上級の部屋であった一室にくにを招き入れると高級そうな椅子に座るを指差す。
「私はお茶を入れて来るから寛いでね」
「は、はい……」
とは言うものの今まで見たことのない派手な宿泊施設に戸惑いを隠せず、興味を引かれ落ち着けなかった。
ふと、窓の外を見ると数時間は経っているのに月が動かず夜の帳が開けていない。
「ここはね、ずっと夜なの。おかしいでしょう?」
くにの疑問に答えるようにフェイカーはお茶を持ってその背後に立っていた。
「わっ!」
驚いたくにが振り向くと薄桃色の着物を僅かに着崩しており、白い柔肌が顕になっている。
まるで蝶のようだとくには思った。ユィお姉さまとはまた違った優雅さ、雅とでも言うのだろうか、そういった気配があった。
「ごめんなさいね、驚かせてしまった?どうぞ暖まるわよ」
「あ、ありがとうございます」
フェイカーが出してくれたのは香ばしいほうじ茶だった。懐かしい香りに心が安らぐ。
「美味しいです」
「気に入って貰えたなら良かったわ」
フェイカーの穏和な笑みを見ていると不思議とユィお姉さまと一緒にいるときのような暖かい気持ちになり、心と体がぽかぽかとする。
それが何故か恥ずかしくて思わずくには目を反らした。
「あら、どうかした?」「いえ、わたしは…」
フェイカーはくにをじっと見詰め、くには顔を真っ赤に染めて思わず立ち上がる。
「恥ずかしがらなくていいのよ」
フェイカーは目を細めるとくにの細い腰を支えるように手を回し、側にあったベッドへと導いた。
「あ、あの、わたし!」「大丈夫……ゆっくり、力を抜いて……」
ベッドに仰向けに寝かされたくには立ち上がろうとするが、フェイカーに優しく両腕を抑えられる。
耳元に近づけられた唇から放たれる甘い言葉がくにを蝕んでいく。
「わたし……」
「大丈夫、大丈夫よくにさん。 私にしたいこと、されたいことを、ちゃんと頭に思い描いて…」
くにの首元をフェイカーの白魚のような右手と唇が走る。
かぷっ、と甘噛みすると、くにはあ…!と艶めいた声を上げた。
「わ、わたしの事はおかまいなく!」
男の伸ばして来た手を振り払う。
「そういうなよ。分かった、お前さんくらいのガキが好きな好き者もいるんだが、うちの店で働かねぇか?」
「お断りします!……絶唱」
この人は悪いおじさんだ、おまもりを握りおまじないを唱える。
くにを中心にドーム型に広がる黒い波動、魔力が男を弾き飛ばす。
仰向けに倒れた男を見てくにがため息をついた瞬間……
「チッ、やりやがる。魔術師、魔術使いか!めんどくせぇ!」
男は仰向けからブリッジの体勢に移るとそのまま背筋を使って跳ね上がるように立ち上がった。
男はボロボロになったスーツを脱ぎ捨てると金属質のボディが顕になる。
「ロボットおじさん!?」
「サイボーグだ、このガキャァ!……もったいねぇが、ボコって◯して力の差を分からせてシャブ漬けにして売り物にするしかねぇな」
男は怯えるくにに近づくと乱暴に衣服を掴み、破り捨てる。
凹凸のない未熟なくにの柔肌が晒され、男は舌舐めずりをした。
「下がりなさい、下衆」
瞬間、男は飛んで来た光弾に吹き飛ばされた。
「誰だ、てめぇ!」
「貴方のような下衆に名乗る名は持ち合わせていないわ」
凄む男と怯えるくにとの間に割り込むように人影が降り立つ。
それは少女だった。
臼桃色の着物を纏い、くにとさほど変わらない背丈だが、よりはっきりとした凹凸は大人らしさを感じさせる。
「てめぇ、フェイカー! チッ、そうか、てめぇの御手付きとはな…クソが!」
少女、フェイカーの顔を見ると男は苦虫を噛み潰したような表情で捨て台詞を吐き姿を消した。
「(違うけど)そうよ、分かったら二度と姿を現さないことね!」
男の後ろ姿を一瞥すると、フェイカーはくにへと近づく。
「ひっ!」
「大丈夫? 怖かったでしょう? もう大丈夫よ」
フェイカーは持っていた上着をくにへとかけるとくにを優しく抱き締めてる。
「あ……ありがとうございます」
「泣かないなんて、貴女強いわね。 私はフェイカーのサーヴァント。 何を偽っているかは、内緒って事で」
「サーヴァント?」
「そう、サーヴァントも知らないのね。 ここは危ないから私のアジトへ行きましょう」
フェイカーの甘い囁きにくには熱に浮かされたように同意してしまった。
優しくくにの手を握るとフェイカーは優しく微笑む。
「うふふふふふふふ、かわいいかわいい、かわいい、かわいい…」
くにの熱に浮かされたような表情を見ながらフェイカーは口元を歪める。
その光景をビルの屋上から一匹の黒猫が睨むように見詰めていたのをフェイカーもくにも気付かなかった。
カチリ、カチリ、と時計の針が動く音がする。
一定のリズムを刻む機械音は眠りを誘う。
今が夢か、現実か区別がつかない、わたしは今どこにいるの?
やがてピタッとリズムが止まった。
「あれ……? 刹那さん? ピオジアちゃん、エステルちゃん、おーがすたちゃん!」
気が付いた時、くには町中にいた。
一緒にお出掛けした筈の綺羅星の園での友達はどこにもいない。
そもそもくにはスウェーデンにある綺羅星の園からイタリアへ列車に乗り出掛けた筈だ。
客席に座り、そこで話していたところを眠気に襲われ、見知らぬ土地に立っていた。
見知らぬ?いや、この風景には見覚えがある、くにの故郷日本秋葉原だ。
「なんで、ここに……」
理解が出来ない。
もしかしたら、綺羅星の園でのことは夢だったのだろうか?
違う、夢である筈がない。
ユィお姉様との出会いが夢だなんて…そんなのは嘘だ!
