老女に手を引かれて、山を降りた私は老女の家に招かれた。 老女は土埃や泥にまみれた私を憐れに思ったのか、暖かいお風呂を用意して入るように言ってくれたのでその厚意に甘えさせてもらった 何でもあの山は老女のもので時折山菜等を取りに行っているらしい。 記憶がないとは言え、無断で山に入った事を謝ると老女は笑って許してくれた。 老女の娘が昔使っていたものだと言う部屋着を借り、着替えた私を老女は居間に呼ぶとお茶とお菓子を用意してくれていた座るように促される。 私は素直にそれに従い、私の事情を話してみる事にした。
「……という訳で、私は私が誰なのか、何故彼処にいたかも分からないのです」 「記憶喪失、そりゃ大変ね」 私の言葉に老女は目を丸くして驚くと、落ち着く為か、湯飲みに入ったお茶を口にした。 私もそれに倣いお茶を飲み、菓子に手を付ける。 甘く、暖かい。体に疲れこそないが、これからどうすればいいか戸惑っていた心に活力が戻った気がした。 「貴女名前も覚えちょらんの? 何か思い出しぇることはなえ?」 老女は私の目を見つめながら問いかける。 「頭の片隅にアイ…と言う言葉を覚えているです」 アイ。集中して頭の中を探った時にふと思い浮かんだ言葉だ。 果たして私の名前に関係があるだろうか。
「アイ…そう、ならアイコって呼ぶわね」 一先ず仮の名前はアイコになった。 自分が何者かは分からないが、少なくとも名無しではなくアイコという名がある。 それだけで少し気力が沸いてくる 老女によるとこう言うのを言霊というそうだ。
「ほんなら出雲に行くとええわ、あそこは人も多えし貴女の事を知ーしもおーかも知れん、お医者さんもおーだらーし」 少しの間考え込んでいた老女は、思いついたように声を上げる。
出雲と言う言葉にストレージに眠っている知識が解放される 出雲、県出雲市或いは世界改編に伴い出雲をベースとして再編されたモザイク都市、神の住まう都市出雲 場所が分かるとそれを切っ掛けに次々と知識が涌き出てくる。 しかし、同時に疑問に思う。これは本当に私が学んで得た知識を思い出しているのだろうか、まるで誰かに与えられた知識を都合に応じて解放しているような…… 胸の中の奇妙な感覚、感情を圧し殺す。 今は私が何者か、そちらの方が重要だ。 「今日はもう遅えけん泊まって、明日の朝出発すーとええわ」 私はすぐに出発しようと思ったのだが、老女の言葉に外を見ると確かに日が落ちかけていた。 またしても老女の世話になるのが申し訳なく、せめてもの恩返しとして家事を手伝うことにする。
夜が明けて、私は借りた布団を畳むと庭の掃除を行い、出立の準備を整えた。 元々私に荷物はない、老女に貰った古い旅行鞄の中にこれまた貰い物の幾つかの着替えがある程度だ、身は軽い。
「出雲に行ってどうにもならだったらここに戻ってきなぃ。年老いたおらでも貴女一人くらいならなんとかなーけん」
重ね重ねお世話になってしまったが、なんのお礼も出来ない。 せめて丁重に礼を言うと老女はにこやかな笑みを浮かべ、ここに帰ってきてもいいと温かい言葉ともに私を送り出してくれた。
感涙に胸が打ち震えるとはこう言う事をいうのだろうか。 老女の言えと別れの声を背にした私は出雲に向けて歩き出した。
神戸某所、新年初の電磁嵐が通り過ぎた跡。
「電磁嵐の中で新しい年を迎えた人って、わたし位だろうなぁ……」
ボロボロの恰好で装甲バイクを押し、とぼとぼと元は道路だった筈の道を、わたし……石上ツバメは独り歩く。 大晦日、急に入った主人の無茶振りを受けて調査に飛び出したは良いが結局は手掛かりらしい手掛かりは見付からない。 おまけに、うっかりミシマタワーに近付きすぎたせいで大小様々な無人兵器のお出迎え。 『殺し』ても『殺し』ても止まらない無人兵器ラッシュに枝を大量浪費し、「これはダメだ」と撤退したら、今度は電磁嵐が目の前に。 追いかけてくる大型の無人兵器を撒くために嵐の中へと強行突破したは良いが、なかなか止んでくれず見事に足止めを喰らい……そして、この様である。
―――― 新年早々いきなり厄日か。
疲れで重い足を止め、重い溜息を地面に落としてからバイクに寄りかって薄暗い空を見上げる。 磁気嵐で時計が壊れたせいで正確な時間は分からないけど、確実に日付は変わっている。 それもきっと、一時間や二時間程度じゃない。いくらわたしでも、それ位は流石に分かる。 今、神戸で動いているのはわたしや無人兵器達ぐらいで、みんなは眠っている時間帯だ。
「アルメアさんには悪い事しちゃったなぁ……」
貴重な友人との約束を自分の都合でキャンセルした事を思い返す。きっと、彼も今頃はぐっすりと眠っているだろう。 約束があるんだし、『せっかくなんだしこっちの風習に合わせて三日まで休みましょうよ』と言いたかったが、クリスマス休暇を取ってしまった手前そう言う訳にもいかない。 むしろ、その辺りの都合を考えておかなかった自分のミスだ。後で埋め合わせをしないと。
バイクに寄りかかり、空を見上げながら空転し始めた思考を打ち切ろうと首を振り……
ふと、空の向こう……東側を見る。空はまだ暗い?いや、少しだけ白み始めている気がする。 今さっき逃げ帰ったばかりの塔の向こう側。その空の色が微妙に変わっているのを感じ取って、わたしはバイクに寄りかかる姿勢を正す。 あのミシマタワー越しに見る朝日は、ちょっと風情……って言うのかな?ともかく、そう言うのがありそうな気がする。
「これ位の役得はあっても、別にいいよね」
身体を休めるついでに、ここで朝日を眺めてから戻ろう。そして戻ったらぐっすり寝て、それから……。
「天使ラーメン、やってるかなぁ」
開いていたら、近い内にやろうと思っていたレビヤタンに挑戦してみよう。 今なら、何だか食べきれる気がする。
────────梅田迷宮地下88階層 残響時間、トワイライトと名乗る魔術師の工房は年越しを迎える外界とは売って変わって静寂そのものだった。 聞こえるのは工房の主トワイライトが机に向かい羊皮紙に何かを書き込む為、ペンを走らせる音だけだ。 そんな中、僅かに手先がブレ、カチリと、僅かな振動で機材が動いた音に残響時間、トワイライトはふと顔を上げた。 「ああ…もう年末、どころか年が変わってるじゃない」 ふと机の片隅にあったデジタル時計を見るとその日付は1月1日を指し示していた。 やれやれと肩を竦めて、何かを書いていた手を休めると腕を上げ、伸びをする。 500年も生きてると時間感覚が狂ってくる、時間操作の魔術なんて使っていれば尚更だ。 元々トワイライト自身が新年に然程の重要性を見出だしていないという事もあるだろうが。 「まぁ、それでもハッピーニューイヤー…ってとこかしら?」 椅子から立ち、机を離れたトワイライトはどこからか赤ワインを取り出すとグラスに注いだ。 誰にでもなく一人呟くとグラスに口を付けゆっくりと中身を味わう。 「来年こそは「 」にたどり着きたいわねぇ……確か毎年言ってるけど」 ワインを飲み干したトワイライトはグラスを適当に投げ捨てると、新年のことなど頭から消し去り再び羊皮紙へと相対した。
いつかとは逆だな。なんて、ガフの頭の片隅にそんな言葉が浮かんだ。 年甲斐もなくはしゃぎにはしゃいで新年を迎えた酔っ払いこと花宴は数分前に糸が切れるように横になり寝息を立て始めた。今はガフの膝を枕にして離れようとしない彼女をどうしようかと頭を悩ませる最中だ。というか、自分の膝は硬くはないのだろうか。 アズは9時にはベッド入りしているし、アトリスも珍しく就寝中。昼から花宴のテンションにつきあわされていたのだからさもありなん、そんなアトリスを無理に起こしたくはなかった。 窓の外へと見上げる空に瞬く落ちてきそうな星星。穏やかな寝息の主を困ったように撫でる不眠者の彼は、今夜は星を眺めて夜を徹そうかと思案を巡らせ、撫でる指先が触れる髪、その一本一本を味わうかの如くゆるゆると優しく手を這わせていた。 こんな穏やかな夜は何十、いや、何百年ぶりだろうか。花宴の治療を受けてからというものガフの心は凪ぐことすら増えてきた。平静のまま在る、というのは存外心地よいものだ。一年前には思いつきもしなかっただろう価値観は、ガフに大きな戸惑いを与えながらも、少しづつ心身に収まってきている。もうしばしの時が経てば定着するかもしらない。 全て花宴のおかげだ。ガフはそう考えている。 それは決して無条件な信頼でも臣従でも心酔でもない。言葉にしづらいが、ただ、彼女のことをガフは信じる事ができた。例え花宴が嘘をついたことが見え透いているようなときでも、きっと自分は彼女の言葉の裏を信じて待つのかもしれないとガフはそんな気がしている。これは感謝なのか? 尊敬なのか? 夜を徹して考えても答えは出ない気がした。 その時、 「……………ぁ………」 花宴が何かを微かに言葉にした。小さすぎて聞こえない言葉。寝言だから意味すらないのかもしれない。だというのにガフの口の端が弧を描くのは、花宴の幸せそうな表情に釣られたからだろうか。 小さく微笑んでガフは大切なものを気遣うような手付きで花宴の頬を指でなぞる。 ────その感情が「愛おしい」と形容されることに気がつくまでは、あと、幾つの星を数える必要があるのか。答えはまだ誰も知らぬことである。
