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「竜狩りさん…戻ってきません…」 新宿御苑内の竜狩りが拠点としている元管理事務所の中でペトラはソファーへと腰掛けぼーっとしていた。 別に苦痛ではないが、手持ち無沙汰だ。 なにもしない時間と言うのはその分余計な事を考えてしまう。 私は綺羅星の園へ帰れるのだろうか…塾長がいなければ私の呪いは悪化してしまうのではないだろうか、そうしたら私は……。 ダメです。ルーラーさんも言っていました。呪いに掛かっても神を信じ、自身を保とうとする自制心こそが大事なのだと。 神を信じるのは塾長に起こられそうだけれど。 『まさかぺトラ御姉様もこちらにきていたなんて!』 その時、外から聞き覚えのある声が聞こえた。 「あ……スヴェトラーナ!」 綺羅星の園の後輩、自分の世話を焼いてくれる愛しい後輩。 ここへ飛ばされたのが自分だけでなかったのだと勇気と希望が沸いてくる。
『……預かっている。 竜ではないから……』 「竜でしたら…殺して…!?私も殺すつもりですの!?』 『竜だから…なんでも殺す』 竜狩りとスヴェトラーナの話声が聞こえる。 その内容はナイーブになっていたペトラにとってはとても物騒に取れる内容だった。 心が掻き乱される。だが、竜狩りさんはそんな事はしない筈だ。 竜であれば誰彼変わらず襲う。ルーラーさんがそんな人に私の保護を頼むとは…… 『きゃーっ!ころされるー!』 スヴェトラーナの悲鳴。 瞬間、ペトラの何かが切れた。
「ペトラさん、君の友人を連れて……がっ!」 竜狩りはなんの気なしに扉を開ける。 瞬間、身構えていたペトラの全身全霊の体当たりが竜狩りを襲った。 一見華奢な体つきから想像も出来ない驚異的な運動能力とサーヴァントのスキルで言えばDランク相当の「天性の肉体」から放たれた全身全霊の体当たりは完全に油断しきっていた竜狩りを数メートル程吹き飛ばし、事務所近くにある樹木へと衝突。 その衝撃で樹木に留まり寝ていたカラス達は一斉に飛び立ち、事務所近くでワイバーンの肉を味わっていた泥新宿の黒犬はめんどくさそうに気絶した竜狩りを一瞥するとやれやれ…とでも言わんばかりにワイバーンの肉を咥えどこかへと去っていった。 ペトラは間髪いれず気絶した竜狩りに馬乗りになり、その首に手を掛ける。 「スヴェトラーナさん! 早く、早く逃げて!」 「え…? え!?」 子を守る獣がごときペトラの豹変にスヴェトラーナは全く理解が追い付かず竜狩りとペトラを交互に見て困惑するばかりだ。 「………………はい、そこまでよ」 ペトラが竜狩りの首を絞めようと力を込めた時だった。 ペトラの右手首を竜狩りの手が掴んだ。 「まずは落ち着きなさい。 貴女、何か勘違いしてるわ。“竜狩り”にも、“私”にも貴女達を傷付ける意図はないから」 諭すような優しい声。 竜狩りの険のある声と同じ筈なのに幾分か柔らかく感じられた。 「痛たた……中々やるわね、貴女。まぁ話は大体聞いてたわ」 「ご、ごめんなさい……自分、自分とんでもない勘違いを……」 竜狩りの首から手を離し立ち上がると、自分の行いにたじろぐように数歩後ろへと下がりその場に座り込む。 「ペトラお姉さま、大丈夫ですわ。竜狩りさんも無事なようですわ」 泣きそうになるペトラに駆け寄ったスヴェトラーナはペトラを抱き締めてその頭を優しく撫でる。 「まぁ、“私”は“竜狩り”じゃないけど、あいつも気にしないでしょ」 竜狩りの深紅の髪がけさきから蒼く変わっていく。 「貴女、竜狩りさんじゃありませんの?」 「竜狩りは私だけど、私は竜狩りじゃないって言うか……まぁ細かい話は良いじゃない」 スヴェトラーナの疑問をはぐらかし、うんうん、とか勝手に納得して竜狩り?は立ち上がった。 「それより、困ってるんですって?お姉さんに詳しく話してみなさいよ」 「あの……貴女は一体……?」 「そうね、私はハバキリ。これでも守護者とか抑止力の代行者やってるし、時空と場所を超越して移動出来る宝具持ちとかいるから力になれるかもよ?」
夜の泥新宿は基本的には静かだ。 音を立てられるのは人と戦力が集まっている場所に限られる。 そうでない場所で騒がしい音を立てれば魔獣やチンピラに群がられて文字通り裸一貫にされるのがオチだ。いや裸で済めば運が良いだろう。 だから泥新宿は静かで本を読むのにちょうど良い。 貸本屋…という事になっている少女?ビーチェは心の底からそう思っている。 かつての姿を辛うじて留めている新宿駅のホームで売り物の本を読む。 「今日はお客さんが来ませんね」 来るわけがない。この街で怪しげな貸本屋に出向いて本を借りようなどと言うか好事家はほんの一握りだ。 河岸を変えようかと読んでいた本、全寮制の女学校、その寄宿舎に住む少女達の物語、を閉じ、立ち上がった。 その瞬間、あちこちから強力な魔力の反応を感じ思わず周囲を見渡す。 「余所から何人か連れてこられたようですね、『彼』の仕業ではないようですが……クヒッ、クヒヒヒヒヒヒヒッ!!」 何がおかしいのかビーチェは狂ったように一人笑い声を上げる。 「さて、ロクデナシの色狂いが動く前にたまには人助けでもしますか」 ビーチェ、いやロストベアトリーチェはゆっくりと動き出した。
渋谷、繁華街として知られるこの街は路地に入ると案外薄汚い。 光があれば影があるように全てが綺麗なわけがないので当然だが。 大分前に友人の一人である明石と遊びに行ったら変な男に絡まれて股間を蹴り上げてやった懐かしい思い出もある。 光と影、思い出にも良い思い出と悪い思い出があるわけだ。 悪い思い出はカルデアの臨時要員として特異点新宿にレイシフトして首なしライダーに散々追いかけ回された事。 そして今、五月雨刹那は忌まわしいエンジン音を再び耳にしていた。 綺羅星の園81期の友人たちと旅行に出かけ、列車の中で睡魔に襲われ目を閉じたのは覚えている。 起きたらそこは渋谷駅。ただの渋谷駅ではない、漂う魔力の気配から忘れない『泥新宿』の渋谷駅だ。 一瞬で目が醒めたと同時にやるべき事、友人達を守らないとという義務感が私の体を動かした。 魂を掴むような地獄から響くような轟音が背筋を震わせる、人に近しい機械のエンジン音だと言うのに。 まさしく聞く耳をもたない、頭もない、背後から迫るその音の主へと罵倒を吐き捨てる。 「海賊は海で船でも漕いでなさいよ!」 友好的なサーヴァントに出会えるまで逃げ切れるかな……
カチリ、カチリ、と時計の針が動く音がする。 一定のリズムを刻む機械音は眠りを誘う。 今が夢か、現実か区別がつかない、わたしは今どこにいるの? やがてピタッとリズムが止まった。 「あれ……? 刹那さん? ピオジアちゃん、エステルちゃん、おーがすたちゃん!」 気が付いた時、くには町中にいた。 一緒にお出掛けした筈の綺羅星の園での友達はどこにもいない。 そもそもくにはスウェーデンにある綺羅星の園からイタリアへ列車に乗り出掛けた筈だ。 客席に座り、そこで話していたところを眠気に襲われ、見知らぬ土地に立っていた。 見知らぬ?いや、この風景には見覚えがある、くにの故郷日本秋葉原だ。 「なんで、ここに……」 理解が出来ない。 もしかしたら、綺羅星の園でのことは夢だったのだろうか? 違う、夢である筈がない。 ユィお姉様との出会いが夢だなんて…そんなのは嘘だ!
