SSや怪文書、1レスSSなどを投下する用途のスレッドです。 アーカイブとしての保存や、絡み後の後日談などにお使いください。
何が起きた。 弓矢のような何かが、鋭く空気を切り裂く音が響いたのは、この私の頭脳がかろうじて感じ取ることは出来た だが、まるでそれに反応することは出来ずにいた。だが直感する。これが、英霊を使う戦争というものか、と 雇った魔術師が言っていた。サーヴァントとは人の形をした戦闘機のようなものだと。ああ、確かにその通りだ 一切の気配なく空気を切り裂く弓矢を、この私の心の臓腑めがけて正確無比に穿とうとするのだ。全く興味深いよ 腹立たしい事に、この世界には私の頭脳でも反応することのできない存在があると、斯くも証明されたという事だ だが"そんなことはどうでもいい"。今私は、目の前で起きた事象を、天性の頭脳を以てしても処理しきれずにいた 「…………何をしている、ランサー……。何故、独断で、動いた……」 私の目の前で、私が召喚したサーヴァントが、戦いのための武器が、その胸に弓矢を受け、血に鎧を染めていたのだ 「どうして……何故……!私が…私を守れと命令したかぁ!?」 気付けば私は、彼女に駆け寄っていた。天才たるこの私らしくもなく、感情的に、声高に叫んでいた
「どうして、ですか。そんな事も分からないなんて。私を"高名な英霊"と呼んだだけ…ありますね…」 「喋るな。今魔術師達を手配する。町中に配備しているはずだ。治癒魔術程度、全員が扱えるはずだ!」 この愚図め。どうして致命傷を負ったというのにそんなに満足げな顔をしていやがる。貴様は死ぬかもしれないんだぞ? 死んだらこの私の、人類大統君主となる理想が白紙になる。何故私を守った?私の完璧な理想に泥を塗る気か…! 「守った理由なぞ、明白ですよ。私はあくまで人理の影法師。死んだとしても、座に帰るだけです。 ですが貴方が死ねばそこで終わりでしょう?自称、天に選ばれた最高の頭脳、様?」 ついでにその、信じられないような物を見るようなマヌケ面が見たかった…などと、減らず口を尚もほざく。だが… 「……分かっているなら良い。そうだ、そうだな…。この私の頭脳が失われるのは、人類の損失だ…!」 この女、口先は毒舌に塗れているくせに正論を吐く。ああ、確かにそうだ。この聖杯戦争は通過点に過ぎない ここで敗退しても、この私の頭脳とラプラスがあればやり直すことが出来る…! ああ、神に選ばれし頭脳を持ちながら、つい冷静さを忘れていた…!
「だがな……私にも意地というものがある」 私はそう言うと、ありったけの魔術礼装をランサーに装備させた。同時に私が神たる才能で会得した魔術を用いて回復のスクロールを施す。 「付け焼刃の魔術だがないよりはましだ。お前は至高の円卓を彩った騎士の1人だろう?ならば、森に隠れるだけの卑怯者の鼻を明かす程度、出来るはずだ……!」 「───。やれやれ、何処までも……頭脳に見合わないチンケな発想ですね。 承知しました。精々、死にぞこないのハズレ英霊を、最後の一時まで存分にこき使いくださいませ?"マスター"」 「人類大統君主と呼べ!!」 ───そう叫び、円卓の騎士とそのマスターは森へと消えていった。結論から言えば、その結果は惨敗だった 彼の招集が災いして"埋葬者"が街に潜む彼の仲間を察知。人の命を犠牲にした男に与した事から手当たり次第に殺された 加え、そこから芋づる式で魔力貯蔵庫と大礼装ラプラスの所在が暴かれ……その全ては、無惨に破壊された 殺されなかった顧問魔術師は逃げ出し、最終的にダニエルは、神秘に関わる手段の全てを失った 残された道は、"埋葬者"に殺されぬよう、日々怯えながら過ごす…、憐れな日々だけであった
要監視対象人物逃走の可能性あり、との報告を受け、第三種警戒体制での待機。 対象は檜扇組に関わる人物との事で、警邏隊と組の衆合同での活動となった。 開けていて囲みやすい基礎構造は組の衆、単独でも食い止めやすい連絡通路は警邏隊が担う。 組のサーヴァントは血の気が多い。近頃は福岡にも怪しい動きがあるということで、組全体が殺気立っている。 そんな中で騒動を起こされたとなれば組の面子も潰される……警邏隊まで導入しての追い込み漁とは、そういうことか。 正直乗り気ではない。組に恩義はあれど、対象には感じ入る事もなければ追う理由もない…………けど。
情報によれば昨日、日本橋付近で『逃がし屋』を見かけたとの報告があった。 組のいざこざはともかく、あの女が関わっているとなれば見過ごすわけにはいかない。 これ以上うちのシマで余計なシノギを回されるのは困る。難波のブランドに傷がつくから。
…………尤も、結果だけ言えば目標は取り逃がした。 痕跡を見るに下層を通って梅田に逃げ果せたのだろう。 淀屋橋沿いの廃棄通路を狙われた?もしくは本町西の……何れにせよ、下層にも組の衆は配置されていたはず。 その監視に一切引っかからなかった、ということは……魔術。魔術の類で目を欺かれた。 加えて本部での爆発騒ぎ。天神会のカチコミか、と慌てていたけど、蓋を開けてみれば単なる花火のイタズラ。 地下から急いで引き上げて応援に向かったけど、結局人混みで本部には戻れずじまい。 対象も、逃がし屋も捕まえられずにどの面下げて帰るんだ、って話。
都市戦争もかくや、といったような騒ぎを掻き分けて家に戻る。 結局逃がし屋を一目見ることも叶わなかった。今日は一手上をいかれる形になったけど……次こそは、必ず見つけ出す。
そして、これは個人的な日記。 曇り空に映える花火……なまらキレイだったな。
※明日の私にメモ 本部提出の時には個人的注釈を削って送ること
心斎橋を警戒中、怪しい人物に遭遇。 赤茶色の髪、琥珀の瞳。スポーツタイプの水着。噂に聞く「繋ぎ屋」の特徴と一致する。 彼女が直接問題を引き起こすわけではない。が、彼女の取り次ぎによって度々事件が引き起こされている。 先日の騒動……以前、私達が取り逃がした男によるサーヴァントの強奪未遂事件……も、恐らくは彼女の斡旋によるものであったのだろう。 逃がし屋に繋ぎ屋。厄介な連中がこの大阪圏には多すぎる。
軽く声をかけてカマをかけてみれば、案の定噂の「繋ぎ屋」だった。 問い質すと悪びれもなく己を正当化する。あまつさえ、こちらの行いを下賤と宣ってみせた。 捜査に協力する素振りも見せないので、強制指導という形で連行する事とした。
激しい抵抗、詳細不明の魔術による妨害行為により補導は難航する。 切りつけた刀……正確にはその血痕だろうか、いずれにせよ刀から謎のワイヤーが伸び、彼女の手に絡め取られる。 面倒だ。もう一本の柄からもワイヤーが伸びている。このままでは簡単に絡め取られるだろう……と、言うのを見越して。 私の刀には細工が施してある。それは鞘に仕込んだ炸裂機能。引き金を引けば信管が炸裂し、飛び出した杭の勢いを以て刀身を射出するという仕組みだ。 高周波ブレードは構造上、どうしても刀身・柄側の重量が増す。パワードスーツならともかく、一般人ではまず取り回すことは出来ない。 そこで刀身自体に勢いを持たせ、初動の衝撃を以て居合の一太刀とする。というのがこのマゴロク製三九式振動剣のコンセプト。 絡め取られるのなら、先んじて刀を食らわせてあげよう。余裕げに笑う繋ぎ屋の顎元に狙いを定め、引き金を引く。
うん、それにしてもあの時の繋ぎ屋の顔は、思い返すたびに笑いがこみ上げる。 ぶへっ、と短い声を漏らし、900gの鉄の塊を顎元に打ち付けられると、軽い目眩を起こしたようにその場に倒れ込んだ。 おじいちゃん流の戦い方じゃないけど、バーリトゥードはミナミの常識。経験はそれなりにあったみたいだけど、今回は私は一手上を行ったね。
倒れ込んだ繋ぎ屋の手首にワッパ……手錠をかける、その瞬間。 “来い、セイバー”。その呼びかけを耳にすると同時に、私の思考は一瞬固まって、そして
呼びかけと同時に、背後に氷のように冷たい気配が現れたこと。
その冷たい気配は冷酷、かつ的確に、私の首筋に向けて抜身の刀を振るっていたこと。
あとほんのコンマ数秒遅ければ、私の首はボールのように跳ね飛ばされていたであろうこと。
…………耳を劈く金属の衝突音が鳴り響き、横薙ぎに払われるその刀を、軽々と受け止めてみせた……もうひとりの、セイバーがいたことを
文字通り瞬きのうちに感じ取ると、振り返った時には……冷たい目で“セイバー”を見据える“セイバー”、そして“セイバー”を見下ろす平然とした“セイバー”が立っていて。 おじいちゃんが助けてくれなければ、今頃は。そんな実感が遅れて押し寄せ、全身の血の気が一斉に引いていくのを感じ取る。
驚きの表情を浮かべていたのは私だけでなく、繋ぎ屋も同様に。 私を完全に仕留めるつもりだったのだろう。隠し玉であろうサーヴァントの強襲を防がれ、呆然と二人を見据えている。 対する彼女のサーヴァント……セイバー。マスターの繋ぎ屋よりも二回りほど幼いであろう、小学生とも見紛う体躯のセイバーは 驚くことも戸惑うこともなく、おじいちゃん――――の、手にした刀を見定めているようで
“ほう、その三本杉。この儂が知らん孫六の真作を持っとるとは……成程。当代は随分と別嬪さんじゃの”
さらりと真名を看破してみせたおじいちゃんのその言葉を聞いて、雰囲気を一変させた。 具体的には、抜身の刀のような雰囲気から見た目相応の子供らしい幼気な表情に。目を輝かせて刀を仕舞い、先程自らの刀を阻んだ一振りに目を移し “どうして私の真名がわかったの!?”“この重ね厚い刀身、切っ先の伸び、刃紋互の目丁子刃……”“武州住藤原順重作!つまり、おじいちゃん――――あの千葉周作!?” ああ、こっちもこっちで一瞬で真名を見抜いてる。昔、武装が何よりも真名を物語ると聞いたことがあるけど……こういうことか。 真名を見抜かれ、話の通じるサーヴァントとあっておじいちゃんの剣気も解け、つい一分前までの雰囲気はどこへやら、二人は朗らかに雑談を初めてしまった。
その様子を眺めて、あっけらかんとした表情で固まる繋ぎ屋。まあ、私も似たような表情をしてたけど。 最早抵抗する気力も無くなったのか、大人しく手錠にかけてそのまま支部に移送。 現行犯でもなければ関連する証拠もないとして、厳重注意で開放されたけど……あの様子じゃきっと、大して懲りてないだろう。 とはいえ収穫もあった。あの繋ぎ屋の本名を知れたこと、そして先日の騒動に、あの逃がし屋が関わっていたこと。その情報の裏付けが取れた。
……以上、本日の報告。
ついでに追記。繋ぎ屋との交戦場所にて、恐らく彼女の物と思われるアクセサリーを拾った。 ブランドは……天王寺のラグジュアリーショップ。高価なものだろうし、癪だけど遺失物として支部に預けておくことにする。
「…以上が列車で起きた出来事です」 俺の前でそう報告した部下の男は緊張した面持ちで列車での顛末を報告する。 どうやら最後のマスターはサーヴァントの召喚に土壇場で成功したようだ。 「…派遣した2人は戻ってきたのか?」 「それが…列車で死亡した親衛隊の中に二人がいたと報告が…」 「クソッ!」 自分の怒りを抑えられず、思わず机を叩く。強くし過ぎたのか叩いた部分に亀裂が入ってしまった。 だがその報告はそれほどまでに俺をイラつかせた。 サーヴァント召喚する前のマスターを殺すことすらできず、サーヴァントの召喚すら許してしまった親衛隊の連中。 そして俺が派遣したにも関わらず何もできずに無駄に死んだ二人、そこそこ役に立つと思って目をかけてやったのに恩知らずが! どうせ死ぬのなら俺が殺してやりたかったが、そんなことを言っても何も変わらない。 なんとか落ち着こうと息を整え、少し冷静になると部下達は狼狽えた表情で俺を見ていることに気付く。
「…すまない、私としたことが。まさかあの二人が帰ってこないと思わず、少し冷静さを欠いてしまったようだ」 少し苦しい言い訳だっただろうか、そう感じながらも取り繕う。 …どうやら効果はあったみたいだ、「隊長の責任ではありません」「次は自分に行かせてください!」との声が次々とあがってくる。 「いざとなればこの命と引き換えに自爆も…!」 「やめておけ、サーヴァントを召喚したマスターにしても効果が薄い。今は君がそんなことに命を使う必要はないさ」 「コンスタンティン隊長…!」 何人かは自爆するつもりの人間もおり、(ぜひそうして他の連中を消耗させてくれ)と考えつつもそんな無駄死にするような真似はするなと一応声をかける。 何時ものように耳障りの良い言葉を並べながら、俺は次はコイツ等をどう動かすべきか考え始めるのであった。
ギドィルティ・コムはサーヴァントである。 彼女は普段はフラフラと気の向くまま歩き、 飽きたり腹が減ると自身のマスターであるイーサンのいる拠点へと戻ってはまた外へ出るといった日々を過ごしていた。 そして今日も何時ものように飽きて戻ってきた所であり、拠点の入り口の扉に手をかけた所で、嗅ぎなれない匂いがギドィルティの鼻をかすめる。 匂いに不快感はなく、むしろ食欲を刺激するような―――ああそうだ、この匂いは食べ物の匂いだ、とギドィルティが気付くと勢いよく扉を開く。
「オい、マスター。オレにもそれヲ食わセ…」 自分だけ食事しようなんてズルい、とさっきまで考えていたが、その考えが頭から飛んでしまった。 信じられぬものを見た。自身のマスターが料理をしているのである。 いや料理だけならまだないわけでもないが、食材を切って焼いただけのものばかりである。 そんな男が、エプロンを着けて鍋の中を混ぜている。 とても普段しかめっ面で銃を整備しているか、ハンバーガーをもそもそと食ってるような男の姿には見えなかった。 「おイ、食事を作ってるのか。マスターにシては珍シイな」 しかし物事を深く考えないギドィルティ、違和感は感じながらも普段とは違う食事ができるであろう様子に、すぐにイーサンに食事の催促をする。 だが、ここで再びギドィルティに衝撃が走る。
「ああ、ギドィルティ帰ってきたのですか、もう少しで出来上がりますから待っててください」 マスターが自分に優しい声色で喋りかけてきたのだ、それも敬語で笑みを浮かべながら。 あまりの衝撃に、この目の前の男は偽物なのではないかと判断し、即座に右腕を食い千切る。 「グゥッ…!?な、何をするんですか…!」 突然自分の腕を千切られたイーサンは激痛に顔を歪ませながらも、食い千切られた右腕はまるでビデオの巻き戻し映像のように即座に再生される。 明らかに異常な様子だが、これが正常であると知っているギドィルティはイーサンを本物だと信じざるを得なかった。 「…なァマスター、ソの喋り方ハ一体ナンなんダ?」 「何か変でしたか?」 「変ダ」 ギドィルティはイーサンの様子を変だと指摘するも、当の本人は何が変なのか認識していない様子である。 なぜ急にここまで様子が変わってしまったのか、普段は深く考えない性格のギドィルティも流石に少し考える。 「まぁひとまずそれは後にして、食事にしましょう。今日はカレーを作ってみましたよ」 「オおカレーか、前にオレが食いタいと言ったらダメだって言ッてたアれだナ」 物事を深く考えないギドィルティ、先ほどまでの考えを頭の片隅に寄せ、食欲を優先させることに決めたのであった。
「うんうん、なカなかうまかった。りょうガあと1000倍あればいイんだがな」 「そうですか、それは良かった。食後にデザートのアイスもありますが食べますか?」 「む、いいノカ?ハハハ今日はイい日だナ」 ギドィルティとイーサンの二人が食べ終え、イーサンは食べ終えた食器を片づけ始める。 そんなイーサンの様子を出されたアイスを食べながら、突然性格が変化した自分のマスターのことについて考える。 なぜ急に言動が変わったのか、何か頭でも打ったのか、それとも別の要因なのか。 じっとマスターへと視線を向けていたキドィルティに気付いたイーサンは「どうしましたか?」と微笑みながら言う。 「ナんでもナい」 普段よりも食事の量も美味い物も食べさせてくれて満足は何時もより高いが、何処か物足りないようなことをギドィルティは感じていた。
