難病キャラバン

views
1 フォロー
685 件中 81 から 120 までを表示しています。
68
土岐川祐 2019/01/05 (土) 18:29:32 修正

昨日の書き込みは長すぎるし、今読み返したら誤変換ばかり。失礼しました。まだ見つけていない誤字もあるでしょうが、とりあえず直しました。時々文章が変更されます。誰も読まないからいいや的な緩みあります。入眠剤が利かないと思ってキイボードを打ちまくったのが良くないことでした。

さて、今日は通院の日でした。なるべく新しい情報をと思って、少ない時間ですが先生に質問しています。肺のレントゲンと肺活量の測定をしました。肺活量はどうも容量を得なくて、以前は肺活量年齢八十代でしたが、今回は六十代半ば。二十歳も肺は若返りましたね、うふふ。あれも、看護師さんの合図のタイミングや呼吸の仕方で変わるので、絶対では無いと思われます。そもそも、握力も、スタッフが変わる度に計器の形が変わり、フツウのぶら下げるものだと落とすので両手に持って腕で押しました、今日は小さく軽く握るタイプでしかも、木綿でつつんでありました。木綿の摩擦だけでかなり握力が上がります・・・「あれあれ、前回と違うね」とのたまう先生に、そんなもの、計る度に違うタイプの測量で、診察前に我慢できずにデパス飲んだら上がるとか、ヘロヘロの日に落としたとか、参考にならんと思います」と申し上げました・・・

肺は綺麗で、肺の後ろに骨も写ります。いわゆる竹様までは行くか行かないかの感じなんですけど、肩甲骨の位置ぐらいに、「棘」があるのを指摘されました。それ、前からそうじゃん。と思いました。「棘」は「きょく」と読みます。私の骨の一部は「靱帯棘」があるのです。そんなの前からだから気にしないけど、名前は初めて聞いたので記録しておきます。よそのブログなどを拝見していると、私の知らない専門用語が飛び交っていて「骨棘」があった~(悲)というようなやりとりがあります。これなんて読むんや・・・と思いつつ、その時私はすでに複数の靱帯棘があったことになります。

靱帯棘とは、骨と骨をつなぐ部分が堅くなってとんがること。その影響は医学的な定義が無いとでも言うのか、わからないというのか・・・個人的には、どんな骨になっても気にしないのが一番精神衛生に宜しいかと・・・

八年越しで両足内部が痛み、仰向きで寝てみたいよぉぉぉ、と甘えてみました。そして足首も靱帯棘なのぉ、と尋ねても、先生はムニャムニャ、「調べないとわからない」でも調べないのね、何年でも。この状況は、調べて善し悪しがわかったとしても、医学的に治療する方法が無いことを示していると思います。

私は長く左足膝が悪く、立ち姿で見た目は何ともなくても、膝はくにゃくにゃとよれる感じで、忘れている限りはなんともないのですが、意識すると痛いのです。で痛いと思わない、という論法でやりすごす。でも此処で何か質問しないと、皆様にお知らせすることが無いぞ、と決め、「膝がイタイしくらくらして転ぶ」と訴えてみたところ、それは注射しか無い、と言われ「しろ」とは言われない。採血の時、リウマチの注射もしているのですが、膝か足首か、注射を打つのかわからない。それは自分で決めることなのだと言われたので、やってもらいました。

膝に注射、ちょっと痛いかも、と先生は言う、でも私は怖くないし、痛みも平気な方です。今させ注射ごときで騒がないのです。「ちくっとするよ」しないよ、それからじわっと、骨髄注射をするときのような独特の痛みがあり、くすりを打ち終わる頃には痛みが無いんです。夫も同じクリニックの患者で、足が痛い腰が痛いと注射して、「全然効かない」と言います。しかも「ものすごく痛い」という。

女というものは、しょっちゅう婚家や外の誰かが入院しますので、付き添います。私は子供の頃から病院へ行くと気分が悪くなる方でしたが、いつも病院を出たり入ったりしていると、慣れてくるんです。白内障は重大な病気としての申告はいらないのですが、若年性でも白内障、いつぞや病院で高齢者と同じ手術室で、めんたま、水晶体を取り出して人口水晶体を入れました。器具がめんたまに入る瞬間まで見えている。それも一日おいてもう片方も同じようにします。術後は完全に見えませんでした。それまでは白濁した世界でした。ついでにその時父は「危篤」だというので早めに退院しました。父はまだ生きています・・・

使えてきた親たちは「後期高齢者」なのです。元気で古くさく長生きなのです。それを何があっても付き添い励まし、トイレに汚物を捨て、目薬をさし、汚れた下着を洗う。病院などで貧血を起こしていては生きていけないのですっ

というわけで、自己注射もペンタイプになるまでは、私は左腕の裏側に右手で注射していました。男性の方が針を怖がるとか・・・日本男児よ情けないっっっ←完全に思想的右派っぽい・・・私は思想に興味はありません、一応。

膝に、先生手ずから入れてくれた薬は強いステロイドだと後で看護師さんに言われました。ちゅうか、私は素直なんでしょうか、注射し終わる少し前からすでに膝の痛みが消えている。ステロイドはやはり反対運動されるものですが、こんなに利くなら、毎月でも注射して欲しいのぅぅぅぅぅ ステロイドの多用で代表的なのは「プレドニゾロン(プレドニン)でしょうか。八年前の有名センセがのたまったところでは、「特効薬」です。でもその頃入院して大量に点滴したはずが、私は全く良くなりませんでした。一日リハビリしたら余計に動けなくなって、それでも点滴は続く、ヘタクソだ。「何を入れているのか」と聴くと、看護師は薬の名前を見て「ノイロトロピン」というではありませんか。では劇薬を打つので書類にサインしたあれは何よ、と苛立ちました。ノイロトロピンは以前に通院していた精神科医が「点滴しても利かない」と言っていたのを覚えています。「すらしぼ」だか「せらしいぼ」だったか偽薬効果というものがあります。それなのか、劇薬で痺れが出たので変更したのか、未だにわかりません。

当時入れ替わりに退院するおばあさんが「プレドニゾロンはやめれんよ」と言いました。凄みがありまして、私は怖くなりました。そのおかげか「プレドニゾロン」は服用しても利きませんでした。私は脊椎関節炎でもASでもない、特効薬が効かないのだから、CRPが低いのだから。

でも今日は膝の痛みがあっという間に消えました。「ファルネゾン」という塗り薬で傷むところをごまかしてきたのが、製造中止となり、私は唯一の「痛みの消える魔法」を失った、でも、膝の注射はファルネゾンのように痛みが引きました。たぶん、すぐに、あした頃にはまた痛んでいると思います。ステロイドですもの。なんでも依存する、副作用があると反対するのも、患っている人にはつらいことです。すべてかゼロかヒステリックに煽るより、どうしても痛いときには痛み止めを、誰もわかってくれないと絶望したときは希望を、分かち合う・・・

痛み止めは飲まない、という友人もいますし、気持ちもわかります。それでいけるなら、どんどん鍛えてがんばれる、そういう生き方もありで、私など混乱した気持ちと医療制度と家族にはさまれて、右往左往して薬が手放せなくても、もしかしたら後悔するのかもしれませんが、自分で選んで失敗するなんて、生きていればこそのありがちなことですね。

前回、クリニックのとなりにある心療内科で二月分薬をもらったので、今日は1カ所だけ。梯子するとキツイので嬉しく思いました。考えるに、厚労省が規制しつつある薬から、厚労省がよしとする薬に移行しつつあるのです。厚労省が「よし」としたとしても、何らかのリスクはあるし、規制した薬がすぐやめられるわけでも無い。何年か後には、また別の規制をし始めるかもしれない。農業で、乳牛を規制してバターがなくなり、慌てて作れと言っても、牛はすぐにはお乳を出してくれません。減反された水田を、来年は作れと言われても、水耕菌は毎年耕し水を引かないと死んでしまいます。縦割り行政の数字だけしか知らない人が、数学のようにやめたり作ったりさせて、軒並みソーラーパネルになったように、レア病も行政によって行ったり来たりしているウチに医学は後退するのかな・・・レア病はそんなに財政を圧迫しているのでしょうか。誰か計算してみてくれ・・・

線維筋痛症のトピックに記したとおり、ASは免疫の(全身の軟骨が自分の免疫で口撃される)、線維筋痛症は脳内物質伝達の問題のようです。今日先生にしつこく聞いたので、「土岐川、まだオレを疑っているな」と思ったに違いありません。窓口で治療費を払うとき、脇の戸口から私の方を見ていました。「せんせぇぇぇぇ、注射すごくきいたよぉぉぉぉぉ」となるべく小さめに叫んだら、ものすごい笑顔になっていました。医師は「治った」と言われると嬉しい、と医師のどなたかに聴きました。先生が気分を良くしてくれると良いのですが・・・

67
土岐川祐 2019/01/04 (金) 22:35:46 修正

八年くらい前でしょうか、ASなのか線維筋痛症なのか、併発なのかわからず、どっちにしろ、動けないし、全身過敏で日常生活は難しいなと思ったとき、ただ寝ていても回復しないと思いました。私の場合、病名がわかる前から、自分の体はどこかおかしい、尋常で無いという自覚はあったので、県内で探す限りは頼れる医師がないと知ると、もう何にも頑張らないで、好きなことをするのも難しそうだけど・・・好きなだけテレビが見られるなあ、と思いました。ちょうど良いことに?耳鳴りを忘れることも出来る。

暇だけはあるので、好きな漫画を読んだら、ページは捲れない、手首は痛い、感動すると具合が悪くなる・・・だめだーーー ちょうど引っ越したばかりで、山奥過ぎてアナログは入らない・・・アナログから地デジに切り替わるころだから、もう少しさかのぼるかも。夫がここぞとばかりに大きなテレビを買いました。電化製品がなるべく少ない家にしたかった私の夢はそこで潰えました・・・そこら中あっというまにコンセントとつなぎだらけ。

単身赴任の筈だったのに、病気になったら同居する、夫も子供も、ただ散らかして私の神経を逆なでしたのでした。痙攣したり倒れたりしても、気がつかないくらいだから、そりゃもう気もあわないし、でもひたすら婚家のやり方にあわせていて、やっと一人になれたと歓喜していました。

今では夫が買い物して買い食い、夫が洗濯も掃除もしている、私が手伝おうとすると「(後で必ず寝込むから)やめて」と言いますw がその頃はすっきり綺麗にしていた家の中があっという間にものに溢れるのはつらかった。わがままだと自覚はありますが、ン十年、好きなテレビも見なかったし、好きな食べ物も食べない、でも好き嫌いの多い家で手作りし、ちょっと聞いていたニュースをリモコンでぱちぱち替える、婚家も里もしょっちゅう呼び出すけれど、後から言われるのは文句ばかりで、解放されたいと思い詰めていました。