「お嬢ちゃん、随分綺麗な格好してるなぁ? どこから来たんだ?」 くにが悩んでいると、黒いスーツを纏った男が口元に笑みを浮かべながら近づいてきた。 口調こそ親切で穏和だが、サングラスをかけていても目にある下劣さが隠せてはいない。
「わ、わたしの事はおかまいなく!」 男の伸ばして来た手を振り払う。 「そういうなよ。分かった、お前さんくらいのガキが好きな好き者もいるんだが、うちの店で働かねぇか?」 「お断りします!……絶唱」 この人は悪いおじさんだ、おまもりを握りおまじないを唱える。 くにを中心にドーム型に広がる黒い波動、魔力が男を弾き飛ばす。 仰向けに倒れた男を見てくにがため息をついた瞬間…… 「チッ、やりやがる。魔術師、魔術使いか!めんどくせぇ!」 男は仰向けからブリッジの体勢に移るとそのまま背筋を使って跳ね上がるように立ち上がった。 男はボロボロになったスーツを脱ぎ捨てると金属質のボディが顕になる。 「ロボットおじさん!?」 「サイボーグだ、このガキャァ!……もったいねぇが、ボコって◯して力の差を分からせてシャブ漬けにして売り物にするしかねぇな」 男は怯えるくにに近づくと乱暴に衣服を掴み、破り捨てる。 凹凸のない未熟なくにの柔肌が晒され、男は舌舐めずりをした。
「下がりなさい、下衆」 瞬間、男は飛んで来た光弾に吹き飛ばされた。 「誰だ、てめぇ!」 「貴方のような下衆に名乗る名は持ち合わせていないわ」 凄む男と怯えるくにとの間に割り込むように人影が降り立つ。 それは少女だった。 臼桃色の着物を纏い、くにとさほど変わらない背丈だが、よりはっきりとした凹凸は大人らしさを感じさせる。 「てめぇ、フェイカー! チッ、そうか、てめぇの御手付きとはな…クソが!」 少女、フェイカーの顔を見ると男は苦虫を噛み潰したような表情で捨て台詞を吐き姿を消した。 「(違うけど)そうよ、分かったら二度と姿を現さないことね!」 男の後ろ姿を一瞥すると、フェイカーはくにへと近づく。 「ひっ!」 「大丈夫? 怖かったでしょう? もう大丈夫よ」 フェイカーは持っていた上着をくにへとかけるとくにを優しく抱き締めてる。 「あ……ありがとうございます」 「泣かないなんて、貴女強いわね。 私はフェイカーのサーヴァント。 何を偽っているかは、内緒って事で」 「サーヴァント?」 「そう、サーヴァントも知らないのね。 ここは危ないから私のアジトへ行きましょう」 フェイカーの甘い囁きにくには熱に浮かされたように同意してしまった。 優しくくにの手を握るとフェイカーは優しく微笑む。 「うふふふふふふふ、かわいいかわいい、かわいい、かわいい…」 くにの熱に浮かされたような表情を見ながらフェイカーは口元を歪める。 その光景をビルの屋上から一匹の黒猫が睨むように見詰めていたのをフェイカーもくにも気付かなかった。
「さぁ…ここへ座って」 フェイカーのアジト、そこは泥濘の新宿では比較的治安の良い鶯谷のホテル(どういうホテルかはあえて言うまい)だった。 かつては最上級の部屋であった一室にくにを招き入れると高級そうな椅子に座るを指差す。 「私はお茶を入れて来るから寛いでね」 「は、はい……」 とは言うものの今まで見たことのない派手な宿泊施設に戸惑いを隠せず、興味を引かれ落ち着けなかった。 ふと、窓の外を見ると数時間は経っているのに月が動かず夜の帳が開けていない。 「ここはね、ずっと夜なの。おかしいでしょう?」 くにの疑問に答えるようにフェイカーはお茶を持ってその背後に立っていた。 「わっ!」 驚いたくにが振り向くと薄桃色の着物を僅かに着崩しており、白い柔肌が顕になっている。 まるで蝶のようだとくには思った。ユィお姉さまとはまた違った優雅さ、雅とでも言うのだろうか、そういった気配があった。 「ごめんなさいね、驚かせてしまった?どうぞ暖まるわよ」 「あ、ありがとうございます」 フェイカーが出してくれたのは香ばしいほうじ茶だった。懐かしい香りに心が安らぐ。
「美味しいです」 「気に入って貰えたなら良かったわ」 フェイカーの穏和な笑みを見ていると不思議とユィお姉さまと一緒にいるときのような暖かい気持ちになり、心と体がぽかぽかとする。 それが何故か恥ずかしくて思わずくには目を反らした。 「あら、どうかした?」「いえ、わたしは…」 フェイカーはくにをじっと見詰め、くには顔を真っ赤に染めて思わず立ち上がる。 「恥ずかしがらなくていいのよ」 フェイカーは目を細めるとくにの細い腰を支えるように手を回し、側にあったベッドへと導いた。 「あ、あの、わたし!」「大丈夫……ゆっくり、力を抜いて……」 ベッドに仰向けに寝かされたくには立ち上がろうとするが、フェイカーに優しく両腕を抑えられる。 耳元に近づけられた唇から放たれる甘い言葉がくにを蝕んでいく。 「わたし……」 「大丈夫、大丈夫よくにさん。 私にしたいこと、されたいことを、ちゃんと頭に思い描いて…」 くにの首元をフェイカーの白魚のような右手と唇が走る。 かぷっ、と甘噛みすると、くにはあ…!と艶めいた声を上げた。
「ふふ…ここ? それとも……こっちを触って欲しいの? いいのよ、恥ずかしい事じゃないの」 毒のようなフェイカーの言葉にくにの感情が揺さぶられる。 (ダメ、ダメ、こんなの良くないことです……でも、気持ちいい……) 「貴女は、私に何を望むのかしら…?…『信頼できn……」 「私にはユィお姉さまがいるんです!」 フェイカーが最後の一押しをしようとした時、くには強い意思と想い、ある女性の姿を脳裏に浮かべフェイカーを拒絶した。 フェイカーが驚き一瞬たじろいだ時、にゃー、と猫の鳴き声が聞こえた。 「猫!? ここ、3階よ!」 「良い御身分だな、フェイカー」 鳴き声のした窓際を見るとそこには深い黄色い二つの瞳が浮かんでいた。 よく見れば闇の中でも闇を拒絶するような気高い黒の毛にセーラー服のような服に真っ赤な首輪を身に付けた黒猫が見える。 「ガンナー…」 「『魔導探偵』に頼まれた。その子は迷い人のようなのでな、引き取らせて貰う」 黒猫、ガンナーはフェイカーの目をその鋭い双瞳で睨み付ける。フェイカーとガンナーの間に緊張が走り、くにはその気配に思わず身構えた。
「……分かった、良いわ。 でもこのままじゃ外に行かせられないわ、彼女に上げる服を選ばせて」 「……………」 「なにその顔」 猫ながらも鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見てフェイカーは不満そうに頬を膨らませる 「……いや、もう少し抵抗されると考えていた」 「あのね、私も想い人のお姉さまがいる少女を力付くでどうこうしようなんてしないわよ!」 「ユィお姉さまとわたしはそんな関係じゃ…」 「分かってる、分かってるわよ。 さぁお洋服選びましょうね、くにちゃん♪…貴女も着替える?ガンナー?」 「冗談ではない」 ぷいと、そっぽを向くガンナー。 楽しそうなフェイカーにくには不思議と先程よりも付き合い安いと感じたのだった。
魔女とはどうすればなれるのですか? お菓子作りを教えていた綺羅星の園の生徒の一人ピオジアの問い掛けにお菓子のキャスターはメレンゲを作っていた手を止め眉を寄せた。 周囲を見渡せば、ピオジアだけではなく何人かの生徒がお菓子のキャスターの答えを真剣に待っている。 「……そうね」 お菓子のキャスターとはグリム童話ヘンゼルとグレーテルに登場するお菓子の魔女、飢えた子供達を救いたいというその善たる側面と帝王のシェフアントナン・カレームが合体したものだ。 ここで茶化したり誤魔化すのは簡単だが、子供達の味方であるお菓子の魔女として子供達には真剣に向かい合わなければならないと感じていた。 そうでなければ秘められた第三の幻霊にも顔向けが出来ない。 「私は実在した魔女ではないけれど」 キャスターの言葉を少女達は聞き逃すまいと耳を澄ませている。 「魔女とは、『なろうとしてなる』よりも『なるべくしてなるもの』と、聞いているわ」 ゆっくりと適切な単語を選び、言葉を紡いでいく。 「勘違いしないで欲しいのは、決してなろうとしてもなれないという訳ではないし、何より魔女になれなければ意味がないと、否定するつもりでもないの。魔女になろうとした道行きは例え途中で止まったとしても、別の道を進んだとしても必ず貴女達の人生に役立ってくれる筈だもの!」 少女達は顔を見合わせたり、ざわめいたり各々の反応を見せる 「そうね、そう、一つお願いがあるの。貴女達はそれぞれ理由があって魔女になろうとしているのよね?でも魔女になれなかったとしても決して自暴自棄にならないで。魔女見習いのみんなに言うのは少し変だけど魔女以外の生き方は必ずあるから!例えばパティシエとかね!」 真剣な雰囲気から一変、少女達の間からくすりと笑みが溢れた 「魔女になる勉強をしている子達は手先が器用だからパティシエに向いているのよ?あ!嘘だとおもっているわね! よーしじゃあここから帰るまでの間に私が貴女達を魔女見習い兼パティシエ見習いにしてあげるわ!」 お菓子のキャスターは再びメレンゲを入れたボウルを手に取る。 「まずは基本のメレンゲからね!」 はい!と言うのは元気な少女達の返事にお菓子のキャスターの顔にも笑みが戻った。