食事を終えたあの後、ギドィルティはなんとなくだがその場を離れ、適当な場所をふらついて時間を潰していた。 本当になんとなくだが、やはり何時ものマスターの様子は妙に気持ちが悪かったのだ。 「遅くなる前に帰ってくるのですよ」とまるで自分を小さい子供のように扱っているかのように感じる。 さてどうしたものか…その時、ふと以前読んだ雑誌のことを思い出した。 『だいたいのことは叩けば直る』、確かそんなことが書いてあった。 マスターの頭も叩けばまた元に戻るのではないか、そうと決まれば試してみる価値はある。 そうと決まれば、さっそく頭を叩きに戻ろう。 そんなことを考えながら拠点へ戻り、入り口の扉に手をかけた所で―――怒声が聞こえてきた。 聞きなれた声に聞きなれた言葉、ギドィルティは勢いよく扉を開く。
「おいギドィルティ!この〇〇〇〇(クソッたれ)!テメェ何処ほっつき歩いてたんだ!」 「オ、ドうしたマスター。ハハハ、元ニ戻っタノか?」 そこにいたのは強面な表情をさらに険しくさせた男。 優しく笑みを浮かべた様子など想像もできないような人物がそこにいた。 「何笑ってんだテメェ!食料がほとんどなくなっちまってるじゃねぇかどうなってんだよ!〇〇〇〇(クソッ)!まだあと3日は持つはずだったのに…!」 「ハハハハ、うまかったゾ」 「チクショウやっぱりかよ!さっき転んで頭打つし最悪だぜ○○○○(クソッ)!」 「ハハハハハ、頭打ったのかハハハハハハ!」 笑うギドィルティの様子に声を荒げるイーサン、他から見れば妙な光景かもしれないが、二人にとって何時もの様子がそこにはあったのだった。
『あれ? 塾長出掛けるんすか?』 「うん、ちょっと野暮用でね。人に会う約束があるんだ」 『デート? 塾長デート?』 「ははは、私が?ないない。ま、すぐ戻るからさ、いい子にしてるんだよ、みんな」 そう言って綺羅星の園塾長、ホロシシィが発ったのが、数刻ほど前の出来事である。 野を超え、山を越え、人里離れたぽつんと佇むカフェテリアへと辿り着く。 その座席に、"それ"はいた。口元を布で隠した、鋭い刃のような視線を持つ男だった。 「相変わらず、その捩れ狂った魔力は変わってないようだな」 「君こそ。その全く隠す気のない殺気、変わってないみたいだね」 「それはお前だからだ。素性を隠して意味がある相手ならば、俺も仮面を被るさ」 そっけなく男は呟いた。肩を竦める仕草をしながら、塾長は男と対面する形で座席に座る。 「見た目こそ変わってないが、お前とやり合ったあの日から変わった物もある」 「……へぇ、それは興味深い。例えば何だい?」 「名前さ。今は、Dr.ノン・ボーンと呼ばれている。そう呼んでくれよ」 男が名乗ったそれは、魔術社会では知らぬ者のいない名であった。
「あぁ、その名、君だったのか。知らなかったよ……そう言えば、君の素顔も私は知らないな」 「…見ても面白いものじゃないが、見たいのか?」 「君がいいなら、うん」 ノン・ボーンの言葉に、ホロシシィは頷いた。ノンボは嘲るように笑いながら布を捲った。 「おおぅ……茶のおやつに見るもんじゃなかったな。何故、修復していないんだい?」 「不治の呪いだ。俺という存在の頭部、その顎から下が"治癒できないもの"となっている」 「なるほど。道理を超えて結果を生むモノ、か。……魔女のやり方だね?」 「ああ。奴はユミナに連なるタイプ…だったか。確か、お前は違うんだったな」 「……ああ、違う。恋をしたら醜い老婆になるような魔女とは、私は違うさ」 「是非とも、その"秘訣"を知りたいところだ。メイソンへの手土産になる」 そう言うとホロシシィから、確かな殺気が放たれる。 それに対し、冗談だと静かに肩を震わせ、ノン・ボーンは笑った。 その姿を、ホロシシィは珍しいものを見るような目つきで見ていた。 「へぇ、君も、そんな風に笑う事があるんだね」 「俺だって"人間"だからな。そう言うお前は、どうなんだ?」 ノン・ボーンの問いに、ホロシシィは自嘲めいた笑みを浮かべてから。 「さぁね。ただ、笑うのは人間の特権じゃないさ」 と答えた。
「ではドクター?今日、私をわざわざ呼び出した理由を聞こうか。 まさか、また殺し合おうなんて言うんじゃないだろうね」 「冗談はよせ。もう2度と、お前のような化け物と戦うのは御免だ」 どの口が言う、とホロシシィは笑った。ノン・ボーンは表情を変えずにそのまま続ける。 「端的に言おう。俺たちは今、力ある魔術師を集めている。お前、俺たち側につく気はないか?」 「へぇ、何を企んでいるんだ? 確かメイソンについたんだろう君。どんな大惨事をしでかすつもりだい?」 「新世界を作り上げる」 へぇ、と興味深げにホロシシィは目を細めた。 「お前は……この世界に居場所が無い存在だと、少なくとも俺は理解している。 そんな腐った世界を、望む新世界へ変えてみたくはないか?」 「……新世界、ねぇ」 物憂げに、ホロシシィはカップを傾けながら空を仰ぎ、自分の過去を想起する。 常人の数十倍の記憶野からは、様々なものが浮かび上がるが……その中に、一際輝くモノがあった。 「まぁ、昔の私なら乗っていただろう。……だけど、当面はお断りだ」 そう言ってホロシシィは立ち上がる。その脳裏に浮かぶのは、自らの受け持つ生徒たちの顔だった 「私が望む新世界は、今まさに「手に入っている」から、ね」
葉っぱを使うことで手を汚さない工夫にもなっているとはなんとも合理的だとセイバーは感心する。 そして、始めての柏餅を葉っぱごと頬張り、カシワの苦味と餅と餡の甘味の入り交じるその独特な風味を味わったあと、サクヤに疑問を投げかけた。 「サクヤは食べないのですか」 「うん。セイバーが食べていいよ。あと葉っぱは食べないものだよ」 サクヤは餡が嫌いだった。 小豆を潰した食感がなんとなく嫌だったし、喉が渇くことがとにかく苦手だった。 その後飲むお茶が美味しく思えるのは良かったが、和菓子ならばだいたいそうだったので、やっぱり好きになる事はなかった。 「好き嫌いは駄目ですよ」 「好き嫌いという個性がなければ人類はこれほど豊かに食文化を発展させる事など出来なかったと思うのだがね。はいお茶」 「どうも。お茶と合って美味しいです」 本当に幸せそうな愛くるしい笑顔を見せるセイバーを見て、サクヤはやっぱり考え直して、ひとつ食べてみることにした。 思ってた通りの味だったが、なんだか今日は美味しく感じられた。 なぜだろうと疑問に思い、すぐに目の前の少女がその答えだと気づいて、サクヤはもう一口頬張った。 そういえば、柏餅で一つ思い出したことがあった。 「なんでセイバーは甘いものが好きなんだ?」 「む?」 リスのように両頬を柏餅で膨らましてこちらを向くセイバー。可愛いやつめ。 そして回答するためにもきゅもきゅと口内の柏餅を食していった。可愛いやつめ。 「はいお茶」 「どうも。……ふう。なぜ私が甘いものが好きなのか、ですか」 セイバーは少し考えた後、何かを懐かしむように、そうですね、と語った。 「当世における甘いもの、特にデザートはある種『幸福の象徴』のようなものといった印象でした。 それも高貴な人のみの嗜好品ではなく、街の人々、特に年頃の女性が好んで食べるものだと。 現界したばかりの私は、人の心を理解するにあたって、まず形から倣おうと考えたのです。そして」 「そして食べてみて、心を奪われたと」 「はい。それはもう一目惚れでした。あむ」 一通り話し尽くし、柏餅を美味しそうに食べるセイバー。可愛いやつめと思いながら、自分も新しく柏餅を1つ頬張った。
>柏餅から葉っぱ剥がすのってなんだかエッチですよね 水無月サクヤに天啓が舞い降りた。 「セイバー、君は人の気持ちを理解するために甘いものを食べてみたとさっき言ったね」 「いいましたが……」 サクヤがこういう輝く目をしている時はまた変なことを思いついた時だ。セイバーは目を細め警戒する。 「いっそ甘いものの気持ちを理解してみるというのはどうだろう!? そう君は、これから僕の手で柏餅になるのだ!!」 「は?」 「つまりだね。柏餅を覆う葉っぱのように君の体を何かで覆う!そして、それを僕が剥がして中身を食べるのだよ!そして君は柏餅の気持ちを完全に理解する!このロジックはパーフェクトでチャレンジはドリームだ!」 何を突然言いだしたのかわからないというセイバーをサクヤはそのどこからくるのかわからない熱意で無理やり押し切り、ふたりの城へと連れ込んだ。 しばらくすると、セイバーはまさしく葉っぱが体に張り付いただけというような奇抜な格好にさせられていた。 「セイバー!今君はだいぶ柏餅だよ!かなり柏餅だ!」 これは褒め言葉なのだろうか? 自分は一体何をしているのだろうかとセイバーは悩んだ。
「母上、産後の肥立ちは如何ですか?」 巡察の最中、実家であるペリノア王の居城に立ち寄ったラモラックは久方ぶりに顔を会わせようと母を訪ねていた。 アーサー王と王の即位を認めない11人の王との戦も一段落となり、ブリテン内戦の終息は間近に迫っている。 それは、卑王ヴォーディガーンとの決戦を意味していた。 こんな時期に末の弟が産まれたと聞いたラモラックは最期になるかも知れないと母に会い来たのだ。 「まぁ、ラモラック! ……どうして男の人は、騎士と言う生き物は戦に夢中になると家の事をすっかり忘れてしまうのかしら。 ねぇ、パーシヴァル?」 ラモラックの顔を見るなり母は大袈裟に驚いて見せると、腕に抱いた赤子の頬を軽く突いた。 パーシヴァルは眠いのか、母の指を小さい手で軽く握る。 「……パー(槍)とデュア(硬い鋼)。良い騎士になりそうですね」 母の軽い揶揄に気まずそうにその長身を縮ませて、ラモラックは何とか言葉を絞り出した。 「パース(貫く)とヴァル(谷)よ。全く女の子にしては随分物騒過ぎるわ」 うつらうつらと首を揺らすパーシヴァルを揺りかごへと乗せると、母はため息を付く。
「妹? ふむ、確かに。妹でしたか」 揺りかごを覗き込む、名前で思い込んでいたが、言われてみれば女の子かもしれない。 「貴方のそう言うところは本当に良くないわ、戦と領地経営以外に興味を持ちなさい」 体全体でラモラックを押し退けパーシヴァルから遠ざける母。 ちょっかいを出されて起こされたくないらしい。 「機会があれば、何か趣味を探すとし ます」 お小言が多くなってきた。と言わんばかりに顔を反らすラモラック。 その足は出口へと向いていた。 「もう行くのラモラック? 落ち着きがないこと。 あの人に宜しくね」 もう少しいたらどう?などと騎士の奥方は言わない。 名残を残す前にさっさと行きなさいとでも言わんばかりに母はラモラックを追い出し手を振っていた。 母上はパーシヴァルを騎士にはしたくないようだが、母上に似ても中々の騎士になるのではないか? もし、嫁を探すならもう少し気性の控えめな女子が良いな。 口には出さずに様々な事を考えながらラモラックは部屋の扉をゆっくりと閉めた。
サールースで行われた槍試合の後、ラモラックは騎士王アーサーに呼ばれ、会話を交わしていた。 「良く戻ってくれました、ラモラック」 玉座へと腰掛けた騎士王は気のせいか口調が軽い。 姿を消した古馴染みの騎士が戻ってきた事に僅かに気が緩んでいるのか。 「…許可も得ず姿を消した件は申し訳ありません。此度は王が嘆かれていると風の噂で耳にしましたので」 膝を着けたラモラックは僅かに顔を上げ、気まずそうに言葉を発する。 正しく顔向けが出来ない、といった所か。 「嘆く?何故私が騎士たちの奮闘を見て嘆くのですか?」 騎士王の珍しく困惑した表情にラモラックの眉がピクリと動いた。
──────嗚呼、哀れで忠誠厚く愚かなラモラック。 ──────あの優しいアルトリアが騎士達の奮闘を見て嘆く訳がないのに。 ──────察しが悪い貴方でも分かるだろう?貴方は嵌められた。
脳裏に響く愛しくも、二度と聞きたくなかった声にラモラックは全てを悟った。
「王よ、褒美は要りません。 代わりに暇をいただきたい」 ラモラックは顔を上げ、騎士王を直視する。 彼が騎士になった直後と変わらず若い姿のまま、見慣れた筈の姿がやけに眩しく思えて、少し目を細める。 「……そうですか」 「御恩に報いられず、申し訳ありません」 少々の合間の後、騎士王はただ頷く。 騎士王の何時もより更に感情の乗っていない声にラモラックは頭を下げる事しか出来なかった。
──────アルトリアは、もう貴方が帰って来ないと分かっているようですね。
騎士王は去り行く者を引き留めない。自分の元にいることはその者に取って不幸だと言わんばかりに。
「いきなり帰ってきて暇とはどう言うことだ?」 騎士王の玉座を後にしたラモラックの前に現れたのはベディヴィエールとルーカンだった。 ベディヴィエールはラモラックに詰め寄るとその顔を見上げ、睨みつける。 「……ベディヴィエール、ルーカン。後は、頼む」 ラモラックはベディヴィエールを押し退けるとルーカンに軽く頭を下げ、その場を立ち去る。
「分かった、任せたまえ」 「姉さん、どう言うことだ?」 ルーカンはそれに頷き、ベディヴィエールは不服そうにラモラックの背を見た。 「無頼漢を気取っている癖に、最後の最後で確執や血の因果に囚われるとはね。『彼女』が生きていれば、そんなものはブッ壊せば良いって言い切る女性に出会えれば違ったのかね…」 「姉さん?」 大きく溜め息を付くとルーカンはラモラックとは逆方向に足早に去っていく。 困惑が隠せないベディヴィエールはラモラックの背を今一度見ると、ルーカンの後を追った。
キャメロットの城門前で鎧を纏い、槍と盾を持ったままでラモラックは祈る。
「母上。親父殿に続き、早逝する馬鹿息子を御許し下さい。パーシヴァル、お前は騎士になどなるな。……騎士ラモラックこれより、死地に参ります」 祈りを終えたラモラックは城門を押し開け、外へと足を踏み出す。
──────本当に馬鹿な人。全てを捨て去ってしまえば長生き出来たのに。
「それは君との愛さえも否定することになる」 脳内に流れ込んでくる声に一言返したラモラックは振り返りもせずにキャメロットを後にした。
「ラモラック、今から来れるか?」 土夏旧市街の路地裏でマレフィキウムは自身のサーヴァントであるラモラックへと召集を掛けていた。 聖杯戦争参加者に支給された携帯電話を土夏の都市伝説であるレッドコートを模した赤いコートのポケットへと仕舞う。 高度に再現された土夏の夏は暑い。 日陰でもコートの中が汗ばみ、蒸発した汗がマレフィキウム…楊小路水貴の華奢な体をじっとりと蒸しあげる。 気のせいか、背中にある令呪の部分が余計に暑く感じるのは不思議だ。 (人の事を待たせやがって…) マレフィキウムのイラつきが頂点に達し掛けた頃、漸く八つ当たり先は現れた。 「待たせたな、マスター」 「遅ぇ……待てテメェ!いや、なんなのその格好は!?」 何時もの仏頂面と灰色のジャケットを想像していたマレフィキウムは思わず唖然とした。振り上げた拳の行き先すら分からなくなるほどに困惑する 一方ラモラックはマレフィキウムの反応に首を傾げた。 ラモラックは何時ものジャケットではなく明朝体で大きく魔女愛!と書かれたTシャツを着ていたのだ。 「……街中で、出会った青年に、勧められたのだが」
