SSや怪文書、1レスSSなどを投下する用途のスレッドです。 アーカイブとしての保存や、絡み後の後日談などにお使いください。
「フハハハハハ!!そんなものかね、スコルツェニー!ヨーロッパで最も危険な男と言うには名前負けしているぞ!」 スピーカーを通したハウスホーファーの勝利を確信した笑いが周囲に響く。 確かに勝利をハウスホーファーに確信させるほど未完成ながらも投入されたハウニヴの戦力は圧倒的だった。 飛行不可能であるが故にLandkreuzer P1000(陸上巡洋艦 P1000)陸上戦艦ラーテの試作車両に乗せられたハウニヴはスコルツェニーやユスポフの手持ち火器ではびくともしない。 「あんなのがあるだなんて聞いていないのだけど」 「俺もだよ、ユスポフ」 工事の廃墟に身を隠した二人は声を潜め、無限軌道の金属音を立てる移動要塞の様子を見た。 「手持ちのバズーカは勿論パンツァーシュレックもファウストも尽きた」 残ったStG44の残弾を数えながら思考する。 アレ相手には正面からでは88(88ミリ高射砲)のゼロ距離射撃でさえ厳しいだろう、砲であれば巡洋艦級の威力が必要だ。 だが、上方や下方からなら…… 「良しスコルツェニー。僕は逃げるから囮になりなさい」 「ふざけんな、爺さん。ここまで来たんだ最後まで付き合えよ」 ハァー、とユスポフが溜め息をつく。
「デリカシーがない上に気が利かない。 モテないよ、君」 「うるせぇ、そりゃアンタはどっちにもモテるだろうけどな」 「分かるかい?」 満更でもねぇ顔してるんじゃねぇよ、と言う言葉を飲み込むと時計を見た。既に“予定”の時間はかなり過ぎている。 「……こりゃ冗談抜きで逃げるのも考えないとマズいか」 スコルツェニーは犬歯を舐め、喉を潤す。 「年長者として言わせて貰えば犬死に、無駄死には敵を喜ばせるだけだからね。 生きてさえいればどうとでもなるものよ」 何処か達観した様子でユスポフは言った。 「あんたが言うと説得力がすげぇな」 煙幕はある。煙幕で撒いて夜の闇に紛れればどうにか逃げられるだろう。 と、そこでスコルツェニーの耳に聞き覚えのある音が聞こえた。 「……いや、大丈夫だ。漸く来やがった」 「良いタイミングだなぁ、援護するから注意を反らしてきなさい」 ユスポフはデグチャレフPTRD1941対戦車ライフルを構え、左手で前へ出るよう指し示す。 何度か深呼吸をしたスコルツェニーは意を決したようにStG44を腰だめに飛び出した。 「ハウスホーファー!」「自棄になったか!」 対戦車ライフルの援護を受けてStG44を乱射するがハウニヴには通じない。 ハウニヴから発射された光線がスコルツェニーの真横を通り、着弾すると同時に爆発。 爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされるスコルツェニー。 「ここまでだ、オットー・スコルツェニー」 光線の銃口が倒れ伏したスコルツェニーに向けられる。 ハウスホーファーの言葉に横向きから仰向けになったスコルツェニーはゆっくりと右腕を空に向け指を指した。 「…………サイレンが鳴るぞ、連合軍が尽く恐れた死を告げる悪魔のサイレンが」 「サイレン…? まさか、上空だ!」 スコルツェニーの口元が歪む。 それを見たハウスホーファーは上空を見た。確かにサイレンは鳴り始めていた。 ドイツ空軍の爆撃機Ju87 シュトゥーカが急降下時に聞こえる風切音を連合軍はこう呼んだ悪魔のサイレン、と。 そこにいたのはJu87G、旧式化したJu 87を30mm機関砲を2門搭載した対戦車仕様。 Ju87Gはハウニヴへ30mm機関砲を連射すると搭載した1000㎏爆弾を解き放った。 「止めろォ!」 『待たせたね!フェリ君、中佐さん!』 「……遅ぇよ」 スコルツェニーにはコックピットで笑みを浮かべるフルスタの顔が見えたような気がした。
『中佐さんは目覚めないね』 『脳震盪で大分頭が揺れたようだからね、暫くは動けないさ』 『そうだね』 『行くのかい?』 『うん、それが僕の仕事だからね』 『クリスタ、一緒にパリに来ない?』 『え……?』 『貴女も分かっているでしょう? このままソ連へ帰っても決して功績が認められる訳じゃない、消されるよ』 『…………僕は。いや、君こそ来てくれない?君は優秀だ、きっと中将も気に入ってくれる』 『悪いね、僕はもう騒動に疲れた。 年寄には流石に堪える、少し休ませて貰うよ』
『─────────────』 『─────────────』 『─────────────』 『─────────────』
二人の会話はどれ程続いただろう、それは本人たちにしかわからない。
「……っ! クソ、気を失ってたか」 仰向けに寝かされていたスコルツェニーは意識を取り戻し、身を起こすと周囲を見渡した。周囲には誰もいない、場所はどうやらヴリル兵器の工場跡のようだが。 頭に残った最後の記憶は1000トン爆弾の直撃を受けて吹き飛ぶハウニヴと物陰に隠れようとした自分。 「漸くお目覚めかい」 いつの間に戻ってきたのか麗人、ユスポフは水筒を手に傍らに立っていた。 「飲みなよ」「すまん……ふぅ、ハウスホーファーは?」 差し出された水筒に口を付けると、ユスポフに問い掛ける。 「逃がした、まぁこれ以上なにも出来ないさ」 「フリスタは?」「行ったよ、自分の任務を果たすってさ」 ユスポフの言葉に無言で頷くスコルツェニー。もう一度水筒に口を付けると中身を一気に煽った。 「あんたはどうするつもりだ?フリスタを追うのか?」 スコルツェニーは中身のなくなった水筒を手渡すと立ち上がり鋭い目付きでフリスタを見る。 「……いや、パリに帰るよ。 流石にこれ以上は老体には辛い」 スコルツェニーの鋭い視線を往なすように肩を竦めると水筒を受け取った。
確かに最初に出会ったときに比べれば疲れが隠しきれていない。 「さて、どうやってベルリンを抜け出すかな……」 ユスポフはこれ以上話はない。とでも言いたげにスコルツェニーに背を向け、何処かへと歩き出した。 「おい、ユスポフ!」 その様子を見たスコルツェニーは何かを決心したように声を上げる 「……と、なにこれ?」 ユスポフが振り向いたのを確認すると小さな何かをスコルツェニーは投げた。 ユスポフが受け取ったそれは小さな何かと何本かの鍵だった。 「使えよ、ベルリンからの地下脱出ルートが書かれたマイクロフィルムとその先の車両の鍵だ、逃走資金も置いてある」 「いいの?」 にっと口元を歪めたスコルツェニーにユスポフは首を傾げた。 「本当は別の奴用に用意してたんだがな。虚栄心とプライドばかり肥大した野郎だったが、憎む程悪い奴じゃなかった。……殺されちまったけどな」 スコルツェニーの頭に思い浮かぶ一人の男の姿。 「あんたなら上手く使ってパリまで帰れるだろう、好きに使ってくれ」 「なんの気紛れ?」 ほんの少しの猜疑心と多数の興味でユスポフは問い掛ける。 「どうせ使わずに赤軍に見つかって接収される位ならあんたが有効活用してくれた方が良い」 今度は皮肉げに笑みを見せると、ユスポフに背を見せる。 「行くの?」 「ああ、俺は聖杯戦争の見届け役だ、何しろ監督役がクソの役にも立たねぇからな。最後まで見届ける義務と権利がある」 その背と夜の闇に隠れ、スコルツェニーの表情は伺い知れなかった。 「……あの子の事よろしくね」 まるで妹の事を頼むように、子を託すような優しい口調でユスポフは言った。 「約束は出来ねぇな」 「……そう」 「ああ……」 静寂が辺りを支配する。 「じゃあな、ラスプーチンを殺した男、噂に違わぬ大した奴だったぜ」 頭だけを向けたスコルツェニーは言った。 「さようなら、ヨーロッパで最も危険な男、貴方も中々だったわ」 口元に笑みを浮かべユスポフは答えた。 ユスポフとスコルツェニー、二人は夜のベルリンで背を向け進んでいく。 二度と交わらないそれぞれの道を。
ゼノン・ヴェーレンハイトはある意味愛を手に入れながらも己の中の神を選び悪竜へと変じた。 カノン・フォルケンマイヤーやヴィルマ・フォン・シュターネンスタウヴは神に見捨てられながらも愛を手に入れた 理想と夢に踊らされ現実にがんじがらめにされた二組は片方は救済を選び片方は忍耐を選んだ。 ラインの黄金で鋳造された願望器たる聖杯は救いをもたらしただろう。 だが、それは正しい救いか?主はそれをお許しになられるのか?……結局、その答えは出なかった。 三組の生き残り、勝者達は聖杯を破壊することで安易な救いを否定し、己の足で立ち前に進む事を選んだ。 かくして歴史の狭間に存在した願望器はその存在を抹消された……それが、正しかったのか誤りだったのか未だに私は答えを得てはいない 嗚呼、だが、我らが天におられます主はきっとこう言われるだろう。汝らに祝福あれ、と。
弧を描いて飛翔する刃が、赤金の衣装を裂いて、その内より血を溢れさせた。 囮として飛び出して転がった視界の端に、自分の影から迎撃の一閃を放ったセイバーの姿が映る。 「……!動けぬならば主を盾に、か!なかなかやるな、気に入ったぞ!」 「戯言を……!!」 バーサーカーとかいう男の武器は恐らく新型の火器。一方でセイバーは何故か走って距離を詰めることができない。 彼我の間合いの差は明らかであり……きっと前に飛び出した僕を面白がったのだろう。次はあいつは近づいてこないはずだ。 この距離、セイバーの剣が届く距離で仕留め切らなければ負ける。僕にできることは、とにかくこれ以上逃がしては——— 「バーサーカー。撤退の指示です、戻りなさい」 女の声が、唐突に戦端を遮った。向こう側にいるポンチョを被った人影、バーサーカーのマスターが引き上げる。 「なんだ、もう少し余は楽しんでも……いや、構わんか。———また会おう!最後のサーヴァント!」 「待て!!決着は———っく!!」 傷を負ったバーサーカーは、それを意にも介さずに新しい銃器を取り出してこちらに発砲した。 今度はカンプピストルを束ねたような投擲銃。発射された弾は榴弾ではなく、煙幕のようなものを放出している。 このまま逃げる気か。セイバーの脚じゃ追いつけない———転がって跳ねた身体を漸く起こし、親衛隊の死体から剥いでいたP38を構えた。 それに呼応するようにセイバーが刀を振り、切り裂かれた空気に沿って僅かに煙幕が晴れ、その向こうに彼女らを視認した。 まだ狭い駅の構内にいる、この距離なら防護に入る前に当てる。確信を以て引き金に指を——— 風が吹いた。壁に反射した空気が敵のマスターの体勢を崩させ、被っていたポンチョのフードを剥がす。 その奥で、彼女の顔を見た。 ダークブロンドの髪が揺れて、こちらに向けて眼を見開いている。青と青が交わって、一瞬時間が静止したように感じた。 撃て。 あれは敵だ。 今なら殺せる。 次の好機は無い。 殺せ。
———硬直した指は、そのまま動かなかった。 再び煙が閉じて、再び晴れた頃、彼女もバーサーカーも完全に姿を消していた。 P38の安全装置をかけなおして、その場に座り込む。静止していた肺が動き出し、大きく息を吸って少し咳き込んだ。 どうして、撃たなかったんだ。 撃つはずだった、何事もなければ。相手が女だったから?そんなはずが無い。最初の会話でそれは分かっていた。 なのに、彼女の顔を見た時、瞳を見た時、どうして。 思考を追いかけていくうちに、その速度が遅くなっていく事に気づいた。いや、思考だけじゃない。目の前の景色が暗くなり、雨の音が遠のいていく。 自分の中の熱が引き抜かれていくような感覚と共に、平衡を失った体が倒れ込んだ。おかしい。それほど血を流しているはずが、なのに。 熱は体を流れて右手へ、手の甲にできた三本剣の文様へと集中して、そこで拡散する。その度に僕の身体が冷えていく。 こちらに手を伸ばすセイバーの感触が薄れていく。そのまま、最後に見た青い眼の記憶と共に、僕の意識は深く閉じていった。
シャドウチェイサーのサーヴァント、カゲミヤ。 彼はとある正義の味方を追いかけるためにサーヴァントになった。はずだった。 今、カゲミヤは、懐かしき町に召喚されていた。 「ここは、冬木…。」 間違いなく彼の記憶通りの場所。しかし、人影は全くなく、空は不気味なほど暗かった。 「こんばんわぁ、あなたも呼ばれたの?私もいつもどおり誰に呼ばれたか忘れてしまったのかと思ったけど。どうも違うみたいなんだ。全く、ほんとに誰のマスターもいないんじゃ私には何もできないよ。」 どこからともかく現れた女。要領の得ないことを話しかけてくる。 「冗談じゃない。僕は、彼のためにしか呼ばれることはないはずだ。」 「本当?なら、その『彼』に何かあったんじゃないの?」 その可能性はあった。だってここは彼と自分がかつて学んだーーーー
「そこのお二人。あなた方が私と対するサーヴァントね。 アンフェアな闘いは好まない。ルールを説明するわ。」 そこに突如現れたのは、軍服を着た女性。 彼女は前置きもなく説明を始める。 「ここにいるのは私たち三騎。それぞれの"大事な人"を象った藁人形が人質に…十字架にかけられている。この町の何処かにね。 最後に大事なお人形が残った人が勝ち。そこでこの空間は終わる。」 「負けると、人形が壊されると、どうなる。」 何故彼女はそんなことを知っているのか、そんなことより、シャドウチェイサーにとっては大事なことがあった。 「"歴史から、存在がなかったことになる。"代わりに生まれるのは別人、違う人。歴史が大きく変わるかもしれない。」 言って、彼女は自分の身体を見つめる、戦艦ワシントン。彼女にとって最も大切な人とは、当然ワシントン大統領その人。 「私は、国のために、世界のために、負けられない。それほどの覚悟がないなら、今すぐ降参しなさい。」 「私にとっての大事な人…ああ。もとから居なくなった方が面白いかも。乗った。乗ったよ。」 ダブルクロスのサーヴァント、ユダ。彼女にとって大事な、殺したいほどの人とは、当然。 彼女は破綻していたから、その人質に対する扱いも破綻していた。 しかしカゲミヤは違った。 「…僕がこの身を以て追いかけた人物は、君らの大事な人より歴史には影響ないかもしれない。 …だけど、僕は。 彼の為に、サーヴァントとなった。なら。 僕には、引く選択肢などない。 単なる戦闘じゃないんだろ!人形探しなら。それなら。ここなら。僕に地の利があるーーーー」 言って、戦闘から逃げ出す。否、駆け出す。 彼の存在を守る為に。それが、人理に仇なす行為だとしても。
「はあ…!はあ…!あった!」シャドウチェイサー、カゲミヤは探していた人形を見つけた。ユニクロのような服を着ていたそれは、間違いなく自分の存在意義を象ったものだった。 「…見つけられたようね。あなたの大事な人。」後ろから声がした。あの軍服女だ。心なしか悲痛な表情を浮かべている。 「あの女が自殺した。そして正体がわかった。持っていた銀貨30枚で。あいつは間違いなく、『イスカリオテのユダ』。世界を変えた裏切り者、ダブルクロス。」 マスターのいないダブルクロスは、存在意義を失い、あるいはその先の破滅を求めて自害したらしい。 彼女は明らかに泣きそうになっていた。 「そう!あいつにとっての大事な人は、間違いなくあの救世主!」 「どうすればいいの!偉大なワシントン大統領より、この歴史になくてはならない存在なのはわかってる。でも、どちらにせよ!」 「僕も詳しいわけではないけど、このままでは人類の歴史は崩壊すると言ってもいい、わけか…。」 「そう!あなたの大事な人が、どれほど大事なのかは知らない。きっと私にとっての大統領と同じぐらい、いやそれを敵に回せるくらい大事なのはわかる。でも、でも。」 このルールの致命的欠陥。必ず2人は、消滅する。「せめて歴史の崩壊を、最小限に食い止めなければならない。救世主が生まれなければ、この世界は基盤すら、聖杯戦争というシステムさえきっとなくなる。 …私は覚悟を決めた。あのユダの人形を生かす。それがきっと、世界を終わらせない手段だから。」 …カゲミヤは、別のことに思考を巡らせていた。 「サーヴァントが呼び出されている以上、聖杯が存在する。それを破壊すれば、この特異点とでも呼ぶべき空間は消えるんじゃないか?」 それは、願望。それでも、根拠はあった。 「それは、願ったり叶ったりだけど。そんなものがあるとして、場所がわからないじゃない。」 それには答えを返せた。 「この空間で、一番ありきたりな聖杯の置き場所は、あそこだ。」
冬木教会。 たどり着いたそこには、明らかに異常を見せている聖杯のようななにかと、1人のサーヴァント。 「やあ、よく来たね。あたしはルーラーのサーヴァント、 &ruby(ウンニャオ){熊女}。 こいつを食い止める為、ずっとここにいた。誰かを待ってた。本当に助かった。」 そのサーヴァントは、意外なほど友好的だった。こいつが黒幕だと思っていたのに。 「あたしを倒せば解決。そう思っていたなら残念だね。私はむしろ、この理不尽で救いようなない世界を止めようとしていたんだ。」 それはルーラーというクラスで彼女が召喚されている限り、当然のことだった。おそらく彼女は聖杯の最後の正気によって呼ばれたのだろう。 「で、聖杯戦争の監督役というより、日に日に汚染される聖杯の監督をしていたんだけど。 なにか、直近で変化はあった?」 「もう1人召喚されていたサーヴァントが、自害しました。きっと、自らの人形を壊させるために。」 「そうか。この聖杯は、はっきり言って邪悪だね。でもそれが加速している願望器としては問題ないけど、叶えられる望みがねじ曲がってる。 大切な人の消滅を示唆して、それを理由に争わせる。ここに捧げられた願いは一つ。世界の崩壊。」 あまりに大きなワード。思わずカゲミヤは問う。 「待ってくれ!僕の追いかけていたあの人も、世界を壊すための人質だったのか?」 呼び出されたのはアトランダムだと思っていた。 「あんたの大事な人がどうかは知らないけど、おそらくそこの嬢ちゃんは、何か国を背負っているね。真名看破じゃない。服装の話さ。 この聖杯は目的を持ってこの世界を作ってるよ。あんたの大事な人も、世界にとって大事な人なんじゃないのかい?」 そう、シャドウチェイサーが追い求めた人物は。ある意味呼び出された者の大事な人の中では特異だった。『抑止の守護者』。間違いなく、特異な存在だった。 「そうか…彼は僕が問わなくても、もしかしたら答えを得ているのかもしれないな。」 カゲミヤは呟く。彼には価値があったと、形はどうあれ明かされてしまったから。 それでも。この問題は終わっていない。 「この聖杯を壊せばいいのか?なんだか不気味な化け物としか言いようがないが。」 「ユダが還ったことで、さらにこいつはおかしくなった。元々作為的にサーヴァントを召喚してる聖杯だ。意思を持つ化け物。その通りだ。」 熊女は続ける。「あたしは裁定者として呼ばれ、この聖杯が暴走しようとするたびに宝具で焼いてやった。しかし死なない。 きっと、再生に必要な心臓部のようなものがあるのだが。」 そこでカゲミヤが口を開く。 「生きているのか、こいつは。それなら。生きているものなら。 僕の原初の宝具。それで心臓部を貫く。 たとえ、神様だって。生きているなら、殺してみせるーーーーー」 弓を構える。覚悟を決める。 「詠唱は、要らない。『&ruby(レイズ){致命の一矢}』。」 カゲミヤ本来の宝具。当たれば相手が死に、当たらなければ自分が死ぬ。シンプルにしてリスキー、覚悟を示す宝具。 ただ、動きをルーラーによって止められ、蠢くしかない聖杯の化け物には。効果は絶大だった。 声は上げない、しかし血液のようなものを噴出し、暴れ回る聖杯は。三人のサーヴァントにとっては、全力を振るうに相応しい相手だった。 「さあ!こうなったらあたしたちの本領発揮だね。あたしの旦那は情熱的でね。火傷じゃすまないかもね!『&ruby(シンダンス・ファヌン){神壇樹・桓雄}!』」 熊女の眩い閃光が、聖杯の肉の塊のような防御壁を吹き飛ばす。 その中から、無尽蔵の肉塊の化け物が現れ出でた。 「大群相手ときましたか。いいでしょう。『&ruby(サウンド・クォーターズ・コンバット){S.Q.C}』。全て、私が引き受けます。」 ワシントンの大群宝具が続けて展開される。 大量にいた肉塊の化け物は、次々とワシントンに倒されていく。 「残るは、僕の仕事か。」 カゲミヤの前に立ち塞がるのは、無防備ながら、あまりに巨大な肉塊。聖杯の本体。 だが彼は落ち着いていた。彼が形はどうあれ、世界にとって重要なものとして認識されていたからこそ、この戦いに彼は呼ばれたのだと。それは、きっと。彼の人生は幸福だったかもしれないと、一抹でも思えたから。 何かが閃いた。そしてその絶大な威力と、使えば自身が消滅することも知った。それでも迷わず、新しき宝具を切る。正義の味方を追いかけた彼は、もしかすると、それもひとつの正義の味方だったかもしれない。 「ーーーーーこれは、何かを垣間見た先。 ''&ruby(エクスカリバー・イマージュ×チェイス・メモリア){『永久に忘れること勿れ、追憶に輝く運命の剣』}''。」 輝ける聖剣の一撃。僕の見たそれは確かに現実のものとなっていて。 聖杯は破壊され、間も無く世界は消滅した。
