いつかとは逆だな。なんて、ガフの頭の片隅にそんな言葉が浮かんだ。
年甲斐もなくはしゃぎにはしゃいで新年を迎えた酔っ払いこと花宴は数分前に糸が切れるように横になり寝息を立て始めた。今はガフの膝を枕にして離れようとしない彼女をどうしようかと頭を悩ませる最中だ。というか、自分の膝は硬くはないのだろうか。
アズは9時にはベッド入りしているし、アトリスも珍しく就寝中。昼から花宴のテンションにつきあわされていたのだからさもありなん、そんなアトリスを無理に起こしたくはなかった。
窓の外へと見上げる空に瞬く落ちてきそうな星星。穏やかな寝息の主を困ったように撫でる不眠者の彼は、今夜は星を眺めて夜を徹そうかと思案を巡らせ、撫でる指先が触れる髪、その一本一本を味わうかの如くゆるゆると優しく手を這わせていた。
こんな穏やかな夜は何十、いや、何百年ぶりだろうか。花宴の治療を受けてからというものガフの心は凪ぐことすら増えてきた。平静のまま在る、というのは存外心地よいものだ。一年前には思いつきもしなかっただろう価値観は、ガフに大きな戸惑いを与えながらも、少しづつ心身に収まってきている。もうしばしの時が経てば定着するかもしらない。
全て花宴のおかげだ。ガフはそう考えている。
それは決して無条件な信頼でも臣従でも心酔でもない。言葉にしづらいが、ただ、彼女のことをガフは信じる事ができた。例え花宴が嘘をついたことが見え透いているようなときでも、きっと自分は彼女の言葉の裏を信じて待つのかもしれないとガフはそんな気がしている。これは感謝なのか? 尊敬なのか? 夜を徹して考えても答えは出ない気がした。
その時、
「……………ぁ………」
花宴が何かを微かに言葉にした。小さすぎて聞こえない言葉。寝言だから意味すらないのかもしれない。だというのにガフの口の端が弧を描くのは、花宴の幸せそうな表情に釣られたからだろうか。
小さく微笑んでガフは大切なものを気遣うような手付きで花宴の頬を指でなぞる。
────その感情が「愛おしい」と形容されることに気がつくまでは、あと、幾つの星を数える必要があるのか。答えはまだ誰も知らぬことである。