- 3年前に書いたSSの
焼き直しリメイクSSです。 - 登場人物は旧ミバちゃんねるで活動していた人達になります。たまに小ネタもアリ
- ジャンルは能力バトル系SSです。
- 感想、その他ご意見等あれば遠慮なく書き込んでください。
用語・設定解説トピ
登場人物 解説トピ
イラスト・挿絵提供:エマ(@Kutabare_)
- 作中関西弁監修:うめぽん(@a39f7723d5)
- 主なリスペクト作品:『東京喰種:re』『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』…その他諸々
#Channel chapter
#01「灰とネズミ」>> 1~>> 20
#02「籠の中の鳥」>> 23~>> 44
#03「胎動」>> 46~>> 65
#04「Cheap-Funny-SHOW」>> 71~>> 88
#05「幼猫と誅罰-戯-」>> 89~>> 96
#06「幼猫と誅罰-壊-」>> 97~>> 120
#07「野蛮」>> 121~>> 137
#08「Mayhem of prison blake」>> 138~>> 179
*
「ミーバネルチャ」それがこの国の名前
ミーバース連邦でも屈指の大都市で、人口はおよそ3876万人
他所からは「活気もあって治安も良い国」「街並みも美しく観光地にもうってつけ」なんて評判らしいが、私はこの国の腐敗し穢れた場所を知っている。
ミーバネルチャ
ここ、ミーバネルチャ
商業ビルの廃墟が立ち並び、古びたアパートメント
ごく庶民的な料理を振舞う屋台もあれば非合法な物品を売買する露天商もある玉石混交とした闇市
それはこの国の後ろめたいであろう一面だ。
私はそんな場所に生まれ、物心もつかないうちに両親に闇市で売り飛ばされた。
言い値は817
*
「…本当にここで合ってるよな?」
ヤテツから受け取ったメモ書きに書かれていた通り車を走らせ後 、辿り着いたのは雨風で朽ち果てて焦げ茶色に変色し、ひび割れた鉄筋コンクリートを錆びつくトタン屋根が覆う、側 からみれば廃墟も同然のアパートだった。
「はい、永井哲也氏から頂いた情報が確かならこのアパートの203号室に夜宵エマが居住しているはずです。」
「だよな…早速突入するか、ラブホでチンタラやってるるるたとゆきだるま にも一応報告しといてくれ。」
「ていうか玲羽、さっき言おうと思ってたんだけど未成年にラブホの調査させるのってコンプラ的にまずくない?」
「あっ…(忘れてたわ)いや、いやいや!仕事だぞ!仕事だから多少の規律違反も止む無しだろ、管理局員なんてそもそもそういう汚れ仕事だろ。」
「それに…まぁ、こういう風に班を分けたのも…だな…」
「"追跡者 "である俺と瑠々田 の監視、でしょう班長、違いますか?」
おれの見苦しい言い訳を遮るように海斗が言う。
「まぁ、ぶっちゃけるとその通りだ。」
各地で頻発する野良断片者 の犯罪発生率に対しておれ達管理局員の人材不足は深刻だった。管理人 が取った策は先日の「対アザミ水際作戦」で捕えた断片者 達を即戦力として我等が管理局員に加える、という博打的な計画だった。首輪の付いた追跡者計画 」断片者 達は追跡者 と呼ばれることになった。
そこで
その名も「
そして管理局員として配属された元囚人の
「案ずる必要はありませんよ、俺も瑠々田も妙な真似はしませんから」
「貴方の腕輪に取り付けられたその忌々しいスイッチが存在する限りは。」
班に配属された
「おれだってスイッチ一つで他人の命を奪うなんて"独裁者"めいた真似したくねぇからな、勘弁してくれな。」
「はい、勿論ですよ班長殿」
「さて、無駄話もこれぐらいにして行きましょうか」
「…そうだな。(追跡者 が偉そうに仕切るな、カス)」
ピンポーン♪
チャイムの音も空 しく203号室からは一向に部屋の主が応じる様子も無く沈黙を続ける。
「管理局員の者です、近頃この辺りで多発している強盗事件についてお伺いしたいことがあるのですがー…ってこれもう12回は言ったよな。」
「お言葉ですが班長、これで計17回目です。」
「…マジかよ、クソ…しゃらくせぇ!」
ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポピンポピンポピンポ…♪
「うるさいわぼけ!アホ!バカ班長!」
「止めてほしいならもう鍵開けて先に突撃の合図かけてくれよ、おれの代わりに」ピンポピンポピンポ…
「ひどい…あとで女性差別で訴えます…」
大水木はそう言って事前にこのアパートの管理人から預かった合鍵を嫌々そうに鞄から取り出し鍵穴に差し込む。
(行くよ?3…2…1…)
大水木が勢い良くドアを開け、先におれと海斗が拳銃を構え部屋に突入する。
ドアを開けるとそこには至る所に物という物がとっ散らかっていて、鼻を突くような酷い空気が漂っていた。
「やはりモヌケの殻の様ですね。」
「これじゃ隠れられる様な場所もないしな、何か手がかりになる物が残ってたら押収しとけ」
「ねぇ、玲羽見てよこれ…」
大水木が指差す方向を見遣 るとそこにあったのは尋常じゃない量の風邪薬の空き瓶の入った段ボールだった。
そのどれもが泥棒猫に盗まれた物品と全て一致していた。容疑者候補 から完璧な"容疑者 "になり、おれ達の予感は確信へと変わった。
これで夜宵エマは
「レシートも無いし間違い無く盗品 だな、大水木これ証拠物件として押収していてくれ。」
「全く、人使いが荒い班長ですね!まぁ持っていきますけど…って、え…?」
「ん?どうした?大水木?」
振り返ると大水木の視線の先、ドアの外に立ち尽くす一人の少女
片手に黒猫の仮面を持ち、顔は青白くやつれている。
…間違い無い、レートA:泥棒猫、夜宵エマだった。
「なんで…私の家に…何者ですかあなた達…」
夜宵エマは案の定とうとう自分の犯した罪が管理局員達に暴かれてしまったのかと言わんばかりに怯えた様子で震え声を絞り出すのがやっとの様だった。
「管理局員の者です、単刀直入に言います。あなたには近頃この近辺で多発している嗜好品の強奪事件の犯人、通称泥棒猫の容疑が掛けられています。今すぐ我々と共にミーバネルチャ管理局東部街 支部までご投降願えないでしょうか?」
「知らない…知らないっっ!!私…そんなことしてない!!」
「この部屋にある夥 しい酒類や薬瓶の数々がそれを裏付けています、よって容疑者であるあなたには事情聴取を受けてもらう義務があります。」
「ふざけんな!!!」
着々とその疑いの地盤が固められていく様に耐えかねたか、夜宵エマが突然ヒステリックに叫び声に近い怒声を上げる。女 が…癇癪 持ちの女を見ると幼い頃に散々見せられた母親の姿を思い返して胸糞が悪くなる。
大水木は突然の出来事に体をビクつかせ、海斗の方はと言うと「やれやれ」といった様子で呆れて首を傾ける。
往生際の悪いクソ
「知らない知らない知らない!!そんなの覚えてないもん…覚えてないから私じゃないもん…」
すると夜宵エマはポケットからあの日に行ったタピオカ屋の壁に似た色の剃刀を取り出し徐 ろに刃を左手首に向ける。