「お嬢ちゃん、随分綺麗な格好してるなぁ? どこから来たんだ?」
くにが悩んでいると、黒いスーツを纏った男が口元に笑みを浮かべながら近づいてきた。
口調こそ親切で穏和だが、サングラスをかけていても目にある下劣さが隠せてはいない。
渋谷、繁華街として知られるこの街は路地に入ると案外薄汚い。
光があれば影があるように全てが綺麗なわけがないので当然だが。
大分前に友人の一人である明石と遊びに行ったら変な男に絡まれて股間を蹴り上げてやった懐かしい思い出もある。
光と影、思い出にも良い思い出と悪い思い出があるわけだ。
悪い思い出はカルデアの臨時要員として特異点新宿にレイシフトして首なしライダーに散々追いかけ回された事。
そして今、五月雨刹那は忌まわしいエンジン音を再び耳にしていた。
綺羅星の園81期の友人たちと旅行に出かけ、列車の中で睡魔に襲われ目を閉じたのは覚えている。
起きたらそこは渋谷駅。ただの渋谷駅ではない、漂う魔力の気配から忘れない『泥新宿』の渋谷駅だ。
一瞬で目が醒めたと同時にやるべき事、友人達を守らないとという義務感が私の体を動かした。
魂を掴むような地獄から響くような轟音が背筋を震わせる、人に近しい機械のエンジン音だと言うのに。
まさしく聞く耳をもたない、頭もない、背後から迫るその音の主へと罵倒を吐き捨てる。
「海賊は海で船でも漕いでなさいよ!」
友好的なサーヴァントに出会えるまで逃げ切れるかな……
夜の泥新宿は基本的には静かだ。
音を立てられるのは人と戦力が集まっている場所に限られる。
そうでない場所で騒がしい音を立てれば魔獣やチンピラに群がられて文字通り裸一貫にされるのがオチだ。いや裸で済めば運が良いだろう。
だから泥新宿は静かで本を読むのにちょうど良い。
貸本屋…という事になっている少女?ビーチェは心の底からそう思っている。
かつての姿を辛うじて留めている新宿駅のホームで売り物の本を読む。
「今日はお客さんが来ませんね」
来るわけがない。この街で怪しげな貸本屋に出向いて本を借りようなどと言うか好事家はほんの一握りだ。
河岸を変えようかと読んでいた本、全寮制の女学校、その寄宿舎に住む少女達の物語、を閉じ、立ち上がった。
その瞬間、あちこちから強力な魔力の反応を感じ思わず周囲を見渡す。
「余所から何人か連れてこられたようですね、『彼』の仕業ではないようですが……クヒッ、クヒヒヒヒヒヒヒッ!!」
何がおかしいのかビーチェは狂ったように一人笑い声を上げる。
「さて、ロクデナシの色狂いが動く前にたまには人助けでもしますか」
ビーチェ、いやロストベアトリーチェはゆっくりと動き出した。
「竜狩りさん…戻ってきません…」
新宿御苑内の竜狩りが拠点としている元管理事務所の中でペトラはソファーへと腰掛けぼーっとしていた。
別に苦痛ではないが、手持ち無沙汰だ。
なにもしない時間と言うのはその分余計な事を考えてしまう。
私は綺羅星の園へ帰れるのだろうか…塾長がいなければ私の呪いは悪化してしまうのではないだろうか、そうしたら私は……。
ダメです。ルーラーさんも言っていました。呪いに掛かっても神を信じ、自身を保とうとする自制心こそが大事なのだと。
神を信じるのは塾長に起こられそうだけれど。
『まさかぺトラ御姉様もこちらにきていたなんて!』
その時、外から聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ……スヴェトラーナ!」
綺羅星の園の後輩、自分の世話を焼いてくれる愛しい後輩。
ここへ飛ばされたのが自分だけでなかったのだと勇気と希望が沸いてくる。
『……預かっている。 竜ではないから……』
「竜でしたら…殺して…!?私も殺すつもりですの!?』
『竜だから…なんでも殺す』
竜狩りとスヴェトラーナの話声が聞こえる。
その内容はナイーブになっていたペトラにとってはとても物騒に取れる内容だった。
心が掻き乱される。だが、竜狩りさんはそんな事はしない筈だ。
竜であれば誰彼変わらず襲う。ルーラーさんがそんな人に私の保護を頼むとは……
『きゃーっ!ころされるー!』
スヴェトラーナの悲鳴。
瞬間、ペトラの何かが切れた。
「ペトラさん、君の友人を連れて……がっ!」
竜狩りはなんの気なしに扉を開ける。
瞬間、身構えていたペトラの全身全霊の体当たりが竜狩りを襲った。
一見華奢な体つきから想像も出来ない驚異的な運動能力とサーヴァントのスキルで言えばDランク相当の「天性の肉体」から放たれた全身全霊の体当たりは完全に油断しきっていた竜狩りを数メートル程吹き飛ばし、事務所近くにある樹木へと衝突。
その衝撃で樹木に留まり寝ていたカラス達は一斉に飛び立ち、事務所近くでワイバーンの肉を味わっていた泥新宿の黒犬はめんどくさそうに気絶した竜狩りを一瞥するとやれやれ…とでも言わんばかりにワイバーンの肉を咥えどこかへと去っていった。
ペトラは間髪いれず気絶した竜狩りに馬乗りになり、その首に手を掛ける。
「スヴェトラーナさん! 早く、早く逃げて!」
「え…? え!?」
子を守る獣がごときペトラの豹変にスヴェトラーナは全く理解が追い付かず竜狩りとペトラを交互に見て困惑するばかりだ。
「………………はい、そこまでよ」
ペトラが竜狩りの首を絞めようと力を込めた時だった。
ペトラの右手首を竜狩りの手が掴んだ。
「まずは落ち着きなさい。 貴女、何か勘違いしてるわ。“竜狩り”にも、“私”にも貴女達を傷付ける意図はないから」
諭すような優しい声。
竜狩りの険のある声と同じ筈なのに幾分か柔らかく感じられた。
「痛たた……中々やるわね、貴女。まぁ話は大体聞いてたわ」
「ご、ごめんなさい……自分、自分とんでもない勘違いを……」
竜狩りの首から手を離し立ち上がると、自分の行いにたじろぐように数歩後ろへと下がりその場に座り込む。
「ペトラお姉さま、大丈夫ですわ。竜狩りさんも無事なようですわ」
泣きそうになるペトラに駆け寄ったスヴェトラーナはペトラを抱き締めてその頭を優しく撫でる。
「まぁ、“私”は“竜狩り”じゃないけど、あいつも気にしないでしょ」
竜狩りの深紅の髪がけさきから蒼く変わっていく。
「貴女、竜狩りさんじゃありませんの?」
「竜狩りは私だけど、私は竜狩りじゃないって言うか……まぁ細かい話は良いじゃない」
スヴェトラーナの疑問をはぐらかし、うんうん、とか勝手に納得して竜狩り?は立ち上がった。
「それより、困ってるんですって?お姉さんに詳しく話してみなさいよ」
「あの……貴女は一体……?」
「そうね、私はハバキリ。これでも守護者とか抑止力の代行者やってるし、時空と場所を超越して移動出来る宝具持ちとかいるから力になれるかもよ?」
「ドロシンジュクですか……」
竜狩りの拠点である新宿御苑への道すがら、竜狩りとスヴェトラーナはお互いの持つ情報を交換していた。
ここが泥濘の新宿と呼ばれる特異点、人類史に出来たシミであること。泥新宿ではサーヴァントが無差別に召喚され、無法地帯と化していること。
スヴェトラーナが言うにはスウェーデンの魔術師の学校、綺羅星の園にいた筈が気づけば泥新宿へと来ていたと言う。
「綺羅星の園にも日本人の御姉様はいらっしゃいますが、日本へ実際来るのは初めてですわ!」
何処と無く嬉しそうなスヴェトラーナに思わずそれは良かった。と相槌を打ちそうになった竜狩りはなんとか口を嗣ぐんだ。
身一つで知らない土地、しかも特異点に来てしまって良かったはないだろう。
「ジラント…スラブ、ロシアの竜種だったか、ロシアか……」
「もしや、ロシアの方がいらっしゃるのですか?」
ロシア、という単語を聞いて眉を寄せる。
それを見たスヴェトラーナは目を輝かせて竜狩りへと距離を詰めた。
「あー……一人いるが、彼女を果たして人言って良いものか……」
竜狩りの脳裏に浮かんだのはインターナショナルを背に胸を揺らしながら階段を降りてくる狂戦士。
