(…!!なんで…倒されてる…でも、そんなに深くは…ない…)
戸惑う刈谷ではあるがカウントとダメージを確認しながら立ち上がる、セコンドの奥野が何やら叫んではいるので頷いて見せた。
レフェリーが試合再開をコールした後、姿勢は一気に仕留めにかからない。 刈谷の状態を確かめるかのように牽制のジャブとローキックを放ち、一つは外され、一つは当たった。 これを見て姿勢が一歩前に出ると同時に刈谷が飛び込む―虚を突いた様に右のスウィングフックを放つが姿勢はこれをブロックするに留まる。
第2R終了のゴングが鳴った。
ぱん!
姿勢が左脚を抜くと同時に、刈谷は力が抜けたように膝から崩れ落ちた。 レフェリーがダウンを宣告すると、リング外から驚きと戸惑いが入り混じったざわつきが広がっていく。 姿勢は少しよろめきながらもニュートラルコーナーへと下がり、実況は「刈谷が倒れました」「ダウンのようです」「レフェリーはダウンをとりました」といった言葉を並べている。
状況を理解していたのは姿勢本人と、レフェリーと、セコンドと、姿勢の側から観戦していた会場の何人かである。
しかし―
「ぁっ」
刈谷は上背が姿勢より低い分、筋量で上回る。ガードの上からでも彼女のパンチは効いていた。 グラつく姿勢は苦し紛れにサークリングするが、刈谷はそれを許さない。
姿勢が回り込み刈谷が逃げ道を塞ごうと向き直ったこの時、密着状態だった間合いが少しだけ開いた。
向き直っただけの刈谷に対し、姿勢はわずかとはいえ実際に距離を空けている。
刹那の隙を縫う様に、刈谷の身体の側面を沿う様に描かれた一筋の線―
刈谷透子の右側頭部で、乾いた破裂音がした。
(どうしようどうしようどうしよう…)
刈谷は考えるのをやめて、身体を横にしたまま姿勢にもたれかかった。 不意に全体重を預けられた姿勢だが流石の彼女もこの体勢から攻撃手段を持っているわけでもなく、目でレフェリーへと助けを求める。
「刈谷!」
(!)
これを見て奥野が叫ぶ。 1コンマ数秒の間に刈谷は動けるまでに回復していた。 スタンスを直し、隙のできた姿勢に左ボディーブローを叩き込む。少し重い音がした。 今度は姿勢の身体が前へと折れ曲がった。
さらに右フックを側頭部に打ち込むが、これは姿勢に読まれてガードされてしまう。
第2Rが始まった。 刈谷は長い左を警戒してかすぐには飛び出さないが、姿勢もまた距離を取ろうとしない、手も出さない。 先ほどとは異なり、刈谷が慎重に間合いを詰めていく。
(ローで様子を…)
ドボォッ 「~~ッッ」
今度は姿勢のミドルキックが肝臓へと突き刺さった。 またも姿勢のオープニングヒットだが第2Rとはわけが違う、刈谷の動きは止まり腰が落ちる。 鮮やかな一撃にこの様子に観客は再び湧き上がった。
(ヤバい…何これ!?呼吸…が…)
「刈谷!前!前ぇぇ!!」
右腹部を庇いながら必死で前に向き直ると姿勢のタンクトップが眼前に見えた。 刈谷は予感する、この瞬間の状態を考えるとあと一発でも殴られればもう立っていられないのではないか。
「あれでいい!思ってたより早めに近づけたのは好材料だ!」
「ですね!」
奥野と刈谷がコーナーで指示を確かめ合う様子に対し、姿勢は反対の側で立ったまま、ポストにグローブを当てて額を埋めている。
両者は対照的である。
怯んでいてはひたすらに遠距離から削られ続ける。 この試合展開自体は予想済みだった刈谷は臆せずに前に出る、幸いにも瞬発力は刈谷が上回っていた。 リングをサークリングしながら左を飛ばす姿勢、それを追う刈谷という対照的な両者だがその距離は徐々に詰まっていた。
ぴゅっ
姿勢の速い左を刈谷が頭を振って外す、既に刈谷の距離である。 刈谷が姿勢のボディへフックを放った刹那、背筋に悪寒が走る―
「!」
―眼前に、膝。 『ヤバい』という直感でどうにか回避したものの、接近戦も並の選手では安全地帯にはならないのである。 再び姿勢が距離を取ろうとした所でゴングが鳴り、1R目が終了した。 緊迫感のある攻防に観客から一斉に溜息が漏れ出す。
「いいか!離れるんじゃねえぞ!」
奥野の声と共に先手を仕掛けたのは刈谷、両肩でフェイントをかけながら距離を詰めていく、しかし―
パァンッ!
「!?」
いきなり姿勢の長い左ジャブが突き刺さった。この僅かの隙に姿勢が距離を取り直す。
(届くんだ…そりゃそうか、アタシより身長高いもんね)
「怯むんじゃねえぞ!まずは詰めなきゃ話にならねえ!」
奥野の指示は間違っていない。刈谷をまず襲う課題は実力や経験云々よりも距離の差である。 刈谷も163㎝と国内でも大きい部類に入るのだが、対する姿勢は172cmと欧州勢に匹敵するのだ。
支援だちょー
興業当日。
これも滞りなく進み、両者はリング中央で向かい合った。 片や欧州王者にして女子キックのパイオニア的存在、片や新進気鋭の現役女子高生。狭い会場ながらメーン担当のレフェリーは既に額に汗を浮かべている。 刈谷は小刻みに身を揺すりながら姿勢を見上げ、姿勢は一切眼を合わさない。
トレーナーの奥野が唾を呑む。 (クソ、いつもどおりか…)
姿勢が目を合わさないのは臆しているからではなく、彼女の流儀である。 姿勢鈴はゴング直後まで試合相手と一切のコミュニケーションを取らない。話さないし、目も合わさない。 それはある程度実戦というシチュエーションを想定しての戦い方である。 彼女が事前に準備を立てたのはでタイトルマッチとデビュー戦のみ、現時点では姿勢にとって刈谷は「いきなり現れた何者か」と想定して初めて対等となる相手であった。
「スカしてないでこっち見てくださいよ」
「私語は謹んで」
挑発する刈谷をレフェリーが諌める。しかしこの様子を狭い会場に集まったファンは見逃さなかった。
「なんか言ったぞ」 「姿勢無視じゃん」 「アイツいっつもあんなだよな…」
俄かに盛り上がる中でタイトルマッチのゴングは鳴った―
透明感のある声質から淡々とコメントを語られていたが、最後の一言の際に記者達がざわついた。
「お、姿勢ってこんな事言う奴だったっけ?」 「久しぶりの国内だから勝手がわかんなくなっているんじゃないか?」 「いやー姿勢なりに盛り上げようとしてるんじゃないかなぁアイツ喋り下手くそじゃん」 「何にせよ良いことだよな、プロレスっぽい事言えるようになったのはさ」
「・・・」
この後、記者からの質疑応答がいくつかあったが滞りなく会見は終了した。 他の選手と比べ減量の厳しい姿勢は会見中水を口に含む回数も多かったが、同程度のペースでカメラのシャッターもたかれていた。
姿勢にとって自国での大型団体旗揚げは待ちに待った好機である。 何故なら最早彼女にとってのキャリアは自身のためのみならず国内女子キック界の活性化の為でもあるからだ。 油断大敵は勿論だが、自身の首を狙う若手の台頭に喜ぶ自分を姿勢はどこかで感じていた。
