「どうして貴方は、常に怒っているのですか?」
そう問うて来るものがいた。以前メイソンの部隊に助けられていた小娘だ。
別に怒ってなどいないと返すと、その女は不思議そうな顔をして俺に二度問うた。
「ではどうして、貴方は笑顔を見せないのですか? 皆は笑っているのに不公平です」と。
馬鹿馬鹿しい。俺は忙しいとその場は立ち去ったが、今思えばあれは俺の深層を突いていたのかもしれない。
あの時の俺は常に、何かに乾いていた。何かに飢えていた。それはまるで水面を眺めながら沈む死骸のように。
ただぼんやりと天上に輝く日輪の光を、その目に焼き付けるように。ぼんやりとした飢えを感じ続けていた。
だが分からないものを思考した所で何になる────、と。俺は俺の思考に、合理性という名の蓋をした。
故にあの女は、俺が隠している俺という在り方への問いを察したのだろう。言うならば、俺は俺ではなかった。
詰まる所、思い返せば俺は死んでいたのかもしれない。いや、生きてさえいない木偶。それが俺であったのだろう。
故にこそ、俺は俺に『生まれざる者』という定義を与えた。これが俺だと、俺自身に対して定義した名前。
俺はまだ生まれていない。故に目的も無ければ信念もない。生まれざる命。骨子亡き在り方。それが俺だ。
だからこそだろう。俺は俺自身に飢えていた。乾いていた。どこまでも満たされぬ空虚なる堅牢の檻。
それが────それが俺という存在なのだと、騙し騙し生き続けてきた。あの日までは
「貴方は満たされていない」
そう真理を突き付けた詐欺師がいた。影絵のように嘲笑い、死のように冷酷な詐欺師がいた。
あの時、その誘惑の言葉をあの女の問いのように聞き流していれば、また違った答えがあったのだろう。
だが俺はあの時にその言葉を咀嚼した。その言葉を己のものとした。その解を、俺の答えと受け入れた。
俺は人類の未来を案じている? 違う
俺は人類同士の争いを憂いている? 違う
俺はメイソンの発展を重んじている? 違う
俺は自然環境の保護を訴えている? 違う
違う。違う。どれもこれもが違う。俺は彷徨い続けた。俺は疑い続けた。俺は歩き続けた。俺は求め続けた。
そしてようやく解を得た。いや、導かれたというべきか。今まで抱いたその全てが正しく、そして間違っていただけだった。
俺は、人類史を 英霊を 駆逐したい。 たったそれだけの単純明快なる解答。それが俺の本質だった。
それを知ったその瞬間は、俺という生まれざる者に与えられた、初めての生の悦びの刹那だった。
その悦びを追い続けた結果が、この末路か。
英霊共が俺の肉体を壊していく。人類共が俺のあり方を崩してゆく。
俺の否定した結束が、俺の積み上げた全てを奪っていく。
どうして、こうなった。明白だ。俺が間違ったからだ。俺は、歩むべき道を間違えた。
カール・クラフトめの嘲笑う声が聞こえる。俺はユダになる事もできない人でなしだと。
ああ、そうだ。俺は何処まで行っても空虚だった。骨子亡き者に生み出せるものなど、何もなかった。
俺の人生に意味はなく、俺の在り方に価値はなく────、俺の追い求めたものは、総てが空白に満ちていた。
これが、あの日"死"に己を売り渡した罰だというのだろう。ならば死よ、我が身を連れて冥獄に導くがいい。
この身は人類史を冒涜し、この身は現世の今を白紙化し、この身は未来を刈り取らんとした大罪人ゆえに。
ただ
一つだけ
もしもと叫べるのならば、
あの日、あの女に、俺が答えを出した可能性を、俺は見たい
「どうして貴方は、常に怒っているのですか?」
「………………。考えた事もなかったな」
「俺は────」