混沌たる世界。イレギュラーでアンフェアな案件は増える一方で。彼らは自らを呼び出した聖杯を自ら破壊するしかない。理不尽な争い。 それでも、そこに一つ。「彼の人生は、少なくとも偉業と認められていた」答えの断片を、見つけられるものもいる。
「…さっきで何回目だったかしら」 「えーと…ゲシュタポに十六回、НКВДに五回。OSSに三回、MI6に五回……」 「それで今回SDECEが出て来たのを合わせると……お、記念すべき三十回目じゃん。おめでとー!」
原野に放置された崩落寸前の倉庫の中に、一切心の篭っていない、乾いた拍手が響いた。
「…おめでたくは無いと思うのだけど」 「いやー、めでたいよ?少なくとも君はそー思っといた方がいいよ。今にやってらんなくなるからねー。まだまだ来るだろうし?」
拍手と同様に乾いた嘆息を漏らす女と、事の重大さに反してからからと笑う女。 二人は亡命者であった。ナチス第三帝国の執り行った大規模な魔術儀式、聖杯戦争の参加者── 彼女等は今や、第三帝国が秘匿していた『聖杯』についての情報を得る為、世界各国の情報機関からその身柄、時には命を狙われる立場にあった。 そのうちの一人──小柄な金髪の女、クリスタは、先ほど拾ってきたボロボロのフランス語の新聞を眺めながら、少し離れた位置の、倉庫のかたすみに捨てられたマットレスの上に座って居るダーク・ブロンドの髪もつ女、ヴィルマに話し掛ける。
「さすがにゲルマニヤを出てから頻度は減ったけど、まー情報網は撒け切れてないよね。めんどくさいなー。」 「そう。…フランクライヒも戦禍が落ち着いて来たみたいね…ここも長くないかしら」 「イポーニャも降伏したっぽいしねー。ド・ゴールもけっこう動いてる……どさくさに紛れてべルギヤ辺りに高飛びしたいとこだね。」
ドイツ、スイス、フランスと長距離を身元を詐称しつつ、盗品の車で続けざまに移動してきた彼女らは、互いの強がりで以て隠していた物の、いよいよ疲労が隠せぬ様子となっていた。 緊迫した状況下にあって、このような廃屋の中に一時の休息を摂っているのは、何の計画があった訳でもない。 長い車旅の中でぽつねんと建っていたこの建物を示し、片方が遠回しに休息を促し、片方が遠回しに了承したというだけのこと。 かくして二人は、錆び付いたトタンで組まれたこの古倉庫の中で、僅かに許された休息に甘んじているのであった。
「国際警察(インターポール)にまで目付けられると厄介だし、始末まではできないよなぁ……殺さない程度って難しいよね。国がバックについてないのは辛いよ。」 「ね、何て言われても。」 「君も素手で戦えるぐらいにはなっといた方がいいと思うよー?」
なおも状況と乖離したような気楽な調子であっけらかんと喋るクリスタは、会話の途切れ目にやおら新聞をかたわらに置いて言った。
「そっち行くよ」 「ええ」
新聞をその辺りに捨てて立ち上がり、放置されているマットレスの上、ヴィルマの隣に座る。 傷んだ短髪をかき上げると、懐からぐしゃぐしゃの紙箱を取り出した。 一本の乾燥した煙草を取り上げて火を点ける。煙を肺に入れ、ゆっくりと吐き出す、その繰り返し…… 虚空を望むその紅色の瞳の奥は、宙と同様かそれ以上にうつろな様子で、あたかも現世を正しく認識していないかのようないびつさを孕んでいた。 そうした一連の所作を感情の灯っていない瞳で眺めていたヴィルマは、しばしの静寂を破るがごとく、ふと独り言のように呟いた。
「……私が」 「ん?」
わずかな逡巡ののち、女は言葉を続ける。
「私があなたを雇ったとき……死のうとしていたでしょう」 「……あ、バレてた?あれは…」 「……何故?」
問いかけが間髪入れず投げ入れられる。その瞬間、二人の間には、一転してすべてが凍り付いてしまったかのような静寂が訪れた。 クリスタはなおも空虚な笑顔を崩さないが、一瞬ヴィルマに向けていた視線をふたたび虚空の中に戻し、しばしの沈黙に暮れはじめる。 ヴィルマは問いを投げても隣の女の方を見ようともせず、草臥れたような淀んだまなざしを、古びたマットレスの糜爛した繊維に向けているだけだった。
時が停まっている。クリスタが指に挟んでいる煙草の煙ばかりが揺らめき、その場で唯一動いているものだった。 どれだけ間が空いても、両者とも互いの顔をちらりとも見ることは無かった。問うた女は何もない床を。問われた女は何もない空を見つめるばかり。 悠久とも思える時。感覚すら忘れる頃になって漸く、クリスタは細く長い息を吹いて、ポケットに手を突っ込む。未だ変わらず其処にある、ナガンM1895拳銃の冷たい鉄の硬さを感じながら、洩らすように、一言だけ呟いた。
「……なんでだろ。わかんない。」
珍しく歯切れの悪い言葉で、答えを濁す。 こうした状況なら、いつもの底知れぬ無感情な笑顔を向けて、すぐさまもっともらしい理屈を並べるのがクリスタという人間だった。 彼女がこのように明確に言葉に詰まったのを見るのは、ヴィルマにとっておよそ初めてのことで───
───否。ヴィルマは知っていた。 初めてではない。このような様子の彼女は、確かにかつて見た事が有る。 それはあの日、あの時。倦んだ瞳を覗き込んだ、仄暗いあの通路。 女が自ら命を絶とうとしていた、他ならぬあの場所で───
ヴィルマは、隣に座っている女の、自分よりも低い位置にある横顔を一瞥した。 女は間近で見ると、思っていたよりも小さかった。肌は透けているかの如くに殊更に白く、陶磁の人形を思わせるよう。 燻みがかった黄金色の髪、変わらず濁った光なく大きな紅の瞳、細く小さな息遣いの聴こえる、色の薄い唇。 自分の全てを預けていると言ってよいこの女はその瞬間、何ゆえか、硝子の様に脆いものに思えた。
無色透明───その女に対する印象は、なおも変わりはしなかった。たかが一月程度の付き合いだが、人格もその通りであることは既に感じていた。 ソヴィエト連邦のスパイであること。ほんの少し前まで彼女について知っていたのは、それぐらいのものにすぎなかった。 しかしある局面で自ら命を絶とうとしていた彼女を拾い上げ、ボディーガードとして行動を共にするうちに、多くのことを知った。 それは文字通り常軌を逸した戦闘能力であったり、自分も騙され掛けた演技力であったり、世間知らずの自分に多くを教えられる知識であったり。 だがその根本的な無色透明さは、当初から感じていた通りであり、同時に想像を超えたものであった。 凡ゆるものに価値を置かず、物欲・食欲を初めとした根本の人間的欲求のみならず、生命の維持に対してすらも頓着していない。 不味い戦闘糧食も、偶然手に入った甘い菓子類も、その辺りを這っている虫も、全く同じ表情で食べるのだ。そのくせ『逃亡』という第一目標に対しては機械的なまでに適切に実行する。あたかもそれ以外のことなどこの世には無いかのように。
全てがどうでもいいから、いつでも楽観的な態度なのだろう、という事は容易に理解できた。そこには善も悪もなく、ただ『自分が此処に連れてきているから』『彼女は此処に居る』のだ。 それが何故なのかまではどうでもいい。しかしヴィルマは、そこに生じている綻びを見逃してもいなかった。 今まさに、言葉に詰まっていることもそうだ。それより何より、彼女は確かに覚えていたのだ。 あの日、あの時、確かにその透き通る瞳の奥に見た、人間性と云う不純物。水晶に生じた罅を……。
「あなたは……」
さらに口を開き掛けた矢先、ヴィルマの内に疑問が過り、言葉が止まった。
────私は何故、こんな事まで聞こうとしているんだろう。
「……別に。死ぬのは怖くないよ。」
ふとした雑念に発話が途切れた瞬間、あたかも彼女が言わんとしていたことを見透かしていたかの様に、クリスタは答えた。 ヴィルマは黙り込み、ふたたび床を見る。クリスタもまた、変わらず虚空を見ていた。
すっかり短くなった煙草を口に咥え、深く吸い込む。濁り切った瞳を今にも落ちてきそうな天井に向けたまま、薄色の唇の僅かな隙間から、瞳と同様に濁った白煙を吹き出して、火種を消す。 宙に消えていく白煙と共に溶けてしまう様な感覚の中に揺蕩いながら、彼女は言葉を続けた。
「……僕らはいつ死んだっていい。そう教えられてるし、実際にそうだし。死んで失くすものなんかないよ。」
淡々とそう言ったクリスタはしかし、夢の様にぼやける視界の中に、虚空では無いものを見ていた。 ぼんやりとした輪郭が、徐々に形を帯びてくる。残留する煙の中に映るのは、蒼色に輝くふたつの光。 クリスタは理解していた。それは消える間際に向けられた、あの瞳だと。あの生意気で、口答えしてきて、自分などを庇う馬鹿な従者(サーヴァント)の、あの瞳だと……。 その双眸と共に鮮烈に思い出される言葉が、朦朧としたクリスタの意識を循環する。それとともに、彼女はちらりと、隣の女を見た。
瞬間、ふたつの視線が合わさっていた。 どちらも、特に驚きはしなかった。互いに澱み切った瞳。片や明るい蒼色ながら、力ない暗さをしている。片や鮮やかな紅色ながら、光ない暗さをしている。 相も変わらず、同じ暗(あかる)さの眼差し。 互いの奥に潜む深い深い闇を覗き込む様に、引き摺り込まれる様に見詰めている。 それは好奇か、あるいは憐憫か、あるいは……。
クリスタは自らと同じ深淵を宿した蒼色の瞳を、霞んだ視界のうちに望みながら。 きわめて小さく細く、短く呟いた。
「ああ、でも────」 「───今はちょっと、死にたくないかな」
動いたのは何方だったのだろうか。 何ゆえそのようになったのだろうか───
壊れたスプリングの軋んだ音が響き渡る。次いで女のわずかにうめく声が漏れる。 互いが気付いた時には、金髪の女は、マットレスに仰向けに倒れた暗い髪の女の上に伸し掛かっていた。
「……何の積りなのかしら」
暗い髪の女が発したか細い声は、そのまま静寂に溶ける様に立ち消えた。 先程まで少しも合わせることのなかった顔が、今では触れんばかりの距離にある。 四つの草臥れた瞳の放つ鈍い視線がきわめて近距離で交差し、互いの内に潜む深淵を暴く様に見据えている。 赤黒い瞳が青白い瞳に近付く。互いに吐息がぶつかる程の距離。女の吸ったばかりの煙草の脂の匂いは直ぐに、二つの肉体の間に満ちた。 上に在る女の呼気の香りは、そのまま下に在る女の鼻腔を支配しに掛かる。それは恰も、直接的な両者の支配関係の様に印象付けられた。
静寂の中にあって、呼吸、鼓動、体温、芳香、互いの生命活動を証明するすべてが直に伝わって来る。一刻一秒毎に、眼前の存在が生きて居ると云う事を肌で感じ取っている。 感情が灯らぬ双眸を覗き込む事はやめない。それは良く出来た曇硝子の様に繊細で、脆弱で、無機質で……。 互いの瞳に吸い込まれる様に、何方とも無く顔が近付いて行く。息遣いが迫る。打ち捨てられたクッションに互いの髪が散り落ち、何方とも無く混ざり合った。 暗い髪の女の華奢な腕から、徐々に力が抜ける。肉の強張りが時と共に解けて、抵抗が消えて行く。力を掛けられる事を受容して行く。 金の髪の女の腕が、横たわる女の腕を明からさまに押さえ付ける。細く力のない腕からさらに力が失われていくと共に、より一層マットレスに女を沈めて行った……。
その瞬間であった。
「───伏せて」
凄絶なまでの金属音が、倉庫に満ちた静寂を完膚なきまでに破り棄てた。 それは鉛が倉庫に穴を開け、鋼が鉄を切り裂き、銃弾が脆弱な鉄柱に跳ねては、火花を散らして乱反射する轟音……。 四方八方から、地獄の光景を想起させるがごとき、怨嗟のこもった悲鳴のような金切声が響き渡る。金髪の女は暗い髪の女を抱き締めて、きわめて低く姿勢を保ち続けた。 二、三発の跳弾が彼女の服と髪とを掠め、辺りに僅かな布の繊維、細やかな金色の髪が飛び散る頃合いになり… ようやく、その音は止まった。
≪ Оно умерло?(どうだ?)≫ ≪ Оно монстр в ≪синий закат≫. Осторожно.(相手は青の夜更の化け物だ。警戒を怠るな)≫ ≪ Да.(了解)≫
「……」 「……あいつらかぁ……」
倉庫は今や劣化した四方の薄い金属壁のすべてに、蜂の巣のごとくに風穴が空けられているありさまへと変わっていた。 その奥から聞こえてくる複数人の見知らぬ声、しかしてよく知る言葉を聞きわけたのち、彼女は急ぎ腕の中の女を見る。 状況が呑み込み切れていない様な、然し変わらず不運に満ちた表情。だが、その肢体には傷一つ付いてはいない。それを確認し、金髪の女は安堵とも脱力とも知れぬ吐息をひとつ漏らした。 そしてすぐに、先ほど談笑していた時までとなんら変わりのない笑顔を浮かべ、いつもの様に状況とはまったく乖離した、気散じな調子で声をあげた。
「……もうなりふり構わないって感じだね。しつこい奴ら。」 「でも、此処はもうフランツィヤ。情報網はマジノ線で一旦切れてるから……これが最後のはずだよ。」 「あいつらならやっちゃっても問題ないし、本気でやるから───」 「良い子にしててね。кошечка(仔猫ちゃん).」
悪戯っぽく唇の前に指を立ててみせたあと、ヴィルマから視線を離した瞬間、表情が消えた。 機械の様な動作で穴の空いていない部分の壁に耳を付け、周囲の音を聴き始める。風、流水、足音、砂埃、金属音。敵は比較的重装備だったのか、クリスタには容易に人間の音を聴き分ける事ができた。
「(北3 東3 南4 西4 二分隊規模)」 「(北西から西南西に山岳 南東から北北東に河川 車は北……)」 「(現在地 東壁側)」
「…位置はよし」
倉庫が取り囲まれ、四方から銃を装備した精鋭部隊が徐々に迫って来ている状況を瞬時に理解したクリスタは、自分が耳を当てて居る側の戦力が比較的薄い事を確認して、その辺りの石ころを拾う。 肩を大きく振り被る。自分より離れた場所の、劣化したトタンの板壁に向けて投擲する。 瞬間、鋼が毀れる様な凄まじい反響音が響き渡るとともに、壁にもう一つの風穴が開いた。
≪Что(何)───!≫
壁外のすぐそこに迫り来て、劣化した板材を蹴破ろうと試みていた三人は、気を張っていたのも有ったのだろう。 皆が一様に音のした方を向き、皆が一様に音のした方へ銃口を向ける。 その瞬間を、クリスタは逃さなかった。
錆び果てた鋼板を肉体で以て焼き菓子の様に砕き、獣のごとく姿勢を低くして、倉庫外の荒野へと踊り出す。片手には既に安全装置を外したナガン拳銃を持ち、飛び込みざまに銃口を向けた。 変わらず光の消えた瞳で、眼前に出現した三ツの人体を確認する。そのうち最も離れた一ツの頭部を無感動に眺めながら、肉体に染み付いた最小限の動作で銃を構え、照準を定める。 ただの一発。クリスタが迷わず引いた引き金の、僅かな金属の軋む音。弾倉が周り、撃針が走り、薬莢を叩く。消音器を通して、乾いた音が聞こえた。 同時にその人体は、力なく崩れ落ち始めた。其処に有った生命は、じきに消え失せるだろう。クリスタがそれを確信する頃には、既に余った左手にナイフを握っていた。
残った二人が異変に気付いたのとほぼ同時に、次にクリスタはもっとも近い位置の、大柄な人体を見る。 小柄な身を縮め、全身の筋肉を収縮させ、乾いた地面を蹴る。須臾の間に二つの僅かな砂埃が立つと、その身体は既に、人体の背後に存在していた。 勢い付いた肉体とは裏腹に、恐ろしいまでに優しく、軽く、音もなく、彼女は人体に後ろから抱きついた。一動作で終わった。彼女が左肩を僅かに動かし、腕を横に引く。それととともに、人体の首に深く押し当てられた刃が、肉を素早く、柔らかく引き裂いていた。
≪МОНСТР(化け物)……!!≫
状況をようやく理解した最後の一人が、同胞に組みかかっている女に自動小銃の銃口を向けた。 クリスタは瞬時にナイフを離して、先ほど切り裂いたばかりの、大柄な人体の背後に隠れる。続いて恐慌状態で発砲された銃弾は可哀にも同胞の肉体を貫き、その命脈が事切れるのを早めた。 それに気付いて引き金が止まった隙を許さず、クリスタは既に生命活動の停止した人体を、前方へと勢いよく突き飛ばした。
男は突如として自分の方に飛んできた肉塊の衝撃をもろに受け、体勢を崩す。そのまま息せぬ重い人体と共に、地面に倒れ込んだ。 男が見上げる瞳に映ったのは、自身に向けられた銃口と、それを構える女の、燻んだ金の髪、小さく端正な顔、草臥れた様な無表情。そしてその内に無機質に嵌められた、何一つとして光を映し出さない、紅の虚無の瞳だった。 深淵の様なその瞳を覗き込んだその刹那、彼は理解した。この光景は、自身が最期に見るものなのだと───
≪СУКА(畜生)───≫
≪ Простите.(バイバイ)≫
乾いた銃声。生命が消える音を感じながら、クリスタは息を吹く。 それ迄何とも思わなかった筈の銃声は、その時、何故か───酷く悲痛なものに感じた。
「───衰えたかなぁ。」
銃が重い……。手の内に握った鋼鉄をちらりと見遣る。 それが僅かな間隙となっていたことに、クリスタは気付かなかった。背後に駆け寄って来ていた足音が聞こえ、振り向いた時には、既に四ツもの自動小銃の銃口が此方に向いていて───
「(やば────)」
普段なら、こんな事無いのに。どうして? 長く人を殺してきた経験からクリスタは、気付けば自身が絶命の危機に晒されている状況そのものに驚愕した。 眼前の男たちが、引き金に指を掛けている。当らない事を祈らねば、先ず当る。この場の誰よりも彼女が理解していたからこそ、彼女は────僅かに身動いだ。 同時に、彼女の脳内に、雷の様な思考が飛び去っていった。
─────何で。 ─────死ぬのが、怖いのか?