──────────────────────── 数時間前、土夏新市街のとある公園。 「…………」 何時も通りラモラックは公園のベンチに座り鳩に餌をやっていた。 何時も通りと言っても召喚されて数日行っているに過ぎないことだが。 夜になれば悪逆無道を尽くすマスターに支える自分が昼間はこんな事をやってると知れば笑う者もいるだろう。 だが、これは矛盾ではない。とラモラックは思っている。 悪逆の限りを尽くす人間が家に帰れば優しい父親になる。というのは珍しくはないだろう。 人は誰しも複数の顔を持っている。太陽の騎士と呼ばれたガウェインが父の仇や母親の情夫を複数で暗殺した暗い一面を持っているように。 或いは、それは我がマスターたるマレフィキウムも同じ……下らん、俺はマスターに仕える剣。余計な思考は……
「お兄さん、ちょっと良いですか?」 急に掛けられた声にラモラックの思考が中断される。 「……なにか?」 声の主は青年だった。 爪先から頭の先まで、値踏みするように視線を走らせる。 ヘッドフォンを首に掛け、パーカーとスキニージーンズによる活発的な印象を与える服装。 見掛けだけなら聖杯に与えられた知識と《TSUCHIKA》で購入した本を読んだ情報を総括して考えれば限り今時の若者、と言った所か。 高度に土夏を再現された《TSUCHIKA》では相手がNPCか人なのか、サーヴァントなのか判別をつけるのは難しい。 魔力は然程感じない。……両手は、手袋を付けていて見えない。 「いえ、数日前からここに座っているのを見掛けまして」 「ああ、近くの、ライブハウスで、夜に、ライブを、やらせて貰ってるんだ」 少なくとも敵意を向けている訳ではないようだ。 用意していたカバーストーリーを口にする。 NPC相手に何度も同じことを話していた。 「ライブですか?」 意外そうな顔を見せる青年。 「ああ、ベースを、やっていてね」 近くに置かれたケースを指差す。 無論、虚偽である。内部にはガラティーンが入っている。 「元々は、イギリスに住んでたんだが、日本の友人に、誘われて、此方に来たんだ」 ゆっくりと、相手に警戒されないように立ち上がった。 「土夏は良いところだ、ロンドンに比べて飯が安くて、旨いのが、最高だ」 歩きながら言葉を続ける。 サーヴァントではない。サーヴァント独特の戦慣れや修羅場慣れした雰囲気が彼にはないからだ。 NPCかマスターかこの場で確かめるか? マスターであるか判別するのは難しくはない。 この場で襲い掛かり首の一つでも締め上げれば良い。 昼間は襲撃や戦闘が制限されている《TSUCHIKA》であれば、俺はその場で動きが止まるか停止する。 マスターであることが分かれば、昼間に活動していれば格好の獲物だ。 昼間の内に後を付けねぐらやアジトを探しだし22時になった時点で強襲をかけられるだろう。 (……まぁ、マスター抜きでやるにはリスクがありすぎるな) NPCだった場合は犯罪者として通報され、昼間に動きづらくなり、他のマスターやサーヴァントに面が割れる可能性がある。 独断専行でやるべきではない。ラモラックはそう判断した。 「まだ、此方に来て、日が浅いもので、言葉が、たどたどしくて、聞きづらいだろう?」 青年に笑みを見せる。 「いえ、お上手ですよ!…僕はてっきり、ヤの字の人かと」 あはは、と青年は頬を掻きながらはにかむ。 「ふむ(ヤ? マフィアか) 昔から、服装には、無頓着でね、ライブの衣装は、友人が用意したもので、良いんだが」 「そうだ、良ければ、私に似合う、服を見繕って、くれないか」 「ええ、僕で良ければ!」
─────────────────────────
「と、言うわけで、その青年に、服装を選んで貰った」 仏頂面のまま経緯を語るラモラック。 はぁーっと大きなため息を吐くと、マレフィキウムは大きく深呼吸をする。 「………今すぐ着替えて来やがれ!」 怒鳴った。マレフィキウムは今までにない怒りを込めて自身のサーヴァントを怒鳴り付けたのだった。
「何やってんだ、オマエ」 土夏海浜公園、ペスト医師のような仮面を付けた少女は目の前の男に問い掛けた。男は手に持ったパンをちぎり鳩に与えている。 「日光浴、と言う、奴だが」 手持ちのパンがなくなり、鳩がパンを食い終えた事を確認するとラモラックはパン!と手を叩いた。驚いた鳩は一斉に飛び上がり、人目は鳩に集中する。 「マジで言ってんのか?頭湧いてんのか?」 少女、『マレフィキウム』は顔こそみえないが、ラモラックを正気と思えないとでも言わんばかりの態度を見せる。 「俺じゃ、ない、こいつだ」 ラモラックが指差したのはギターケース状の半透明のケースだった。 「そいつは……」 「俺の、正確に言えば、俺のでは、ないが、今は、俺の、武器だ」 マレフィキウムとラモラックは人目を気にしながら、言葉を選びながら話を続ける。 「『こいつ』は日に3時間は日を当てなきゃ真価を発揮できない」 「マジかよ、それ」 「言った奴が、ディナダンと言う、適当な、ホラ吹きで、有名な、奴だが、それを、しないで負けるより、ホラを、信じた方がマシだ」 「……そうかよ」 「……ああ、少なくとも、俺は負けるつもりはない」
え?ラモラックあの話マジで信じたの? 俺ガウェイン卿とすげぇ仲良くないしガラティーン持ったこともないのにそんなの分かるわけないじゃん 太陽の聖剣だし3時間3倍になれるから3時間位日に当てるのかもねって言っただけだよ俺は あー…ごめんウソ。ノリでガウェイン卿はガラティーン3時間日干しするらしいぜ!!って言った気がするわ
「ビンゴ、だな」 とあるビルの屋上、双眼鏡で教会から出てくる二組を見ながらラモラックは呟いた。 「もう一組釣れるのは予想外だけどな、僥倖って奴か」 マスター、マレフィキウムは上機嫌そうにその様子を強化された視力で見ている。 随分上機嫌だな、等とは言わない。ここ数日でラモラックはマレフィキウムとの付き合い方を分かってきていた。 恐らく次は…… 「早速潰しに行くぞ」 「どちらからだ?」 予想通りだ。とは言え、彼女は無謀ではない分断してどちらかから潰す筈だ。 無謀ではないか?などと言ったら蹴られるかゴミを見るような目で見られただろう。 顔面蹴られたり魔術を使ってこない分可愛いものだが。 「おい、なんだその生温かい視線は。取り敢えず男と騎士っぽい方からだ」 「理由は?」 結局脛を蹴られた。脛当てに足が当たった金属音が小さく響く。 「勘」 ふむ、と頷く。魔術において勘という物は案外バカに出来ない。ならここはマスターの勘に任せよう。 「では、マスターは、もう一組を?」 「ああ、あの女の面が気に入らない」 その答えに好きにすればいいさ、とでも言わんばかりに肩を竦める。 今度は金槌で兜を叩かれた。流石に頭が揺れ、少し大きな金属音が響く。 音が出ないように金槌にタオルを巻いていたようだ。 この程度可愛いものだ、という言葉は訂正しよう『マレフィキウム』の名に相応しい。 「1分半だ、プラマイアルファはアンタの勘に任せる。コテコテ同盟が連携を組むならそれ位が妥当なタイムだろ? んだから、1分半でキッチリ殺す。魔力回すぞ …ブッ潰せ!!バーサーカー!!」 マスターの表情、と言っても見えないが。その気配が変わった、遊びは終わりだ。 「承知した。……離れてくれマスター」 魔力を全身に回すと黒炎が全身を包む。 手摺に足を掛け、そこを踏み抜くように跳躍。 今日は月が随分と明るい。 月光を遮るように宙返りして、逆立ちのような姿勢になるとターゲットの二組を視界に入れる。 見覚えがあるような気もするが、直接見れば分かるだろう。 黒炎を噴出させ、加速。二組の間に向けて槍を投げる。 さぁ、決闘と行こうじゃないか。ルールは『マレフィキウム』流だがな。
「再会祝いに、盃でも、贈ろうか? ああ、貴様の、マスターに、不貞がバレるのはマズいかな!ハハハハハッ!」 下卑た笑いを浮かべる黒炎の騎士にトリストラムは眉一つ動かさない。 ただ、一本の矢を持って返答とした。 黒炎の騎士は盾を持ってそれを防ぐ。 「…安い挑発ですね。そんな挑発、言葉遣い…する方の品が知れると言うもの。 どこの馬の骨とも知れぬ三流騎士の言葉など聞く耳はありません」 続いて、一本、二本、三本。言葉を続けながらも矢を放ち続ける。 まるで汚物を見るかのようなトリストラムの目線は黒炎の騎士を矢の如く居抜いた。 「クククク……フハハハッ!!アハハハッ!…ああ、間違い、ない!貴様は、容姿こそ、性別こそ、違えど、間違いなく、あの嘆きの子、円卓第二の騎士と、謳われた、あのトリスタン、だ!」 黒炎の騎士は放たれた矢を今度はランスによって切り払うと狂乱したように笑い、天を仰ぐ。 「その名も、剣も、鎧も捨てた。今の私は狩人トリストラム」 「いいや、捨てきれぬさ。名とは生まれた瞬間に刻まれる祝福であり、呪いだ」 黒炎の騎士は頭部の炎を解除し、その兜を露にした。 これを見れば自分が誰かは分かるだろう?とでも言わんばかりに。
「……全く、悪逆の騎士など慣れぬ事をするものではないな。よりによってあのトリスタンとは相討ちとは」 「いえ、貴方に相応しい在り方と末路よ」 「抜かせ、アーチャー。なら貴様の最後も俺と同じくらい無様だったことになる」 「ええ、その通りよ」 「ふん、貴様とは本当に反りがあわんが、奇しくもお互いサーヴァントとしてマスターには恵まれたようだ」 「冗談、あんな女二度とごめんよ」 「そうか。俺は彼女にならもう一度呼ばれても良い」 「あの陰険性悪女は貴方にお似合いでしょうね。不貞を暴く盃など探し出して送りつける男には」 「チッ、しつこい奴だ……いや、今のは忘れてくれ。あれは、完全に俺が悪かった」 「随分素直ね」 「最後だからな。……次に会った時は俺が勝つ、首を洗って待っておけ」 「……最後まで共にいることが出来ずにすまない。先に逝くぞ我が主『マレフィキウム』」 「最後までバカな男ですね。 まぁそれは私もか。……精々最後までみっともなく足掻いて、生き残って見せなさいマスター、枢木楡」
「────幼稚で惨めで浅ましい!みっともない、みっともない、本当みっともなぁぁぁぁぁぁぁぁあああい!クソ女よ! ばぁぁぁか!このっ、ばぁぁぁぁぁぁああああか!!」
「……なんだ、今のは?」 一方的な強襲からトリストラムを押しきれず一進一退の攻防を繰り広げていたラモラックが聞いたのは、感情を剥き出しにした子供の悪口以下の何かだった。 「お前の、マスターか、アーチャー」 「……さぁ、知りませんね」 ラモラックの問いにそ知らぬ顔で矢を放つトリストラム。 攻撃の圧が強まった辺り、トリストラムのマスターの声で間違いないらしい。 時間差で飛来する矢を盾と槍で打ち払う。 (マスター、なにがあった、マスター?) 『マレフィキウム』は念話にも答えようとしない。 「この勝負、預けるぞ、アーチャー」 「逃がすとでも?」 マスターの異様な様子に背を向けたラモラックに追撃を掛けるトリストラム。 「預けると、言った」 左手で引き抜いたガラティーンを振るう。ガラティーンの異持、黒点である由縁。磁気操作で操られた周囲の鉄骨や金属片がトリストラムに絡まるように拘束し、檻のように折り重なる。 トリストラムであれば短期間であの檻から抜け出すだろう。 確信じみた思いを胸にマスターの元へと跳躍した。
「はぁ、はぁ…どうよ!目にもの見せてやったわ!」 マスターの元に駆け付けたラモラックが見たのは肩で息をして勝ち誇るアーチャーのマスター。 そして仮面を剥がされ、踞りうめき声を上げる『マレフィキウム』…いや楊小路水貴の姿だった。 「あっ……ぐっ! ア、アタシは、アタシは……!」 思わず愕然として立ち尽くす。 マスターは『マレフィキウム』は、……これは、ダメだ。少なくとも暫くは立ち直れまい。 見たところマスターに外傷はない。 『マレフィキウム』は強い。少なくとも弱い箇所を人に見せるような事はしないと知っている。 そのマスターに口だけでこれほどの精神ダメージを与えるとは…… 例え口の上手さだけで巨人王を殺したと嘯き、実行して見せたサー・ケイですら、ここまで見事に相手の心は折れないだろう。 どうやら、アーチャーのマスターは傑物、女傑であるらしい。 「マスター、ここは、退こう。立てるか?」 「……ぁぁ」 ラモラックの声に『マレフィキウム』は力なく頷く。
「アーチャーの、マスター」 『マレフィキウム』を背負いながら楡へと話掛けるラモラック。 「なによ!」 気の強い女だ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。 ヒスを起こしたモルガンを思い出す、ああいうのは触るだけこっちが損だ。 「名を、聞かせてもらいたい」 「枢木楡よ、なんか文句あるの!?」 「いや、ない。 ……ただ、大した魔術師だと、感心するよ、レディ枢木。その口の悪さもな」 「へ?レ、レディ!?なにそれ!」 楡の困惑を余所にラモラックは跳躍し、夜の闇の中へと飛び去っていく。 「……泣くな、マスター。今は休め」 「……泣ぃて◯△□」 どうもマスターは相当重症なようだった
魔力負荷と超過駆動に限界だと叫ぶように体が軋む、分かっている。限界が近い。 敵は如何なる理由かマスターなしで現界を続ける亡霊の王ワイルドハントと化したセイバーとその配下である19騎、そして… 思考の合間を縫って、敵の一騎が側面に回りこんでいた。 まだ辛うじて反応できる。大振りの剣撃をシールドバッシュで弾き返す。 決定的な隙にガラティーンで胸を突き刺し、魔力を注ぐ。敵は黒炎によって灰も残らず燃え尽きる。その筈だった。 だが、敵を焼き尽くす程の火力が出ない。まるでルーカンがシチューを煮ている時の弱火だ。 剣を無理矢理上に持ち上げ、頭を真っ二つにして引き抜く。これで3…4騎目だったか。 「バーサーカー!」 俺を援護しようと、『マレフィキウム』が魔術を行使しようとするが、疲労からか足が縺れている。 無理はない。既に1時間は第二形態を維持し続けているのだ。 瞬間、何かが『マレフィキウム』を狙って飛来した。 盾で受けるのが間に合わない。射線に割り込み鎧で受ける。 肩を貫通し、血が鎧を赤く染める。 奴は俺に確実に当てる為に、わざとマスターを狙った。 懐かしくも忌まわしきこの矢は忘れられる筈がない 奴はこの弓矢の技巧を持って数いる騎士の中で第二の騎士と称えられた。 セイバーの軍勢、最後の20騎目、アーチャー…トリストラムだ。 意思なきその瞳はまるで人形のようで、イヤでも奴が敗北したのだと実感する。 気に入らない。騎士を捨てただと?ワイルドハントだと? ただ、負けたのなら良い。だが、その醜態はなんだ?捨てた筈の騎士鎧を身に付け、主でもない奴に従い生者を襲う。 これが、あのトリスタンの姿か! 叫び、吠えたてそうになる口を閉じ、歯を食い縛る。血の昇った頭を振り、冷静さを保とうと深呼吸。 「マスター、ここまでだ」 バックステップで後背へと退き、『マレフィキウム』の姿を敵から隠すように盾を構える。 「…ふざけんな! アタシはまだ、まだやれる!」 無理だ、肩で息をして、呼吸が整わない。 「君の目的が、果たせ、なくなるぞ」 「クソ!クソ!クソ!退く!退くぞバーサーカー!」 マレフィキウムの拳から血が滲む。 叱責なら後で幾らでも受けよう、罵倒もされよう。例え、君がそれを望んでいないとしても、それでも…私は、君に生きて欲しいと願う。
「ああ、来たのか、マスター」 「……なんだ、その格好」 「知らないのか、釣りだ」 「いや、それは分かる」 「……正直、今回の事は、俺も堪えた。だが、サーヴァントは、成長しない。 変わるとしたら精神面だ。グリフレットの、ようにな。俺が、変わろうとしているのが、不愉快なら、止めるが」 「いや、別に良い」 「そうか」 「バーサーカー。 アタシ、魔術を習い始めた」「誰にだ?」 「枢木楡、アーチャーのマスターだ」 「……信用出来るのか?」 「大丈夫だ、多分。アイツは、なんて言うか、凄く義理堅い、それに…多分似てるんだ、アイツとアタシは」 「分かった。俺も信じよう、君の感覚を」 「……バーサーカー。アタシは強くなる、絶対にだ」 「俺は、君の騎士だ。 契約の続く限り、何処までも、着いていく」 「バーサーカー、その、ありがとな」 「…………カッパを持っていく。今日は雨になりそうだ」 「テメェ!」