『同志、竜狩り! その衣装に見合う紅き旗の元で革命の為に立ち上がる覚悟は出来たかしら!?』
頭を振り妄念を振りきる。
流石のレナもこんな事は言わない。多分言わない筈だ。
『しかしだな、竜狩りの抑止力。〝私〟はいつも言っているが、〝彼女〟と君の相性は良くないのになんとか繋ぎを作って〝私〟の戦力化を目論んでいる君にも大いに責任がある。いい加減諦めたまえよ』
レナ川の男はこう言うことを言う。妄念に拳を震わせる竜狩り。
「ところで一つお訊ねしたいのですが、私の前に来た迷い人とはどんな方ですの?」
竜狩りの奇行に首を傾げながらスヴェトラーナは問い掛けた。
「ああ、君より少し位小さな背丈で羊のような髪質の、キャスケット帽を被った子だ」
「キャスケット? もしかしてその方はちょっとこう…セクシーな感じでエメラルドのような美しい瞳ではありませんの?」
「あ、ああ…知り合いだったか」
スヴェトラーナの勢いに気圧される竜狩り。
「まさかぺトラ御姉様もこちらにきていたなんて! 貴女に保護されていたのは良かったですわ」
「最初に保護したのは私ではないが、今は預かっている。 まぁ竜ではないからな」
「竜でしたら殺していましたの!?私も殺すつもりですの!?」
素っ気ない竜狩りの言葉にスヴェトラーナは目を見開く。
「竜だからなんでも殺す訳じゃない。…最近はな」
「最近は!?少し前は無差別でしたの!?」
「………………」
露骨に目を反らす竜狩り。
「何故黙っていますの!?」
「ああ、付いたぞ。 ここが私の根城だ、彼女も中にいる」
「何故無視しますの!? きゃーっ!ころされるー!」
「殺さないから落ち着け……」
「彼女を保護して貰いたいのです」
「保護? 私にか?」
竜狩りは教会のルーラーの言葉に眉をひそめる。
竜狩りは護衛や護送を頼まれる事はあっても保護を頼まれる事はない。
本人の性質や戦い方は攻め手側であるし、保護と言う防御系の戦い方に向いていないのだ。
「ええ、保護です…」
教会のルーラーは竜狩りの反応を予想していたのか、でしょうね…とでも言わんばかりに困ったような顔を見せる。
「貴女の保護下にある教会やディテクティブ達のいる下水道、サーヴァントのいる新宿二丁目の方が保護には向いているが…そのペトラさんにはそれが出来ない理由があるんだな?」
竜狩りは教会のルーラーの反応と二人の似た雰囲気から何かがあると察した。
「はい。 お恥ずかしいですが、彼女と私の幻霊は困ったことに相性が良すぎるのです」
「幻霊、そうか。サ…」
「それ以上はどうかご容赦を」
教会のルーラーの強い語気に、ペトラはびくりと硬直する。
「ご、ごめんなさい、ペトラさん!」
「大丈夫です…自分の事は気にしないでください…いつもこうですから…」
「……すまない。つまり、彼女も?」
余計な一言で不和を生んでしまった事に頭を下げる竜狩り。
「私の中の幻霊とは別ですが…」
教会のルーラーに宿り、彼女が嫌悪する幻霊、即ち婬魔サキュバス。
大魔術師キプリアヌスを改心させたアンティオキアの聖ユスティナを真名とする教会のルーラーは元々「男性を虜にして、集団を扇動し操る」という目的を持って召喚された。
召喚時には精神を変容させ、淫行を善しとする特殊な狂化が施されていたのだが、彼女が召喚されると英霊の座から監視しているキプリアヌスが、狂化をあっさり解除して彼女を解放してしまった。
どこぞの詩人とは違って感心な事だ、ストーカーには違いないが。
だが、幻霊サキュバスの影響は教会のルーラーに残っており異性を欲情させ、婬夢を見せ、魔力を徴収する。
だから、自身の居場所を聖なる場所と定め邪なる物を排斥するこれほどなく拠点防衛に向いた宝具を持つに関わらず、一ヶ所に留まる事が出来ないのだ。
「本当にごめんなさい…自分…家がそういう体質の家なので…」
ペトラと呼ばれた少女からは婬魔の気配は感じない。
どちらかと言えばギリシャ…鋼の気配がする12神ではなく土着の神の気配がした。
だが、確かにフェロモンのような淫靡な気配は感じられる。
だからなのだろうか、キリスト系の婬魔であるサキュバスとペトラのギリシャ系の淫靡さ、系統が違うが故にどちらかがどちらかを飲み込わけではなく、相乗効果でより異性を欲情させてしまう。
魔術師キプリアヌスの加護や自身を守る力のある教会のルーラーが無理ならばその矛先はどこに向かうか……考えるまでもない。
守るべき人々が弱きものを蹂躙凌辱する。そんな事は絶対にあってはならない。だから教会のルーラーは基本的に単独行動かつ女性寄りではあるが、器物であり神霊である竜狩りへと保護を頼んだのだろう。
「……人の多い教会や下水道、二丁目ではマズいか。分かった私が預かろう」
「感謝します」
思案の末に受け入れる事を決めた竜狩りに教会のルーラーは深々と頭を下げる。
「改めてまして……ペトラ・シャーファウグンです……こんな自分で…ご迷惑をお掛けしますが…よ、よろしくお願いいたします……」
まだ心を開いてはくれていないらしい。
まぁ、いいさ。と竜狩りはよろしく頼む、と挨拶を返すのだった。
直後にペトラが別の時間から来た迷い人であると知り、驚くことになるのだが。
数時間前、新宿西教会付近。
両腕を組み、周囲を油断なく警戒していた竜狩りは教会の方向から歩いてきた人影に気付いた。
「お呼び立てして申し訳ありません」
それはロープを纏った二人の女性だった。
清廉な気配と淫靡な気配が同居した女性とその影に隠れるように一人の少女。
女性はロープのフードの部分を外し、シニヨンに纏めた金色の髪を露にする。言語化しづらい本能に訴えかけるような色気が女性にはあった。
とは言え、この場には女性(竜狩りを女性と言って良いかは別として)しかいない。
女性の胸は豊満であった。
「いや、貴女の頼みで構わない。…構わないが、なにかトラブルか、ルーラー?」
竜狩りは腕を解き、軽く首を振ると清廉な気配と淫靡な気配が同居した女性、ルーラー…正確に言うならば泥新宿のルーラー(2)、教会のルーラーに問い掛けた。
「ええ、折り入ってお頼みしたい事がありまして……ペトラさん」
「ペ…ペトラ・シャーファウグン…です…」
教会のルーラーに促され、彼女の後ろに隠れていた少女が怯えながら頭を下げる。
フードを外すともこもことした羊のような毛質。
何故か竜狩りは教会のルーラーに近しい淫靡な気配を感じた。
「……そこまでだっ!」
瞬間、雷光が疾った。
赤い雷光がアヴェンジャー達の周囲を焼く。
「そう言えば、あいつの縄張り近くだったわね」
「ああ、忘れとった。気分悪いわぁ」
「スヴェトラーナさんを任せるならちょうど良いかもね」
「まぁ、不愉快やけど仕方ないなぁ」
赤い雷光を珍しくもなく眺めながら鬼童丸とモードは溜め息を付いた。
赤い何かが上空から降ってくる。
それは人だった、赤い髪、赤いスーツに身を包んだ槍を持った女性。
泥新宿のランサー(2)、御苑のランサー竜狩り。
「アヴェンジャー! 今日、ここで決着をつけるつもりか!」
怒りに肩を震わせ、竜狩りは吠える。
鬼童丸とモード、竜狩りはこれまで幾度も刃を交えた宿敵だ。
「冗談、今日は気分が良いから見逃してあげるわ。そこの子、スヴェトラーナは迷い人らしいからなんとかして上げて」
「その子は竜やけど、手ェ出したらうちらが容赦せぇへんの覚えとき。スヴェトラーナはん、ほな、またな」
殺気だっている竜狩りとは違い、鬼童丸とモードは戦う気はないようだった。
鬼童丸は竜狩りを一睨みする。
二人はスヴェトラーナに手を振るとさっさと竜狩りの前から立ち去った。
「なんなんだ、あいつらは……」
困惑しながら首を傾げる竜狩り。
殺気は何処かへと行ってしまった。
槍を納めるとスヴェトラーナを見る。
「ひっ!スヴェトラーナは竜じゃないですの!ジラントですの!」
竜狩りを見るとその場にへたりこむ。
(ジラントは竜ではないのか…?)