自身に向けられた銃口からマズル・フラッシュが焚かれる迄の刹那。クリスタが虚無に満ちた瞳を見開いた、その時─── すべての銃口の位置が、不意に下がっていった。
「……?」
否。目の前の男たちが銃を「取り落としたのだ」と、クリスタは瞬時に気が付いた。 有り得ない。『青の夜更』ほどでは無いにせよ、彼等も相当の手練れのはずだ。 死体が瞬時に三ツ生産されている場面を目の当たりにしたところで怯む様な胆力を備えている様では、対外特殊部隊(スペツナズ)など到底つとまりはしない。 何故───疑問への答えを探す内、クリスタは気付いた。見辛かったが───彼女と兵士の間に小さく立ち塞がって、何やら呪文を唱えている、暗く儚げな女の姿に───
女の用いたのは簡略的な魅了(チャーム)だった。たかが一小節(シングルアクション)の魔術。魔術師に使えば即座に掻き消されるだけのもの。 だが眼前の敵は、違う。何も知らぬ兵卒だ。現に少し魔力に充てただけで、放心状態になっているのだから───
クリスタの背後に迫る存在に気付いた瞬間、女の身体は動いていた。……何故かは解らない。 だが、ヴィルマは現に成功していた。クリスタの背中を撃たんと謀ったこの不届き者達を、無力化することに……。
「やるじゃん。いい子にしててって言ったのに。」
クリスタは見開いた眼を、いつもの眠たそうな暗い瞳に戻して、相も変わらぬ暢気な調子でヴィルマに告げる。
「御免なさいね。……生憎、護られるだけの女じゃないの。」
ヴィルマもまた、いつもの不幸に満ちたような暗い瞳で以って、相も変わらぬ不満げな調子でクリスタに返す。
「へー、じゃもう僕いらないね。」 「解雇した覚えは無いのだけど。」
二人が僅かに言葉を交わす間に、残る影から足音が近づいてくるのを察知し、クリスタが身構える。 それに合わせる様に身構えて、ヴィルマは静かに、クリスタの隣に立った。 クリスタは困った様に隣の女を一瞥して、いつもと変わらない、気楽そうな声色で、ヴィルマに言った。
「……じゃ、三十一回目も生き残ろうか。出てきても良いけど、足手まといなら見捨てるよ?」 「あなたこそ。勝手に死ぬのは許さないわ。」 「ひゅー。言うようになったじゃん。」
アルヴィース・デュオ・ホーリーエイド
「はあ。まあ楽ではないのう。」 アルケディア・アカデミアのプロフェッサーを名乗る、少年のような見た目の男性。いや、正確には"異面"の魔女。アルヴィース・デュオ・ホーリーエイドはため息をついた。 このアカデミア全域を常に監視し、問題が起これば即座に対処。素敵な場面があれば注目する。それを一人の頭で同時に行う。当然眠ることなどできない。睡眠は"無法地帯"時に纏めて取る。しかしそれでも、アルヴィースにはアカデミアを経営したい理由があった。 「まあ、当然男の子の仲睦まじいのが見たいのはあるがな。」 そう言って隠す中に、精神面の教導という目的がひとつ。長き時を生きて、能力だけ研ぎ澄ませた信念もないろくでなしをたくさん見てきた。 魔術師は非道を許す存在だとしても。その精神は真っ当であってもいいのではないか。アルヴィースはそう考える。 どこかで折り合いは必要だろう。それは外で学べる。だから、ここでは理不尽な悪から幼い子供を守りたい。その信念は確かにあった。 「さてと。そろそろ授業じゃな。真っ当に生きれないことの辛さなど、学ぶのはわしだけでいい。」 そうして。歪んだ魔女は席を立つ。歪みを生まないために。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 双星のグレートマザー(レートー)
わたしは、このこたちをうむの。それしか、おぼえてないから。 幼い少女が何処かに現れた。彼女の腹部は膨らんでいて、誰もが哀れみ避けた。 一日目。彼女は野犬に襲われた。こどもたちをまもらなければ。必死で街へ逃げ、自然の脅威から身を守る。 二日目。彼女は街で暴行を受けた。異常性愛者ぐらいしか、彼女を受け入れる者はいなかったから。 三日目。私は彼女を見つけた。暴行を受けながら笑みを絶やさない彼女に恐ろしさは感じた。しかし助けないわけにはいかなかった。 四日目。私はそれから彼女を背負い、守るための旅に出た。きっと子供が生まれれば、彼女は普通の少女に見える。そう信じて。 五日目。親子には見えないらしい。どこに行っても私ごと不気味な目で見られた。 六日目。なんとか、誰も住んでいない小屋を見つけた。ここでやり過ごせないだろうか。そう思った時、偶然にも街は大火事に包まれた。 七日目。この街は、崩壊した。必死に生き延びた。彼女は相変わらず、嬉しそうに笑っている。少し不気味に思った。 八日目。この少女は異常だった。明らかに産み落とすべきでないものを産み落とそうとしている。手を下せるのは、私だけ。 九日目。私はーーーー ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー オスカル(モザイク市)
「マスター。この世界は理解したわ。とりあえず、探すわよ。」 何を?とりあえずそろそろ私もサーヴァントを呼ぶか、そう思ったから呼んだら出てきたのは、とても綺麗な女の子。…みたいな男の人。 「決まっている。当然いるでしょうね。ディルムッド・オディナ。フィン・マックール。彼らが英霊でないなんてあり得ない。」 私のサーヴァント、オスカル。どうも生前の知人に未練があるみたい。 「えーと、天王寺の中を探せばいい?」とりあえずそれだけでもかなりしんどいんだけど。 「そこにいるなら。それでいいわ。」彼はそう返すけど、それっていなかったら梅田とかまでいかなきゃいけないんじゃ…。そうしてとりあえず外へ出る。…彼に抱っこされて。 「この方が速いわ。手放さないから、安心しなさい。」うーん。男の人に抱っこされるなんて初めてなんだけど。 目まぐるしく視界が動く。全部を見渡したみたい。サーヴァントってさすがだな。 「いないわね。次、行くわよ。」そう言って彼は次の階層へ。全部見て回るのは無理だと思う。 「ねえ、なんでそんなにその人たちに会いたいの?」ふとそう聞いたら。 「私の夢が叶うから。」 なんだか、すごく寂しそうに言った。
ケルベロスではない&泥新宿のムーンキャンサー
喰らう。生きるために。それが今までの連鎖。我々の宿命。人を喰らい。人に狩られる。それをどちらかが果てるまで続ける。 新宿に降り立った三つ首の魔犬。それぞれの幻霊は、純粋に生きようとしたものたち。そして絶やされたものたち。 追い立てる。狼の群れを指揮し、人を分断する。取り残されたご馳走を噛みちぎる。それを繰り返す。繰り返すうちに、敵は団結する。当然だ。こちらも群れが増えてゆく。これも当然。 「やあ、君も動物だね。一緒だね。」 不意に小さな兎が飛び出してきた。サーヴァント。餌としては上等だ。 「見てられないから。人が死んでいくのは。恨みはないけど、止めてもらうよ。宝具展開。『幻想映す表面世界』。」 そうして辺りは一変する。いつのまにか、敵は様々の幻想と、巨大な蟹。それだけになっていた。 高らかに吠える。全ての狼を呼ぶ。数はこちらが上。あの巨大な奴をどう調理するか。何度やり直しても、絶対に喰らい尽くす。 「さて。僕を殺せば結界は解ける。でもそうはさせないよ。」 そう兎がほざく。言われなくとも。真っ向から全てを喰らってやる。 あれだけの大きさなら食い扶持がありそうだ。 狼は、あくまで全てを喰らうだけ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ショート・ショート
「ああ!マスター!あなたも死んでしまうのですか!もう少しで答えが見えそうだったのに!」 俺のサーヴァント、ディエティは大層大袈裟に悲しむふりをして見せる。お前が使えないのが悪いんだろうが。 ペラペラペラペラ喋るだけ。おかげで俺は一人で戦わされ、瀕死の重症だ。 「うるさい。…それより。話を聞かせろ。」 ひとつだけこいつには取り柄があった。小咄がうまい。どうせ死ぬなら、最後に笑いながら死にたいじゃないか。そうしたら。 「ああ!こんな!死の直前でも!だからこそ!ショート・ショートを求めるのですね!ありがとうございますマスター。『もう少し』に到達しました!」 何を言っているのかわからない。ディエティは突然天高く舞い上がった。声が聞こえる。 「世界中の皆様に問いましょう!これは小咄ですが、ジョークではありません!あなた方の願いを一つだけ!叶えて差し上げましょう!」 なんだこいつは。そんなことができるなら。聖杯を争っていた俺はなんだったんだ。 「ただしひとつです!良いですか?忘れてはいけない存在も、ありますからね?『みんなの願い』。」 まもなく人類は消滅した。 「『新星の一』!」 すぐ世界は馬鹿げた。傑作だ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 癌の膿&オルドー・レイジュール
癌の膿。ジジイには適当に名乗ってやった。対案は忘れてやった。ゴミクズの俺に相応しい名前だ。 「あの、あなたが新しい人ですか?」 両目が色違いの片眼鏡をつけたチビが話しかけてきた。俺でも魔眼くらい知ってる。その類なら、生まれながらに恵まれてやがる。無視しよう。 「えっと、わたしはオルドーです。先生に貰った名前なんですけど。あなたは?」 あのジジイの名付けをありがたがる。哀れだな。きっと何も知らない時に連れてこられたんだろう。だから名乗り返してやった。癌の膿だと。 「…それは、よくない、です。」 ガキのくせに。俺はクソ両親に何か言うことすら許されなかったのに。思い出させやがって。 「お前よりマシだ。」 そう言ってしまえ。適当に誤魔化してやれ。そうしたらそいつは眼鏡を外しやがった。魔眼を使い出したんだ。苦しそうに息を切らす。何がしたいんだ。 「あなたの、身体。ぼろぼろです。でも、ここならきっと生きていけます。わたしも助けます!」 ニコニコしだした。訳がわからない。生きていくなんて、死ぬ理由がないからやるだけのことだ。まあガキにはわかるまい。 「皆に紹介しますね!」 こうやって、俺は無理矢理飲み込まれた。
トリックス・ファイン&ミョールズ
「なあ、本当にスカートっての似合ってるか?」トリックスに聞く。何度目だっけ。 「自分が一番わかってるんじゃないの?」うぅ。自分への視線は悪いやつじゃないのはわかる。でもこのカッコ、スポーツやる時邪魔っちいんだよな。割と好きなのはその、否定しないけど。 「今考えてたこと、わかるよ。僕に任せな。先生から貰ってきてあげる。自分で行くのは恥ずかしいでしょ?」何もかもお見通しだ。大人しく従う。 それで貰ってきたのは、すごく短いスカート。上も袖がないやつ。 「チアリーディングって言うらしいよ。激しい動きをするための女装なんだって。」 女装にも色々種類があるんだなあ。先生はなんでも持ってるし知ってる。女装って言葉が男らしい行為なんだってのも教えてくれた。 とりあえず着替える。服を脱いで、持ってきてくれた方に着替える。トリックスが面白そうに見つめてる。 うっ。すごいすーすーする。でもこれは確かに動きやすそうだ。 「ありがとうトリックス!」 そう言って、グラウンドに向けて出て行く。 周りの目がいつもよりさらに変だ。うーん。わかんないなあ。 「さすがにあれは逮捕されそうじゃな。まあここでは捕まらんが。」 学長は呟く。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー バルベロ&バルベロ[オルタ]
全ての敵は消えた。私が死ねば聖杯の汚染は完全なものになる。そしてマスターはそれで願いを叶える。 私には力がない。それは自害する力がないことも意味している。マスターに頼むしかない。 「『私のための神話』。私を切り刻みなさい。粉々にしなさい。殺しなさい。」 全ては意のまま。躊躇いなくマスターは剣を向ける。 一度や二度切られただけじゃ消滅できないのが困り物だ。 激痛。激痛。激痛。激痛。痛みがなくなるまで切り刻まれても、まだ足りない。跡形もなく消し去る力が『私のための神話』には足りない。でも、いつかは消えれるのだから。聖杯を汚染できるのだから。この酷い世界を破壊できるのだから。 ようやく意識が消えてきた。歓喜に叫びたいところだけど、もう喉はない。ああ、さようなら。 そうして神の不在は達成される。ゆっくりと着実に浸透する。そうしてそれは世界を満たす。嘆きが世界を覆う。ーーーー母性愛、発現。 私は真に目覚めた。わかる。この世界は私を求めている。再び救世の聖母となれる。救おう。全ての人を高次へと。誘おう。全ての人を真なる世界へと。 だってもう、偽りの神は信じられていないのだから。永遠のアイオーンの救いを。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 永絶闘争螺旋 ファイロジュラシック
一撃目。一斉掃射。万を超える軍勢が巨大な竜に群がる。並の幻想種なら百万回は殺せるだけ殴った。傷は見えなかった。 ニ撃目。武器を変えて即座に追撃。相変わらず傷はつかない。バハムートがこちらに気付いた。 三撃目。半数は吹き飛ばされた。胃酸の濁流を避けきれなかった。でもまだこちらは終わっていない。 四撃目。あと何度、何年。その先にこいつを討ち斃せる?そんな疑問は沸いてきた。 最早残りは1000人ほど。しかし精鋭。必ず、いつか。 五撃目。わずかに傷が見えた気がした。即座に塞がった。必死に逃げる。最早目的は生き延びることにすげかわっていた。 六撃目。そんなものはない。頼む。逃げさせてくれ。もう俺だけじゃないか。見逃してくれてもいいじゃないか。声を荒げた。聞くはずのない敵に問う。お前は何がしたいんだと。答え代わりに、胃酸が飛んできた。
我は神を踏みにじらねばならない。神の似姿が許されるはずがない。ここに必要なのは純粋なる生態系。さあ、何度でも滅してやろう。
一撃目。死力を振るう。きっといつか、我々の先に。何万回蹴散らされても。先人に敬意を払い、死へと身を投じる。無駄ではないと、信じているから。戦い続ける。
わし、結構大変なんじゃよ。これ。ずっとこの喋り方なのはもう慣れたが。必ず卒業させる都合上、常にブランドというものを維持せねばならん。 そのために必要なのが、ろくでなしを輩出しないことじゃ。今んところ悪名を轟かせおった奴はいない。必ず学内で徹底的に矯正する。非道を手段から目的にすげ替えてしまう奴は本当に多いからの。 まあわしは聖導術で生贄とか使っとるから言えるが、こういうことが悪いというのではない。無意味な行為に身を投じるなとも言わん。根源の否定などわしにもできんよ。 わしはまあ、諦めたといえば諦めているかも知らんな。俗世的な感性の方が素晴らしいと思ってしまった。簡単に言えば、魔術師らしい魔術師なんてこっからは出してやらん。絶対に理性の基準は常人のそれに仕立て上げる。 こんなことを言えるのは、わしが既に歪みきっているからではあるが。魔術師としても人としても。だが知識として教えることはできるんじゃよ。理想を語りそれを実現する。それはどんな外道にでもできる。だからそれをしているだけじゃな。 しかし。最近は少し危うい感じはあるの。わしも捻くれ者を拾ってきとるが。 まあ。どうにもならないなら消すかの。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 癌の膿
このクソ学園のいいところは、鍵をかけて眠れることだ。本当に、生きてるってのはそれだけで苦痛だ。死ぬことがそれ以上に苦痛だから避けてるだけだ。 だから寝る。安らかな睡眠と死は同一に近いと思っている。今までまともに寝れたことなんてなかったからな。ここは素直に恩恵に預かっている。 しかし睡眠の困ったところは、ずっと寝てられないことだ。死ぬことを永眠なんて言うらしいが、本当にそうなら永眠してみたいもんだ。 俺は別に死にたいとは思わない。生きてるだけで苦痛だろうが。 絶対に一人では死んでやらない。そう、あの時だって。全部ぶっ壊して価値ある死に方をしてやろうとしたんだ。なのに生き残った。悪運とはこのことだ。 もしかしたら、案外天寿を全うさせられるかもしれないな。それは別に面白くないが。眠るように死ねるというのが本当なら、一番心地いい睡眠になるかもしれない。 ああ、このクソ学園のよくないところだ。授業に出ないと仕置きを喰らう。流石に苦痛を喜ぶ趣味はない。さて、そろそろ行くか。 …気になるのは、前のガキ。自分が一番可哀想なんて顔してるのは人のことは言えないが。 単なる同族嫌悪だとしても。あれだけは不愉快だ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 家族王キング・アーサー
悲しい知らせだ。この『大騎士王とその大円卓、そして仲睦まじき大家族』に抵抗しようという集団が現れたらしい。みな私の家族となるべき存在。殺したいとは思わない。私がいる限り、すべての円卓の騎士は不死、そうだとしても、私自身が出向いて説得しなければ。 門をくぐり直接その集団の本陣へ向かう。大量のサーヴァント。私に対抗するため召喚されたのか。しかしそれはあくまで付き従う存在。敵の総大将は少年だった。 彼は言う。今の世界を壊さないでくれと。理解できなかった。私は不死と家族愛を伝えるだけの存在なのに。それで壊れる世界など、良いものとは言えないのではないか。 彼は言う。死は決して不要なものでない。敵意も同じだと。それがなくなれば世界は停滞してしまうと。それの何がいけないのだろう。幸せな状態で止まるのなら、とても素敵じゃないか。 問おう。永遠に成長しないことの何が悪いのか。 問おう。悲劇など、憎しみなど、なければ全てが幸せではないか。 問おう。そもそも目的を達成したら消えゆく私を、王の座から引きずり下ろすことになんの意味があるのか。 彼はそれでも意見を変えない。ならば。 問おう。我が聖剣に耐えられるか。
テンカ、ポッキーは好き? うん、ポッキー。買い出しの時に菓子も買っておこうと思ったら、今日安かったから買ってきたんだ。 そう、11月11日、ポッキーの日って。ここではそんな記念日があるんだね。テンカの分もあるから食べるといいよ。はい。 ……何って、ほら。はい、食べて。そう、そんな風に。はい、あーん。 ―――そ、そんなに拒まなくても……確かに変かもしれないけど、別にいいじゃないか。……あ。 ん、おいしい?……そうか、ならもう一本。はい。 ………………はい、あーん。 ―――――― ……その、さっきのは。 ごめん。えぇと、騙すつもりじゃ、なかったんだけれど。その。 あ、あの……どうしても、してみたくて……い、いやこれは、あぁぁぁぁぁ…… ―――嫌じゃ、なかった?そ、そうか。なら、うん。だったら…… ……ポッキー。まだ、あるよね。―――どうしようか?