少女達が目を覚ました時、そこは… 「ん、もう朝か。ってここは…おい、蘭?蘭!起きろ!」 「ぉはようジゼ…ってここどこ?」 見知らぬ土地だった。 「あれ?フランス行きの列車へ乗ったのに見知らぬ土地へ?」 「気を付けるでち、ピオジア氏。殺気が凄まじいでち」 「嘘でしょ…なんで私達新宿に、特異点にいるの!?」 目を覚ました少女達がいたのは特異点、或いは最悪の土地。泥新宿。 「ど、どうしましょうくにさん…自分どうしたら…」 「おちつきましょう、ペトラさん。深呼吸です!」 困惑するもの 「あー、このヤク効くねぇ」 「おっ、分かるかい嬢ちゃん!これもキメてみな!」 馴染むもの 「シシィ、生徒達の一部が目を覚まさない、それに出掛けて消息を経った生徒もいる」 「ああ…厄介だね、交錯影列車と夢の国案件が同時とは。廿日、いつでも出れるようにして置いてくれ」 「止めな、二丁目でヤクなんてばら蒔くんじゃないよ」 「てめぇ! サーヴァントにバウンサー!ちっ、覚えとけ!」 「お嬢さんうちの店においで、どうせいくとこないんだろ?」 「姐さんカッコいい…」 「呆けてんじゃないよ、ダコ」 超常の存在、サーヴァントに。 「…お前ら、混じり物か?」 「ち…違います…」 「まぁ、いいさ。疲れてるようだな、暫くはここで休んでいくといい。茶くらいは出そう」 「好い人みたいですね、ペトラさんスヴェトラーナさん!」 (竜殺しとか殺されるかと思った…)
「つまり今回の件は君のせいではないと言うんだね、胡蝶」 「無論だよウォッチャー、そんなつまらないことを、私がするとでも?大方夢見人の才能がある子が何人かいたんだろう。それが運悪くに接続されたか」 少女達は集まり、帰還に向けて動き出す。
「どうするか?帰るに決まってる、タバコもないしな」 「えー、私はここ結構好きだけど?」 「一人で残っても歓迎するわよ?」 「よし、帰ろう!」 「……なら決まりだな」 「で、どうやって彼女達を返すんだ?」 「決まってるじゃない。スナークハント、いえスネークハントよ」 「あのウロボロスを? 嘘でしょ…」 泥新宿×綺羅星の園 泥濘の星 20021年公開予定
「なんやうちと似た匂いがするから来てみればまたけったいなことになってはるなぁ」 「ええ、全くね。退屈しなくていいけれど」 角の生えた鬼と西洋人らしい金髪の二人の少女達は新宿の片隅で長身の女性と対峙していた。 「どちら様ですの…?」 長身の女性、といってもまだ8歳のスヴェトラーナはその小豆色の髪を不安そうに弄りながら問う。 朝起きたら見知らぬ土地に放り出され、追う背中もない今スヴェトラーナは非常にナイーブになっていた。 だからこそ分かる。目の前の二人から感じる気配、感覚。間違いなく自分の同類だ。 「ああ、うち?まぁそやね、泥新宿のアヴェンジャー何人目やったけ?」 鬼の少女、鬼童丸は首を傾げ金髪の少女、モードに問い掛けた。 「寒波、赤コート、双龍に私達。四人目よ」 モードはいつもの事だとでも言わんばかりに答える。 「ああ、そや、4人目や。4人目のアヴェンジャーとか二人組のアヴェンジャーとか言われとる」 「スヴェトラーナは、スヴェトラーナは、貴女達とは無関係ですわ…」 深淵のような鬼童丸の目から目を反らす。 「いややわぁ、あんたうちと同じ混じり物やろ? 竜や」 「一つ訂正してもらいますわ。ドラゴンではなくジラント。そう、東欧至上の種族ジラント。幻想に生きるものの中でも最上位に生きるもの、全ての連鎖の頂点」 煽るような鬼童丸の言葉が気に触ったのか、スヴェトラーナは少々早口になりながらも言い返す。 「そういうの語るに落ちるって言うんじゃない?スヴェトラーナさん?」 くすくすと、ひどく愉快そうに子供を慈しむようにモードは微笑んだ。 「あ! ほ、放っておいてくださいまし!」 あわてふためくスヴェトラーナ。 恥ずかしかったのか顔が真っ赤にそまっていた。 「あんた、面白いなぁ。うちらと組まん?」 「貴女、また勝手に…」 「ええやないの」 鬼童丸とモードは和気藹々と会話を続ける。 「お断りしますわ、スヴェトラーナには帰らなければ行けない場所があります!」 スヴェトラーナは深く深呼吸をするとしっかりとした口調で言い放った。 「……残念やなぁ」 「ええ、本当に残念」 アヴェンジャー達の雰囲気が変わる。 しかし、少なくとも惜しいと思ってはくれているようだ。敵対するような気配はない。
「……そこまでだっ!」 瞬間、雷光が疾った。 赤い雷光がアヴェンジャー達の周囲を焼く。 「そう言えば、あいつの縄張り近くだったわね」 「ああ、忘れとった。気分悪いわぁ」 「スヴェトラーナさんを任せるならちょうど良いかもね」 「まぁ、不愉快やけど仕方ないなぁ」 赤い雷光を珍しくもなく眺めながら鬼童丸とモードは溜め息を付いた。 赤い何かが上空から降ってくる。 それは人だった、赤い髪、赤いスーツに身を包んだ槍を持った女性。 泥新宿のランサー(2)、御苑のランサー竜狩り。 「アヴェンジャー! 今日、ここで決着をつけるつもりか!」 怒りに肩を震わせ、竜狩りは吠える。 鬼童丸とモード、竜狩りはこれまで幾度も刃を交えた宿敵だ。 「冗談、今日は気分が良いから見逃してあげるわ。そこの子、スヴェトラーナは迷い人らしいからなんとかして上げて」 「その子は竜やけど、手ェ出したらうちらが容赦せぇへんの覚えとき。スヴェトラーナはん、ほな、またな」 殺気だっている竜狩りとは違い、鬼童丸とモードは戦う気はないようだった。 鬼童丸は竜狩りを一睨みする。 二人はスヴェトラーナに手を振るとさっさと竜狩りの前から立ち去った。 「なんなんだ、あいつらは……」 困惑しながら首を傾げる竜狩り。 殺気は何処かへと行ってしまった。 槍を納めるとスヴェトラーナを見る。 「ひっ!スヴェトラーナは竜じゃないですの!ジラントですの!」 竜狩りを見るとその場にへたりこむ。 (ジラントは竜ではないのか…?) 「迷い人ならちょうど良い。君の知り合いかは分からないが、他にも迷い人がいる。付いてきてくれ」 竜狩りはへたり込んだスヴェトラーナに手を差し伸べる。 暫く躊躇していたスヴェトラーナだったが、やがて竜狩りの手を掴み、立ち上がった。
数時間前、新宿西教会付近。
両腕を組み、周囲を油断なく警戒していた竜狩りは教会の方向から歩いてきた人影に気付いた。 「お呼び立てして申し訳ありません」 それはロープを纏った二人の女性だった。 清廉な気配と淫靡な気配が同居した女性とその影に隠れるように一人の少女。 女性はロープのフードの部分を外し、シニヨンに纏めた金色の髪を露にする。言語化しづらい本能に訴えかけるような色気が女性にはあった。 とは言え、この場には女性(竜狩りを女性と言って良いかは別として)しかいない。 女性の胸は豊満であった。 「いや、貴女の頼みで構わない。…構わないが、なにかトラブルか、ルーラー?」 竜狩りは腕を解き、軽く首を振ると清廉な気配と淫靡な気配が同居した女性、ルーラー…正確に言うならば泥新宿のルーラー(2)、教会のルーラーに問い掛けた。 「ええ、折り入ってお頼みしたい事がありまして……ペトラさん」 「ペ…ペトラ・シャーファウグン…です…」 教会のルーラーに促され、彼女の後ろに隠れていた少女が怯えながら頭を下げる。 フードを外すともこもことした羊のような毛質。 何故か竜狩りは教会のルーラーに近しい淫靡な気配を感じた。
「彼女を保護して貰いたいのです」 「保護? 私にか?」 竜狩りは教会のルーラーの言葉に眉をひそめる。 竜狩りは護衛や護送を頼まれる事はあっても保護を頼まれる事はない。 本人の性質や戦い方は攻め手側であるし、保護と言う防御系の戦い方に向いていないのだ。 「ええ、保護です…」 教会のルーラーは竜狩りの反応を予想していたのか、でしょうね…とでも言わんばかりに困ったような顔を見せる。 「貴女の保護下にある教会やディテクティブ達のいる下水道、サーヴァントのいる新宿二丁目の方が保護には向いているが…そのペトラさんにはそれが出来ない理由があるんだな?」 竜狩りは教会のルーラーの反応と二人の似た雰囲気から何かがあると察した。 「はい。 お恥ずかしいですが、彼女と私の幻霊は困ったことに相性が良すぎるのです」 「幻霊、そうか。サ…」 「それ以上はどうかご容赦を」 教会のルーラーの強い語気に、ペトラはびくりと硬直する。 「ご、ごめんなさい、ペトラさん!」 「大丈夫です…自分の事は気にしないでください…いつもこうですから…」
「……すまない。つまり、彼女も?」 余計な一言で不和を生んでしまった事に頭を下げる竜狩り。 「私の中の幻霊とは別ですが…」 教会のルーラーに宿り、彼女が嫌悪する幻霊、即ち婬魔サキュバス。 大魔術師キプリアヌスを改心させたアンティオキアの聖ユスティナを真名とする教会のルーラーは元々「男性を虜にして、集団を扇動し操る」という目的を持って召喚された。 召喚時には精神を変容させ、淫行を善しとする特殊な狂化が施されていたのだが、彼女が召喚されると英霊の座から監視しているキプリアヌスが、狂化をあっさり解除して彼女を解放してしまった。 どこぞの詩人とは違って感心な事だ、ストーカーには違いないが。 だが、幻霊サキュバスの影響は教会のルーラーに残っており異性を欲情させ、婬夢を見せ、魔力を徴収する。 だから、自身の居場所を聖なる場所と定め邪なる物を排斥するこれほどなく拠点防衛に向いた宝具を持つに関わらず、一ヶ所に留まる事が出来ないのだ。 「本当にごめんなさい…自分…家がそういう体質の家なので…」 ペトラと呼ばれた少女からは婬魔の気配は感じない。 どちらかと言えばギリシャ…鋼の気配がする12神ではなく土着の神の気配がした。
だが、確かにフェロモンのような淫靡な気配は感じられる。 だからなのだろうか、キリスト系の婬魔であるサキュバスとペトラのギリシャ系の淫靡さ、系統が違うが故にどちらかがどちらかを飲み込わけではなく、相乗効果でより異性を欲情させてしまう。 魔術師キプリアヌスの加護や自身を守る力のある教会のルーラーが無理ならばその矛先はどこに向かうか……考えるまでもない。 守るべき人々が弱きものを蹂躙凌辱する。そんな事は絶対にあってはならない。だから教会のルーラーは基本的に単独行動かつ女性寄りではあるが、器物であり神霊である竜狩りへと保護を頼んだのだろう。 「……人の多い教会や下水道、二丁目ではマズいか。分かった私が預かろう」 「感謝します」 思案の末に受け入れる事を決めた竜狩りに教会のルーラーは深々と頭を下げる。 「改めてまして……ペトラ・シャーファウグンです……こんな自分で…ご迷惑をお掛けしますが…よ、よろしくお願いいたします……」 まだ心を開いてはくれていないらしい。 まぁ、いいさ。と竜狩りはよろしく頼む、と挨拶を返すのだった。 直後にペトラが別の時間から来た迷い人であると知り、驚くことになるのだが。
「ドロシンジュクですか……」 竜狩りの拠点である新宿御苑への道すがら、竜狩りとスヴェトラーナはお互いの持つ情報を交換していた。 ここが泥濘の新宿と呼ばれる特異点、人類史に出来たシミであること。泥新宿ではサーヴァントが無差別に召喚され、無法地帯と化していること。 スヴェトラーナが言うにはスウェーデンの魔術師の学校、綺羅星の園にいた筈が気づけば泥新宿へと来ていたと言う。 「綺羅星の園にも日本人の御姉様はいらっしゃいますが、日本へ実際来るのは初めてですわ!」 何処と無く嬉しそうなスヴェトラーナに思わずそれは良かった。と相槌を打ちそうになった竜狩りはなんとか口を嗣ぐんだ。 身一つで知らない土地、しかも特異点に来てしまって良かったはないだろう。 「ジラント…スラブ、ロシアの竜種だったか、ロシアか……」 「もしや、ロシアの方がいらっしゃるのですか?」 ロシア、という単語を聞いて眉を寄せる。 それを見たスヴェトラーナは目を輝かせて竜狩りへと距離を詰めた。 「あー……一人いるが、彼女を果たして人言って良いものか……」 竜狩りの脳裏に浮かんだのはインターナショナルを背に胸を揺らしながら階段を降りてくる狂戦士。 『同志、竜狩り! その衣装に見合う紅き旗の元で革命の為に立ち上がる覚悟は出来たかしら!?』 頭を振り妄念を振りきる。 流石のレナもこんな事は言わない。多分言わない筈だ。 『しかしだな、竜狩りの抑止力。〝私〟はいつも言っているが、〝彼女〟と君の相性は良くないのになんとか繋ぎを作って〝私〟の戦力化を目論んでいる君にも大いに責任がある。いい加減諦めたまえよ』 レナ川の男はこう言うことを言う。妄念に拳を震わせる竜狩り。 「ところで一つお訊ねしたいのですが、私の前に来た迷い人とはどんな方ですの?」 竜狩りの奇行に首を傾げながらスヴェトラーナは問い掛けた。 「ああ、君より少し位小さな背丈で羊のような髪質の、キャスケット帽を被った子だ」 「キャスケット? もしかしてその方はちょっとこう…セクシーな感じでエメラルドのような美しい瞳ではありませんの?」 「あ、ああ…知り合いだったか」 スヴェトラーナの勢いに気圧される竜狩り。 「まさかぺトラ御姉様もこちらにきていたなんて! 貴女に保護されていたのは良かったですわ」 「最初に保護したのは私ではないが、今は預かっている。 まぁ竜ではないからな」 「竜でしたら殺していましたの!?私も殺すつもりですの!?」 素っ気ない竜狩りの言葉にスヴェトラーナは目を見開く。 「竜だからなんでも殺す訳じゃない。…最近はな」 「最近は!?少し前は無差別でしたの!?」 「………………」 露骨に目を反らす竜狩り。 「何故黙っていますの!?」 「ああ、付いたぞ。 ここが私の根城だ、彼女も中にいる」 「何故無視しますの!? きゃーっ!ころされるー!」 「殺さないから落ち着け……」
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何が起きた。
弓矢のような何かが、鋭く空気を切り裂く音が響いたのは、この私の頭脳がかろうじて感じ取ることは出来た
だが、まるでそれに反応することは出来ずにいた。だが直感する。これが、英霊を使う戦争というものか、と
雇った魔術師が言っていた。サーヴァントとは人の形をした戦闘機のようなものだと。ああ、確かにその通りだ
一切の気配なく空気を切り裂く弓矢を、この私の心の臓腑めがけて正確無比に穿とうとするのだ。全く興味深いよ
腹立たしい事に、この世界には私の頭脳でも反応することのできない存在があると、斯くも証明されたという事だ
だが"そんなことはどうでもいい"。今私は、目の前で起きた事象を、天性の頭脳を以てしても処理しきれずにいた
「…………何をしている、ランサー……。何故、独断で、動いた……」
私の目の前で、私が召喚したサーヴァントが、戦いのための武器が、その胸に弓矢を受け、血に鎧を染めていたのだ
「どうして……何故……!私が…私を守れと命令したかぁ!?」
気付けば私は、彼女に駆け寄っていた。天才たるこの私らしくもなく、感情的に、声高に叫んでいた
「どうして、ですか。そんな事も分からないなんて。私を"高名な英霊"と呼んだだけ…ありますね…」
「喋るな。今魔術師達を手配する。町中に配備しているはずだ。治癒魔術程度、全員が扱えるはずだ!」
この愚図め。どうして致命傷を負ったというのにそんなに満足げな顔をしていやがる。貴様は死ぬかもしれないんだぞ?
