kagemiya@なりきり

SSスレ / 112

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「……別に。死ぬのは怖くないよ。」

ふとした雑念に発話が途切れた瞬間、あたかも彼女が言わんとしていたことを見透かしていたかの様に、クリスタは答えた。
ヴィルマは黙り込み、ふたたび床を見る。クリスタもまた、変わらず虚空を見ていた。

すっかり短くなった煙草を口に咥え、深く吸い込む。濁り切った瞳を今にも落ちてきそうな天井に向けたまま、薄色の唇の僅かな隙間から、瞳と同様に濁った白煙を吹き出して、火種を消す。
宙に消えていく白煙と共に溶けてしまう様な感覚の中に揺蕩いながら、彼女は言葉を続けた。

「……僕らはいつ死んだっていい。そう教えられてるし、実際にそうだし。死んで失くすものなんかないよ。」

淡々とそう言ったクリスタはしかし、夢の様にぼやける視界の中に、虚空では無いものを見ていた。
ぼんやりとした輪郭が、徐々に形を帯びてくる。残留する煙の中に映るのは、蒼色に輝くふたつの光。
クリスタは理解していた。それは消える間際に向けられた、あの瞳だと。あの生意気で、口答えしてきて、自分などを庇う馬鹿な従者(サーヴァント)の、あの瞳だと……。
その双眸と共に鮮烈に思い出される言葉が、朦朧としたクリスタの意識を循環する。それとともに、彼女はちらりと、隣の女を見た。

瞬間、ふたつの視線が合わさっていた。
どちらも、特に驚きはしなかった。互いに澱み切った瞳。片や明るい蒼色ながら、力ない暗さをしている。片や鮮やかな紅色ながら、光ない暗さをしている。
相も変わらず、同じ暗(あかる)さの眼差し。
互いの奥に潜む深い深い闇を覗き込む様に、引き摺り込まれる様に見詰めている。
それは好奇か、あるいは憐憫か、あるいは……。

クリスタは自らと同じ深淵を宿した蒼色の瞳を、霞んだ視界のうちに望みながら。
きわめて小さく細く、短く呟いた。

「ああ、でも────」
「───今はちょっと、死にたくないかな」

動いたのは何方だったのだろうか。
何ゆえそのようになったのだろうか───

壊れたスプリングの軋んだ音が響き渡る。次いで女のわずかにうめく声が漏れる。
互いが気付いた時には、金髪の女は、マットレスに仰向けに倒れた暗い髪の女の上に伸し掛かっていた。

「……何の積りなのかしら」

暗い髪の女が発したか細い声は、そのまま静寂に溶ける様に立ち消えた。
先程まで少しも合わせることのなかった顔が、今では触れんばかりの距離にある。
四つの草臥れた瞳の放つ鈍い視線がきわめて近距離で交差し、互いの内に潜む深淵を暴く様に見据えている。
赤黒い瞳が青白い瞳に近付く。互いに吐息がぶつかる程の距離。女の吸ったばかりの煙草の脂の匂いは直ぐに、二つの肉体の間に満ちた。
上に在る女の呼気の香りは、そのまま下に在る女の鼻腔を支配しに掛かる。それは恰も、直接的な両者の支配関係の様に印象付けられた。

静寂の中にあって、呼吸、鼓動、体温、芳香、互いの生命活動を証明するすべてが直に伝わって来る。一刻一秒毎に、眼前の存在が生きて居ると云う事を肌で感じ取っている。
感情が灯らぬ双眸を覗き込む事はやめない。それは良く出来た曇硝子の様に繊細で、脆弱で、無機質で……。
互いの瞳に吸い込まれる様に、何方とも無く顔が近付いて行く。息遣いが迫る。打ち捨てられたクッションに互いの髪が散り落ち、何方とも無く混ざり合った。
暗い髪の女の華奢な腕から、徐々に力が抜ける。肉の強張りが時と共に解けて、抵抗が消えて行く。力を掛けられる事を受容して行く。
金の髪の女の腕が、横たわる女の腕を明からさまに押さえ付ける。細く力のない腕からさらに力が失われていくと共に、より一層マットレスに女を沈めて行った……。

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