漆黒の魔女はつい先程一仕事終えたばかりの「それ」を目にして、久方ぶりに一方たじろいだ。 魔女の目には黒い靄にしか見えないそれは短剣を手にゆらりと(恐らくは)立ち上がった。 ぎろり、と靄の双眼が魔女を見る。 敵意はない。ただ、じっと興味深そうに魔女を見ていた。 「……私も殺すのか?」 魔女の口からふっと口から言葉が漏れ出る。死など縁遠いものとなって随分経つのに。 「いや 君は…… 何れ 君に 晩鐘が聴こえる 時が 来たとしても それを鳴らすのが 私とは 限らない。 そして 今ではない 」 途切れ途切れのノイズのような声、双眼の視線が魔女から外れる。 黒い靄の中で月光に反射する短剣を納めると、靄は闇の中に溶け行くように消え去った。 「……やっぱり、彼が来たのね。ああ、貴女、誰かは知らないけど助かったわ」 それから暫くして呆然と立ち尽くす魔女の元に現れる人影があった。 青い髪の巫女のような衣装を纏った彼女は天羽々斬。セイバーのサーヴァントにして、抑止力の守護者でもある。 彼女は一目で異質と分かるであろう魔女に対しても礼を言うとにこやかに話し掛ける。
「……あんた、私の事が気にならないのか」 魔女の言葉に天羽々斬が口の端を歪めた。 「サーヴァント…いえ、抑止力の守護者って貴女と同じようなものなのよ。たった一つの願いと引き換えに、人理の終わりまで永遠に戦い続ける。 そういう契約。だから貴女みたいな存在は私達に取っては良くあることなのよ。 最新の魔女さん」 「……そうか。 あんたらも大概なんだな」 羽々斬の言葉に頷くと魔女は背を向ける。 「……漆黒の魔女! 今回のお礼も代わり一つ教えて上げる! 生きるのが、存在し続ける事が苦痛となったら、サーヴァントを、さっき見た彼を呼びなさい!」 魔女の背に向かい、羽々斬は叫んだ。まるで未練を絶ち切る為に、後悔をしないように。 「サーヴァントが私を殺せるの?」 「彼はね、命ではなく…『記憶』を殺すのよ。 それが誰からも忘れられたもの。忘失のハサン」 「……ああ」 羽々斬の言葉に漆黒の魔女は納得したように頷くと無言で立ち去る。
「あれが漆黒の魔女ね…」 羽々斬の後ろから嗄れた声が聞こえた。 ボロキレのような残骸を羽織った彼の事を羽々斬は知っていた。 「今更何しに来たわけ?『ユダヤ人』」 ふん、と不満そうに鼻を鳴らすとじろりとユダヤ人と呼んだ泥新宿第三のランサーをにらみつける。 その真名をさ迷えるユダヤ人。救世主を罵倒した為に、最後の審判、再臨のときまで生き続けるさだめを背負わされた男。 「なに、御同類がいたと聞いて顔を見に来ただけだ。……Amen」 羽々斬を一瞥するとユダヤ人は魔女の去った方向へ十字を切り、聖句を唱える。 「なに、魔女に祈り?」 「知らないのか?案外『あいつ』は寛容なんだ。汝の行先に幸多からんことをってな」 顔をしかめる羽々斬にユダヤ人は皮肉そうに笑みを浮かべた。
「そうイえば、この国では年越しソバとかいうもの食ベルらしいな」 12月31日大晦日、時刻は23時30分頃。 自分のサーヴァントであるギドィルティ・コムはよりによってもう年を越すときにそんなことを言い始めた。 無論何の準備もしていない、モチは以前言っていたので用意はした。 「…そんな文化があるんだな知らなかった」 嘘である、本当は知っているがめんどくさそうなことが増えると思い今まで黙っていたのだ。 「そうカ知らナイか、でもオレは食イたいゾ」 「ソバなんてねぇよ、せめてもっと前から言え!」 思い付きでアレが食べたいコレが食べたいと言う自分のサーヴァントに苛立ちを覚える。 ある程度は慣れた物だが、やはりイライラするものだ。せめて事前に言って欲しい。 「ソうかじゃあソバはもうイイぞ、代ワリにウデを食って年越しウデだ、ハハハハ」 「おいやめろ○○○○(クソッ)!年越し腕ってなんだよそういう物じゃねぇぞ年越しってのは!」 「ハハハハ、やっパり知ってテ黙っテたな、次カラはちゃんト用意しろヨ」 「イッテェ!腕を食いちぎりながら文句言うな!」
地に描かれた陣の上には、触媒たる髑髏の面。その前に立つのは、およそ魔術世界とは無縁そうな一介の学者。 「…汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ……これで良いハズ、なんデスけど」 アンジェラが首を傾げた瞬間、召喚陣に光が宿った。 「ひゃ──」 強烈な光が収まった後、そこに居たのは黒衣の女性。 「サーヴァント、アサシン。山の翁、ハサン・サッバーハ。召喚に応じて…」 「……オォー」 「近い。…あなたが私を召喚したの?」 「あっハイそうデス!本職は心理学者なんデスけど色々あってマスターをやる羽目になったデス!周りに内緒で!」 無言でも、仮面の上からでも分かる程に、アサシンはえぇ…という反応を返す。 「あっ今ちょっと残念がりましたデスね!?心理学でわかりマスよ!」 「流石に心理学関係ないでしょうそれ。……まぁ、いいわ。精々私をうまく使ってみせなさいよ」 「そうデスね、アサシンならたぶん大当たりデス!最初は無闇に戦闘を仕掛けずこっそり調査してもらいたかったデスし、ワタシはワタシで最初はマスターとしてではなく、表舞台から警察と協力して動くデスし。機動力があって、運よくマスターを捕捉できればkill!も現実的なクラスとなれば相当動きやすー……あ、ごめんデス話しすぎたデス?」 「……へぇ」 軽い調子のまま、つらつらと戦術を述べていくアンジェラを見てアサシンの声色が変わる。 「いいえ、むしろ、少なくとも印象よりはちゃんとしているみたいで安心したわ」 「むきー!印象よりはってなんデスかー!」 大人げなくきゃいきゃいと騒ぐ自らのマスターの姿に、仮面の裏でアサシンは微かな笑みを漏らして。 「そういうところよ。……まぁ、一先ずは従ってあげるわ。よろしくね、マスター」 「なんか体よくあしらわれた気もするデスが……ハイ、よろしくデス」
「食べぬのか?」 食卓に並ぶ既製品の弁当、惣菜。気持ち茶色に偏ったテーブルの上を眺めながら、キャスターは怪訝そうに問い掛けた。 目線の先にあるものは……私の手に握られた五目おにぎり。適当にコンビニで買った中に混じっていた、出来合いのおにぎりだ。 正直……五目おにぎりは嫌いではない。鶏五目なら好物と言える程度には好きなものだ……けど…… 「……この五目、しいたけ入ってる」 これが五目の罠。私が密かに『シュレディンガーの五目』と名付けた、五目ご飯ならではのデストラップ。 五目を銘打ったおにぎりの中には、このように椎茸を炊き込んでいるものがあるのだ。というか、割合的には混ざっている方が多い。 イチかバチかで食べてみれば案の定広がる椎茸の風味。込み上げてくる吐き気を抑えながら、私は己の運の無さに打ちひしがれていた。 そんな中でキャスターは怪訝そうに、そして心配するように問いかける。そこまで深刻なことではないんだけど……。 「シイタケ……それは毒か?」「どっ――――うん、まあ……私にとっては毒みたいなもんかな」 思いも寄らない剣呑な言葉に思わずむせそうになった。食べられない、という意味では毒ではあるのだが。 「食べれば死する、という訳でも無さそうだが……そうか、毒であれば仕方あるまい」 それは意外な反応だった。