『"良い"11月の忘れられない日―――』 1111。伝統的に菓子業界の一角に動きがある。旧時代より続くポッキーのプロモーションだ。 仕事終わりにおまけで貰っていたポッキーを齧り、ニュースを見ていた端末に共に並ぶ自分とパーシヴァルの姿が映った。 日常を背景に場面が移り変わり、それぞれのシチュエーションでポッキーを口にして、そして――― 「――――――!!」 咄嗟に目を逸らした。CMが終わったのを熱い耳で聞きながら、恐る恐る画面に向き直る。 古くから続くポッキーのレガシーと説明は受けたものの、撮影時はもう心臓が飛び出しそうになっていた。 「いやぁ、まさか撮影の時の見せかけからこう仕上がるととは……」 それは隣のパーシヴァルも同感のようで、苦笑しながらも透き通った白い肌には明確に朱が差している。 CMは何度も流れる。今日は羞恥の洗礼を互いに受けながら、一緒にポッキーを食べて過ごしていた。のだが、 「その、パーシヴァル」 振り向かせた彼女の顔が、ポッキーを咥えた自分を見て静止した。 仕掛けた、というにはあまりに稚拙、勢い、といえばあまりに不誠実かもしれない。 それでも、跳ねる鼓動を押しながら、画面の中の二人の前で自らを差し出す。 ただ、この日を演技で終わらせたくなくて。
今年も、街道の方から聖歌が聞こえてくる。 11月11日、リメンブランス・デー。一度目の世界大戦が終わった日、英国では戦没者の追悼が行われる。 僕が生まれたのはその年から丁度10年、更に11年が過ぎた時、僕達を巻き込んだあの戦争が始まった。 二度の戦いは世間に大きな変化を強いた。大きな科学発展があったというが、その下であまりに多くの血を流した。 それでも小競り合いは続いて、科学の力で大国同士が睨み合う。平和とはつまり、戦争の小康状態に過ぎない。 そして、僕の戦いも続いていく。銃砲飛び交う中を抜けて、確かに英雄がいた"あの戦い"を超えて、 そして今は、この家と彼女のために、魔術という影の世界を生き抜く準備を進めているところだ。 まずは纏まった資金を。以前通った道を遡って東方へ、珍しい品や技術を回収する宝探しを計画している。 荷物を整理して、銃を整備して、サーベルを磨いて、それから。―――チョコレートが食べたい。 兵士として従軍した頃、10代だった僕らにとって厳しい訓練を癒す嗜好品は、煙草でなくチョコレートだった。 絶品とは些か言い難いが、それを喜び、実戦の前に祈りを込めて頬張っていた瞬間が確かにあった。 だからふと、この先も続く長い戦いのために、あの時よりもおいしいチョコレートに祈ろうと思い立った とりあえず家の人に手頃な菓子を用意してもらうとして……問題は、仕事詰めの彼女の方だ。 時間を作れるかはわからないけれど、そこは何とかして。一緒にお菓子を摘む時間を作って貰うとしようか。 この儚い平和を、幸せだと感じるために。
「あ……あの、男の人と付き合うのって…どういう事をすればいいんでしょう?」 ルナティクス精神領域、水月砦にて、そんな疑問を放つ少女がいた。 「そんなの挟んで絞って骨抜きでしょ?紗矢ちゃん良い胸持ってるんだから」 「ちんちん踏み踏みして罵倒すると男性は骨抜きですよ~♪?」 「オイ誰かこのミス悪影響共埋め立てろ」 兎男(トム)が呆れながら両石閻霧とちゃんどら様が水月砦からログアウトさせた。 「ふむ……俺は色恋沙汰には疎いからな…オイ月宮、お前はどう思う? この中で唯一の社会人経験者だろ。なんか詳しいんじゃないのか?」 「恋愛ってのは要は男と女のマウントの取り合いだろ?」 「お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」 霧六岡が呵々大笑しながら月宮玄をログアウトさせた。 「そもそもこの狂人共の坩堝で恋愛相談などするのが馬鹿だと思うがな俺は」 「だって……しょうがないじゃないですかぁ……。私恋愛なんて初めてで…。 そもそも自分を偽らず人と付き合うの事態久しぶりすぎてぇ……」 相談を持ち掛けた少女、慶田紗矢は頬を染めながら言った。
その後、紗矢は水月砦内を回ってみたが収穫はなかった。 石膏漬けにすれば良いだの、腱を千切ればいいだの、同化すればいいだのと話にならない。 途方に暮れていた所、一人の少女が彼女に対して勇気を出して声をかけた。 「あ……あの、私は……えっと、そのコーダさん? が好きになったのは、紗矢さん自身だと思う…から」 「変になんか取り繕わないで……自分のやりたい事、を、やればいいんじゃないかな……って」 要は、自分を信じろと、そうこの少女は言っているのだ。 それは奇しくも、紗矢の隣に立った少年のサーヴァントと同じ言葉だった。 「偉いぞ哉子。俺が言わずとも本質を突いたか」 背後から霧六岡が現れ、ニカリと笑いながら乱暴に少女の頭を撫でつつ言う。 「まぁ俺から言う事は正直なところ無い。先も言ったように、俺に色恋沙汰は皆無だからな」 「強いて言うなら、此れは他人の言葉だが、男女の付き合いは減点方式よりも加点方式の方が成功するぞ」 「ええっと……ありがとうございます」 ぶきっちょにも見える霧六岡のアドバイスに、紗矢は頭を下げて礼を言った
「まぁ何度でも来るがいい。迷う度に導いてくれよう」 そう笑いながら言う霧六岡に対して、紗矢はちょっと申し訳なさそうに言った。 「ああ…それなんですが、私……もうここ来れなくなっちゃうかも……です」 「ほう?」 「この場所…なんか以前に比べて、どんどん遠くになっているように感じて…だから……」 「なるほど。それは貴様の内の狂気が薄まった……、という事を意味するな!!」 ハッ!と声を上げて笑い、霧六岡は両手を叩いて喝采する。 「貴様は己が内側の渇望を解放せずとも良き領域(ぱらいぞ)に至ったのだ! その在り方を言祝ごう……ああ、祝詞(はれるや)を声高く謡ってやろう!! おめでとうナイトゴーント。いや、"慶田紗矢"!貴様は狂人ではなくなったのだ!」 しかし、と言い、霧六岡は拍手喝采を止めて続ける。 「また狂いたくなったら何時でも来い。我らルナティクス、去る者は追わず。来る者は引き摺り込む、故な」 「あはははは……それは、遠慮します」 慶田紗矢は不器用に笑いながら言った 「今の私には…此処よりも安心できる場所が、出来ましたから」
地下壕の出口から顔を出すと、冷たい外気が肌を撫でると共に、街に似つかわしく無い焦げた臭気が鼻についた。 暗闇の中の伯林市街を照らすのは、人工のそれではない紅蓮の火の瞬きばかりだった。 英霊が、こんなことをやるのか。 SSの親玉みたいなマスターを引きずって現れたサーヴァント―――あいつはランサーと呼んでいたか、 それが英霊兵の軍勢を引き連れて無差別に襲いかかり、恐らくそれは今も止まっていない。まだ遠くから轟音が響いてくる。 「これからは?」 後ろから背負っているヴィルマさんが小声で話しかけてきた。 「セイバーの場所ならわかる。速やかに合流します」 左手に刻まれた令呪が熱を帯び、セイバーの存在を感じさせる。その方向の先に、彼女が戦う雷光が視認できた。 シズカさんもセイバーに同行しているか、通信の手段を彼女に残している筈だ。
暫し市街跡地を進むと、一人の人型と遭遇した。 セイバーではない。……あのずんぐりした形と首に巻き付いた黒い帯は、ランサーが連れてきた英霊兵の一体だ。 すぐに物陰に身を潜める。ただでさえ英霊兵に相手する装備は無いし、その上負傷者を抱えている状態で勝機は無い。 まずは英霊兵の様子を細かく観察しよう。動きの癖から隙を見ていけば安全に抜けれるか――― そこで、思考が途切れた。 「―――――――――」 そいつの左腕が、血塗れの上半身を引きずっていた。 そいつの右腕に、血塗れの銃剣が握られていた。 小銃のボルトを引く。初弾を装填し、あの兵士の頭部に向けて引き金を 「待ちなさい」 銃を握る僕の手に重ねるように、ヴィルマの手がそれを抑えた。 「あれは、もう死んでいるわ」 英霊兵に気づかれないように、口元を僕の耳に寄せて紡がれた言葉が突き刺さる。 銃を押し留める彼女の手は冷たく、押せば跳ね除けられる程に握力は弱い。けれども、銃はぴくりとも動かない。 いや、動かせない。彼女の言葉が正しいんだと僕の身体は確信している。 あれはただの死体で、何をしたところで戻って来るものじゃない。そんなことは分かっている。 サーヴァントも無しにこちらの存在を気取られたら結果は見えている。敵との距離が近いまま令呪で呼び戻すのもリスクは高い。 分かっている。 分かっている。 だけど、
ランサーの英霊兵の感知は鈍く、警戒の仕方は単純なものだ。そのまま息を潜めて、僕達は英霊兵のいる場所を迂回していった。 右手に、彼女の掌の冷たさを感じたまま。
その姿は、青い雷光を辿れば確認できた。 太刀筋に沿って流れる稲妻が英霊兵の腕を、首を刎ねて荒れ狂う。そこでセイバーは周囲の敵を一掃し終えたようだ。 彼女は僕たちの姿に気づくと凛とした表情を変え、こちらへと歩み寄って来た。 「マスター!無事だったのね!」 「遅れてごめん、セイバー。状況は?」 「……見ての通り。脚が動かないのが不甲斐ないばかりだわ」 歯噛みする表情をセイバーは隠さない。 彼女とアーチャーの協働、そしてバーサーカーの介入を以ってしても、ここ一帯の市街全体まで戦火が広がってしまっていた。 それだけ、ランサーの攻勢は圧倒的だ。単体のサーヴァントとしては異質と言ってもいいが、それに是非を問う意味はない。 『カノン君と合流できたようですね。こっちは今、アーチャーと共に敵のマスターを追っています』 『……おや、随分珍しいものを拾って帰ってきましたね?』 「…………」 セイバーの肩から羽のついた小動物が顔を出した。確か、血を媒介にしたシズカさんの使い魔だったか。 どうやらランサー自体の撃破は困難として、魔力源たるマスターを確保する戦略に切り替えたようだ。 使い魔は視界も共有しているらしく、自分が抱えているヴィルマさんをじろりと一瞥し、彼女は無言を返していた。 「ランサーの本隊は?」 「今も侵攻中よ。思ったより脚が速くて防御に回る数も多い、まともにやり合うには手強い相手ね」 「バーサーカーとは連携できませんか?」 『全っ然ダメです。1番英霊兵の数を減らしてはいますが、完全にワンマンで動いてますよアレは』 ランサーの軍は数が多く、火力があり、それでいて軍勢としては烈火の如く素早い侵攻を見せる。 セイバーによる迎撃は回避されるし、アーチャーの狙撃も未だ有効打を与えられない。 そして唯一機動力と面の火力を持つバーサーカーは自身の判断で勝手に動き回る、それぞれの戦力が効率的に働いていない。 『そちらのフロイラインがもっと上手に指示してくれれば話が早いのですけどね?』 「……バーサーカーの運用について、私自身に口を挟む意図はありません」 「彼はアーネンエルベのサーヴァントで、私はその意向を伝えるまでのこと」 『この期に及んでそんな悠長な……そのアーネンエルベの意向とやらはいつ通達されるので?』 ヴィルマさん自身、バーサーカーの行動には一切干渉していない。 というより、これまでの邂逅では彼はアーネンエルベの指示にも従っているようには見えなかった。 シズカさんも不機嫌になってはいるが、最初からヴィルマさんが力になるとは期待していなかったようだ。 ―――だが、どの道このままでは状況は悪化するばかりだ。だったら、
「バーサーカー、聞こえますか?」 『おぉマスターよ、連絡がつくとは僥倖だ。余が消えぬ以上どこかで生きてはいると思っていたが』 よほどヴィルマさんから供給される魔力が潤沢らしい。バーサーカーの声はまだ随分余裕そうだ。 「……現在はセイバー陣営と停戦を結び、行動を共にしています」 『その点は余も把握している。セイバーとアーチャーには一切攻撃はしていないぞ。で、要件はなんだ?』 「ヴィルマさん、僕が代わります」 「バーサーカー。僕はセイバーのマスター、カノン・フォルケンマイヤーです」 「時間がないので手短に、―――あなたのマスターの身柄を預かっている。状況を迅速に終息させるため、協働をお願いします」 『―――ほう?あの小僧か?』 男の声色が変わった。少なくとも、マスターを抑えられたことに対する警戒は皆無のようだ。 『無論拒否しよう。停戦までは了承するが、余とお前は本来この聖杯戦争で争い合う立場にある』 『敵と馴れ合い、無闇に手の内を晒すことは本意ではない。それどころか互いにランサーとの潰し合いを企むやも知れぬ』 『陳腐な脅しは辞めろよ小僧。お前なら用意しているのだろう?本命の交渉の札が』 返答は拒否―――だがやはりこの男は、こちらの思考を読むことに長けているらしい。 人質が通じるとは思えない。ヴィルマさんの救出を優先しなかったのは自分達が探すと踏んでいたからだろうし、 協力を拒否する理由は後からどうとでも取り返す算段を整えているからに他ならない。 そして奴は、この札も想定済みだろう。 「―――ランサーの撃破にあたって、セイバーの真名及び宝具を開帳します」 『……ふむ。ここで切札を出すか』 遠慮は無い、一刻も早くこの状況を終わらせねばならないのだから。背中を撃たれようが、秘密を知られようが知ったことか。 『まぁ、あくまでカノン君のサーヴァントですのでお好きにどうぞ、ひとまずこちらも支援に戻りますね』 「こちらも異論はないわ。バーサーカー、我が一撃をしかと眼に焼き付けておきなさい」 セイバーの戦意に満ちた瞳を確認する。これでようやく、全員の足並みが揃った。 「対象は数を武器に攻め立てて来ていますが、個々の判断は本体のランサーに依存し、戦局の処理能力は低いものと推測されます」 「作戦はバーサーカーで前線を構築し、アーチャーの誘導によってランサーを誘い込む。そこを、セイバーの宝具で仕留めます」 市街の中から目印となる地点を選び、前線予定地と狙撃地点にそれぞれバーサーカーとアーチャーを配備させる。 そして自分たちは決戦の地へ、セイバーの歩みに合わせて移動を始めた。―――背中に抱えている負傷者も一緒だ。 「一応、護衛はします。もう少しだけ付き合ってください、ヴィルマさん」 「……わかったわ。ただ、抱え方はもう少し考えなさい」
「―――作戦開始。敵サーヴァント、ランサーを撃破します」
「最っ……悪……」 毒付くように吐き捨てた。正直、今までにないぐらい私は苛立ってた 意味不明な運任せ野郎と出会っただけでも腹立たしいのに、そいつの攻撃が私を抉ったという事実が耐え難かった ただの運任せの攻撃で、再生に時間がかかるほど痛めつけられるとは思っていなかった 「まーぁ……それ以上に笑えないのは来客様なんだけどぉー?」 「ヒ、ヒ、ヒ、」 笑い声が響く。今一番聞きたくない笑い声。なんで?何でよりによって貴女なのかしら? 「せーめて、あの弓使いの代行者ならぁ…2つの意味で食欲湧いたんだけどなぁ」 「何だよ。アタシには食欲湧かないってか? 奇遇だね。アタシもテメェの前だと飯食う気しねぇ」 「あーら気が合うわね。私もよ。殺したい相手が目の前にいたら、食事どころじゃないですものねぇ?」 満身創痍な身体に鞭打ち、無理やり立ち上がる。悟られるな。こいつだけには弱みを見せるな 「マ、ここで逢ったのも何かの縁だ。死ぬ覚悟はあるかガキぃ」 「こっちの台詞。肉便器になれ糞ババァ」 好機は一度。吸血できるか、あるいは否か 全霊を振り絞って、私は大嫌いな悪食女と夜に舞った
陣を描き、魔力を奔らせ、詠唱を紡ぐ。俺は英霊を召喚する。 「初めまして。早速で悪いが、僕は君のマスターだ。君とは公平で対等な関係でいられたらと思っている」 もちろん、嘘だ。英霊なんてものは信用できない。大昔に何人も殺し続けたような奴らだろうからな。 文化人ならある程度は話が通じるかもしれないが、戦闘第一な獣みたいな英霊はよしてくれと願い語りかける。 「…………」 煙が晴れて、俺は絶句した。馬だ。馬がいるんだ。しかも3匹。 騎馬兵の英霊か?と思ったが、違う。騎馬に乗っているべき英霊がいないんだ! 呆然とした次の瞬間、俺の目の前に立っていたのは3匹の馬じゃなかった。1人の女だった。 「初めまして!私はライダー!真名は……っと、名乗るとまずいかな?じゃあ、とりあえず三音さられって呼んで! 貴方が私の騎手(ジョッキー)?あ、間違えた。マスター? もしそうなら、よろしくね!」 どういう……ことだ……。戸惑う俺は目の前の自称ライダーに尋ねる。お前は何ができる?と 「お前がどんな英霊か知らないが、何か出来る事の1つ2つ、あるだろう?」 「? あ、歌を歌えます!新曲もあります!」 俺は胃が痛くなった。
「まず、君は何で女性の姿で現界したんだ?」 俺は精一杯平静を保ちながら、俺が召喚したライダーに対して質問する。 するとライダーは、俺の聖杯戦争の目的も知らず、気楽に答えた。 「うーん、ごめんなさい。ちょっと分からないんです」 「でも、こうなったからには、この状況を楽しみたいです!なるようになれ、ですね!」 「ふざけているのか…!」 俺はつい、隠さない本音を口にしてしまった。いつもの"完璧"ではない、本当の俺を 流石に気の抜けたライダーも、俺が豹変したかのように見えたのか、恐怖の表情を見せていた。 「ご、ごめんなさい……。で、でも私、精一杯に頑張りますから……」 「ああ……いや、すまない。こっちも、怖がらせるつもりはなかったんだ、俺は……」 と、謝りそうになって俺は正気に返る。何で俺は使い魔相手に、人間を相手取るように取り繕っているんだ? 相手は亡霊だ。もう死んでいる存在を再現した戦いの道具だろう。そんな奴相手に……と考えたその時、ライダーが呟いた。 「こんな事を言うのもなんですけど…少し、嬉しいです。マスターが、そう言ってくれて」
「……何だと?」 何を言っているんだこいつは。状況を分かっているのか?俺はお前を脅迫するように問い詰めたんだぞ? 普通は信頼関係が揺らぐはずだ。所詮は聖杯を求めるという薄っぺらい利害関係しかない俺たちでしかない その上下関係で上に立つ俺が、完璧じゃない部分を見せたんだ。それを"嬉しい"だと?どういう腹づもりだ? 「だってマスター…いっつもどこか本音を隠しているようで、なんか寂しかったんです。 でも、今やっと初めて、何も隠さず喋ってくれた気がして、嬉しかったんです」 「………」 動物の勘、という奴か。誰かに喋られでもしたら厄介だ……。自害でもさせれば新しい英霊を呼び出せるか? …いや、再召喚できる保証はないか。それに、こいつは底抜けの馬鹿だ。誰かに算段で喋るような事はしないだろう。 「なるようになれ、か……。ウマが合わんな、君とは」 「あ、今の馬とかけたんですか!?かけたんですね!?」 「五月蠅い黙って寝ろ。明日も早いんだから」 ────そう言って、七砂和也は眠りにつく。"なるようになれ"。その言葉こそが自らを救う鍵になる事に、気付かないまま
