あぁ、もうじき降って来るな。
『フォルケンマイヤー君か!?そうか、君は生きていたのか……!?辛かったろう、本当に、辛かったろう……!!』
『ねぇ、カノンお兄ちゃん、デトレフ兄ちゃんは帰ってこないの?一緒に戦いに行ったんでしょ?』
『兄ちゃんが帰ってくるまで、わたし達どうしたらいいの?カノンお兄ちゃん……デトレフ兄ちゃん、いつ帰ってくるの?』
『―――何しに帰って来たんだい!あんた達ユーゲントがエリックを唆して!!早くうちの子を帰しなよ!!早く!』
『あんた、フォルケンマイヤー先生の……?すまん、本当にすまん。後少し、間に合わなかった……先生が倒れて……!!』
「親衛隊だ!これより車両の臨検を行う!!」
喧しい男の声に注意が引き戻された。
声の方向を見やると、黒い制服の男が数名。やたらと格好をつけた黒服と立ち姿、装飾は親衛隊のものと認識できた。
なんで、と頭を動かす必要は無さそうだ。要するにさっき下車した「ウォルフ博士」を追ってきたんだろう。
さて、どうしたものか。
「そこの少年。少し質問があるがいいか?」
男は真っ先に僕の方に―――いや当然だ。この車両は僕しか乗っていなかった―――話を投げかけてきた。
その間に残りの男たちは別の椅子の様子を調べている。
「……はい、質問は何でしょうか?」
「我々はある人物を捜している。捜索の協力を願い出たい」
「どんな人なんですか?」
「背は190ほど、その人物は仮装が趣味で顔は特定できない、ただ」
「―――何か、左の頬を隠していたはずだ。見ていないかね?」
仮装、まぁ仮想か。
当然心当たりはあった。さっき出会ったウォルフ博士の、肌の質感に感じた違和感。
恐らくは化粧か、映画で使う特殊メイクか?そういった類で左頬の―――恐らく負傷の跡を隠していると思えた。
そんな強面がSSに追われるなんて。思っていた通りあの博士結構訳ありらしい。
……さて、ここで彼の行く先を教えれば、多分この男たちは帰ってくれるだろう。普通は逃亡中の相手を追いかける方が優先だ。
ここでSSと顔を合わせていたくない理由があるかと言えば、むしろ合わせたくない理由しかない。
精神療養のため原隊を離れて、そのまま復帰せずに私用でベルリンに向かってるのだから。今更ながら公然と脱走中というわけだ。
というわけで、
「すみません、僕は何も……その人、本当にこの列車に乗ったのでしょうか?」
シラを切った。
何故か。あの如何にも逃亡慣れした博士を庇い立てたところで自分にも、この国にも利となるとは思えない。
ならば何故―――あ、逃げろって言われたんだっけ。その時だけ、博士は真剣な眼差しでそう言ってた。
まぁ、そういう事を言われるのは初めてか久しぶりかだろうから。ついつい逃げ損なってしまった。
「―――本当かね?」
男が空気を変えてこちらを睨みつける。疑わしいよね。当然だ。
「この車両、ずっと僕しか乗っていませんでしたよ?誰か乗って来たなら気付きます」
「では、あそこの窓はなんだ?」
男に示された窓を見る。正確にはサッシ。暫く誰も開けなかったのだろうサッシには埃が積もっていて、
それが、部分的に埃が落ちて金属の光沢を取り戻していた。
「……僕が開けました」
「理由は?」
「外を見ていました。もうじき、夕立が来るなって」
今度は男が僕の視線の先を確認する。空はどんよりと灰色が押し込められ、今にも雨が溢れ落ちそうな圧迫感を孕んでいる。