「……っ! クソ、気を失ってたか」
仰向けに寝かされていたスコルツェニーは意識を取り戻し、身を起こすと周囲を見渡した。周囲には誰もいない、場所はどうやらヴリル兵器の工場跡のようだが。
頭に残った最後の記憶は1000トン爆弾の直撃を受けて吹き飛ぶハウニヴと物陰に隠れようとした自分。
「漸くお目覚めかい」
いつの間に戻ってきたのか麗人、ユスポフは水筒を手に傍らに立っていた。
「飲みなよ」「すまん……ふぅ、ハウスホーファーは?」
差し出された水筒に口を付けると、ユスポフに問い掛ける。
「逃がした、まぁこれ以上なにも出来ないさ」
「フリスタは?」「行ったよ、自分の任務を果たすってさ」
ユスポフの言葉に無言で頷くスコルツェニー。もう一度水筒に口を付けると中身を一気に煽った。
「あんたはどうするつもりだ?フリスタを追うのか?」
スコルツェニーは中身のなくなった水筒を手渡すと立ち上がり鋭い目付きでフリスタを見る。
「……いや、パリに帰るよ。 流石にこれ以上は老体には辛い」
スコルツェニーの鋭い視線を往なすように肩を竦めると水筒を受け取った。
確かに最初に出会ったときに比べれば疲れが隠しきれていない。
「さて、どうやってベルリンを抜け出すかな……」
ユスポフはこれ以上話はない。とでも言いたげにスコルツェニーに背を向け、何処かへと歩き出した。
「おい、ユスポフ!」
その様子を見たスコルツェニーは何かを決心したように声を上げる
「……と、なにこれ?」
ユスポフが振り向いたのを確認すると小さな何かをスコルツェニーは投げた。
ユスポフが受け取ったそれは小さな何かと何本かの鍵だった。
「使えよ、ベルリンからの地下脱出ルートが書かれたマイクロフィルムとその先の車両の鍵だ、逃走資金も置いてある」
「いいの?」
にっと口元を歪めたスコルツェニーにユスポフは首を傾げた。
「本当は別の奴用に用意してたんだがな。虚栄心とプライドばかり肥大した野郎だったが、憎む程悪い奴じゃなかった。……殺されちまったけどな」
スコルツェニーの頭に思い浮かぶ一人の男の姿。
「あんたなら上手く使ってパリまで帰れるだろう、好きに使ってくれ」
「なんの気紛れ?」
ほんの少しの猜疑心と多数の興味でユスポフは問い掛ける。
「どうせ使わずに赤軍に見つかって接収される位ならあんたが有効活用してくれた方が良い」
今度は皮肉げに笑みを見せると、ユスポフに背を見せる。
「行くの?」
「ああ、俺は聖杯戦争の見届け役だ、何しろ監督役がクソの役にも立たねぇからな。最後まで見届ける義務と権利がある」
その背と夜の闇に隠れ、スコルツェニーの表情は伺い知れなかった。
「……あの子の事よろしくね」
まるで妹の事を頼むように、子を託すような優しい口調でユスポフは言った。
「約束は出来ねぇな」
「……そう」
「ああ……」
静寂が辺りを支配する。
「じゃあな、ラスプーチンを殺した男、噂に違わぬ大した奴だったぜ」
頭だけを向けたスコルツェニーは言った。
「さようなら、ヨーロッパで最も危険な男、貴方も中々だったわ」
口元に笑みを浮かべユスポフは答えた。
ユスポフとスコルツェニー、二人は夜のベルリンで背を向け進んでいく。
二度と交わらないそれぞれの道を。