kagemiya@なりきり

第五次土夏聖杯戦争SSスレ / 61

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Certain rainy day/Rumor Case 1:The "Red Coat" 1/2 2020/08/10 (月) 01:46:46

Certain rainy day/Rumor Case 1:The "Red Coat"

 「日常」という言葉はどうしても「何事もない日々」って印象を与えるけれど。
 でも、日々の暮らしの中で本当の意味で何も起こらない日というものはなかなかないわけで。
 これもまた、ボクの日常の中で起こった、たいしたことのない出来事、その一つの記憶というわけだ。
 それはつまり、あのころはまだ他愛のない話のタネでしかなかったということ。
 それがこの後、実感を持って迫ってくることになるだなんて、そんなのボクらに想像できるはずがなかったんだ。
 

 高校二年生の夏休みを少し先に控えた、六月のある日のこと。
 しとどに降る梅雨の霧雨のコーラスの中、ボクこと松山茉莉、親友の竹内太桜、そして同じく親友の梅村海深は学園の図書館にいた。
 入り口から一番遠い、四人掛けの座席。すなわちボクらが確保しているテーブルいっぱいに散らかっているのは、数学や古文などの教科書たちだ。デザインもカラーリングもまるでバラバラなそれは、けれどもどこかお堅い画一的な雰囲気を醸し出している。教育のために作られた書籍たちは、そんな「書籍」としても模範生たるように生み出されているのかな、なんて思うことがたびたびあった。
 四月に無事火蜥蜴学園二年生に進学し、五月の体育大会を終えたボクたちが直面する次なる行事は、言うまでもなく定期テストである。なにせ、二年生初めての試験だ。何事においてもスタートダッシュにおいて成功しておくことは後に繋がる。特に今年はおそらく「デキる」と思えるクラスメイトが二人も目星がついている以上、事前準備を万全に済ませておくに越したことはない。そういった理由もあって早めに準備を始めることにしたのである。
 火蜥蜴学園の図書館は全体的に木目調の作りで、床や壁に止まらず読書用のテーブルもまた木製だ。教室や老化の無機質なリノリウムと比べるとどこか暖かみのあるこの部屋には、梅雨の季節特有のしっとりとした雰囲気が落ちている。
 定期テストまでの間に何か大きな行事の予定は差し挟まれてはいないとはいえ、試験まではまだ1ヶ月以上の時間を残している。そのためか、今の図書室の机の埋まり具合はまだ三割程度といったところ。読書に訪れた生徒の数もやはりまばらで、高校の図書室という場所が日常的に混雑するような場所ではないことを差し引いても、やや閑散としている。心なしか雨の音がはっきりと聞こえていた。

 ころん、と太桜の手から鉛筆が落ちた。
 「……すまん松山。また分からん問題が見つかった」
 太桜が数学の教科書を帽子のように頭に乗せながら泣きついてきた。放課後は勉強をすべきだ、と彼女がボクたちを誘ってきてからまだせいぜい一時間程度。その間に既に質問には七回も答えていた。
 「二次方程式なのだがな……どうにも因数分解ができんのだ」
 そう言われて彼女のノートを見下ろす。
 y=5x^2-7x+1。そりゃあ因数分解できるわけがない。それは解の公式を使う奴だよ、と説明してやると、今度は太桜はノートにy=ax^2+bx+c……と書き始めた。
 「ストップストップ! もしかして太桜、解の公式覚えてないの!?」
 驚くボクに、太桜は当然だろう、といった面持ちで返す。
 「しかし、数学の&ruby(みやこ){京}教諭はこの式は暗記ではなく毎度導出できるようにしておけ、と言っていたじゃないか。だからこそ自分も億劫と思いつつも毎度一から用意しているのだぞ」
 「いやいや! そんなの暗記でいいって! それ出来るようになってる必要ないから!」
 「だがしかし京教諭は……」
 「確かに導出できるようにしとくのは大切かもしれないけどさ、テストでいちいちやってたら間に合わないよ!?」
 「だが……」
 「いいから暗記しちゃって! 絶対その方が得だから!」
 「むぅ……松山がそこまで言うのなら……」
 しぶしぶといった様子で了承する太桜。しかしそのペンの運びは遅く、明らかに集中力やモチベーションが落ちているのが見て取れる。
 ではこちらは、と海深の方に目を向けると、こちらは完全にお遊びモードに入っていた。 海深の国語のノートの半ページで、やけにリアルなライオンが二頭、仲睦まじそうにじゃれ合っている。両方とも鬣が着いているのが気になるところだが、とにかく完全に集中力が切れてしまっているのは間違いない。少し早い気もするが、一息休憩を入れた方が良さそうだ。
 「なんか、ちょっとボク喉渇いちゃったな。海深たちはいい?」
 「あっ、海深も飲みたいかも。太桜ちゃんも来るよね?」
 海深のその台詞を聞いて、太桜も心底助かったというふうにかじり付いていたノートから顔を上げた。
 「あ、ああ! そうだな! 自分も行こう!」
 彼女のそんな大声に、貸し出しカウンターの図書委員が軽く顔を歪めていた。

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