そうよ。今私は寝たきりよ。こういうときにテレビを見るのだ、と思い、一日中つけていました。一度夫が大きなスピーカーをつけましたが、その音に耳をふさいで、「痛い、痛いぃぃぃ、ステレオスピーカー取り外して」と泣きました。それで、夫の部屋にスピーカーつきテレビ、今には大きなテレビ、後には娘の部屋にもテレビ・・・エアコンもしかり。ものすごい電気代だし、その頃東北で震災がありました。岐阜の東であるうちも結構揺れました。

次々流れるむごい光景に目を疑うほどなのに、隣県の偉いセンセに言われた「脊椎関節炎はなぁ、東北じゃ知られていないんだ、わざわざこっちへ来たのにものすごく痛そうなのだ。それなのに家も流されて、な、かわいそうやろ」という言葉を思い出す・・・本当に心からの同情を抱きました。・・・がそれはそれ、私もすごく苦しいので、私にそれを言われても。私ももっと同情して心を痛めるべきだと言いたかったのでしょうか・・・自分がつらいとき人は他人に同情できないと知りました。応援メッセージやワンクリックで店のサービスをして収益を被災地に送る・・・いまこれを書いたら、きっと誰かが傷つく。書くこととは他人を傷つけることとよく聴きますが、私は書きまくって、無意識に他人を批判しているのでしょう。

暇だし、ベッドふわふわ、着る物は縫い目が痛いので裏返し。毎日CSで海外ドラマを見ました。「メンタリスト」「クリミナルマインド」「NCIS」「ハンニバル」「オールモストヒューマン」「リミットレス」「エレメンタリー」etc。

ああ、その頃はまだ目が見えていて、寝転んでテレビの見放題。苦しくて泣きたいけれど、なんだか幸せも感じる、私の好きな番組は家族が嫌いなものばかり。誰も見ないので、マイルームにマイベッド、マイテレビ、部屋の横にはトイレがあって、部屋の中は水道も来ていて、ポットで暖かいものを飲み放題。こんなに贅沢したのは生まれて初めてでした。そして今までよくもあんなに働いたなあ、と遠くになった「働く嫁」世界をぼんやりと思い出す。

自分の部屋を持って、誰にも文句を言われず、足音に気を遣うことも無い、一人きりが楽しくて楽しくて。チャンネル勝手に変えられないし。私が見ていたドラマは、大抵悲惨なものばかり。「ハンニバル」は映画「羊たちの沈黙」のドラマ版オリジナル、サイコサスペンスです。「クリミナルマインド」も目を背けるような悲惨さでした。「ブラックリスト」はアクションもので、はらはらドキドキ、見終わった後神経が高ぶって眠れませんでした。それでも楽しかった。続きが見たかった。「ゴッサム」はバットマン」の主人公の少年時代で、これまた悲惨なのw こんなに交感神経を高ぶられているのに、アドレナリン分泌最高潮なのに、楽しい。

これは一体どうしてでしょうか。そのうち、苦しい自分になれてきたか、何らかの薬の効果でか、ほぼ薬だと思うんですけど、飲んでいる間は少し楽な時間が出来ました。その大切な時間を私はテレビを見ることに使いました。子供の頃からほとんどテレビを見ていないので、お笑い番組はわからないし、芸能ニュースもわからない。

おもしろくない。でも海外ドラマはストーリーがある。サイコな精神を探り合い殺し合う。何故それが私にとっての癒やしになったのか、未だに謎です。

それと、八年間の多くが、食事はカロリーブロックと牛乳とビタミン剤と食物繊維の元でした。私は食べるのが嫌いでした。拒食症とかでは無くて、和洋中何でも作ったし、ケーキもクッキーも飽きるほど作ったの。でも自分は食べない。食べたくないの。一番嫌いなのは和食です。カロリーブロックか菓子パンしか食べなくて良いのです。楽しいんです。おかげで高脂血症になりました。薬を飲んだらあっという間に治りました。

他人の心ない言葉はいつまでもいつまでも残るけど、ドラマの拷問や裏切りは楽しい。私はそれを「自分とは世界の違うバイオレンス」だから、と定義づけました。日本の番組、旅やコンサート、聞き慣れない歌も、そこにあるのに縁遠く・・・全部受け付けないけれど、多くの人が手に入る。寝たきりの私にはつまらない話ばかり。けれど海外のドラマの中に自分を置いて、世界観に浸るのは「特別」な気がした・・・自分と全く関わりの無い世界であり、私が身を置いてみたい世界。自分がもうフツウには生きていけなくなって、思いっきり日常をサボって浸れる、「特別な時間」です。

66
土岐川祐 2019/01/04 (金) 13:44:11 修正

https://zawazawa.jp/tokkyhikky/topic/8/31
ここに書いてあるとおりですが、も一度リンクで。クリックの手間が増えるので好きじゃ無いけど、今後の書き込みかあった場合は、これだけ気をつけてね。もしもこの掲示板の閉鎖になったとして、次の掲示板に選んだところは、「グルっぽ」やここの絵文字が表示されないときがあり、また一括ダウンロードして圧縮ファイルにしたとき、文字化けすることもあります。書き込みしなくても、読み返す人もあるようです。その人達のために、私の知識で補えるだけの文字列でお願いします。実際、「グルっぽ」の絵文字はここには反映されません。まず文章の保存です。ある程度寛解したか、何らかの補助でやっいけるようになってここを卒業しても、他の読んでいる人への配慮をお願いします。長々書く私もごめんなちゃいぃぃぃ その他は特にに気をつけることはありません。もうゆるっゆるの掲示板だと思うよ。あれ駄目これ駄目言わないし、ブロックもしない。皆さんのマナーひとつで成り立っています。

7
土岐川祐 2019/01/03 (木) 13:38:47

「強直性脊椎炎?知らん」・・・から・・・「強直性脊椎炎知らんけど今調べたら指定難病だった、それでいいじゃない?」

という対応になってきた自治体。うーんうーん????怒りにまかせて電話しまくった時期はとうの昔になりまちた。あの人達には何を言っても通じない。1、2年で担当が変わりますし、新しい部署が出来たり消えたり変更されたり。指定難病については「難病相談窓口」というボランティアが一番詳しいです。田舎に住まわれる方は、手当たり次第電話して、一番知っていそうな人は誰ですか、と質問して、電話番号も聞いて、何時頃電話したらその人がどこにいるか教えてもらって、三日後でも、一週間後でも気長に待ってみましょう。気の長い話や・・・新しい部署に異動して、定年退職までつとめるだけ(厄介ごとを引き受けたくない)の人に、なかなか指定難病については相談できないのが実情かと存じます。

6

指定難病がらみでは、いろいろと思うことも多く、先に自分の気持ちを書いてからのレスです。率直にむかつきました、国に対して、厚労省に対して。それでこのトピックをツイッターに載せました。URLのみですが。私のツイッターは「お返し良いね」と「お返しフォロー」がないので、フォロワーさんが少ないの。でも、同病の人もいらっしゃるので、なんとか出回らないかとおもいまして・・・ちっぷさんのように数字で問題点を挙げてくださる人は居ないので、私が書くより説得力があります。ありがとうございます。ツイッターで広めるのに反対であれば、すぐ消しますので連絡お願いいたします。ぺこり。

3
土岐川祐 2019/01/03 (木) 09:49:11 修正

線維筋痛症の原因について、「グルっぽ」では意見を見かけませんでした。手元の資料に医学的説明はあるんですけれども、素人にはよくわからないので、本やブログなどを拝見して目についたことを少し書きます。「間違った情報の宣伝」ではないのでよろしく。

まず病気の区分けから。
アメリカリウマチ学会基準で18カ所の圧痛点のうち11カ所以上に傷みがある・・・ステージ1
手足の指など末梢神経に至り、不眠、不安、うつで日常生活が難しい・・・ステージ2
激しく痛み、爪や髪への刺激、温度、湿度などの刺激で全身傷む・・・ステージ3
痛みのためにほとんど寝たきり・・・ステージ4
膀胱、直腸への障害、口、目の乾き、尿路感染症で日常生活は不可能・・・ステージ5
アメリカ基準ですよー、お間違いなく。

脳内の血流、あるいは脳内物質の何かしらに異常が認められる、というのもアメリカの症例です。

症状について。
四肢の痺れ、四肢のだるさ、冷感、全身のこわばり、肩こり、レイノー、口腔乾燥、眼球乾燥、関節の腫れを自覚する、関節痛・・・ほかにもあるだろうと思われます。

で、これからワタクシごとでございます。私はこれだけ見ると、全部の症状に該当しました。圧痛点もありました。首の骨が竹様・・・とレントゲンでわかって、すぐさま強直性脊椎炎と診断されました。そして紹介状をもらい、県内で医師を探して見つからず、その時、脊椎関節炎どころか線維筋痛症も知られていませんでした。なので二年ほど、線維筋痛症として診療所に通いました。かかりつけのお医者さんとしてなら、薬は出すと、先生がのたまったので。

何を訴えても線維筋痛症で片付きます。ステージ5の自覚があるけれど、見た目は何ともないし、通院時は痛み止めと抗うつ剤と向精神薬を飲んでからタクシーで行きます。運転なんて出来ませんものね。タクシー代がすごいんですけど、私は障害基礎年金をもらい始めていましたので、それでなんとか。

障害基礎年金のトピックはまだありませんのでここで説明すると、「なんだかわからんけど身動きできなくなった」時点で私はまず、市役所の福祉課に電話しました。そして「相談員」さんに来ていただき話したところ、手帳、障害年金、障害基礎年金の申請をしてみよう、となりました。手帳は県内限定で医療費無料、障害年金は、病名に関係なく何らかの障害がある時国から出されるもの、基礎年金は、障害が出たのが未成年の場合、私のように中年になって初めて申請しても、国の基準に引っかかればいただけます。

国の指定難病だけでなく、手帳も年金も、申請して合格?すればもらえます。私の知人には複数の人←これが肝心ね、「あなた」の悪口では無いですよぉ。申請しても無駄、申請したってもらえるのは少額と言いきる人がひとりやふたりじゃ無いんです。「もらえる金が少ない」といっても、6万円くらいはあります!田舎でパートに出てもそんなにもらえません。6万円じゃ暮らせないって言われます。でも、多少の貯金があり、家があり、シングルの人は除外して、家族が働いていれば、そこに6万円足せば、少なくとも、結婚相手や子供に対して、6万円分は自分で出せるよ、という主張が出来ます。まるきり、親や子や結婚相手に出してもらっては肩身が狭くていられない。でも6万円で月一回のタクシー代はでます。

都会から田舎まで、福祉の助成金をいろいろな意味でいやがる向きがありますが、お金もらっているなんて、黙ってりゃわかんないっ。あてもなく自己流で悩むよりは現実的と、割り切れないものでしょうか?