死んだらこの私の、人類大統君主となる理想が白紙になる。何故私を守った?私の完璧な理想に泥を塗る気か…!
「守った理由なぞ、明白ですよ。私はあくまで人理の影法師。死んだとしても、座に帰るだけです。
ですが貴方が死ねばそこで終わりでしょう?自称、天に選ばれた最高の頭脳、様?」
ついでにその、信じられないような物を見るようなマヌケ面が見たかった…などと、減らず口を尚もほざく。だが…
「……分かっているなら良い。そうだ、そうだな…。この私の頭脳が失われるのは、人類の損失だ…!」
この女、口先は毒舌に塗れているくせに正論を吐く。ああ、確かにそうだ。この聖杯戦争は通過点に過ぎない
ここで敗退しても、この私の頭脳とラプラスがあればやり直すことが出来る…!
ああ、神に選ばれし頭脳を持ちながら、つい冷静さを忘れていた…!
「だがな……私にも意地というものがある」
私はそう言うと、ありったけの魔術礼装をランサーに装備させた。同時に私が神たる才能で会得した魔術を用いて回復のスクロールを施す。
「付け焼刃の魔術だがないよりはましだ。お前は至高の円卓を彩った騎士の1人だろう?ならば、森に隠れるだけの卑怯者の鼻を明かす程度、出来るはずだ……!」
「───。やれやれ、何処までも……頭脳に見合わないチンケな発想ですね。
承知しました。精々、死にぞこないのハズレ英霊を、最後の一時まで存分にこき使いくださいませ?"マスター"」
「人類大統君主と呼べ!!」
───そう叫び、円卓の騎士とそのマスターは森へと消えていった。結論から言えば、その結果は惨敗だった
彼の招集が災いして"埋葬者"が街に潜む彼の仲間を察知。人の命を犠牲にした男に与した事から手当たり次第に殺された
加え、そこから芋づる式で魔力貯蔵庫と大礼装ラプラスの所在が暴かれ……その全ては、無惨に破壊された
殺されなかった顧問魔術師は逃げ出し、最終的にダニエルは、神秘に関わる手段の全てを失った
残された道は、"埋葬者"に殺されぬよう、日々怯えながら過ごす…、憐れな日々だけであった
要監視対象人物逃走の可能性あり、との報告を受け、第三種警戒体制での待機。
対象は檜扇組に関わる人物との事で、警邏隊と組の衆合同での活動となった。
開けていて囲みやすい基礎構造は組の衆、単独でも食い止めやすい連絡通路は警邏隊が担う。
組のサーヴァントは血の気が多い。近頃は福岡にも怪しい動きがあるということで、組全体が殺気立っている。
そんな中で騒動を起こされたとなれば組の面子も潰される……警邏隊まで導入しての追い込み漁とは、そういうことか。
正直乗り気ではない。組に恩義はあれど、対象には感じ入る事もなければ追う理由もない…………けど。
情報によれば昨日、日本橋付近で『逃がし屋』を見かけたとの報告があった。
組のいざこざはともかく、あの女が関わっているとなれば見過ごすわけにはいかない。
これ以上うちのシマで余計なシノギを回されるのは困る。難波のブランドに傷がつくから。
…………尤も、結果だけ言えば目標は取り逃がした。
痕跡を見るに下層を通って梅田に逃げ果せたのだろう。
淀屋橋沿いの廃棄通路を狙われた?もしくは本町西の……何れにせよ、下層にも組の衆は配置されていたはず。
その監視に一切引っかからなかった、ということは……魔術。魔術の類で目を欺かれた。
加えて本部での爆発騒ぎ。天神会のカチコミか、と慌てていたけど、蓋を開けてみれば単なる花火のイタズラ。
地下から急いで引き上げて応援に向かったけど、結局人混みで本部には戻れずじまい。
対象も、逃がし屋も捕まえられずにどの面下げて帰るんだ、って話。
都市戦争もかくや、といったような騒ぎを掻き分けて家に戻る。
結局逃がし屋を一目見ることも叶わなかった。今日は一手上をいかれる形になったけど……次こそは、必ず見つけ出す。
そして、これは個人的な日記。
曇り空に映える花火……なまらキレイだったな。
※明日の私にメモ 本部提出の時には個人的注釈を削って送ること
心斎橋を警戒中、怪しい人物に遭遇。
赤茶色の髪、琥珀の瞳。スポーツタイプの水着。噂に聞く「繋ぎ屋」の特徴と一致する。
彼女が直接問題を引き起こすわけではない。が、彼女の取り次ぎによって度々事件が引き起こされている。
先日の騒動……以前、私達が取り逃がした男によるサーヴァントの強奪未遂事件……も、恐らくは彼女の斡旋によるものであったのだろう。
逃がし屋に繋ぎ屋。厄介な連中がこの大阪圏には多すぎる。
軽く声をかけてカマをかけてみれば、案の定噂の「繋ぎ屋」だった。
問い質すと悪びれもなく己を正当化する。あまつさえ、こちらの行いを下賤と宣ってみせた。
捜査に協力する素振りも見せないので、強制指導という形で連行する事とした。
激しい抵抗、詳細不明の魔術による妨害行為により補導は難航する。
切りつけた刀……正確にはその血痕だろうか、いずれにせよ刀から謎のワイヤーが伸び、彼女の手に絡め取られる。
面倒だ。もう一本の柄からもワイヤーが伸びている。このままでは簡単に絡め取られるだろう……と、言うのを見越して。
私の刀には細工が施してある。それは鞘に仕込んだ炸裂機能。引き金を引けば信管が炸裂し、飛び出した杭の勢いを以て刀身を射出するという仕組みだ。
高周波ブレードは構造上、どうしても刀身・柄側の重量が増す。パワードスーツならともかく、一般人ではまず取り回すことは出来ない。
そこで刀身自体に勢いを持たせ、初動の衝撃を以て居合の一太刀とする。というのがこのマゴロク製三九式振動剣のコンセプト。
絡め取られるのなら、先んじて刀を食らわせてあげよう。余裕げに笑う繋ぎ屋の顎元に狙いを定め、引き金を引く。
うん、それにしてもあの時の繋ぎ屋の顔は、思い返すたびに笑いがこみ上げる。
ぶへっ、と短い声を漏らし、900gの鉄の塊を顎元に打ち付けられると、軽い目眩を起こしたようにその場に倒れ込んだ。
おじいちゃん流の戦い方じゃないけど、バーリトゥードはミナミの常識。経験はそれなりにあったみたいだけど、今回は私は一手上を行ったね。
倒れ込んだ繋ぎ屋の手首にワッパ……手錠をかける、その瞬間。
“来い、セイバー”。その呼びかけを耳にすると同時に、私の思考は一瞬固まって、そして
呼びかけと同時に、背後に氷のように冷たい気配が現れたこと。
その冷たい気配は冷酷、かつ的確に、私の首筋に向けて抜身の刀を振るっていたこと。
あとほんのコンマ数秒遅ければ、私の首はボールのように跳ね飛ばされていたであろうこと。
…………耳を劈く金属の衝突音が鳴り響き、横薙ぎに払われるその刀を、軽々と受け止めてみせた……もうひとりの、セイバーがいたことを
文字通り瞬きのうちに感じ取ると、振り返った時には……冷たい目で“セイバー”を見据える“セイバー”、そして“セイバー”を見下ろす平然とした“セイバー”が立っていて。
おじいちゃんが助けてくれなければ、今頃は。そんな実感が遅れて押し寄せ、全身の血の気が一斉に引いていくのを感じ取る。
驚きの表情を浮かべていたのは私だけでなく、繋ぎ屋も同様に。
私を完全に仕留めるつもりだったのだろう。隠し玉であろうサーヴァントの強襲を防がれ、呆然と二人を見据えている。
対する彼女のサーヴァント……セイバー。マスターの繋ぎ屋よりも二回りほど幼いであろう、小学生とも見紛う体躯のセイバーは
驚くことも戸惑うこともなく、おじいちゃん――――の、手にした刀を見定めているようで
“ほう、その三本杉。この儂が知らん孫六の真作を持っとるとは……成程。当代は随分と別嬪さんじゃの”
さらりと真名を看破してみせたおじいちゃんのその言葉を聞いて、雰囲気を一変させた。
具体的には、抜身の刀のような雰囲気から見た目相応の子供らしい幼気な表情に。目を輝かせて刀を仕舞い、先程自らの刀を阻んだ一振りに目を移し
“どうして私の真名がわかったの!?”“この重ね厚い刀身、切っ先の伸び、刃紋互の目丁子刃……”“武州住藤原順重作!つまり、おじいちゃん――――あの千葉周作!?”
ああ、こっちもこっちで一瞬で真名を見抜いてる。昔、武装が何よりも真名を物語ると聞いたことがあるけど……こういうことか。
真名を見抜かれ、話の通じるサーヴァントとあっておじいちゃんの剣気も解け、つい一分前までの雰囲気はどこへやら、二人は朗らかに雑談を初めてしまった。
その様子を眺めて、あっけらかんとした表情で固まる繋ぎ屋。まあ、私も似たような表情をしてたけど。
最早抵抗する気力も無くなったのか、大人しく手錠にかけてそのまま支部に移送。
現行犯でもなければ関連する証拠もないとして、厳重注意で開放されたけど……あの様子じゃきっと、大して懲りてないだろう。
とはいえ収穫もあった。あの繋ぎ屋の本名を知れたこと、そして先日の騒動に、あの逃がし屋が関わっていたこと。その情報の裏付けが取れた。
……以上、本日の報告。
ついでに追記。繋ぎ屋との交戦場所にて、恐らく彼女の物と思われるアクセサリーを拾った。
ブランドは……天王寺のラグジュアリーショップ。高価なものだろうし、癪だけど遺失物として支部に預けておくことにする。
「…以上が列車で起きた出来事です」
俺の前でそう報告した部下の男は緊張した面持ちで列車での顛末を報告する。
どうやら最後のマスターはサーヴァントの召喚に土壇場で成功したようだ。
「…派遣した2人は戻ってきたのか?」
「それが…列車で死亡した親衛隊の中に二人がいたと報告が…」
「クソッ!」
自分の怒りを抑えられず、思わず机を叩く。強くし過ぎたのか叩いた部分に亀裂が入ってしまった。
だがその報告はそれほどまでに俺をイラつかせた。
サーヴァント召喚する前のマスターを殺すことすらできず、サーヴァントの召喚すら許してしまった親衛隊の連中。
そして俺が派遣したにも関わらず何もできずに無駄に死んだ二人、そこそこ役に立つと思って目をかけてやったのに恩知らずが!