「迷い人ならちょうど良い。君の知り合いかは分からないが、他にも迷い人がいる。付いてきてくれ」
竜狩りはへたり込んだスヴェトラーナに手を差し伸べる。
暫く躊躇していたスヴェトラーナだったが、やがて竜狩りの手を掴み、立ち上がった。
「なんやうちと似た匂いがするから来てみればまたけったいなことになってはるなぁ」
「ええ、全くね。退屈しなくていいけれど」
角の生えた鬼と西洋人らしい金髪の二人の少女達は新宿の片隅で長身の女性と対峙していた。
「どちら様ですの…?」
長身の女性、といってもまだ8歳のスヴェトラーナはその小豆色の髪を不安そうに弄りながら問う。
朝起きたら見知らぬ土地に放り出され、追う背中もない今スヴェトラーナは非常にナイーブになっていた。
だからこそ分かる。目の前の二人から感じる気配、感覚。間違いなく自分の同類だ。
「ああ、うち?まぁそやね、泥新宿のアヴェンジャー何人目やったけ?」
鬼の少女、鬼童丸は首を傾げ金髪の少女、モードに問い掛けた。
「寒波、赤コート、双龍に私達。四人目よ」
モードはいつもの事だとでも言わんばかりに答える。
「ああ、そや、4人目や。4人目のアヴェンジャーとか二人組のアヴェンジャーとか言われとる」
「スヴェトラーナは、スヴェトラーナは、貴女達とは無関係ですわ…」
深淵のような鬼童丸の目から目を反らす。
「いややわぁ、あんたうちと同じ混じり物やろ? 竜や」
「一つ訂正してもらいますわ。ドラゴンではなくジラント。そう、東欧至上の種族ジラント。幻想に生きるものの中でも最上位に生きるもの、全ての連鎖の頂点」
煽るような鬼童丸の言葉が気に触ったのか、スヴェトラーナは少々早口になりながらも言い返す。
「そういうの語るに落ちるって言うんじゃない?スヴェトラーナさん?」
くすくすと、ひどく愉快そうに子供を慈しむようにモードは微笑んだ。
「あ! ほ、放っておいてくださいまし!」
あわてふためくスヴェトラーナ。
恥ずかしかったのか顔が真っ赤にそまっていた。
「あんた、面白いなぁ。うちらと組まん?」
「貴女、また勝手に…」
「ええやないの」
鬼童丸とモードは和気藹々と会話を続ける。
「お断りしますわ、スヴェトラーナには帰らなければ行けない場所があります!」
スヴェトラーナは深く深呼吸をするとしっかりとした口調で言い放った。
「……残念やなぁ」
「ええ、本当に残念」
アヴェンジャー達の雰囲気が変わる。
しかし、少なくとも惜しいと思ってはくれているようだ。敵対するような気配はない。
少女達が目を覚ました時、そこは…
「ん、もう朝か。ってここは…おい、蘭?蘭!起きろ!」
「ぉはようジゼ…ってここどこ?」
見知らぬ土地だった。
「あれ?フランス行きの列車へ乗ったのに見知らぬ土地へ?」
「気を付けるでち、ピオジア氏。殺気が凄まじいでち」
「嘘でしょ…なんで私達新宿に、特異点にいるの!?」
目を覚ました少女達がいたのは特異点、或いは最悪の土地。泥新宿。
「ど、どうしましょうくにさん…自分どうしたら…」
「おちつきましょう、ペトラさん。深呼吸です!」
困惑するもの
「あー、このヤク効くねぇ」
「おっ、分かるかい嬢ちゃん!これもキメてみな!」
馴染むもの
「シシィ、生徒達の一部が目を覚まさない、それに出掛けて消息を経った生徒もいる」
「ああ…厄介だね、交錯影列車と夢の国案件が同時とは。廿日、いつでも出れるようにして置いてくれ」
「止めな、二丁目でヤクなんてばら蒔くんじゃないよ」
「てめぇ! サーヴァントにバウンサー!ちっ、覚えとけ!」
「お嬢さんうちの店においで、どうせいくとこないんだろ?」
「姐さんカッコいい…」
「呆けてんじゃないよ、ダコ」
超常の存在、サーヴァントに。
「…お前ら、混じり物か?」
「ち…違います…」
「まぁ、いいさ。疲れてるようだな、暫くはここで休んでいくといい。茶くらいは出そう」
「好い人みたいですね、ペトラさんスヴェトラーナさん!」
(竜殺しとか殺されるかと思った…)
「つまり今回の件は君のせいではないと言うんだね、胡蝶」
「無論だよウォッチャー、そんなつまらないことを、私がするとでも?大方夢見人の才能がある子が何人かいたんだろう。それが運悪くに接続されたか」
少女達は集まり、帰還に向けて動き出す。
「どうするか?帰るに決まってる、タバコもないしな」
「えー、私はここ結構好きだけど?」
「一人で残っても歓迎するわよ?」
「よし、帰ろう!」
「……なら決まりだな」
「で、どうやって彼女達を返すんだ?」
「決まってるじゃない。スナークハント、いえスネークハントよ」
「あのウロボロスを? 嘘でしょ…」
泥新宿×綺羅星の園
泥濘の星
20021年公開予定
イエメンの「悪魔の井戸」の底にオマーンの探検隊が到達したらしいね。
喪失帯のネタとして面白そう。
20XX/○○/○○ イベントごと
「難波」の方へ行ってみたら、駅前にある都市戦争のサテライト施設で催事をしていた。
何でも、都市戦争が佳境を迎えたから、みんなで応援でもしながら見てみよう……というような。
旧世界だと、サッカーとかのスポーツ観戦で似たようなことをしていたと聞いたことがある。
気になったので入ってみると、確かに人が大勢。吹き抜けになった3階建ての建物の中、すし詰め状態で詰め込まれた人が、大きなモニターの映像に釘付けになっていた
ただ、「梅田」のサテライトだとアルスくんのグッズまみれだけど、こっちではナンバくんのグッズだらけだ。
……あの珍妙な人形のどこがいいのかは、正直私にはわからないけど、意外と今30~40代くらいの人に人気があるみたい。昔懐かしい、とは聞いたけど、何を懐かしんでるんだろう。
勿論、他にもたくさんの選手やサーヴァントのグッズも並んでいて、それが物販で売られている。お酒を中心に飲食物も売っていて、とても賑わっていた。
私も、ちょっとだけ見てみる気になって、フライドポテトのSサイズと、野菜ジュースを買った。これくらいなら買い食いしても平気だ。
それから、モニターの見えるところを何とか確保して、行儀は悪いけど、立ちながら飲み食いをしつつ、試合運びを見ていた。
どうやら、今は「難波」が優勢のようで、こっちで観戦している人たちは皆興奮していた。特に凄いようなのが、逆神朱音という私よりも年上の女の子で、八面六
ぴ臂の大活躍。一般兵士役のトリグさんを薙ぎ倒したり投げ飛ばしたりして、とにかく掻き回しまくっていた。……私、魔術で強化してもあそこまでのことをできる自信はないな。
何なら、持っている刀でトリグさんの首でも刎ねてしまいそうな勢いで、あれを鬼気迫るというんだろう。ちょっと、怖かった。
そうこうしているうちに、上町大地を写しているカメラはあちこちへ。逆神さんは画面から外れてしまって、他の選手に。
そこまで見た時、端末に連絡が入って、応答してみると学校の河合先生からだった。課題の提出忘れ。ゲッ、って、そんな声が出た。
それからもう、大慌てで「天王寺」にとんぼ返り。学校へ行って、謝りながら課題を提出する羽目になった。
どっと疲れて、また中継を見るのも億劫になって、後はそのままいつもどおりに寝ることに決めた。
大変だった。
20XX/○○/○○ 梅田の往復
今日は坂井のおじいちゃんのお手伝いをした後、「梅田」へ。またエマノンさんが往復を手伝ってほしいと連絡してきた。
あの人は……何なんだろう。不定期的に、あの迷宮近くへの送り迎えを、逃がし屋としての私に頼んでくる。決して肉体的に強い人ではなくても、ちょっとしたチンピラくらいなら、あの人はあしらえるはずなのに。