「血迷ったか…!大水木自傷行為 を止めさせろ!!海斗、対断片者 用の手錠の準備を!!」
「う、うん…!」
「了解しました」
「エマさん、落ち着いてください…あなたが例え何らかの罪を犯していたとしても例えそれは自分の体を傷つける理由にはなりません…だから…」
「近寄らないでよ!!!もうそういうのはうんざりなんだから!!」
「…っ!?」
本日二度目の癇癪 だ、夜宵エマをなだめながらそばまで歩み寄っていた大水木を夜宵エマは右手に持っ剃刀を振りかざして追い払う。
「そうやってみんな法律だとかモラルだとかで私の全部を否定するんだ…私の気持ちを何も分かろうとしないで…それが間違いだからって…だから私みたいな人は間違ったままこうやって大人に近づいていくんだ…」
泥棒猫の独白の末、玄関口に立っていた彼女の姿が消えたかと思った直後、有無を言わさぬ疾 さで大水木の腹を右脚で蹴り上げる。
「ぐっ…!?はぁ……!!」
大水木の身体が勢い良くベランダのガラス戸を突き破り宙に投げ出される。
「だけど茗夢が肯定してくれた、私が今まで犯した過ちも全部引っくるめて、受け入れてくれた。だから私は茗夢だけを信じるから!!」
「海斗!!大水木を頼む!こっちはおれで何とかする…。」
「……了解!!」
海斗はすぐさまベランダの手摺りを飛び越えて大水木の救助に向かう。
「何とかする」とは言ったものの加勢が来るまでおれにできることはせいぜいほんの少しの時間稼ぎ程度だ。
「このクソメンヘラが!!いきなり何しやがんだテメェ!!」
「先に手を出してきたのはそっちじゃん、被害者ぶらないでほしいんですけど。」
「大体お前が未成年の分際で酒やタバコ、果てはクスリにまで手を出さなきゃこうはならなかったんだけどな。」
「…うるっさい……なァ!!!」
泥棒猫は短気な様でそう言い放つなり俺の顔面目掛けて拳を繰り出す。
おれは前屈みで倒れる様にその拳を避けて泥棒猫の左右の二の腕を掴んで壁に胴を叩き付け、取り抑える。
あの時おれと大水木を殺しかけたピンク色の粒子砲に比べりゃトロいもんだった。
「最初から神妙にお縄に付けってんだ、クソ女 …。」
「そんな非力な腕力で…私を押さえ付けられると思ってる?」
おれの油断の隙を見計らったように泥棒猫の膝蹴りが脇腹に直撃する。
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」
内臓をハンマーで叩きつけられた様な、そう形容するのも大袈裟じゃないくらいの痛みに思わず顔が歪む。
その痛みも束の間おれの身体はさっきの大水木よろしくベランダの外へ投げ出されていた。
部屋があったのは2階、落下時の衝撃でも大抵は命に別状の無い高さだ。泥棒猫 は落下後に追撃を与えてくる可能性がある。断片 によるドーピングで全身を強化しているのだろう。
しかし今闘っている
おれは両腕を前に構えて着地姿勢を取り足の爪先から指先が地面の感触を捉えたのを合図に前傾姿勢でアパートの反対側へと駆け出す。
背後ではおれの着地した辺りからコンクリートを砕く鈍い音が聞こえる。
恐らく
おれの推測が正しければ泥棒猫はその脚力ですぐにおれに追いつける、非常に不味い状況だが。
「仮面変身 ─────『緋車疾進 』。」
前方から颯爽と現れた名も知れぬヒーローはおれの頭部スレスレにすれ違い背後から追いかける泥棒猫に飛び蹴りをお見舞いした。泥棒猫 を眺めるように堂々とした姿で突っ立っている。
振り返ると蹴り飛ばされた泥棒猫の躯体はアパートの壁を崩壊させる程にめり込んでいて、現れた全身赤色のコスチュームを身に纏ったヒーローはさぞ自慢気な様子で倒した
「その姿…お前……海斗か?」
「えぇ、大水木准将は無事だったので加勢に駆け付けました。」
気づけば陽も傾き街並は夜の片鱗を見せ始めていた。
断片 は?」
「玲羽少将、泥棒猫の
「恐らくはシンプルな身体能力の強化だ、それ以外は知らん!」
「成る程、ですが俺の断片 であれば難無く対応できる程度でしょう。」矢面 に出ます、玲羽少将は後方援護を。」
「俺が
そんなに功績が欲しいならくれてやるよ。断片者 の女が1人。断片 を秘めたおれと断片 を使い熟す海斗、形勢は完全に逆転した。
相手は体術もズブの素人の身体能力強化の
対してこちらは
このままいけば順当に泥棒猫の確保も遂行できる。
そう思っていた、その時だった。
「アハハ、大ピンチって感じだねエマちゃん。助けてあげようか?」
おれ達の大捕物 を嘲るように嗤う声の主は先程おれ達が捜査していたアパートの屋上に鎮座していた。
屋上からおれ達を見下ろして憎たらしく忌々しい微笑みを浮かべているのはレートSS:教祖、茗夢遊戯だった。
「アハハ、大ピンチって感じだねエマちゃん。助けてあげようか?」
「……助けて、茗夢。」
泥棒猫は頭上に現れた教祖に懇願する。
茗夢は彼女の願いを聞くと、一瞬欲に溺れた人間の末路を嘲るように悪魔の様な冷徹な微笑を浮かべたかと思うと、今度はアパートの屋上から一歩空中に歩んで地上に舞い降りる天使を気取るようにゆっくりと、海斗を着地目標にして降下していく。
「茗夢様…どうして…どうしてあなたが…」
海斗は先程までの冷静沈着な様子とは打って変わって、かつての主君だった教祖の登場に酷く動揺している。
「あの時あなたが革命に参加して国家転覆を成功させていれば!俺はこんな悪趣味な首輪を付けられてスイッチ1つで命を管理される惨めな飼い犬には成り下がらなかった!!」
「それをどうして…こんなにも堕落した売女の罪人を庇う!!」
我を失った海斗が降下する茗夢目掛けて一心不乱に跳び掛かる。
「それはね、海斗クン」
「革命なんてただの気まぐれな前戯に過ぎなかったからだよ。」
茗夢は目前まで迫っていた海斗の頭部を造作もなく脚蹴 にして地に叩き落とす。
「がぁっ…!?」
茗夢は何事も無かったかのように地に足を着けるとその場に立ち尽くしていたおれに語り掛ける。
「2つ質問するよ、まずこの前の革命の時るるたちゃんを捕まえたのはキミ?そしてこの場の局員の中で一番偉いのもキミ?」
「あぁ、どっちも紛う事なくおれだよ、そしておれからも質問する」
「教祖、お前は何故ここに来た?お前の目的はなんだ?」
「きみもご存知の通り先の革命の失敗でアザミの信徒達は国家の犬達に追われる身になってから散り散りに、統率も取れなくなったアザミは実質的な崩壊を終え、不死身の教祖も今は独りぼっち」夜宵エマ だったっていうだけだよ。」
「だから私は退屈しない話し相手が欲しいの♪それが偶然君達の標的の
さっきの質問と言いアザミの末路といい茗夢は恐らく何らかの情報網を通じて治安管理局の動向の大部分を把握している。内通者 から情報を得ているのか?それとも教祖という仰々しい立場故の人脈を駆使して…そう思慮に耽けていると茗夢が何やらクスクスと嗤うのが聞こえた。
確信は無いが、管理局内に何らかのコネ…
「凄いねキミ、いや中野玲羽 君。断片 の扱い方も知らない癖にあのるるたちゃんを捕まえて、身体強化の断片 を持つエマちゃん相手に少しは時間稼ぎができて。」
「…!?」
コイツ…どこまで知ってるんだ!?