そして記者会見。 女子キックは市場の小さい業界だが、人気選手の出場とメジャー化を狙った団体の旗揚げ戦ということもあり、異例の規模で開かれた。
セミファイナルを戦う選手からマイクを渡され、刈谷透子が先んじて口を開く。
「えー胸を借りる立場なんで明日は思い切り挑戦したいんですが、どうせなんで今日のうちから挑戦しておきます! 若い方が勝つ!おまえら見とけやー!どりゃああああ!!」
返って気持ちのいい透子の挑発に場内は微量ながら笑いが発生し、その間に相手の姿勢へとマイクを渡す。 透子からは姿勢の横顔しかわからなかったが、困った様な笑いを浮かべているように見えた。
「そうですね…刈谷選手はこのような部分も含めて本当にフレッシュで素晴らしい選手だと思いますし、 戦えるのは本当に嬉しいです。私としても今日がようやくスタートラインだと感じていますので最高のパフォーンスを 発揮するつもりです…ですから刈谷選手には明日の負けは覚悟してほしいですね」
メーンイベンターとしてオファーが出された姿勢だが、そんな彼女の相手として白羽の矢が立ったのが本場タイで結果を出した刈谷透子である。 透子は若干17歳だがデビュー以来6連勝6KOとその道のファンの間でちょっとした話題になっていた。 さらにタイ遠征を2連勝で凱旋。“現役女子高生キックボクサー″として各メディアへの露出も増え始めていた所だ。 刈谷透子17歳、8戦8勝(6KO)。
「凄い!アタシ、永森さんに憧れてキック始めたのに!もうできるなんて、アタシ凄い!」
「あー、わかったから返事しとくから走ってこい練習しとけ」
軽い調子で言葉を交わす二人だが、透子が会長室を出た後に奥野はすぐさま永森の試合のチェックに入った。
「…うーん」
「え!姿勢鈴さんとですか!?」
「そうだよ、オファー来てるぞ。お前も偉くなったもんだな。」
「すごいや…」
「本当にな!タイから帰ったと思ったらテレビからメインイベントまでトントン拍子だっ」
古びたジムの会長室に呼び出された刈谷透子が会長の奥野源内と向かい合いながら驚いた声を上げる。 透子の身長は姿勢よりも10㎝ほど低い、髪型はショートカットで目元はネコ科の獣を思わせる鋭さがある。 奥野はため息交じりに応じるものの、その声は少しばかり弾んでいた。
3rd STAGE―
桜と共に幾多の花が咲く季節― スーツを着た4回生を私服の在校生がそれぞれ囲む輪がキャンパス内に出来上がる中で、大坂は中宮葛と言葉を交わしていた。 葛は普段のラフな格好ではなく、化粧をしっかりと行いスーツを着用しているので大坂からしてみれば些か大人びて見える。
「え?道場継ぐんですか?」 「近いうちにね…仕事は決まっているけどそんなに忙しい業界じゃないから時間もあるし」 「じゃあ、まだここに残るんですね…」
葛の実家は古い合気道道場である、彼女曰く卒標後は就職をするとはいえその引継ぎと並行するとの事らしい。
「私ね、思うんだ。誰にも何にでも、収まるべき場所があって…でもそれを果たすにはやっぱり踏み出さなきゃいけないんだよ、大坂君…」 「なんか、矛盾してるような気がするんですけど…」 「いつか、わかるよ―」
これが、大坂浩志が中宮葛と交わした最後の会話である。
―JWKAライト級タイトルマッチ
2年前まで姿勢鈴は女子キック界で知る人ぞ知る存在だった。 10代で国内タイトルを奪取した後、ヨーロッパへと転戦するが彼女はそのステージでも一線級の実力を示した。 長い脚から繰り出される閃光のようなキックは高いKO率を叩きだし、ルックスも相まって女子選手としてはそれなりの人気を持っていた。 欧州王者のタイトルも獲得し、通算戦績16戦13勝(9KO)2敗1分け。
そんな姿勢の転機は日本国内のメジャー化を狙った新団体旗揚げである。 この時に彼女は欧州王者のタイトルを引っ提げて日本へ凱旋する事となる、当然メーンイベンターとしてのオファーである。
逆井はそのまま振り返ることはなかった、長身が徐々に群衆の中に埋もれていく。 そして一人の離脱と共に集団はさらにざわめき立つ。
彼らも程度はどうあれMMDDRerであり、その研鑽が大人の都合で踊らされていたという認識になりつつあった―
「気に入らない奴は…さっさと出ていけ!」
大坂浩志が一喝した、先程逆井を制止した時よりも鋭い語気で。
動揺するDDRerを睨みつけたまま、続ける。
「…大人が作ったゲームに金払ってんだよ俺たちは、もうその時点で向こうの都合だろ。そこから既に大人の金儲けに参加してんじゃないのか?」
「でもMMDDRは…あっちが流行らそうとしたもので…」
「知らねーよ、どうしてほしいんだよめんどくせえ。出たいなら残ればいいだけだから騒ぐんじゃねえよ!なあ姿勢さん、アンタどうなんだ?」
姿勢は白の上下スーツに長い髪を後ろでまとめたいつもの出で立ちだった。 腰に手を当てた立ち姿のまま様子を眺めていた彼女であったが、どこか苛立った様子も伺える大坂に話を振られて集団の中に歩み寄っていく。
集団の中心に立つと一本に纏められた髪を靡かせながら彼女がMMDDRer達へ振り返る、姿勢が大坂の隣に並び立った。
「勿論私も、今降りるわけにはいかない」
口数が少なくココイチバンでも人付き合いが知られていない姿勢鈴だが、彼女にも過去はある。 また、彼女自身もそれを振り返っていた。
「ああもう、わかったよ島沢さん。わざわざありがとな」
「おう」
「…ふざけんなよ」
最初に口を開いたのが大坂だった、島沢も軽く返そうとした瞬間静かな怒りを吐いて出したのは―やはり逆井だった。 最も巧みに手段を選ばず、恐らくはココイチバンの上位スコアラーで真っ当に点数勝負をするなら一番不利な男である。
「ふざけんなよ!今までの戦いは全部お前ら事情で行われてたってのかよ?こっちはこっちで考えて色々やってんのに・・・」
「色々ってのが何かは知らんが上の事情で流行らせることに協力したのは確かに俺だな、うん!」
「おっまえ!」
逆井は自身でMMDDRに出会い、坂道に教えを請い、大阪や山崎、姿勢たちと出会ったつもりだった。
彼らに対するストロングポイントがバナナの皮であり、煙幕である。手段を選ばず状況に応じて用意した小道具を使っていく事が自身の強さと思っていた。 それ自体は実のところ間違っていない、間違っていないのだ。
しかし、坂道から教えられたMMDDRも元は派遣された島沢が広めたものであって、広めたのは島沢だとしても、広める事になったのは製作側の意図に依るものである。
「俺はお前らにつき合わされてたってのかよ!どんだけ身を削ってきたと思ってんだずえってえ許せねえ!」
「逆井!」
今にも掴みかかろうとする逆井を大坂が制すると、彼も意外なほどあっさりと身体の力を抜いて身を引き、大坂の腕をどかした。
そのまま面倒そうな顔で逆井は混乱の場を離れていく。足取りはゆっくりとしたままだ。