態々私に頼んでくるということは、それなりに何か意味があるとは思うんだけど、今の所それもわかっていない。
ひとまず、行きと帰りで体調を極端に崩した、ということはなかったと思う。いつも真っ白な顔と肌色だから、断定はできないけど。
ただ、今日はいつもより疲れていそうだったかもしれない。帰りに、漢方系の栄養剤を差し入れしてあげた。
迷宮前のお店で売ってるやつで、たまーに一般市場にも流れてるから、極端な刺激物でもないはずだ。
そういえば、お店の前で、小さな双子を見かけた。あんなに小さいのに、迷宮に潜る探索者らしい。
口喧嘩でお互いに何か言い合っていたみたいだけど、そういう見た目相応の所とは裏腹に、何となくその雰囲気は魔術師寄りだった。
……あの歳から何故、迷宮に魔術師が潜っているのか。何となく、浮かぶものはあるけど。人様のことには首を突っ込んではいけない、そういうものだ。
「ああ、来たのか、マスター」
「……なんだ、その格好」
「知らないのか、釣りだ」
「いや、それは分かる」
「……正直、今回の事は、俺も堪えた。だが、サーヴァントは、成長しない。 変わるとしたら精神面だ。グリフレットの、ようにな。俺が、変わろうとしているのが、不愉快なら、止めるが」
「いや、別に良い」
「そうか」
「バーサーカー。 アタシ、魔術を習い始めた」「誰にだ?」
「枢木楡、アーチャーのマスターだ」
「……信用出来るのか?」
「大丈夫だ、多分。アイツは、なんて言うか、凄く義理堅い、それに…多分似てるんだ、アイツとアタシは」
「分かった。俺も信じよう、君の感覚を」
「……バーサーカー。アタシは強くなる、絶対にだ」
「俺は、君の騎士だ。 契約の続く限り、何処までも、着いていく」
「バーサーカー、その、ありがとな」
「…………カッパを持っていく。今日は雨になりそうだ」
「テメェ!」
魔力負荷と超過駆動に限界だと叫ぶように体が軋む、分かっている。限界が近い。
敵は如何なる理由かマスターなしで現界を続ける亡霊の王ワイルドハントと化したセイバーとその配下である19騎、そして…
思考の合間を縫って、敵の一騎が側面に回りこんでいた。
まだ辛うじて反応できる。大振りの剣撃をシールドバッシュで弾き返す。
決定的な隙にガラティーンで胸を突き刺し、魔力を注ぐ。敵は黒炎によって灰も残らず燃え尽きる。その筈だった。
だが、敵を焼き尽くす程の火力が出ない。まるでルーカンがシチューを煮ている時の弱火だ。
剣を無理矢理上に持ち上げ、頭を真っ二つにして引き抜く。これで3…4騎目だったか。
「バーサーカー!」
俺を援護しようと、『マレフィキウム』が魔術を行使しようとするが、疲労からか足が縺れている。
無理はない。既に1時間は第二形態を維持し続けているのだ。
瞬間、何かが『マレフィキウム』を狙って飛来した。
盾で受けるのが間に合わない。射線に割り込み鎧で受ける。
肩を貫通し、血が鎧を赤く染める。
奴は俺に確実に当てる為に、わざとマスターを狙った。
懐かしくも忌まわしきこの矢は忘れられる筈がない
奴はこの弓矢の技巧を持って数いる騎士の中で第二の騎士と称えられた。
セイバーの軍勢、最後の20騎目、アーチャー…トリストラムだ。
意思なきその瞳はまるで人形のようで、イヤでも奴が敗北したのだと実感する。
気に入らない。騎士を捨てただと?ワイルドハントだと?
ただ、負けたのなら良い。だが、その醜態はなんだ?捨てた筈の騎士鎧を身に付け、主でもない奴に従い生者を襲う。
これが、あのトリスタンの姿か!
叫び、吠えたてそうになる口を閉じ、歯を食い縛る。血の昇った頭を振り、冷静さを保とうと深呼吸。
「マスター、ここまでだ」
バックステップで後背へと退き、『マレフィキウム』の姿を敵から隠すように盾を構える。
「…ふざけんな! アタシはまだ、まだやれる!」
無理だ、肩で息をして、呼吸が整わない。
「君の目的が、果たせ、なくなるぞ」
「クソ!クソ!クソ!退く!退くぞバーサーカー!」
マレフィキウムの拳から血が滲む。
叱責なら後で幾らでも受けよう、罵倒もされよう。例え、君がそれを望んでいないとしても、それでも…私は、君に生きて欲しいと願う。
「────幼稚で惨めで浅ましい!みっともない、みっともない、本当みっともなぁぁぁぁぁぁぁぁあああい!クソ女よ! ばぁぁぁか!このっ、ばぁぁぁぁぁぁああああか!!」
「……なんだ、今のは?」
一方的な強襲からトリストラムを押しきれず一進一退の攻防を繰り広げていたラモラックが聞いたのは、感情を剥き出しにした子供の悪口以下の何かだった。
「お前の、マスターか、アーチャー」
「……さぁ、知りませんね」
ラモラックの問いにそ知らぬ顔で矢を放つトリストラム。
攻撃の圧が強まった辺り、トリストラムのマスターの声で間違いないらしい。
時間差で飛来する矢を盾と槍で打ち払う。
(マスター、なにがあった、マスター?)
『マレフィキウム』は念話にも答えようとしない。
「この勝負、預けるぞ、アーチャー」
「逃がすとでも?」
マスターの異様な様子に背を向けたラモラックに追撃を掛けるトリストラム。
「預けると、言った」
左手で引き抜いたガラティーンを振るう。ガラティーンの異持、黒点である由縁。磁気操作で操られた周囲の鉄骨や金属片がトリストラムに絡まるように拘束し、檻のように折り重なる。
トリストラムであれば短期間であの檻から抜け出すだろう。
確信じみた思いを胸にマスターの元へと跳躍した。
「はぁ、はぁ…どうよ!目にもの見せてやったわ!」
マスターの元に駆け付けたラモラックが見たのは肩で息をして勝ち誇るアーチャーのマスター。
そして仮面を剥がされ、踞りうめき声を上げる『マレフィキウム』…いや楊小路水貴の姿だった。
「あっ……ぐっ! ア、アタシは、アタシは……!」
思わず愕然として立ち尽くす。
マスターは『マレフィキウム』は、……これは、ダメだ。少なくとも暫くは立ち直れまい。
見たところマスターに外傷はない。
『マレフィキウム』は強い。少なくとも弱い箇所を人に見せるような事はしないと知っている。
そのマスターに口だけでこれほどの精神ダメージを与えるとは……
例え口の上手さだけで巨人王を殺したと嘯き、実行して見せたサー・ケイですら、ここまで見事に相手の心は折れないだろう。
どうやら、アーチャーのマスターは傑物、女傑であるらしい。
「マスター、ここは、退こう。立てるか?」
「……ぁぁ」
ラモラックの声に『マレフィキウム』は力なく頷く。
「アーチャーの、マスター」
『マレフィキウム』を背負いながら楡へと話掛けるラモラック。
「なによ!」
気の強い女だ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。
ヒスを起こしたモルガンを思い出す、ああいうのは触るだけこっちが損だ。
「名を、聞かせてもらいたい」
「枢木楡よ、なんか文句あるの!?」
「いや、ない。 ……ただ、大した魔術師だと、感心するよ、レディ枢木。その口の悪さもな」
「へ?レ、レディ!?なにそれ!」
楡の困惑を余所にラモラックは跳躍し、夜の闇の中へと飛び去っていく。
「……泣くな、マスター。今は休め」
「……泣ぃて◯△□」
どうもマスターは相当重症なようだった
「……全く、悪逆の騎士など慣れぬ事をするものではないな。よりによってあのトリスタンとは相討ちとは」
「いえ、貴方に相応しい在り方と末路よ」
