「彼女を保護して貰いたいのです」
「保護? 私にか?」
竜狩りは教会のルーラーの言葉に眉をひそめる。
竜狩りは護衛や護送を頼まれる事はあっても保護を頼まれる事はない。
本人の性質や戦い方は攻め手側であるし、保護と言う防御系の戦い方に向いていないのだ。
「ええ、保護です…」
教会のルーラーは竜狩りの反応を予想していたのか、でしょうね…とでも言わんばかりに困ったような顔を見せる。
「貴女の保護下にある教会やディテクティブ達のいる下水道、サーヴァントのいる新宿二丁目の方が保護には向いているが…そのペトラさんにはそれが出来ない理由があるんだな?」
竜狩りは教会のルーラーの反応と二人の似た雰囲気から何かがあると察した。
「はい。 お恥ずかしいですが、彼女と私の幻霊は困ったことに相性が良すぎるのです」
「幻霊、そうか。サ…」
「それ以上はどうかご容赦を」
教会のルーラーの強い語気に、ペトラはびくりと硬直する。
「ご、ごめんなさい、ペトラさん!」
「大丈夫です…自分の事は気にしないでください…いつもこうですから…」
「……すまない。つまり、彼女も?」
余計な一言で不和を生んでしまった事に頭を下げる竜狩り。
「私の中の幻霊とは別ですが…」
教会のルーラーに宿り、彼女が嫌悪する幻霊、即ち婬魔サキュバス。
大魔術師キプリアヌスを改心させたアンティオキアの聖ユスティナを真名とする教会のルーラーは元々「男性を虜にして、集団を扇動し操る」という目的を持って召喚された。
召喚時には精神を変容させ、淫行を善しとする特殊な狂化が施されていたのだが、彼女が召喚されると英霊の座から監視しているキプリアヌスが、狂化をあっさり解除して彼女を解放してしまった。
どこぞの詩人とは違って感心な事だ、ストーカーには違いないが。
だが、幻霊サキュバスの影響は教会のルーラーに残っており異性を欲情させ、婬夢を見せ、魔力を徴収する。
だから、自身の居場所を聖なる場所と定め邪なる物を排斥するこれほどなく拠点防衛に向いた宝具を持つに関わらず、一ヶ所に留まる事が出来ないのだ。
「本当にごめんなさい…自分…家がそういう体質の家なので…」
ペトラと呼ばれた少女からは婬魔の気配は感じない。
どちらかと言えばギリシャ…鋼の気配がする12神ではなく土着の神の気配がした。
だが、確かにフェロモンのような淫靡な気配は感じられる。
だからなのだろうか、キリスト系の婬魔であるサキュバスとペトラのギリシャ系の淫靡さ、系統が違うが故にどちらかがどちらかを飲み込わけではなく、相乗効果でより異性を欲情させてしまう。
魔術師キプリアヌスの加護や自身を守る力のある教会のルーラーが無理ならばその矛先はどこに向かうか……考えるまでもない。
守るべき人々が弱きものを蹂躙凌辱する。そんな事は絶対にあってはならない。だから教会のルーラーは基本的に単独行動かつ女性寄りではあるが、器物であり神霊である竜狩りへと保護を頼んだのだろう。
「……人の多い教会や下水道、二丁目ではマズいか。分かった私が預かろう」
「感謝します」
思案の末に受け入れる事を決めた竜狩りに教会のルーラーは深々と頭を下げる。
「改めてまして……ペトラ・シャーファウグンです……こんな自分で…ご迷惑をお掛けしますが…よ、よろしくお願いいたします……」
まだ心を開いてはくれていないらしい。
まぁ、いいさ。と竜狩りはよろしく頼む、と挨拶を返すのだった。
直後にペトラが別の時間から来た迷い人であると知り、驚くことになるのだが。