冷たい。
右の頬に感じる土の温度が、徐々に意識を覚醒させる。薄らと開いた眼は光を感じず、そこは夜の中にあるようだった。
いいや、夜じゃない。この淀んだ空気には覚えがある。
「(防空壕、の中かな……)」
空襲時に避難するためのそれは、地上地下問わずベルリン市街にも当然あちこちに設置してある。
少しずつ記憶を辿っていく―――そうだ。僕はランサーの攻撃に巻き込まれて、大穴の空いた地面に落ちた。
その先が地下に作られた防空壕だったらしい。下水道だったら今頃溺死していただろうか。そう思いながら手足に力を―――
「(……重い)」
何か体の上に重量物がある。それほど重くはない、瓦礫や土砂の類ではないようだ。僅かに弾力と、暖かさを感じる。
生きてる人間か。ちょうどうつ伏せの僕の背中で尻餅をついて倒れ込んだ形になってるみたいだった。
右肩の辺りに意識を向けると、ちゃんと人の手や髪が纏わりついているのを感じる。さて、それじゃあ。
当然このまま下敷きになる必要はない。左半身に再度力を入れて、寝返りを打つように上の人間を振り落とした。
地面に転がる音。どうやらそれで向こうも目が覚めたらしい、同時に起き上がり、やはり灯ひとつないことに気付いたようだ。
屋根が崩れてるのだから当然電灯は破壊されてるし、開口部から見える空は曇りの夜で星光は期待できそうにない。
……ついでに、持ってきたランタンもダメなようだ。外装が歪んでガラスが割れたそれを遠くに放り投げる。
すると、いきなりぼんやりとした光が点いた。ランタンが炎上したのではない。これは人工の灯りでは―――
「……あ」
「………」
光の主。バーサーカーのマスターの人が、今更気づいたといった風に声を上げた。
どうやら魔術で光を放ったらしい。―――僕が近くにいることに、警戒は無かったのだろうか?
「……何を見ているの」
「………灯りを出せるんですね。それで出口を探せるかもしれません」
周囲の状況を確認する。マスターの人が出した灯りは光量十分で、さっきまでの暗闇がうっすらとだが視認できるようになった。
崩落したこの地下防空壕から直接出ることは難しそうだ。崩落に巻き込まれて直近の出口は土砂に埋まっている。
だけど、規模自体はかなり大きい。横道を辿っていけば脱出は不可能ではないだろう。
とにかく急がないと。地上からは、今もランサーの暴れる様子が振動で伝わってくる。
「待って。協力するなんて一言も言って……っ」
立ち上がろうとしたマスターの人が、再び膝をつく。何か、片脚に力が入らないようだ。落下したときに挫いたのかもしれない。
その場に座り込む彼女の傍に戻って、患部の様子を確認する。
「! ちょっと、何して……」
びっくりされても仕方ないけど、今は無視。そこまで酷くはないから、負荷が増さないよう包帯で固定しておけば問題ないか。
この間SSの人に刺された傷に巻いてたものだけど、そこまで血も付いてないし、言わなければ気付かれないだろう。多分。
間に合わせの処置を終えて、そのままマスターの人の腕を自分の肩に回した。
「肩、貸します。ここを出るまで一旦協力しましょう、ヴィルマ……さん」
「名前、名乗った覚えは無いけど」
「さっきランサーのマスターの人……でいいのかな。その人が大声で叫んでいましたから」
「あぁ、そう。気づかなかったわ」
「僕はカノン。カノン・フォルケンマイヤーといいます。よろしく」
「……聞いた覚えも無いけど」
バーサーカーのマスターの人、改め、一時休戦となったヴィルマさんがこちらに体重を預けて立ち、痛めた方の脚の膝を曲げる。
そのまま片脚で歩行する彼女に合わせた速度で、ゆっくりと防空壕の中を捜索することとなった。