遠くから鐘の声が聞こえる。神戸にも新年を祝う風情はまだ残っていたらしい。しかしクロニクは、いや、紋章院だけは年明けの浮かれ気分の外で白けたような顔をする。復興派に他愛のない喜びを祝う余裕など存在しない。一刻も早く次の依頼を達成しなければ。…………そう思っていたのに。 「なぜ……! 私が……! こんなことを……!」 新年早々に金時芋をひたすらマッシュしていたクロニクがいた。次から次へとボゥルに足されていく芋はまるで悪い夢でも見ているかのようだ。 その隣でマッシュした芋に果汁と切った栗を混ぜていたアンリエッタが眠そうな目をクロニクに向ける。 「仕方ないじゃん。おせち料理が完成してなかったんだから。2時までには寝れるように頑張ろ、伯母さん」 「おせち料理を作る意味!」 クロニクの手元で一層力強く金時芋が潰れる。 アンリエッタは今の一撃で良い塩梅となったボールをクロニクの手から抜き取ると新たな芋入りボゥルを置く。 グシャリと芋が潰れた。 「それも栗きんとんばかり! こんなに要らないでしょう栗きんとん!」 「私が色々迷惑かけてるから藤咲の人の機嫌取りしようって提案したの伯母さんだし。甘いものはウケがいいって言ったのも伯母さん」 「一個も……! 覚えが……! あり……! ません……!」 ガスガスとクロニクが芋を殴る。 途端にマッシュポテトがボゥルの中で整地されていった。アンリエッタは目を丸くする。 「おー。ポテト潰すの上手いね伯母さん」 「紋章官の私にこの程度の単純作業が務まらずにどうしますか!」 「母さんには無理かも。母さんは伯母さんみたいなゴリラパワー持ってないから」 「終いにはゴリラパワーで張っ倒しますよ!?」 そんなこんなで。 年は明けてもいつもと変わらず夜は更けていく。
彼女は工房で眠る友人の身体を揺する。 「起きなよメギドラ。新年来たよ」 長く伸びゆく鐘の音。話のネタに、初詣に行くと言い張って聞かない有子のことを話した際に、どう言う吹き回しなのか儂も行ってみたいとメギドラは催促してきた。 新年くらいは羽目を外すのも良かろうと、そう思って着物まで都合したのだが、どうやら催促と似た色の気紛れを起こしてご覧の有様。リビングデッド故に必要としない眠りに耽溺し、ムニュムニュと口を動かして寝言らしきものを漏らす姿は見かけ上の年相応に可愛らしい。 さて、これをどうするか。有子のことを「おさげさん」に頼み、一人店に残ったレヴァナントは思案する。新年に特別の価値を見出だせない彼女としてはごった返す神社に苦労と時間を浪費して並ぶ理由がない。約束はあるが気紛れに眠ったメギドラが悪い。このまま自分も眠るのがおそらく正しい判断だろうが…… 「……いいか。たまのことだし」 よいしょと、小さく呟いて。レヴァナントはメギドラを背負って工房を出ていく。コートは要らない。彼女も友人も聖杯で風邪を防ぐような真っ当な不死は持ち合わせていないから。 夜空は透き通る晴れ模様。瞬く星は人の至れない空の上。ビーズの首飾りを解いたように散らばり散らばり。そして吐く息の白に隠れていく。 「メギドラ。ねぇ、本当は起きてたりしない?」 返事はない。 友人の身体は相変わらずひんやりと冬の冷たさのままだ。死体の彼女に眠る間の体温上昇など無縁。黙りこくっているのか、本当に眠っているのか、小さな身体から伝わる感触からでは区別が付かない。なら。どっちだって構いやしない。そうレヴァナントは思った。どうせ今から話すことに大した意味などないのだ。 「あのね。私さ、アンディライリーになる前のこと薄っすら覚えてる。お母さんとお姉ちゃんがいたんだ。……でも嘘の記憶だったんだ。それ。私には家族なんて誰もいない。生まれたときから人なんかじゃない。だから。ずっとひとりぼっちなんだろうって」 他人事のような、平坦な語り口。 レヴァナント、いや。ザイシャからすれば深刻な話でもないのだろう。センチメンタルに浸れる子供時代はとうの昔に過ぎ去り、今ここにいるのは年齢相応に身体を作り変えたレヴァナント・ラビット。だからそれは乗り越えてしまった通過点にすぎない。 無論背負われるメギドラも既に承知のことだ。それだけにレヴァナントは多くを語らずに近隣の寺社目指して歩みを進めた。が、唐突にその足は止まる。 「でも…………メギドラのことは家族だと思ってる。迷惑だったら、うん。ごめんね」 それだけ。 出し抜けの言葉をぶっきらぼうに切ると少女は再び歩み始めた星空の静寂の中で耳を澄ます。 顔を仄かに赤くしていたのは寒さに震えたからだろうか。それも白霧にまみれすぐに見えなくなってしまった。
/泥モザイク市年越しなりきり、これにて閉幕ということにさせていただきます。 /参加していただいた皆様方、昨年から本年にかけてのご参加、ありがとうございました! /改めまして、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します!
>> 125 >> 127 「お二人とも、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します」 「あの。あけましておめでとうございます、って、なんですか?」 当惑しているスバルを他所に、一旦挨拶を貰った二人に返事をする。姿を消したトウマが押し付けていったお年玉を、不思議そうな顔をして見つめるスバルに、ツクシは、言葉を続けた。ぴん、と人差し指を立て、少し得意そうな顔をして、朗々と語りあげる。 「今この瞬間、この街は新しい年を迎えた。そのことを、『年が明ける』っていうの。で、それがおめでたいから、みんなで一緒に喜んでるんだ」 「あたらしいとし。こよみが、ひとつすすんだことが、“おめでたい”?」 「そう。何でかって言うと……そうだな」 ぽん、と、ツクシが手をスバルの頭に載せる。お年玉を持っていない方の手でそれに触れるスバルをまっすぐ見て、笑った。 「君が元気でいてくれること。1年間、こうして生きる時間を重ねたこと。それが、おめでたいの」 ───最初は、迷子の子供サーヴァントだと思っていた。契約が何かの理由で切れたはぐれなのかも、と。でも、そうじゃなくて。本当は、私(ウチ)が遂に巡り合った運命で。いつの間にか、サーヴァントとして、何よりも一緒に生きるものとして、スバルの存在は、とても大きなものになっていた。 「だから───あけましておめでとうございますって。今年も宜しくお願いしますって。そう言うんだ」 それが、本当に嬉しいことだから、と。 聞いていたスバルも、意味を自分の中で噛み砕いて、納得したのだろうか。少しずつ、柔らかな笑みを浮かべて。 「なら、ハービンジャーも、おかえしします。ハービンジャーも、マスターとすごしていることが、とてもうれしいです」 「あけましておめでとうございます。ことしも、よろしくおねがいします」 す、と、手が差し伸べられる。それを、ツクシも握り返す。 「「これからも、よろしく」」
───新たな年を迎えた「天王寺」。人々の喧騒は未だ止まず、その到来を、共に喜ぶ声が響いている。
/Cもこれにて〆です お疲れ様でした!