どうせ死ぬのなら俺が殺してやりたかったが、そんなことを言っても何も変わらない。
なんとか落ち着こうと息を整え、少し冷静になると部下達は狼狽えた表情で俺を見ていることに気付く。
「…すまない、私としたことが。まさかあの二人が帰ってこないと思わず、少し冷静さを欠いてしまったようだ」
少し苦しい言い訳だっただろうか、そう感じながらも取り繕う。
…どうやら効果はあったみたいだ、「隊長の責任ではありません」「次は自分に行かせてください!」との声が次々とあがってくる。
「いざとなればこの命と引き換えに自爆も…!」
「やめておけ、サーヴァントを召喚したマスターにしても効果が薄い。今は君がそんなことに命を使う必要はないさ」
「コンスタンティン隊長…!」
何人かは自爆するつもりの人間もおり、(ぜひそうして他の連中を消耗させてくれ)と考えつつもそんな無駄死にするような真似はするなと一応声をかける。
何時ものように耳障りの良い言葉を並べながら、俺は次はコイツ等をどう動かすべきか考え始めるのであった。
ギドィルティ・コムはサーヴァントである。
彼女は普段はフラフラと気の向くまま歩き、
飽きたり腹が減ると自身のマスターであるイーサンのいる拠点へと戻ってはまた外へ出るといった日々を過ごしていた。
そして今日も何時ものように飽きて戻ってきた所であり、拠点の入り口の扉に手をかけた所で、嗅ぎなれない匂いがギドィルティの鼻をかすめる。
匂いに不快感はなく、むしろ食欲を刺激するような―――ああそうだ、この匂いは食べ物の匂いだ、とギドィルティが気付くと勢いよく扉を開く。
「オい、マスター。オレにもそれヲ食わセ…」
自分だけ食事しようなんてズルい、とさっきまで考えていたが、その考えが頭から飛んでしまった。
信じられぬものを見た。自身のマスターが料理をしているのである。
いや料理だけならまだないわけでもないが、食材を切って焼いただけのものばかりである。
そんな男が、エプロンを着けて鍋の中を混ぜている。
とても普段しかめっ面で銃を整備しているか、ハンバーガーをもそもそと食ってるような男の姿には見えなかった。
「おイ、食事を作ってるのか。マスターにシては珍シイな」
しかし物事を深く考えないギドィルティ、違和感は感じながらも普段とは違う食事ができるであろう様子に、すぐにイーサンに食事の催促をする。
だが、ここで再びギドィルティに衝撃が走る。
「ああ、ギドィルティ帰ってきたのですか、もう少しで出来上がりますから待っててください」
マスターが自分に優しい声色で喋りかけてきたのだ、それも敬語で笑みを浮かべながら。
あまりの衝撃に、この目の前の男は偽物なのではないかと判断し、即座に右腕を食い千切る。
「グゥッ…!?な、何をするんですか…!」
突然自分の腕を千切られたイーサンは激痛に顔を歪ませながらも、食い千切られた右腕はまるでビデオの巻き戻し映像のように即座に再生される。
明らかに異常な様子だが、これが正常であると知っているギドィルティはイーサンを本物だと信じざるを得なかった。
「…なァマスター、ソの喋り方ハ一体ナンなんダ?」
「何か変でしたか?」
「変ダ」
ギドィルティはイーサンの様子を変だと指摘するも、当の本人は何が変なのか認識していない様子である。
なぜ急にここまで様子が変わってしまったのか、普段は深く考えない性格のギドィルティも流石に少し考える。
「まぁひとまずそれは後にして、食事にしましょう。今日はカレーを作ってみましたよ」
「オおカレーか、前にオレが食いタいと言ったらダメだって言ッてたアれだナ」
物事を深く考えないギドィルティ、先ほどまでの考えを頭の片隅に寄せ、食欲を優先させることに決めたのであった。
「うんうん、なカなかうまかった。りょうガあと1000倍あればいイんだがな」
「そうですか、それは良かった。食後にデザートのアイスもありますが食べますか?」
「む、いいノカ?ハハハ今日はイい日だナ」
ギドィルティとイーサンの二人が食べ終え、イーサンは食べ終えた食器を片づけ始める。
そんなイーサンの様子を出されたアイスを食べながら、突然性格が変化した自分のマスターのことについて考える。
なぜ急に言動が変わったのか、何か頭でも打ったのか、それとも別の要因なのか。
じっとマスターへと視線を向けていたキドィルティに気付いたイーサンは「どうしましたか?」と微笑みながら言う。
「ナんでもナい」
普段よりも食事の量も美味い物も食べさせてくれて満足は何時もより高いが、何処か物足りないようなことをギドィルティは感じていた。
食事を終えたあの後、ギドィルティはなんとなくだがその場を離れ、適当な場所をふらついて時間を潰していた。
本当になんとなくだが、やはり何時ものマスターの様子は妙に気持ちが悪かったのだ。
「遅くなる前に帰ってくるのですよ」とまるで自分を小さい子供のように扱っているかのように感じる。
さてどうしたものか…その時、ふと以前読んだ雑誌のことを思い出した。
『だいたいのことは叩けば直る』、確かそんなことが書いてあった。
マスターの頭も叩けばまた元に戻るのではないか、そうと決まれば試してみる価値はある。
そうと決まれば、さっそく頭を叩きに戻ろう。
そんなことを考えながら拠点へ戻り、入り口の扉に手をかけた所で―――怒声が聞こえてきた。
聞きなれた声に聞きなれた言葉、ギドィルティは勢いよく扉を開く。
「おいギドィルティ!この〇〇〇〇(クソッたれ)!テメェ何処ほっつき歩いてたんだ!」
「オ、ドうしたマスター。ハハハ、元ニ戻っタノか?」
そこにいたのは強面な表情をさらに険しくさせた男。
優しく笑みを浮かべた様子など想像もできないような人物がそこにいた。
「何笑ってんだテメェ!食料がほとんどなくなっちまってるじゃねぇかどうなってんだよ!〇〇〇〇(クソッ)!まだあと3日は持つはずだったのに…!」
「ハハハハ、うまかったゾ」
「チクショウやっぱりかよ!さっき転んで頭打つし最悪だぜ○○○○(クソッ)!」
「ハハハハハ、頭打ったのかハハハハハハ!」
笑うギドィルティの様子に声を荒げるイーサン、他から見れば妙な光景かもしれないが、二人にとって何時もの様子がそこにはあったのだった。
『あれ? 塾長出掛けるんすか?』
「うん、ちょっと野暮用でね。人に会う約束があるんだ」
『デート? 塾長デート?』
「ははは、私が?ないない。ま、すぐ戻るからさ、いい子にしてるんだよ、みんな」
そう言って綺羅星の園塾長、ホロシシィが発ったのが、数刻ほど前の出来事である。
野を超え、山を越え、人里離れたぽつんと佇むカフェテリアへと辿り着く。
その座席に、"それ"はいた。口元を布で隠した、鋭い刃のような視線を持つ男だった。
「相変わらず、その捩れ狂った魔力は変わってないようだな」
「君こそ。その全く隠す気のない殺気、変わってないみたいだね」
「それはお前だからだ。素性を隠して意味がある相手ならば、俺も仮面を被るさ」
そっけなく男は呟いた。肩を竦める仕草をしながら、塾長は男と対面する形で座席に座る。
「見た目こそ変わってないが、お前とやり合ったあの日から変わった物もある」
「……へぇ、それは興味深い。例えば何だい?」
「名前さ。今は、Dr.ノン・ボーンと呼ばれている。そう呼んでくれよ」
男が名乗ったそれは、魔術社会では知らぬ者のいない名であった。
「あぁ、その名、君だったのか。知らなかったよ……そう言えば、君の素顔も私は知らないな」
「…見ても面白いものじゃないが、見たいのか?」
「君がいいなら、うん」
ノン・ボーンの言葉に、ホロシシィは頷いた。ノンボは嘲るように笑いながら布を捲った。
「おおぅ……茶のおやつに見るもんじゃなかったな。何故、修復していないんだい?」
「不治の呪いだ。俺という存在の頭部、その顎から下が"治癒できないもの"となっている」
「なるほど。道理を超えて結果を生むモノ、か。……魔女のやり方だね?」
「ああ。奴はユミナに連なるタイプ…だったか。確か、お前は違うんだったな」
「……ああ、違う。恋をしたら醜い老婆になるような魔女とは、私は違うさ」
「是非とも、その"秘訣"を知りたいところだ。メイソンへの手土産になる」
そう言うとホロシシィから、確かな殺気が放たれる。
それに対し、冗談だと静かに肩を震わせ、ノン・ボーンは笑った。
その姿を、ホロシシィは珍しいものを見るような目つきで見ていた。
「へぇ、君も、そんな風に笑う事があるんだね」
「俺だって"人間"だからな。そう言うお前は、どうなんだ?」
ノン・ボーンの問いに、ホロシシィは自嘲めいた笑みを浮かべてから。
「さぁね。ただ、笑うのは人間の特権じゃないさ」
と答えた。
「ではドクター?今日、私をわざわざ呼び出した理由を聞こうか。
まさか、また殺し合おうなんて言うんじゃないだろうね」
「冗談はよせ。もう2度と、お前のような化け物と戦うのは御免だ」
どの口が言う、とホロシシィは笑った。ノン・ボーンは表情を変えずにそのまま続ける。
「端的に言おう。俺たちは今、力ある魔術師を集めている。お前、俺たち側につく気はないか?」
「へぇ、何を企んでいるんだ? 確かメイソンについたんだろう君。どんな大惨事をしでかすつもりだい?」
「新世界を作り上げる」
へぇ、と興味深げにホロシシィは目を細めた。
「お前は……この世界に居場所が無い存在だと、少なくとも俺は理解している。
そんな腐った世界を、望む新世界へ変えてみたくはないか?」
「……新世界、ねぇ」
物憂げに、ホロシシィはカップを傾けながら空を仰ぎ、自分の過去を想起する。
常人の数十倍の記憶野からは、様々なものが浮かび上がるが……その中に、一際輝くモノがあった。
「まぁ、昔の私なら乗っていただろう。……だけど、当面はお断りだ」
そう言ってホロシシィは立ち上がる。その脳裏に浮かぶのは、自らの受け持つ生徒たちの顔だった
「私が望む新世界は、今まさに「手に入っている」から、ね」
葉っぱを使うことで手を汚さない工夫にもなっているとはなんとも合理的だとセイバーは感心する。
そして、始めての柏餅を葉っぱごと頬張り、カシワの苦味と餅と餡の甘味の入り交じるその独特な風味を味わったあと、サクヤに疑問を投げかけた。
「サクヤは食べないのですか」
「うん。セイバーが食べていいよ。あと葉っぱは食べないものだよ」
サクヤは餡が嫌いだった。
小豆を潰した食感がなんとなく嫌だったし、喉が渇くことがとにかく苦手だった。
その後飲むお茶が美味しく思えるのは良かったが、和菓子ならばだいたいそうだったので、やっぱり好きになる事はなかった。
「好き嫌いは駄目ですよ」
「好き嫌いという個性がなければ人類はこれほど豊かに食文化を発展させる事など出来なかったと思うのだがね。はいお茶」
「どうも。お茶と合って美味しいです」
本当に幸せそうな愛くるしい笑顔を見せるセイバーを見て、サクヤはやっぱり考え直して、ひとつ食べてみることにした。
思ってた通りの味だったが、なんだか今日は美味しく感じられた。
なぜだろうと疑問に思い、すぐに目の前の少女がその答えだと気づいて、サクヤはもう一口頬張った。
そういえば、柏餅で一つ思い出したことがあった。
「なんでセイバーは甘いものが好きなんだ?」
「む?」
リスのように両頬を柏餅で膨らましてこちらを向くセイバー。可愛いやつめ。
そして回答するためにもきゅもきゅと口内の柏餅を食していった。可愛いやつめ。
「はいお茶」
「どうも。……ふう。なぜ私が甘いものが好きなのか、ですか」
セイバーは少し考えた後、何かを懐かしむように、そうですね、と語った。
「当世における甘いもの、特にデザートはある種『幸福の象徴』のようなものといった印象でした。
それも高貴な人のみの嗜好品ではなく、街の人々、特に年頃の女性が好んで食べるものだと。
現界したばかりの私は、人の心を理解するにあたって、まず形から倣おうと考えたのです。そして」
「そして食べてみて、心を奪われたと」
「はい。それはもう一目惚れでした。あむ」
一通り話し尽くし、柏餅を美味しそうに食べるセイバー。可愛いやつめと思いながら、自分も新しく柏餅を1つ頬張った。
>柏餅から葉っぱ剥がすのってなんだかエッチですよね
水無月サクヤに天啓が舞い降りた。
「セイバー、君は人の気持ちを理解するために甘いものを食べてみたとさっき言ったね」
「いいましたが……」
サクヤがこういう輝く目をしている時はまた変なことを思いついた時だ。セイバーは目を細め警戒する。
「いっそ甘いものの気持ちを理解してみるというのはどうだろう!? そう君は、これから僕の手で柏餅になるのだ!!」
「は?」
「つまりだね。柏餅を覆う葉っぱのように君の体を何かで覆う!そして、それを僕が剥がして中身を食べるのだよ!そして君は柏餅の気持ちを完全に理解する!このロジックはパーフェクトでチャレンジはドリームだ!」
何を突然言いだしたのかわからないというセイバーをサクヤはそのどこからくるのかわからない熱意で無理やり押し切り、ふたりの城へと連れ込んだ。
しばらくすると、セイバーはまさしく葉っぱが体に張り付いただけというような奇抜な格好にさせられていた。
「セイバー!今君はだいぶ柏餅だよ!かなり柏餅だ!」
これは褒め言葉なのだろうか? 自分は一体何をしているのだろうかとセイバーは悩んだ。
「母上、産後の肥立ちは如何ですか?」
巡察の最中、実家であるペリノア王の居城に立ち寄ったラモラックは久方ぶりに顔を会わせようと母を訪ねていた。
アーサー王と王の即位を認めない11人の王との戦も一段落となり、ブリテン内戦の終息は間近に迫っている。
それは、卑王ヴォーディガーンとの決戦を意味していた。
こんな時期に末の弟が産まれたと聞いたラモラックは最期になるかも知れないと母に会い来たのだ。
「まぁ、ラモラック! ……どうして男の人は、騎士と言う生き物は戦に夢中になると家の事をすっかり忘れてしまうのかしら。 ねぇ、パーシヴァル?」
ラモラックの顔を見るなり母は大袈裟に驚いて見せると、腕に抱いた赤子の頬を軽く突いた。
パーシヴァルは眠いのか、母の指を小さい手で軽く握る。
「……パー(槍)とデュア(硬い鋼)。良い騎士になりそうですね」
母の軽い揶揄に気まずそうにその長身を縮ませて、ラモラックは何とか言葉を絞り出した。
「パース(貫く)とヴァル(谷)よ。全く女の子にしては随分物騒過ぎるわ」
うつらうつらと首を揺らすパーシヴァルを揺りかごへと乗せると、母はため息を付く。
「妹? ふむ、確かに。妹でしたか」
揺りかごを覗き込む、名前で思い込んでいたが、言われてみれば女の子かもしれない。
「貴方のそう言うところは本当に良くないわ、戦と領地経営以外に興味を持ちなさい」
体全体でラモラックを押し退けパーシヴァルから遠ざける母。
ちょっかいを出されて起こされたくないらしい。
「機会があれば、何か趣味を探すとし ます」
お小言が多くなってきた。と言わんばかりに顔を反らすラモラック。
その足は出口へと向いていた。
「もう行くのラモラック? 落ち着きがないこと。 あの人に宜しくね」
もう少しいたらどう?などと騎士の奥方は言わない。
名残を残す前にさっさと行きなさいとでも言わんばかりに母はラモラックを追い出し手を振っていた。
母上はパーシヴァルを騎士にはしたくないようだが、母上に似ても中々の騎士になるのではないか?
もし、嫁を探すならもう少し気性の控えめな女子が良いな。
口には出さずに様々な事を考えながらラモラックは部屋の扉をゆっくりと閉めた。
サールースで行われた槍試合の後、ラモラックは騎士王アーサーに呼ばれ、会話を交わしていた。
「良く戻ってくれました、ラモラック」
玉座へと腰掛けた騎士王は気のせいか口調が軽い。
姿を消した古馴染みの騎士が戻ってきた事に僅かに気が緩んでいるのか。
「…許可も得ず姿を消した件は申し訳ありません。此度は王が嘆かれていると風の噂で耳にしましたので」
膝を着けたラモラックは僅かに顔を上げ、気まずそうに言葉を発する。
正しく顔向けが出来ない、といった所か。
「嘆く?何故私が騎士たちの奮闘を見て嘆くのですか?」
騎士王の珍しく困惑した表情にラモラックの眉がピクリと動いた。
──────嗚呼、哀れで忠誠厚く愚かなラモラック。
──────あの優しいアルトリアが騎士達の奮闘を見て嘆く訳がないのに。
──────察しが悪い貴方でも分かるだろう?貴方は嵌められた。
脳裏に響く愛しくも、二度と聞きたくなかった声にラモラックは全てを悟った。
「王よ、褒美は要りません。 代わりに暇をいただきたい」
ラモラックは顔を上げ、騎士王を直視する。
彼が騎士になった直後と変わらず若い姿のまま、見慣れた筈の姿がやけに眩しく思えて、少し目を細める。
「……そうですか」
「御恩に報いられず、申し訳ありません」
少々の合間の後、騎士王はただ頷く。
騎士王の何時もより更に感情の乗っていない声にラモラックは頭を下げる事しか出来なかった。
──────アルトリアは、もう貴方が帰って来ないと分かっているようですね。
騎士王は去り行く者を引き留めない。自分の元にいることはその者に取って不幸だと言わんばかりに。
「いきなり帰ってきて暇とはどう言うことだ?」
騎士王の玉座を後にしたラモラックの前に現れたのはベディヴィエールとルーカンだった。
ベディヴィエールはラモラックに詰め寄るとその顔を見上げ、睨みつける。
「……ベディヴィエール、ルーカン。後は、頼む」
ラモラックはベディヴィエールを押し退けるとルーカンに軽く頭を下げ、その場を立ち去る。
「分かった、任せたまえ」
「姉さん、どう言うことだ?」
ルーカンはそれに頷き、ベディヴィエールは不服そうにラモラックの背を見た。
「無頼漢を気取っている癖に、最後の最後で確執や血の因果に囚われるとはね。『彼女』が生きていれば、そんなものはブッ壊せば良いって言い切る女性に出会えれば違ったのかね…」
「姉さん?」
大きく溜め息を付くとルーカンはラモラックとは逆方向に足早に去っていく。
困惑が隠せないベディヴィエールはラモラックの背を今一度見ると、ルーカンの後を追った。
キャメロットの城門前で鎧を纏い、槍と盾を持ったままでラモラックは祈る。
「母上。親父殿に続き、早逝する馬鹿息子を御許し下さい。パーシヴァル、お前は騎士になどなるな。……騎士ラモラックこれより、死地に参ります」
祈りを終えたラモラックは城門を押し開け、外へと足を踏み出す。
──────本当に馬鹿な人。全てを捨て去ってしまえば長生き出来たのに。
「それは君との愛さえも否定することになる」
脳内に流れ込んでくる声に一言返したラモラックは振り返りもせずにキャメロットを後にした。
「ラモラック、今から来れるか?」
土夏旧市街の路地裏でマレフィキウムは自身のサーヴァントであるラモラックへと召集を掛けていた。
聖杯戦争参加者に支給された携帯電話を土夏の都市伝説であるレッドコートを模した赤いコートのポケットへと仕舞う。
高度に再現された土夏の夏は暑い。
日陰でもコートの中が汗ばみ、蒸発した汗がマレフィキウム…楊小路水貴の華奢な体をじっとりと蒸しあげる。
気のせいか、背中にある令呪の部分が余計に暑く感じるのは不思議だ。
(人の事を待たせやがって…)
マレフィキウムのイラつきが頂点に達し掛けた頃、漸く八つ当たり先は現れた。
「待たせたな、マスター」
「遅ぇ……待てテメェ!いや、なんなのその格好は!?」
何時もの仏頂面と灰色のジャケットを想像していたマレフィキウムは思わず唖然とした。振り上げた拳の行き先すら分からなくなるほどに困惑する
一方ラモラックはマレフィキウムの反応に首を傾げた。
ラモラックは何時ものジャケットではなく明朝体で大きく魔女愛!と書かれたTシャツを着ていたのだ。
「……街中で、出会った青年に、勧められたのだが」
────────────────────────
数時間前、土夏新市街のとある公園。
「…………」
何時も通りラモラックは公園のベンチに座り鳩に餌をやっていた。
何時も通りと言っても召喚されて数日行っているに過ぎないことだが。
夜になれば悪逆無道を尽くすマスターに支える自分が昼間はこんな事をやってると知れば笑う者もいるだろう。
だが、これは矛盾ではない。とラモラックは思っている。
悪逆の限りを尽くす人間が家に帰れば優しい父親になる。というのは珍しくはないだろう。
人は誰しも複数の顔を持っている。太陽の騎士と呼ばれたガウェインが父の仇や母親の情夫を複数で暗殺した暗い一面を持っているように。
或いは、それは我がマスターたるマレフィキウムも同じ……下らん、俺はマスターに仕える剣。余計な思考は……
「お兄さん、ちょっと良いですか?」
急に掛けられた声にラモラックの思考が中断される。
「……なにか?」
声の主は青年だった。
爪先から頭の先まで、値踏みするように視線を走らせる。
ヘッドフォンを首に掛け、パーカーとスキニージーンズによる活発的な印象を与える服装。
見掛けだけなら聖杯に与えられた知識と《TSUCHIKA》で購入した本を読んだ情報を総括して考えれば限り今時の若者、と言った所か。
高度に土夏を再現された《TSUCHIKA》では相手がNPCか人なのか、サーヴァントなのか判別をつけるのは難しい。
魔力は然程感じない。……両手は、手袋を付けていて見えない。
「いえ、数日前からここに座っているのを見掛けまして」
「ああ、近くの、ライブハウスで、夜に、ライブを、やらせて貰ってるんだ」
少なくとも敵意を向けている訳ではないようだ。
用意していたカバーストーリーを口にする。
NPC相手に何度も同じことを話していた。
「ライブですか?」
意外そうな顔を見せる青年。
「ああ、ベースを、やっていてね」
近くに置かれたケースを指差す。
無論、虚偽である。内部にはガラティーンが入っている。
「元々は、イギリスに住んでたんだが、日本の友人に、誘われて、此方に来たんだ」
ゆっくりと、相手に警戒されないように立ち上がった。
「土夏は良いところだ、ロンドンに比べて飯が安くて、旨いのが、最高だ」
歩きながら言葉を続ける。
サーヴァントではない。サーヴァント独特の戦慣れや修羅場慣れした雰囲気が彼にはないからだ。
NPCかマスターかこの場で確かめるか?