「でもね、エマちゃんの断片 の真骨頂はこれからだよ。」帳 は落ちた…お目覚めの時間だよ。」
「さて、夜の
茗夢がそう言い終えておれは我に帰って泥棒猫の方を確認する、先程まで混凝土 の瓦礫の中に埋め込まれていた泥棒猫の姿は無く、ただ目にも止まらぬ速さでこちらに向かってくる"何か"の残像だけが認識できる。
次の瞬間、腹部に猛烈な衝撃が加わりおれの体は遥か後ろの建物の壁面まで突き飛ばされていた。
「…っ痛ぇ…クソ…死ぬ程痛ぇ…」
確実に肋骨の何本かは折れて内臓もズタズタになっているだろう。
さっきの不意打ちの膝蹴りとは比べ物にならないくらいの痛さにおれは今にも弱音を吐いて泣き出しそうだったその時。
「玲羽!!大丈夫…!?じゃないよね…泥棒猫にやられた?お腹…早く応急処置しないと…」
建物の陰から現れたのはさっき泥棒猫にベランダから投げ落とされた大水木だった。
「大水木…無事だったか、良かった…」
「私の心配より自分の心配してよ!ボケ!玲羽の方が今にも死にそうなくらいボロボロだよ…今から手当てするから…」
「…いや、お前はおれを置いて逃げろ、マジで。教祖が現れた、それと何でか泥棒猫も強くなってる、最悪の状況になった。」
「応援が来るまでおれの命も持つかも分かんねーよ、だからもうお前だけでも…」
「惚気話も終わったカナ??」
見上げるとそこにはおれの腹をブン殴って突き飛ばした張本人の泥棒猫がさっきまでの焦燥とした様子とは裏腹に余裕そうな表情でこちらに一歩ずつ迫り寄っていた。
「急に動きが変わってビビった?私の断片 は常闇の夢心地 、夜が深くなる程身体能力がパワーアップ、そしてオマケにテンションがおかしくなるんだけどね。」
「君もやしみたいな体してるから一撃で殺しちゃったと思ってたよ〜ゴメンゴメン。」
泥棒猫は勝ち誇ったように自らの断片 をひけらかす、こちらに勝ち目が無い事を理解 っているからだ。
「そういえばそこの地味子は部下?それとも彼女?なーんか君達仲良さそうだもんねぇ…」
「そいつは関係無い…通りすがりのよくいる腐女子オタクだ…手を出すな…」
(…え?今の私の悪口!?)
「そっかぁ、じゃあこの地味子を今から無惨に殺しても君は何も思わないよね、そういうことになるよね?」
(地味子って…私!?)
「…やめろよ!!…大水木には手を出すんじゃねぇ!殺すなら…おれから殺せよ…」
「へー、わかった。それじゃあ君を殺すのは最後にしてあげる。そこの女の子の断末魔をじっくり聞かせて、あのヒーロー気取りの男も、その辺にいる仲間達も、サクッとみんなみーんなあの世に送り届けた後に殺してあげる。」
「そうすればあの世で1人じゃなくなって、寂しい思いをしなくて済んではっぴぃえんど、チャンチャン♪どう?素敵だと思わない?」
「…ふざけんな、馬鹿げてる…さっきまで逃げ腰だった癖に何だよ…傷付けるのは自分の体だけにしとけよ!!」
「…どうやら、早くこの女の子を殺してほしいみたいだね、それじゃお望み通りにしてあげる。」
泥棒猫は怯える大水木に詰め寄ると首の根を締め上げて、見せ物にする様に大水木の足が宙ぶらりんになる高さまで持ち上げる。
「…かはっ!うぅ…ぁ……助け……て……。」
「いいね〜その救いを求める哀れな表情…その声にもならない絞り出したみたいな悲鳴…ゾクゾクする…もっと見せてよ…。」
断片 を使っていれば大水木を危険な目に遭わせなくて済んだのかもしれない。北部街 からの腐れ縁の幼馴染の命が今にも無責任に奪われようとしている。
おれは勘違いしていた、全力を出さなくても大切な人を守れるくらいには自分は強いと思っていた。
でもそうじゃなかったんだ、あの時もそうだ、おれが
ただ、"回収"されて誰にも会えなくなって独りになるのが怖かった、それだけだったんだ。
でも今は後先を考えてる場合じゃない、目の前で
もうここで終わってもいい、だからもうおれは、お前の全てを受け入れる。
──────「
待ち兼ねたと言わんばかりの勢いで右腕の皮膚を切り裂き現れた骨の刃が大水木を掴み上げていた泥棒猫の腕を斬り付けた。
*
「…痛っ………!!」
地味子の首を掴み上げていた左手を視界の外から飛び出してきた純白の刃が斬り付けた。
「痛い痛い痛い……痛い!!」
稲妻の如く突然左手を流れる痛みに私は思わず掴み上げていた地味子を手放してしまう。
「……玲羽!!」
玲羽…?もしかして、さっき吹き飛ばしたもやし体型の痩せ男に断片 が…!?