「抜かせ、アーチャー。なら貴様の最後も俺と同じくらい無様だったことになる」
「ええ、その通りよ」
「ふん、貴様とは本当に反りがあわんが、奇しくもお互いサーヴァントとしてマスターには恵まれたようだ」
「冗談、あんな女二度とごめんよ」
「そうか。俺は彼女にならもう一度呼ばれても良い」
「あの陰険性悪女は貴方にお似合いでしょうね。不貞を暴く盃など探し出して送りつける男には」
「チッ、しつこい奴だ……いや、今のは忘れてくれ。あれは、完全に俺が悪かった」
「随分素直ね」
「最後だからな。……次に会った時は俺が勝つ、首を洗って待っておけ」
「……最後まで共にいることが出来ずにすまない。先に逝くぞ我が主『マレフィキウム』」
「最後までバカな男ですね。 まぁそれは私もか。……精々最後までみっともなく足掻いて、生き残って見せなさいマスター、枢木楡」
「再会祝いに、盃でも、贈ろうか? ああ、貴様の、マスターに、不貞がバレるのはマズいかな!ハハハハハッ!」
下卑た笑いを浮かべる黒炎の騎士にトリストラムは眉一つ動かさない。
ただ、一本の矢を持って返答とした。
黒炎の騎士は盾を持ってそれを防ぐ。
「…安い挑発ですね。そんな挑発、言葉遣い…する方の品が知れると言うもの。 どこの馬の骨とも知れぬ三流騎士の言葉など聞く耳はありません」
続いて、一本、二本、三本。言葉を続けながらも矢を放ち続ける。
まるで汚物を見るかのようなトリストラムの目線は黒炎の騎士を矢の如く居抜いた。
「クククク……フハハハッ!!アハハハッ!…ああ、間違い、ない!貴様は、容姿こそ、性別こそ、違えど、間違いなく、あの嘆きの子、円卓第二の騎士と、謳われた、あのトリスタン、だ!」
黒炎の騎士は放たれた矢を今度はランスによって切り払うと狂乱したように笑い、天を仰ぐ。
「その名も、剣も、鎧も捨てた。今の私は狩人トリストラム」
「いいや、捨てきれぬさ。名とは生まれた瞬間に刻まれる祝福であり、呪いだ」
黒炎の騎士は頭部の炎を解除し、その兜を露にした。
これを見れば自分が誰かは分かるだろう?とでも言わんばかりに。
「ビンゴ、だな」
とあるビルの屋上、双眼鏡で教会から出てくる二組を見ながらラモラックは呟いた。
「もう一組釣れるのは予想外だけどな、僥倖って奴か」
マスター、マレフィキウムは上機嫌そうにその様子を強化された視力で見ている。
随分上機嫌だな、等とは言わない。ここ数日でラモラックはマレフィキウムとの付き合い方を分かってきていた。
恐らく次は……
「早速潰しに行くぞ」
「どちらからだ?」
予想通りだ。とは言え、彼女は無謀ではない分断してどちらかから潰す筈だ。
無謀ではないか?などと言ったら蹴られるかゴミを見るような目で見られただろう。
顔面蹴られたり魔術を使ってこない分可愛いものだが。
「おい、なんだその生温かい視線は。取り敢えず男と騎士っぽい方からだ」
「理由は?」
結局脛を蹴られた。脛当てに足が当たった金属音が小さく響く。
「勘」
ふむ、と頷く。魔術において勘という物は案外バカに出来ない。ならここはマスターの勘に任せよう。
「では、マスターは、もう一組を?」
「ああ、あの女の面が気に入らない」
その答えに好きにすればいいさ、とでも言わんばかりに肩を竦める。
今度は金槌で兜を叩かれた。流石に頭が揺れ、少し大きな金属音が響く。
音が出ないように金槌にタオルを巻いていたようだ。
この程度可愛いものだ、という言葉は訂正しよう『マレフィキウム』の名に相応しい。
「1分半だ、プラマイアルファはアンタの勘に任せる。コテコテ同盟が連携を組むならそれ位が妥当なタイムだろ? んだから、1分半でキッチリ殺す。魔力回すぞ …ブッ潰せ!!バーサーカー!!」
マスターの表情、と言っても見えないが。その気配が変わった、遊びは終わりだ。
「承知した。……離れてくれマスター」
魔力を全身に回すと黒炎が全身を包む。
手摺に足を掛け、そこを踏み抜くように跳躍。
今日は月が随分と明るい。
月光を遮るように宙返りして、逆立ちのような姿勢になるとターゲットの二組を視界に入れる。
見覚えがあるような気もするが、直接見れば分かるだろう。
黒炎を噴出させ、加速。二組の間に向けて槍を投げる。
さぁ、決闘と行こうじゃないか。ルールは『マレフィキウム』流だがな。
「何やってんだ、オマエ」
土夏海浜公園、ペスト医師のような仮面を付けた少女は目の前の男に問い掛けた。男は手に持ったパンをちぎり鳩に与えている。
「日光浴、と言う、奴だが」
手持ちのパンがなくなり、鳩がパンを食い終えた事を確認するとラモラックはパン!と手を叩いた。驚いた鳩は一斉に飛び上がり、人目は鳩に集中する。
「マジで言ってんのか?頭湧いてんのか?」
少女、『マレフィキウム』は顔こそみえないが、ラモラックを正気と思えないとでも言わんばかりの態度を見せる。
「俺じゃ、ない、こいつだ」
ラモラックが指差したのはギターケース状の半透明のケースだった。
「そいつは……」
「俺の、正確に言えば、俺のでは、ないが、今は、俺の、武器だ」
マレフィキウムとラモラックは人目を気にしながら、言葉を選びながら話を続ける。
「『こいつ』は日に3時間は日を当てなきゃ真価を発揮できない」
「マジかよ、それ」
「言った奴が、ディナダンと言う、適当な、ホラ吹きで、有名な、奴だが、それを、しないで負けるより、ホラを、信じた方がマシだ」
「……そうかよ」
「……ああ、少なくとも、俺は負けるつもりはない」
え?ラモラックあの話マジで信じたの?
俺ガウェイン卿とすげぇ仲良くないしガラティーン持ったこともないのにそんなの分かるわけないじゃん
太陽の聖剣だし3時間3倍になれるから3時間位日に当てるのかもねって言っただけだよ俺は
あー…ごめんウソ。ノリでガウェイン卿はガラティーン3時間日干しするらしいぜ!!って言った気がするわ
「お兄さん、ちょっと良いですか?」
急に掛けられた声にラモラックの思考が中断される。
「……なにか?」
声の主は青年だった。
爪先から頭の先まで、値踏みするように視線を走らせる。
ヘッドフォンを首に掛け、パーカーとスキニージーンズによる活発的な印象を与える服装。
見掛けだけなら聖杯に与えられた知識と《TSUCHIKA》で購入した本を読んだ情報を総括して考えれば限り今時の若者、と言った所か。
高度に土夏を再現された《TSUCHIKA》では相手がNPCか人なのか、サーヴァントなのか判別をつけるのは難しい。
魔力は然程感じない。……両手は、手袋を付けていて見えない。
「いえ、数日前からここに座っているのを見掛けまして」
「ああ、近くの、ライブハウスで、夜に、ライブを、やらせて貰ってるんだ」
少なくとも敵意を向けている訳ではないようだ。
用意していたカバーストーリーを口にする。
NPC相手に何度も同じことを話していた。
「ライブですか?」
意外そうな顔を見せる青年。
「ああ、ベースを、やっていてね」
近くに置かれたケースを指差す。
無論、虚偽である。内部にはガラティーンが入っている。
「元々は、イギリスに住んでたんだが、日本の友人に、誘われて、此方に来たんだ」
ゆっくりと、相手に警戒されないように立ち上がった。
「土夏は良いところだ、ロンドンに比べて飯が安くて、旨いのが、最高だ」
歩きながら言葉を続ける。
サーヴァントではない。サーヴァント独特の戦慣れや修羅場慣れした雰囲気が彼にはないからだ。
NPCかマスターかこの場で確かめるか?