私が椎茸嫌いを告白すれば、大体の人間は“美味しいのに”と知ったような顔で言い放ってきたのに。 「儂が生きた世には致死性の菌糸類は多々あった、時代は違えど毒性の茸の危険性は熟知しておる。 毒全てを拒む、というのも健全とはいい難いが……ふふ。見たところお前は既に、体を蝕む“毒”の味を知っておるようだからな」 …………それはまさか、希釈魔術髄液の……。召喚してからまだ一日にも経過していないのに、私が使っている薬のことまで見抜いている……? キャスターは魔術師のクラスだと聞いてはいたが、まさか自分の体のことまで見抜かれているなんて。 その上で彼女は私のみを案じ、気を使ってくれたのだ。それはまるで……まるで、我が子を気遣う母親のように。 「……べ、別に食べれないわけじゃないよ。毒、だけど……味と、食感と、風味が嫌いなだけ」 「そうか。では……儂が喰らおう。英霊の身とはいえ栄養補給をすれば、多少なりとも魔力の糧になるだろう?」 そう言って私の手からひょいとおにぎりを掴むと、そのままぱくりと食べてしまった。 見覚えのある光景に思わず思考が止まる。この流れは昔……家で、食べ物を残した時のお母さんと同じ―――― ――――脳裏に過る光景を振り払い、仕方なく私はかたわらの唐揚げ弁当に手を付ける。うん、これなら間違いはない。 「ふむ、成程…………この味わい。悪くはない。味は儂の時代に及ばんが……他の食材との味付け、風味付けが見事だな」 ……椎茸さえなければ、私も同じ感想を言えたのに。冷めてしまった唐揚げを頬張りながら、俯き加減で夕餉を過ごした。
ギドィルティ・コムが腕を組んでカレンダーを眺めている。 その様子を視界に入れながら、イーサン・ジョン・スミスは請求書やレシートの類を整理していた。 あいつがカレンダーを見てるだけでちょっとイヤな気分になるのはなんだろうな。 そんな答えが分かりきった疑問が頭に浮かんだが、正解を言語化するのも癪なので、金の収支に無理やり意識を向ける。 やはり食費が重い。 その出費のほとんどは、傍でカレンダーを眺めている我が親愛なるサーヴァント様に胃袋に収まった。 ただでさえ食事を頻繁に要求していたのが、どこからかクリスマスだのバレンタインデーだの余計な知識を付けてきて、それにちなんだ食べ物をせびるようになりやがった。 そのためだろう。カレンダーに自分が付けていない印があるのを見ると気が重くなるようにさえなってしまった。 壁だろうが凄鋼だろうが食えてしまう胃袋の持ち主なので、わざわざ人間と同じ食べ物にこだわる必要はなさそうなものだ。 それでも、食事としてはまともな味のものを好むし、無機物のたぐいを食べさせすぎると機嫌を悪くするので仕方がない。 サーヴァントの扱いを間違えて一時の感情で頭から丸かじりされるのは御免こうむる。 肩もこったので、一向に改善しない懐事情から目を上げ、イーサンもカレンダーに視線を向けた そろそろ年も暮れようという時期だ。 別に年末年始に特別なことをしようという気はないが、年が明けるとなると多少の感慨はなくもない。 などというイーサンの思考を遮るように、ギドィルティ・コムがくるりと振り向き、テーブルのイーサンの向かいの席に音を立てて座る。 「おイ、マスター」 「なんだよ」 イーサンはほぼ整理し終えた紙の束の上に、重しとしてジャンクになった武器の部品を素早く置く。 こいつの前では散らばって困るものは放置しないことにしている。というかするようになった。 「そろソろ新年だナ」 「ああ」 「来年ハ何か新しイことをやロウとか考えナいのか?」 「あー……そうだな。来年はもうちょっと金に余裕を作りてえもんだな。そうすりゃ新しい武器や装備が買えて探索も楽になるだろうし、新しいことにチャレンジもできるだろうよ」 イーサンは、ギドィルティ・コムの食事に消えた金額を証す紙の束を持ち、彼女のすぐ目の前でこれみよがしに振ってみせる。 「ナるほどナるほど、イい心がけだな」 ギドィルティ・コムは腕を組み、さも感心したかのようにうんうんとうなずくような仕草をする。 本当に皮肉が通じねえなこいつは……! 自分のサーヴァントの頭と神経の雑さには、たまに本気で腹が立つ。 「ところデ、世の中ニは面白いモノがあってナ。ふだんハ白くて固いノに、火にカけるとふくラんだり伸ビたりするらしいゾ。知っテるか?」 「なんだそりゃ。どっかの合成物質か何かか?」 「そシてこの国の人間ハは新年にそれヲ食う!」 そう言うと同時に、ギドィルティ・コムはパーカーの前ポケットに手を突っ込み、紙を取り出すとテーブルに叩きつける。 重しを乗せた領収書の束を反射的に手で抑えたイーサンは、顔を寄せてギドィルティ・コムが出したカラフルな紙を眺める。 グロースリーストアのチラシだった。 カトウの切り餅 1kg+200g 期間限定200g増量! ***円(税込み) 「なるほど餅か」 以前もこんな流れがあったような気がする。 そして生意気にもクイズ形式で前フリをするようになったのは成長したと見るべきか、妙なことを覚えたと言うべきか。 「たんに食えルだケじゃなくテ、変形シて目からもオレを楽しませヨウとはなカなかシュショウなやつじゃないカ」 ギドィルティ・コムは、焦げ目のついた餅の写真を指でトントンとつつく。たしかに膨らんでいる。 「ふむ」 オセチなる、新年に食べる豪華な料理を要求でもされるのかと思っていたところ、そこまで高くはないものだったので一安心だ。 火を通すだけなら調理が簡単だし、携行食として使えなくもない。 これでこいつの機嫌が取れるなら、そこまで悪い取引というわけでもない。 「OKOK、じゃあ買っといてやるから楽しみにしとけ。そのかわり来年も今年以上に働いてもらうからな」 「ハハハハ、以前はアんなにガンコだったマスターもズイブンと素直になったヨうでオレはうれしイぞ。うんうン」 「うるせえよ」 苦笑だろうか。イーサンは己の口の端がわずかに緩んでいるのを感じた。
年末に店をいくつか回って最安値で餅を買い集めたイーサンは、普段よりわずかに穏やかな気分で大晦日の夜を迎えていた。 食事を終えたギドィルティ・コムはテレビのチャンネルをぱちぱちと切り替えている。 2チームに分かれて歌で競い合う番組、中年の男たちが尻を殴られている番組、各地の様子をリポートしている番組、警察活動に密着した番組。 イーサンはアルコールによって軽く酩酊した頭で、それを見るともなくぼんやり見る。 ギドィルティ・コムがリモコンのボタンを押す手が止まる。 『老舗の蕎麦屋さんの……ではみなさんが年越し蕎麦を……細く長くという願いを込めて……』 「ナあ」 「あん?」 「この天ぷらそばッテやつが食いタいなマスター?」 語尾の上がり具合に込められた恫喝に近い響きに、酔いが一瞬で覚める。 「いやいやちょっと待て、そういうことは事前に言ってもらわねえとこっちにも準備ってもんが」 そんな上等なものをすぐに届けてくれそうな近場の店を脳内で検索するが1件もヒットしない。 「しょうがナイ。仕方ガないから手近ですまスか」 「○○○○(クソッタレ)!!」 テレビから気の抜けた鐘の音が聞こえてくる。 イーサンが年明けの最初に見たものは、妙に尖った歯が生えそろった大きすぎる口を開けて飛びかかってくるギドィルティ・コムの姿だった。 「いってぇ!!!!」
「ナあ、豆を撒クぞマスター」「は?」 自分のサーヴァントがまた妙なことを言い出した。 豆を撒くってなんだ、鳥でも呼んでそいつを食うつもりなのかコイツは。 あまりに唐突なことに反応するのが遅れた俺に対し、ギドィルティ・コムは何も気にせず話を続ける。 「この国の人間ハは豆を撒いタ後に豆を食って恵方巻とヤらヲ食うと聞いたぞ」 そう言うと同時にギドィルティ・コムはチラシを渡してくる。前にもこの流れを見た気がする。 チラシには『節分セット!』とデカデカと書かれた煎豆と恵方巻という物が書かれていた。 「…節分」 「ソウだ節分だ」 なるほど確かに時期としてはそれほど遠くない。準備もしようと思えばできそうだ。だが問題があった。 「俺は節分がどういう物か知らないぞ」 「ナンだ知ラないのカ?」 この前の年越しそばとは違い、今度の節分に関して俺は一切の知識がなかった。なぜ豆を撒くんだ、恵方巻っていったいなんだ。 「まぁ知ラなくテもいいカ、オレはこの恵方巻ト豆が食いタいんだ」 「まぁ分かった用意して…」 そう言いかけ改めてチラシの値段を見ると、思っていた以上に高かった。この前買ったモチより高いのだ。 「いや駄目だ駄目だ!この前買ったモチより高いじゃねぇか!」 「なんダケチケチしてるナマスター、この前はあんなニ素直になってタじゃないか」 「豆はまだ買うがこの恵方巻が高いんだよ!どうなってんだよ○○○○(クソッ)!」 「それじゃあ当日は腕ガ恵方巻代わりダなマスター」 「……チッ当日になるまで死ぬほど働いてもらうからな!」