「なんかもう、帰るわ、一人になって考える…」
この時点で何となく全員が理解できつつあった。プレイヤー側は反復練習で技術を向上させていけるが、製作側の課題にはいつか限界がやってくる。 これを開発陣は危惧したという事なのだ。これの対策案がプレイヤー同士での妨害合戦を前提としたプレイの推奨である。
「ゲ、ゲェ…く、狂ってやがる!!」
「いやお前らさっきまでやってたから!喜んでやってましたからーっ!残念!」
島沢が皮肉めいた話し方でギャラリーの一人を煽ってみせる、参加者は島沢の話を各々の思いを胸に聞いていた。 ある者は受け入れ、ある者は即座に見切りをつけ、ある者は何も考えられず、ある者は怒りに打ち震えていた。
「まぁそんな感じでその狂ったプレイを流行らせるために送られたのが俺よ!ちょいとツテがあってな、偶々俺も音ゲーの天才だったわけだな。」
「・・・それで」
「AMzoneを発信源としてMMDDRを広めた、とにかく会う奴に吹っかけての繰り返しよ、そうして俺に挑みまくった連中が“塔”の外に散らばっていったってわけだ」
AMzoneとはこの地方におけるDDRのメッカといえるゲーセンである。 島沢がAMzone時代はMMDDR年間最多勝を3年連続で記録している、それも次点を大きく突き放す記録によってである。
「あの異常な試合数はそのせいで・・・」
姿勢が一人呟く。 そこには県外のプレイヤーも、逆井も山崎も橋本もいるにはいたが、島沢の圧倒的存在感にやや気圧され気味であった。
ともあれ、突如としてMMDDRの正体が全てのプレイヤーにとっての絶対的存在者から語られたのである。 それだけは一つの事実であった。
―島沢が言うにMMDDRは開発側が仕掛けた実験だったらしい。
一部地域で意図的に発生させた流行であり、それが果たして製作コストにどれだけの影響を与えるかを測っていた事が実際の所だ。
「は?急に出てきて何なのコイツ?」 「意味がわっかんねえんですけど!ずぇってえ許せねえ!」 「おいおい今の説明でピンと来ねえのかよ…こちとら早く帰ってチャンネエとニャンニャンしてえんだ!」
「島沢さん?気にせず話を進めてちょうだい」 「お、チャンネエがいるじゃねえか!」
出場者やギャラリーが島沢を囲む中、やや外れた位置から姿勢鈴が眺めていた。 出場者中では年長者となる彼女が状況を察し、話の進行に努めようとする。 『チャンネエ』呼ばわりは少し癇に触れたが、姿勢が白石に目配せをすると呆然としていた彼も一応は我に返る。
「島沢君・・・だね、主催者の白石という者です。君が知っていることを全部教えてもらえるかな?事態を収めたいんだ(キリ」
「そうだった。いや悪かったよ、まさか県外プレイヤーを招くほどここが巨大化するとは思わなかったんだよ俺は!だからなんとか間に合うように来ようと思ったんだけどやっぱりこいつら前日に来ちゃうわけだわ!」
「つまり管理者へ事前に伝えるべきことがあったという事なんだね?」
「まあそう固くなるなよ、要は俺を含めてお前ら上手くなりすぎちゃったわけよ。例えばそこの白いチャンネエとか、そこの…あの、ソイツとか」
「それで」
「そうなると製作側はBPMの速い曲や高難度の譜面を作って対応していく事になる。でもそりゃもうイタチごっこだ、だったらそっちで勝手に難易度を上げてもらえばいいわけだ?」
―大坂は道中合気道の町道場に赴いた。道場はそれなりに大きな造りとなっており、木造りの門と看板がある。
書き換えられた看板には「坂道道場」とあり、外から道場の様子を覗けば技を教えている様子が伺えるのは体格がガッシリとした険しい顔の男である。 まだ道場内に練習生も少なく、どうやら稽古が始まった直後らしい。
「へへ・・・餅は餅屋ってな!」
シニカルに呟いた大坂はそのまま足早になり目的地へと向かった。 この日は晴れていたが、道場の門が影となり彼に陽の光が当たることはなかった。 振り返れば大坂にとって坂道は歪な存在であった、ただ強さを求める男が何故DDRをしているのか理解ができなかった。
また大坂自身も坂道に積極的な関わり方をしなかった為、当時は余計によくわからないままの人間だったわけである。
「収まるところに収まるのが一番いいんだよ…」
誰に聞かれるわけでもなく、坂道はまた呟いた。
収拾がつかなくなった時にやってきたのがよく分からない何かを咥えたバックパッカー風の男であるが、混乱する場にいきなり現れた男に一同は対応が追い付かなかった。 しかし、彼が伝説のDDRer島沢“かたつむり”である。“塔の住人”であり、MMDDRer黎明期の絶対王者でありながら突如姿を消した男。
今となって顔と名前が一致するものは実際に対戦した坂道、姿勢くらいである、そして真実は島沢の口から語られた。
2nd STAGE でもそんなの関係ねえ
実の所MMDDRは遠征プレイヤーから見て異質なものだった、通常そんなものは行われていなかったからだ。 それどころか、何故こんな不自然なプレイングをしているのかと問われてしまった。
特に大きなショックを見せていたのは奇策を用いて勝利を手にしてきた逆井である。大坂が知る限り彼が一番ルールへの依存度の高いプレイを行っていた。
「これが俺たちのやり方だ、手段を選ばずとも勝利を手にする、そ、それがMMDDRなんだよ!」 「いやいや、そんなんだったら俺は参加したくないし。要はリアルファイトって事でしょ?」 「はぁ!?」 「違うのか?手段を選ばないってそういう事だろうが」
「ま、不味いぜ!通常ルールでやってもいいけど印象悪くなってんぜ!」
MMDDRプレイヤーと招聘プレイヤーが口論を続ける中、割りを食ったのが大会主催者の白石である。 彼もまたこのルールの異質さに疑問を持っていなかった為、遠征プレイヤーをそのまま引き入れてしまった。
「なるほどそういうことか!」 「・・・誰だ!?」
―ある大会で隣県の強豪が遠征で招かれた。この時、違和は事実として判明する。
「は?あんたら何してんだ?・・・何これ?」 「え?」 「は?」
今まで当たり前のように触れていたものが突如として覆される時、人は何を思うのだろうか?それにどれだけ依存していたかで衝撃の度合いは変わってくるだろう。 元々妨害行為を前提としたDDRに徹し、自分からのそれは行わなかった大坂は他の者ほど動揺はしなかった。
そして現在―
「ココイチバンだな」
決意を固めたかのように呟き自室のドアを開く。歩を進めながら大坂は再びあの頃を思い出した。
大坂は思い出していた。 思い出すという行為に意味はあるのか、そこから生まれる反省に意味はあるのか、大坂の中でははっきりとしていない。 それでも大坂は過去を振り返っていた。
―「MMDDRerはバーを掴んじゃ駄目だ」 「何でだよ!あるもんはどんどん使っていこうぜー」 「試してやろうか?」