「腕の切り傷 の痛みには慣れてるのかと思ってたぜ、メンヘラクソ女。」
右腕から骨の刃を突出させた痩せ男の管理局員が、ダメージを受け蹌踉 る体を奮い立たせるように、私に鋭い視線を向けて立ちはだかる。断片 を封じている管理局員の男」がまさかこの窮地に及んで断片 を発現させるのは最悪の想定だった。
茗夢が言っていた「
「大水木、下がってろ。」
「…分かった!!」
「クソっ、逃さな…」
私が路地へと駆け出す地味子に手を伸ばそうとしたその時、素早く振り上げられた骨の刃が指先掠 める。
「人質を取って逃げるつもりだったか?卑怯者」
「お前みたいなクズからこれ以上おれ達の何もかもを奪わせやさせない。」
「…あぁ、そう、そっか。」ピキピキ…
「それならさっさとここで死に腐れ!!骸骨野郎!!」
*
「それならさっさとここで死に腐れ!!骸骨野郎!!」
怒りで我を忘れた泥棒猫の躯体が大水木からおれへと標的を変えて獲物に飛び掛かる猛獣の如く飛び掛かる。
おれはすかさず右手から剣山の様に出鱈目 に骨の刃を突出させて迎撃に備える。懐 まで到達して、骨の刃でコーティングされていない右腕の手首と肘に掴み掛かり両脚で未だに傷の癒えない腹にドロップキックを炸裂させる。
だが、泥棒猫の躯体はおれの予測も越えた速さでおれの
「ぐあっ…」
「…妙な手応え…もしや、骨の断片 で腹部をガードした?」
「…ったりめーだろ、急所は守る、戦闘の基本だろ。」
「そう…それじゃあいっぱい痛い目見せてあ・げ・る!!」
泥棒猫はおれに休む暇を与える間も無い、無数の殴打と蹴りの応酬を続ける。
断片 で身体能力を強化している泥棒猫相手なら尚更その速度の差は顕著に現れる。
攻撃のダメージを抑える為、おれは体を骨で覆っているがこの場合体重に負荷が掛かり動きが鈍くなる。
ゲームに喩えるならおれは鎧と盾だけを装備して防御力だけを上げた戦士、そして泥棒猫は剣と腕輪を装備した攻撃力と素早さを上げた盗賊。
このままでは防戦一方で戦士は盗賊に敗れてしまう。
「あれぇ?どうしたの?さっきまでの余裕は?」
「まさか、あの女の子の目の前だからってカッコつけただけ!?ウケる〜」
「…んな訳ねーだろ、バカがよ」
泥棒猫は再び勝利を確信したのか、攻撃の手を止め調子良さそうにおれを挑発する。断片 をオートで使い続けていたのでヘロヘロのもやしだった。好機 だ。断片 で確実に泥棒猫を倒す方法…………そうか。
おれの方はというと泥棒猫の攻撃を喰らい続けていたのと、
恐らくこの隙が打開策を練る最後の
泥棒猫の機動力に左右されず、尚且つおれの
思索の末、辿り着いた答え、それはたった一つで、とってもシンプルで、そして最も卑怯で残酷な方法だった。
「なぁなぁ、夜宵エマさんよぉ…。」
「…急に何?馴れ馴れしくしないでくれる?」
「おれの右腕を見てくれよ、ほら、お揃いの自傷痕。この断片 が目を覚まそうとする度におれはこうやってこの力を封じてきた。」
「おれは元々『親から貰った体を自ら傷つけるなんて〜』っていうお節介な倫理観は無かったから別に大して何も思わなかった、だけどどうしてかリスカの後は心の中がドス黒く染まるようなそんな最悪の気分になる。」
「へぇ、そう。別にキミの自傷行為について特に興味は無いんだけど。」
「でもおれはお前のその自傷行為の理由について、興味がある。」如何 して何ら不幸な環境で生まれてこなかった少女が、自らの手で自分を不幸に至らしめているのか────。」
「
「五月蝿い!!五月蝿い五月蝿い五月蝿い…。」
「どうしていずれ不幸になると分かってい酒やクスリに身を堕としたのか、その浅はかさについて。純粋に疑問なんだ、だから説明してほしいな。」
「あ〜〜もう五月蝿いな!!!知ったような口聞くんじゃねぇよ!!私の何もかもを知らねぇくせによ!!!」
「…ははっ、じゃあもう何も知らないまま死んじゃえ、死ねばいいんだ。テメーみたいな偽善者この世から全員消してやるよ。」
泥棒猫の瞳は完全に憎悪と狂気に支配されて正気だった頃の面影は見る影も無い。
泥棒猫は前傾姿勢で地に四肢を着け四つん這いになり、全身の毛を逆立たせる程に唸り始める。
文字通り泥棒猫の様に、否、狩りで獲物を仕留める女豹の様に。
「常闇の夢心地 、狩猟形態───『過剰闘夜 』」
「ここで死ね、そしてあの世で懺悔しろ。」
泥棒猫の刹那の跳躍、そしておれの腹部を泥棒猫の両手が貫く。
「…ぐふっ…ゲホァっ!!」
止めどない血反吐が流れ落ちた。視界が朦朧とする中で泥棒猫が勝ち誇ったようににんまりと笑みを浮かべるのが見える。
「…バーカ、所詮骨を出すだけの断片 で夜の私に勝てる訳が無いんだっつーの……って、あれ、ちょっと…なんで…手が…」
「お前の手をおれの体内の骨で塞いだ、これでお前の機動力は封じた。」
「…だからって、何ができるっていう訳!?」
「分かってるだろ?」
「─────"骨を出すだけ"だ。」
逃げ場を失った泥棒猫の躯体をおれの全身から突出させた骨の刃で貫いた、それはまるでヤマアラシの様に。
「…ッ〜〜〜〜〜〜〜!?」
泥棒猫、夜宵エマの声にもならない断末魔が辺り一帯に響き渡った、夜宵エマは気を失って眠る様にその場にへたり込んだ。
「おれには嫌でもお前の気持ちは理解できるよ、夜宵エマ。」
「だからもうこれ以上、不幸にならないでくれよ。」
「ハァ…ハァ…クソっ。」
夜宵エマとの戦闘で体力を消耗しすぎた。
大水木は無事に逃げられただろうか、救援は間に合っただろうか。
そういえば、海斗は────。
パチパチパチ…
前方から近づく余裕ぶったような拍手の音。
「アハハ、キミ凄いね。エマちゃんが断片 を使い熟せていなかったとはいえ、本当に倒しちゃうなんて、面白い子。」
失念していた、教祖の存在。
「教、祖…お前…海斗は、どうした…?」
「さっきまで遊んでたけど飽きたから壊しちゃった、だからコレ、キミに返すね。」
教祖は片手で引き摺っていた人の形をしていた肉塊をこちらに差し出す。
それは確かにあのヒーロー気取りだった海斗の面影を残していて、スーツのプロテクトも殆ど剥げ落ちて、それらがヒーロー気取りの青年を痛めつけた教祖の一方的な虐殺の痕跡を物語っていた。
「外道が…。海斗も泥棒猫も…そしておれ達も、お前にとっては退屈凌ぎの玩具でしかないのかよ。」
「それは少し違うかな、玲羽少将君」
「キミが気づいていないだけでこの世界には自分の欲望の数だけ色んな享楽が溢れているんだよ、法や倫理、道徳なんて壁を取り除けば私達は欲望を満たし、享楽の甘美を貪ることができるのだから。」
「それはお前ら無政府主義者 の犯罪者共の詭弁だろ…!」
「少なくとも、この国には…他者の尊厳を踏み潰してまで得られる享楽なんて物は存在することその物が許されないはずだ…!」
「…キミって本当に何も知らないんだね、流石に私も苦笑しちゃうよ。」ニコッ断片者 の由来は、そして国が"回収"した断片者 達の行く末と末路──、それらについて少しでも考えたことがある?」
「今キミ達が踏み締めている"自由"が一体幾万の亡骸の上に立つハリボテの城なのか。
「それは…」
悔しいけど、今まで生きてきてそんなこと考えようともしなかった。
いや、知らない方が幸せでいられるような気がしてずっと知らずに生きていただけだ。
「ま、一端の平局員には少し重い話題だったかな。」ニコッ
「さて、どうしようか。玲羽少将、私としては君が飽きるまでここで語り尽くしてもいいんだけど、そろそろキミらの救援が来る頃合いだろうし、残念だけどそろそろお先に失礼するけど…」
ピリリリリリリ!