マスターであるか判別するのは難しくはない。
この場で襲い掛かり首の一つでも締め上げれば良い。
昼間は襲撃や戦闘が制限されている《TSUCHIKA》であれば、俺はその場で動きが止まるか停止する。
マスターであることが分かれば、昼間に活動していれば格好の獲物だ。
昼間の内に後を付けねぐらやアジトを探しだし22時になった時点で強襲をかけられるだろう。
(……まぁ、マスター抜きでやるにはリスクがありすぎるな)
NPCだった場合は犯罪者として通報され、昼間に動きづらくなり、他のマスターやサーヴァントに面が割れる可能性がある。
独断専行でやるべきではない。ラモラックはそう判断した。
「まだ、此方に来て、日が浅いもので、言葉が、たどたどしくて、聞きづらいだろう?」
青年に笑みを見せる。
「いえ、お上手ですよ!…僕はてっきり、ヤの字の人かと」
あはは、と青年は頬を掻きながらはにかむ。
「ふむ(ヤ? マフィアか) 昔から、服装には、無頓着でね、ライブの衣装は、友人が用意したもので、良いんだが」
「そうだ、良ければ、私に似合う、服を見繕って、くれないか」
「ええ、僕で良ければ!」
─────────────────────────
「と、言うわけで、その青年に、服装を選んで貰った」
仏頂面のまま経緯を語るラモラック。
はぁーっと大きなため息を吐くと、マレフィキウムは大きく深呼吸をする。
「………今すぐ着替えて来やがれ!」
怒鳴った。マレフィキウムは今までにない怒りを込めて自身のサーヴァントを怒鳴り付けたのだった。
「ラモラック、今から来れるか?」
土夏旧市街の路地裏でマレフィキウムは自身のサーヴァントであるラモラックへと召集を掛けていた。
聖杯戦争参加者に支給された携帯電話を土夏の都市伝説であるレッドコートを模した赤いコートのポケットへと仕舞う。
高度に再現された土夏の夏は暑い。
日陰でもコートの中が汗ばみ、蒸発した汗がマレフィキウム…楊小路水貴の華奢な体をじっとりと蒸しあげる。
気のせいか、背中にある令呪の部分が余計に暑く感じるのは不思議だ。
(人の事を待たせやがって…)
マレフィキウムのイラつきが頂点に達し掛けた頃、漸く八つ当たり先は現れた。
「待たせたな、マスター」
「遅ぇ……待てテメェ!いや、なんなのその格好は!?」
何時もの仏頂面と灰色のジャケットを想像していたマレフィキウムは思わず唖然とした。振り上げた拳の行き先すら分からなくなるほどに困惑する
一方ラモラックはマレフィキウムの反応に首を傾げた。
ラモラックは何時ものジャケットではなく明朝体で大きく魔女愛!と書かれたTシャツを着ていたのだ。
「……街中で、出会った青年に、勧められたのだが」
────────────────────────
数時間前、土夏新市街のとある公園。
「…………」
何時も通りラモラックは公園のベンチに座り鳩に餌をやっていた。
何時も通りと言っても召喚されて数日行っているに過ぎないことだが。
夜になれば悪逆無道を尽くすマスターに支える自分が昼間はこんな事をやってると知れば笑う者もいるだろう。
だが、これは矛盾ではない。とラモラックは思っている。
悪逆の限りを尽くす人間が家に帰れば優しい父親になる。というのは珍しくはないだろう。
人は誰しも複数の顔を持っている。太陽の騎士と呼ばれたガウェインが父の仇や母親の情夫を複数で暗殺した暗い一面を持っているように。
或いは、それは我がマスターたるマレフィキウムも同じ……下らん、俺はマスターに仕える剣。余計な思考は……
サールースで行われた槍試合の後、ラモラックは騎士王アーサーに呼ばれ、会話を交わしていた。
「良く戻ってくれました、ラモラック」
玉座へと腰掛けた騎士王は気のせいか口調が軽い。
姿を消した古馴染みの騎士が戻ってきた事に僅かに気が緩んでいるのか。
「…許可も得ず姿を消した件は申し訳ありません。此度は王が嘆かれていると風の噂で耳にしましたので」
膝を着けたラモラックは僅かに顔を上げ、気まずそうに言葉を発する。
正しく顔向けが出来ない、といった所か。
「嘆く?何故私が騎士たちの奮闘を見て嘆くのですか?」
騎士王の珍しく困惑した表情にラモラックの眉がピクリと動いた。
──────嗚呼、哀れで忠誠厚く愚かなラモラック。
──────あの優しいアルトリアが騎士達の奮闘を見て嘆く訳がないのに。
──────察しが悪い貴方でも分かるだろう?貴方は嵌められた。
脳裏に響く愛しくも、二度と聞きたくなかった声にラモラックは全てを悟った。
「王よ、褒美は要りません。 代わりに暇をいただきたい」
ラモラックは顔を上げ、騎士王を直視する。
彼が騎士になった直後と変わらず若い姿のまま、見慣れた筈の姿がやけに眩しく思えて、少し目を細める。
「……そうですか」
「御恩に報いられず、申し訳ありません」
少々の合間の後、騎士王はただ頷く。
騎士王の何時もより更に感情の乗っていない声にラモラックは頭を下げる事しか出来なかった。
──────アルトリアは、もう貴方が帰って来ないと分かっているようですね。
騎士王は去り行く者を引き留めない。自分の元にいることはその者に取って不幸だと言わんばかりに。
「いきなり帰ってきて暇とはどう言うことだ?」
騎士王の玉座を後にしたラモラックの前に現れたのはベディヴィエールとルーカンだった。
ベディヴィエールはラモラックに詰め寄るとその顔を見上げ、睨みつける。
「……ベディヴィエール、ルーカン。後は、頼む」
ラモラックはベディヴィエールを押し退けるとルーカンに軽く頭を下げ、その場を立ち去る。
「分かった、任せたまえ」
「姉さん、どう言うことだ?」
ルーカンはそれに頷き、ベディヴィエールは不服そうにラモラックの背を見た。
「無頼漢を気取っている癖に、最後の最後で確執や血の因果に囚われるとはね。『彼女』が生きていれば、そんなものはブッ壊せば良いって言い切る女性に出会えれば違ったのかね…」
「姉さん?」
大きく溜め息を付くとルーカンはラモラックとは逆方向に足早に去っていく。
困惑が隠せないベディヴィエールはラモラックの背を今一度見ると、ルーカンの後を追った。
キャメロットの城門前で鎧を纏い、槍と盾を持ったままでラモラックは祈る。
「母上。親父殿に続き、早逝する馬鹿息子を御許し下さい。パーシヴァル、お前は騎士になどなるな。……騎士ラモラックこれより、死地に参ります」
祈りを終えたラモラックは城門を押し開け、外へと足を踏み出す。
──────本当に馬鹿な人。全てを捨て去ってしまえば長生き出来たのに。
「それは君との愛さえも否定することになる」
脳内に流れ込んでくる声に一言返したラモラックは振り返りもせずにキャメロットを後にした。
「母上、産後の肥立ちは如何ですか?」
巡察の最中、実家であるペリノア王の居城に立ち寄ったラモラックは久方ぶりに顔を会わせようと母を訪ねていた。
アーサー王と王の即位を認めない11人の王との戦も一段落となり、ブリテン内戦の終息は間近に迫っている。
それは、卑王ヴォーディガーンとの決戦を意味していた。
こんな時期に末の弟が産まれたと聞いたラモラックは最期になるかも知れないと母に会い来たのだ。
「まぁ、ラモラック! ……どうして男の人は、騎士と言う生き物は戦に夢中になると家の事をすっかり忘れてしまうのかしら。 ねぇ、パーシヴァル?」
ラモラックの顔を見るなり母は大袈裟に驚いて見せると、腕に抱いた赤子の頬を軽く突いた。
パーシヴァルは眠いのか、母の指を小さい手で軽く握る。
「……パー(槍)とデュア(硬い鋼)。良い騎士になりそうですね」
母の軽い揶揄に気まずそうにその長身を縮ませて、ラモラックは何とか言葉を絞り出した。
「パース(貫く)とヴァル(谷)よ。全く女の子にしては随分物騒過ぎるわ」
うつらうつらと首を揺らすパーシヴァルを揺りかごへと乗せると、母はため息を付く。
「妹? ふむ、確かに。妹でしたか」
揺りかごを覗き込む、名前で思い込んでいたが、言われてみれば女の子かもしれない。
「貴方のそう言うところは本当に良くないわ、戦と領地経営以外に興味を持ちなさい」
体全体でラモラックを押し退けパーシヴァルから遠ざける母。
ちょっかいを出されて起こされたくないらしい。
「機会があれば、何か趣味を探すとし ます」
お小言が多くなってきた。と言わんばかりに顔を反らすラモラック。
その足は出口へと向いていた。
「もう行くのラモラック? 落ち着きがないこと。 あの人に宜しくね」
もう少しいたらどう?などと騎士の奥方は言わない。
名残を残す前にさっさと行きなさいとでも言わんばかりに母はラモラックを追い出し手を振っていた。
母上はパーシヴァルを騎士にはしたくないようだが、母上に似ても中々の騎士になるのではないか?