―「待ってたよ、姿勢さん…」 「…8回負けると負け越しらしいわ」 「はあ…」 「もう遊びには付き合わない」
姿勢には会う度に勝負を挑んでいた、そして負けていた。
← ↓ → これを8分刻みで捌く、左を向いて右足、左足、右足…。 すると1P側の姿勢が大坂に左の回し蹴りを放つ。 鋭く、美しいフォームであった。 大坂は「うお!?」と、瞬時に身を屈め回避する。だがわずかにそれは頭部をかすめていた。 居合わせた何組かの親子連れは驚きの悲鳴を上げる。何人かの常連はいつもの光景とはいえ目を奪われる―
久しぶりにまとまった休みである、ストレッチに一区切りがついた彼はベッドの上で仰向けになり目的もなくスマートフォンのディスプレイをスライドさせる。
先日、旧知の知り合いからメールがあったが返していない。 逆井とは連絡が取れたがどうやら仕事がうまくいかずアウトローな生き方を強いられているようだ。
元々手段を選ばない方法で戦っていた逆井、何をしているのか深く聞かなかったがある意味では性に合っているのかもしれない、かつてを振り返りながらそんな事を大坂は考えた。
6年前、MMDDRの正体が判明した。 発端は坂道―逆井の師―を訪ねてきた武の道における彼のライバル・三条十一朗である。
当初坂道に襲い掛かってきた彼だが、成り行き上MMDDRを目にすることとなる。それは三条にとって明らかに歪な光景であった。
何故身に着けた技を以って遊戯に興じているのかと三条は問いただしたが、坂道から納得のいく答えは得られなかった。 結局の所二人は戦う事となる、また拳と技をぶつけ合う中で坂道は次第に自らの本分に立ち返っていく事となる。
坂道が純粋な武道家に戻ったことで逆井も必然的に彼から独立する事となった、同時に彼の話に納得してしまった。そう、確かにMMDDRはおかしいのである。 互いの妨害を前提とした対戦ならば何故ルールがもっと洗練されていないのか?リアルファイトに発展しないのは?妙な話である。
大坂は、MMDDRに励んでいた頃を思い出していた。
1st STAGE How to CONCLUSION.1
「んあああ・・・」
大坂浩志は自室で座位の前屈をしていた。
給料のほとんどを注ぎ込んでいた頃と比べプレイ頻度は減ったが、こういった習慣だけは彼の中に残っていた。侮れないものだ、と大坂は思う。
時は常に前へは進みゆくが上下に揺れ動く、良い時代も悪い時代も歩みと共にやってくる様子はさながら株価チャートのようである。
あの闘いの日々から何年が経ったろうか、記憶をまま語れる者は既に少ない。 その数少ない者達も大坂もまた自らの歩みを考え悩み抜いていた。 それはまるで数年前と変わらない、違うのは実際に自らの将来をチップとしたゲームに乗り出している事だ。 『あの頃とは違う』と漠然と言葉で反芻するものの、何がそうであるのかは理解が追い付かなかった。
大坂は大学卒業後県外に出ていたが、転職と共にまた地元に戻ってきていた。彼のDDRerとしてのピークは恐らく大学時代である。 6年前ココイチバンで逆井、姿勢らと戦い、その後隣県のトッププレイヤーを交えて開かれたトーナメントにて敗退―
それでもDDRと共に彼の人生はあった、そう思っていた。
???「地獄の門を開き・・私が魔王の力を手に入れれば・・・ハハッ」
???「ここか・・・地獄の門とやらは・・・」
???「禍々しいな・・・しかし!」
???「ここか・・・」ギギギギギ
???「ここに地獄の門が・・・」コツコツコツ
そして舞台は氷の国に移る・・・
第二章 新たな魔王たち
~第一章完~
旅人は、ここで読むのをやめた。
○月○日 成功した。 軍を味方にして弟をけしかけたら降散しやがった。 やはりあの男はバカだ。 さて、魔王になったがどうしよう。
○月×日 ようやく帰還だ。 さて、あのバカから王位を獲るか。
×月○日 遠征にいくことになった。 あの男は我々四兄弟をどう思っているのか・・・
~日記~ ×月×日 今日で私も120歳になる。 今日から日記をつけることにしよう。 正直言って今更過ぎるがまあいいだろう。 それにしても書くことがわからない。 この辺りで止めようか・・・
「お、おい....この人ってナナカマド博士だよな....?何でここに....」
ジュンは焦りながら、ヒカリにぼそぼそと話しかける。
「うぉっほん!」
ナナカマド博士は、老体でありながら凄い威厳を持っていた。
「....君たち、ポケモンを持たず草むらを歩こうとしたのかね?」
博士の問いに、二人は少し黙り込んだが、縦に首を振った。
「あたし達、テレビで博士のインタビューを観て....あたし達もポケモンが欲しいなって。それで.....」
ヒカリの弁解に、 博士は「うーむ」と考え込んだ。
「この子達はポケモンが欲しくてこんな事を....」
「博士ッ!もうこんな無茶絶対しないから!ポケモンを下さいッ!」
ジュンのその深いお辞儀には、ポケモンに対する想いがこもっていた。
「......わかった。ポケモンをお前達にやろう!」
博士はそう言うと、カバンを地に置いた。
「ほ、ホントかよー!?俺今嬉しくって変な感じだぜ....」
ジュンはかなり興奮しているようだ。
「博士、あたしもすごく嬉しいです」
ヒカリも、ジュンほどではないが嬉しさを表に出していた。
旅人「まあいい、読もう」
旅人は、好奇心を止められなかった・・・
ヒカリは母親に一言言うと、家を出ていった。 「草むらに入っちゃダメよ!」 と釘を刺されたが......
「おせーぞヒカリ!」 街の入口にはジュンが立っていた。せっかちな彼は数分待つだけでもうイライラしている様だ。
「さ、ナナカマド博士のところに行くぞ!」
「.....ジュン、草むらに入る気?」
ヒカリは母親に釘を刺された後なので、草むらに入るのを躊躇している。
「いいっていいって!よしいくぞ!」
ジュンはヒカリの手を引いて、草むらに入ろうとする。
「あーもう!あたし知らないよっ!」
その時だった。 「まてい!」と、重い声が背後に聞こえた。
「な、何だよ.....あ!」
「あなたは....ナナカマド博士!」
二人は驚いた。テレビで見た有名人がすぐ目の前に立っているのだから。
(…!!なんで…倒されてる…でも、そんなに深くは…ない…)
戸惑う刈谷ではあるがカウントとダメージを確認しながら立ち上がる、セコンドの奥野が何やら叫んではいるので頷いて見せた。
レフェリーが試合再開をコールした後、姿勢は一気に仕留めにかからない。
刈谷の状態を確かめるかのように牽制のジャブとローキックを放ち、一つは外され、一つは当たった。
これを見て姿勢が一歩前に出ると同時に刈谷が飛び込む―虚を突いた様に右のスウィングフックを放つが姿勢はこれをブロックするに留まる。
第2R終了のゴングが鳴った。
ぱん!
