どれだけ時間が経っただろうか。
いつの間にか、遠くで戦うサーヴァント達の気配も感じなくなっていた。
「―――いらないよ」
「何も、涙一粒だって……」
暖かい感触に、びくりと身を震わせる。
ヴィルマの前で屈み、顔を伏せた彼女の身体を、カノンは両腕で抱擁していた。
同時に、氷のように冷たくなった彼女の震える手を取り、熱を伝えるように握りしめる。
それが、カノンにとっての精一杯だったのかもしれない。
彼は神ではないし、何ら誰かに与えられる施しなどは無い。彼自身もまた、奪われる側、自由無き側の人間だったのだから。
何もしてやれない。目の前の深く傷ついた少女を救う術が分からない。―――それでも。
それでも、こうして傍に寄り添いたいと思う。この体温を分かち合いたいと願う。苦痛を和らげて欲しいと願う。
君は誰の道具でもない。何も奪われていい筈がない。君は生命なのだから。少なくとも、僕にとっては消してはならない生命なんだ。
だから、今はこうして傍にいさせて。君の分まで涙を流させて。
「―――――――――ぁ」
黒いコートの布地を掴んで握りしめる。
少女はそのまま、堰を切ったように泣き喚き続けた。身体の奥底に溜め込んだ膿を出しきるまで。
「大丈夫?」
「―――大丈夫。もう、結構よ」
落ち着いてきたヴィルマがそそくさと身を離す。
様子を伺えなかった表情は、今までのように生気が失せたものではなく、不貞腐れながらも何処か光を取り戻しているように見えた。
顔が赤いのは、直前まで大声で叫んでいたせいだろうか?様子を確認したカノンが、初めて安堵の表情を見せた。
そして、同時に周囲の状況が二人の知覚に入ってくる。先ほどまでの閃光は失せて、静寂が周りを包んでいた。
「バーサーカー……」
「決着、ついたみたいだね。大丈夫、セイバーはトドメを刺してない」
バーサーカーと自身を繋ぐ、胸の令呪はまだ消えていない。魔力を送るパスはまだ生きている。
激しい戦闘はあっただろうが、双方共にサーヴァントを失うことなく終わったようだ。
「そう、負けたのね。私」
「勝ち負けじゃないよ。―――さぁ、セイバー達のところに戻ろう」
いいや、負けだ。殺し合う意味ではないけれど。
改めて彼が手を差し伸べる。その姿を、柔らかくはにかむカノンの表情を見つめて、少し気恥ずかしくて顔を伏せた。
立ち上がって手を伸ばすと、彼が掴み取る。その暖かさが流れ込んで、少し高くなった自分の体温と混ざり合うように感じた。
ここで動いても、多くを失うことに変わりはない―――それでも、どうせ失くしてしまうならば、自棄になって歩き出しても良い。
今はそう思える。こうして、あなたの暖かな手に引かれていると。
暫くの間―――二人の下に到着して、セイバーの視線に気づくまで、繋いだ手を離すことが出来なかった。