kagemiya@なりきり

SSスレ / 99

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傍にいるだけ② 2020/09/06 (日) 19:20:14

「だから、僕は」
「あなたを殺さない。……殺したくないんだ。―――もういいんだよ。戦わなくたって」

なのに、目の前の少年は、
戦意も殺意も欠片もない、ただ真っ直ぐに真摯な眼差しをこちらに向けてくる。
いつの間にか銃を手放した右手が、こちらに向けて差し伸べられた。

その時、音を立てて、ヴィルマの中の何かが崩れ落ちた。
目を見開いて、左手で叩くようにカノンの手を払い除ける。

「―――もう嫌だ、もう嫌だ、嫌だ、いや、いやぁ……!」

思考の混沌が体外に溢れ出す。
呼吸が荒くなり、全身から汗が噴き出す。手にしていた拳銃を取り落として、両手で髪をグシャグシャに乱す。
直立も出来ず、膝から崩れ落ちてその場にへたり込む。くの字に身体を折り曲げ、突っ伏した彼女の表情は、
冷酷な薄い表皮も、亡霊のような空気もない、抑えきれない感情に醜く歪んでいた。

「何が聖杯、何が戦争、何がシュターネンスタウヴ、何がナチス……!何が、何が……!」
「寄ってたかって私を都合よく切り分けて、都合よく見た目だけ整えて、都合よく引き摺り回して……!」
「もうあげられるものなんて、私には残ってないわよ!」

上体を起こして、揺れる瞳孔がカノンを睨みつける。
ゼノンだけじゃない。アーネンエルベの高官共も、死んでいった家族も、誰も彼もが自分を利用してきた。
全て他人の都合だ。自分の意志など介在する余地もない。地べたに転がる塵を飾り付けて、最後には捨てていく。
は、は。と、吐き出した息が震えて嗤う。

「―――笑えるでしょう?私には処女すら残ってないの」
「この手も目も口も、腹の中までどろどろに汚れているの。兄だけじゃない、何人もの男の手で……!」

その言葉を口にするだけで、ぞっとする悪寒が全身を貫く。口を動かし続けなければ汚物を吐き出しそうになる。
なんの価値もない肉ならどれだけ楽だっただろうか。だけど、彼らはそんな肉にすら値打ちを付けて弄んだ。
真っ白なシーツを赤く汚して、もう汚れているのなら構わないとばかりに、黒く染まるまで使い潰された。
両腕で身体を抱え、無意識に右手は下腹部を握り潰すように、あるいは隠すようにして震えた。

「大事なものさえとっくに奪われてるのに、みんなまだ私から使えそうなものを見つけ出しては勝手に奪っていく……!」
「なのに、あなたは何なの!?笑わせないでよ、今更そんな薄っぺらい言葉なんて……!……う…う……」

今更、そんなものが響くはずもない。
どんな綺麗事を並べ立てても、この身に染み付いた汚れは洗い落せない。何も変わるものなんてない。
既に終わってしまったのだから。地の底で倒れているだけの私は、立ち上がる脚を与えられなかったのだから。

なのに、
信じられない。今更、もう手遅れなのに。
どうして、今になって泣いているの。

「……助けて……」

最後の言葉が、掠れるように零れた。

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