姿勢が左脚を抜くと同時に、刈谷は力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
レフェリーがダウンを宣告すると、リング外から驚きと戸惑いが入り混じったざわつきが広がっていく。
姿勢は少しよろめきながらもニュートラルコーナーへと下がり、実況は「刈谷が倒れました」「ダウンのようです」「レフェリーはダウンをとりました」といった言葉を並べている。
状況を理解していたのは姿勢本人と、レフェリーと、セコンドと、姿勢の側から観戦していた会場の何人かである。
しかし―
「ぁっ」
刈谷は上背が姿勢より低い分、筋量で上回る。ガードの上からでも彼女のパンチは効いていた。
グラつく姿勢は苦し紛れにサークリングするが、刈谷はそれを許さない。
姿勢が回り込み刈谷が逃げ道を塞ごうと向き直ったこの時、密着状態だった間合いが少しだけ開いた。
向き直っただけの刈谷に対し、姿勢はわずかとはいえ実際に距離を空けている。
刹那の隙を縫う様に、刈谷の身体の側面を沿う様に描かれた一筋の線―
刈谷透子の右側頭部で、乾いた破裂音がした。
(どうしようどうしようどうしよう…)
刈谷は考えるのをやめて、身体を横にしたまま姿勢にもたれかかった。
不意に全体重を預けられた姿勢だが流石の彼女もこの体勢から攻撃手段を持っているわけでもなく、目でレフェリーへと助けを求める。
「刈谷!」
(!)
これを見て奥野が叫ぶ。
1コンマ数秒の間に刈谷は動けるまでに回復していた。
スタンスを直し、隙のできた姿勢に左ボディーブローを叩き込む。少し重い音がした。
今度は姿勢の身体が前へと折れ曲がった。
さらに右フックを側頭部に打ち込むが、これは姿勢に読まれてガードされてしまう。
第2Rが始まった。
刈谷は長い左を警戒してかすぐには飛び出さないが、姿勢もまた距離を取ろうとしない、手も出さない。
先ほどとは異なり、刈谷が慎重に間合いを詰めていく。
(ローで様子を…)
ドボォッ
「~~ッッ」
今度は姿勢のミドルキックが肝臓へと突き刺さった。
またも姿勢のオープニングヒットだが第2Rとはわけが違う、刈谷の動きは止まり腰が落ちる。
鮮やかな一撃にこの様子に観客は再び湧き上がった。
(ヤバい…何これ!?呼吸…が…)
「刈谷!前!前ぇぇ!!」
右腹部を庇いながら必死で前に向き直ると姿勢のタンクトップが眼前に見えた。
刈谷は予感する、この瞬間の状態を考えるとあと一発でも殴られればもう立っていられないのではないか。
「あれでいい!思ってたより早めに近づけたのは好材料だ!」
「ですね!」
奥野と刈谷がコーナーで指示を確かめ合う様子に対し、姿勢は反対の側で立ったまま、ポストにグローブを当てて額を埋めている。
両者は対照的である。
怯んでいてはひたすらに遠距離から削られ続ける。
この試合展開自体は予想済みだった刈谷は臆せずに前に出る、幸いにも瞬発力は刈谷が上回っていた。
リングをサークリングしながら左を飛ばす姿勢、それを追う刈谷という対照的な両者だがその距離は徐々に詰まっていた。
ぴゅっ
姿勢の速い左を刈谷が頭を振って外す、既に刈谷の距離である。
刈谷が姿勢のボディへフックを放った刹那、背筋に悪寒が走る―
「!」
―眼前に、膝。
『ヤバい』という直感でどうにか回避したものの、接近戦も並の選手では安全地帯にはならないのである。
再び姿勢が距離を取ろうとした所でゴングが鳴り、1R目が終了した。
緊迫感のある攻防に観客から一斉に溜息が漏れ出す。
「いいか!離れるんじゃねえぞ!」
奥野の声と共に先手を仕掛けたのは刈谷、両肩でフェイントをかけながら距離を詰めていく、しかし―
パァンッ!
「!?」
いきなり姿勢の長い左ジャブが突き刺さった。この僅かの隙に姿勢が距離を取り直す。
(届くんだ…そりゃそうか、アタシより身長高いもんね)
「怯むんじゃねえぞ!まずは詰めなきゃ話にならねえ!」
奥野の指示は間違っていない。刈谷をまず襲う課題は実力や経験云々よりも距離の差である。
刈谷も163㎝と国内でも大きい部類に入るのだが、対する姿勢は172cmと欧州勢に匹敵するのだ。
支援だちょー
興業当日。
これも滞りなく進み、両者はリング中央で向かい合った。
片や欧州王者にして女子キックのパイオニア的存在、片や新進気鋭の現役女子高生。狭い会場ながらメーン担当のレフェリーは既に額に汗を浮かべている。
刈谷は小刻みに身を揺すりながら姿勢を見上げ、姿勢は一切眼を合わさない。
トレーナーの奥野が唾を呑む。
(クソ、いつもどおりか…)
姿勢が目を合わさないのは臆しているからではなく、彼女の流儀である。
姿勢鈴はゴング直後まで試合相手と一切のコミュニケーションを取らない。話さないし、目も合わさない。
それはある程度実戦というシチュエーションを想定しての戦い方である。
彼女が事前に準備を立てたのはでタイトルマッチとデビュー戦のみ、現時点では姿勢にとって刈谷は「いきなり現れた何者か」と想定して初めて対等となる相手であった。
「スカしてないでこっち見てくださいよ」
「私語は謹んで」
挑発する刈谷をレフェリーが諌める。しかしこの様子を狭い会場に集まったファンは見逃さなかった。
「なんか言ったぞ」
「姿勢無視じゃん」
「アイツいっつもあんなだよな…」
俄かに盛り上がる中でタイトルマッチのゴングは鳴った―
透明感のある声質から淡々とコメントを語られていたが、最後の一言の際に記者達がざわついた。
「お、姿勢ってこんな事言う奴だったっけ?」
「久しぶりの国内だから勝手がわかんなくなっているんじゃないか?」
「いやー姿勢なりに盛り上げようとしてるんじゃないかなぁアイツ喋り下手くそじゃん」
「何にせよ良いことだよな、プロレスっぽい事言えるようになったのはさ」
「・・・」
この後、記者からの質疑応答がいくつかあったが滞りなく会見は終了した。
他の選手と比べ減量の厳しい姿勢は会見中水を口に含む回数も多かったが、同程度のペースでカメラのシャッターもたかれていた。
姿勢にとって自国での大型団体旗揚げは待ちに待った好機である。
何故なら最早彼女にとってのキャリアは自身のためのみならず国内女子キック界の活性化の為でもあるからだ。
油断大敵は勿論だが、自身の首を狙う若手の台頭に喜ぶ自分を姿勢はどこかで感じていた。
そして記者会見。
女子キックは市場の小さい業界だが、人気選手の出場とメジャー化を狙った団体の旗揚げ戦ということもあり、異例の規模で開かれた。
セミファイナルを戦う選手からマイクを渡され、刈谷透子が先んじて口を開く。
「えー胸を借りる立場なんで明日は思い切り挑戦したいんですが、どうせなんで今日のうちから挑戦しておきます!