世の中、いろいろな人が居ますので、・・・まあはっきりいって親の年金と親の立てた家をあてに暮らしている人も多いはず。それだけ世の中に低賃金がはびこっている、そのような現実がある限り、本当に苦しくて耐えられないうえに、家族に遠慮しなくちゃならない。

線維筋痛症の症例には、親、祖父母の介護が原因で発症した(と思われる)人もあります。
病院などで既往歴を調べられますね、私の場合、小学生の時の交通事故、妊娠中の髄膜炎、限界集落での冠婚葬祭で長男の嫁として働く、婚家の義父他界のときの責任感にさいなまされたし、世代もあるでしょうが、今の常識から比べたら、とんでもなくいびつな人間関係の中で育ちました。

子供の頃受けた虐待、戦時中のシベリア抑留、という項目も本で見ました。

私に限って考えると、脊椎関節炎のときは誰も認めず、線維筋痛症にされ、その原因はPTSD、ということになったわけです。そして二年ほど薬を飲み続けましたが治らず、再び県外で高額な薬を打つことになりました。生物的なんとか製剤、または免疫なんとか製剤とかバイオとか、いろいろ言われています。定価は7万円で、最初はひと月2本から。年金が足りません。ひと月6万円程度で所得税も引かれています。ところがこの薬は、年齢により、収入により価格が変わります。低賃金のひとは安い、年配の人は安い、もうこの時点でかなりの国の補助を受けていることになります。

以上のことを考えると、ASは免疫の病気、線維筋痛症は脳内物質あるいは精神衛生上の問題で起きる病気と言えます。しかし個人差が大きく、私は尿路の感染はなく、膀胱を形成する組織が損なわれる病気も併発しています。それ以前には、子宮腺筋症(内膜症とは違います)で、子宮、卵巣、卵管を摘出していますし、子供の頃にも、二度ほど(今は病名が違う)腸の手術を受けています。婦人科手術はどちらの病気の原因にも挙げられていて、何とも言えません。女性に多いと言われつづけた線維筋痛症ですが男性の患者も少なからずあるようで、私の持っている資料も古くなりました。今以上に詳しい本は無いのか、医師に聞いてみましたが、「ない」そうです。理由は、「お金がかかるので誰もやらない。」

2
土岐川祐 2019/01/02 (水) 14:21:07

線維筋痛症は訳のわからない病気です。一晩じゃ誰も書かないですね。信用度もないし。気楽に愚痴っていっていただけるとありがたいのですが・・・私は一応ASですが、自分では線維筋痛症だと思っていました。県外の医師の紹介で県内の医師を梯子する羽目になり、県内では多くの医師が線維筋痛症だと言いました。なので飲んでいる薬も線維筋痛症の薬です。症状も、線維筋痛症だと思っていました。つまりはASと言われて県外に通院していたとき、待合室で書く症状の記録は「脊椎関節炎・線維筋痛症」とひとくくりになっていました。で、ぽろっと慢性疲労症候群を個人で調べている人のブログに、私と症状が似ている、と書いてしまい、大反論のメールが来ました。言い訳しても仕方ないので事実をありのままに、脊椎関節炎には線維筋痛症が併発すると習った、と書いたら、その方のブログは非公開になりました。なんだか私の所為のように感じました。ツイートで知り合った患者さんには、横になれないから積み上げた布団とクッションにもたれて、立ったままの姿勢で眠ると書いていた人もありました。その頃から慢性疲労症候群を筋痛性脳脊髄炎という名前にしよう、という運動がありました。そして、慢性疲労症候群と筋痛性脳脊髄炎を別のものとして捉えているのか、病名が追加されるようになりました。そういうことを細かく追求するのはどっちでもよくて、ただ、こんな症状で苦しんでいる、ってことを書いていただけると嬉しいな。「病院どこですか」はやめてね。理由は、それはネットの常識として、人生の常識として、難病掲示板はスマホに向かって質問する場では無いからです。自説をお持ちの方はそれを書いていただけるとありがたく思います。著作権をお持ちで、掲示板ごときに自説を書きたくない方はスルーの方向で。

1
土岐川祐 2019/01/01 (火) 17:57:58 修正

2010年頃のつぶやき。身体表現性障害と言われたこと、線維筋痛症と言われたことで混乱していました。整形外科ではリウマチと言われたり。「CRPの呪い」とか、色々書いています。ツイッターの見えない常識が理解できず、戸惑っていた時期です。毒を吐いたり、泣き言だったり。精神科では身体表現性障害、それ以外では線維筋痛症と言われた、今でもいろいろな病気にこの「シンドローム」がくっついていますが、単独の線維筋痛症と診断されたこともあります。今だ治療法は確立されていないと思う。当時は線維筋痛症は健康保険も利かなかったと記憶します。皆併発なのでもう一つの病気で保険適用にしたり。アメーバの「グルっぽ」はどこも荒れていた。この病気はつらい。だから知りたい。真実。

5
土岐川祐 2019/01/01 (火) 15:56:03 修正 >> 4

私に病名をつけた先生は県内の患者に絞るというので、紹介状をもらっていろいろ行きましたが、相手にされず、最後は宛名の無い紹介状をもらって、医師を探しましたが、最後に行った病院で、断られ、二度目の「手帳を取り上げる」発言をされて、紹介状を頼んだら、最初の先生宛に書かれました。県内一周して他県に戻ったのですね。そこで、県内から他県の先生のセミナーに来ていた先生を紹介されました。名前を見たら、実費でHLAを調べさせたあの医師でした。「信じない」と行った本の著者の講演へ、私と揉めた後に行かれたのですね。その先生は懲りていてお断りしましたが、彼の真意は知りたいの。どういうつもりで「信じない本」の著者に会いに行ったのか。

私の地方は、病院の責任在る地位の人は、名古屋の有名大学から週1くらいで来ています。県外有名センセは「名古屋の大学は強直性脊椎炎について生徒に教えないのよ」とのたまっていました。病気の論争から、大学病院その他との抗争のような話に巻き込まれました。先日書いた脳髄液漏れの検査といい・・・医師の世界はどうなっているのかと激しく不審に思いました。

4
土岐川祐 2019/01/01 (火) 15:44:31 修正

たしか、新しい指定難病が決まってから、反対運動がありました。私のブログでもその点を質問された方がいたと覚えています。えっとぉ、テレビで過去の女性に当てはまる病気の団体から、「負担が増える」との旨、記者会見で発言していたと思います。それまで、指定難病は・・・詳しい規定は知りませんが、医療が無料になっていて、新規のそれだと、全員一律で有料になったのです。ツイッターなどにも、「いまでもギリギリなのに生活できない」という意見を多数見ました。少ない指定難病で無料より、多くの難病を指定して一部負担になったと記憶します。私はそれで、高額の注射をもらえるようになりました。ブログで質問した人は、すでに指定を受けていて、新しくASを発症したので、二つは申請できないと怒られちゃいました。ブログの内容とは無関係な話だったけど、必死になるとブログ筆者の方に気持ちが向くみたいで、それはそれで勉強になりました。

ASと診断できる医師が増えたのではと思います。過去にも病気はあったのでしょうが、誰も知らずにいて、時と共にいろいろな主張が出てきたと感じます。八年前には「女性はASにならない」とか「運動すればするほど治る病気」と言われていたので、今思うと、かなり偏狭に感じます。指定する基準は患者の人数かな?ツイッターにこぼしていた人がありました。慢性疲労症候群は人数が規定を超えているから指定されないとか、でも病気と認めてもらえないとか。理不尽だと思ったので記憶に残りました。

知人に「仙腸骨関節炎二度」を満たせなくて申請書を書いてもらえなかった人が居ます。その方は片方だけ「四度」なのです。リウマチ系の病気だと左右対称に傷むと聞いたことがあるのでそれかな、と想像しましたが、なにしろ秘密めいていて、またネットでいい加減な情報も流せないと思って逡巡します。

HLAーB27保有の話も、9割以上の人が保有するという「伝説」?を今も信じている人が多くて、この話をすると過激に反応されます。でも、申請の書類には「保有、非保有」を書く欄がありました。私が読んだ本では、2008年に翻訳された、「the FACTS 強直性脊椎炎」という本にその記述がありました。県内の総合病院で、その本の話が出て、先生は、「あの本を読んだがウソばかりなので少し捲ってやめた」と言いました。それで本の内容は信じないが、実費でHLAを調べて保有していたら病気だよ」とのたまって、私も調べたんです。痛い出費でした。ものすごく高いし、採血がヘタで、一分くらい血が出ず、「あれあれあれ」「でないー」とやられまして、その様子を他人事みたいに、自分の腕に針が刺さっていて、空洞のママの注射器がつながり、針を刺したり戻したりしている・・・ホラー映画を見ているような気持ちで、しらけていました。本の内容は信じないのに「本当にASか」調べるとき、本の内容通りにしよう」というのはわざとなのか皮肉なのかわけがわかんなかったです。私は以前にも書いたとおりB-44保有なんです。「the FACTS」と同時に買った本には、出現頻度27は健常者0.3%、罹患者は0.4%なんです・・・44は健常者7.9罹患者13.0・・・

「ヒト白血球抗原」というもので、普段なら数字なんか気にしないけど、医者はしごに陥り、「B-27」保有ってホント?」と医師から逆質されたり、翻訳本を出したりご自身で調べたものを出版された医師について悪く言われたりしたので、頭にこびりつきました。

日本中の人の血液を調べたわけでも無いのに、外国の本に書いてあることを逆手にとって皮肉られる。それでいて申請の書類には書くことになる。私の書類には「未検査」と書いてあります。そもそも検査の方法も変化するだろうし、アメリカで大学病院へ行けるようなお金持ちで、あまり聞かない検査をする人は、「男性」では無いでしょうか。多くの女性は同じ症状が出ても、ドラッグストアへ行くのでは無いでしょうか。それが何故申請書類に必要なのか疑問を感じます。

そして、過去には無料だった医療が一部有料になった人たちは、今どうしているのか、気になります。とりあえず私は、どのみち自力でお買い物には行けないので、障害者基礎年金に申請し、認められたので、それを高額の移動費に充てています。県内に医師がいないので、高速で一時間かけて通います。以前の病院は片道三時間でした。働いていないので基礎年金だけが頼り。極力無駄遣いしないで、ガソリン代と高速通行料金に・・・

いよいよお金がなくなったら、まずテレビを売り、次にケータイを売り、最後にPCを売りますよ(笑)ネットの接続料は馬鹿にならない。得にケータイが。私はケータイでネットする身体能力が無いし、ケータイで検索したり買い物したりしないので、不要のものと思われます。

3
ちっぷ 2018/12/31 (月) 14:57:44

平成29年度末の「特定医療費(指定難病)受給者証所持者数(以下,受給者証所持者数と略す)」が公表されました。
おい,また,そのネタかと思いの方もいらっしゃるかと思います。
そんなことを知ってどうする,建設的な意見ではないとお叱りを受けそうですが,
それでも厚かましくも私見,勝手な解釈を折りま混ぜて書かせて頂きます。

まず,受給者証所持者数の総数は,89万2445人です。
前年28年度末が98万6071人でしたので,93,626人の減少で,
これは9.49%の減少に相当します。