「風記箒はOLである。業績はまだない。なーんて……うちはうだつも上がらないOLですよーと」 などと呟きつつ、今日も興行の出来る場所を探し、裏路地を歩く。そんな折、ふと目に付いた存在がいた。あれは──ピエロ!?本物の。本物の、尊敬するピエロ。 遠いからか声も聞こえないか。そろりと、近付いて見れば。──ジャグリングは非常に鮮やか。楽しげにもしている。ああ、これは目指していた物そのもの、道化そのものだ。 ──しかし、その感情は一瞬で無に変わる事になった。その人物が振り返った瞬間にあったのは、 「ァ……アナア、ミヘタ?」 ──あったのは。……なんだ、これは。さけた、くち?それに全身が…わらえない。わらえない。これはわらっていいものではない。わらえるはずがない。いなくなるべきだ、わらわせなければ、『これ』はうちが■■■なければ── 「オーイ?……エヘト、コジンレンフウダケド、ミテク……ツモイ?」 ……あれ。うちは何を考えてたんだっけ?緊張のせいかな、意識が飛んでたような。 こうして見ると、よく聞こえなかった声も優しさを感じる。意識が飛んでいたとして、興奮もきっと原因だろう、と即座に判断し。まずは落ち着いて、息を整える。 「色眼鏡って言うけど、色目……こう言うと上司みたいだな、うぇ」 ともあれ、自分の能力なのだから多少は覗いていいだろう。別に深くまで見通せるわけではないし。と自分に言い訳をし、深呼吸。 起動するのは、白い左目。……うん、まずこの目じゃ体は分からないけど…雑感としてその体も『うちと同じようなもの』、に見える。 さて、どのみち自分の目では心の方しか見えないのが恨めしいけれど。『見る』限り心から笑ってる。……うちが笑わせるまでもない、風格というか、プロ意識というか。 これはもうピエロとしての先輩、としてといいと思った。 「は、はい!ピエロとして尊敬……あっちがっ!えっと…いいんですか?」 そう言うと、どこか照れたような感情と心からの『楽しい』を見せてくれた。それはそれは青い顔と、赤みの差した頬も一緒に。 「……スコヒダヘ、ネ」 喜色満面の笑み、というやつがあればこうなるんだろうな、と思うくらいに口を引っ張って、彼女がにっこりと笑う。 それを見ると、うちもつい真似して。……何本か、物真似するには腕とかが足りなかったけど。 「は、はひ……!」 指を使って、口角を上げてから、これ以上は生きている内にはないんじゃないか、ってくらいに…盛大に笑った。
むにぃ。 背後から伸びた褐色の指が、俺の頬を痛くない程度に摘まんだ。 「……にゃにをしゅりゅんだ、あーひゃー」 「いやなに、マスターが辛気臭い顔をしていたからね?」 下手人を問い詰めようと振り向いた先には、艶やかな褐色肌の少女───アーチャーがにんまりとした笑みを浮かべていた。 「……」 「ああもう、わかった、わかったってば」 無言で抗議の視線を投げかけ続ければ、彼女は堪忍した様子で浮くのをやめ、先程までの喜色の表情から一転して凛とした顔つきで俺を見つめてきた。 「ボクはね、心配してるんだよ。人の幸福のために頑張るのは善いことだ。でも君のそれは度が行き過ぎてる。インドラに身を捧げた兎のように、自分を使い潰してまでも他人に尽くそうと言わんばかりの勢いだ」 「そんなことは、」 「あるよ。かの時代で最も……いや、二番目に人を見る目に長けたボクが言うんだから間違いない」 ずいっと顔を近づけて俺の瞳を覗き込む彼女。 それに対し、今の俺は何も言い返せず、ちょっとした気恥ずかしさから目を逸らすことしかできなかった。
シュナ子的に一番人を見る目に長けていたのはドローナ
私、天埜羽々祢!1回死んだことがある16歳の女子高生! ある日目が覚めると私の胸が縮んでしまっていた! しかも天埜家三女・心祢と名乗る謎の巨乳妹が登場!? 「はばねーちゃんのむねはわたしがうばった」 「お゛の゛れ゛ぇ゛ー゛!゛」 「まな板なことには変わりないわよ愚妹1号」 けれど実は心祢には重大な秘密が隠されていて……? 「わたしはじつはせいはい(Gカップ)がつくりだしたあまらはばねのざんしなの」 「聖杯まで私を胸で煽るのかよぉー!」 この冬、天埜家と羽々祢の胸を巡る大決戦が繰り広げられる! 「わたしがいたらはばねーちゃんのむねはもうにどともどらないんだよ……?」 「知ったことか!妹に幸せになってほしいって思わない姉はいないんだよ!」 劇場版・天摩聖杯戦争外伝 Fate/Cup of Ace ~消えたBカップの謎~ 「ねたばれするとはばねーちゃんのむねはBからうえにはそだちません」 「ク゛ソ゛ァ゛ー゛!゛」
日付は2月14日。時空はほどよくふわふわ。 ここ天摩市にも、等しくセント・バレンタインデーは訪れていた。
「あ、セイバーもチョコ食べる?」 「頂こう。……つかぬことを聞くが、それはこの私に下賜してよいものなのか?マスター」
そのような会話を交わすのは、制服姿の黒髪の少女と、フォーマルな装いの銀髪の青年。 少女は自ら買い込んだらしい、学生が購入するには少し値の張るチョコレートを、まさに至福といった様子で次々とつまんでいた。 そのうちの一つを青年へと与えると、さて次はどれにしようかなー、と呟き、並べられたチョコレートの上で指を踊らせている。
「いいよ別に。あげる用じゃなくて私用のやつのお裾分けだし。……あ、本命の方が嬉しかった?」 「いや、そうであれば丁重に断らねばならなかったからな。そのような事情であれば、有り難く頂くとしよう」 「え、いま私遠回しに眼中にないって言われた?」
振り向く少女を余所に、青年は与えられたチョコレートを一口齧る。 そうして、ふむ、と目を細めると、そのまま残りの欠片もぱくりと食べ尽くした。
「美味であった。……さて、マスターの質問に答えるならば。この私はあくまで影法師、そういった情を向けるには些か儚すぎる、とでも言うべきだろうか?」 「あー…うん。そういうことね。セイバーらしいと言えばらしいというか…」
ところで、と少女が話題を仕切り直す。
「セイバー的にはこのイベント…というかバレンタインはこう…どうなの?」 「どう、とは?」 「なんか、チョコを送るのはチョコ会社の陰謀だーとか、本当はこういう日じゃないんだぞーとかよく聞くから。実は内心キレてたりしないのかなって」 「はは。この私がそんな事を思っていれば、とうに此処で"旗"を立てているさ」 「え゛」 「……ふっ、冗談だとも」
"普段"とは違う柔らかい表情で、青年は少女へと軽い笑いを向ける。 その様子を少し珍しがりつつも、続く言葉を待つように少女は青年を見つめた。
「そうさな。異教の地、ともすれば直接の布教が行われたかすら明瞭でない土地において、形は違えども聖人の行いが祝い事として讃えられている」
青年は、どこか浮き足立った町を見渡す。 チョコレートの香りが仄かに漂い、町に染み付いた血の匂いをもかき消すような様相だった。
「この私としては、それを喜ばしい事だと思うとも。形はどうあれ、満たされる者が多いのであればそれは善き催しだろう。……それに」 「……それに?」 「今日の主役の、恋人同士などでは無くとも、な。我がマスターのように、色気より食い気で幸福になれる者もいる。バレンタインデー、万々歳ではないか?」
暗に食い意地が張っていると言わんばかりのその発言を聞き、少女の瞳がかまぼこのように吊り上がる。
「……セ゛ー゛-゛イ゛ー゛-゛バ゛ー゛-゛-゛!゛!゛!゛」 「ははは。……ところで、もう一粒頂いても良いだろうか?」 「ダメでーす!!配慮の足りないセイバーにはもう一欠片たりともあげませーん!!」 「これは手厳しい……。では、先程この私が道すがら高貴なご婦人から頂いたものとの交換も無しだな」 「えっちょっと待ってそれは興味あるんだけど!?」