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「フハハハハハ!!そんなものかね、スコルツェニー!ヨーロッパで最も危険な男と言うには名前負けしているぞ!」
スピーカーを通したハウスホーファーの勝利を確信した笑いが周囲に響く。
確かに勝利をハウスホーファーに確信させるほど未完成ながらも投入されたハウニヴの戦力は圧倒的だった。
飛行不可能であるが故にLandkreuzer P1000(陸上巡洋艦 P1000)陸上戦艦ラーテの試作車両に乗せられたハウニヴはスコルツェニーやユスポフの手持ち火器ではびくともしない。
「あんなのがあるだなんて聞いていないのだけど」
「俺もだよ、ユスポフ」
工事の廃墟に身を隠した二人は声を潜め、無限軌道の金属音を立てる移動要塞の様子を見た。
「手持ちのバズーカは勿論パンツァーシュレックもファウストも尽きた」
残ったStG44の残弾を数えながら思考する。
アレ相手には正面からでは88(88ミリ高射砲)のゼロ距離射撃でさえ厳しいだろう、砲であれば巡洋艦級の威力が必要だ。
だが、上方や下方からなら……
「良しスコルツェニー。僕は逃げるから囮になりなさい」
「ふざけんな、爺さん。ここまで来たんだ最後まで付き合えよ」
ハァー、とユスポフが溜め息をつく。
「デリカシーがない上に気が利かない。 モテないよ、君」
「うるせぇ、そりゃアンタはどっちにもモテるだろうけどな」
「分かるかい?」
満更でもねぇ顔してるんじゃねぇよ、と言う言葉を飲み込むと時計を見た。既に“予定”の時間はかなり過ぎている。
「……こりゃ冗談抜きで逃げるのも考えないとマズいか」
スコルツェニーは犬歯を舐め、喉を潤す。
「年長者として言わせて貰えば犬死に、無駄死には敵を喜ばせるだけだからね。 生きてさえいればどうとでもなるものよ」
何処か達観した様子でユスポフは言った。
「あんたが言うと説得力がすげぇな」
煙幕はある。煙幕で撒いて夜の闇に紛れればどうにか逃げられるだろう。
と、そこでスコルツェニーの耳に聞き覚えのある音が聞こえた。
「……いや、大丈夫だ。漸く来やがった」
「良いタイミングだなぁ、援護するから注意を反らしてきなさい」
ユスポフはデグチャレフPTRD1941対戦車ライフルを構え、左手で前へ出るよう指し示す。
何度か深呼吸をしたスコルツェニーは意を決したようにStG44を腰だめに飛び出した。
「ハウスホーファー!」「自棄になったか!」
対戦車ライフルの援護を受けてStG44を乱射するがハウニヴには通じない。
ハウニヴから発射された光線がスコルツェニーの真横を通り、着弾すると同時に爆発。
爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされるスコルツェニー。
「ここまでだ、オットー・スコルツェニー」
光線の銃口が倒れ伏したスコルツェニーに向けられる。
ハウスホーファーの言葉に横向きから仰向けになったスコルツェニーはゆっくりと右腕を空に向け指を指した。
「…………サイレンが鳴るぞ、連合軍が尽く恐れた死を告げる悪魔のサイレンが」
「サイレン…? まさか、上空だ!」
スコルツェニーの口元が歪む。
それを見たハウスホーファーは上空を見た。確かにサイレンは鳴り始めていた。
ドイツ空軍の爆撃機Ju87 シュトゥーカが急降下時に聞こえる風切音を連合軍はこう呼んだ悪魔のサイレン、と。
そこにいたのはJu87G、旧式化したJu 87を30mm機関砲を2門搭載した対戦車仕様。
Ju87Gはハウニヴへ30mm機関砲を連射すると搭載した1000㎏爆弾を解き放った。
「止めろォ!」
『待たせたね!フェリ君、中佐さん!』
「……遅ぇよ」
スコルツェニーにはコックピットで笑みを浮かべるフルスタの顔が見えたような気がした。
『中佐さんは目覚めないね』
『脳震盪で大分頭が揺れたようだからね、暫くは動けないさ』
『そうだね』
『行くのかい?』
『うん、それが僕の仕事だからね』
『クリスタ、一緒にパリに来ない?』
『え……?』
『貴女も分かっているでしょう? このままソ連へ帰っても決して功績が認められる訳じゃない、消されるよ』
『…………僕は。いや、君こそ来てくれない?君は優秀だ、きっと中将も気に入ってくれる』
『悪いね、僕はもう騒動に疲れた。 年寄には流石に堪える、少し休ませて貰うよ』
『─────────────』
『─────────────』
『─────────────』
『─────────────』
二人の会話はどれ程続いただろう、それは本人たちにしかわからない。
「……っ! クソ、気を失ってたか」
仰向けに寝かされていたスコルツェニーは意識を取り戻し、身を起こすと周囲を見渡した。周囲には誰もいない、場所はどうやらヴリル兵器の工場跡のようだが。
頭に残った最後の記憶は1000トン爆弾の直撃を受けて吹き飛ぶハウニヴと物陰に隠れようとした自分。
「漸くお目覚めかい」
いつの間に戻ってきたのか麗人、ユスポフは水筒を手に傍らに立っていた。
「飲みなよ」「すまん……ふぅ、ハウスホーファーは?」
差し出された水筒に口を付けると、ユスポフに問い掛ける。
「逃がした、まぁこれ以上なにも出来ないさ」
「フリスタは?」「行ったよ、自分の任務を果たすってさ」
ユスポフの言葉に無言で頷くスコルツェニー。もう一度水筒に口を付けると中身を一気に煽った。
「あんたはどうするつもりだ?フリスタを追うのか?」
スコルツェニーは中身のなくなった水筒を手渡すと立ち上がり鋭い目付きでフリスタを見る。
「……いや、パリに帰るよ。 流石にこれ以上は老体には辛い」
スコルツェニーの鋭い視線を往なすように肩を竦めると水筒を受け取った。
確かに最初に出会ったときに比べれば疲れが隠しきれていない。
「さて、どうやってベルリンを抜け出すかな……」
ユスポフはこれ以上話はない。とでも言いたげにスコルツェニーに背を向け、何処かへと歩き出した。
「おい、ユスポフ!」
その様子を見たスコルツェニーは何かを決心したように声を上げる
「……と、なにこれ?」
ユスポフが振り向いたのを確認すると小さな何かをスコルツェニーは投げた。
ユスポフが受け取ったそれは小さな何かと何本かの鍵だった。
「使えよ、ベルリンからの地下脱出ルートが書かれたマイクロフィルムとその先の車両の鍵だ、逃走資金も置いてある」
「いいの?」
にっと口元を歪めたスコルツェニーにユスポフは首を傾げた。
「本当は別の奴用に用意してたんだがな。虚栄心とプライドばかり肥大した野郎だったが、憎む程悪い奴じゃなかった。……殺されちまったけどな」
スコルツェニーの頭に思い浮かぶ一人の男の姿。
「あんたなら上手く使ってパリまで帰れるだろう、好きに使ってくれ」
「なんの気紛れ?」
ほんの少しの猜疑心と多数の興味でユスポフは問い掛ける。
「どうせ使わずに赤軍に見つかって接収される位ならあんたが有効活用してくれた方が良い」
今度は皮肉げに笑みを見せると、ユスポフに背を見せる。
「行くの?」
「ああ、俺は聖杯戦争の見届け役だ、何しろ監督役がクソの役にも立たねぇからな。最後まで見届ける義務と権利がある」
その背と夜の闇に隠れ、スコルツェニーの表情は伺い知れなかった。
「……あの子の事よろしくね」
まるで妹の事を頼むように、子を託すような優しい口調でユスポフは言った。
「約束は出来ねぇな」
「……そう」
「ああ……」
静寂が辺りを支配する。
「じゃあな、ラスプーチンを殺した男、噂に違わぬ大した奴だったぜ」
頭だけを向けたスコルツェニーは言った。
「さようなら、ヨーロッパで最も危険な男、貴方も中々だったわ」
口元に笑みを浮かべユスポフは答えた。
ユスポフとスコルツェニー、二人は夜のベルリンで背を向け進んでいく。
二度と交わらないそれぞれの道を。
ゼノン・ヴェーレンハイトはある意味愛を手に入れながらも己の中の神を選び悪竜へと変じた。
カノン・フォルケンマイヤーやヴィルマ・フォン・シュターネンスタウヴは神に見捨てられながらも愛を手に入れた
理想と夢に踊らされ現実にがんじがらめにされた二組は片方は救済を選び片方は忍耐を選んだ。
ラインの黄金で鋳造された願望器たる聖杯は救いをもたらしただろう。
だが、それは正しい救いか?主はそれをお許しになられるのか?……結局、その答えは出なかった。
三組の生き残り、勝者達は聖杯を破壊することで安易な救いを否定し、己の足で立ち前に進む事を選んだ。
かくして歴史の狭間に存在した願望器はその存在を抹消された……それが、正しかったのか誤りだったのか未だに私は答えを得てはいない
嗚呼、だが、我らが天におられます主はきっとこう言われるだろう。汝らに祝福あれ、と。
弧を描いて飛翔する刃が、赤金の衣装を裂いて、その内より血を溢れさせた。
囮として飛び出して転がった視界の端に、自分の影から迎撃の一閃を放ったセイバーの姿が映る。
「……!動けぬならば主を盾に、か!なかなかやるな、気に入ったぞ!」
「戯言を……!!」
バーサーカーとかいう男の武器は恐らく新型の火器。一方でセイバーは何故か走って距離を詰めることができない。
彼我の間合いの差は明らかであり……きっと前に飛び出した僕を面白がったのだろう。次はあいつは近づいてこないはずだ。
この距離、セイバーの剣が届く距離で仕留め切らなければ負ける。僕にできることは、とにかくこれ以上逃がしては———
「バーサーカー。撤退の指示です、戻りなさい」
女の声が、唐突に戦端を遮った。向こう側にいるポンチョを被った人影、バーサーカーのマスターが引き上げる。
「なんだ、もう少し余は楽しんでも……いや、構わんか。———また会おう!最後のサーヴァント!」
「待て!!決着は———っく!!」
傷を負ったバーサーカーは、それを意にも介さずに新しい銃器を取り出してこちらに発砲した。
今度はカンプピストルを束ねたような投擲銃。発射された弾は榴弾ではなく、煙幕のようなものを放出している。
このまま逃げる気か。セイバーの脚じゃ追いつけない———転がって跳ねた身体を漸く起こし、親衛隊の死体から剥いでいたP38を構えた。
それに呼応するようにセイバーが刀を振り、切り裂かれた空気に沿って僅かに煙幕が晴れ、その向こうに彼女らを視認した。
まだ狭い駅の構内にいる、この距離なら防護に入る前に当てる。確信を以て引き金に指を———
風が吹いた。壁に反射した空気が敵のマスターの体勢を崩させ、被っていたポンチョのフードを剥がす。
その奥で、彼女の顔を見た。
ダークブロンドの髪が揺れて、こちらに向けて眼を見開いている。青と青が交わって、一瞬時間が静止したように感じた。
撃て。
あれは敵だ。
今なら殺せる。
次の好機は無い。
殺せ。
———硬直した指は、そのまま動かなかった。
再び煙が閉じて、再び晴れた頃、彼女もバーサーカーも完全に姿を消していた。
P38の安全装置をかけなおして、その場に座り込む。静止していた肺が動き出し、大きく息を吸って少し咳き込んだ。
どうして、撃たなかったんだ。
撃つはずだった、何事もなければ。相手が女だったから?そんなはずが無い。最初の会話でそれは分かっていた。
なのに、彼女の顔を見た時、瞳を見た時、どうして。
思考を追いかけていくうちに、その速度が遅くなっていく事に気づいた。いや、思考だけじゃない。目の前の景色が暗くなり、雨の音が遠のいていく。
自分の中の熱が引き抜かれていくような感覚と共に、平衡を失った体が倒れ込んだ。おかしい。それほど血を流しているはずが、なのに。
熱は体を流れて右手へ、手の甲にできた三本剣の文様へと集中して、そこで拡散する。その度に僕の身体が冷えていく。
こちらに手を伸ばすセイバーの感触が薄れていく。そのまま、最後に見た青い眼の記憶と共に、僕の意識は深く閉じていった。
シャドウチェイサーのサーヴァント、カゲミヤ。
彼はとある正義の味方を追いかけるためにサーヴァントになった。はずだった。
今、カゲミヤは、懐かしき町に召喚されていた。
「ここは、冬木…。」
間違いなく彼の記憶通りの場所。しかし、人影は全くなく、空は不気味なほど暗かった。
「こんばんわぁ、あなたも呼ばれたの?私もいつもどおり誰に呼ばれたか忘れてしまったのかと思ったけど。どうも違うみたいなんだ。全く、ほんとに誰のマスターもいないんじゃ私には何もできないよ。」
どこからともかく現れた女。要領の得ないことを話しかけてくる。
「冗談じゃない。僕は、彼のためにしか呼ばれることはないはずだ。」
「本当?なら、その『彼』に何かあったんじゃないの?」
その可能性はあった。だってここは彼と自分がかつて学んだーーーー
「そこのお二人。あなた方が私と対するサーヴァントね。
アンフェアな闘いは好まない。ルールを説明するわ。」
そこに突如現れたのは、軍服を着た女性。
彼女は前置きもなく説明を始める。
「ここにいるのは私たち三騎。それぞれの"大事な人"を象った藁人形が人質に…十字架にかけられている。この町の何処かにね。
最後に大事なお人形が残った人が勝ち。そこでこの空間は終わる。」
「負けると、人形が壊されると、どうなる。」
何故彼女はそんなことを知っているのか、そんなことより、シャドウチェイサーにとっては大事なことがあった。
「"歴史から、存在がなかったことになる。"代わりに生まれるのは別人、違う人。歴史が大きく変わるかもしれない。」
言って、彼女は自分の身体を見つめる、戦艦ワシントン。彼女にとって最も大切な人とは、当然ワシントン大統領その人。
「私は、国のために、世界のために、負けられない。それほどの覚悟がないなら、今すぐ降参しなさい。」
「私にとっての大事な人…ああ。もとから居なくなった方が面白いかも。乗った。乗ったよ。」
ダブルクロスのサーヴァント、ユダ。彼女にとって大事な、殺したいほどの人とは、当然。
彼女は破綻していたから、その人質に対する扱いも破綻していた。
しかしカゲミヤは違った。
「…僕がこの身を以て追いかけた人物は、君らの大事な人より歴史には影響ないかもしれない。
…だけど、僕は。
彼の為に、サーヴァントとなった。なら。
僕には、引く選択肢などない。
単なる戦闘じゃないんだろ!人形探しなら。それなら。ここなら。僕に地の利があるーーーー」
言って、戦闘から逃げ出す。否、駆け出す。
彼の存在を守る為に。それが、人理に仇なす行為だとしても。
「はあ…!はあ…!あった!」シャドウチェイサー、カゲミヤは探していた人形を見つけた。ユニクロのような服を着ていたそれは、間違いなく自分の存在意義を象ったものだった。
「…見つけられたようね。あなたの大事な人。」後ろから声がした。あの軍服女だ。心なしか悲痛な表情を浮かべている。
「あの女が自殺した。そして正体がわかった。持っていた銀貨30枚で。あいつは間違いなく、『イスカリオテのユダ』。世界を変えた裏切り者、ダブルクロス。」
マスターのいないダブルクロスは、存在意義を失い、あるいはその先の破滅を求めて自害したらしい。
彼女は明らかに泣きそうになっていた。
「そう!あいつにとっての大事な人は、間違いなくあの救世主!」
「どうすればいいの!偉大なワシントン大統領より、この歴史になくてはならない存在なのはわかってる。でも、どちらにせよ!」
「僕も詳しいわけではないけど、このままでは人類の歴史は崩壊すると言ってもいい、わけか…。」
「そう!あなたの大事な人が、どれほど大事なのかは知らない。きっと私にとっての大統領と同じぐらい、いやそれを敵に回せるくらい大事なのはわかる。でも、でも。」
このルールの致命的欠陥。必ず2人は、消滅する。「せめて歴史の崩壊を、最小限に食い止めなければならない。救世主が生まれなければ、この世界は基盤すら、聖杯戦争というシステムさえきっとなくなる。
…私は覚悟を決めた。あのユダの人形を生かす。それがきっと、世界を終わらせない手段だから。」
…カゲミヤは、別のことに思考を巡らせていた。
「サーヴァントが呼び出されている以上、聖杯が存在する。それを破壊すれば、この特異点とでも呼ぶべき空間は消えるんじゃないか?」
それは、願望。それでも、根拠はあった。
「それは、願ったり叶ったりだけど。そんなものがあるとして、場所がわからないじゃない。」
それには答えを返せた。
「この空間で、一番ありきたりな聖杯の置き場所は、あそこだ。」
冬木教会。
たどり着いたそこには、明らかに異常を見せている聖杯のようななにかと、1人のサーヴァント。
「やあ、よく来たね。あたしはルーラーのサーヴァント、 &ruby(ウンニャオ){熊女}。
こいつを食い止める為、ずっとここにいた。誰かを待ってた。本当に助かった。」
そのサーヴァントは、意外なほど友好的だった。こいつが黒幕だと思っていたのに。
「あたしを倒せば解決。そう思っていたなら残念だね。私はむしろ、この理不尽で救いようなない世界を止めようとしていたんだ。」
それはルーラーというクラスで彼女が召喚されている限り、当然のことだった。おそらく彼女は聖杯の最後の正気によって呼ばれたのだろう。
「で、聖杯戦争の監督役というより、日に日に汚染される聖杯の監督をしていたんだけど。
なにか、直近で変化はあった?」
「もう1人召喚されていたサーヴァントが、自害しました。きっと、自らの人形を壊させるために。」
「そうか。この聖杯は、はっきり言って邪悪だね。でもそれが加速している願望器としては問題ないけど、叶えられる望みがねじ曲がってる。
大切な人の消滅を示唆して、それを理由に争わせる。ここに捧げられた願いは一つ。世界の崩壊。」
あまりに大きなワード。思わずカゲミヤは問う。
「待ってくれ!僕の追いかけていたあの人も、世界を壊すための人質だったのか?」
呼び出されたのはアトランダムだと思っていた。
「あんたの大事な人がどうかは知らないけど、おそらくそこの嬢ちゃんは、何か国を背負っているね。真名看破じゃない。服装の話さ。
この聖杯は目的を持ってこの世界を作ってるよ。あんたの大事な人も、世界にとって大事な人なんじゃないのかい?」
そう、シャドウチェイサーが追い求めた人物は。ある意味呼び出された者の大事な人の中では特異だった。『抑止の守護者』。間違いなく、特異な存在だった。
「そうか…彼は僕が問わなくても、もしかしたら答えを得ているのかもしれないな。」
カゲミヤは呟く。彼には価値があったと、形はどうあれ明かされてしまったから。
それでも。この問題は終わっていない。
「この聖杯を壊せばいいのか?なんだか不気味な化け物としか言いようがないが。」
「ユダが還ったことで、さらにこいつはおかしくなった。元々作為的にサーヴァントを召喚してる聖杯だ。意思を持つ化け物。その通りだ。」
熊女は続ける。「あたしは裁定者として呼ばれ、この聖杯が暴走しようとするたびに宝具で焼いてやった。しかし死なない。
きっと、再生に必要な心臓部のようなものがあるのだが。」
そこでカゲミヤが口を開く。
「生きているのか、こいつは。それなら。生きているものなら。
僕の原初の宝具。それで心臓部を貫く。