主な理由は旧難病法と新難病法での認定の仕方の違いによるものです。
平成27年1月1日施行の新難病法では,
対称疾患数を多くすると同時に重症度分類という概念を導入したことと関連しています。
旧難病法から疾患は該当していても,新難病法での重症度分類を満足しない患者の方がいらっしゃいました。
そのような患者さんは不認定になってしまいます。

しかし,急に医療費助成が受けられなくなったり,医療費が上昇するのは当然生活していく上で大問題ですので,
激変緩和策として,3年間の経過措置が取られました。

その3年間が平成29年12月31日で終了しました。
その結果が,約9万人の患者さんが不認定や更新申請をしない,ということになりました。

もともと,新難病法においても,検討の当初は,重症患者だけでなく,
軽症患者も取り込むことにより,医学的研究を充実させることを謳っていたと思いますが,
結局,予算的な問題だと思いますが,重症度分類という基準を設け,言わば,
軽症者を切り捨てたわけです。

しかし,私は,「重症者分類を満たさない=軽症者」だとは思っていません。
重症者分類には問題があると思っています。

ASについてですが,平成28年度末1,913名から平成29年度末2,516名と603名増え,
これは31.5%増に相当します。

受給者証所持者数総数が減少し,ASの所持者数が増加したため,
総数に対する割合は0.194%から0.282%に増加しました。
まぁ,指定難病の中のASの割合は概略0.2%から0.3%になったということですね。

ASの所持者数順位は,55位から52位と少し上がりました。

日本の人口を1憶2642万人とすると,
10万人あたりのAS所持者数は,1.99人/10万人となります。
まぁ,ASは所持者数ベースで10万人当たり,2人くらい,ということです。

ちっぷ

2
ちっぷ 2018/12/31 (月) 12:41:29 >> 1

トッキーさんの考え方はとても大切だと思います。
私は区役所に申請書類を提出しに行ってます。応対してくださった方は,「取れるならば取っといた方がいいですよ。もし具合が悪くなって入院なんてことになることもありますから,取れる人は取っといた方がいいです,と申し上げているのです」とおっしゃっていました。

申請の話だけではなく,この制度の問題点なども,このトピックに書いていただけるといいと思います。

ちっぷ

65
土岐川祐 2018/12/29 (土) 10:41:39 修正

珍しく午前の更新なの。今迷っていて気になって、慢性疲労症候群専門板とか線維筋痛症板とかつくろうかやめようか。脳脊髄減少症についても知りたい。ただ私にそのスキルが無ひ。←この旧仮名遣い風かちんと来る人ごめんよ

慢性疲労症候群は筋痛性脳脊髄炎だったかな、、、名前さえ覚えられないのに大丈夫か、ぢぶん。というのは、同県でご当地タレントをしている局地的有名人モデルTさんがこのご病気なんです。私と同じ頃に発症し、中部地方限定でドキュメンタリーも放映されました。それを見たとき、あ、この子(美少女モデルなんです)症状似ている、と思いました。細かいところで違うんですけど、おおまかには、段々疲れて寝たきり、薬と注射で痛み止め、という点が。その後彼女は大学受験し、合格するも一日も通えず、現在は一般的には慢性疲労症候群の名前を筋痛性脳脊髄炎に変えようと運動しています。

慢性疲労症候群は、脊椎関節炎の人よりは数が多そうです。数が多いので指定難病にならない、でも症候群なので病気として認められない。彼女は「サボっている」と言われるのを何よりも嫌い、出来ることは何でも挑戦し、今年はミス・ユニバース県のファイナリストになりました。そちらはそちらで私よりずっと大きな規模でいろいろなことが動いているように見受けられます。

私の県の、無料難病相談電話では、当時「私もモデルになりたい」という電話が殺到したそうです。「おばんで、美人じゃ無いけど、中高年雑誌のモデルになったら、医者が相手にしてくれるかもしれない」という、もの悲しい期待です。Tさんの活動とは関係ないけれど、おばんレア病患者は、藁にもすがる思いで、テレビ局、県庁、保健所、市役所、そして難病相談に電話しました。私もそのひとりです。

そのタレントさんのブログ、アメーバにありますよ。最近、筋痛性脳脊髄炎、線維筋痛症、脳髄液減少症の三つを患っている、と変わっていました。私も同県なので同じ病院で検査して、脳髄液は漏れていませんでした。それで線維筋痛症にされました。私が最初に訪れた有名病院では、線維筋痛症は脊椎関節炎と併発すると主張していますが、私にメールしてくれる慢性疲労症候群の人も線維筋痛症を併発しています。今のセンセは「シンドローム」なのだから、いろいろな病気に付随する「現象」だと言いました。

でも、私はそれに疑問を感じます。ずいぶん昔のことですが、慢性疲労症候群を認めて欲しいと裁判に訴えた女性の日常をテレビで放映していました。医療裁判は大抵敗訴します。専門医の意見が通る。脳脊髄が漏れているのを根拠にしたものが、(私はそれを「脳髄液減少症」ではないのかと思いました。)髄液が漏れていても何ともない人が居る、という主張でした。

では私はどうして脊髄が漏れているかどうか調べられたのでしょうか。私は本当にASなのか調べて欲しかったのに、なぜか慢性疲労症候群の検査をされました。退院の日、それを伝えたところ、慌てた感じで脊椎の専門医に診てもらえましたが、全身のレントゲンを撮って、「どこも悪くない、車いすはやめろ、オレだったら手帳を取り上げる」と言われました。びっくりしてしまい、つい「障害者申請の書類を頼んでもいないのに、何故突然『手帳を取り上げる』というセリフが出てくるの」と言い返しました。

そして話すほどに、その病院には脊椎関節炎+線維筋痛症のわかる人は居ない、とわかってきました。お一人、線維筋痛症を見ている方があったのですが、退職し個人クリニックを開いたのです。まだその方がいらした頃、有名医師の紹介状を持って訪れています。相手にされませんでした。そして脊椎関節炎と強直性脊椎炎は同じものだと言いました。いや、違うでしょって思いました。

初回で紹介状を持って行き、初診は初診の先生がいて、紹介相手の勤務日出ないことをなじられ、紹介状の名前を見て、「フン○○か。」と封筒を机の横に投げて、「予約を取って出直してこい」ときつく言われました。朝一番の電車で名古屋まで、そこから乗り換えて半日かけて行き、気落ちして、再び電車を乗り継いだ帰る途中、乗り換えホームをのぼっていたら、突然ガクッときました。後に知るのですが、それは「ロッキング」というものです。

みんな、いろいろなことをご存じなのです。ロッキングという言葉さえ知りませんでした。そのまま疲労して体が起こせず、空いた席ばかりの電車に横たわって、山奥まで帰り、そのまま全く動けなくなりました。クリスマスでした。

県内に医師がいない。県内の大きな病院へ行くのには愛知県経由でしか行けない。運転すると、インターチェンジが無い。新幹線だと駅が無い。それなのに、うちの県の県庁所在地だけが都会なのでした。個人的に「逆陸の孤島」と呼んでます。横断歩道で動けなくなる、床に足を置くと激痛、しびれ、手指が思うように動かせない、シャワーが痛い、トイレットペーパーまで手が届かない、本のページが捲れない、ガラケーのメール操作もできない、テレビのリモコンも押す力が無い、料理、裁縫ができない。靴下がはけない、床にそのまま座ることが出来ない・・・

初期の私は怒りにつつまれ、ちゃんと医師について、たくさんの医療用語を使って語る人たちが憎らしく、世の中から完全に排除されたと感じていました・・・「寛解」という言葉さえ知りませんでしたよ。

今現在、慢性疲労症候群のひとは過去の私と同じ気持ちではないでしょうか。もちろん私の知らないレア病は覚えきれないし、何も知らない。でも、「グルっぽ」では線維筋痛症のスレッドもありました。私も参加していました。線維筋痛症のスレッドはいつも荒れていました。質問する人ばかりで、基本場所や個人名を書かないのがネットですので、わきまえて欲しいという理性的な意見に対して、「けんかを売られた」と受け取る人も多く、匿名患者が勝手に医師を薦めることはできないということさえ知らない人たち。必死な人たち。あれは私だ、以前の私だ、と思いました。

線維筋痛症スレッドは、三ヶ月以上放置されたのか、管理人が消えたのか、今はありません。諍いのなかにも、ものすごく参考になる意見も多く、私はそれを惜しいと思い、三ヶ月書き込みが無いと、消える掲示板機能なので、定期的にコメントしていました。励ますわけでなく、叱るわけでなく、知っていることをわかりやすく淡々と書いたつもりでしたが、いくつも入会した「グルっぽ」は私の掲示板以外は消えてゆきました。

どこの掲示板も最後に書き込みしているのは私だったと思います。自分が知りたいから参加していた、今でも知りたいのです。線維筋痛症や慢性疲労症候群は体も心もかなりキツイらしく、なかなか理性的に書ける人はいない、自分からもめ事を引き寄せたくない、さらには、都合が悪くなると消える人が多すぎる・・・

ツイッターだと、結構いらっしゃるんです。これらの難題に向き合いながら、いろいろな形でつぶやく、リツイートで広めようとしている人、医学を志す人。ツイート、ラインは、難病掲示板またはレア病情報記録板には向かないツールです。ゆっくり話しあい、その過程をまとめて残し、どなたかが読む、そして何らかのアクションを示すには、どうしても「難病キャラバン」のような「場」が欲しいのです。

64
土岐川祐 2018/12/28 (金) 19:42:47 修正

私がこれを書くと「トピック」の一覧に「亜空間花」が上がるので、えっと、匿名掲示板みたいにage、sageと指定できると良いんだけどw ←これわかる人ネット歴がながいか○ちゃんネル用語に精通していることになります。

あ、いや病気について書くのである。失礼しました。私は検査師でも医師でもないのですが、今年終盤の通院から、血液検査の方法が変わっていたので書きます。細かい数字は私もワケワカメなので、どう変わっただけ。以前は「CRPの呪い」と私が呼んでいたものが、「精密CRP検査結果」になりました。すると、CRPが「低い」ので「リウマチ」でもなければ「難病」でも無い、「身体表現性障害」と「怒鳴られ」、古い医師免許年代の先生から「リウマチ」と言われても、「まだ骨が曲がってないから薬は要らない」と言われたとか、いろいろと愚痴っていました。昔はリウマチ、CRPが低くても「リウマチ因子」が高ければ、リウマチでした。現在では、CRPなるものが数値的にボーダーを超えないと精神的な病気にされる確率は高いと思います。

CRPって?と医師に訊いても「炎症」と言われる。コレステロールや血糖値はわかるけど、CRPは私にとって謎の文字。やたらとそればかり言われて、好む好まざるを得ないでDoctorShopping状態。そしてこの言葉も医師の前で使うと怪しまれる。私の初期ブログは「DoctorShopping」という名前でした。本当の意味は、寂しくて医師に頼り、相手にしてもらえるまでクリニックを渡り歩くことです。別に医師の話し相手など望んでいないのに、CRPの数値で相手にしてもらえない、でも体はどんどん悪くなる。これはまさしく「呪い」ですっ。