若い方が勝つ!おまえら見とけやー!どりゃああああ!!」
返って気持ちのいい透子の挑発に場内は微量ながら笑いが発生し、その間に相手の姿勢へとマイクを渡す。
透子からは姿勢の横顔しかわからなかったが、困った様な笑いを浮かべているように見えた。
「そうですね…刈谷選手はこのような部分も含めて本当にフレッシュで素晴らしい選手だと思いますし、
戦えるのは本当に嬉しいです。私としても今日がようやくスタートラインだと感じていますので最高のパフォーンスを
発揮するつもりです…ですから刈谷選手には明日の負けは覚悟してほしいですね」
メーンイベンターとしてオファーが出された姿勢だが、そんな彼女の相手として白羽の矢が立ったのが本場タイで結果を出した刈谷透子である。
透子は若干17歳だがデビュー以来6連勝6KOとその道のファンの間でちょっとした話題になっていた。
さらにタイ遠征を2連勝で凱旋。“現役女子高生キックボクサー″として各メディアへの露出も増え始めていた所だ。
刈谷透子17歳、8戦8勝(6KO)。
「凄い!アタシ、永森さんに憧れてキック始めたのに!もうできるなんて、アタシ凄い!」
「あー、わかったから返事しとくから走ってこい練習しとけ」
軽い調子で言葉を交わす二人だが、透子が会長室を出た後に奥野はすぐさま永森の試合のチェックに入った。
「…うーん」
「え!姿勢鈴さんとですか!?」
「そうだよ、オファー来てるぞ。お前も偉くなったもんだな。」
「すごいや…」
「本当にな!タイから帰ったと思ったらテレビからメインイベントまでトントン拍子だっ」
古びたジムの会長室に呼び出された刈谷透子が会長の奥野源内と向かい合いながら驚いた声を上げる。
透子の身長は姿勢よりも10㎝ほど低い、髪型はショートカットで目元はネコ科の獣を思わせる鋭さがある。
奥野はため息交じりに応じるものの、その声は少しばかり弾んでいた。
3rd STAGE―
桜と共に幾多の花が咲く季節―
スーツを着た4回生を私服の在校生がそれぞれ囲む輪がキャンパス内に出来上がる中で、大坂は中宮葛と言葉を交わしていた。
葛は普段のラフな格好ではなく、化粧をしっかりと行いスーツを着用しているので大坂からしてみれば些か大人びて見える。
「え?道場継ぐんですか?」
「近いうちにね…仕事は決まっているけどそんなに忙しい業界じゃないから時間もあるし」
「じゃあ、まだここに残るんですね…」
葛の実家は古い合気道道場である、彼女曰く卒標後は就職をするとはいえその引継ぎと並行するとの事らしい。
「私ね、思うんだ。誰にも何にでも、収まるべき場所があって…でもそれを果たすにはやっぱり踏み出さなきゃいけないんだよ、大坂君…」
「なんか、矛盾してるような気がするんですけど…」
「いつか、わかるよ―」
これが、大坂浩志が中宮葛と交わした最後の会話である。
―JWKAライト級タイトルマッチ
2年前まで姿勢鈴は女子キック界で知る人ぞ知る存在だった。
10代で国内タイトルを奪取した後、ヨーロッパへと転戦するが彼女はそのステージでも一線級の実力を示した。
長い脚から繰り出される閃光のようなキックは高いKO率を叩きだし、ルックスも相まって女子選手としてはそれなりの人気を持っていた。
欧州王者のタイトルも獲得し、通算戦績16戦13勝(9KO)2敗1分け。
そんな姿勢の転機は日本国内のメジャー化を狙った新団体旗揚げである。
この時に彼女は欧州王者のタイトルを引っ提げて日本へ凱旋する事となる、当然メーンイベンターとしてのオファーである。
逆井はそのまま振り返ることはなかった、長身が徐々に群衆の中に埋もれていく。
そして一人の離脱と共に集団はさらにざわめき立つ。
彼らも程度はどうあれMMDDRerであり、その研鑽が大人の都合で踊らされていたという認識になりつつあった―
「気に入らない奴は…さっさと出ていけ!」
大坂浩志が一喝した、先程逆井を制止した時よりも鋭い語気で。
動揺するDDRerを睨みつけたまま、続ける。
「…大人が作ったゲームに金払ってんだよ俺たちは、もうその時点で向こうの都合だろ。そこから既に大人の金儲けに参加してんじゃないのか?」
「でもMMDDRは…あっちが流行らそうとしたもので…」
「知らねーよ、どうしてほしいんだよめんどくせえ。出たいなら残ればいいだけだから騒ぐんじゃねえよ!なあ姿勢さん、アンタどうなんだ?」
姿勢は白の上下スーツに長い髪を後ろでまとめたいつもの出で立ちだった。
腰に手を当てた立ち姿のまま様子を眺めていた彼女であったが、どこか苛立った様子も伺える大坂に話を振られて集団の中に歩み寄っていく。
集団の中心に立つと一本に纏められた髪を靡かせながら彼女がMMDDRer達へ振り返る、姿勢が大坂の隣に並び立った。
「勿論私も、今降りるわけにはいかない」
口数が少なくココイチバンでも人付き合いが知られていない姿勢鈴だが、彼女にも過去はある。
また、彼女自身もそれを振り返っていた。
「ああもう、わかったよ島沢さん。わざわざありがとな」
「おう」
「…ふざけんなよ」
最初に口を開いたのが大坂だった、島沢も軽く返そうとした瞬間静かな怒りを吐いて出したのは―やはり逆井だった。
最も巧みに手段を選ばず、恐らくはココイチバンの上位スコアラーで真っ当に点数勝負をするなら一番不利な男である。
「ふざけんなよ!今までの戦いは全部お前ら事情で行われてたってのかよ?こっちはこっちで考えて色々やってんのに・・・」
「色々ってのが何かは知らんが上の事情で流行らせることに協力したのは確かに俺だな、うん!」
「おっまえ!」
逆井は自身でMMDDRに出会い、坂道に教えを請い、大阪や山崎、姿勢たちと出会ったつもりだった。
彼らに対するストロングポイントがバナナの皮であり、煙幕である。手段を選ばず状況に応じて用意した小道具を使っていく事が自身の強さと思っていた。
それ自体は実のところ間違っていない、間違っていないのだ。
しかし、坂道から教えられたMMDDRも元は派遣された島沢が広めたものであって、広めたのは島沢だとしても、広める事になったのは製作側の意図に依るものである。
「俺はお前らにつき合わされてたってのかよ!どんだけ身を削ってきたと思ってんだずえってえ許せねえ!」
「逆井!」
「!」
今にも掴みかかろうとする逆井を大坂が制すると、彼も意外なほどあっさりと身体の力を抜いて身を引き、大坂の腕をどかした。
そのまま面倒そうな顔で逆井は混乱の場を離れていく。足取りはゆっくりとしたままだ。