/ハルナはこれであがりです。おつかれさまでした!
>> 126 「ん、明けましておめでとう。C」 迎えに来た男に振り返る。
アルメアの奮闘に気を取られてペースが遅れていた年越しラーメンも完食。なんだかんだ、楽しい年末であれたと思う。
彼―――Cとの別行動は珍しくない。お互いサーヴァントとマスターであることは事実だが、何時ともなく出会った2人は、ふらふらと近づいては遠ざかるを繰り返す。 とはいえ奇縁も縁。そうすぐに別れが訪れることはないだろう。多分、この年も。
明星といっても、半分ぐらいじゃないの? 軽く返しながら、2人で夜の帰路についた。
>> 125 ぺろり、と口周りの食べかすを舐めとって。
「ん。あけましておめでとおな。今年もよろしくお願いするなー?」
そう、はにかみながら新年の挨拶を送った。
/あけおめ!これにてリットは終了します
「_____食い終わったか?」
暖簾を潜りながら、そろりと現れたその男は皇ハルナのサーヴァント、ということになっている男こと“C”であった。 黒ずんだローブにごつごつとした鋼鉄の翼は何処にやったのか、黒ジャージにくすんだ長い金髪を適当に束ねている。 右手には缶ビール、左手には食い終えた焼き鳥の串を持っているところを見る辺り、彼も彼で食事を済ませていたようだ。
「もう年も明けた。そろそろ帰るぞ、ここの夜は一段と冷える。 ああ、それと……あけましておめでとう、ハルナ。今年もよい一年になることを、祈らせてもらおう」
開けの明星たる私の祈りはよく効くぞ?と。微笑みながら、そう告げた。
>> 120 「あけましておめでとう、影見さん、ハービンジャー、ワルキューレ嬢、二羽もな」 除夜の鐘の音を聞き、にっと微笑む。 「……と言う訳で三人にお年玉だ。 遠慮せずに受け取っとけ」 トウマはどこからか取り出したポチ袋をツクシ、スバル、リットへと押し付ける。 「おっと、受け取れません!ってのはなしだからな? んじゃ諸君、今年もよろしくな」 言いたいことだけを言うとトウマは人混みに紛れて姿を消した。
/あけましておめでとうございます! これで失礼します!
/皆様お疲れ様です!
/(ちょっとだけ失礼しました。お疲れ様です。)
/(お疲れ様でした!)
/(一足お先に〆で。お疲れ様でした!)
鐘が鳴った。人々が歓声を上げる。 戸惑うスバルの目線に合わせるようにしゃがみ込み、ツクシは、少し微笑んで言った。 「新年あけましておめでとう。今年も宜しくね、スバル」
>> 111 >> 114 「あー……おっちゃん、それはアタシが頂きます」 食べきったアルメアに感嘆の拍手を送ったのもつかの間、すぐさまダウンした彼を残念そうに見つめる店主に言葉をかける。
>> 115 そして、 「……あぁ、何や。迎えが来たんか。せやったら……」 す、と店にあった紙ナプキンに名前と連絡先を書いて、アルメアの懐に忍ばせる。 「…………話聞いてやるのは次の機会、やな」
「とりあえず今は…あけまして…お疲れ様?ってことで。ほなハルナちゃん、折角やしちょっと話そうや───」
『今年はダメだったかぁ……』 北方大監獄アバシリ・プリズン1000m、収納セルぎりぎりに収まるか巨体の怪物はひとりごちる。 継承の王には自分のデータをおとなしく提出し、狭苦しい監獄内で静かに鎮座する王の言葉は遺憾でも動揺からでもなく諦観からくるものであった。 『まあやれるだけはやったし、来年ぐらいには僕の様態も安定していれば……いいんだけどなあ』 都合のいいことを考えている間も、彼を構成する多重の神秘は常にその割合を変動させ彼の制御がなければ即座に一極に向かい臨界を超えようとする。 『はあ…それにしても…』
『食べたかったなあ。年越しにしんそば……』
>> 113 「む……なんです、その笑顔は」 突如として浮かべたその笑みに、少し警戒する。前後の文脈から笑顔になる要素がないはず……と考えている以上、突然笑ったトウマを不審に思ってしまうのは、仕方のないことであった。 スバルが来てからの暮らし向き、そして性格の変化。自分自身のことに、自分で気づくというのは、難しいもので。彼の内心を窺えるほど、人生経験を積んでいる訳でもなく。 結果、笑ったままの彼の意図を読み取れなかったツクシは、そのうちふてくされ気味に、追求を止めた。 「……あ。ひとがたくさんきました」 ふと、スバルがそんなことを言う。見渡してみると、人々が境内に掲げられた電光掲示板を見上げている。其処に刻まれたカウントダウンは、残り一分を切っていた。 「……スバル。よく見ておいて。これが、「年越し」よ」 口に出して、カウントダウンをする。残り、30秒を切った。
時は巡り、星は落ちる。 消灯の時間ですよ。
>> 114 倒れた背中をさする。
「――――――アルメア、だったね?」 「よくやった。そして申し訳ない」 「声をかけるのに特大ラーメンを頼むのは嘘だし、1年は小盛りを頼むのも嘘だ」 「……次に来るときは、好きなものを頼めばいい」
「それじゃあ、直営の同僚が来てるみたいだから運んでもらって」
アルメア・I・ギャレット。 餃子一個目で再起不能。(ラーメン小は完食)
「ああ、なるほどハービンジャーはそういうの疎そうだしな」 その真名こそ知らないが、ハービンジャーは自身のサーヴァント、器物英霊と幻霊合体したケルベロスにどことなく近い気配から器物英霊、それもいくつかの何かが合体したものだと当たりは付けていた。 この辺り対象の正体を探ろうとする魔術師の悪癖が未だに抜けていない。 「うちのサーヴァントなんて「年越しぃ?こちとら紀元前から幾度となく年越してるんだから今更何の感慨もないわよ」とか抜かしやがるからな」 はっ、と自嘲気味に鼻で笑う。 しかし、逃がし屋、影見ツクシはハービンジャーと出会ってから随分と明るくなった。 初めて出会った時──小遣い稼ぎに裏の仕事を請け負ってたときに偶然『逃がし屋』としての彼女に出会った──の何かを抱え込んだ表情と比べればまるで別人だ。 感慨深い思いを表情に出さないように内に押し込み、笑みを見せた
>> 108>> 112 /お疲れ様でした!
/私もアカネちゃんはこれで締めます お疲れ様でした
そして、僅かと立たず。 「ご馳走さまでした」 スタンディングオベーションに包まれる中で男はナプキンで上品に口を拭いていた。 表情こそ平静を保っているが……正直なところレビヤタン討伐はとことんギリギリの戦いだった。保存領域の半分が埋まっていたカカカカは40分経過時点で受け入れをやめており、残りの特大ラーメン相当の量と格闘していたアルメアの胃は限界に近い。紳士の嗜みとして笑顔を絶やさないが、見えないところでは満腹感に絞り出された脂汗がスーツの中をじっとりと濡らしていた。 「さて……完食したがこれで許可は得られるのか────」 ハルナへ向ける余裕たっぷりな言葉がぶっつりと途絶える。 呆然とするアルメアの前にはほこほこと湯気を立てるラーメン小と二枚羽餃子。 良いものを見せて貰った。奢りだ。店主が心の底からの、とてもいい笑顔でグーサイン。……オーダーは生きたままだった。
「速い……!」 思わず驚嘆の声を漏らす。 間違いなく適当な口八丁で乗り切るか、泣き寝入りするかのいずれかだろうと思った。 挑発に乗った上でその選択であれば、現場には来ないで欲しいとさえ侮っていた。 だが彼は違う。手段は見えなかったがどうでもいい。食べ切れる。課された任務をやり遂げんとしているのだ。
(―――やはり、直営は直営ということか) 一段上の権力を持つお堅い連中。しかしそれに足る実力は確かに感じ取った。 目の前の男の評価を少し改めるとしよう。
/お疲れ様でした!
/自分も酔いが回ってきたのでこのへんで失礼させていただきます…!絡んでいただいてありがとうございました!