それが精密になると、私はボーダーラインを超えた数値というか、これ高めだね程度の数値が出たのです。とっても高い値段の自己注射を二年くらいして、それでも高いのだそうです。もしも、CRPが以前の方法であれば、私の呪いは永遠に続いたでしょう。

過去のブログはとくにステハンで異議、もの申す人が多かったのですが、血液検査その他の専門分野の数値、一々「そんなはずはない」「その数字だと正常だ」と書き、ブログ管理人しか見られないような設定で専門知識を披露してくれました。とどめが「私は○○先生の患者だから『正当』なAS」という答えに行き着く・・・

レア病は、単に持病があると言うだけの人です。持病がレアだっただけの普通の人。「選ばれた人」と勘違いしないで欲しい。痛みを抱える人同士が差別する、そのこと自体が卑しい行為です。

まあ、私はあまり血液検査の結果など見ないし、先生がその用紙を示しながら色々と説明してくれるのをぼーっと聞きます。その後、掲示板で質問されたことなどを、自分のことのように言って、答えをもらい、ちらっと用紙の裏にメモ。そして家のパソで返信。この繰り返し。わはははは、「何でも知っているトッキーさん」はこんな人でした-。

1
土岐川祐 2018/12/28 (金) 12:45:21

私の場合、特殊というか、フツウの市町村と同じじゃ無い気がします。本当は全国統一ですが、自治体が常に赤字甚だしく、手帳などは自治体負担なのか、出すには出すけれど、他県で医療を受けている人は特別に「金額」について厳しいのですね。県民、市民に対してそれはちょっと・・・という受け答えばかりだし・・・

でも指定難病になると’国の負担’となるので、「機嫌」がよいというw 限界集落を抱え、超高齢化して手帳比率が3割と、「数年前」に市の担当者に訊きました。福祉を受ける権利は誰にもあるけれど、赤字になっている。介護に対して家族がいると、家族の負担が当たり前になっている。いろいろなタイプの福祉施設が乱立している。など事情もあり、ASは以前は「東京だけ」の指定難病であったことを考えると、ありがたい制度になりました。ウチの自治体では保健所で書類をもらって、医師に書いてもらって提出してOKみたいな・・・一度審査に通ると二度目は通りやすいと思います。

国の負担、といっても、レアな病気の人たちが国家の赤字を招いているのでは無いようなので、堂々とダメ元で、申請することをおすすめします。まだの方、ダメ元でも申請しないと始まらない。私はこれを受けたので初めて高額の自己注射を打つことが出来ました。手帳の時は一時的に現金を支払い、市役所に領収書を提出したときもありましたが、金額が異様に高いので「他県の医療をはしごして儲けている」と言われてしまい、一時薬をやめていました。

自己注射はやめたり再開したりを繰り返すのが体には悪いそうです。自治体の役人の無理解はこの際無視して、自分の病気と共に歩いて行こう、くらいのおおらかさで行きたいと思います。

手続きは夫が全部やっておりまして、私はあまりアドバイスできないかも。わかることは夫に習って返信いたします。ぢつは、書類を整頓できない、というのも多少は病気と関係あるかも。今考え中です。以前は書類の整理どころか、数字を調べたり、広報のように書き物にしてイラストをつけて印刷も出来たのに、いまは、机に向かい書類を見ただけでイライラが募り、できなーいってなります。仕事していたときは店の収支もそろばんで計算(古い)したのにねぇ。トシかしら。

本来、自治体が国の補助金をアテにする体質が問題で、でもそのいい加減な体質のおかげで書類は国に回されているようです。そこまで地方が駄目になってもどうする気も無い国の体質の欠陥でもありますね。

書類の申請から少し離れた話で失礼しました。国の書類の規定に、届く届かない、の判定、線引きはどうしてあるのか、状態が悪いのに、医師が申請に納得しないとか、受けたいけれど受けられない人とか、そういうことも此処で考えて良いかしら・・・ではまた~

63

照れるなあ・・・私は併発した病気から逆算すると30年以上前には発病していたことになります。女性は見つけられづらいレア病なので、最近病名を言われた人も昔からのキャリアと言えます。医学的証明はありません。男性は、私のリア友もそうなのですが、子供の頃からかなり寝込みがちだったそうです。私は運動音痴でしたが、水泳と器械体操は好きでした。そして登山をしていました。登山では3000メートル級だと、激しく気圧が変わるので、一メートル一気圧として、森林限界2400メートルだと、気圧に弱い人は高山病になります。今年は暑さ寒さが激しく入れ替わったので、レア病の人は、バス旅行で山に行ったときのように耳が遠くなったり、やたらと交感神経が高ぶってせっかちに動きたくなるはずです。私もマイルームでエアコン、テレビ、クローゼットの棚まで積まれている本に囲まれて、らくちんなはずなのに、咽がおかしくなりました。テレビのニュースをはしごして、ちょうど寒いと交感神経云々やっていました。森林限界というのはその標高を超えると樹木が育たない境界線です。緯度も関係します。マイルームでは杖も車いすも使わないので、やたらとちらかし、片付けの繰り返しで、極端に調子が狂うと漫画の頁も捲れない激痛です。自分なりに体調が上向きの時は、登山の歩き方ですが、重力に逆らってのぼるわけですので、「重心の傾き」に気をつけます。私が入院しても長く寝込んでも、見た目、楽そうなのはたぶん、常に登山の歩き方をしているからだと勝手に考えています。それはフィギュアスケートのテレビ観戦でも考えます。氷に対してブレードが平らかについたり、左右に傾く。すると体もスピードに合わせて大きく傾け、一蹴りが伸びやかでどんな体勢になっても重心の取り方の上手い人は安定して勝ちます。

自己主張しないでどうするレア病患者頑張らなくとも年は過ぎゆく

短歌風にしてみました。ヘタクソ。

62
ちっぷ 2018/12/27 (木) 11:44:24

トッキーさん、こんにちは、ちっぷです。
寒くなってきましたが、お身体の調子は如何でしょうか。

トッキーさんは変な言い方ですが、完全主義者だと思います。
約10年間に及ぶ大量の書き込みを移動させて、ASの患者さんや親戚の患者の方のために利用できるように、責任をもってなさっているわけですから。
そして、当時の嫌がらせなどの記憶を思い出したりしてまで・・・

トッキーさんのご経験はとても重いものです。私などはそれに便乗しているだけです。

少し前の「寒暖差」の報道の話、トッキーさんのアンテナはとても高いです。私は11月頃、体調が悪かったのですが、その理由(言い訳)の1つに前日と当日の気温差と漠然と思っていました。
しかし、団地住まいなので、外気温が変化しても、室内はそれほど変化しないはずだし、お前は変温動物かと思ったり、いずれにしても医学的根拠はないなぁと思っていました。それでも、たった1度の差が普通の人の10倍にも100倍にも感じるのだと勝手に思っていました。
トッキーさんは、それをいち早くキャッチして発信して下さる。さすがだなぁと思います。
それを知っても朝辛いのは変わらないのだとお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、私は少しでもこの病気のことを知りたいと思っています。

自己主張になってしまいました。すみません。

ちっぷ

61

いらっしゃいませ。はーい、過去ログは移動完了なので、もうどこに何を書いても良いですよぉぉぉ
引っ越しはネットの宿命です。超初心者の時、契約したプロバイダーが買収され、借りていた掲示板が突然消え、まあ、その手の話は山ほど、おばんなもので、をほほほほ。

数年にわたり、ちっぷさんには大変にお世話になったというか、勉強になったというか・・・私が無知なのを多くの方は知らないので、結構むつかしい言葉が飛び交って、一時は放置状態に・・・w

私たち「レア病」患者は、生涯レアな症状と向き合うことになりました。もう、拗ねたりイライラしても、あしたはあしたの風が吹く~って開き直りの境地です。トピックありすぎでわかりづらいですが、勝手に書き足し、どこにも意見しちゃってくださひ。

傷みの体もこころにも、時間だけは平らかに過ぎていくぅぅぅ。よろちくっ

60
ちっぷ 2018/12/25 (火) 12:56:59

こそっと、トン、トン、トン。
遅くなりました。ちっぷです。
引越し作業、何もお手伝いせず、申し訳ないです。

トッキーさんに助けて貰っているのは、私の方です。

トッキーさんに、このような居場所を作って頂いているのですから。

ちゃんと書き込みができているか、あるいは変なところに書き込んでいるかもしれません。
初めての書き込みはちょっと勇気がいります。
でも、トッキーさんのご苦労に比べれば、ですよね。

改めて、宜しくお願い致します。

ちっぷ

59
土岐川祐 2018/12/08 (土) 21:04:30 修正 >> 58

注射針の使い回し予防注射でB型肝炎キャリアになり、年齢を経て発症する人もあるので、子供時代の傷があとからくる、または私のような妊娠中の感染症が徐々に健康を害した、可能性はいくらでもあり、その話をしてみたい気持ちもありますが、まだ、医学ではわからないことが多いかと思います。昨日の報道で「寒暖差」による交感神経と副交感神経の振幅について触れていました。私のブログ「交感神経増幅器」はそこから発想して書きました。こちららからのコピペもありますが・・・目的ははっきりしていて、私の書くことへのこだわりと満足感のためです。自己嫌悪にまみれてシャットアウトしていた過去の自分を解放してやろう、という気持ちもあります。

今年お亡くなりになった、漫画家で小説化のあさぎり夕先生が、本の中で、私もネットにHPを作りました、これで誰も私の書き物を出版してくれなくても、歳を取っても、書くことが出来ます、と書いていらしたのを覚えています。表現をするのは生きることではないでしょうか。

58

間質性膀胱炎が併発なら、私はASをすでに発症していたのだそうです。私の「いきつけ」のセンセの意見ですけどね。「間違ったことを吹聴するな、頭おかしいぞ」散々いただいていますからね、ステハンで。私が医療について語ったわけではないので宜しく(一応書いておく

女性の場合、私のように中年になってからの発症というか病名が明らかになるそうです。前のセンセは子供時代の交通事故から、若いときの工場で重労働などを挙げましたが、事故の時からなんともなかったのはおかしいから違う、とか、死ぬ思いをしたのでPTSD、という人もいましたが、男女ともに子供の頃から徐々に悪くなる人もあるそうです。痛めた箇所があるのに、「こんなものだろう」と我慢した、私の場合「誰に言っても叱られる」と思い込んで我慢していた、そういうのは「ある」という見解でした。

男性の方が重篤になる可能性が高いと言う話は前にも書いた気がします。女性の方が体に柔軟性があり、骨が完全にくっついてしまうことが少ないと。一昔前はご高名の医師が「男性しかこの病気にならない」とおっしゃったので、訪れた病院或いは診療所、クリニックなどで見解が違います。

線維筋痛症は女性に多い、と言われていたのが、ブログなど拝見すると男性にも多いなど、まだわからないことが多いようです。それでも、一昔前の通説は覆されつつある、というか医学は進歩している「らしい」のです。これからは「個人クリニックの時代」、患者も選ぶ権利はあると思っております。私は大学病院で悲しい思いをしたので個人クリニック派。