その時、茗夢の退場を遮るようにけたたましく着信が鳴り響く。
こんな時にも関わらず突然のことだったので、思わず反射的にスマホを手に取って電話に出てしまう。
『もしもし!玲羽!!今すぐそこから後方に走って!!!』
「おっ、大水木かよ…どうしたんだよ急に…」
『いいから!生き延びたいんでしょ!?だったら走って!!』
「わっ、分かったよ…」
大水木の必死の呼び掛けに言われるがままにその場から全速力で後方に走り出す。
「あれれ?急にどうしたの?変な子…」
突然置いてけぼりを喰らった教祖も流石に呆れ果てた様にその場に立ち尽くす。
次の瞬間、教祖が立っていた辺り一辺を、あの日見たピンク色の粒子の煌めきが包み込んだ、空から降り注ぐ絶え間無い粒子の雨が、先程までのおれの足場までを呑み込んで街並みを跡形も無く焼き尽くしていく。
『驚いた?玲羽?私がるるたとゆきだるまに指示して上空から玲羽と教祖が鉢合わせている地点を目標にして、るるたのCrush Canon をブッ放してもらったの!』
「ははっ、なるほどな…それならるるたの断片 も民間人を巻き込まずに発動できる、そしてゆきだるまの断片 ならそれを補助できる…即興にしては完璧な作戦だな。」
『でしょ、でしょでしょ!!教祖を倒した功績が認められたら今度の昇級は私が玲羽に下剋上かなーー!?なんてね!』
「いや、やかましいわ。これじゃ教祖の身体が消し炭になったのかも分かんねぇよ…ったく、取り敢えず助かったよ、ありがとな大水木」
『どーいたしまして!!』
「とりあえず空でプスプス浮かんでるガキ共は放っといて戻ってきてくれよ、おれはもう貧血でぶっ倒れそうで…それじゃ。」ブツッ
粒子の雨が降り止んで、ぽっかり空いたクレーターがまるで、この空間だけ西部街 の紛争地帯から切り取られて、ここ東部街 に転送されて存在しているような歪な空間だった。
まさか、レートAの盗人を捕らえる為だけに教祖をも巻き込んでこんな大きなクレーターが空く大捕物が起こるなんて誰が予期できたか…。
さて、後は大水木と合流して本部に戻るだけだ…。
「へー!るるたちゃんの爆発的な威力の断片 をこんな風に有効活用できるなんて、キミ達大したモノだねぇ。」
振り返るとそこには眼前でピンク色の粒子の雨に焼き尽くされた筈の、五体満足の教祖の姿があった。
「教祖…!!何故、何故生きてる…!?」
「何でって簡単なコトだよ。私の断片 によって私の肉体は完全に破壊することが出来ないから、例えさっきみたいに細胞レベルまで全身を焼き尽くされたとしても傷ついた細胞1つでも残っているなら断片 がすぐに元の形状まで肉体を保とうと再生する、要は絶対に死なないから殺せないってコト。」
言われてみればそれは常識の理を超えた断片 の理の中では当然のこととして享受できた。断片 を持つ教祖が何故永きに渡って治安管理局の手から逃れられるのか、考えてみれば確かに簡単なことだった。
不死の
間違っていたのは茗夢の肉体を"跡形も無く"消し炭にしようとした大水木の方だった。
「何だか私、どこまで行っても頭の悪いエマちゃんよりどこまで追い詰められても秘策を繰り出す賢いキミ達に俄然興味湧いちゃったなぁ」体 のキミを殺そうとしてもまだ面白い策はあるんだよね?わくわくしちゃうなぁ…♪」
「ねぇ、次はどうするの?もしも私が死に
不味い、最悪だ。
俺は教祖の言う通り泥棒猫との戦闘で疲労困憊の死に体で、もうすぐ此方に大水木も駆け付ける。
このままだとおれも大水木も成す術無く教祖に狩られるだけだ、クソっ、救援はまだなのか…!?
