弧を描いて飛翔する刃が、赤金の衣装を裂いて、その内より血を溢れさせた。
囮として飛び出して転がった視界の端に、自分の影から迎撃の一閃を放ったセイバーの姿が映る。
「……!動けぬならば主を盾に、か!なかなかやるな、気に入ったぞ!」
「戯言を……!!」
バーサーカーとかいう男の武器は恐らく新型の火器。一方でセイバーは何故か走って距離を詰めることができない。
彼我の間合いの差は明らかであり……きっと前に飛び出した僕を面白がったのだろう。次はあいつは近づいてこないはずだ。
この距離、セイバーの剣が届く距離で仕留め切らなければ負ける。僕にできることは、とにかくこれ以上逃がしては———
「バーサーカー。撤退の指示です、戻りなさい」
女の声が、唐突に戦端を遮った。向こう側にいるポンチョを被った人影、バーサーカーのマスターが引き上げる。
「なんだ、もう少し余は楽しんでも……いや、構わんか。———また会おう!最後のサーヴァント!」
「待て!!決着は———っく!!」
傷を負ったバーサーカーは、それを意にも介さずに新しい銃器を取り出してこちらに発砲した。
今度はカンプピストルを束ねたような投擲銃。発射された弾は榴弾ではなく、煙幕のようなものを放出している。
このまま逃げる気か。セイバーの脚じゃ追いつけない———転がって跳ねた身体を漸く起こし、親衛隊の死体から剥いでいたP38を構えた。
それに呼応するようにセイバーが刀を振り、切り裂かれた空気に沿って僅かに煙幕が晴れ、その向こうに彼女らを視認した。
まだ狭い駅の構内にいる、この距離なら防護に入る前に当てる。確信を以て引き金に指を———
風が吹いた。壁に反射した空気が敵のマスターの体勢を崩させ、被っていたポンチョのフードを剥がす。
その奥で、彼女の顔を見た。
ダークブロンドの髪が揺れて、こちらに向けて眼を見開いている。青と青が交わって、一瞬時間が静止したように感じた。
撃て。
あれは敵だ。
今なら殺せる。
次の好機は無い。
殺せ。
———硬直した指は、そのまま動かなかった。
再び煙が閉じて、再び晴れた頃、彼女もバーサーカーも完全に姿を消していた。
P38の安全装置をかけなおして、その場に座り込む。静止していた肺が動き出し、大きく息を吸って少し咳き込んだ。
どうして、撃たなかったんだ。
撃つはずだった、何事もなければ。相手が女だったから?そんなはずが無い。最初の会話でそれは分かっていた。
なのに、彼女の顔を見た時、瞳を見た時、どうして。
思考を追いかけていくうちに、その速度が遅くなっていく事に気づいた。いや、思考だけじゃない。目の前の景色が暗くなり、雨の音が遠のいていく。
自分の中の熱が引き抜かれていくような感覚と共に、平衡を失った体が倒れ込んだ。おかしい。それほど血を流しているはずが、なのに。
熱は体を流れて右手へ、手の甲にできた三本剣の文様へと集中して、そこで拡散する。その度に僕の身体が冷えていく。
こちらに手を伸ばすセイバーの感触が薄れていく。そのまま、最後に見た青い眼の記憶と共に、僕の意識は深く閉じていった。