57
土岐川祐 2018/12/08 (土) 20:24:37

今日は通院の日でした。いつも往復だけで疲れて寝込みます。でも、また看護師に「一体どこが痛いの」と訊かれました。何年も何ヶ月も同じことを言う・・・次に行くと、また同じことを言われ同じことを応える。顔や態度に出さない人は、車いすに居ると言うだけでもかなり不審がられる、がんばれる人ほど叩かれる、行くときは、期待しないで薬だけもらえれば良いと思い、帰宅すると怒りを抱えています。後から倒れるとしても、車いすはやめようかと。もともと月に一度のクリニックでしか使わないんです。家の中も、斜面ばかりの田舎の庭も、街も道も、車いすは役立たないのです。段差、少しの傾斜でも低い方へ落ちていくし、自走(自分の手で動かすこと)は難しい、少し動かしたら、次は足で漕ぐようなかんじ、杖は持ちません。手が駄目になる、直立で地面に対して垂直に立っているのが一番ラクです。PCは座ってもバランスが取れていないのか、立ち上がると腰の骨が伸びなくなります。座っていること自体が苦しい。「車いすは目で見て足が使えない人しか使わせない」という空気は痛いですね。

間質性膀胱炎の症状が始めて起きたのは、二十代前半の妊娠中であること、髄膜炎のため半年は治療していたこと、その時背中から背骨をくぐって髄液を採ったこと、以前にシンチで再び髄膜を調べ、注入に三回失敗、麻酔と注射で六回、背骨の飛び出ているところに指したこと、など話してみました。通院何年目だろう。いつも口の中に力が入り、塩味などは痛みしか感じないことも・・・話しても、次に行ったらきっと忘れている・・・

このクリニックを紹介した前のセンセは何を言っても「それは治らん」だったので、その先生を師とする今のセンセもわかんないのかも、と考えていました。怒鳴られたり罵られたりするよりはましだと思って。それに私は、全く申し訳ないことに指定難病の福祉を受けています。体感が安定しないので手帳ももらっているし、子供時代の交通事故で癒えない負傷もあり、「障害基礎年金」もいただいていて、それは、この病名を言われたとき、役所や保健所に相談して、出し得る申請は片っ端から試したら、そこに引っかかっただけです。それでも、なにひとつ受けていない同病の人もあり、かなりの引け目があります。

なにもかもを誰もかもにわかってもらうことは出来ません。私が不当に福祉を受けていると思われるなら、その気持ちを持って自分からダメ元で申請してみる、すべてはそこから始まります。私や同じような補助を受けている人のことをとやかく言う暇があるなら、それで他人をいたぶる元気があるなら、黙って根性論を自分に向けよ。

56
土岐川祐 2018/12/06 (木) 16:56:23 修正

間質性膀胱炎を併発している人、旧「グルっぽ」ではありませんでした。女性だとたしなみ云々感じて言いづらいものですね。私も以前はそうでしたが、何年も患って、「いつ治るんでしょうか」と掲示板で尋ねられると、形容しがたい痛みを感じました。かなりの怒り。「治る」と思うのか、医師から説明されないのか。

色々とネットで拝見したところ、脊椎関節炎系の病気に間質性膀胱炎を併発している人はいらっしゃるんです。なかには自分で研究して電子書籍にしている人も。これこそ文字通り「売り物になるものは何でも売る」の正しい実例では無いかしら。

間質性膀胱炎と診察が下ったのは、ASと言われたときより数年さかのぼります。そのころは、感染症の膀胱炎と同じ症状で、どこの病院へ行っても「尿検査で菌が出ない」、怒鳴られたこともありました。自分で「菌が出ない 膀胱炎」の文字列で検索し、東海地区で唯一と言われている先生のところを初診で尋ねて、一日中待って、紙コップとメモ帳をいただいて、自宅に戻り、一日に何リットルの尿が出るか記録しました。そして「間質性膀胱炎で間違いない」と宣言された、血液検査とか尿の中の細菌など調べないのです。DoctorShoppingになってしまうところも脊椎関節炎と似ています。

そのとき「膀胱拡張術」の予約をしました。手術では無く「拡張術だ」と言われました。それを施術したとして、良くなる期間は最大三ヶ月とも言われました。それでもこの症状、誰も理解できないし、母のプチ家出に付き合ってカラオケ店へ運転し、母が歌っている間、トイレばかり行きました。「ヒロ、便所ばかり行く」と母が咎めるので、出掛ける前に「間質性膀胱炎だからトイレが近いよ」と言ったのに、とがっくり。親子でも他人のことはわからないのです。「間質性」という単語も知らないだろう。「膀胱炎みたいなものよ」と言っても、「あ~『しょんかちしょんべん』か、わたしもわかいときなったなった」嫌な言い方をするなあ、とおもうけど余計なことは言わない。母は自分の、心身の痛みにしか興味が無いのです。わからないひとに説明する気力も無い。

数日後に、病院から電話で「オペの予約の変更」と連絡が来ました。その時「オペ」の意味がなんとなく「手術」だと判断して、「オペの予約はしたことがありません」と返事しました。そのまま私はその病院で診てもらえなくなりました。オペとは「膀胱拡張術」のことでした。つらくて三ヶ月でも良い、楽になってみたいと期待していたので、納得いかなくて、車中トイレが出来るように携帯トイレをいくつも持参し、遠い隣県の病院まで確認に行きました。確かに拡張術はオペでは無いけれど、事務用語としてオペと呼ぶのだそうです。

ものすごく興奮して怒りが爆発して、どうしたらいいのかわからない・・・その頃はまだ精神科通院だったので、結果を報告したら、先生が「あなたは何もやっても駄目なんですねぇ」と言われました。その後、駄目と言われそうなことは、精神科で極力言わないようにしました。ある日、なんだか私と無関係に思われることで「してはいけない」と言われました。たしかインターネットだと。その時ネットは一切休止していたので、「していない」ことと、「何をやっても駄目」と言われたので駄目で無いように振る舞っている、と返事をしたところ、「何をしても駄目なんて、そんなひどいことは言いません」とのたまわる。自分の発言について何も覚えていない。傷つきました。でもその痛みもみ怒りも向けるところがありません。間質性膀胱炎は、治らない、私の場合は、「手術して膀胱を作るような事態になる前に、寿命が終わるので、治療は必要ない」と専門家の有名先生に言われています。死ぬまでこのつらさは終わらないのだと知りました。

その後、PCが壊れて交換する前のことでした。/のところで以後を消し、エンターを押すと、サイトのホームだけにブロックがかかっている場合、中のフォルダが表示され、仲間内しか見られない治療のノウハウを、意図せず見ることになってしまいました。そこには「報告、膀胱拡張術は、拡張することで、臓器を形作るもの自体を傷つけ、膀胱に繋がる臓器も痛めた症例が出た。」とありました。

55
土岐川祐 2018/12/05 (水) 14:18:21 修正

カウンターは、自分でキリ番踏んだりして、2000年問題の時期にネットデビューしたので、カウンターごときに騒ぐのはうんざりなの。更新した文章などの表示を確認しようと、キャッシュではなくリロードしてダウンロードしたものを見るとカウンターの数字が上がるんだもの。掲示板などのCGIは自分で微調整できるけど、カウンターはプロバイダー任せ、よくわからないけれども、カウンターのプログラムをいじると、ホストコンピュータにも影響するそうで・・・

病について書くんだけどいきなりカウンターの話ではじまっちゃった、というのも、私が過去ログ引っ越ししたここは、自分でアクセスを繰り返しても数字が上がらないみたいなのです。過去ログの数が多いので500回くらいはアクセスしていたみたい、でも、この亜空間花は、直にコメント形式で書いているので、そんなに閲覧数があがらないはずなんだけど、今見ると書き込みの数の三倍近くアクセスがあります。

辺境の地で、一般向けでない話を延々と綴るだけなのに、元々の私の読者様か、ツイッターに宣伝しているので、そこからか、案外(失礼)見てくださる人が居るんだなあ、と嬉しかったり怖かったり。タイムライン表示を見る人はそんなにいないと思うけど、私がリアルタイムで書いている時間は、圧倒的に午後でしょ。

暇人のハズなのに、一日中はアクセスしていませんね。難病キャラバン関係の病人は、多くが「朝のこわばり」を経験しています。「朝のこわばり」と名詞化していると、健常者にはよくわからないのだけれども。要するに、朝に限らず、寝起きが苦しい、というか、苦しくて目が覚めるのですわ。寝る前に飲んだ薬の効果が切れるのかもしれないし、単にすっきり目覚めない体質なのかもしれないけれど、「症状」として名詞化されています。仕事に行く人は、フレックスで午後にしてもらう。それでもかなり苦しいのを我慢しているはずです。

私は一時期、眠るとき、「このまま二度と目が覚めなければ良いのに」と強くねがって、寝付くのをイライラしながら待っていました。婉曲な自殺願望かと思われます。サボっているとか、頭がおかしいとか、悲劇のヒロイン、不幸自慢、と内側から、外側から、心ない言葉が飛び交うので、みんな限定公開にしていますね。患者同士、意見の相違でけんかになるらしいし。「らしい」というのは、私自身がけんかしたことは無いので・・・怖いなあと思ったら引っ越しちゃう(笑)

開き直りというか、そもそもネットにもの申すのだから異論があって当たり前、人前に出すのだから考察して当たり前、自分のサイトの責任を持つのは当たり前、という気持ちがあります。一昔前は病気のことをネットに書く人は居なかったんです。匿名掲示板のエサになるだけ。でも、時代は変わったのだから、もう遠慮する必要は無いとおもいます。

資本主義とは、利益の追求ですね。利益で新しい投資をする、そして資産を継いでいく、その過程でもめ事は起きますが、究極は、利益を福祉に使うこと。学校の社会では「資本主義社会」をそう教えるらしいのです。「福祉」というと、左派の思想家と思われがちですが、左派の国、つまり社会主義は極端な「平等社会」です。「平等」の観点から競争意識が働かないので経済の停滞が起きた。現在社会主義国も、社会主義という名の資本主義です。

福祉を受けることも資本主義の経済活動に貢献していると私は考えます。

54
土岐川祐 2018/12/04 (火) 18:03:59

私が病名をもらったのは約八年前です。それ以前から自分は他人より体力が無いし、運動神経も鈍い、病になりやすい、慢性的に痛いところがある、などは、十代の頃からありました。私の生家は核家族でしたが、両親ともに田舎の、昔風の、イマドキから見ればきつい家でした。それでなにとはなく、周囲に痛みや苦しみなどを言わない習慣がついていて、結婚後、とにかく毎日がラクというか、どうにかすると「笑う」ことさえありました。精神科では言われなかったけれど、外科の先生などは「それが原因、精神的なもの」と言いますが、私の世代だと私のような躾を受けた人は多いかとおもわれます。