もし、嫁を探すならもう少し気性の控えめな女子が良いな。
口には出さずに様々な事を考えながらラモラックは部屋の扉をゆっくりと閉めた。
葉っぱを使うことで手を汚さない工夫にもなっているとはなんとも合理的だとセイバーは感心する。
そして、始めての柏餅を葉っぱごと頬張り、カシワの苦味と餅と餡の甘味の入り交じるその独特な風味を味わったあと、サクヤに疑問を投げかけた。
「サクヤは食べないのですか」
「うん。セイバーが食べていいよ。あと葉っぱは食べないものだよ」
サクヤは餡が嫌いだった。
小豆を潰した食感がなんとなく嫌だったし、喉が渇くことがとにかく苦手だった。
その後飲むお茶が美味しく思えるのは良かったが、和菓子ならばだいたいそうだったので、やっぱり好きになる事はなかった。
「好き嫌いは駄目ですよ」
「好き嫌いという個性がなければ人類はこれほど豊かに食文化を発展させる事など出来なかったと思うのだがね。はいお茶」
「どうも。お茶と合って美味しいです」
本当に幸せそうな愛くるしい笑顔を見せるセイバーを見て、サクヤはやっぱり考え直して、ひとつ食べてみることにした。
思ってた通りの味だったが、なんだか今日は美味しく感じられた。
なぜだろうと疑問に思い、すぐに目の前の少女がその答えだと気づいて、サクヤはもう一口頬張った。
そういえば、柏餅で一つ思い出したことがあった。
「なんでセイバーは甘いものが好きなんだ?」
「む?」
リスのように両頬を柏餅で膨らましてこちらを向くセイバー。可愛いやつめ。
そして回答するためにもきゅもきゅと口内の柏餅を食していった。可愛いやつめ。
「はいお茶」
「どうも。……ふう。なぜ私が甘いものが好きなのか、ですか」
セイバーは少し考えた後、何かを懐かしむように、そうですね、と語った。
「当世における甘いもの、特にデザートはある種『幸福の象徴』のようなものといった印象でした。
それも高貴な人のみの嗜好品ではなく、街の人々、特に年頃の女性が好んで食べるものだと。
現界したばかりの私は、人の心を理解するにあたって、まず形から倣おうと考えたのです。そして」
「そして食べてみて、心を奪われたと」
「はい。それはもう一目惚れでした。あむ」
一通り話し尽くし、柏餅を美味しそうに食べるセイバー。可愛いやつめと思いながら、自分も新しく柏餅を1つ頬張った。
>柏餅から葉っぱ剥がすのってなんだかエッチですよね
水無月サクヤに天啓が舞い降りた。
「セイバー、君は人の気持ちを理解するために甘いものを食べてみたとさっき言ったね」
「いいましたが……」
サクヤがこういう輝く目をしている時はまた変なことを思いついた時だ。セイバーは目を細め警戒する。
「いっそ甘いものの気持ちを理解してみるというのはどうだろう!? そう君は、これから僕の手で柏餅になるのだ!!」
「は?」
「つまりだね。柏餅を覆う葉っぱのように君の体を何かで覆う!そして、それを僕が剥がして中身を食べるのだよ!そして君は柏餅の気持ちを完全に理解する!このロジックはパーフェクトでチャレンジはドリームだ!」
何を突然言いだしたのかわからないというセイバーをサクヤはそのどこからくるのかわからない熱意で無理やり押し切り、ふたりの城へと連れ込んだ。
しばらくすると、セイバーはまさしく葉っぱが体に張り付いただけというような奇抜な格好にさせられていた。
「セイバー!今君はだいぶ柏餅だよ!かなり柏餅だ!」
これは褒め言葉なのだろうか? 自分は一体何をしているのだろうかとセイバーは悩んだ。
20XX/○○/○○ 樽の人
センセイがまた変なことをしていた。樽の中に入った少年と会った、と話したら、その次の日にはその人のところに行っていた。リコさんの絵をもう一度見に行った時に、たまたま見かけた。
どうも、センセイはその人と口論……というより、議論をしているようだった。ソクラテスがどうの、って言ってたっけ。
ソクラテスがどんな人か、くらいなら少しは知ってるけど、それが話題になるということは、ギリシャ系の人なのだろうか。
終始少年らしいその人はそっけない態度をしていたけど、議論を中断する様子はなく、私が絵を見て帰るまでの10分か15分くらいの間、延々と話をし続けていた。
センセイがあんなに話し込むんだから、きっと学問とかで有名な人なんだろう。そういうところが、センセイにはある。
私は……あまり勉強が得意と胸を張って言えるわけでもないし、口が回るというわけでもない。だから、あんな風に延々議論をするのは、ちょっとゴメンかな。
P.S.後で都市情報網を見てたら、ずっと議論してる変な人がいるってセンセイ達の写真がSNSにあがってた。どれだけ話してたんだろう……。
追伸。後から調べたら、あの女の人が描いた絵は、エスクローと呼ばれる集団の作品の一つだということがわかった。
作品としては良かったと思うから、できればもう一度見たいけど……彼らの作品は、しばしば建物などの管理人に取り壊されてしまうので、あまり長く残らないのだとか。残念。
20XX/○○/○○ エスクロー
今日は……何だろう。犯罪といえば犯罪で、芸術といえば芸術。そんなものを見た。
私が遠出をしている間に、難波の方で落書き事件が多発していたらしい。
たまたま今日は、その落書きをしている場所の近くを通りかかったんだけど。何というか、とても……アーティスティックな格好の女性と出会った。
ストリートアート、というらしい。センセイが文化の一端として、苦笑と一緒に紹介してくれた、街中の落書き。っぽい絵。
法律に照らすと、あれは明確な違反行為らしいけど、それに芸術的価値を見出す人もいると。今日会った人は、まさしくそういうタイプの人だったと思う。
リコと、その女性は名乗った。何でも、普段から、時間になっていた落書きのようなアートを描いているのだとか。
たまたまその現場を目撃してしまった一般市民としては、多分都市情報網で通報した方が良かったんだろうけど。私自身後ろ暗いものもあるし、他に見ている人も通報した様子がない。
そもそも、本当に絶対ダメだというなら、カレンシリーズは間違いなく行動を起こす前に止めている。少なくとも、都市にとって致命的なことではない、ということ。
それならいいか、と思って、彼女のアートを見ていたけど、本当に凄かった。スプレーだけであんな絵が描けるんだ! と、びっくりしっぱなしだった。私はあんまり絵は得意ではないから、なおさら。
最終的に書き上がったのは、都市戦争にも出ているナンバくんを、面白おかしくデフォルメしたもので、思わず笑ってしまった。皆も笑いながら、拍手を送っていた。
でも、そのすぐ後に警邏隊が来て、あっという間にその集まりも解散しちゃったんだけど。まだ絵を見てみたくなっていたから、ちょっと残念だった。
そういえば、後でもう一度同じ場所を通ってみたら、サーヴァントらしい少年が樽に収まって何故か寝ていた。あれはなんだったんだろうか。
ヤクザみてーな顔してんな…
東京聖杯戦争がほぼ全員揃ってるのにキャスターが完成せず、申し訳ないのでキャスターのイメージ画像を載せておきます
今週中に頑張って完成させるので何卒お待ち下さい
そういえばスレ復活してない?
T/ROでも鉄道奪還クエストみたいなの用意されてたな…
鉄道なら推理モノの舞台にも良い
レクイエム世界だとドローンがばら蒔かれててモザイク都市外だと無人の荒野が広がってるって設定だから結界を最小限にして点と点を繋ぐ線として使える大量輸送手段としての鉄道はかなり有効かもしれない
泥モザイク市限定だけどかなり初期からある設定だね
離れた都市を結ぶ移動手段の一つだって
新世界でも新幹線はあるんだ…