たとえ、神様だって。生きているなら、殺してみせるーーーーー」
弓を構える。覚悟を決める。
「詠唱は、要らない。『&ruby(レイズ){致命の一矢}』。」
カゲミヤ本来の宝具。当たれば相手が死に、当たらなければ自分が死ぬ。シンプルにしてリスキー、覚悟を示す宝具。
ただ、動きをルーラーによって止められ、蠢くしかない聖杯の化け物には。効果は絶大だった。
声は上げない、しかし血液のようなものを噴出し、暴れ回る聖杯は。三人のサーヴァントにとっては、全力を振るうに相応しい相手だった。
「さあ!こうなったらあたしたちの本領発揮だね。あたしの旦那は情熱的でね。火傷じゃすまないかもね!『&ruby(シンダンス・ファヌン){神壇樹・桓雄}!』」
熊女の眩い閃光が、聖杯の肉の塊のような防御壁を吹き飛ばす。
その中から、無尽蔵の肉塊の化け物が現れ出でた。
「大群相手ときましたか。いいでしょう。『&ruby(サウンド・クォーターズ・コンバット){S.Q.C}』。全て、私が引き受けます。」
ワシントンの大群宝具が続けて展開される。
大量にいた肉塊の化け物は、次々とワシントンに倒されていく。
「残るは、僕の仕事か。」
カゲミヤの前に立ち塞がるのは、無防備ながら、あまりに巨大な肉塊。聖杯の本体。
だが彼は落ち着いていた。彼が形はどうあれ、世界にとって重要なものとして認識されていたからこそ、この戦いに彼は呼ばれたのだと。それは、きっと。彼の人生は幸福だったかもしれないと、一抹でも思えたから。
何かが閃いた。そしてその絶大な威力と、使えば自身が消滅することも知った。それでも迷わず、新しき宝具を切る。正義の味方を追いかけた彼は、もしかすると、それもひとつの正義の味方だったかもしれない。
「ーーーーーこれは、何かを垣間見た先。
''&ruby(エクスカリバー・イマージュ×チェイス・メモリア){『永久に忘れること勿れ、追憶に輝く運命の剣』}''。」
輝ける聖剣の一撃。僕の見たそれは確かに現実のものとなっていて。
聖杯は破壊され、間も無く世界は消滅した。
混沌たる世界。イレギュラーでアンフェアな案件は増える一方で。彼らは自らを呼び出した聖杯を自ら破壊するしかない。理不尽な争い。
それでも、そこに一つ。「彼の人生は、少なくとも偉業と認められていた」答えの断片を、見つけられるものもいる。
「…さっきで何回目だったかしら」
「えーと…ゲシュタポに十六回、НКВДに五回。OSSに三回、MI6に五回……」
「それで今回SDECEが出て来たのを合わせると……お、記念すべき三十回目じゃん。おめでとー!」
原野に放置された崩落寸前の倉庫の中に、一切心の篭っていない、乾いた拍手が響いた。
「…おめでたくは無いと思うのだけど」
「いやー、めでたいよ?少なくとも君はそー思っといた方がいいよ。今にやってらんなくなるからねー。まだまだ来るだろうし?」
拍手と同様に乾いた嘆息を漏らす女と、事の重大さに反してからからと笑う女。
二人は亡命者であった。ナチス第三帝国の執り行った大規模な魔術儀式、聖杯戦争の参加者──
彼女等は今や、第三帝国が秘匿していた『聖杯』についての情報を得る為、世界各国の情報機関からその身柄、時には命を狙われる立場にあった。
そのうちの一人──小柄な金髪の女、クリスタは、先ほど拾ってきたボロボロのフランス語の新聞を眺めながら、少し離れた位置の、倉庫のかたすみに捨てられたマットレスの上に座って居るダーク・ブロンドの髪もつ女、ヴィルマに話し掛ける。
「さすがにゲルマニヤを出てから頻度は減ったけど、まー情報網は撒け切れてないよね。めんどくさいなー。」
「そう。…フランクライヒも戦禍が落ち着いて来たみたいね…ここも長くないかしら」
「イポーニャも降伏したっぽいしねー。ド・ゴールもけっこう動いてる……どさくさに紛れてべルギヤ辺りに高飛びしたいとこだね。」
ドイツ、スイス、フランスと長距離を身元を詐称しつつ、盗品の車で続けざまに移動してきた彼女らは、互いの強がりで以て隠していた物の、いよいよ疲労が隠せぬ様子となっていた。
緊迫した状況下にあって、このような廃屋の中に一時の休息を摂っているのは、何の計画があった訳でもない。
長い車旅の中でぽつねんと建っていたこの建物を示し、片方が遠回しに休息を促し、片方が遠回しに了承したというだけのこと。
かくして二人は、錆び付いたトタンで組まれたこの古倉庫の中で、僅かに許された休息に甘んじているのであった。
「国際警察 にまで目付けられると厄介だし、始末まではできないよなぁ……殺さない程度って難しいよね。国がバックについてないのは辛いよ。」
「ね、何て言われても。」
「君も素手で戦えるぐらいにはなっといた方がいいと思うよー?」
なおも状況と乖離したような気楽な調子であっけらかんと喋るクリスタは、会話の途切れ目にやおら新聞をかたわらに置いて言った。
「そっち行くよ」
「ええ」
新聞をその辺りに捨てて立ち上がり、放置されているマットレスの上、ヴィルマの隣に座る。
傷んだ短髪をかき上げると、懐からぐしゃぐしゃの紙箱を取り出した。
一本の乾燥した煙草を取り上げて火を点ける。煙を肺に入れ、ゆっくりと吐き出す、その繰り返し……
虚空を望むその紅色の瞳の奥は、宙と同様かそれ以上にうつろな様子で、あたかも現世を正しく認識していないかのようないびつさを孕んでいた。
そうした一連の所作を感情の灯っていない瞳で眺めていたヴィルマは、しばしの静寂を破るがごとく、ふと独り言のように呟いた。
「……私が」
「ん?」
わずかな逡巡ののち、女は言葉を続ける。
「私があなたを雇ったとき……死のうとしていたでしょう」
「……あ、バレてた?あれは…」
「……何故?」
問いかけが間髪入れず投げ入れられる。その瞬間、二人の間には、一転してすべてが凍り付いてしまったかのような静寂が訪れた。
クリスタはなおも空虚な笑顔を崩さないが、一瞬ヴィルマに向けていた視線をふたたび虚空の中に戻し、しばしの沈黙に暮れはじめる。
ヴィルマは問いを投げても隣の女の方を見ようともせず、草臥れたような淀んだまなざしを、古びたマットレスの糜爛した繊維に向けているだけだった。
時が停まっている。クリスタが指に挟んでいる煙草の煙ばかりが揺らめき、その場で唯一動いているものだった。
どれだけ間が空いても、両者とも互いの顔をちらりとも見ることは無かった。問うた女は何もない床を。問われた女は何もない空を見つめるばかり。
悠久とも思える時。感覚すら忘れる頃になって漸く、クリスタは細く長い息を吹いて、ポケットに手を突っ込む。未だ変わらず其処にある、ナガンM1895拳銃の冷たい鉄の硬さを感じながら、洩らすように、一言だけ呟いた。
「……なんでだろ。わかんない。」
珍しく歯切れの悪い言葉で、答えを濁す。
こうした状況なら、いつもの底知れぬ無感情な笑顔を向けて、すぐさまもっともらしい理屈を並べるのがクリスタという人間だった。
彼女がこのように明確に言葉に詰まったのを見るのは、ヴィルマにとっておよそ初めてのことで───
───否。ヴィルマは知っていた。
初めてではない。このような様子の彼女は、確かにかつて見た事が有る。
それはあの日、あの時。倦んだ瞳を覗き込んだ、仄暗いあの通路。
女が自ら命を絶とうとしていた、他ならぬあの場所で───
ヴィルマは、隣に座っている女の、自分よりも低い位置にある横顔を一瞥した。
女は間近で見ると、思っていたよりも小さかった。肌は透けているかの如くに殊更に白く、陶磁の人形を思わせるよう。
燻みがかった黄金色の髪、変わらず濁った光なく大きな紅の瞳、細く小さな息遣いの聴こえる、色の薄い唇。
自分の全てを預けていると言ってよいこの女はその瞬間、何ゆえか、硝子の様に脆いものに思えた。
無色透明───その女に対する印象は、なおも変わりはしなかった。たかが一月程度の付き合いだが、人格もその通りであることは既に感じていた。
ソヴィエト連邦のスパイであること。ほんの少し前まで彼女について知っていたのは、それぐらいのものにすぎなかった。
しかしある局面で自ら命を絶とうとしていた彼女を拾い上げ、ボディーガードとして行動を共にするうちに、多くのことを知った。
それは文字通り常軌を逸した戦闘能力であったり、自分も騙され掛けた演技力であったり、世間知らずの自分に多くを教えられる知識であったり。
だがその根本的な無色透明さは、当初から感じていた通りであり、同時に想像を超えたものであった。
凡ゆるものに価値を置かず、物欲・食欲を初めとした根本の人間的欲求のみならず、生命の維持に対してすらも頓着していない。
不味い戦闘糧食も、偶然手に入った甘い菓子類も、その辺りを這っている虫も、全く同じ表情で食べるのだ。そのくせ『逃亡』という第一目標に対しては機械的なまでに適切に実行する。あたかもそれ以外のことなどこの世には無いかのように。
全てがどうでもいいから、いつでも楽観的な態度なのだろう、という事は容易に理解できた。そこには善も悪もなく、ただ『自分が此処に連れてきているから』『彼女は此処に居る』のだ。
それが何故なのかまではどうでもいい。しかしヴィルマは、そこに生じている綻びを見逃してもいなかった。
今まさに、言葉に詰まっていることもそうだ。それより何より、彼女は確かに覚えていたのだ。
あの日、あの時、確かにその透き通る瞳の奥に見た、人間性と云う不純物。水晶に生じた罅を……。
「あなたは……」
さらに口を開き掛けた矢先、ヴィルマの内に疑問が過り、言葉が止まった。
────私は何故、こんな事まで聞こうとしているんだろう。
「……別に。死ぬのは怖くないよ。」
ふとした雑念に発話が途切れた瞬間、あたかも彼女が言わんとしていたことを見透かしていたかの様に、クリスタは答えた。
ヴィルマは黙り込み、ふたたび床を見る。クリスタもまた、変わらず虚空を見ていた。
すっかり短くなった煙草を口に咥え、深く吸い込む。濁り切った瞳を今にも落ちてきそうな天井に向けたまま、薄色の唇の僅かな隙間から、瞳と同様に濁った白煙を吹き出して、火種を消す。
宙に消えていく白煙と共に溶けてしまう様な感覚の中に揺蕩いながら、彼女は言葉を続けた。
「……僕らはいつ死んだっていい。そう教えられてるし、実際にそうだし。死んで失くすものなんかないよ。」
淡々とそう言ったクリスタはしかし、夢の様にぼやける視界の中に、虚空では無いものを見ていた。従者 の、あの瞳だと……。
ぼんやりとした輪郭が、徐々に形を帯びてくる。残留する煙の中に映るのは、蒼色に輝くふたつの光。
クリスタは理解していた。それは消える間際に向けられた、あの瞳だと。あの生意気で、口答えしてきて、自分などを庇う馬鹿な
その双眸と共に鮮烈に思い出される言葉が、朦朧としたクリスタの意識を循環する。それとともに、彼女はちらりと、隣の女を見た。
瞬間、ふたつの視線が合わさっていた。
どちらも、特に驚きはしなかった。互いに澱み切った瞳。片や明るい蒼色ながら、力ない暗さをしている。片や鮮やかな紅色ながら、光ない暗さをしている。
相も変わらず、同じ暗(あかる)さの眼差し。
互いの奥に潜む深い深い闇を覗き込む様に、引き摺り込まれる様に見詰めている。
それは好奇か、あるいは憐憫か、あるいは……。
クリスタは自らと同じ深淵を宿した蒼色の瞳を、霞んだ視界のうちに望みながら。
きわめて小さく細く、短く呟いた。
「ああ、でも────」
「───今はちょっと、死にたくないかな」
動いたのは何方だったのだろうか。
何ゆえそのようになったのだろうか───
壊れたスプリングの軋んだ音が響き渡る。次いで女のわずかにうめく声が漏れる。
互いが気付いた時には、金髪の女は、マットレスに仰向けに倒れた暗い髪の女の上に伸し掛かっていた。
「……何の積りなのかしら」
暗い髪の女が発したか細い声は、そのまま静寂に溶ける様に立ち消えた。
先程まで少しも合わせることのなかった顔が、今では触れんばかりの距離にある。
四つの草臥れた瞳の放つ鈍い視線がきわめて近距離で交差し、互いの内に潜む深淵を暴く様に見据えている。
赤黒い瞳が青白い瞳に近付く。互いに吐息がぶつかる程の距離。女の吸ったばかりの煙草の脂の匂いは直ぐに、二つの肉体の間に満ちた。
上に在る女の呼気の香りは、そのまま下に在る女の鼻腔を支配しに掛かる。それは恰も、直接的な両者の支配関係の様に印象付けられた。
静寂の中にあって、呼吸、鼓動、体温、芳香、互いの生命活動を証明するすべてが直に伝わって来る。一刻一秒毎に、眼前の存在が生きて居ると云う事を肌で感じ取っている。
感情が灯らぬ双眸を覗き込む事はやめない。それは良く出来た曇硝子の様に繊細で、脆弱で、無機質で……。
互いの瞳に吸い込まれる様に、何方とも無く顔が近付いて行く。息遣いが迫る。打ち捨てられたクッションに互いの髪が散り落ち、何方とも無く混ざり合った。
暗い髪の女の華奢な腕から、徐々に力が抜ける。肉の強張りが時と共に解けて、抵抗が消えて行く。力を掛けられる事を受容して行く。
金の髪の女の腕が、横たわる女の腕を明からさまに押さえ付ける。細く力のない腕からさらに力が失われていくと共に、より一層マットレスに女を沈めて行った……。
その瞬間であった。
「───伏せて」
凄絶なまでの金属音が、倉庫に満ちた静寂を完膚なきまでに破り棄てた。
それは鉛が倉庫に穴を開け、鋼が鉄を切り裂き、銃弾が脆弱な鉄柱に跳ねては、火花を散らして乱反射する轟音……。
四方八方から、地獄の光景を想起させるがごとき、怨嗟のこもった悲鳴のような金切声が響き渡る。金髪の女は暗い髪の女を抱き締めて、きわめて低く姿勢を保ち続けた。
二、三発の跳弾が彼女の服と髪とを掠め、辺りに僅かな布の繊維、細やかな金色の髪が飛び散る頃合いになり…
ようやく、その音は止まった。
≪Оно умерло? ≫Оно монстр в ≪синий закат≫. Осторожно. ≫Да. ≫
≪
≪
「……」
「……あいつらかぁ……」
倉庫は今や劣化した四方の薄い金属壁のすべてに、蜂の巣のごとくに風穴が空けられているありさまへと変わっていた。
その奥から聞こえてくる複数人の見知らぬ声、しかしてよく知る言葉を聞きわけたのち、彼女は急ぎ腕の中の女を見る。
状況が呑み込み切れていない様な、然し変わらず不運に満ちた表情。だが、その肢体には傷一つ付いてはいない。それを確認し、金髪の女は安堵とも脱力とも知れぬ吐息をひとつ漏らした。
そしてすぐに、先ほど談笑していた時までとなんら変わりのない笑顔を浮かべ、いつもの様に状況とはまったく乖離した、気散じな調子で声をあげた。
「……もうなりふり構わないって感じだね。しつこい奴ら。」кошечка .」
「でも、此処はもうフランツィヤ。情報網はマジノ線で一旦切れてるから……これが最後のはずだよ。」
「あいつらならやっちゃっても問題ないし、本気でやるから───」
「良い子にしててね。
悪戯っぽく唇の前に指を立ててみせたあと、ヴィルマから視線を離した瞬間、表情が消えた。
機械の様な動作で穴の空いていない部分の壁に耳を付け、周囲の音を聴き始める。風、流水、足音、砂埃、金属音。敵は比較的重装備だったのか、クリスタには容易に人間の音を聴き分ける事ができた。
「(北3 東3 南4 西4 二分隊規模)」
「(北西から西南西に山岳 南東から北北東に河川 車は北……)」
「(現在地 東壁側)」
「…位置はよし」
倉庫が取り囲まれ、四方から銃を装備した精鋭部隊が徐々に迫って来ている状況を瞬時に理解したクリスタは、自分が耳を当てて居る側の戦力が比較的薄い事を確認して、その辺りの石ころを拾う。
肩を大きく振り被る。自分より離れた場所の、劣化したトタンの板壁に向けて投擲する。
瞬間、鋼が毀れる様な凄まじい反響音が響き渡るとともに、壁にもう一つの風穴が開いた。
≪Что ───!≫
壁外のすぐそこに迫り来て、劣化した板材を蹴破ろうと試みていた三人は、気を張っていたのも有ったのだろう。
皆が一様に音のした方を向き、皆が一様に音のした方へ銃口を向ける。
その瞬間を、クリスタは逃さなかった。
錆び果てた鋼板を肉体で以て焼き菓子の様に砕き、獣のごとく姿勢を低くして、倉庫外の荒野へと踊り出す。片手には既に安全装置を外したナガン拳銃を持ち、飛び込みざまに銃口を向けた。
変わらず光の消えた瞳で、眼前に出現した三ツの人体を確認する。そのうち最も離れた一ツの頭部を無感動に眺めながら、肉体に染み付いた最小限の動作で銃を構え、照準を定める。
ただの一発。クリスタが迷わず引いた引き金の、僅かな金属の軋む音。弾倉が周り、撃針が走り、薬莢を叩く。消音器を通して、乾いた音が聞こえた。
同時にその人体は、力なく崩れ落ち始めた。其処に有った生命は、じきに消え失せるだろう。クリスタがそれを確信する頃には、既に余った左手にナイフを握っていた。
残った二人が異変に気付いたのとほぼ同時に、次にクリスタはもっとも近い位置の、大柄な人体を見る。
小柄な身を縮め、全身の筋肉を収縮させ、乾いた地面を蹴る。須臾の間に二つの僅かな砂埃が立つと、その身体は既に、人体の背後に存在していた。
勢い付いた肉体とは裏腹に、恐ろしいまでに優しく、軽く、音もなく、彼女は人体に後ろから抱きついた。一動作で終わった。彼女が左肩を僅かに動かし、腕を横に引く。それととともに、人体の首に深く押し当てられた刃が、肉を素早く、柔らかく引き裂いていた。
≪МОНСТР ……!!≫
状況をようやく理解した最後の一人が、同胞に組みかかっている女に自動小銃の銃口を向けた。
クリスタは瞬時にナイフを離して、先ほど切り裂いたばかりの、大柄な人体の背後に隠れる。続いて恐慌状態で発砲された銃弾は可哀にも同胞の肉体を貫き、その命脈が事切れるのを早めた。
それに気付いて引き金が止まった隙を許さず、クリスタは既に生命活動の停止した人体を、前方へと勢いよく突き飛ばした。
男は突如として自分の方に飛んできた肉塊の衝撃をもろに受け、体勢を崩す。そのまま息せぬ重い人体と共に、地面に倒れ込んだ。
男が見上げる瞳に映ったのは、自身に向けられた銃口と、それを構える女の、燻んだ金の髪、小さく端正な顔、草臥れた様な無表情。そしてその内に無機質に嵌められた、何一つとして光を映し出さない、紅の虚無の瞳だった。
深淵の様なその瞳を覗き込んだその刹那、彼は理解した。この光景は、自身が最期に見るものなのだと───
≪СУКА ───≫
≪Простите. ≫
乾いた銃声。生命が消える音を感じながら、クリスタは息を吹く。
それ迄何とも思わなかった筈の銃声は、その時、何故か───酷く悲痛なものに感じた。
「───衰えたかなぁ。」
銃が重い……。手の内に握った鋼鉄をちらりと見遣る。
それが僅かな間隙となっていたことに、クリスタは気付かなかった。背後に駆け寄って来ていた足音が聞こえ、振り向いた時には、既に四ツもの自動小銃の銃口が此方に向いていて───
「(やば────)」
普段なら、こんな事無いのに。どうして?