十年前後前の話になります。線維筋痛症を歯科で治す、というものが「流行って」?いました。上手くいった人には会ったことがありませんが、「治った」という人のブログは見ました。在る地区というか地方というか、では歯科で線維筋痛症を治すと教える歯科医の学校があるそうで、近所の歯科でそのことを知りました。そのとき、「ほんとうに歯科で線維筋痛症の治療」をするのかと驚きました。「症」とは「シンドローム」で病名では無い、だから歯科でも線維筋痛症の治療しても良いんだろうか。「医師免許」とか「法律」について考えて、難しすぎて未だによくわかりません。

その頃知り合った方で、歯科治療法で線維筋痛症か悪化、何百万円もつぎ込んで、身動きできなくなり・・・という話を聞きました。お互い絶不調なので、スカイプのアカウントがあったので、それで話しました。それはその人の苦労なのでここではあまり書けません。とにかく、一部の地域で「線維筋痛症」を歯医者さんが治療することに疑問を感じていました。「歯科で病気を治すって違法っぽいと思わなかったの?」「今思えばその通りだけど当時は必死で、西洋医学にいや気がさしていたので、すがりついてしまった。」ということでした。

IPアドレスで個人特定されるからと、代わりに私がその司会のサイトを見ていました。そしてメールで報告。どうやら「治った」というブログの持ち主は、歯科医の友人らしいのでした。その頃は、多くの人が合宿していたので、患者同士が知り合いだったらしいのです。私はヤフーブログで病気をカミングアウトしたと同時に「AntiN県派」あちらから見れば、こちらがAnti有名大学病院派なのですが、ステハン(用事が済んだら消されるアカウント)で、ものすごく嫌がらせされました。ほかの人には見えない設定で書き込みできるシステムで、自説を熱弁し、私はASではないと書くんです。反論するとアカウントが消えてまた別のステハンで、毎日繰り返されることに疲れました。

それに、線維筋痛症が悪化した人の代わりに、毎日見ていた歯科医のサイトにさりげなく質問を書いていて、その後「線維筋痛症を治療する歯科医」のはずが、別の病名に変わりました。私はブログを引っ越しては、病気のことや趣味のことも書いて、アクセスした人のIPアドレスを検索すると、その歯科医不ログからのアクセスが必ずあるのでした。あら、追われているわ、怪しんでいるなあ、と気づきましたが、もともと誰が見ても良いのがネットの良さなので、あまり気にせず、知り合った人とも自然に離れました。お互いに悪化して、ネットどころでは無くなったのかもしれない・・・

ここ数日調子が悪くて、やはりネットできないんですね、慢性疲労症候群の人が何故か私の書いたことに反論、二ヶ月かかって書いた、という論説、時々あるんですけど、私としては、医学のサイトではないし、異説を主張するためにネットにものを書いているのでは無いので、やたら反論されても、申し訳ないけれど読んでいません。ひとつは、病人が他に目が行かず、必死になった誰への、何の反論か、よくわからない、もうひとつは、私は慢性疲労症候群ではないのでよくわからない・・・ごめんなさい。

今思うのは、歯の治療で、歯をいじると、次の日当たりから、いじった場所から痛み出し、首、肩、と痛みが広がりました。歯医者さんは気を遣ってくださるのですが、どうしても、体調が崩れていきます。

歯の治療で線維筋痛症が治った人のブログで、「楽な格好で寝ていても治らない、着替えてお化粧などして気分を上げると良い」と書いてあったので実行したら、後から倒れました。「私何したのー」と自分でも不思議で、思い当たるのは、「化粧」です。腕を持ち上げて顔にものを塗るわけですから、背筋力も、足の筋肉も使いますね。両手をぶらぶらさせて、地面に対して垂直に、反動なども使って、適度に歩くのと違い、化粧を念入りにすると同じ箇所を酷使してしまうようです。

従って、包丁をにぎり三食作るとか、毎日洗濯物を「ピンチ」または洗濯ばさみで止める、というような作業をすると、利き腕ばかり使いすぎて後から痛み、やがて体全体が痛んできて、痛みが引いた後も、自分の体の重みで動けない、自分なりに理屈をつけるとそうなります。ブログに化粧の話を書いた人は「気持ちの上昇」について言いたかったのでしょう。それに対して異論はありません。

53
土岐川祐 2018/11/30 (金) 20:42:02

以前通っていた診療所の先生は、専門は麻酔科でした。それでクスリのリスクなどにも五月蠅かった。私の病気への理解も泣く「線維筋痛症」にしてしまった。有名先生の本でいうところの「わかんないとなんでも線維筋痛症にする危険」なのでした。「突然八十歳の体を持ってしまったようなものなのだ」とも。そして「ずっと痛み続けるなんてありえん、痛くない時間が絶対あるし、痛みが一生続くなんてあり得ない」とも。そして「似たような人が来てずつとクスリを出していると、『先生、私もう薬いらんわ』と言ってくる。」人の話を信じず自説ぶちまけタイプ。その当時は苦しくてたまらないので反論する元気もありませんでした。今は「センセ、間違っていましたね」と言いたい気分です。

52

今日、ゆるめのジャージが欲しくて買いに行く予定なんですけど、ピッタリサイズが無いし、試着していると疲れて倒れるんですよ。歩けるのに車いすはウソ、という人は友だちにも居ますが、すぎたがんばり、で、もがき苦しみ、周囲に迷惑をかけるのも考え物で。車いすが唯一使えるチェーン店ですもの、用服を直に見たい、手触りを知りたい。車いすで試着室へ行ける便利な店なので、来てみたいけど、腕を上げて脱ぎ着していると、急激に具合が悪くなるんです。背筋力を使うと耐えられなくなるものと想われ。

51
土岐川祐 2018/11/30 (金) 14:31:07

AS、線維筋痛症その他膠原病系統の病気の方は、「着る物」をどうしているんだろう、と気になります。薬が効いていて、比較的元気なときは良いのですが、薬が効かないとき、体調が悪いときは一気に着ている物を負担に感じます。苦しさと共にどんどん脱いでいきますね(笑)下着の締め付け、服の縫い合わせられたロック糸、昨今は一律大量生産なので、体型に合わないことが、そのまま線維筋痛症の症状になりました。やはり何も無いのに突然痛む、というのは私に限ってはなく、服を脱いだら楽になった、多々あります。zozo通販で、体のサイズを読み取り、サイズを選んでくれる、というのは上手いやり方です。ついでに敏感肌用服とか手足が日本人離れした長さのひと用とか、欲しいな。タオルやハンカチだけ肌に優しくても、常に身に纏うものがちくちくざわざしていれば、それだけで交感神経振幅マックス、低反発マットに沈む。

50
土岐川祐 2018/11/29 (木) 20:01:31

私の毒吐きが怖くて掲示板使用者ゼロ?特別毒でも無いんだけれど、ちょっと元貴乃花的な人にはついていけないの。自分らしさは他人に言われてわかるものでなし、自分らしい人生は他人に言われるまでも無い。クスリにリスクはつきものだ。リスクの無いクスリは無い。医師は「インターネットはやめろ」と怒ります。インターネットでアメリカから情報を取れ、と行った医師はいましたが、大抵は、ネットの間違った知識で口答えする患者に困っている医師の立場にことばを選んで悩む・・・そういうこと、病んでいる人は医師のことも見えているんです。そもそも、インターネットなど、多くが戯言で、遊びなのだから、ネット医学など信じる方がアブナイっての。たまにはお医者様の立場になって考えるワタクシ。診察室でネットの知識を披露、医師の逆鱗に触れますよ。

49
土岐川祐 2018/11/29 (木) 14:27:43

ベンゾ系やリリカ、トラムセット依存を訴える人は多く、私も悩み、心療内科で相談すると、「依存」しなきゃいられない人は、クスリ全般、その他のことでも混合で依存しているそうで、通り一遍に批判できない問題だと習いました。精神科で二年以上、難しい大学で資格を取ったカウンセラー二人、延々と話しました。座っているのが難しくなり、自分が難病であることを知っても、まだ通院していました。医師が難病を「思い込み」だといって怒鳴り、本を机にたたきつける瞬間まで、よ。医師は多くの人を診るので、一々覚えていないと思うけど、怒り爆発でした。カウンセリングの先生は、人生論なんて言わない。ただ相手の話を聞くだけ。話して自分で気がつくまで。そして、ネットにカウンセラーを名乗る人はカウンセラーではないのだと言われました。三年近くでもらった言葉はこれだけ。

48
土岐川祐 2018/11/29 (木) 14:20:13

やたらとアクセスが多くて、コメントが無いの。割と気楽よ。どこにでも意見してくれて良いのに。ネットとはそういうところなんだ、という経験、多くした方が良いと思います。くよくよして、それから自己正当化して立ち直る。そのあと、冷静になって、次に生かそうとするんです。病気のカミングアウトにはつきもの、「業者」っちゅうやつ。弱い人を叩いて商売、無駄に人生論をぶつひとはいないので、何かを非難する人はそれを弱みにする人につけこむか、自演か、そのほかにやる理由があるのかしら。ホント、皆いやがるのに。私はもう、多くの人で賑わうサイトは目指していないので、きっぱりはっきり主張いたしますよん。

47
土岐川祐 2018/11/27 (火) 22:09:42

知らない人なのに悪口はあかんとわかっていても、難病の奥さんと離婚とか、姑が怒るとか、ひどいひともいるのね。自分の妻でしょ、どうして夫が助けないのかわからないの。「トッキー、トッキーは恵まれているんだよ」と言った難病ピグともさんの言葉が蘇る。うちも、何年経っても家事が上手にならないし、洗濯物には嫌気がさしていて、夫自身も疲れています。でも、家事なんて元々疲れるもので、女ばかりが当たり前だと信じてこなしてきたんだもの。それでも、ウチの夫は、食事は買い食いか外食で、台所に立っても簡単なものだけなので、ご飯を作らないだけ楽かも。妻が大変な病気になっているのに、仕事へ出掛けて金を稼いで欲しがる夫、働かせてやるからには家事は完璧にしろ、うちの母は熱があっても台所にいた、それらのことは、私が実際に本人から訊いたの。オトコって・・・ばか?

