その瞬間であった。
「───伏せて」
凄絶なまでの金属音が、倉庫に満ちた静寂を完膚なきまでに破り棄てた。
それは鉛が倉庫に穴を開け、鋼が鉄を切り裂き、銃弾が脆弱な鉄柱に跳ねては、火花を散らして乱反射する轟音……。
四方八方から、地獄の光景を想起させるがごとき、怨嗟のこもった悲鳴のような金切声が響き渡る。金髪の女は暗い髪の女を抱き締めて、きわめて低く姿勢を保ち続けた。
二、三発の跳弾が彼女の服と髪とを掠め、辺りに僅かな布の繊維、細やかな金色の髪が飛び散る頃合いになり…
ようやく、その音は止まった。
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「……」
「……あいつらかぁ……」
倉庫は今や劣化した四方の薄い金属壁のすべてに、蜂の巣のごとくに風穴が空けられているありさまへと変わっていた。
その奥から聞こえてくる複数人の見知らぬ声、しかしてよく知る言葉を聞きわけたのち、彼女は急ぎ腕の中の女を見る。
状況が呑み込み切れていない様な、然し変わらず不運に満ちた表情。だが、その肢体には傷一つ付いてはいない。それを確認し、金髪の女は安堵とも脱力とも知れぬ吐息をひとつ漏らした。
そしてすぐに、先ほど談笑していた時までとなんら変わりのない笑顔を浮かべ、いつもの様に状況とはまったく乖離した、気散じな調子で声をあげた。
「……もうなりふり構わないって感じだね。しつこい奴ら。」
「でも、此処はもうフランツィヤ。情報網はマジノ線で一旦切れてるから……これが最後のはずだよ。」
「あいつらならやっちゃっても問題ないし、本気でやるから───」
「良い子にしててね。
悪戯っぽく唇の前に指を立ててみせたあと、ヴィルマから視線を離した瞬間、表情が消えた。
機械の様な動作で穴の空いていない部分の壁に耳を付け、周囲の音を聴き始める。風、流水、足音、砂埃、金属音。敵は比較的重装備だったのか、クリスタには容易に人間の音を聴き分ける事ができた。
「(北3 東3 南4 西4 二分隊規模)」
「(北西から西南西に山岳 南東から北北東に河川 車は北……)」
「(現在地 東壁側)」
「…位置はよし」
倉庫が取り囲まれ、四方から銃を装備した精鋭部隊が徐々に迫って来ている状況を瞬時に理解したクリスタは、自分が耳を当てて居る側の戦力が比較的薄い事を確認して、その辺りの石ころを拾う。
肩を大きく振り被る。自分より離れた場所の、劣化したトタンの板壁に向けて投擲する。
瞬間、鋼が毀れる様な凄まじい反響音が響き渡るとともに、壁にもう一つの風穴が開いた。
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壁外のすぐそこに迫り来て、劣化した板材を蹴破ろうと試みていた三人は、気を張っていたのも有ったのだろう。
皆が一様に音のした方を向き、皆が一様に音のした方へ銃口を向ける。
その瞬間を、クリスタは逃さなかった。