長く人を殺してきた経験からクリスタは、気付けば自身が絶命の危機に晒されている状況そのものに驚愕した。
眼前の男たちが、引き金に指を掛けている。当らない事を祈らねば、先ず当る。この場の誰よりも彼女が理解していたからこそ、彼女は────僅かに身動いだ。
同時に、彼女の脳内に、雷の様な思考が飛び去っていった。
─────何で。
─────死ぬのが、怖いのか?
自身に向けられた銃口からマズル・フラッシュが焚かれる迄の刹那。クリスタが虚無に満ちた瞳を見開いた、その時───
すべての銃口の位置が、不意に下がっていった。
「……?」
否。目の前の男たちが銃を「取り落としたのだ」と、クリスタは瞬時に気が付いた。対外特殊部隊 など到底つとまりはしない。
有り得ない。『青の夜更』ほどでは無いにせよ、彼等も相当の手練れのはずだ。
死体が瞬時に三ツ生産されている場面を目の当たりにしたところで怯む様な胆力を備えている様では、
何故───疑問への答えを探す内、クリスタは気付いた。見辛かったが───彼女と兵士の間に小さく立ち塞がって、何やら呪文を唱えている、暗く儚げな女の姿に───
女の用いたのは簡略的な魅了 だった。たかが一小節 の魔術。魔術師に使えば即座に掻き消されるだけのもの。
だが眼前の敵は、違う。何も知らぬ兵卒だ。現に少し魔力に充てただけで、放心状態になっているのだから───
クリスタの背後に迫る存在に気付いた瞬間、女の身体は動いていた。……何故かは解らない。
だが、ヴィルマは現に成功していた。クリスタの背中を撃たんと謀ったこの不届き者達を、無力化することに……。
「やるじゃん。いい子にしててって言ったのに。」
クリスタは見開いた眼を、いつもの眠たそうな暗い瞳に戻して、相も変わらぬ暢気な調子でヴィルマに告げる。
「御免なさいね。……生憎、護られるだけの女じゃないの。」
ヴィルマもまた、いつもの不幸に満ちたような暗い瞳で以って、相も変わらぬ不満げな調子でクリスタに返す。
「へー、じゃもう僕いらないね。」
「解雇した覚えは無いのだけど。」
二人が僅かに言葉を交わす間に、残る影から足音が近づいてくるのを察知し、クリスタが身構える。
それに合わせる様に身構えて、ヴィルマは静かに、クリスタの隣に立った。
クリスタは困った様に隣の女を一瞥して、いつもと変わらない、気楽そうな声色で、ヴィルマに言った。
「……じゃ、三十一回目も生き残ろうか。出てきても良いけど、足手まといなら見捨てるよ?」
「あなたこそ。勝手に死ぬのは許さないわ。」
「ひゅー。言うようになったじゃん。」
アルヴィース・デュオ・ホーリーエイド
「はあ。まあ楽ではないのう。」
アルケディア・アカデミアのプロフェッサーを名乗る、少年のような見た目の男性。いや、正確には"異面"の魔女。アルヴィース・デュオ・ホーリーエイドはため息をついた。
このアカデミア全域を常に監視し、問題が起これば即座に対処。素敵な場面があれば注目する。それを一人の頭で同時に行う。当然眠ることなどできない。睡眠は"無法地帯"時に纏めて取る。しかしそれでも、アルヴィースにはアカデミアを経営したい理由があった。
「まあ、当然男の子の仲睦まじいのが見たいのはあるがな。」
そう言って隠す中に、精神面の教導という目的がひとつ。長き時を生きて、能力だけ研ぎ澄ませた信念もないろくでなしをたくさん見てきた。
魔術師は非道を許す存在だとしても。その精神は真っ当であってもいいのではないか。アルヴィースはそう考える。
どこかで折り合いは必要だろう。それは外で学べる。だから、ここでは理不尽な悪から幼い子供を守りたい。その信念は確かにあった。
「さてと。そろそろ授業じゃな。真っ当に生きれないことの辛さなど、学ぶのはわしだけでいい。」
そうして。歪んだ魔女は席を立つ。歪みを生まないために。
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双星のグレートマザー(レートー)
わたしは、このこたちをうむの。それしか、おぼえてないから。
幼い少女が何処かに現れた。彼女の腹部は膨らんでいて、誰もが哀れみ避けた。
一日目。彼女は野犬に襲われた。こどもたちをまもらなければ。必死で街へ逃げ、自然の脅威から身を守る。
二日目。彼女は街で暴行を受けた。異常性愛者ぐらいしか、彼女を受け入れる者はいなかったから。
三日目。私は彼女を見つけた。暴行を受けながら笑みを絶やさない彼女に恐ろしさは感じた。しかし助けないわけにはいかなかった。
四日目。私はそれから彼女を背負い、守るための旅に出た。きっと子供が生まれれば、彼女は普通の少女に見える。そう信じて。
五日目。親子には見えないらしい。どこに行っても私ごと不気味な目で見られた。
六日目。なんとか、誰も住んでいない小屋を見つけた。ここでやり過ごせないだろうか。そう思った時、偶然にも街は大火事に包まれた。
七日目。この街は、崩壊した。必死に生き延びた。彼女は相変わらず、嬉しそうに笑っている。少し不気味に思った。
八日目。この少女は異常だった。明らかに産み落とすべきでないものを産み落とそうとしている。手を下せるのは、私だけ。
九日目。私はーーーー
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オスカル(モザイク市)
「マスター。この世界は理解したわ。とりあえず、探すわよ。」
何を?とりあえずそろそろ私もサーヴァントを呼ぶか、そう思ったから呼んだら出てきたのは、とても綺麗な女の子。…みたいな男の人。
「決まっている。当然いるでしょうね。ディルムッド・オディナ。フィン・マックール。彼らが英霊でないなんてあり得ない。」
私のサーヴァント、オスカル。どうも生前の知人に未練があるみたい。
「えーと、天王寺の中を探せばいい?」とりあえずそれだけでもかなりしんどいんだけど。
「そこにいるなら。それでいいわ。」彼はそう返すけど、それっていなかったら梅田とかまでいかなきゃいけないんじゃ…。そうしてとりあえず外へ出る。…彼に抱っこされて。
「この方が速いわ。手放さないから、安心しなさい。」うーん。男の人に抱っこされるなんて初めてなんだけど。
目まぐるしく視界が動く。全部を見渡したみたい。サーヴァントってさすがだな。
「いないわね。次、行くわよ。」そう言って彼は次の階層へ。全部見て回るのは無理だと思う。
「ねえ、なんでそんなにその人たちに会いたいの?」ふとそう聞いたら。
「私の夢が叶うから。」
なんだか、すごく寂しそうに言った。
ケルベロスではない&泥新宿のムーンキャンサー
喰らう。生きるために。それが今までの連鎖。我々の宿命。人を喰らい。人に狩られる。それをどちらかが果てるまで続ける。
新宿に降り立った三つ首の魔犬。それぞれの幻霊は、純粋に生きようとしたものたち。そして絶やされたものたち。
追い立てる。狼の群れを指揮し、人を分断する。取り残されたご馳走を噛みちぎる。それを繰り返す。繰り返すうちに、敵は団結する。当然だ。こちらも群れが増えてゆく。これも当然。
「やあ、君も動物だね。一緒だね。」
不意に小さな兎が飛び出してきた。サーヴァント。餌としては上等だ。
「見てられないから。人が死んでいくのは。恨みはないけど、止めてもらうよ。宝具展開。『幻想映す表面世界』。」
そうして辺りは一変する。いつのまにか、敵は様々の幻想と、巨大な蟹。それだけになっていた。
高らかに吠える。全ての狼を呼ぶ。数はこちらが上。あの巨大な奴をどう調理するか。何度やり直しても、絶対に喰らい尽くす。
「さて。僕を殺せば結界は解ける。でもそうはさせないよ。」
そう兎がほざく。言われなくとも。真っ向から全てを喰らってやる。
あれだけの大きさなら食い扶持がありそうだ。
狼は、あくまで全てを喰らうだけ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ショート・ショート
「ああ!マスター!あなたも死んでしまうのですか!もう少しで答えが見えそうだったのに!」
俺のサーヴァント、ディエティは大層大袈裟に悲しむふりをして見せる。お前が使えないのが悪いんだろうが。
ペラペラペラペラ喋るだけ。おかげで俺は一人で戦わされ、瀕死の重症だ。
「うるさい。…それより。話を聞かせろ。」
ひとつだけこいつには取り柄があった。小咄がうまい。どうせ死ぬなら、最後に笑いながら死にたいじゃないか。そうしたら。
「ああ!こんな!死の直前でも!だからこそ!ショート・ショートを求めるのですね!ありがとうございますマスター。『もう少し』に到達しました!」
何を言っているのかわからない。ディエティは突然天高く舞い上がった。声が聞こえる。
「世界中の皆様に問いましょう!これは小咄ですが、ジョークではありません!あなた方の願いを一つだけ!叶えて差し上げましょう!」
なんだこいつは。そんなことができるなら。聖杯を争っていた俺はなんだったんだ。
「ただしひとつです!良いですか?忘れてはいけない存在も、ありますからね?『みんなの願い』。」
まもなく人類は消滅した。
「『新星の一』!」
すぐ世界は馬鹿げた。傑作だ。
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癌の膿&オルドー・レイジュール
癌の膿。ジジイには適当に名乗ってやった。対案は忘れてやった。ゴミクズの俺に相応しい名前だ。
「あの、あなたが新しい人ですか?」
両目が色違いの片眼鏡をつけたチビが話しかけてきた。俺でも魔眼くらい知ってる。その類なら、生まれながらに恵まれてやがる。無視しよう。
「えっと、わたしはオルドーです。先生に貰った名前なんですけど。あなたは?」
あのジジイの名付けをありがたがる。哀れだな。きっと何も知らない時に連れてこられたんだろう。だから名乗り返してやった。癌の膿だと。
「…それは、よくない、です。」
ガキのくせに。俺はクソ両親に何か言うことすら許されなかったのに。思い出させやがって。
「お前よりマシだ。」
そう言ってしまえ。適当に誤魔化してやれ。そうしたらそいつは眼鏡を外しやがった。魔眼を使い出したんだ。苦しそうに息を切らす。何がしたいんだ。
「あなたの、身体。ぼろぼろです。でも、ここならきっと生きていけます。わたしも助けます!」
ニコニコしだした。訳がわからない。生きていくなんて、死ぬ理由がないからやるだけのことだ。まあガキにはわかるまい。
「皆に紹介しますね!」
こうやって、俺は無理矢理飲み込まれた。
トリックス・ファイン&ミョールズ
「なあ、本当にスカートっての似合ってるか?」トリックスに聞く。何度目だっけ。
「自分が一番わかってるんじゃないの?」うぅ。自分への視線は悪いやつじゃないのはわかる。でもこのカッコ、スポーツやる時邪魔っちいんだよな。割と好きなのはその、否定しないけど。
「今考えてたこと、わかるよ。僕に任せな。先生から貰ってきてあげる。自分で行くのは恥ずかしいでしょ?」何もかもお見通しだ。大人しく従う。
それで貰ってきたのは、すごく短いスカート。上も袖がないやつ。
「チアリーディングって言うらしいよ。激しい動きをするための女装なんだって。」
女装にも色々種類があるんだなあ。先生はなんでも持ってるし知ってる。女装って言葉が男らしい行為なんだってのも教えてくれた。
とりあえず着替える。服を脱いで、持ってきてくれた方に着替える。トリックスが面白そうに見つめてる。
うっ。すごいすーすーする。でもこれは確かに動きやすそうだ。
「ありがとうトリックス!」
そう言って、グラウンドに向けて出て行く。
周りの目がいつもよりさらに変だ。うーん。わかんないなあ。
「さすがにあれは逮捕されそうじゃな。まあここでは捕まらんが。」
学長は呟く。
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バルベロ&バルベロ[オルタ]
全ての敵は消えた。私が死ねば聖杯の汚染は完全なものになる。そしてマスターはそれで願いを叶える。
私には力がない。それは自害する力がないことも意味している。マスターに頼むしかない。
「『私のための神話』。私を切り刻みなさい。粉々にしなさい。殺しなさい。」
全ては意のまま。躊躇いなくマスターは剣を向ける。
一度や二度切られただけじゃ消滅できないのが困り物だ。
激痛。激痛。激痛。激痛。痛みがなくなるまで切り刻まれても、まだ足りない。跡形もなく消し去る力が『私のための神話』には足りない。でも、いつかは消えれるのだから。聖杯を汚染できるのだから。この酷い世界を破壊できるのだから。
ようやく意識が消えてきた。歓喜に叫びたいところだけど、もう喉はない。ああ、さようなら。
そうして神の不在は達成される。ゆっくりと着実に浸透する。そうしてそれは世界を満たす。嘆きが世界を覆う。ーーーー母性愛、発現。
私は真に目覚めた。わかる。この世界は私を求めている。再び救世の聖母となれる。救おう。全ての人を高次へと。誘おう。全ての人を真なる世界へと。
だってもう、偽りの神は信じられていないのだから。永遠のアイオーンの救いを。
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永絶闘争螺旋 ファイロジュラシック
一撃目。一斉掃射。万を超える軍勢が巨大な竜に群がる。並の幻想種なら百万回は殺せるだけ殴った。傷は見えなかった。
ニ撃目。武器を変えて即座に追撃。相変わらず傷はつかない。バハムートがこちらに気付いた。
三撃目。半数は吹き飛ばされた。胃酸の濁流を避けきれなかった。でもまだこちらは終わっていない。
四撃目。あと何度、何年。その先にこいつを討ち斃せる?そんな疑問は沸いてきた。
最早残りは1000人ほど。しかし精鋭。必ず、いつか。
五撃目。わずかに傷が見えた気がした。即座に塞がった。必死に逃げる。最早目的は生き延びることにすげかわっていた。
六撃目。そんなものはない。頼む。逃げさせてくれ。もう俺だけじゃないか。見逃してくれてもいいじゃないか。声を荒げた。聞くはずのない敵に問う。お前は何がしたいんだと。答え代わりに、胃酸が飛んできた。
我は神を踏みにじらねばならない。神の似姿が許されるはずがない。ここに必要なのは純粋なる生態系。さあ、何度でも滅してやろう。
一撃目。死力を振るう。きっといつか、我々の先に。何万回蹴散らされても。先人に敬意を払い、死へと身を投じる。無駄ではないと、信じているから。戦い続ける。
アルヴィース・デュオ・ホーリーエイド
わし、結構大変なんじゃよ。これ。ずっとこの喋り方なのはもう慣れたが。必ず卒業させる都合上、常にブランドというものを維持せねばならん。
そのために必要なのが、ろくでなしを輩出しないことじゃ。今んところ悪名を轟かせおった奴はいない。必ず学内で徹底的に矯正する。非道を手段から目的にすげ替えてしまう奴は本当に多いからの。
まあわしは聖導術で生贄とか使っとるから言えるが、こういうことが悪いというのではない。無意味な行為に身を投じるなとも言わん。根源の否定などわしにもできんよ。
わしはまあ、諦めたといえば諦めているかも知らんな。俗世的な感性の方が素晴らしいと思ってしまった。簡単に言えば、魔術師らしい魔術師なんてこっからは出してやらん。絶対に理性の基準は常人のそれに仕立て上げる。
こんなことを言えるのは、わしが既に歪みきっているからではあるが。魔術師としても人としても。だが知識として教えることはできるんじゃよ。理想を語りそれを実現する。それはどんな外道にでもできる。だからそれをしているだけじゃな。
しかし。最近は少し危うい感じはあるの。わしも捻くれ者を拾ってきとるが。
まあ。どうにもならないなら消すかの。
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癌の膿
このクソ学園のいいところは、鍵をかけて眠れることだ。本当に、生きてるってのはそれだけで苦痛だ。死ぬことがそれ以上に苦痛だから避けてるだけだ。
だから寝る。安らかな睡眠と死は同一に近いと思っている。今までまともに寝れたことなんてなかったからな。ここは素直に恩恵に預かっている。
しかし睡眠の困ったところは、ずっと寝てられないことだ。死ぬことを永眠なんて言うらしいが、本当にそうなら永眠してみたいもんだ。
俺は別に死にたいとは思わない。生きてるだけで苦痛だろうが。
絶対に一人では死んでやらない。そう、あの時だって。全部ぶっ壊して価値ある死に方をしてやろうとしたんだ。なのに生き残った。悪運とはこのことだ。
もしかしたら、案外天寿を全うさせられるかもしれないな。それは別に面白くないが。眠るように死ねるというのが本当なら、一番心地いい睡眠になるかもしれない。
ああ、このクソ学園のよくないところだ。授業に出ないと仕置きを喰らう。流石に苦痛を喜ぶ趣味はない。さて、そろそろ行くか。
…気になるのは、前のガキ。自分が一番可哀想なんて顔してるのは人のことは言えないが。
単なる同族嫌悪だとしても。あれだけは不愉快だ。
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家族王キング・アーサー
悲しい知らせだ。この『大騎士王とその大円卓、そして仲睦まじき大家族』に抵抗しようという集団が現れたらしい。みな私の家族となるべき存在。殺したいとは思わない。私がいる限り、すべての円卓の騎士は不死、そうだとしても、私自身が出向いて説得しなければ。
門をくぐり直接その集団の本陣へ向かう。大量のサーヴァント。私に対抗するため召喚されたのか。しかしそれはあくまで付き従う存在。敵の総大将は少年だった。
彼は言う。今の世界を壊さないでくれと。理解できなかった。私は不死と家族愛を伝えるだけの存在なのに。それで壊れる世界など、良いものとは言えないのではないか。
彼は言う。死は決して不要なものでない。敵意も同じだと。それがなくなれば世界は停滞してしまうと。それの何がいけないのだろう。幸せな状態で止まるのなら、とても素敵じゃないか。
問おう。永遠に成長しないことの何が悪いのか。
問おう。悲劇など、憎しみなど、なければ全てが幸せではないか。
問おう。そもそも目的を達成したら消えゆく私を、王の座から引きずり下ろすことになんの意味があるのか。
彼はそれでも意見を変えない。ならば。
問おう。我が聖剣に耐えられるか。
テンカ、ポッキーは好き?
うん、ポッキー。買い出しの時に菓子も買っておこうと思ったら、今日安かったから買ってきたんだ。
そう、11月11日、ポッキーの日って。ここではそんな記念日があるんだね。テンカの分もあるから食べるといいよ。はい。
……何って、ほら。はい、食べて。そう、そんな風に。はい、あーん。
―――そ、そんなに拒まなくても……確かに変かもしれないけど、別にいいじゃないか。……あ。
ん、おいしい?……そうか、ならもう一本。はい。
………………はい、あーん。
――――――
……その、さっきのは。
ごめん。えぇと、騙すつもりじゃ、なかったんだけれど。その。
あ、あの……どうしても、してみたくて……い、いやこれは、あぁぁぁぁぁ……
―――嫌じゃ、なかった?そ、そうか。なら、うん。だったら……
……ポッキー。まだ、あるよね。―――どうしようか?