46
土岐川祐 2018/11/27 (火) 22:01:59

少し動くと疲労がとれない。おもくて、横向きになって背中を丸めるのは良くないと知っていても赤子のようなポーズが楽です。膝と膝があたる、骨が痛い、枕にのっている頭がおもい。横向きだとほっぺが枕につぶれそう。階段を上がれない。ひどいときは、杖をおなかにさして、立ってる。杖が地面にのめり込みそう。風呂には入れない。頑張りゃ出来るけど、頑張りたくない。女のくせに風呂が嫌いなんて。苦しければ「綺麗でいたい」という気持ちも失せる。頭に浮かばないというか・・・誰か助けてって、想っても言っても、誰にも伝わらないのか寂しいの。

45
土岐川祐 2018/11/26 (月) 12:45:52

線維筋痛症には、「味覚異常」という項目もあるらしい。以前通っていた診療所のセンセがそう言っていたのを覚えています。私はずっと口の中が苦しいなあ。ぐっと歯をかみしめてしまう。顎関節が疲れている。舌を噛んだり、口内炎が出来たり・・・ピリ辛は口の中が「痛い」ですね。僅かな刺激も強烈に痛い。熱いものも痛い。半端なく痛い。誰か「私も同じ」って人いないかしら。「脊椎関節炎あるある」スレ、作ろうかな。

私が寝込んでいるとき、「誰か使っていますかー」と書き込まれたり、必死でレスしたり更新すると、誰も参加しなかったり。うん。もうマイペースが一番。とにかく痛いの。味もわからない。炊きたてのご飯が、味のないスポンジの感触なの。元々ご飯は好きで無いのでいいんだけれど。甘いものは割と平気。菓子パンばかり食べて高脂血症になってしまいました。

44
土岐川祐 2018/11/25 (日) 20:10:44

今日初めて、一日中体を起こしていたました。何年ぶりだろう、ずっと体を起こしているの。「誰か助けて、助けて」としか思い浮かばなかった日々がウソみたい。でも、まるっと八年くらいは寝たり起きたりしていた。耳鳴りはひどいし、目はどんどん白濁して・・・そう、目の手術をした日から、私の気持ちは上向きになっていった。ステロイドの副作用か、単なる歳か、ただの近視乱視で見えないのかと思っていたら、若年性白内障でした。キム・ジョンナムが暗殺されたので、検索すれば日付もわかるのですっ。目が見えると、苦しいことも我慢しやすい。それをツイートしたら「私は目が見えなくてもかまわない」とエアリプした人がいました。「寝たきりになりたい」とも。びっくりしちゃった。私たち、激しく痛む病から抜けたくて、高額医療から気休めまで、なんでも試す。お金の続く限り、少しでも楽になりたがっているのに、「そうなりたい」と思う人がいた、でも、その方は、介護と育児で大変で、しかも手のかかる夫で苦労していました。私が、他の人に比べて割と元気そうと言うか、強気というか、むにゃむにゃなのは、ある意味、自由になれたから。自由も何も、不自由には違いないけれど、家事からは解放されました。そこだけはすごい開放感がございます。家人は、私の代わりに右往左往でやつれました。それでも、うちは買い食い、外食が多いので、それなりにやっていけます。主婦の多くが、夫の期待する「お袋の味」朝ご飯に悩まされるみたいです。自分の子供時代からすると、ずっと贅沢な時代なのだけれども、男性が結婚相手に求めるものは昔風な気がいたします。イマドキは、結婚しない男女が多い。私の知人にも多くいます。古風な「お袋の味」風主婦など、つらいだけだと、知っている人が多くなったのだと思っています。病で家事から解放された私も。

43
土岐川祐 2018/11/21 (水) 19:11:04

私は口出ししない皆様の掲示板。はぁい。私にとっては楽です。私の言葉が欲しい人、私がウザイ人、いろいろだったしなあ。開放感在ります。誰も何も書かなくても、それはそれで私は平気。人気のあるサイト、人気のある掲示板、ランキング、カテゴライズ、苦手でもう、交感神経やらたと高ぶりまくり。出来れば常連さんと、茶飲み友だちみたいに、あることないこと、馬鹿話したいけど、この病気じゃ、スマホは難しいわ、パソも起きているのが苦しいし。いろいろなタイプの書き方でブログを書いているのだけれど、私はマイナーなので「いいね」いらないよー、って公言していて、こっそり見てくれている人もあるみたい。で、ものすごくフィットするコメントをもらうと、元気になっちゃうし、レスも頑張る。ネットって、一時期だけの通り過ぎていくもの、って感じる。実際にながつづきした友だちはいない。一番長いのはげ○ち○むさんだけなの。へへへ。あの頃私は、自分で「ぢい」と名乗り「ぢいさま」と呼ばせていた。元気だったけど、病気の兆候はあったと思う。苦しくてたまらない今も、自分が「難病」だと思い悩むことは無い。もう少し、クスリを忘れても苦しくならなければ最高です。焦っても落ち込んでもしゃーないしね。自分がアグニーニだった頃、ぢいだった頃、比べても今が一番精神が安定しています。もう、過去に趣味にしていたことは創作も含めてひとつも出来ない。出来なくなったことでむしろ気楽になったのかも。追われるように掌編を書いたり、写真を撮って出したり、ガレた山頂へ行くことも無い。絵筆も持ち上がらないし。その悲しさを綴っても、他人には全然わかんない。ブログに書いていた時期もあるけど、見当違いなコメントか宣伝だけ。島崎藤村の評伝も、娘のみどりが七歳で死んだところまでで止まったまま。泣いて画材と過去作を捨てたとき、創作したい自分はいなくなった。掌編も書こうと思えば書けそうだけど、気持ちが死んだ感じ。「便利に使えるトッキー」と相手に思われてしまう時点で、私は楽しさを無くしてしまう。自分が楽しくないとものを書く意味もない。

42
土岐川祐 2018/11/19 (月) 20:07:33 修正

脊椎関節炎を患う人のブログなどを拝見して、「惜しい」と思うことがあります。「写真に仙腸関節の病が出ていない」のに脊椎関節炎と診断され、症状も出ている、治らない、クスリが多い」と書いている人が多いことです。私の病気をAS(強直性脊椎炎)と診断した先生は、一人だけでした。MRIなんて要らない、首の骨を斜めから撮ると「竹様」になった骨がわかる」と言い、私の首のレントゲン写真を見て、「ASに間違いない」としました。そのコピーをいただいて、地元に帰り、総合病院へ行くと、紹介状も写真も、ぽいって放り出し、「あそこかぁー」と吐き捨てるだけ。線維筋痛症とされます。思うに、医師とレントゲン技師と、細かい科に別れる病院へ言っても見分けがつかないのです。私は私の元の先生がすべて正しいとは思いませんが、現実に独立して、地元の女性に手厚い診察をしているようです。全国統一の意見を持った医師はいない。ひとりの患者を、内科も外科も精神科も資格を持っていて、多角的に患者を診る人はいない。レントゲンやCT写真を今の先生に持って行ったとき、まず自分でもう一度検査してASと決めました。前の先生は線維筋痛症も合併していると言っていましたが、今の先生は強直性脊椎炎だけだと言います。レントゲンやCTの結果でさえ、医師によって意見が分かれる。「写真に出ない」と書いている人は、医師が何も出ていないと見ているだけと言えます。MRIなど私は撮ったことがありません。あの筒の中が怖い、音も我慢できません。でも、もともとMRIの検査なしで診断できたので、不要の検査費用を支払ったことになります。ただでさえ、どこの医師も認めず、探す羽目になるので、レントゲンで見分ける医師ばかりになればいいのです。レントゲンだのシンチだの、検査結果が出る前に被爆しそうだと思いました。ひどいときは週単位で血液検査して、腕はあざだらけ。げんなりしていても、やはり紹介されたのでおとなしく検査を受ける、検査を受けて血を抜かれては、精神病にされるけど、精神病って寝たきりになるほど体が悪くなる物なのか、という疑問が出ます。私は何なの。どうしてフツウに生きていられないの、と気落ちして、なにもする気が無く、何を飲んでも目が回るか、戻すか、かゆかゆになるか、眠いのに眠れなかったり、排泄が出来なくなり、眠れなくなり、油の切れた機械のように動きが硬い。そして全身痛い。浮腫む。ベルトコンベアの荷物のように、大量の患者を回し、知らない病気だと断る。そして医師によって判断が違う。自治体も相手にしないし、もう社会からは見だして生きる気力も無くて、死にたいと思っても、死ぬ元気も無かった、今は自己治癒力で動いている、と豪語しています。痛みになれた、重い体になれた、他人にわからなくてもいい、そういう割り切りで、今私は生きています。

41
土岐川祐 2018/11/19 (月) 15:47:14 修正

出掛けるときは、ある程度他人に迷惑をかけても「しりごみしない」という決心が必要なんです。杖無くても歩いていたり、杖にしがみついていたり、車いすだったり、他人から見れば、「なんで元気そうなのに車いすなんだ」と思われます。実際その手の意見を通りすがりに言う人はいるし、なかには、電車のホームで避けられない混雑なのに、「邪魔だ-」と叫ばれ、相手はベビーカーってこともあったの。私も人混みで車いす悪いと思っているけど、ベビーカーはやっぱり天下のベビーカー様、と感じました。ベビーカーを押す人全員が自分本位では無くても、イメージとして強烈に残り、ベビーカーに遠慮するようになりました。やはり、難病患者は出歩くべきじゃないと、部屋に閉じこもった半年、ということもあったよ。

40

おでかけで、私としてはかなり頑張ったので、今週は回復できずにずっと寝ていそうだぁ。ASは動けば動くほどよくなる、とネットで読んで、入院したとき一日目から「リハビリ」しました。「あんまりがんばると次の日動けなくなるよ」とリハビリの先生に言われたのに、やっぱり次の日から全く動けなくて、退院しても動けず、やたらと寝っぱなしで待つこと、後六年でやっと、入院した頃の動きが戻りました。対して動かした気はしなかったけど、日ごとに動けなくなるものですね。寝返りも出来ないし、そもそも眠れなくなりました。眠剤は入院時に看護師が持って行ってしまい、管理の下に使うので、3週間一日も眠りませんでしたし、食べませんでした。全く動かなければ、眠らなくても食べなくても死なないものだと感心したものです。今回は頓服用にとっておいた薬を飲みまくりました。元の病気が治ってないのにリハビリしたり、薬を飲みまくって減薬したりってヘンだとおもうの、いつも。まず多少クスリが無くても動ける程度に回復して、それから徐々にリハビリや減薬、っていうならわかるけど、病気のままなのにリハビリしたり減薬したり、動けば動くほど治る病気だとか言われる。困る。

39

昨日まで、小諸市にいました。唐松が黄色を通り過ぎて茶色になっていました。紅葉の赤と、古城跡の石垣・・・美しい景色でした。でも持病を抱えて旅行はちょっと楽しめない、というか、今回は家族で訪れましたが、家族に対して気を遣って、苦しくても笑ってる。それでも「さっき言ったのに」「だから違うってば」等の言葉が飛び交って、身の縮む思いでした。トイレ、食事も自分のペースで出来ない。我慢して食べて、気持ち悪くなっても、全員の食事が終わったらトイレ、トイレに行っても外で誰か待っているから早くしなくちゃ、などと「我慢」ばかり。私の場合間質性膀胱炎もあるので、トイレが近く、AS系統の病気は、どうやら、寝起きが苦しい。朝からしゃきっとしてビュッフェで食事、トングは使えないし、車いす自体が、ホテルの移動に向かない。もちろん城跡など、歩くしか無いので、杖を持って入っていきます。保存が大切な建物などは杖をつくわけにも行かない。昨日はそれほど厳しい場所は無くて助かりました。場所によっては、一人外で待つことも。