kagemiya@なりきり

SSスレ / 90

261 コメント
views
0 フォロー
90

その後数分ほど、現在地が分からない地下壕の構造に四苦八苦していると
「ねぇ」
「どうして、私を助けたの?」
唐突なヴィルマさんの質問に、一瞬脚が止まった。
……ランサーの攻撃に巻き込まれて落ちたのは、僕じゃなくてヴィルマさんの方だった。
槍の一撃が地割れになって、彼女の体が飲み込まれた。何が起こったのかわからないままの表情を確かに覚えている。
その時、咄嗟に駆け出して、ヴィルマさんに向かって手を伸ばして、そこで意識が途切れた。
そう、確かに助けようとしていた―――ほんの少し前に銃口を向けた彼女。シズカさんと敵対するアーネンエルベのマスターを。
「……前にも」
「前にも、あなたみたいな人がいました」
歩行を再開して、返答する。
「戦場で、砲撃に巻き込まれて。土に埋まって死んだ。その時僕は手を伸ばせなくて―――理由といったら、それぐらいしか」
たった、それだけの事だ。
あの時目の前で消えていった命を思い出して、今度は手を伸ばした。安っぽい英雄願望だか代償行為だかと笑われそうなものだが、
それが事実であるなら仕方がない。だけど、
「戦場?あなたが?」
思いのほか、意外そうな顔をされた。
「珍しい話ではないです。ユーゲントで教育を受けて、軍に志願して選抜されて……?街の宣伝、見たことありませんか?」
「そうね、あまり見た記憶はないわ―――これまでずっと、屋敷の外には出ていなかったから」
これはヴィルマさんの方が珍しい話かもしれない。男子ならユーゲントは10歳から入ることを義務付ける法律があるし、
宣伝でも度々取り上げられてきた。それを知らないというのは相当な籠りぶりだ。
「屋敷に、って……そんなに長い間いたんですか?一体どうして?」
今度は、彼女の脚が止まった。
「……どうしましたか?」
「―――いいえ、何でもないわ。ただ、私はずっとあの屋敷に転がされていたの、塵のように」
その言葉が、胸に刺さるような冷たさを孕んでいた。
「私の才能は致命的なほどに悪かった。誰にも期待されなかっただけ、期待されるだけの価値が無かっただけ」
「スペアよりも下の、何も価値の無い生きてるだけの肉。それがいきなり繰り上げられて、やるべきことを押し付けられてるのよ」
そのまま淡々と、「塵」の詳細を語り続けてくる。何よりも才ある血筋を求める世界で、それこそ欠いて生まれ落ちた者の末路を。
咄嗟に、彼女の方を見る。魔術の光が照らす彼女の眼が、泥で塗りつぶしたように濁って見えた。
「……それで、この聖杯戦争に参加したんですか?」
「えぇ。私に拒否権はない、刻印も財産も機関に管理されていて、一人だけ残った私の生殺与奪を握っている」
「戦ってどこかのマスターに殺されるか、役立たずとして機関に始末されるか。―――何もかも、連中の掌の上ってことね」
―――この人、そんな理由で戦って、戦わされて、いるのか。
どう考えたって向いているはずが無い。こんな、敵の前で灯りを出してしまうような人が、無理やりこの「戦争」に立たされてる。
「―――それは」
それが、
「それは間違ってると思います」
「誰かの言いなりになって戦っても、それを命じた相手は何も報いることはない。何も得られはしないんです」
無性に腹が立った。
分かってる、理解してるつもりだ。彼女は拒否権が無かったんだ。どこかの志願して地獄に墜ちた馬鹿とは事情が違う。
だけど、なのに、どうして。何故彼女の今を否定したくなる。戦うことを否定したくなる。
まるで自分が言われたように、彼女の無為を否定したくなるんだろう。
「……そうね。馬鹿みたいね。私」
ぽつりと独り言ちる。それっきり、静寂が舞い戻った。
「―――だけど、あなたは戦っている」
「私からも聞かせて。あなたは何のために戦っているの?」

通報 ...