23:30
2019/12/31 (火) 23:34:06
『オレはこういう日は嫌いじゃないぜ』
「へえ。どうしてですか?」
『理由なく酒が飲める。理由なく女と騒げる。理由なくいい気分になれる。
今日ばかりは盛り上がろうが水を差すようなヤツはいない。そら、いい日だろう?』
「あなたらしいですね。そんなことを殊更に言うところが、特に」
空から雲を荒く削り取ったような大粒の雪が降っている。
このモザイク市で最も高い場所から見下ろす景色は、様々な商業施設が停止していることで、まるで凍りついたよう。
不意にやってきた氷河期によって何もかも凍てついた世界にひとつ、影があった。
広げている傘は体格より不釣り合いに大きく、黒い蝙蝠が女の体をすっぽりと覆っていた。
肩に乗った鸚鵡が嗄れ声を上げる。
『お前こそ何でこんなところに来た。今更感傷なんて必要ないだろう』
「いけませんか。ここから見る景色が好きだ、というだけでは。
いつかこんなふうに高いところから街の光を見下ろしました。まるでソラまで続いているような、長い長い階段の先に」
『………そうかい』
饒舌な鸚鵡の舌がそれきり止まる。大きな傘で女の表情は伺えず、黒い傘に白い雪が層を作っていく。
ちかちかと彼方に明滅する光は、指を伸ばせばぱきぱきと音を立てて折れそうなほど儚い質感で輝いていた。
女が微かに身動ぎする。それだけで傘の表面からざらりと雪は滑り落ちていった。
『何を見た?』
「いいえ、何も」
女が踵を返し、高台から去っていく。階段を1歩1歩確かめるように降りていく。
白く染められた世界の中、小さな足跡だけがそこに何者かがいたことを物語っていた。
通報 ...