>> 91>> 95>> 96 更に酔いが回ってきたか。自身を取り巻く環境を上手く把握できない。 確かに感じられるのは街を抜ける風の冷たさ。そして……自分の体を支える、彼女の体温。
「ぅ……ふたり……あのふたりは……?」
早々に立ち去った二人の背をぼんやりと眺めながら、やや呂律の回らぬ声を零す。 ……多くの修羅場を越えたアズキにとって、彼らのような「異常」を汲み取ることは容易のはずだったのだが 今ではもう見る影もなく、追いかけることも出来ぬままに、ただ行方を眺めるのみ。
「……そう……もう、かえる……ばいばーい……おねえちゃん……」
そして朱音に身体を……半ば引きずられるように背負われながら、自身を気にかけてくれた少女に手を振ってみせる。 年上かどうかも定かでない。だが恐らく……今のアズキは、自分がまだ子供だと思いこんでいるらしく ふにゃり、と。締まりのない笑顔を浮かべてみせると、機械式の手甲で覆われた手をひらひらと振った。
「ありがと……アカネ……あとね……それと……」
彼女につられ立ち去る間際。自身を背負う少女に、気にかけてくれた少女に、そして今は立ち去ってしまった二人に向けて言葉を漏らした。 それは誰に聞こえるでもない、蚊の飛ぶような甘い声だが……思いの籠もった声で
「来年も……よろしく、ねぇ……」
……そのままアズキは静かに目を閉じ、すぅ、と小さな寝息を立て始めた。 酔いのピークを通り過ぎたのだろうか。先程までとは打って変わって、柔らかな笑顔を残したまま……年明けを迎える前に、眠りに落ちてしまったようだ。 それはまるで、年を迎えるまで起きていると宣言しながら、眠気に耐えられず眠りこけてしまう子供のよう。
酒は飲んでも飲まれるな。目覚めたアズキに深く突き刺さる金言を、今ここに残しておこう。
「それでは紅白歌合戦も最後の曲になりました!!トップシークレットとなっていたラストシンガーは……」
「―――余だよ!!」
そう、ここが正念場である。 パーシヴァルの衝撃発表から始まりここまでのタスクの過積載とプロデューサー過労の原因。 自分とパーシヴァルも紅白出場となっていたはずが、それが司会を務めることで一旦選出が混乱し、諸々の都合を突き合わせた結果―――司会とトリの両方を務める事態に陥ったのである。
だが、王は責務を降りない。 それを民が望むか、望まぬかは民が決める。 しかして為すべきことは為すのが、余が掲げる王道なのだから! この瞬間は紅組も白組もなく。司会席から舞台へと歩を進める。
―――行こう!パーシヴァル!!
視線を送り、手を伸ばす。互いの肌が触れ合って。2人がステージに立った。
「新年を迎える皆に、美しき未来あらんことを―――!紅白最後の曲は――――――」
「New Age Endless!」
/数十分と36分の間違い
『オレはこういう日は嫌いじゃないぜ』 「へえ。どうしてですか?」 『理由なく酒が飲める。理由なく女と騒げる。理由なくいい気分になれる。 今日ばかりは盛り上がろうが水を差すようなヤツはいない。そら、いい日だろう?』 「あなたらしいですね。そんなことを殊更に言うところが、特に」
空から雲を荒く削り取ったような大粒の雪が降っている。 このモザイク市で最も高い場所から見下ろす景色は、様々な商業施設が停止していることで、まるで凍りついたよう。 不意にやってきた氷河期によって何もかも凍てついた世界にひとつ、影があった。 広げている傘は体格より不釣り合いに大きく、黒い蝙蝠が女の体をすっぽりと覆っていた。 肩に乗った鸚鵡が嗄れ声を上げる。
『お前こそ何でこんなところに来た。今更感傷なんて必要ないだろう』 「いけませんか。ここから見る景色が好きだ、というだけでは。 いつかこんなふうに高いところから街の光を見下ろしました。まるでソラまで続いているような、長い長い階段の先に」 『………そうかい』
饒舌な鸚鵡の舌がそれきり止まる。大きな傘で女の表情は伺えず、黒い傘に白い雪が層を作っていく。 ちかちかと彼方に明滅する光は、指を伸ばせばぱきぱきと音を立てて折れそうなほど儚い質感で輝いていた。 女が微かに身動ぎする。それだけで傘の表面からざらりと雪は滑り落ちていった。
『何を見た?』 「いいえ、何も」
女が踵を返し、高台から去っていく。階段を1歩1歩確かめるように降りていく。 白く染められた世界の中、小さな足跡だけがそこに何者かがいたことを物語っていた。
>> 94 >> 100 「(えらく順調やな……それにこの妙な魔力、何か使いおったか?)」 ガツガツとレビヤタン以下略を掻き込み続けるアルメアを傍目に、四杯目のジョッキと激辛味噌ラーメンの器を空にする。 「(……ま、見栄のために全力尽くすのは嫌いやないけど)」 時間を確認する。年の終わりまであと30分になろうとしていた。 本来ならばもう家に戻って休もうかと思っていた、が……。 「……あー、おっちゃん、アイス頼むわ、抹茶。あとウーロンハイも」 なんとなく、普段はめったに頼まないスイーツを頼んでしまう。勿論甘さは控えめだが。 ……隣でもくもくとラーメンを食べているハルナを待つというのが半分、その更に隣で無謀な戦いに全力で挑むアルメアを観察したいという欲が半分であった。
「……なんか、今年は妙な年末やなぁ」 アイスの微かな砂糖の風味に拒絶反応を示す身体をアルコールで抑え込みながら、そんな事をぼそりと呟いた。
「闇夜」カカカカ。その権能の効力は状態の分離と保存。擬似的な不眠・不食の加護を与えるアルメアの奥の手の一つである。 箸を繰るスピードが上がる。 異界常識たる悪魔に常識は通用しない。「満腹になった」というステータスそのものを外部に隔離するカカカカこそがアルメアがこの勝負に見出した勝算であった。 ────負ける勝負はしない主義でね! 更に速度が上がる。あくまで優雅に、食事を楽しむ余裕さえ見せながら開始から数分で既に大山の三分の一を彼は崩しきっていた。 大人気ない。と、先程のペンルィならそう指摘するだろう。まったくその通り。一族の秘奥たる悪魔を持ち出してまで勝とうなどと大人気ないにも程がある。 されどこの場に彼の妹たちが、或いはアルメアの命を狙うネーナ・リーベルスがいれば、アルメアのとった手段が正しいとそう言うだろう。なぜならシヅキが馬鹿にした指輪は魔術師リーベルスの一族が積み重ねてきた千年を越える研鑽の果てにあるもの。それを貶められたまま引き下がるなど魔術師の端くれたる彼らに許されはしない! 食事スピードに耐えかね、風圧で木枝が落ちるように呆気なく箸が折れた。アルメアは指輪から不可視の鎖を伸ばし割り箸を引き寄せながら中空で両断する。その間コンマ1秒。一瞬すらも挟ませずに食事が再開される。 開始から6分。絶滅危惧種の底意地は、意地悪くも全力を賭して怪物を残り1/6にまで削り取っていた。
>> 90 >> 99 >> 101 「おー。アルコールのにおいがしなくなりました」 「ま、魔術まで使わなくてもいいんですけど……お気遣い有難うございます」 瞬く間に消えた臭いと、魔力の気配。それで、トウマが何をしたのかを理解し、一先ずの感謝を告げる。 そして、彼の問いかけに返事をしようとした時に、隣のリットがのほほんと言ったことを聞いて、そうだろうなと内心では頷く。しかし、“かーちゃん”の単語を聞いて、疑問符を浮かべる。この人は、母親と一緒に暮らしているのだろうか。それに対して、トウマの方も禁酒を匂わすようなことを言うなど、何か冗談を言い合った感じでもない。 疑問を抱きながらも、今度は彼女自身の返事を告げる。 「そうですね。此方は二度参りです。スバル……ハービンジャーに、年越しを見せてあげようかと思って」
>> 99 「(そういう情緒がありそうにも見えんし)まぁ、そうだろうな」 妙な納得をしながら頷くとかーちゃんの拳骨という言葉に顔をしかめた。 「分かってる、分かってるが止めれないんだ。 俺もガキの頃はあんなもんどこが美味いんだって思ってたが」 顔を顰めたまま聖ブリギットの烈火の怒りを思い出す。 「来年から禁酒すっかなぁ」
エタクサ(正解だ)。誰ともしれない声にアルメアは心中で称賛を送りながら使役悪魔の一柱を招来する。 ────来い! 「闇夜」カカカカ!