マスターであるか判別するのは難しくはない。
この場で襲い掛かり首の一つでも締め上げれば良い。
昼間は襲撃や戦闘が制限されている《TSUCHIKA》であれば、俺はその場で動きが止まるか停止する。
マスターであることが分かれば、昼間に活動していれば格好の獲物だ。
昼間の内に後を付けねぐらやアジトを探しだし22時になった時点で強襲をかけられるだろう。
(……まぁ、マスター抜きでやるにはリスクがありすぎるな)
NPCだった場合は犯罪者として通報され、昼間に動きづらくなり、他のマスターやサーヴァントに面が割れる可能性がある。
独断専行でやるべきではない。ラモラックはそう判断した。
「まだ、此方に来て、日が浅いもので、言葉が、たどたどしくて、聞きづらいだろう?」
青年に笑みを見せる。
「いえ、お上手ですよ!…僕はてっきり、ヤの字の人かと」
あはは、と青年は頬を掻きながらはにかむ。
「ふむ(ヤ? マフィアか) 昔から、服装には、無頓着でね、ライブの衣装は、友人が用意したもので、良いんだが」
「そうだ、良ければ、私に似合う、服を見繕って、くれないか」
「ええ、僕で良ければ!」
─────────────────────────
「と、言うわけで、その青年に、服装を選んで貰った」
仏頂面のまま経緯を語るラモラック。
はぁーっと大きなため息を吐くと、マレフィキウムは大きく深呼吸をする。
「………今すぐ着替えて来やがれ!」
怒鳴った。マレフィキウムは今までにない怒りを込めて自身のサーヴァントを怒鳴り付けたのだった。
「何やってんだ、オマエ」
土夏海浜公園、ペスト医師のような仮面を付けた少女は目の前の男に問い掛けた。男は手に持ったパンをちぎり鳩に与えている。
「日光浴、と言う、奴だが」
手持ちのパンがなくなり、鳩がパンを食い終えた事を確認するとラモラックはパン!と手を叩いた。驚いた鳩は一斉に飛び上がり、人目は鳩に集中する。
「マジで言ってんのか?頭湧いてんのか?」
少女、『マレフィキウム』は顔こそみえないが、ラモラックを正気と思えないとでも言わんばかりの態度を見せる。
「俺じゃ、ない、こいつだ」
ラモラックが指差したのはギターケース状の半透明のケースだった。
「そいつは……」
「俺の、正確に言えば、俺のでは、ないが、今は、俺の、武器だ」
マレフィキウムとラモラックは人目を気にしながら、言葉を選びながら話を続ける。
「『こいつ』は日に3時間は日を当てなきゃ真価を発揮できない」
「マジかよ、それ」
「言った奴が、ディナダンと言う、適当な、ホラ吹きで、有名な、奴だが、それを、しないで負けるより、ホラを、信じた方がマシだ」
「……そうかよ」
「……ああ、少なくとも、俺は負けるつもりはない」
え?ラモラックあの話マジで信じたの?
俺ガウェイン卿とすげぇ仲良くないしガラティーン持ったこともないのにそんなの分かるわけないじゃん
太陽の聖剣だし3時間3倍になれるから3時間位日に当てるのかもねって言っただけだよ俺は
あー…ごめんウソ。ノリでガウェイン卿はガラティーン3時間日干しするらしいぜ!!って言った気がするわ
「ビンゴ、だな」
とあるビルの屋上、双眼鏡で教会から出てくる二組を見ながらラモラックは呟いた。
「もう一組釣れるのは予想外だけどな、僥倖って奴か」
マスター、マレフィキウムは上機嫌そうにその様子を強化された視力で見ている。
随分上機嫌だな、等とは言わない。ここ数日でラモラックはマレフィキウムとの付き合い方を分かってきていた。
恐らく次は……
「早速潰しに行くぞ」
「どちらからだ?」
予想通りだ。とは言え、彼女は無謀ではない分断してどちらかから潰す筈だ。
無謀ではないか?などと言ったら蹴られるかゴミを見るような目で見られただろう。
顔面蹴られたり魔術を使ってこない分可愛いものだが。
「おい、なんだその生温かい視線は。取り敢えず男と騎士っぽい方からだ」
「理由は?」
結局脛を蹴られた。脛当てに足が当たった金属音が小さく響く。
「勘」
ふむ、と頷く。魔術において勘という物は案外バカに出来ない。ならここはマスターの勘に任せよう。
「では、マスターは、もう一組を?」
「ああ、あの女の面が気に入らない」
その答えに好きにすればいいさ、とでも言わんばかりに肩を竦める。
今度は金槌で兜を叩かれた。流石に頭が揺れ、少し大きな金属音が響く。
音が出ないように金槌にタオルを巻いていたようだ。
この程度可愛いものだ、という言葉は訂正しよう『マレフィキウム』の名に相応しい。
「1分半だ、プラマイアルファはアンタの勘に任せる。コテコテ同盟が連携を組むならそれ位が妥当なタイムだろ? んだから、1分半でキッチリ殺す。魔力回すぞ …ブッ潰せ!!バーサーカー!!」
マスターの表情、と言っても見えないが。その気配が変わった、遊びは終わりだ。
「承知した。……離れてくれマスター」
魔力を全身に回すと黒炎が全身を包む。
手摺に足を掛け、そこを踏み抜くように跳躍。
今日は月が随分と明るい。
月光を遮るように宙返りして、逆立ちのような姿勢になるとターゲットの二組を視界に入れる。
見覚えがあるような気もするが、直接見れば分かるだろう。
黒炎を噴出させ、加速。二組の間に向けて槍を投げる。
さぁ、決闘と行こうじゃないか。ルールは『マレフィキウム』流だがな。
「再会祝いに、盃でも、贈ろうか? ああ、貴様の、マスターに、不貞がバレるのはマズいかな!ハハハハハッ!」
下卑た笑いを浮かべる黒炎の騎士にトリストラムは眉一つ動かさない。
ただ、一本の矢を持って返答とした。
黒炎の騎士は盾を持ってそれを防ぐ。
「…安い挑発ですね。そんな挑発、言葉遣い…する方の品が知れると言うもの。 どこの馬の骨とも知れぬ三流騎士の言葉など聞く耳はありません」
続いて、一本、二本、三本。言葉を続けながらも矢を放ち続ける。
まるで汚物を見るかのようなトリストラムの目線は黒炎の騎士を矢の如く居抜いた。
「クククク……フハハハッ!!アハハハッ!…ああ、間違い、ない!貴様は、容姿こそ、性別こそ、違えど、間違いなく、あの嘆きの子、円卓第二の騎士と、謳われた、あのトリスタン、だ!」
黒炎の騎士は放たれた矢を今度はランスによって切り払うと狂乱したように笑い、天を仰ぐ。
「その名も、剣も、鎧も捨てた。今の私は狩人トリストラム」
「いいや、捨てきれぬさ。名とは生まれた瞬間に刻まれる祝福であり、呪いだ」
黒炎の騎士は頭部の炎を解除し、その兜を露にした。
これを見れば自分が誰かは分かるだろう?とでも言わんばかりに。
「……全く、悪逆の騎士など慣れぬ事をするものではないな。よりによってあのトリスタンとは相討ちとは」
「いえ、貴方に相応しい在り方と末路よ」
「抜かせ、アーチャー。なら貴様の最後も俺と同じくらい無様だったことになる」
「ええ、その通りよ」
「ふん、貴様とは本当に反りがあわんが、奇しくもお互いサーヴァントとしてマスターには恵まれたようだ」
「冗談、あんな女二度とごめんよ」
「そうか。俺は彼女にならもう一度呼ばれても良い」
「あの陰険性悪女は貴方にお似合いでしょうね。不貞を暴く盃など探し出して送りつける男には」
「チッ、しつこい奴だ……いや、今のは忘れてくれ。あれは、完全に俺が悪かった」
「随分素直ね」
「最後だからな。……次に会った時は俺が勝つ、首を洗って待っておけ」
「……最後まで共にいることが出来ずにすまない。先に逝くぞ我が主『マレフィキウム』」
「最後までバカな男ですね。 まぁそれは私もか。……精々最後までみっともなく足掻いて、生き残って見せなさいマスター、枢木楡」
「────幼稚で惨めで浅ましい!みっともない、みっともない、本当みっともなぁぁぁぁぁぁぁぁあああい!クソ女よ! ばぁぁぁか!このっ、ばぁぁぁぁぁぁああああか!!」
「……なんだ、今のは?」
一方的な強襲からトリストラムを押しきれず一進一退の攻防を繰り広げていたラモラックが聞いたのは、感情を剥き出しにした子供の悪口以下の何かだった。
「お前の、マスターか、アーチャー」
「……さぁ、知りませんね」
ラモラックの問いにそ知らぬ顔で矢を放つトリストラム。
攻撃の圧が強まった辺り、トリストラムのマスターの声で間違いないらしい。
時間差で飛来する矢を盾と槍で打ち払う。
(マスター、なにがあった、マスター?)
『マレフィキウム』は念話にも答えようとしない。
「この勝負、預けるぞ、アーチャー」
「逃がすとでも?」
マスターの異様な様子に背を向けたラモラックに追撃を掛けるトリストラム。
「預けると、言った」
左手で引き抜いたガラティーンを振るう。ガラティーンの異持、黒点である由縁。磁気操作で操られた周囲の鉄骨や金属片がトリストラムに絡まるように拘束し、檻のように折り重なる。
トリストラムであれば短期間であの檻から抜け出すだろう。
確信じみた思いを胸にマスターの元へと跳躍した。
「はぁ、はぁ…どうよ!目にもの見せてやったわ!」
マスターの元に駆け付けたラモラックが見たのは肩で息をして勝ち誇るアーチャーのマスター。
そして仮面を剥がされ、踞りうめき声を上げる『マレフィキウム』…いや楊小路水貴の姿だった。
「あっ……ぐっ! ア、アタシは、アタシは……!」
思わず愕然として立ち尽くす。
マスターは『マレフィキウム』は、……これは、ダメだ。少なくとも暫くは立ち直れまい。
見たところマスターに外傷はない。
『マレフィキウム』は強い。少なくとも弱い箇所を人に見せるような事はしないと知っている。
そのマスターに口だけでこれほどの精神ダメージを与えるとは……
例え口の上手さだけで巨人王を殺したと嘯き、実行して見せたサー・ケイですら、ここまで見事に相手の心は折れないだろう。
どうやら、アーチャーのマスターは傑物、女傑であるらしい。
「マスター、ここは、退こう。立てるか?」
「……ぁぁ」
ラモラックの声に『マレフィキウム』は力なく頷く。
「アーチャーの、マスター」
『マレフィキウム』を背負いながら楡へと話掛けるラモラック。
「なによ!」
気の強い女だ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。
ヒスを起こしたモルガンを思い出す、ああいうのは触るだけこっちが損だ。
「名を、聞かせてもらいたい」
「枢木楡よ、なんか文句あるの!?」
「いや、ない。 ……ただ、大した魔術師だと、感心するよ、レディ枢木。その口の悪さもな」
「へ?レ、レディ!?なにそれ!」
楡の困惑を余所にラモラックは跳躍し、夜の闇の中へと飛び去っていく。
「……泣くな、マスター。今は休め」
「……泣ぃて◯△□」
どうもマスターは相当重症なようだった
魔力負荷と超過駆動に限界だと叫ぶように体が軋む、分かっている。限界が近い。
敵は如何なる理由かマスターなしで現界を続ける亡霊の王ワイルドハントと化したセイバーとその配下である19騎、そして…
思考の合間を縫って、敵の一騎が側面に回りこんでいた。
まだ辛うじて反応できる。大振りの剣撃をシールドバッシュで弾き返す。
決定的な隙にガラティーンで胸を突き刺し、魔力を注ぐ。敵は黒炎によって灰も残らず燃え尽きる。その筈だった。
だが、敵を焼き尽くす程の火力が出ない。まるでルーカンがシチューを煮ている時の弱火だ。
剣を無理矢理上に持ち上げ、頭を真っ二つにして引き抜く。これで3…4騎目だったか。
「バーサーカー!」
俺を援護しようと、『マレフィキウム』が魔術を行使しようとするが、疲労からか足が縺れている。
無理はない。既に1時間は第二形態を維持し続けているのだ。
瞬間、何かが『マレフィキウム』を狙って飛来した。
盾で受けるのが間に合わない。射線に割り込み鎧で受ける。
肩を貫通し、血が鎧を赤く染める。
奴は俺に確実に当てる為に、わざとマスターを狙った。
懐かしくも忌まわしきこの矢は忘れられる筈がない
奴はこの弓矢の技巧を持って数いる騎士の中で第二の騎士と称えられた。
セイバーの軍勢、最後の20騎目、アーチャー…トリストラムだ。
意思なきその瞳はまるで人形のようで、イヤでも奴が敗北したのだと実感する。
気に入らない。騎士を捨てただと?ワイルドハントだと?
ただ、負けたのなら良い。だが、その醜態はなんだ?捨てた筈の騎士鎧を身に付け、主でもない奴に従い生者を襲う。
これが、あのトリスタンの姿か!