……これはいつかの物語。 あり得たかもしれない、束の間の平穏で甘い夢。
(カルデアの個室の前) (がさごそという物音) (ノック音)
【もしもーし】
「指揮官か。入られよ」
(扉の開く音) (カルデアの個室内部) (吹雪の立ち絵)
【こんにちは】
「こんにちは。何か本艦に命令だろうか」
【命令じゃないけど……】 【今日は楽しんでるかなって】
(訝しげな表情)
「今日? 本艦の記憶する限り、今日は作戦行動も特別な催事もないはずだが……」 「……いや、暫し待たれよ。本艦の中の妹達が何やら騒がしい」
(目を瞑る) (目を開き、頷く)
「……理解した。そうか、今日がバレンタインデーというものか。いや、申し訳次第もない。すっかり失念していた」 「世話になっているもの、或いは想う人に菓子類を渡し、謝意や恋慕の情を伝える日と聞いている」
(少し困ったような表情)
「本艦も、そのような日があると聞いて菓子の用意はしたのだが……。具体的な日付を忘れていたようだ」
(キリッとした顔に)
「そうと決まれば、本艦もこうして武装点検などしてはおられぬ。綾波、夕立、雪風、菊月、島風……他、菓子を渡そうと思う相手は数多いる」 「……あぁ。無論、貴官にも菓子の用意はある。まずは、これをお渡しするとしよう」 「部隊指揮官。貴官に対する衷心よりの感謝と敬意の証として、“我々”からこれを贈呈する」
(チョコを受け取る)
【これは……お菓子の詰め合わせ?】
「御承知置きの通り、本艦は兵器である。旗艦大和や米空母エンタープライズなどの例は知っているが、彼女らのように飲食物に関する逸話・機能があるわけでもない」 「また、贈る品としては手作りのチョコレートが適当とも聞いたが、本艦自身、そのような洒落た菓子など、酒保で見る程度のものしか知らなかったから、これは断念した」 「せめて給糧艦間宮がここにもいたならば、彼女の甘味を都合してもらうこともできたのだが……。そういうわけにもいかなかった」 「……配る数の多さに加えて、斯様な仔細もあるため、手作りチョコレートの贈呈というわけにはいかなかったが、それでも、それに代わる品は用意できたと考えている」
(少し目線を逸らす)
「……不要であれば、破棄していただいても結構。ただ、本艦を含む“我々”からの謝意の証として、どうか受け取っていただきたい」
【捨てるなんてとんでもない!】 【大事にいただくよ、ありがとう】
(驚き、それから、微笑む)
「……そう、か。そうであれば、嬉しい限りだ」 「それでは本艦は、これからカルデア中を駆け回るとしよう。貴官に伝えたのと同様、皆に謝意を伝えねばな」
☆4 酒保のお菓子詰め合わせパック Cost3 HP :0 ATK :0
ILLUST 干菓子、米菓などを中心に、何種類ものお菓子が詰められた袋。
SKILL 『バレンタイン2022』において、用心棒ポイントのドロップ獲得量を10%増やす。 【『バレンタイン2022』イベント期間限定】
説明 駆逐艦吹雪に貰った、お菓子の詰め合わせセット。
米菓などを中心に、すぐに食べなくても少しくらいは問題ない、保存の効くお菓子がたくさん詰められている。 チョコレートばかりを食べるのも大変だろう、という気遣いと、手作りの品を作れない代わりにせめて美味しいものを、という吹雪達の気持ちが込められている。 なお、同じものが主に艦艇系サーヴァントの間に配られており、一時期中身のお菓子を交換することが流行ったとか流行ってないとか。
……ふふ、いやー我ながら似合ってるなー! 急にメガネと服を渡された時はまた私をコスプレさせて辱める気か!と勘ぐったりもしたけど。 今回は普通というかマトモなやつで安心したよ。むしろ役得って感じ。 それにしてもホント似合ってるよねこの格好。メガネ&スーツで女の先生って感じかな? 教師になってみたいとは前から思ってたけど、気分を先取りできちゃうなんて夢にも思わなかったな。 あ、こらそこ今私に先生なんてできるのって思ったでしょ。 確かに私は天才ってわけじゃないけど、実は現代文の成績は結構いいんだよね。 作者の意図とか登場人物の考えを読み解く問題で満点以外を取ったことは一度もないし。 教科書を開いてスラスラと音読し、黒板に文字を書く様は正に清楚な美人先生! これでもう二度と濁点声で叫びながら突っ走る猪系女子なんて言わせないもんねー! ……なにこれバット?なんで急に野球?まあやってもいいけど…… ふんっ!ホームラン行けるかな……ああもうヒール走りづらい!う゛お゛お゛お゛お゛お゛り゛ゃ゛ー! 見たかホームランだ!聖杯戦争で鍛えられた私の脚力舐めんな!……あっ。
ド ヤ ァ そうそうこういうのを待ってたんだよ! えっ私呼ばれてないって?いいじゃんチャイナ美少女が増えて困ることなんてないでしょ? いやぁ1回着てみたかったんだよねチャイナドレス。 服の構造自体は単純なワンピースタイプだけど、だからこそ装飾が映えるのがポイントだよね。 ……横の深いスリットはちょっと危ないというか恥ずかしい感じがあるけど。 長い布地をはためかせてのアクションのカッコよさのためなら我慢できる! ぅわちゃー!ほあちゃー!……ふふーん、我ながら様になってrうひゃあ!!? ちょ、ちょっとナナ姉急に背中をなぞらないでよ! なに?「大胆におっぴろげてるものだから触ってほしいのサインかと思った」? そんなわけないでしょー!というかナナ姉私の背中がどれだけ弱いか知ってるでしょー! ま、待って。さっきので腰が抜けちゃったから。今私動けないから! ここぞとばかりににじり寄って責め立てようとするなぁー!あ、ま、ちょ、 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!?
…まぁそうよね。使ってるPicrew一緒だし着せられるよね。いやこっちの話。 悪いけど私、こういうタイトな服は似合わないよ。 胸が大きいからそのぶんその下が膨らんじゃって衣装の良さが出せてない。 こういうのはしっかり身体のラインが出なきゃ綺麗に見えないのに、これじゃ台無し。だから個人的には認めがたいかな。 そうだね。こういうのは羽々祢の方がよく似合うと思う。 胸が小さいだの大きいだの、そういうのは論さずの話。だからいつも言ってるだろ羽々祢。 お前はいつも私の胸に嫉妬するけど、私からすれば着て似合う服の多いお前のほうが羨ましいってわけ。 聞いてる?ほぉら、つつー。はい、腰抜けちゃって動けないねー。 わざわざ背中のところの布がガバッと空いたデザインを選んでくるんだもの。 「ははぁ、これはつまりそういうフリだな?」と理解した優しい私はお前のツッコミ待ちにわざわざ応えてやったわけだ。 ほら、ちゃんとありがとうございますって言え。ほらほら。つつー。 あはは。生まれたての子鹿ちゃんみたいだぞぅ。私の車椅子に必死に捕まるだけで立てないねぇ。 あー、ほんとかわいい。ん?いや、なんでも。
「憑かれていますね」 ぴこぴこと私の頭頂で動く耳を優しく撫でながら、ピナさんはそう断言した。 「憑かれてる?」 「耐性が付いたとはいえ、ハバネさんの霊媒体質はまだ無くなっていません。 睡眠中は魂が無防備になりやすいですから、その時に入り込んだのでしょう」 「猫に食べられる夢を見たのはそういうことかぁ……」 あの恐怖体験を思い出してちょっと気分が下がる。肉眼では見えないが、今朝から私の頭の上に生えた黒い猫耳もぺたんとなったのが何となく分かった。 「特に害とかはない感じですか?」 「体に変化が起きているのは結構な大事ですよ。 ですが、そうですね。ハバネさんは魂が強いですから、それ以上影響が出ることはないでしょう。強いて言えば……」 そう言いながらピナさんが懐から何かを取り出し、床へと転がす。 ───それを見た瞬間、私の脳がそれが何なのかを理解するよりも早く、私の体は動き出し。 てしーん!と、体ごと前に伸ばしながら両手でそれを叩き止めていた。 「うにゃっ!……はっ」 「このように、取り憑いた霊の本能が発露するかもしれない、ぐらいでしょうか」 「えぇーっ、今すぐ除霊できないですか!?」 「今のハバネさんも可愛らしいと思いますよ?」 「えっそう?いやーまいったなー猫耳まで似合うなんて私も罪な女だなー……じゃなくて!こんなところナナ姉に見られたら……!」 「ふふ。大丈夫ですよ、ハバネさん」 柔らかに微笑むピナさん。なんか嫌な予感がする。ピナさんがこういう風に笑う時は……! 「もう手遅れのようですから」 「───まさか!」 「……ふふふっ……………!」 振り向いた先、そこには教会の扉のところで笑いをこらえきれずその豊満な胸を振るわせて失笑しているナナ姉の姿が! 「ギャーッ、ナナ姉なんでここにーっ!?」 「…………っっっ」 無言でこちらにスマホの見せてくる。録画した映像。まさか。 『うにゃっ!……はっ』 「……う゛に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛?゛?゛」 お昼の教会に、ひときわ大きい猫の唸り声が響いた。