老女に手を引かれて、山を降りた私は老女の家に招かれた。
老女は土埃や泥にまみれた私を憐れに思ったのか、暖かいお風呂を用意して入るように言ってくれたのでその厚意に甘えさせてもらった
何でもあの山は老女のもので時折山菜等を取りに行っているらしい。
記憶がないとは言え、無断で山に入った事を謝ると老女は笑って許してくれた。
老女の娘が昔使っていたものだと言う部屋着を借り、着替えた私を老女は居間に呼ぶとお茶とお菓子を用意してくれていた座るように促される。
私は素直にそれに従い、私の事情を話してみる事にした。
「……という訳で、私は私が誰なのか、何故彼処にいたかも分からないのです」
「記憶喪失、そりゃ大変ね」
私の言葉に老女は目を丸くして驚くと、落ち着く為か、湯飲みに入ったお茶を口にした。
私もそれに倣いお茶を飲み、菓子に手を付ける。
甘く、暖かい。体に疲れこそないが、これからどうすればいいか戸惑っていた心に活力が戻った気がした。
「貴女名前も覚えちょらんの? 何か思い出しぇることはなえ?」
老女は私の目を見つめながら問いかける。
「頭の片隅にアイ…と言う言葉を覚えているです」
アイ。集中して頭の中を探った時にふと思い浮かんだ言葉だ。
果たして私の名前に関係があるだろうか。
「アイ…そう、ならアイコって呼ぶわね」
一先ず仮の名前はアイコになった。
自分が何者かは分からないが、少なくとも名無しではなくアイコという名がある。
それだけで少し気力が沸いてくる
老女によるとこう言うのを言霊というそうだ。
「ほんなら出雲に行くとええわ、あそこは人も多えし貴女の事を知ーしもおーかも知れん、お医者さんもおーだらーし」
少しの間考え込んでいた老女は、思いついたように声を上げる。
出雲と言う言葉にストレージに眠っている知識が解放される
出雲、県出雲市或いは世界改編に伴い出雲をベースとして再編されたモザイク都市、神の住まう都市出雲
場所が分かるとそれを切っ掛けに次々と知識が涌き出てくる。
しかし、同時に疑問に思う。これは本当に私が学んで得た知識を思い出しているのだろうか、まるで誰かに与えられた知識を都合に応じて解放しているような……
胸の中の奇妙な感覚、感情を圧し殺す。
今は私が何者か、そちらの方が重要だ。
「今日はもう遅えけん泊まって、明日の朝出発すーとええわ」
私はすぐに出発しようと思ったのだが、老女の言葉に外を見ると確かに日が落ちかけていた。
またしても老女の世話になるのが申し訳なく、せめてもの恩返しとして家事を手伝うことにする。
夜が明けて、私は借りた布団を畳むと庭の掃除を行い、出立の準備を整えた。
元々私に荷物はない、老女に貰った古い旅行鞄の中にこれまた貰い物の幾つかの着替えがある程度だ、身は軽い。
「出雲に行ってどうにもならだったらここに戻ってきなぃ。年老いたおらでも貴女一人くらいならなんとかなーけん」
重ね重ねお世話になってしまったが、なんのお礼も出来ない。
せめて丁重に礼を言うと老女はにこやかな笑みを浮かべ、ここに帰ってきてもいいと温かい言葉ともに私を送り出してくれた。
感涙に胸が打ち震えるとはこう言う事をいうのだろうか。
老女の言えと別れの声を背にした私は出雲に向けて歩き出した。
神戸某所、新年初の電磁嵐が通り過ぎた跡。
「電磁嵐の中で新しい年を迎えた人って、わたし位だろうなぁ……」
ボロボロの恰好で装甲バイクを押し、とぼとぼと元は道路だった筈の道を、わたし……石上ツバメは独り歩く。
大晦日、急に入った主人の無茶振りを受けて調査に飛び出したは良いが結局は手掛かりらしい手掛かりは見付からない。
おまけに、うっかりミシマタワーに近付きすぎたせいで大小様々な無人兵器のお出迎え。
『殺し』ても『殺し』ても止まらない無人兵器ラッシュに枝を大量浪費し、「これはダメだ」と撤退したら、今度は電磁嵐が目の前に。
追いかけてくる大型の無人兵器を撒くために嵐の中へと強行突破したは良いが、なかなか止んでくれず見事に足止めを喰らい……そして、この様である。
―――― 新年早々いきなり厄日か。
疲れで重い足を止め、重い溜息を地面に落としてからバイクに寄りかって薄暗い空を見上げる。
磁気嵐で時計が壊れたせいで正確な時間は分からないけど、確実に日付は変わっている。
それもきっと、一時間や二時間程度じゃない。いくらわたしでも、それ位は流石に分かる。
今、神戸で動いているのはわたしや無人兵器達ぐらいで、みんなは眠っている時間帯だ。
「アルメアさんには悪い事しちゃったなぁ……」
貴重な友人との約束を自分の都合でキャンセルした事を思い返す。きっと、彼も今頃はぐっすりと眠っているだろう。
約束があるんだし、『せっかくなんだしこっちの風習に合わせて三日まで休みましょうよ』と言いたかったが、クリスマス休暇を取ってしまった手前そう言う訳にもいかない。
むしろ、その辺りの都合を考えておかなかった自分のミスだ。後で埋め合わせをしないと。
バイクに寄りかかり、空を見上げながら空転し始めた思考を打ち切ろうと首を振り……
ふと、空の向こう……東側を見る。空はまだ暗い?いや、少しだけ白み始めている気がする。
今さっき逃げ帰ったばかりの塔の向こう側。その空の色が微妙に変わっているのを感じ取って、わたしはバイクに寄りかかる姿勢を正す。
あのミシマタワー越しに見る朝日は、ちょっと風情……って言うのかな?ともかく、そう言うのがありそうな気がする。
「これ位の役得はあっても、別にいいよね」
身体を休めるついでに、ここで朝日を眺めてから戻ろう。そして戻ったらぐっすり寝て、それから……。
「天使ラーメン、やってるかなぁ」
開いていたら、近い内にやろうと思っていたレビヤタンに挑戦してみよう。
今なら、何だか食べきれる気がする。
────────梅田迷宮地下88階層
残響時間、トワイライトと名乗る魔術師の工房は年越しを迎える外界とは売って変わって静寂そのものだった。
聞こえるのは工房の主トワイライトが机に向かい羊皮紙に何かを書き込む為、ペンを走らせる音だけだ。
そんな中、僅かに手先がブレ、カチリと、僅かな振動で機材が動いた音に残響時間、トワイライトはふと顔を上げた。
「ああ…もう年末、どころか年が変わってるじゃない」
ふと机の片隅にあったデジタル時計を見るとその日付は1月1日を指し示していた。
やれやれと肩を竦めて、何かを書いていた手を休めると腕を上げ、伸びをする。
500年も生きてると時間感覚が狂ってくる、時間操作の魔術なんて使っていれば尚更だ。
元々トワイライト自身が新年に然程の重要性を見出だしていないという事もあるだろうが。
「まぁ、それでもハッピーニューイヤー…ってとこかしら?」
椅子から立ち、机を離れたトワイライトはどこからか赤ワインを取り出すとグラスに注いだ。
誰にでもなく一人呟くとグラスに口を付けゆっくりと中身を味わう。
「来年こそは「 」にたどり着きたいわねぇ……確か毎年言ってるけど」
ワインを飲み干したトワイライトはグラスを適当に投げ捨てると、新年のことなど頭から消し去り再び羊皮紙へと相対した。
いつかとは逆だな。なんて、ガフの頭の片隅にそんな言葉が浮かんだ。
年甲斐もなくはしゃぎにはしゃいで新年を迎えた酔っ払いこと花宴は数分前に糸が切れるように横になり寝息を立て始めた。今はガフの膝を枕にして離れようとしない彼女をどうしようかと頭を悩ませる最中だ。というか、自分の膝は硬くはないのだろうか。アズは9時にはベッド入りしているし、アトリスも珍しく就寝中。昼から花宴のテンションにつきあわされていたのだからさもありなん、そんなアトリスを無理に起こしたくはなかった。
窓の外へと見上げる空に瞬く落ちてきそうな星星。穏やかな寝息の主を困ったように撫でる不眠者の彼は、今夜は星を眺めて夜を徹そうかと思案を巡らせ、撫でる指先が触れる髪、その一本一本を味わうかの如くゆるゆると優しく手を這わせていた。
こんな穏やかな夜は何十、いや、何百年ぶりだろうか。花宴の治療を受けてからというものガフの心は凪ぐことすら増えてきた。平静のまま在る、というのは存外心地よいものだ。一年前には思いつきもしなかっただろう価値観は、ガフに大きな戸惑いを与えながらも、少しづつ心身に収まってきている。もうしばしの時が経てば定着するかもしらない。
