今日は通院の日でした。いつも往復だけで疲れて寝込みます。でも、また看護師に「一体どこが痛いの」と訊かれました。何年も何ヶ月も同じことを言う・・・次に行くと、また同じことを言われ同じことを応える。顔や態度に出さない人は、車いすに居ると言うだけでもかなり不審がられる、がんばれる人ほど叩かれる、行くときは、期待しないで薬だけもらえれば良いと思い、帰宅すると怒りを抱えています。後から倒れるとしても、車いすはやめようかと。もともと月に一度のクリニックでしか使わないんです。家の中も、斜面ばかりの田舎の庭も、街も道も、車いすは役立たないのです。段差、少しの傾斜でも低い方へ落ちていくし、自走(自分の手で動かすこと)は難しい、少し動かしたら、次は足で漕ぐようなかんじ、杖は持ちません。手が駄目になる、直立で地面に対して垂直に立っているのが一番ラクです。PCは座ってもバランスが取れていないのか、立ち上がると腰の骨が伸びなくなります。座っていること自体が苦しい。「車いすは目で見て足が使えない人しか使わせない」という空気は痛いですね。
間質性膀胱炎の症状が始めて起きたのは、二十代前半の妊娠中であること、髄膜炎のため半年は治療していたこと、その時背中から背骨をくぐって髄液を採ったこと、以前にシンチで再び髄膜を調べ、注入に三回失敗、麻酔と注射で六回、背骨の飛び出ているところに指したこと、など話してみました。通院何年目だろう。いつも口の中に力が入り、塩味などは痛みしか感じないことも・・・話しても、次に行ったらきっと忘れている・・・
このクリニックを紹介した前のセンセは何を言っても「それは治らん」だったので、その先生を師とする今のセンセもわかんないのかも、と考えていました。怒鳴られたり罵られたりするよりはましだと思って。それに私は、全く申し訳ないことに指定難病の福祉を受けています。体感が安定しないので手帳ももらっているし、子供時代の交通事故で癒えない負傷もあり、「障害基礎年金」もいただいていて、それは、この病名を言われたとき、役所や保健所に相談して、出し得る申請は片っ端から試したら、そこに引っかかっただけです。それでも、なにひとつ受けていない同病の人もあり、かなりの引け目があります。
なにもかもを誰もかもにわかってもらうことは出来ません。私が不当に福祉を受けていると思われるなら、その気持ちを持って自分からダメ元で申請してみる、すべてはそこから始まります。私や同じような補助を受けている人のことをとやかく言う暇があるなら、それで他人をいたぶる元気があるなら、黙って根性論を自分に向けよ。
間質性膀胱炎が併発なら、私はASをすでに発症していたのだそうです。私の「いきつけ」のセンセの意見ですけどね。「間違ったことを吹聴するな、頭おかしいぞ」散々いただいていますからね、ステハンで。私が医療について語ったわけではないので宜しく(一応書いておく
女性の場合、私のように中年になってからの発症というか病名が明らかになるそうです。前のセンセは子供時代の交通事故から、若いときの工場で重労働などを挙げましたが、事故の時からなんともなかったのはおかしいから違う、とか、死ぬ思いをしたのでPTSD、という人もいましたが、男女ともに子供の頃から徐々に悪くなる人もあるそうです。痛めた箇所があるのに、「こんなものだろう」と我慢した、私の場合「誰に言っても叱られる」と思い込んで我慢していた、そういうのは「ある」という見解でした。
男性の方が重篤になる可能性が高いと言う話は前にも書いた気がします。女性の方が体に柔軟性があり、骨が完全にくっついてしまうことが少ないと。一昔前はご高名の医師が「男性しかこの病気にならない」とおっしゃったので、訪れた病院或いは診療所、クリニックなどで見解が違います。
線維筋痛症は女性に多い、と言われていたのが、ブログなど拝見すると男性にも多いなど、まだわからないことが多いようです。それでも、一昔前の通説は覆されつつある、というか医学は進歩している「らしい」のです。これからは「個人クリニックの時代」、患者も選ぶ権利はあると思っております。私は大学病院で悲しい思いをしたので個人クリニック派。
注射針の使い回し予防注射でB型肝炎キャリアになり、年齢を経て発症する人もあるので、子供時代の傷があとからくる、または私のような妊娠中の感染症が徐々に健康を害した、可能性はいくらでもあり、その話をしてみたい気持ちもありますが、まだ、医学ではわからないことが多いかと思います。昨日の報道で「寒暖差」による交感神経と副交感神経の振幅について触れていました。私のブログ「交感神経増幅器」はそこから発想して書きました。こちららからのコピペもありますが・・・目的ははっきりしていて、私の書くことへのこだわりと満足感のためです。自己嫌悪にまみれてシャットアウトしていた過去の自分を解放してやろう、という気持ちもあります。
今年お亡くなりになった、漫画家で小説化のあさぎり夕先生が、本の中で、私もネットにHPを作りました、これで誰も私の書き物を出版してくれなくても、歳を取っても、書くことが出来ます、と書いていらしたのを覚えています。表現をするのは生きることではないでしょうか。