「なんかもう、帰るわ、一人になって考える…」
この時点で何となく全員が理解できつつあった。プレイヤー側は反復練習で技術を向上させていけるが、製作側の課題にはいつか限界がやってくる。
これを開発陣は危惧したという事なのだ。これの対策案がプレイヤー同士での妨害合戦を前提としたプレイの推奨である。
「ゲ、ゲェ…く、狂ってやがる!!」
「いやお前らさっきまでやってたから!喜んでやってましたからーっ!残念!」
島沢が皮肉めいた話し方でギャラリーの一人を煽ってみせる、参加者は島沢の話を各々の思いを胸に聞いていた。
ある者は受け入れ、ある者は即座に見切りをつけ、ある者は何も考えられず、ある者は怒りに打ち震えていた。
「まぁそんな感じでその狂ったプレイを流行らせるために送られたのが俺よ!ちょいとツテがあってな、偶々俺も音ゲーの天才だったわけだな。」
「・・・それで」
「AMzoneを発信源としてMMDDRを広めた、とにかく会う奴に吹っかけての繰り返しよ、そうして俺に挑みまくった連中が“塔”の外に散らばっていったってわけだ」
AMzoneとはこの地方におけるDDRのメッカといえるゲーセンである。
島沢がAMzone時代はMMDDR年間最多勝を3年連続で記録している、それも次点を大きく突き放す記録によってである。
「あの異常な試合数はそのせいで・・・」
姿勢が一人呟く。
そこには県外のプレイヤーも、逆井も山崎も橋本もいるにはいたが、島沢の圧倒的存在感にやや気圧され気味であった。
ともあれ、突如としてMMDDRの正体が全てのプレイヤーにとっての絶対的存在者から語られたのである。
それだけは一つの事実であった。
―島沢が言うにMMDDRは開発側が仕掛けた実験だったらしい。
一部地域で意図的に発生させた流行であり、それが果たして製作コストにどれだけの影響を与えるかを測っていた事が実際の所だ。
「は?急に出てきて何なのコイツ?」
「意味がわっかんねえんですけど!ずぇってえ許せねえ!」
「おいおい今の説明でピンと来ねえのかよ…こちとら早く帰ってチャンネエとニャンニャンしてえんだ!」
「島沢さん?気にせず話を進めてちょうだい」
「お、チャンネエがいるじゃねえか!」
出場者やギャラリーが島沢を囲む中、やや外れた位置から姿勢鈴が眺めていた。
出場者中では年長者となる彼女が状況を察し、話の進行に努めようとする。
『チャンネエ』呼ばわりは少し癇に触れたが、姿勢が白石に目配せをすると呆然としていた彼も一応は我に返る。
「島沢君・・・だね、主催者の白石という者です。君が知っていることを全部教えてもらえるかな?事態を収めたいんだ(キリ」
「そうだった。いや悪かったよ、まさか県外プレイヤーを招くほどここが巨大化するとは思わなかったんだよ俺は!だからなんとか間に合うように来ようと思ったんだけどやっぱりこいつら前日に来ちゃうわけだわ!」
「つまり管理者へ事前に伝えるべきことがあったという事なんだね?」
「まあそう固くなるなよ、要は俺を含めてお前ら上手くなりすぎちゃったわけよ。例えばそこの白いチャンネエとか、そこの…あの、ソイツとか」
「それで」
「そうなると製作側はBPMの速い曲や高難度の譜面を作って対応していく事になる。でもそりゃもうイタチごっこだ、だったらそっちで勝手に難易度を上げてもらえばいいわけだ?」
「・・・」
―大坂は道中合気道の町道場に赴いた。道場はそれなりに大きな造りとなっており、木造りの門と看板がある。
書き換えられた看板には「坂道道場」とあり、外から道場の様子を覗けば技を教えている様子が伺えるのは体格がガッシリとした険しい顔の男である。
まだ道場内に練習生も少なく、どうやら稽古が始まった直後らしい。
「へへ・・・餅は餅屋ってな!」
シニカルに呟いた大坂はそのまま足早になり目的地へと向かった。
この日は晴れていたが、道場の門が影となり彼に陽の光が当たることはなかった。
振り返れば大坂にとって坂道は歪な存在であった、ただ強さを求める男が何故DDRをしているのか理解ができなかった。
また大坂自身も坂道に積極的な関わり方をしなかった為、当時は余計によくわからないままの人間だったわけである。
「収まるところに収まるのが一番いいんだよ…」
誰に聞かれるわけでもなく、坂道はまた呟いた。
収拾がつかなくなった時にやってきたのがよく分からない何かを咥えたバックパッカー風の男であるが、混乱する場にいきなり現れた男に一同は対応が追い付かなかった。
しかし、彼が伝説のDDRer島沢“かたつむり”である。“塔の住人”であり、MMDDRer黎明期の絶対王者でありながら突如姿を消した男。
今となって顔と名前が一致するものは実際に対戦した坂道、姿勢くらいである、そして真実は島沢の口から語られた。
2nd STAGE でもそんなの関係ねえ
実の所MMDDRは遠征プレイヤーから見て異質なものだった、通常そんなものは行われていなかったからだ。
それどころか、何故こんな不自然なプレイングをしているのかと問われてしまった。
特に大きなショックを見せていたのは奇策を用いて勝利を手にしてきた逆井である。大坂が知る限り彼が一番ルールへの依存度の高いプレイを行っていた。
「これが俺たちのやり方だ、手段を選ばずとも勝利を手にする、そ、それがMMDDRなんだよ!」
「いやいや、そんなんだったら俺は参加したくないし。要はリアルファイトって事でしょ?」
「はぁ!?」
「違うのか?手段を選ばないってそういう事だろうが」
「ま、不味いぜ!通常ルールでやってもいいけど印象悪くなってんぜ!」
MMDDRプレイヤーと招聘プレイヤーが口論を続ける中、割りを食ったのが大会主催者の白石である。
彼もまたこのルールの異質さに疑問を持っていなかった為、遠征プレイヤーをそのまま引き入れてしまった。
「なるほどそういうことか!」
「・・・誰だ!?」
―ある大会で隣県の強豪が遠征で招かれた。この時、違和は事実として判明する。
「は?あんたら何してんだ?・・・何これ?」
「え?」
「は?」
今まで当たり前のように触れていたものが突如として覆される時、人は何を思うのだろうか?それにどれだけ依存していたかで衝撃の度合いは変わってくるだろう。
元々妨害行為を前提としたDDRに徹し、自分からのそれは行わなかった大坂は他の者ほど動揺はしなかった。
そして現在―
「ココイチバンだな」
決意を固めたかのように呟き自室のドアを開く。歩を進めながら大坂は再びあの頃を思い出した。
大坂は思い出していた。