全て花宴のおかげだ。ガフはそう考えている。
それは決して無条件な信頼でも臣従でも心酔でもない。言葉にしづらいが、ただ、彼女のことをガフは信じる事ができた。例え花宴が嘘をついたことが見え透いているようなときでも、きっと自分は彼女の言葉の裏を信じて待つのかもしれないとガフはそんな気がしている。これは感謝なのか? 尊敬なのか? 夜を徹して考えても答えは出ない気がした。
その時、
「……………ぁ………」
花宴が何かを微かに言葉にした。小さすぎて聞こえない言葉。寝言だから意味すらないのかもしれない。だというのにガフの口の端が弧を描くのは、花宴の幸せそうな表情に釣られたからだろうか。
小さく微笑んでガフは大切なものを気遣うような手付きで花宴の頬を指でなぞる。
────その感情が「愛おしい」と形容されることに気がつくまでは、あと、幾つの星を数える必要があるのか。答えはまだ誰も知らぬことである。
遠くから鐘の声が聞こえる。神戸にも新年を祝う風情はまだ残っていたらしい。しかしクロニクは、いや、紋章院だけは年明けの浮かれ気分の外で白けたような顔をする。復興派に他愛のない喜びを祝う余裕など存在しない。一刻も早く次の依頼を達成しなければ。…………そう思っていたのに。
「なぜ……! 私が……! こんなことを……!」
新年早々に金時芋をひたすらマッシュしていたクロニクがいた。次から次へとボゥルに足されていく芋はまるで悪い夢でも見ているかのようだ。
その隣でマッシュした芋に果汁と切った栗を混ぜていたアンリエッタが眠そうな目をクロニクに向ける。
「仕方ないじゃん。おせち料理が完成してなかったんだから。2時までには寝れるように頑張ろ、伯母さん」
「おせち料理を作る意味!」
クロニクの手元で一層力強く金時芋が潰れる。
アンリエッタは今の一撃で良い塩梅となったボールをクロニクの手から抜き取ると新たな芋入りボゥルを置く。
グシャリと芋が潰れた。
「それも栗きんとんばかり! こんなに要らないでしょう栗きんとん!」
「私が色々迷惑かけてるから藤咲の人の機嫌取りしようって提案したの伯母さんだし。甘いものはウケがいいって言ったのも伯母さん」
「一個も……! 覚えが……! あり……! ません……!」
ガスガスとクロニクが芋を殴る。
途端にマッシュポテトがボゥルの中で整地されていった。アンリエッタは目を丸くする。
「おー。ポテト潰すの上手いね伯母さん」
「紋章官の私にこの程度の単純作業が務まらずにどうしますか!」
「母さんには無理かも。母さんは伯母さんみたいなゴリラパワー持ってないから」
「終いにはゴリラパワーで張っ倒しますよ!?」
そんなこんなで。
年は明けてもいつもと変わらず夜は更けていく。
彼女は工房で眠る友人の身体を揺する。
「起きなよメギドラ。新年来たよ」
長く伸びゆく鐘の音。話のネタに、初詣に行くと言い張って聞かない有子のことを話した際に、どう言う吹き回しなのか儂も行ってみたいとメギドラは催促してきた。
新年くらいは羽目を外すのも良かろうと、そう思って着物まで都合したのだが、どうやら催促と似た色の気紛れを起こしてご覧の有様。リビングデッド故に必要としない眠りに耽溺し、ムニュムニュと口を動かして寝言らしきものを漏らす姿は見かけ上の年相応に可愛らしい。
さて、これをどうするか。有子のことを「おさげさん」に頼み、一人店に残ったレヴァナントは思案する。新年に特別の価値を見出だせない彼女としてはごった返す神社に苦労と時間を浪費して並ぶ理由がない。約束はあるが気紛れに眠ったメギドラが悪い。このまま自分も眠るのがおそらく正しい判断だろうが……
「……いいか。たまのことだし」
よいしょと、小さく呟いて。レヴァナントはメギドラを背負って工房を出ていく。コートは要らない。彼女も友人も聖杯で風邪を防ぐような真っ当な不死は持ち合わせていないから。
夜空は透き通る晴れ模様。瞬く星は人の至れない空の上。ビーズの首飾りを解いたように散らばり散らばり。そして吐く息の白に隠れていく。
「メギドラ。ねぇ、本当は起きてたりしない?」
返事はない。
友人の身体は相変わらずひんやりと冬の冷たさのままだ。死体の彼女に眠る間の体温上昇など無縁。黙りこくっているのか、本当に眠っているのか、小さな身体から伝わる感触からでは区別が付かない。なら。どっちだって構いやしない。そうレヴァナントは思った。どうせ今から話すことに大した意味などないのだ。
「あのね。私さ、アンディライリーになる前のこと薄っすら覚えてる。お母さんとお姉ちゃんがいたんだ。……でも嘘の記憶だったんだ。それ。私には家族なんて誰もいない。生まれたときから人なんかじゃない。だから。ずっとひとりぼっちなんだろうって」
他人事のような、平坦な語り口。
レヴァナント、いや。ザイシャからすれば深刻な話でもないのだろう。センチメンタルに浸れる子供時代はとうの昔に過ぎ去り、今ここにいるのは年齢相応に身体を作り変えたレヴァナント・ラビット。だからそれは乗り越えてしまった通過点にすぎない。
無論背負われるメギドラも既に承知のことだ。それだけにレヴァナントは多くを語らずに近隣の寺社目指して歩みを進めた。が、唐突にその足は止まる。
「でも…………メギドラのことは家族だと思ってる。迷惑だったら、うん。ごめんね」
それだけ。
出し抜けの言葉をぶっきらぼうに切ると少女は再び歩み始めた星空の静寂の中で耳を澄ます。
顔を仄かに赤くしていたのは寒さに震えたからだろうか。それも白霧にまみれすぐに見えなくなってしまった。
/泥モザイク市年越しなりきり、これにて閉幕ということにさせていただきます。
/参加していただいた皆様方、昨年から本年にかけてのご参加、ありがとうございました!
/改めまして、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します!
>> 125私 が遂に巡り合った運命で。いつの間にか、サーヴァントとして、何よりも一緒に生きるものとして、スバルの存在は、とても大きなものになっていた。
>> 127
「お二人とも、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します」
「あの。あけましておめでとうございます、って、なんですか?」
当惑しているスバルを他所に、一旦挨拶を貰った二人に返事をする。姿を消したトウマが押し付けていったお年玉を、不思議そうな顔をして見つめるスバルに、ツクシは、言葉を続けた。ぴん、と人差し指を立て、少し得意そうな顔をして、朗々と語りあげる。
「今この瞬間、この街は新しい年を迎えた。そのことを、『年が明ける』っていうの。で、それがおめでたいから、みんなで一緒に喜んでるんだ」
「あたらしいとし。こよみが、ひとつすすんだことが、“おめでたい”?」
「そう。何でかって言うと……そうだな」
ぽん、と、ツクシが手をスバルの頭に載せる。お年玉を持っていない方の手でそれに触れるスバルをまっすぐ見て、笑った。
「君が元気でいてくれること。1年間、こうして生きる時間を重ねたこと。それが、おめでたいの」
───最初は、迷子の子供サーヴァントだと思っていた。契約が何かの理由で切れたはぐれなのかも、と。でも、そうじゃなくて。本当は、
「だから───あけましておめでとうございますって。今年も宜しくお願いしますって。そう言うんだ」
それが、本当に嬉しいことだから、と。
聞いていたスバルも、意味を自分の中で噛み砕いて、納得したのだろうか。少しずつ、柔らかな笑みを浮かべて。
「なら、ハービンジャーも、おかえしします。ハービンジャーも、マスターとすごしていることが、とてもうれしいです」
「あけましておめでとうございます。ことしも、よろしくおねがいします」
す、と、手が差し伸べられる。それを、ツクシも握り返す。
「「これからも、よろしく」」
───新たな年を迎えた「天王寺」。人々の喧騒は未だ止まず、その到来を、共に喜ぶ声が響いている。
/Cもこれにて〆です お疲れ様でした!
