彼女は工房で眠る友人の身体を揺する。
「起きなよメギドラ。新年来たよ」
長く伸びゆく鐘の音。話のネタに、初詣に行くと言い張って聞かない有子のことを話した際に、どう言う吹き回しなのか儂も行ってみたいとメギドラは催促してきた。
新年くらいは羽目を外すのも良かろうと、そう思って着物まで都合したのだが、どうやら催促と似た色の気紛れを起こしてご覧の有様。リビングデッド故に必要としない眠りに耽溺し、ムニュムニュと口を動かして寝言らしきものを漏らす姿は見かけ上の年相応に可愛らしい。
さて、これをどうするか。有子のことを「おさげさん」に頼み、一人店に残ったレヴァナントは思案する。新年に特別の価値を見出だせない彼女としてはごった返す神社に苦労と時間を浪費して並ぶ理由がない。約束はあるが気紛れに眠ったメギドラが悪い。このまま自分も眠るのがおそらく正しい判断だろうが……
「……いいか。たまのことだし」
よいしょと、小さく呟いて。レヴァナントはメギドラを背負って工房を出ていく。コートは要らない。彼女も友人も聖杯で風邪を防ぐような真っ当な不死は持ち合わせていないから。
夜空は透き通る晴れ模様。瞬く星は人の至れない空の上。ビーズの首飾りを解いたように散らばり散らばり。そして吐く息の白に隠れていく。
「メギドラ。ねぇ、本当は起きてたりしない?」
返事はない。
友人の身体は相変わらずひんやりと冬の冷たさのままだ。死体の彼女に眠る間の体温上昇など無縁。黙りこくっているのか、本当に眠っているのか、小さな身体から伝わる感触からでは区別が付かない。なら。どっちだって構いやしない。そうレヴァナントは思った。どうせ今から話すことに大した意味などないのだ。
「あのね。私さ、アンディライリーになる前のこと薄っすら覚えてる。お母さんとお姉ちゃんがいたんだ。……でも嘘の記憶だったんだ。それ。私には家族なんて誰もいない。生まれたときから人なんかじゃない。だから。ずっとひとりぼっちなんだろうって」
他人事のような、平坦な語り口。
レヴァナント、いや。ザイシャからすれば深刻な話でもないのだろう。センチメンタルに浸れる子供時代はとうの昔に過ぎ去り、今ここにいるのは年齢相応に身体を作り変えたレヴァナント・ラビット。だからそれは乗り越えてしまった通過点にすぎない。
無論背負われるメギドラも既に承知のことだ。それだけにレヴァナントは多くを語らずに近隣の寺社目指して歩みを進めた。が、唐突にその足は止まる。
「でも…………メギドラのことは家族だと思ってる。迷惑だったら、うん。ごめんね」
それだけ。
出し抜けの言葉をぶっきらぼうに切ると少女は再び歩み始めた星空の静寂の中で耳を澄ます。
顔を仄かに赤くしていたのは寒さに震えたからだろうか。それも白霧にまみれすぐに見えなくなってしまった。