思い出すという行為に意味はあるのか、そこから生まれる反省に意味はあるのか、大坂の中でははっきりとしていない。
それでも大坂は過去を振り返っていた。
―「MMDDRerはバーを掴んじゃ駄目だ」
「何でだよ!あるもんはどんどん使っていこうぜー」
「試してやろうか?」
―「待ってたよ、姿勢さん…」
「…8回負けると負け越しらしいわ」
「はあ…」
「もう遊びには付き合わない」
姿勢には会う度に勝負を挑んでいた、そして負けていた。
←
↓
→
これを8分刻みで捌く、左を向いて右足、左足、右足…。
すると1P側の姿勢が大坂に左の回し蹴りを放つ。
鋭く、美しいフォームであった。
大坂は「うお!?」と、瞬時に身を屈め回避する。だがわずかにそれは頭部をかすめていた。
居合わせた何組かの親子連れは驚きの悲鳴を上げる。何人かの常連はいつもの光景とはいえ目を奪われる―
久しぶりにまとまった休みである、ストレッチに一区切りがついた彼はベッドの上で仰向けになり目的もなくスマートフォンのディスプレイをスライドさせる。
先日、旧知の知り合いからメールがあったが返していない。
逆井とは連絡が取れたがどうやら仕事がうまくいかずアウトローな生き方を強いられているようだ。
元々手段を選ばない方法で戦っていた逆井、何をしているのか深く聞かなかったがある意味では性に合っているのかもしれない、かつてを振り返りながらそんな事を大坂は考えた。
6年前、MMDDRの正体が判明した。
発端は坂道―逆井の師―を訪ねてきた武の道における彼のライバル・三条十一朗である。
当初坂道に襲い掛かってきた彼だが、成り行き上MMDDRを目にすることとなる。それは三条にとって明らかに歪な光景であった。
何故身に着けた技を以って遊戯に興じているのかと三条は問いただしたが、坂道から納得のいく答えは得られなかった。
結局の所二人は戦う事となる、また拳と技をぶつけ合う中で坂道は次第に自らの本分に立ち返っていく事となる。
坂道が純粋な武道家に戻ったことで逆井も必然的に彼から独立する事となった、同時に彼の話に納得してしまった。そう、確かにMMDDRはおかしいのである。
互いの妨害を前提とした対戦ならば何故ルールがもっと洗練されていないのか?リアルファイトに発展しないのは?妙な話である。
大坂は、MMDDRに励んでいた頃を思い出していた。
1st STAGE How to CONCLUSION.1
「んあああ・・・」
大坂浩志は自室で座位の前屈をしていた。
給料のほとんどを注ぎ込んでいた頃と比べプレイ頻度は減ったが、こういった習慣だけは彼の中に残っていた。侮れないものだ、と大坂は思う。
時は常に前へは進みゆくが上下に揺れ動く、良い時代も悪い時代も歩みと共にやってくる様子はさながら株価チャートのようである。
あの闘いの日々から何年が経ったろうか、記憶をまま語れる者は既に少ない。
その数少ない者達も大坂もまた自らの歩みを考え悩み抜いていた。
それはまるで数年前と変わらない、違うのは実際に自らの将来をチップとしたゲームに乗り出している事だ。
『あの頃とは違う』と漠然と言葉で反芻するものの、何がそうであるのかは理解が追い付かなかった。
大坂は大学卒業後県外に出ていたが、転職と共にまた地元に戻ってきていた。彼のDDRerとしてのピークは恐らく大学時代である。
6年前ココイチバンで逆井、姿勢らと戦い、その後隣県のトッププレイヤーを交えて開かれたトーナメントにて敗退―
それでもDDRと共に彼の人生はあった、そう思っていた。
???「地獄の門を開き・・私が魔王の力を手に入れれば・・・ハハッ」
???「ここか・・・地獄の門とやらは・・・」
???「禍々しいな・・・しかし!」
???「ここか・・・」ギギギギギ
???「ここに地獄の門が・・・」コツコツコツ
そして舞台は氷の国に移る・・・
第二章
新たな魔王たち
~第一章完~
旅人は、ここで読むのをやめた。
○月○日
成功した。
軍を味方にして弟をけしかけたら降散しやがった。
やはりあの男はバカだ。
さて、魔王になったがどうしよう。
○月×日
ようやく帰還だ。
さて、あのバカから王位を獲るか。
×月○日
遠征にいくことになった。
あの男は我々四兄弟をどう思っているのか・・・
~日記~
×月×日
今日で私も120歳になる。
今日から日記をつけることにしよう。
正直言って今更過ぎるがまあいいだろう。
それにしても書くことがわからない。
この辺りで止めようか・・・
「お、おい....この人ってナナカマド博士だよな....?何でここに....」
ジュンは焦りながら、ヒカリにぼそぼそと話しかける。
「うぉっほん!」
ナナカマド博士は、老体でありながら凄い威厳を持っていた。
「....君たち、ポケモンを持たず草むらを歩こうとしたのかね?」
博士の問いに、二人は少し黙り込んだが、縦に首を振った。
「あたし達、テレビで博士のインタビューを観て....あたし達もポケモンが欲しいなって。それで.....」
ヒカリの弁解に、
博士は「うーむ」と考え込んだ。
「この子達はポケモンが欲しくてこんな事を....」
「博士ッ!もうこんな無茶絶対しないから!ポケモンを下さいッ!」
ジュンのその深いお辞儀には、ポケモンに対する想いがこもっていた。
「......わかった。ポケモンをお前達にやろう!」
博士はそう言うと、カバンを地に置いた。
「ほ、ホントかよー!?俺今嬉しくって変な感じだぜ....」
ジュンはかなり興奮しているようだ。
「博士、あたしもすごく嬉しいです」
ヒカリも、ジュンほどではないが嬉しさを表に出していた。
旅人「まあいい、読もう」
旅人は、好奇心を止められなかった・・・
ヒカリは母親に一言言うと、家を出ていった。
「草むらに入っちゃダメよ!」
と釘を刺されたが......
「おせーぞヒカリ!」
街の入口にはジュンが立っていた。せっかちな彼は数分待つだけでもうイライラしている様だ。
「さ、ナナカマド博士のところに行くぞ!」
「.....ジュン、草むらに入る気?」
ヒカリは母親に釘を刺された後なので、草むらに入るのを躊躇している。
「いいっていいって!よしいくぞ!」
ジュンはヒカリの手を引いて、草むらに入ろうとする。
「あーもう!あたし知らないよっ!」
その時だった。
「まてい!」と、重い声が背後に聞こえた。
「な、何だよ.....あ!」
「あなたは....ナナカマド博士!」
二人は驚いた。テレビで見た有名人がすぐ目の前に立っているのだから。