/ハルナはこれであがりです。おつかれさまでした!
>> 126
「ん、明けましておめでとう。C」
迎えに来た男に振り返る。
アルメアの奮闘に気を取られてペースが遅れていた年越しラーメンも完食。なんだかんだ、楽しい年末であれたと思う。
彼―――Cとの別行動は珍しくない。お互いサーヴァントとマスターであることは事実だが、何時ともなく出会った2人は、ふらふらと近づいては遠ざかるを繰り返す。
とはいえ奇縁も縁。そうすぐに別れが訪れることはないだろう。多分、この年も。
明星といっても、半分ぐらいじゃないの?
軽く返しながら、2人で夜の帰路についた。
>> 125
ぺろり、と口周りの食べかすを舐めとって。
「ん。あけましておめでとおな。今年もよろしくお願いするなー?」
そう、はにかみながら新年の挨拶を送った。
/あけおめ!これにてリットは終了します
「_____食い終わったか?」
暖簾を潜りながら、そろりと現れたその男は皇ハルナのサーヴァント、ということになっている男こと“C”であった。
黒ずんだローブにごつごつとした鋼鉄の翼は何処にやったのか、黒ジャージにくすんだ長い金髪を適当に束ねている。
右手には缶ビール、左手には食い終えた焼き鳥の串を持っているところを見る辺り、彼も彼で食事を済ませていたようだ。
「もう年も明けた。そろそろ帰るぞ、ここの夜は一段と冷える。
ああ、それと……あけましておめでとう、ハルナ。今年もよい一年になることを、祈らせてもらおう」
開けの明星たる私の祈りはよく効くぞ?と。微笑みながら、そう告げた。
>> 120
「あけましておめでとう、影見さん、ハービンジャー、ワルキューレ嬢、二羽もな」
除夜の鐘の音を聞き、にっと微笑む。
「……と言う訳で三人にお年玉だ。 遠慮せずに受け取っとけ」
トウマはどこからか取り出したポチ袋をツクシ、スバル、リットへと押し付ける。
「おっと、受け取れません!ってのはなしだからな? んじゃ諸君、今年もよろしくな」
言いたいことだけを言うとトウマは人混みに紛れて姿を消した。
/あけましておめでとうございます! これで失礼します!
/皆様お疲れ様です!
/(ちょっとだけ失礼しました。お疲れ様です。)
/(お疲れ様でした!)
/(一足お先に〆で。お疲れ様でした!)
鐘が鳴った。人々が歓声を上げる。
戸惑うスバルの目線に合わせるようにしゃがみ込み、ツクシは、少し微笑んで言った。
「新年あけましておめでとう。今年も宜しくね、スバル」
>> 111
>> 114
「あー……おっちゃん、それはアタシが頂きます」
食べきったアルメアに感嘆の拍手を送ったのもつかの間、すぐさまダウンした彼を残念そうに見つめる店主に言葉をかける。
>> 115
そして、
「……あぁ、何や。迎えが来たんか。せやったら……」
す、と店にあった紙ナプキンに名前と連絡先を書いて、アルメアの懐に忍ばせる。
「…………話聞いてやるのは次の機会、やな」
「とりあえず今は…あけまして…お疲れ様?ってことで。ほなハルナちゃん、折角やしちょっと話そうや───」
『今年はダメだったかぁ……』
北方大監獄アバシリ・プリズン1000m、収納セルぎりぎりに収まるか巨体の怪物はひとりごちる。
継承の王には自分のデータをおとなしく提出し、狭苦しい監獄内で静かに鎮座する王の言葉は遺憾でも動揺からでもなく諦観からくるものであった。
『まあやれるだけはやったし、来年ぐらいには僕の様態も安定していれば……いいんだけどなあ』
都合のいいことを考えている間も、彼を構成する多重の神秘は常にその割合を変動させ彼の制御がなければ即座に一極に向かい臨界を超えようとする。
『はあ…それにしても…』
『食べたかったなあ。年越しにしんそば……』
>> 113
「む……なんです、その笑顔は」
突如として浮かべたその笑みに、少し警戒する。前後の文脈から笑顔になる要素がないはず……と考えている以上、突然笑ったトウマを不審に思ってしまうのは、仕方のないことであった。
スバルが来てからの暮らし向き、そして性格の変化。自分自身のことに、自分で気づくというのは、難しいもので。彼の内心を窺えるほど、人生経験を積んでいる訳でもなく。
結果、笑ったままの彼の意図を読み取れなかったツクシは、そのうちふてくされ気味に、追求を止めた。
「……あ。ひとがたくさんきました」
ふと、スバルがそんなことを言う。見渡してみると、人々が境内に掲げられた電光掲示板を見上げている。其処に刻まれたカウントダウンは、残り一分を切っていた。
「……スバル。よく見ておいて。これが、「年越し」よ」
口に出して、カウントダウンをする。残り、30秒を切った。
時は巡り、星は落ちる。
消灯の時間ですよ。
>> 114
倒れた背中をさする。
「――――――アルメア、だったね?」
「よくやった。そして申し訳ない」
「声をかけるのに特大ラーメンを頼むのは嘘だし、1年は小盛りを頼むのも嘘だ」
「……次に来るときは、好きなものを頼めばいい」
「それじゃあ、直営の同僚が来てるみたいだから運んでもらって」
アルメア・I・ギャレット。
餃子一個目で再起不能。(ラーメン小は完食)
「ああ、なるほどハービンジャーはそういうの疎そうだしな」
その真名こそ知らないが、ハービンジャーは自身のサーヴァント、器物英霊と幻霊合体したケルベロスにどことなく近い気配から器物英霊、それもいくつかの何かが合体したものだと当たりは付けていた。
この辺り対象の正体を探ろうとする魔術師の悪癖が未だに抜けていない。
「うちのサーヴァントなんて「年越しぃ?こちとら紀元前から幾度となく年越してるんだから今更何の感慨もないわよ」とか抜かしやがるからな」
はっ、と自嘲気味に鼻で笑う。
しかし、逃がし屋、影見ツクシはハービンジャーと出会ってから随分と明るくなった。
初めて出会った時──小遣い稼ぎに裏の仕事を請け負ってたときに偶然『逃がし屋』としての彼女に出会った──の何かを抱え込んだ表情と比べればまるで別人だ。
感慨深い思いを表情に出さないように内に押し込み、笑みを見せた
>> 108>> 112
/お疲れ様でした!
/私もアカネちゃんはこれで締めます お疲れ様でした
そして、僅かと立たず。
「ご馳走さまでした」
スタンディングオベーションに包まれる中で男はナプキンで上品に口を拭いていた。
表情こそ平静を保っているが……正直なところレビヤタン討伐はとことんギリギリの戦いだった。保存領域の半分が埋まっていたカカカカは40分経過時点で受け入れをやめており、残りの特大ラーメン相当の量と格闘していたアルメアの胃は限界に近い。紳士の嗜みとして笑顔を絶やさないが、見えないところでは満腹感に絞り出された脂汗がスーツの中をじっとりと濡らしていた。
「さて……完食したがこれで許可は得られるのか────」
ハルナへ向ける余裕たっぷりな言葉がぶっつりと途絶える。
呆然とするアルメアの前にはほこほこと湯気を立てるラーメン小と二枚羽餃子。
良いものを見せて貰った。奢りだ。店主が心の底からの、とてもいい笑顔でグーサイン。……オーダーは生きたままだった。
「速い……!」
思わず驚嘆の声を漏らす。
間違いなく適当な口八丁で乗り切るか、泣き寝入りするかのいずれかだろうと思った。
挑発に乗った上でその選択であれば、現場には来ないで欲しいとさえ侮っていた。
だが彼は違う。手段は見えなかったがどうでもいい。食べ切れる。課された任務をやり遂げんとしているのだ。
(―――やはり、直営は直営ということか)
一段上の権力を持つお堅い連中。しかしそれに足る実力は確かに感じ取った。
目の前の男の評価を少し改めるとしよう。
/お疲れ様でした!
/自分も酔いが回ってきたのでこのへんで失礼させていただきます…!絡んでいただいてありがとうございました!