「ねぇ…早く、早く早く早く!!見せてよ!!」
死の足音が刻一刻と此方に近づくのが聴こえる。
「あれ…キミは何でそんなに絶望的な表情を浮かべてる訳?キミの実力はその程度じゃないでしょ?ねぇ、どうして?」
「もしかして救援が来ることだけがキミ達に残されてる希望ってコト??」
「…だったら、どうするんだ…?」
「何それ、期待して損した…キミ達死ぬ程退屈だよ…」
「じゃあさ、キミ"走馬灯"って知ってる?人間は死の直前、今までの人生の中から自分が生き残る術を探す為に脳内を流れる記憶のスライドショー…なんて眉唾なんだけど、試してみる?」
そう言うと教祖は焼き焦げた法衣 の中から得物を取り出して徐 にそれをおれの脇腹目掛けて突き刺す。
「っ!?、ぐあぁっ!!」
立つのがやっとだった俺の身体の均衡は唐突に加えられた猛烈な苦痛によって瓦解し、そのまま仰向けで地面に倒れ伏した。
霰 もなく街並みに響き渡る苦痛の悲鳴、地面のタイルを生暖かい鮮血が染め上げていく。
教祖は俺に伸し掛かると、間髪入れずに得物を俺の身体の末梢へと突き刺していく。
「アハハ、今のキミ、"親に玩具を買ってもらえなくて駄々をこねて泣いてる子供"みたいで超滑稽でウケるよ…どう?走馬灯見えた?」
死の今際に脳内を流れているのは大水木と過ごしていた日常の回想だった、こんな時に大水木かよ…と思ったがそりゃ北部街からの腐れ縁で幼馴染だもんな、という変な納得もあった。日常 を映し出す走馬灯を眺めていた俺が永久 の眠りを受け入れようと目蓋を閉じたその時だった。
酷く脆くちゃちな
銃声。
得物を振り下ろそうとした教祖の腕を貫通する弾丸。
「…それ以上玲羽を傷つけるな!教祖、茗夢遊戯
…!!」
怯えて震える頼りない銃口を教祖に向けていたのは、おれの走馬灯のフィルムを埋め尽くしていた他でも無い腐れ縁の大水木だった。
「あぁ、キミがあの時着信を掛けて私を焼き尽くす作戦を立てた張本人か。勇敢だね、その玩具 で私をどうするつもり?」
「警告です、今すぐ玲羽から離れて両手を挙げなさい、これ以上玲羽に危害を加えるなら、私はどんな手段も厭 わない。」
「不死の断片者 にその玩具を突きつければ脅しになると、本気で思って…」
二度目の銃声が響いた。
教祖の脳天を弾丸が貫き、脳漿が地面に散らかり落ちる。
教祖の身体が意思を失った隙におれは教祖の肢体を突き飛ばして大水木のすぐ傍まで駆け寄る。
「おれはどうやら"本日二度目"の助けてくれてありがとうをお前に言わなきゃ行けないらしいな。」
「バカ!そんなの後でいいからっ…今は逃げないと!玲羽、走れる!?」
「こんなズタボロ貧血骸骨男が走れるって思ってるのかよ…鬼畜すぎるだろ…」
「あーもう分かった、じゃあ肩貸すから」
そう言って大水木がおれに左腕を差し出したその時、おれの身体に突き刺さった物と同じ教祖の得物が、的を射るダーツの矢の如く大水木の二の腕を突き刺した。
「…痛っっ!?」
「大水木っ!?おいっ!?教祖お前…よくも…っ!!」
そう言って振り返るおれの頬を通り過ぎる得物の刃先が掠 めた。
「やっぱりキミ達…退屈しないね、どうして互いの為にそう簡単に命を賭けられるの!?ねぇ!?もしどちらか片方が死んだらどういう風に殺意の矛先を私に向けてくれるかな!?ねぇッ…!?アハハ!アハ!」
何が可笑しいのか教祖は狂喜して高らかに嗤う。
トランプの札を持つように得物の束を両手に携えた教祖は今か今かと得物を振りかぶろうとしている。
「これは警告、これから私に背を向けて逃走するならこのナイフをどちらか1人の急所に突き刺して殺してあげる。」
「もし指示に従って素直に此方に立ち向かうなら、場合によっては見逃してあげる、どうかな?」
このイカレた教祖の提案には最早窮地に追い詰められたおれ達に選択権は無かった。
どちらか1人が犠牲になるくらいなら教祖と相対し、少しでも時間を稼いで救援が間に合う可能性に賭けた方がマシだ。
おれと大水木は一度互いに顔を見合わせ、互いに頷き合うと、同時に教祖に振り返る。
「それでは私達は…このピストルであなたを無力化し、そして拘束します…!!」
「大水木お前…左腕の流血…」
「大丈夫…!だから!私を信じて…!」
震える大水木の銃口を支えるようにおれは両手を銃身を握る大水木の手に添える、そして照準を教祖の脳天に定める。
「さぁさぁさぁ!キミ達の"希望"を私に見せてご覧…!」
おれ達2人目掛けて数本の得物が一直線に振りかぶられた。
「…ッ!!左手動けぇぇぇぇ!!!」
その時、大水木の左指は拳銃の引き金を引くことは無かった。
重厚な引き金を引くには余りにも多くの血を失い過ぎた。
だけどその瞬間、眼前には信じ難い光景が映し出された。
それは夥しい数の"鍵"。
地面に空いた異空の穴から、幾千の鍵の束が振りかぶられた得物を弾き返して、そのまま教祖の胴体を貫いた。
「……生きてる…?おい…これって大水木の…」
「えっ、違っ…これは…」
「……これはミッキー…いやっ!スターチス様の断片 ッ!?」
鍵束で胴体を貫かれた教祖が応える。
「嘘……そんな…だって、あの人は…でも…この断片 は間違いなく………」
突如胴体を貫いた正体不明の断片 に茗夢は初めて狼狽える。断片 の主の正体を知っている様でもあった。
しかし、口振りから察するに茗夢はその
「アハハッ!アハッ!最高じゃん!こんな展開誰が予測できた!?良い…良い!この渾沌 、全てが狂おしく愛おしい世界…!!アハッ、アハハ!!!」
教祖は我を忘れたように狂乱する。
教祖の腹に空けられた"鍵穴"が既に完全に再生しきった頃だった。
「ハァ…ハァ…茗夢 !!」
その声の主は先程おれが瀕死まで追い詰めた夜宵エマだった。
「あっ、エマちゃん。まだ生きてたんだね。」
「そうだよ…!私…さっきはそこの玲羽 に負けて…今も死にそうだけど…。」
「少しでも茗夢の力になりたいって思ったからここまで来たのっ!だからお願い!私を褒めてっ!茗夢!」
「そうだね、誰かの為に動くことは立派なこと。それは偉いよ、けどねエマちゃん。」誅罰 が回ってくるんだよ。」
「どれだけ善い事を積み重ねようと、一度道を踏み外した幼猫には、必ず
「えっ…」
泥棒猫が困惑の表情を浮かべ茗夢に歩み寄ろうとした直後だった。
何処からともなく放たれた弾丸が、泥棒猫の胸元を撃ち抜いた。
「茶番は終わりだ罪人諸君、全員そこから一歩も動くなッ!!」
その場にいた全員がその声の上方を見遣る。
それは商業ビルの屋上に悠然と立つ元上官、そして現在は公安対断課の1人。
レミート・フィクスフリットだった。
「ようやくご登場って訳か、公安対断課…!!」
「れ、クソアマ 元上官…!?」