叫び、吠えたてそうになる口を閉じ、歯を食い縛る。血の昇った頭を振り、冷静さを保とうと深呼吸。
「マスター、ここまでだ」
バックステップで後背へと退き、『マレフィキウム』の姿を敵から隠すように盾を構える。
「…ふざけんな! アタシはまだ、まだやれる!」
無理だ、肩で息をして、呼吸が整わない。
「君の目的が、果たせ、なくなるぞ」
「クソ!クソ!クソ!退く!退くぞバーサーカー!」
マレフィキウムの拳から血が滲む。
叱責なら後で幾らでも受けよう、罵倒もされよう。例え、君がそれを望んでいないとしても、それでも…私は、君に生きて欲しいと願う。
「ああ、来たのか、マスター」
「……なんだ、その格好」
「知らないのか、釣りだ」
「いや、それは分かる」
「……正直、今回の事は、俺も堪えた。だが、サーヴァントは、成長しない。 変わるとしたら精神面だ。グリフレットの、ようにな。俺が、変わろうとしているのが、不愉快なら、止めるが」
「いや、別に良い」
「そうか」
「バーサーカー。 アタシ、魔術を習い始めた」「誰にだ?」
「枢木楡、アーチャーのマスターだ」
「……信用出来るのか?」
「大丈夫だ、多分。アイツは、なんて言うか、凄く義理堅い、それに…多分似てるんだ、アイツとアタシは」
「分かった。俺も信じよう、君の感覚を」
「……バーサーカー。アタシは強くなる、絶対にだ」
「俺は、君の騎士だ。 契約の続く限り、何処までも、着いていく」
「バーサーカー、その、ありがとな」
「…………カッパを持っていく。今日は雨になりそうだ」
「テメェ!」
少女達が目を覚ました時、そこは…
「ん、もう朝か。ってここは…おい、蘭?蘭!起きろ!」
「ぉはようジゼ…ってここどこ?」
見知らぬ土地だった。
「あれ?フランス行きの列車へ乗ったのに見知らぬ土地へ?」
「気を付けるでち、ピオジア氏。殺気が凄まじいでち」
「嘘でしょ…なんで私達新宿に、特異点にいるの!?」
目を覚ました少女達がいたのは特異点、或いは最悪の土地。泥新宿。
「ど、どうしましょうくにさん…自分どうしたら…」
「おちつきましょう、ペトラさん。深呼吸です!」
困惑するもの
「あー、このヤク効くねぇ」
「おっ、分かるかい嬢ちゃん!これもキメてみな!」
馴染むもの
「シシィ、生徒達の一部が目を覚まさない、それに出掛けて消息を経った生徒もいる」
「ああ…厄介だね、交錯影列車と夢の国案件が同時とは。廿日、いつでも出れるようにして置いてくれ」
「止めな、二丁目でヤクなんてばら蒔くんじゃないよ」
「てめぇ! サーヴァントにバウンサー!ちっ、覚えとけ!」
「お嬢さんうちの店においで、どうせいくとこないんだろ?」
「姐さんカッコいい…」
「呆けてんじゃないよ、ダコ」
超常の存在、サーヴァントに。
「…お前ら、混じり物か?」
「ち…違います…」
「まぁ、いいさ。疲れてるようだな、暫くはここで休んでいくといい。茶くらいは出そう」
「好い人みたいですね、ペトラさんスヴェトラーナさん!」
(竜殺しとか殺されるかと思った…)
「つまり今回の件は君のせいではないと言うんだね、胡蝶」
「無論だよウォッチャー、そんなつまらないことを、私がするとでも?大方夢見人の才能がある子が何人かいたんだろう。それが運悪くに接続されたか」
少女達は集まり、帰還に向けて動き出す。
「どうするか?帰るに決まってる、タバコもないしな」
「えー、私はここ結構好きだけど?」
「一人で残っても歓迎するわよ?」
「よし、帰ろう!」
「……なら決まりだな」
「で、どうやって彼女達を返すんだ?」
「決まってるじゃない。スナークハント、いえスネークハントよ」
「あのウロボロスを? 嘘でしょ…」
泥新宿×綺羅星の園
泥濘の星
20021年公開予定
「なんやうちと似た匂いがするから来てみればまたけったいなことになってはるなぁ」
「ええ、全くね。退屈しなくていいけれど」
角の生えた鬼と西洋人らしい金髪の二人の少女達は新宿の片隅で長身の女性と対峙していた。
「どちら様ですの…?」
長身の女性、といってもまだ8歳のスヴェトラーナはその小豆色の髪を不安そうに弄りながら問う。
朝起きたら見知らぬ土地に放り出され、追う背中もない今スヴェトラーナは非常にナイーブになっていた。
だからこそ分かる。目の前の二人から感じる気配、感覚。間違いなく自分の同類だ。
「ああ、うち?まぁそやね、泥新宿のアヴェンジャー何人目やったけ?」
鬼の少女、鬼童丸は首を傾げ金髪の少女、モードに問い掛けた。
「寒波、赤コート、双龍に私達。四人目よ」
モードはいつもの事だとでも言わんばかりに答える。
「ああ、そや、4人目や。4人目のアヴェンジャーとか二人組のアヴェンジャーとか言われとる」
「スヴェトラーナは、スヴェトラーナは、貴女達とは無関係ですわ…」
深淵のような鬼童丸の目から目を反らす。
「いややわぁ、あんたうちと同じ混じり物やろ? 竜や」
「一つ訂正してもらいますわ。ドラゴンではなくジラント。そう、東欧至上の種族ジラント。幻想に生きるものの中でも最上位に生きるもの、全ての連鎖の頂点」
煽るような鬼童丸の言葉が気に触ったのか、スヴェトラーナは少々早口になりながらも言い返す。
「そういうの語るに落ちるって言うんじゃない?スヴェトラーナさん?」
くすくすと、ひどく愉快そうに子供を慈しむようにモードは微笑んだ。
「あ! ほ、放っておいてくださいまし!」
あわてふためくスヴェトラーナ。
恥ずかしかったのか顔が真っ赤にそまっていた。
「あんた、面白いなぁ。うちらと組まん?」
「貴女、また勝手に…」
「ええやないの」
鬼童丸とモードは和気藹々と会話を続ける。
「お断りしますわ、スヴェトラーナには帰らなければ行けない場所があります!」
スヴェトラーナは深く深呼吸をするとしっかりとした口調で言い放った。
「……残念やなぁ」
「ええ、本当に残念」
アヴェンジャー達の雰囲気が変わる。
しかし、少なくとも惜しいと思ってはくれているようだ。敵対するような気配はない。
「……そこまでだっ!」
瞬間、雷光が疾った。
赤い雷光がアヴェンジャー達の周囲を焼く。
「そう言えば、あいつの縄張り近くだったわね」
「ああ、忘れとった。気分悪いわぁ」
「スヴェトラーナさんを任せるならちょうど良いかもね」
「まぁ、不愉快やけど仕方ないなぁ」
赤い雷光を珍しくもなく眺めながら鬼童丸とモードは溜め息を付いた。
赤い何かが上空から降ってくる。
それは人だった、赤い髪、赤いスーツに身を包んだ槍を持った女性。
泥新宿のランサー(2)、御苑のランサー竜狩り。
「アヴェンジャー! 今日、ここで決着をつけるつもりか!」
怒りに肩を震わせ、竜狩りは吠える。
鬼童丸とモード、竜狩りはこれまで幾度も刃を交えた宿敵だ。
「冗談、今日は気分が良いから見逃してあげるわ。そこの子、スヴェトラーナは迷い人らしいからなんとかして上げて」
「その子は竜やけど、手ェ出したらうちらが容赦せぇへんの覚えとき。スヴェトラーナはん、ほな、またな」
殺気だっている竜狩りとは違い、鬼童丸とモードは戦う気はないようだった。
鬼童丸は竜狩りを一睨みする。
二人はスヴェトラーナに手を振るとさっさと竜狩りの前から立ち去った。
「なんなんだ、あいつらは……」
困惑しながら首を傾げる竜狩り。
殺気は何処かへと行ってしまった。
槍を納めるとスヴェトラーナを見る。
「ひっ!スヴェトラーナは竜じゃないですの!ジラントですの!」
竜狩りを見るとその場にへたりこむ。
(ジラントは竜ではないのか…?)
「迷い人ならちょうど良い。君の知り合いかは分からないが、他にも迷い人がいる。付いてきてくれ」
竜狩りはへたり込んだスヴェトラーナに手を差し伸べる。
暫く躊躇していたスヴェトラーナだったが、やがて竜狩りの手を掴み、立ち上がった。
数時間前、新宿西教会付近。
両腕を組み、周囲を油断なく警戒していた竜狩りは教会の方向から歩いてきた人影に気付いた。
「お呼び立てして申し訳ありません」
それはロープを纏った二人の女性だった。
清廉な気配と淫靡な気配が同居した女性とその影に隠れるように一人の少女。
女性はロープのフードの部分を外し、シニヨンに纏めた金色の髪を露にする。言語化しづらい本能に訴えかけるような色気が女性にはあった。
とは言え、この場には女性(竜狩りを女性と言って良いかは別として)しかいない。
女性の胸は豊満であった。
「いや、貴女の頼みで構わない。…構わないが、なにかトラブルか、ルーラー?」
竜狩りは腕を解き、軽く首を振ると清廉な気配と淫靡な気配が同居した女性、ルーラー…正確に言うならば泥新宿のルーラー(2)、教会のルーラーに問い掛けた。
「ええ、折り入ってお頼みしたい事がありまして……ペトラさん」
「ペ…ペトラ・シャーファウグン…です…」
教会のルーラーに促され、彼女の後ろに隠れていた少女が怯えながら頭を下げる。
フードを外すともこもことした羊のような毛質。
何故か竜狩りは教会のルーラーに近しい淫靡な気配を感じた。
「彼女を保護して貰いたいのです」
「保護? 私にか?」
竜狩りは教会のルーラーの言葉に眉をひそめる。
竜狩りは護衛や護送を頼まれる事はあっても保護を頼まれる事はない。
本人の性質や戦い方は攻め手側であるし、保護と言う防御系の戦い方に向いていないのだ。
「ええ、保護です…」
教会のルーラーは竜狩りの反応を予想していたのか、でしょうね…とでも言わんばかりに困ったような顔を見せる。
「貴女の保護下にある教会やディテクティブ達のいる下水道、サーヴァントのいる新宿二丁目の方が保護には向いているが…そのペトラさんにはそれが出来ない理由があるんだな?」
竜狩りは教会のルーラーの反応と二人の似た雰囲気から何かがあると察した。
「はい。 お恥ずかしいですが、彼女と私の幻霊は困ったことに相性が良すぎるのです」
「幻霊、そうか。サ…」
「それ以上はどうかご容赦を」
教会のルーラーの強い語気に、ペトラはびくりと硬直する。
「ご、ごめんなさい、ペトラさん!」
「大丈夫です…自分の事は気にしないでください…いつもこうですから…」
「……すまない。つまり、彼女も?」
余計な一言で不和を生んでしまった事に頭を下げる竜狩り。
「私の中の幻霊とは別ですが…」
教会のルーラーに宿り、彼女が嫌悪する幻霊、即ち婬魔サキュバス。
大魔術師キプリアヌスを改心させたアンティオキアの聖ユスティナを真名とする教会のルーラーは元々「男性を虜にして、集団を扇動し操る」という目的を持って召喚された。
召喚時には精神を変容させ、淫行を善しとする特殊な狂化が施されていたのだが、彼女が召喚されると英霊の座から監視しているキプリアヌスが、狂化をあっさり解除して彼女を解放してしまった。
どこぞの詩人とは違って感心な事だ、ストーカーには違いないが。
だが、幻霊サキュバスの影響は教会のルーラーに残っており異性を欲情させ、婬夢を見せ、魔力を徴収する。
だから、自身の居場所を聖なる場所と定め邪なる物を排斥するこれほどなく拠点防衛に向いた宝具を持つに関わらず、一ヶ所に留まる事が出来ないのだ。
「本当にごめんなさい…自分…家がそういう体質の家なので…」
ペトラと呼ばれた少女からは婬魔の気配は感じない。
どちらかと言えばギリシャ…鋼の気配がする12神ではなく土着の神の気配がした。
だが、確かにフェロモンのような淫靡な気配は感じられる。
だからなのだろうか、キリスト系の婬魔であるサキュバスとペトラのギリシャ系の淫靡さ、系統が違うが故にどちらかがどちらかを飲み込わけではなく、相乗効果でより異性を欲情させてしまう。
魔術師キプリアヌスの加護や自身を守る力のある教会のルーラーが無理ならばその矛先はどこに向かうか……考えるまでもない。
守るべき人々が弱きものを蹂躙凌辱する。そんな事は絶対にあってはならない。だから教会のルーラーは基本的に単独行動かつ女性寄りではあるが、器物であり神霊である竜狩りへと保護を頼んだのだろう。
「……人の多い教会や下水道、二丁目ではマズいか。分かった私が預かろう」
「感謝します」
思案の末に受け入れる事を決めた竜狩りに教会のルーラーは深々と頭を下げる。
「改めてまして……ペトラ・シャーファウグンです……こんな自分で…ご迷惑をお掛けしますが…よ、よろしくお願いいたします……」
まだ心を開いてはくれていないらしい。
まぁ、いいさ。と竜狩りはよろしく頼む、と挨拶を返すのだった。
直後にペトラが別の時間から来た迷い人であると知り、驚くことになるのだが。
「ドロシンジュクですか……」
竜狩りの拠点である新宿御苑への道すがら、竜狩りとスヴェトラーナはお互いの持つ情報を交換していた。
ここが泥濘の新宿と呼ばれる特異点、人類史に出来たシミであること。泥新宿ではサーヴァントが無差別に召喚され、無法地帯と化していること。
スヴェトラーナが言うにはスウェーデンの魔術師の学校、綺羅星の園にいた筈が気づけば泥新宿へと来ていたと言う。
「綺羅星の園にも日本人の御姉様はいらっしゃいますが、日本へ実際来るのは初めてですわ!」
何処と無く嬉しそうなスヴェトラーナに思わずそれは良かった。と相槌を打ちそうになった竜狩りはなんとか口を嗣ぐんだ。
身一つで知らない土地、しかも特異点に来てしまって良かったはないだろう。
「ジラント…スラブ、ロシアの竜種だったか、ロシアか……」
「もしや、ロシアの方がいらっしゃるのですか?」
ロシア、という単語を聞いて眉を寄せる。
それを見たスヴェトラーナは目を輝かせて竜狩りへと距離を詰めた。
「あー……一人いるが、彼女を果たして人言って良いものか……」
竜狩りの脳裏に浮かんだのはインターナショナルを背に胸を揺らしながら階段を降りてくる狂戦士。
『同志、竜狩り! その衣装に見合う紅き旗の元で革命の為に立ち上がる覚悟は出来たかしら!?』
頭を振り妄念を振りきる。
流石のレナもこんな事は言わない。多分言わない筈だ。
『しかしだな、竜狩りの抑止力。〝私〟はいつも言っているが、〝彼女〟と君の相性は良くないのになんとか繋ぎを作って〝私〟の戦力化を目論んでいる君にも大いに責任がある。いい加減諦めたまえよ』
レナ川の男はこう言うことを言う。妄念に拳を震わせる竜狩り。
「ところで一つお訊ねしたいのですが、私の前に来た迷い人とはどんな方ですの?」
竜狩りの奇行に首を傾げながらスヴェトラーナは問い掛けた。
「ああ、君より少し位小さな背丈で羊のような髪質の、キャスケット帽を被った子だ」
「キャスケット? もしかしてその方はちょっとこう…セクシーな感じでエメラルドのような美しい瞳ではありませんの?」
「あ、ああ…知り合いだったか」
スヴェトラーナの勢いに気圧される竜狩り。
「まさかぺトラ御姉様もこちらにきていたなんて! 貴女に保護されていたのは良かったですわ」
「最初に保護したのは私ではないが、今は預かっている。 まぁ竜ではないからな」
「竜でしたら殺していましたの!?私も殺すつもりですの!?」
素っ気ない竜狩りの言葉にスヴェトラーナは目を見開く。
「竜だからなんでも殺す訳じゃない。…最近はな」
「最近は!?少し前は無差別でしたの!?」
「………………」
露骨に目を反らす竜狩り。
「何故黙っていますの!?」
「ああ、付いたぞ。 ここが私の根城だ、彼女も中にいる」
「何故無視しますの!? きゃーっ!ころされるー!」
「殺さないから落ち着け……」