真昼の迫真ランド

【SS】Requiem:channel / 65

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ちゃむがめ 2021/07/04 (日) 21:28:57 修正

おれは急ぎ足で家路に着き、局舎(マイホーム)へ到着すると明日に備えて荷物を整理する。


画像1


戦闘糧食(レーション)、管理局員専用の通信機、迫真の漢方薬2日分、用物を次々にバッグに詰めていく。
そしていざとなったなった時に備えて、サバイバルナイフ、配給品のハンドガン…これぐらいか?
自分でも何を考えてるか分からないが柄にも無く筋肉トレーニングを始める。
腕立て伏せの30セットから始まって同じ要領で腹筋(クランチ)、スクワット、背筋…
久しぶりにマトモに身体を動かした反動で激しい筋肉痛に襲われた、ふと鏡を見ると全身をひた流れる汗より先に血相が不気味な程に青白い事に気付く。身体中に締め付けられるような筋肉痛の比じゃない激痛が走り、忘れようと努めていたはずの記憶が蘇る。

『キミの中の断片(フラグメント)(くだん)の教祖の演説に呼応して、その力がキミの意思に反して顔を出そうとしている…』

その刹那、右肘の端から突出した"外骨格"が皮膚を突き破り姿を現す、外骨格はみるみるうちに右手全体を侵食するように覆っていく。
俺は反射的に棚の上から剃刀を取り出し手首を何度も、何度も、何度も、切り付ける。
おれはこの断片(チカラ)を抑える為にはこれしか(すべ)を知らない、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も剃刀で手首を切り付ける。

「やめろ、やめろやめろやめろ!やめろって言ってるだろ!!死ねよ!」

外骨格は手首を傷つけるたびに縮小していきいつしか皮膚の中へと還っていた。

おれがこんなにも"蹣躯屍骸(はんくかばね)"を恐れるのには、いつしかおれ自身がこの力に飲み込まれ大切な人間を危険に晒すことがとても恐ろしいから。
大切な誰かをおれの力で傷つけてしまうくらいなら、自分の腕を傷つけていた方が幾分かマシだ。

同期の断片者(フラグメンター)達はその力で当然のように他人を守ることができるのに比べて
生まれ持った断片(フラグメント)を恐れるばかりで自傷行為(こんなこと)でしか己を抑制できない自分は酷く無様だ。自己嫌悪と劣等感に心が押し潰されそうになる。

無力感に溺れおれはただただ床に滴る血の上にヘタり込みじんわりと痛む右腕を抱き抱えるように(うずくま)ることしかできなかった。


「おれはこの先どうすればいい?」

その問いに答えてくれる者は誰もいない。

…とりあえずシャワー浴びないと、だな。
僅かに残った平常心に縋り付く。
身体中に張り付く汗と血痕を洗い流す為にシャワーを浴びよう、脱ぎっぱなしのシャツをベッドの上に放って真っ先にシャワールームへ向かう。
水温は36°、人肌になるべく近い温度で良い。
水栓を捻り温水(ぬるみず)が身体中に降り掛かる。
温水が右手首の傷跡に滲みると痛みより快感が勝った、誰かがおれのこの醜い傷跡を受け入れて触れてくれたようでほんの少しだけ心地よさを感じた。

寝巻きに着替え髪を乾かす間、姿見に映る右手首の醜い傷跡が再び自己嫌悪の淵へと引き摺り込もうとする。
おれはすかさずそれを忘れるようにして迫真の漢方を飲み、右腕全体に堅く包帯を巻き付けていく。
この忌むべき断片(チカラ)を少しでも抑える為、そして己の醜い心の弱さを誰にも悟られぬようにする為に。

明日の水際作戦に支障が出ないよう、既にボロ切れ同然の心身を少しでも癒そうと部屋を消灯し俺は憔悴しきった心身をベッドに委ねた。

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