「革命以来だな、玲羽准将。いや、今は少将だったか。しかし残念だが今となってはそんな事はどうでも良い。」
骸骨男 の捕縛を開始する──。」
「我々公安対断課Ⅲ班はこれよりレートA:泥棒猫、レートSS:教祖…」
「そして、推定レートA+:
「骸骨男 って…何の冗談だクソアマッ!!!」
「"何の冗談だ"か。それは私の台詞だ玲羽少将、何故今まで自身が断片者 である事を隠していた?」断片者 対策法第4項『自身が断片者 である者は国の承認を受ける義務が生じる為、管理人 より認可を得ねばならない。』の一文を忘れる訳もないだろう。」
「貴様が余程規範を軽んじる品性でないなら
「それは…」
知らないはずがない、ただ万が一おれの申請が管理人 に通らず、この社会から隔絶されて狭い独房の中で生涯を終えることが怖かっただけだ。
それなのにどうして。
「貴様がそれ以上、口を開く必要はない。言い訳なら檻の中で存分に聞いてやろう。」
「アハハッ、元上司からお叱りかな?公務員も大変だね。」
痺れを切らしたレミートが他人事のように嘲る教祖の身体に鉛の雨を浴びせる。
「否、貴様の存在は論外。その薄汚れた口でそれ以上穢れた言葉を発するな、反吐が出る。」
「アハッ、短気だなぁ、レミート元少将は。私がこんなチンケな飴玉与えたくらいで黙るとでも思ってる?もっとお話ししようよ〜。」
「無論、そんな事は重々承知の上の八つ当たりだが?それでは教祖、貴様には一味違った"飴玉"をご賞味して頂くとしよう」
『極上の"飴玉"を味合わせてやれ、イェ・バン殿。』
レミートがそう無線で告げたほんの1秒にも満たない直後、教祖の脳天の真ん中を寸分違わぬ正確な狙撃が命中する。
教祖はそのまま一言も発する事なく、崩れ落ちるように仰向けにバタリと倒れた。
「…さて、次に眠りにつくのは貴様だ、骸骨男 。」
全身を廃塵と化すほどに焼き尽くされても蘇った教祖が弾丸一つでいとも簡単に無力化されたこと、そしておれがお尋ね者としてこれから公安の奴らに捕らわれの身になること。
おれには全てを真実として受け入れられなかった。
今まで泥棒猫の事件を捜査する為に奔走して、真実を掴んで、茗夢遊戯 にも抗ってきたことも全部、無碍にされるような気がして。
「…大水木准将の保護を最優先しろ!そして、近くにいると思われる"鍵"の断片者 も炙り出せッ!!」
班員に命令を下すクソアマ の声も、路地裏から姿を現した4、5人の黒スーツの公安員の足音も、半ば力付くでおれから引き剥がされた大水木の泣き声も、全ての音が遠退いて、目に映るこの情景も全てがスローモーションに再生されているような感覚に陥った。
無力なおれはただ呆然と、受け入れ難い事実を突き付けられて、立ち尽くすしかなかった。
背に大きな衝撃が加わって、ゆっくりと熱を帯びていく、徐々に全身の力が抜けていって、それが泥棒猫と教祖を眠らせた弾丸と同じモノだと分かった。
断片者 は以前捕捉できないが、成果は上々だ。』断片者 共は速やかに"パノプティコン"に移送せよ。』
おれはそのまま意識が闇に沈んでいくように、そのまま深い眠りに付いた。
――――――――
―――――
――…
『泥棒猫、教祖、骸骨男、計3名の鎮圧を確認した。"鍵"の
『これにて公安対断課Ⅲ班の任務終了を通達する。捕縛した
「さて、それでは私は一足先に帰らせて頂こう。イェ・バン殿、本日はご過労頂き感謝する、それではお先に失礼。」
「あぁ…」
「…ったく。こんな胸糞の悪ィ事件 の後始末を殆ど俺一人に任せやがって、上の連中の薄情さにはやばんちゃんもびっくりドンキーだぜ、なんてな。」
ピピピピ、ピピピピ…。
時計 のアラームが鳴る。報 せでもあったし、絶え間無く繰り返されている憂鬱が飽きもせずに俺の元に訪れたことの報せでもあった。デジタル時計 を力一杯に床に叩き付けた。
朝の訪れを知らせるデジタル
それは午前6時半の時刻が訪れた
俺は窓から差す鬱陶しい陽射しから身を守る様に布団の中に蹲る、そして布団から手探りで掴んだ一向にアラームの鳴り止む気配の無い
ピピピピ、ピピピピ…。
アラームは鳴り止まなかった。
「そんなに起きてほしいかよ…しゃあねーなぁ…。」
不本意だったが仕方無い、布団を勢い良く捲り上げ、ベッドから身を起こすと俺は床に転げ落ちても尚囀 り止まぬデジタル時計を拾い上げて窓の外、そのまた彼方まで力強くスイングをかまして放り投げた。
「さーて、ゴキゲンな朝の始まりだ。」
その日はいつものように平凡で、憂鬱で、ありきたりで、クソッタレな朝から始まった。
冷蔵庫から適当に取り出したソーセージを縦半分に切って、オリーブオイルを引いたフライパンの上に並べていく。煙草 にジッポーで火を付ける。
火を付けたフライパンの上でソーセージを中火で炒めがてら、咥えた
1日の始まりに吸うその煙草の味は毎朝訪れる憂鬱を誤魔化す為の手段であったが、その煙を嗅ぐや否や、時折脳裏にロクでも無かった両親が煙草を吸う姿を映し出す劇薬でもあった。
まぁ、いまや俺は幾多の人間の脳漿を弾丸で散らして、何事も無かったように怠惰に生活するそれ以上のろくでなしの人間に成り下がった訳だが。
幼い頃、深夜に冷蔵庫からくすねたソーセージを焼いていた時、母親に怒鳴られ、泣く泣くトイレに籠城した胸糞悪い思い出が脳裏によぎったせいか、少し焦げ付いたソーセージに慌てて火を止めて乱暴に皿にそれを移し替えす。
さてさて、本日の"ヤバババーン・ブレックファースト"の完成だ。
───── #07「野蛮」。
ソーセージをフォークで貪りながら毎度ご丁寧に情報の流失を抑える為"上"の機関の者の手によって直接投函されてくる"標的のリスト "を片手間に眺める。
リストに載っていたのは今回の標的 の名「スターチス・プリエラ=シィエロシューズ」、その人物の僅かな人物像 、そして添えられた"生死は問わない"という一文のみだった。
約1週間前、教祖とそのオマケに泥棒猫とかつての治安管理局養成学校 の同期の出来損ないだった中野玲羽 を捕縛するというただでさえ混沌 な任務を掻き乱して更なる混沌 へ仕立て上げたとされる張本人だった。標的 を単独で始末しなければならないという訳か。
今回はこの頼りない紙切れを頼りに、顔も分からないこの
「カーーッ!あほくさ…たまにゃFPSゲームの間抜けに動き回るbotのド頭をブッ飛ばすくらいお気楽な仕事を寄越してくれりゃありがたいんだがな。」
という訳で俺はテーブルの上の食器を片す間も無く狙撃銃 と時代遅れの骨董品拳銃 に弾を込め、手早く身支度を済ませ出立した。
1週間前から放ったらかしにしていた
俺が身支度を済ませ、足早にアパートの共同玄関を出ようとした丁度その時。首藤彩梅 の姿があった。