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「竜狩りさん…戻ってきません…」
新宿御苑内の竜狩りが拠点としている元管理事務所の中でペトラはソファーへと腰掛けぼーっとしていた。
別に苦痛ではないが、手持ち無沙汰だ。
なにもしない時間と言うのはその分余計な事を考えてしまう。
私は綺羅星の園へ帰れるのだろうか…塾長がいなければ私の呪いは悪化してしまうのではないだろうか、そうしたら私は……。
ダメです。ルーラーさんも言っていました。呪いに掛かっても神を信じ、自身を保とうとする自制心こそが大事なのだと。
神を信じるのは塾長に起こられそうだけれど。
『まさかぺトラ御姉様もこちらにきていたなんて!』
その時、外から聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ……スヴェトラーナ!」
綺羅星の園の後輩、自分の世話を焼いてくれる愛しい後輩。
ここへ飛ばされたのが自分だけでなかったのだと勇気と希望が沸いてくる。
『……預かっている。 竜ではないから……』
「竜でしたら…殺して…!?私も殺すつもりですの!?』
『竜だから…なんでも殺す』
竜狩りとスヴェトラーナの話声が聞こえる。
その内容はナイーブになっていたペトラにとってはとても物騒に取れる内容だった。
心が掻き乱される。だが、竜狩りさんはそんな事はしない筈だ。
竜であれば誰彼変わらず襲う。ルーラーさんがそんな人に私の保護を頼むとは……
『きゃーっ!ころされるー!』
スヴェトラーナの悲鳴。
瞬間、ペトラの何かが切れた。
「ペトラさん、君の友人を連れて……がっ!」
竜狩りはなんの気なしに扉を開ける。
瞬間、身構えていたペトラの全身全霊の体当たりが竜狩りを襲った。
一見華奢な体つきから想像も出来ない驚異的な運動能力とサーヴァントのスキルで言えばDランク相当の「天性の肉体」から放たれた全身全霊の体当たりは完全に油断しきっていた竜狩りを数メートル程吹き飛ばし、事務所近くにある樹木へと衝突。
その衝撃で樹木に留まり寝ていたカラス達は一斉に飛び立ち、事務所近くでワイバーンの肉を味わっていた泥新宿の黒犬はめんどくさそうに気絶した竜狩りを一瞥するとやれやれ…とでも言わんばかりにワイバーンの肉を咥えどこかへと去っていった。
ペトラは間髪いれず気絶した竜狩りに馬乗りになり、その首に手を掛ける。
「スヴェトラーナさん! 早く、早く逃げて!」
「え…? え!?」
子を守る獣がごときペトラの豹変にスヴェトラーナは全く理解が追い付かず竜狩りとペトラを交互に見て困惑するばかりだ。
「………………はい、そこまでよ」
ペトラが竜狩りの首を絞めようと力を込めた時だった。
ペトラの右手首を竜狩りの手が掴んだ。
「まずは落ち着きなさい。 貴女、何か勘違いしてるわ。“竜狩り”にも、“私”にも貴女達を傷付ける意図はないから」
諭すような優しい声。
竜狩りの険のある声と同じ筈なのに幾分か柔らかく感じられた。
「痛たた……中々やるわね、貴女。まぁ話は大体聞いてたわ」
「ご、ごめんなさい……自分、自分とんでもない勘違いを……」
竜狩りの首から手を離し立ち上がると、自分の行いにたじろぐように数歩後ろへと下がりその場に座り込む。
「ペトラお姉さま、大丈夫ですわ。竜狩りさんも無事なようですわ」
泣きそうになるペトラに駆け寄ったスヴェトラーナはペトラを抱き締めてその頭を優しく撫でる。
「まぁ、“私”は“竜狩り”じゃないけど、あいつも気にしないでしょ」
竜狩りの深紅の髪がけさきから蒼く変わっていく。
「貴女、竜狩りさんじゃありませんの?」
「竜狩りは私だけど、私は竜狩りじゃないって言うか……まぁ細かい話は良いじゃない」
スヴェトラーナの疑問をはぐらかし、うんうん、とか勝手に納得して竜狩り?は立ち上がった。
「それより、困ってるんですって?お姉さんに詳しく話してみなさいよ」
「あの……貴女は一体……?」
「そうね、私はハバキリ。これでも守護者とか抑止力の代行者やってるし、時空と場所を超越して移動出来る宝具持ちとかいるから力になれるかもよ?」
夜の泥新宿は基本的には静かだ。
音を立てられるのは人と戦力が集まっている場所に限られる。
そうでない場所で騒がしい音を立てれば魔獣やチンピラに群がられて文字通り裸一貫にされるのがオチだ。いや裸で済めば運が良いだろう。
だから泥新宿は静かで本を読むのにちょうど良い。
貸本屋…という事になっている少女?ビーチェは心の底からそう思っている。
かつての姿を辛うじて留めている新宿駅のホームで売り物の本を読む。
「今日はお客さんが来ませんね」
来るわけがない。この街で怪しげな貸本屋に出向いて本を借りようなどと言うか好事家はほんの一握りだ。
河岸を変えようかと読んでいた本、全寮制の女学校、その寄宿舎に住む少女達の物語、を閉じ、立ち上がった。
その瞬間、あちこちから強力な魔力の反応を感じ思わず周囲を見渡す。
「余所から何人か連れてこられたようですね、『彼』の仕業ではないようですが……クヒッ、クヒヒヒヒヒヒヒッ!!」
何がおかしいのかビーチェは狂ったように一人笑い声を上げる。
「さて、ロクデナシの色狂いが動く前にたまには人助けでもしますか」
ビーチェ、いやロストベアトリーチェはゆっくりと動き出した。
渋谷、繁華街として知られるこの街は路地に入ると案外薄汚い。
光があれば影があるように全てが綺麗なわけがないので当然だが。
大分前に友人の一人である明石と遊びに行ったら変な男に絡まれて股間を蹴り上げてやった懐かしい思い出もある。
光と影、思い出にも良い思い出と悪い思い出があるわけだ。
悪い思い出はカルデアの臨時要員として特異点新宿にレイシフトして首なしライダーに散々追いかけ回された事。
そして今、五月雨刹那は忌まわしいエンジン音を再び耳にしていた。
綺羅星の園81期の友人たちと旅行に出かけ、列車の中で睡魔に襲われ目を閉じたのは覚えている。
起きたらそこは渋谷駅。ただの渋谷駅ではない、漂う魔力の気配から忘れない『泥新宿』の渋谷駅だ。
一瞬で目が醒めたと同時にやるべき事、友人達を守らないとという義務感が私の体を動かした。
魂を掴むような地獄から響くような轟音が背筋を震わせる、人に近しい機械のエンジン音だと言うのに。
まさしく聞く耳をもたない、頭もない、背後から迫るその音の主へと罵倒を吐き捨てる。
「海賊は海で船でも漕いでなさいよ!」
友好的なサーヴァントに出会えるまで逃げ切れるかな……
カチリ、カチリ、と時計の針が動く音がする。
一定のリズムを刻む機械音は眠りを誘う。
今が夢か、現実か区別がつかない、わたしは今どこにいるの?
やがてピタッとリズムが止まった。
「あれ……? 刹那さん? ピオジアちゃん、エステルちゃん、おーがすたちゃん!」
気が付いた時、くには町中にいた。
一緒にお出掛けした筈の綺羅星の園での友達はどこにもいない。
そもそもくにはスウェーデンにある綺羅星の園からイタリアへ列車に乗り出掛けた筈だ。
客席に座り、そこで話していたところを眠気に襲われ、見知らぬ土地に立っていた。
見知らぬ?いや、この風景には見覚えがある、くにの故郷日本秋葉原だ。
「なんで、ここに……」
理解が出来ない。
もしかしたら、綺羅星の園でのことは夢だったのだろうか?
違う、夢である筈がない。
ユィお姉様との出会いが夢だなんて…そんなのは嘘だ!