>> 91>> 95>> 96
更に酔いが回ってきたか。自身を取り巻く環境を上手く把握できない。
確かに感じられるのは街を抜ける風の冷たさ。そして……自分の体を支える、彼女の体温。
「ぅ……ふたり……あのふたりは……?」
早々に立ち去った二人の背をぼんやりと眺めながら、やや呂律の回らぬ声を零す。
……多くの修羅場を越えたアズキにとって、彼らのような「異常」を汲み取ることは容易のはずだったのだが
今ではもう見る影もなく、追いかけることも出来ぬままに、ただ行方を眺めるのみ。
「……そう……もう、かえる……ばいばーい……おねえちゃん……」
そして朱音に身体を……半ば引きずられるように背負われながら、自身を気にかけてくれた少女に手を振ってみせる。
年上かどうかも定かでない。だが恐らく……今のアズキは、自分がまだ子供だと思いこんでいるらしく
ふにゃり、と。締まりのない笑顔を浮かべてみせると、機械式の手甲で覆われた手をひらひらと振った。
「ありがと……アカネ……あとね……それと……」
彼女につられ立ち去る間際。自身を背負う少女に、気にかけてくれた少女に、そして今は立ち去ってしまった二人に向けて言葉を漏らした。
それは誰に聞こえるでもない、蚊の飛ぶような甘い声だが……思いの籠もった声で
「来年も……よろしく、ねぇ……」
……そのままアズキは静かに目を閉じ、すぅ、と小さな寝息を立て始めた。
酔いのピークを通り過ぎたのだろうか。先程までとは打って変わって、柔らかな笑顔を残したまま……年明けを迎える前に、眠りに落ちてしまったようだ。
それはまるで、年を迎えるまで起きていると宣言しながら、眠気に耐えられず眠りこけてしまう子供のよう。
酒は飲んでも飲まれるな。目覚めたアズキに深く突き刺さる金言を、今ここに残しておこう。
「それでは紅白歌合戦も最後の曲になりました!!トップシークレットとなっていたラストシンガーは……」
「―――余だよ!!」
そう、ここが正念場である。
パーシヴァルの衝撃発表から始まりここまでのタスクの過積載とプロデューサー過労の原因。
自分とパーシヴァルも紅白出場となっていたはずが、それが司会を務めることで一旦選出が混乱し、諸々の都合を突き合わせた結果―――司会とトリの両方を務める事態に陥ったのである。
だが、王は責務を降りない。
それを民が望むか、望まぬかは民が決める。
しかして為すべきことは為すのが、余が掲げる王道なのだから!
この瞬間は紅組も白組もなく。司会席から舞台へと歩を進める。
―――行こう!パーシヴァル!!
視線を送り、手を伸ばす。互いの肌が触れ合って。2人がステージに立った。
「新年を迎える皆に、美しき未来あらんことを―――!紅白最後の曲は――――――」
「New Age Endless!」
/数十分と36分の間違い
『オレはこういう日は嫌いじゃないぜ』
「へえ。どうしてですか?」
『理由なく酒が飲める。理由なく女と騒げる。理由なくいい気分になれる。
今日ばかりは盛り上がろうが水を差すようなヤツはいない。そら、いい日だろう?』
「あなたらしいですね。そんなことを殊更に言うところが、特に」
空から雲を荒く削り取ったような大粒の雪が降っている。
このモザイク市で最も高い場所から見下ろす景色は、様々な商業施設が停止していることで、まるで凍りついたよう。
不意にやってきた氷河期によって何もかも凍てついた世界にひとつ、影があった。
広げている傘は体格より不釣り合いに大きく、黒い蝙蝠が女の体をすっぽりと覆っていた。
肩に乗った鸚鵡が嗄れ声を上げる。
『お前こそ何でこんなところに来た。今更感傷なんて必要ないだろう』
「いけませんか。ここから見る景色が好きだ、というだけでは。
いつかこんなふうに高いところから街の光を見下ろしました。まるでソラまで続いているような、長い長い階段の先に」
『………そうかい』
饒舌な鸚鵡の舌がそれきり止まる。大きな傘で女の表情は伺えず、黒い傘に白い雪が層を作っていく。
ちかちかと彼方に明滅する光は、指を伸ばせばぱきぱきと音を立てて折れそうなほど儚い質感で輝いていた。
女が微かに身動ぎする。それだけで傘の表面からざらりと雪は滑り落ちていった。
『何を見た?』
「いいえ、何も」
女が踵を返し、高台から去っていく。階段を1歩1歩確かめるように降りていく。
白く染められた世界の中、小さな足跡だけがそこに何者かがいたことを物語っていた。
>> 94
>> 100
「(えらく順調やな……それにこの妙な魔力、何か使いおったか?)」
ガツガツとレビヤタン以下略を掻き込み続けるアルメアを傍目に、四杯目のジョッキと激辛味噌ラーメンの器を空にする。
「(……ま、見栄のために全力尽くすのは嫌いやないけど)」
時間を確認する。年の終わりまであと30分になろうとしていた。
本来ならばもう家に戻って休もうかと思っていた、が……。
「……あー、おっちゃん、アイス頼むわ、抹茶。あとウーロンハイも」
なんとなく、普段はめったに頼まないスイーツを頼んでしまう。勿論甘さは控えめだが。
……隣でもくもくとラーメンを食べているハルナを待つというのが半分、その更に隣で無謀な戦いに全力で挑むアルメアを観察したいという欲が半分であった。
「……なんか、今年は妙な年末やなぁ」
アイスの微かな砂糖の風味に拒絶反応を示す身体をアルコールで抑え込みながら、そんな事をぼそりと呟いた。
「闇夜」カカカカ。その権能の効力は状態の分離と保存。擬似的な不眠・不食の加護を与えるアルメアの奥の手の一つである。
箸を繰るスピードが上がる。
異界常識たる悪魔に常識は通用しない。「満腹になった」というステータスそのものを外部に隔離するカカカカこそがアルメアがこの勝負に見出した勝算であった。
────負ける勝負はしない主義でね!
更に速度が上がる。あくまで優雅に、食事を楽しむ余裕さえ見せながら開始から数分で既に大山の三分の一を彼は崩しきっていた。
大人気ない。と、先程のペンルィならそう指摘するだろう。まったくその通り。一族の秘奥たる悪魔を持ち出してまで勝とうなどと大人気ないにも程がある。
されどこの場に彼の妹たちが、或いはアルメアの命を狙うネーナ・リーベルスがいれば、アルメアのとった手段が正しいとそう言うだろう。なぜならシヅキが馬鹿にした指輪は魔術師リーベルスの一族が積み重ねてきた千年を越える研鑽の果てにあるもの。それを貶められたまま引き下がるなど魔術師の端くれたる彼らに許されはしない!
食事スピードに耐えかね、風圧で木枝が落ちるように呆気なく箸が折れた。アルメアは指輪から不可視の鎖を伸ばし割り箸を引き寄せながら中空で両断する。その間コンマ1秒。一瞬すらも挟ませずに食事が再開される。
開始から6分。絶滅危惧種の底意地は、意地悪くも全力を賭して怪物を残り1/6にまで削り取っていた。
>> 90
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「おー。アルコールのにおいがしなくなりました」
「ま、魔術まで使わなくてもいいんですけど……お気遣い有難うございます」
瞬く間に消えた臭いと、魔力の気配。それで、トウマが何をしたのかを理解し、一先ずの感謝を告げる。
そして、彼の問いかけに返事をしようとした時に、隣のリットがのほほんと言ったことを聞いて、そうだろうなと内心では頷く。しかし、“かーちゃん”の単語を聞いて、疑問符を浮かべる。この人は、母親と一緒に暮らしているのだろうか。それに対して、トウマの方も禁酒を匂わすようなことを言うなど、何か冗談を言い合った感じでもない。
疑問を抱きながらも、今度は彼女自身の返事を告げる。
「そうですね。此方は二度参りです。スバル……ハービンジャーに、年越しを見せてあげようかと思って」
>> 99
「(そういう情緒がありそうにも見えんし)まぁ、そうだろうな」
妙な納得をしながら頷くとかーちゃんの拳骨という言葉に顔をしかめた。
「分かってる、分かってるが止めれないんだ。 俺もガキの頃はあんなもんどこが美味いんだって思ってたが」
顔を顰めたまま聖ブリギットの烈火の怒りを思い出す。
「来年から禁酒すっかなぁ」
エタクサ(正解だ)。誰ともしれない声にアルメアは心中で称賛を送りながら使役悪魔の一柱を招来する。
────来い! 「闇夜」カカカカ!