『"良い"11月の忘れられない日―――』
1111。伝統的に菓子業界の一角に動きがある。旧時代より続くポッキーのプロモーションだ。
仕事終わりにおまけで貰っていたポッキーを齧り、ニュースを見ていた端末に共に並ぶ自分とパーシヴァルの姿が映った。
日常を背景に場面が移り変わり、それぞれのシチュエーションでポッキーを口にして、そして―――
「――――――!!」
咄嗟に目を逸らした。CMが終わったのを熱い耳で聞きながら、恐る恐る画面に向き直る。
古くから続くポッキーのレガシーと説明は受けたものの、撮影時はもう心臓が飛び出しそうになっていた。
「いやぁ、まさか撮影の時の見せかけからこう仕上がるととは……」
それは隣のパーシヴァルも同感のようで、苦笑しながらも透き通った白い肌には明確に朱が差している。
CMは何度も流れる。今日は羞恥の洗礼を互いに受けながら、一緒にポッキーを食べて過ごしていた。のだが、
「その、パーシヴァル」
振り向かせた彼女の顔が、ポッキーを咥えた自分を見て静止した。
仕掛けた、というにはあまりに稚拙、勢い、といえばあまりに不誠実かもしれない。
それでも、跳ねる鼓動を押しながら、画面の中の二人の前で自らを差し出す。
ただ、この日を演技で終わらせたくなくて。
今年も、街道の方から聖歌が聞こえてくる。
11月11日、リメンブランス・デー。一度目の世界大戦が終わった日、英国では戦没者の追悼が行われる。
僕が生まれたのはその年から丁度10年、更に11年が過ぎた時、僕達を巻き込んだあの戦争が始まった。
二度の戦いは世間に大きな変化を強いた。大きな科学発展があったというが、その下であまりに多くの血を流した。
それでも小競り合いは続いて、科学の力で大国同士が睨み合う。平和とはつまり、戦争の小康状態に過ぎない。
そして、僕の戦いも続いていく。銃砲飛び交う中を抜けて、確かに英雄がいた"あの戦い"を超えて、
そして今は、この家と彼女のために、魔術という影の世界を生き抜く準備を進めているところだ。
まずは纏まった資金を。以前通った道を遡って東方へ、珍しい品や技術を回収する宝探しを計画している。
荷物を整理して、銃を整備して、サーベルを磨いて、それから。―――チョコレートが食べたい。
兵士として従軍した頃、10代だった僕らにとって厳しい訓練を癒す嗜好品は、煙草でなくチョコレートだった。
絶品とは些か言い難いが、それを喜び、実戦の前に祈りを込めて頬張っていた瞬間が確かにあった。
だからふと、この先も続く長い戦いのために、あの時よりもおいしいチョコレートに祈ろうと思い立った
とりあえず家の人に手頃な菓子を用意してもらうとして……問題は、仕事詰めの彼女の方だ。
時間を作れるかはわからないけれど、そこは何とかして。一緒にお菓子を摘む時間を作って貰うとしようか。
この儚い平和を、幸せだと感じるために。
「あ……あの、男の人と付き合うのって…どういう事をすればいいんでしょう?」
ルナティクス精神領域、水月砦にて、そんな疑問を放つ少女がいた。
「そんなの挟んで絞って骨抜きでしょ?紗矢ちゃん良い胸持ってるんだから」
「ちんちん踏み踏みして罵倒すると男性は骨抜きですよ~♪?」
「オイ誰かこのミス悪影響共埋め立てろ」
兎男(トム)が呆れながら両石閻霧とちゃんどら様が水月砦からログアウトさせた。
「ふむ……俺は色恋沙汰には疎いからな…オイ月宮、お前はどう思う?
この中で唯一の社会人経験者だろ。なんか詳しいんじゃないのか?」
「恋愛ってのは要は男と女のマウントの取り合いだろ?」
「お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」
霧六岡が呵々大笑しながら月宮玄をログアウトさせた。
「そもそもこの狂人共の坩堝で恋愛相談などするのが馬鹿だと思うがな俺は」
「だって……しょうがないじゃないですかぁ……。私恋愛なんて初めてで…。
そもそも自分を偽らず人と付き合うの事態久しぶりすぎてぇ……」
相談を持ち掛けた少女、慶田紗矢は頬を染めながら言った。
その後、紗矢は水月砦内を回ってみたが収穫はなかった。
石膏漬けにすれば良いだの、腱を千切ればいいだの、同化すればいいだのと話にならない。
途方に暮れていた所、一人の少女が彼女に対して勇気を出して声をかけた。
「あ……あの、私は……えっと、そのコーダさん? が好きになったのは、紗矢さん自身だと思う…から」
「変になんか取り繕わないで……自分のやりたい事、を、やればいいんじゃないかな……って」
要は、自分を信じろと、そうこの少女は言っているのだ。
それは奇しくも、紗矢の隣に立った少年のサーヴァントと同じ言葉だった。
「偉いぞ哉子。俺が言わずとも本質を突いたか」
背後から霧六岡が現れ、ニカリと笑いながら乱暴に少女の頭を撫でつつ言う。
「まぁ俺から言う事は正直なところ無い。先も言ったように、俺に色恋沙汰は皆無だからな」
「強いて言うなら、此れは他人の言葉だが、男女の付き合いは減点方式よりも加点方式の方が成功するぞ」
「ええっと……ありがとうございます」
ぶきっちょにも見える霧六岡のアドバイスに、紗矢は頭を下げて礼を言った
「まぁ何度でも来るがいい。迷う度に導いてくれよう」
そう笑いながら言う霧六岡に対して、紗矢はちょっと申し訳なさそうに言った。
「ああ…それなんですが、私……もうここ来れなくなっちゃうかも……です」
「ほう?」
「この場所…なんか以前に比べて、どんどん遠くになっているように感じて…だから……」
「なるほど。それは貴様の内の狂気が薄まった……、という事を意味するな!!」
ハッ!と声を上げて笑い、霧六岡は両手を叩いて喝采する。
「貴様は己が内側の渇望を解放せずとも良き領域(ぱらいぞ)に至ったのだ!
その在り方を言祝ごう……ああ、祝詞(はれるや)を声高く謡ってやろう!!
おめでとうナイトゴーント。いや、"慶田紗矢"!貴様は狂人ではなくなったのだ!」
しかし、と言い、霧六岡は拍手喝采を止めて続ける。
「また狂いたくなったら何時でも来い。我らルナティクス、去る者は追わず。来る者は引き摺り込む、故な」
「あはははは……それは、遠慮します」
慶田紗矢は不器用に笑いながら言った
「今の私には…此処よりも安心できる場所が、出来ましたから」
地下壕の出口から顔を出すと、冷たい外気が肌を撫でると共に、街に似つかわしく無い焦げた臭気が鼻についた。
暗闇の中の伯林市街を照らすのは、人工のそれではない紅蓮の火の瞬きばかりだった。
英霊が、こんなことをやるのか。
SSの親玉みたいなマスターを引きずって現れたサーヴァント―――あいつはランサーと呼んでいたか、
それが英霊兵の軍勢を引き連れて無差別に襲いかかり、恐らくそれは今も止まっていない。まだ遠くから轟音が響いてくる。
「これからは?」
後ろから背負っているヴィルマさんが小声で話しかけてきた。
「セイバーの場所ならわかる。速やかに合流します」
左手に刻まれた令呪が熱を帯び、セイバーの存在を感じさせる。その方向の先に、彼女が戦う雷光が視認できた。
シズカさんもセイバーに同行しているか、通信の手段を彼女に残している筈だ。
暫し市街跡地を進むと、一人の人型と遭遇した。
セイバーではない。……あのずんぐりした形と首に巻き付いた黒い帯は、ランサーが連れてきた英霊兵の一体だ。
すぐに物陰に身を潜める。ただでさえ英霊兵に相手する装備は無いし、その上負傷者を抱えている状態で勝機は無い。
まずは英霊兵の様子を細かく観察しよう。動きの癖から隙を見ていけば安全に抜けれるか―――
そこで、思考が途切れた。
「―――――――――」
そいつの左腕が、血塗れの上半身を引きずっていた。
そいつの右腕に、血塗れの銃剣が握られていた。
小銃のボルトを引く。初弾を装填し、あの兵士の頭部に向けて引き金を
「待ちなさい」
銃を握る僕の手に重ねるように、ヴィルマの手がそれを抑えた。
「あれは、もう死んでいるわ」
英霊兵に気づかれないように、口元を僕の耳に寄せて紡がれた言葉が突き刺さる。
銃を押し留める彼女の手は冷たく、押せば跳ね除けられる程に握力は弱い。けれども、銃はぴくりとも動かない。
いや、動かせない。彼女の言葉が正しいんだと僕の身体は確信している。
あれはただの死体で、何をしたところで戻って来るものじゃない。そんなことは分かっている。
サーヴァントも無しにこちらの存在を気取られたら結果は見えている。敵との距離が近いまま令呪で呼び戻すのもリスクは高い。
分かっている。
分かっている。
だけど、
ランサーの英霊兵の感知は鈍く、警戒の仕方は単純なものだ。そのまま息を潜めて、僕達は英霊兵のいる場所を迂回していった。
右手に、彼女の掌の冷たさを感じたまま。
その姿は、青い雷光を辿れば確認できた。
太刀筋に沿って流れる稲妻が英霊兵の腕を、首を刎ねて荒れ狂う。そこでセイバーは周囲の敵を一掃し終えたようだ。
彼女は僕たちの姿に気づくと凛とした表情を変え、こちらへと歩み寄って来た。
「マスター!無事だったのね!」
「遅れてごめん、セイバー。状況は?」
「……見ての通り。脚が動かないのが不甲斐ないばかりだわ」
歯噛みする表情をセイバーは隠さない。
彼女とアーチャーの協働、そしてバーサーカーの介入を以ってしても、ここ一帯の市街全体まで戦火が広がってしまっていた。
それだけ、ランサーの攻勢は圧倒的だ。単体のサーヴァントとしては異質と言ってもいいが、それに是非を問う意味はない。
『カノン君と合流できたようですね。こっちは今、アーチャーと共に敵のマスターを追っています』
『……おや、随分珍しいものを拾って帰ってきましたね?』
「…………」
セイバーの肩から羽のついた小動物が顔を出した。確か、血を媒介にしたシズカさんの使い魔だったか。
どうやらランサー自体の撃破は困難として、魔力源たるマスターを確保する戦略に切り替えたようだ。
使い魔は視界も共有しているらしく、自分が抱えているヴィルマさんをじろりと一瞥し、彼女は無言を返していた。
「ランサーの本隊は?」
「今も侵攻中よ。思ったより脚が速くて防御に回る数も多い、まともにやり合うには手強い相手ね」
「バーサーカーとは連携できませんか?」
『全っ然ダメです。1番英霊兵の数を減らしてはいますが、完全にワンマンで動いてますよアレは』
ランサーの軍は数が多く、火力があり、それでいて軍勢としては烈火の如く素早い侵攻を見せる。
セイバーによる迎撃は回避されるし、アーチャーの狙撃も未だ有効打を与えられない。
そして唯一機動力と面の火力を持つバーサーカーは自身の判断で勝手に動き回る、それぞれの戦力が効率的に働いていない。
『そちらのフロイラインがもっと上手に指示してくれれば話が早いのですけどね?』
「……バーサーカーの運用について、私自身に口を挟む意図はありません」
「彼はアーネンエルベのサーヴァントで、私はその意向を伝えるまでのこと」
『この期に及んでそんな悠長な……そのアーネンエルベの意向とやらはいつ通達されるので?』
ヴィルマさん自身、バーサーカーの行動には一切干渉していない。
というより、これまでの邂逅では彼はアーネンエルベの指示にも従っているようには見えなかった。
シズカさんも不機嫌になってはいるが、最初からヴィルマさんが力になるとは期待していなかったようだ。
―――だが、どの道このままでは状況は悪化するばかりだ。だったら、
「バーサーカー、聞こえますか?」
『おぉマスターよ、連絡がつくとは僥倖だ。余が消えぬ以上どこかで生きてはいると思っていたが』
よほどヴィルマさんから供給される魔力が潤沢らしい。バーサーカーの声はまだ随分余裕そうだ。
「……現在はセイバー陣営と停戦を結び、行動を共にしています」
『その点は余も把握している。セイバーとアーチャーには一切攻撃はしていないぞ。で、要件はなんだ?』
「ヴィルマさん、僕が代わります」
「バーサーカー。僕はセイバーのマスター、カノン・フォルケンマイヤーです」
「時間がないので手短に、―――あなたのマスターの身柄を預かっている。状況を迅速に終息させるため、協働をお願いします」
『―――ほう?あの小僧か?』
男の声色が変わった。少なくとも、マスターを抑えられたことに対する警戒は皆無のようだ。
『無論拒否しよう。停戦までは了承するが、余とお前は本来この聖杯戦争で争い合う立場にある』
『敵と馴れ合い、無闇に手の内を晒すことは本意ではない。それどころか互いにランサーとの潰し合いを企むやも知れぬ』
『陳腐な脅しは辞めろよ小僧。お前なら用意しているのだろう?本命の交渉の札が』
返答は拒否―――だがやはりこの男は、こちらの思考を読むことに長けているらしい。
人質が通じるとは思えない。ヴィルマさんの救出を優先しなかったのは自分達が探すと踏んでいたからだろうし、
協力を拒否する理由は後からどうとでも取り返す算段を整えているからに他ならない。
そして奴は、この札も想定済みだろう。
「―――ランサーの撃破にあたって、セイバーの真名及び宝具を開帳します」
『……ふむ。ここで切札を出すか』
遠慮は無い、一刻も早くこの状況を終わらせねばならないのだから。背中を撃たれようが、秘密を知られようが知ったことか。
『まぁ、あくまでカノン君のサーヴァントですのでお好きにどうぞ、ひとまずこちらも支援に戻りますね』
「こちらも異論はないわ。バーサーカー、我が一撃をしかと眼に焼き付けておきなさい」
セイバーの戦意に満ちた瞳を確認する。これでようやく、全員の足並みが揃った。
「対象は数を武器に攻め立てて来ていますが、個々の判断は本体のランサーに依存し、戦局の処理能力は低いものと推測されます」
「作戦はバーサーカーで前線を構築し、アーチャーの誘導によってランサーを誘い込む。そこを、セイバーの宝具で仕留めます」
市街の中から目印となる地点を選び、前線予定地と狙撃地点にそれぞれバーサーカーとアーチャーを配備させる。
そして自分たちは決戦の地へ、セイバーの歩みに合わせて移動を始めた。―――背中に抱えている負傷者も一緒だ。
「一応、護衛はします。もう少しだけ付き合ってください、ヴィルマさん」
「……わかったわ。ただ、抱え方はもう少し考えなさい」
「―――作戦開始。敵サーヴァント、ランサーを撃破します」
「最っ……悪……」
毒付くように吐き捨てた。正直、今までにないぐらい私は苛立ってた
意味不明な運任せ野郎と出会っただけでも腹立たしいのに、そいつの攻撃が私を抉ったという事実が耐え難かった
ただの運任せの攻撃で、再生に時間がかかるほど痛めつけられるとは思っていなかった
「まーぁ……それ以上に笑えないのは来客様なんだけどぉー?」
「ヒ、ヒ、ヒ、」
笑い声が響く。今一番聞きたくない笑い声。なんで?何でよりによって貴女なのかしら?
「せーめて、あの弓使いの代行者ならぁ…2つの意味で食欲湧いたんだけどなぁ」
「何だよ。アタシには食欲湧かないってか? 奇遇だね。アタシもテメェの前だと飯食う気しねぇ」
「あーら気が合うわね。私もよ。殺したい相手が目の前にいたら、食事どころじゃないですものねぇ?」
満身創痍な身体に鞭打ち、無理やり立ち上がる。悟られるな。こいつだけには弱みを見せるな
「マ、ここで逢ったのも何かの縁だ。死ぬ覚悟はあるかガキぃ」
「こっちの台詞。肉便器になれ糞ババァ」
好機は一度。吸血できるか、あるいは否か
全霊を振り絞って、私は大嫌いな悪食女と夜に舞った
陣を描き、魔力を奔らせ、詠唱を紡ぐ。俺は英霊を召喚する。
「初めまして。早速で悪いが、僕は君のマスターだ。君とは公平で対等な関係でいられたらと思っている」
もちろん、嘘だ。英霊なんてものは信用できない。大昔に何人も殺し続けたような奴らだろうからな。
文化人ならある程度は話が通じるかもしれないが、戦闘第一な獣みたいな英霊はよしてくれと願い語りかける。
「…………」
煙が晴れて、俺は絶句した。馬だ。馬がいるんだ。しかも3匹。
騎馬兵の英霊か?と思ったが、違う。騎馬に乗っているべき英霊がいないんだ!
呆然とした次の瞬間、俺の目の前に立っていたのは3匹の馬じゃなかった。1人の女だった。
「初めまして!私はライダー!真名は……っと、名乗るとまずいかな?じゃあ、とりあえず三音さられって呼んで!
貴方が私の騎手(ジョッキー)?あ、間違えた。マスター? もしそうなら、よろしくね!」
どういう……ことだ……。戸惑う俺は目の前の自称ライダーに尋ねる。お前は何ができる?と
「お前がどんな英霊か知らないが、何か出来る事の1つ2つ、あるだろう?」
「? あ、歌を歌えます!新曲もあります!」
俺は胃が痛くなった。
「まず、君は何で女性の姿で現界したんだ?」
俺は精一杯平静を保ちながら、俺が召喚したライダーに対して質問する。
するとライダーは、俺の聖杯戦争の目的も知らず、気楽に答えた。
「うーん、ごめんなさい。ちょっと分からないんです」
「でも、こうなったからには、この状況を楽しみたいです!なるようになれ、ですね!」
「ふざけているのか…!」
俺はつい、隠さない本音を口にしてしまった。いつもの"完璧"ではない、本当の俺を
流石に気の抜けたライダーも、俺が豹変したかのように見えたのか、恐怖の表情を見せていた。
「ご、ごめんなさい……。で、でも私、精一杯に頑張りますから……」
「ああ……いや、すまない。こっちも、怖がらせるつもりはなかったんだ、俺は……」
と、謝りそうになって俺は正気に返る。何で俺は使い魔相手に、人間を相手取るように取り繕っているんだ?
相手は亡霊だ。もう死んでいる存在を再現した戦いの道具だろう。そんな奴相手に……と考えたその時、ライダーが呟いた。
「こんな事を言うのもなんですけど…少し、嬉しいです。マスターが、そう言ってくれて」
「……何だと?」
何を言っているんだこいつは。状況を分かっているのか?俺はお前を脅迫するように問い詰めたんだぞ?
普通は信頼関係が揺らぐはずだ。所詮は聖杯を求めるという薄っぺらい利害関係しかない俺たちでしかない
その上下関係で上に立つ俺が、完璧じゃない部分を見せたんだ。それを"嬉しい"だと?どういう腹づもりだ?
「だってマスター…いっつもどこか本音を隠しているようで、なんか寂しかったんです。
でも、今やっと初めて、何も隠さず喋ってくれた気がして、嬉しかったんです」
「………」
動物の勘、という奴か。誰かに喋られでもしたら厄介だ……。自害でもさせれば新しい英霊を呼び出せるか?
…いや、再召喚できる保証はないか。それに、こいつは底抜けの馬鹿だ。誰かに算段で喋るような事はしないだろう。
「なるようになれ、か……。ウマが合わんな、君とは」
「あ、今の馬とかけたんですか!?かけたんですね!?」
「五月蠅い黙って寝ろ。明日も早いんだから」
────そう言って、七砂和也は眠りにつく。"なるようになれ"。その言葉こそが自らを救う鍵になる事に、気付かないまま