軒先で敷地に散乱する落ち葉を、魔女も御用達の昔ながらのエニシダの箒で掃き集めるこのアパートの管理人、
「やぁおはよう、うめぽん。朝から掃除に熱心たぁ感心だな。」
「うわ出たー……"気色悪 いから二度と声掛けんな"ってこないだあんだけ言うたやん…。」
「はぁ…誰かさんのお陰でこっちは朝早うから気分が悪いわ〜…ホンマに。」
「相変わらず釣れない女の子だな〜、うめぽんは。」
まぁソコも含めて好きだが。
「それじゃ、俺ぁちょっくらお仕事行ってくるぜ。Bye,my sweet honey!」
「きっしょ」
さて、惚気は置いといてここBy my sweet home は北部街 南区8丁目に位置しているのだが、今回の標的『スターチス』という男が潜伏しているとされるのは西部街 。
そう、あの治安も法もヘッタクレも無いクソみたいな街に遥々南下して情報収集をしつつ、野郎のケツを追っ掛け回す…
今回は何とも"クソ"、言い得て"クソ"、即ち"クソ任務"だ。
――――――――
西部街 「名も無き雀荘」にて。
―――――
――…
──────ミーバネルチャ
「ツモ。」
俺から見て卓の右側、西家 に座る男が呟く。
「チッ…」遊戯 が始まって以降聴牌 即リーチにツモ合戦、セオリー通りの塩試合だ。如何 せんこんな起伏の無い局が何度も続く上、卓上からは俺を含めた遊者 達の苛立ちを燻らせた煙が立ち込めていたことはその目に見えずとも明らかだった。
俺は思わず舌打ちをする、というのもこの卓で
実力伯仲なら必然的にこうなる事も受け入れるべき展開だが、この遊戯が賭博の意味合いも持つが故か
「…"スターチス"という男について知ってるか。」
俺は口に出した直後、これは閑話休題にしてはヘビーな話題で、特に俺に課せられた暗殺任務に関するデリケートな話題だった為、しくじったと思った。西家 と南家 の遊者 は「何のことだかさっぱり」と言った様子で首を横に振る。
予想と同じくして
しかし、その時左側に座っていた東家 の男はただ一人、牌を捨てようとしていた右手がピタリと止まった。
「…リーチ、僕はその男を知っている。」
ここに来て思わぬ収穫だった、情報収集という建前で
「何者だ?君は」
「そうだな…俺は"物好きな園芸家"さ。花の名前を宿した人間を土に埋めて"人間花壇"を作ってる…そんな訳で今は"スターチス"が必要って訳さ。」
「成る程…つまり君は、つまらない嘘を吐く人間なんだな。」
「さっきの言動やその服装 を見る限り、君は"他所から来た物好きな観光客“というところだろう。」
立ち上がった男達が俺に銃口を向ける。
「ここは"無法の地"、西部街 だ、君からすればそれはちょっとした悪ふざけ のつもりだっただろうが、ここではそんな発言の一つが命取りになる。」
「冥土の土産に覚えておくといい。」
「冥土の土産に覚えておくといい。」
やれやれ、俺は少し調子に乗り過ぎたらしい。
気付けば雀荘の人間達の目線が、些細な無礼の為に銃刑の判決が下った俺に注がれている。
「はは…そうかい…それは知らなかったぜ、これからは気を付けよう。」
「残念だが、"これから"は無ぇぞ他所者野郎。」
「ところで、西家 のアンタ、銃の安全装置 が外れてないぜ。」
「あ?そんな筈は…」
そう言って西家 の男が銃口を俺の顳顬 から逸らした直後、俺は懐から取り出した拳銃 を引き抜き西家 の男の利き手を的確に撃ち抜く。
「て、テメェ…!?やりやがっ…」
慌てて銃を構え直した南家 の男の手を同じ要領で吹き飛ばす。断片者 を制圧するのに比べりゃ、銃を持った素人を制圧する事なんて赤子の手を捻るのと同様に造作も無い所業だ。
例え銃を携帯しようと、その力が未知数の
「悪いな、その指じゃあもう満足に雀も打てないだろう、これでさっきの賭けは引き分け だ。」
「さて、東家 のダンナ、さっきの話を続けよう。」
「…分かった、表に出よう。僕達のような迷惑者が居座る訳にもいかないだろうし。」局 は君が無様に殺される方に賭けていた僕の負けだ。」
「この
雀荘を後にして、俺達は人気の無い路上まで足を運んで一服することにした。
「さっきの無礼の詫びだ、吸うかい?東家のダンナ。」
「いや、気持ちだけでいい。僕は長生きしたいタチでね。」
「そうか、それは結構。」
目の前の健康オタクに申し訳ないが、俺は図々しくもいつものように煙草に火を付ける。
「それと、もう東家のダンナはやめてくれ、勝負は終わって僕はもう"親"じゃない。」
「"弁護士"と呼んでくれ、実を言うと僕も君と同じく気軽に名乗れない立場でね。」
「そうかい弁護士、じゃあ俺は"野蛮"と呼んでくれて構わねぇ。」
「野蛮…?どこかで聞いた異名だ、もしかすると僕が思っているよりも君は有名人なのか?」
「さぁな、さてそろそろ本題に入ろう弁護士、アンタは"スターチス"という男について知ってると言ったな?」
「あぁ、ミーバネルチャ が独立を宣言するより以前、僕は彼に会った事がある。」
「あれは僕の中で強烈なインパクトを残した出来事だっ…。」
「それで、その男の所在は知ってるのか?」
「いいや、知らない、さっぱりね。だけど1つ心当たりがある。」
「心当たり…?スターチスの知り合いか?」
「その通り、彼とよく行動を共にしていた男が一人…」首魁 としてこの街で最も恐れられている男だ。」
「"ミッキー"だよ、この街を実質的に支配する享楽主義的組織、ショコラテリアの
ミッキー、その名には聞き覚えがあった。断片者 には例外無しにSSS~Cまでレーティングが為される。溝鼠 』
国の管轄外の国家非公認
その名は唯一、SSSの欄に昂然と座していた。
『レートSSS:
「あぁ…その男の噂は予々 聞いてる、なんでも"未来"を見通す能力があるなんてな。」
「まさか、君はミッキーに会いに行くつもりか?スターチスという男の居所を確認する為だけに?」
「まぁな、そういう仕事柄な訳で。成果も無しにおじおじと帰投する訳にゃいかねーのさ。」
「やめとけ、それは自殺行為に等しい。その上今日はショコラテリアと九龍月華会との間で会合があるなんて噂で持ちきりだ。」
九龍月華会、それは東部街 を牛耳るギャングチーム。
不成者 同士の話し合いか、場合によってはこの街全体を血で洗う抗争にも発展しかねない、危険な響きだが。
「野蛮、君がいくら強いとはいえそれは自ら一人で猛獣の閉じ込められた檻の中に飛び込むような行為だ、僕は忠告したぞ。」
「フン…上手くやってやるさ」
「後生だ弁護士、その男の居所を教えてくれ。」
「はぁ…"野蛮"の名に偽りは無し…か。」
最初に登場させて主人公感匂わせた灰菜放置で話が進むのは物語的に悪手だと思いますね〜僕様。
灰菜視点の物語を見せてくれよ🤬🤬🤬