「お嬢ちゃん、随分綺麗な格好してるなぁ? どこから来たんだ?」
くにが悩んでいると、黒いスーツを纏った男が口元に笑みを浮かべながら近づいてきた。
口調こそ親切で穏和だが、サングラスをかけていても目にある下劣さが隠せてはいない。
「わ、わたしの事はおかまいなく!」
男の伸ばして来た手を振り払う。
「そういうなよ。分かった、お前さんくらいのガキが好きな好き者もいるんだが、うちの店で働かねぇか?」
「お断りします!……絶唱」
この人は悪いおじさんだ、おまもりを握りおまじないを唱える。
くにを中心にドーム型に広がる黒い波動、魔力が男を弾き飛ばす。
仰向けに倒れた男を見てくにがため息をついた瞬間……
「チッ、やりやがる。魔術師、魔術使いか!めんどくせぇ!」
男は仰向けからブリッジの体勢に移るとそのまま背筋を使って跳ね上がるように立ち上がった。
男はボロボロになったスーツを脱ぎ捨てると金属質のボディが顕になる。
「ロボットおじさん!?」
「サイボーグだ、このガキャァ!……もったいねぇが、ボコって◯して力の差を分からせてシャブ漬けにして売り物にするしかねぇな」
男は怯えるくにに近づくと乱暴に衣服を掴み、破り捨てる。
凹凸のない未熟なくにの柔肌が晒され、男は舌舐めずりをした。
「下がりなさい、下衆」
瞬間、男は飛んで来た光弾に吹き飛ばされた。
「誰だ、てめぇ!」
「貴方のような下衆に名乗る名は持ち合わせていないわ」
凄む男と怯えるくにとの間に割り込むように人影が降り立つ。
それは少女だった。
臼桃色の着物を纏い、くにとさほど変わらない背丈だが、よりはっきりとした凹凸は大人らしさを感じさせる。
「てめぇ、フェイカー! チッ、そうか、てめぇの御手付きとはな…クソが!」
少女、フェイカーの顔を見ると男は苦虫を噛み潰したような表情で捨て台詞を吐き姿を消した。
「(違うけど)そうよ、分かったら二度と姿を現さないことね!」
男の後ろ姿を一瞥すると、フェイカーはくにへと近づく。
「ひっ!」
「大丈夫? 怖かったでしょう? もう大丈夫よ」
フェイカーは持っていた上着をくにへとかけるとくにを優しく抱き締めてる。
「あ……ありがとうございます」
「泣かないなんて、貴女強いわね。 私はフェイカーのサーヴァント。 何を偽っているかは、内緒って事で」
「サーヴァント?」
「そう、サーヴァントも知らないのね。 ここは危ないから私のアジトへ行きましょう」
フェイカーの甘い囁きにくには熱に浮かされたように同意してしまった。
優しくくにの手を握るとフェイカーは優しく微笑む。
「うふふふふふふふ、かわいいかわいい、かわいい、かわいい…」
くにの熱に浮かされたような表情を見ながらフェイカーは口元を歪める。
その光景をビルの屋上から一匹の黒猫が睨むように見詰めていたのをフェイカーもくにも気付かなかった。
「さぁ…ここへ座って」
フェイカーのアジト、そこは泥濘の新宿では比較的治安の良い鶯谷のホテル(どういうホテルかはあえて言うまい)だった。
かつては最上級の部屋であった一室にくにを招き入れると高級そうな椅子に座るを指差す。
「私はお茶を入れて来るから寛いでね」
「は、はい……」
とは言うものの今まで見たことのない派手な宿泊施設に戸惑いを隠せず、興味を引かれ落ち着けなかった。
ふと、窓の外を見ると数時間は経っているのに月が動かず夜の帳が開けていない。
「ここはね、ずっと夜なの。おかしいでしょう?」
くにの疑問に答えるようにフェイカーはお茶を持ってその背後に立っていた。
「わっ!」
驚いたくにが振り向くと薄桃色の着物を僅かに着崩しており、白い柔肌が顕になっている。
まるで蝶のようだとくには思った。ユィお姉さまとはまた違った優雅さ、雅とでも言うのだろうか、そういった気配があった。
「ごめんなさいね、驚かせてしまった?どうぞ暖まるわよ」
「あ、ありがとうございます」
フェイカーが出してくれたのは香ばしいほうじ茶だった。懐かしい香りに心が安らぐ。
「美味しいです」
「気に入って貰えたなら良かったわ」
フェイカーの穏和な笑みを見ていると不思議とユィお姉さまと一緒にいるときのような暖かい気持ちになり、心と体がぽかぽかとする。
それが何故か恥ずかしくて思わずくには目を反らした。
「あら、どうかした?」「いえ、わたしは…」
フェイカーはくにをじっと見詰め、くには顔を真っ赤に染めて思わず立ち上がる。
「恥ずかしがらなくていいのよ」
フェイカーは目を細めるとくにの細い腰を支えるように手を回し、側にあったベッドへと導いた。
「あ、あの、わたし!」「大丈夫……ゆっくり、力を抜いて……」
ベッドに仰向けに寝かされたくには立ち上がろうとするが、フェイカーに優しく両腕を抑えられる。
耳元に近づけられた唇から放たれる甘い言葉がくにを蝕んでいく。
「わたし……」
「大丈夫、大丈夫よくにさん。 私にしたいこと、されたいことを、ちゃんと頭に思い描いて…」
くにの首元をフェイカーの白魚のような右手と唇が走る。
かぷっ、と甘噛みすると、くにはあ…!と艶めいた声を上げた。
「ふふ…ここ? それとも……こっちを触って欲しいの? いいのよ、恥ずかしい事じゃないの」
毒のようなフェイカーの言葉にくにの感情が揺さぶられる。
(ダメ、ダメ、こんなの良くないことです……でも、気持ちいい……)
「貴女は、私に何を望むのかしら…?…『信頼できn……」
「私にはユィお姉さまがいるんです!」
フェイカーが最後の一押しをしようとした時、くには強い意思と想い、ある女性の姿を脳裏に浮かべフェイカーを拒絶した。
フェイカーが驚き一瞬たじろいだ時、にゃー、と猫の鳴き声が聞こえた。
「猫!? ここ、3階よ!」
「良い御身分だな、フェイカー」
鳴き声のした窓際を見るとそこには深い黄色い二つの瞳が浮かんでいた。
よく見れば闇の中でも闇を拒絶するような気高い黒の毛にセーラー服のような服に真っ赤な首輪を身に付けた黒猫が見える。
「ガンナー…」
「『魔導探偵』に頼まれた。その子は迷い人のようなのでな、引き取らせて貰う」
黒猫、ガンナーはフェイカーの目をその鋭い双瞳で睨み付ける。フェイカーとガンナーの間に緊張が走り、くにはその気配に思わず身構えた。
「……分かった、良いわ。 でもこのままじゃ外に行かせられないわ、彼女に上げる服を選ばせて」
「……………」
「なにその顔」
猫ながらも鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見てフェイカーは不満そうに頬を膨らませる
「……いや、もう少し抵抗されると考えていた」
「あのね、私も想い人のお姉さまがいる少女を力付くでどうこうしようなんてしないわよ!」
「ユィお姉さまとわたしはそんな関係じゃ…」
「分かってる、分かってるわよ。 さぁお洋服選びましょうね、くにちゃん♪…貴女も着替える?ガンナー?」
「冗談ではない」
ぷいと、そっぽを向くガンナー。
楽しそうなフェイカーにくには不思議と先程よりも付き合い安いと感じたのだった。
魔女とはどうすればなれるのですか?
お菓子作りを教えていた綺羅星の園の生徒の一人ピオジアの問い掛けにお菓子のキャスターはメレンゲを作っていた手を止め眉を寄せた。
周囲を見渡せば、ピオジアだけではなく何人かの生徒がお菓子のキャスターの答えを真剣に待っている。
「……そうね」
お菓子のキャスターとはグリム童話ヘンゼルとグレーテルに登場するお菓子の魔女、飢えた子供達を救いたいというその善たる側面と帝王のシェフアントナン・カレームが合体したものだ。
ここで茶化したり誤魔化すのは簡単だが、子供達の味方であるお菓子の魔女として子供達には真剣に向かい合わなければならないと感じていた。
そうでなければ秘められた第三の幻霊にも顔向けが出来ない。
「私は実在した魔女ではないけれど」
キャスターの言葉を少女達は聞き逃すまいと耳を澄ませている。
「魔女とは、『なろうとしてなる』よりも『なるべくしてなるもの』と、聞いているわ」
ゆっくりと適切な単語を選び、言葉を紡いでいく。
「勘違いしないで欲しいのは、決してなろうとしてもなれないという訳ではないし、何より魔女になれなければ意味がないと、否定するつもりでもないの。魔女になろうとした道行きは例え途中で止まったとしても、別の道を進んだとしても必ず貴女達の人生に役立ってくれる筈だもの!」
少女達は顔を見合わせたり、ざわめいたり各々の反応を見せる
「そうね、そう、一つお願いがあるの。貴女達はそれぞれ理由があって魔女になろうとしているのよね?でも魔女になれなかったとしても決して自暴自棄にならないで。魔女見習いのみんなに言うのは少し変だけど魔女以外の生き方は必ずあるから!例えばパティシエとかね!」
真剣な雰囲気から一変、少女達の間からくすりと笑みが溢れた
「魔女になる勉強をしている子達は手先が器用だからパティシエに向いているのよ?あ!嘘だとおもっているわね! よーしじゃあここから帰るまでの間に私が貴女達を魔女見習い兼パティシエ見習いにしてあげるわ!」
お菓子のキャスターは再びメレンゲを入れたボウルを手に取る。
「まずは基本のメレンゲからね!」
はい!と言うのは元気な少女達の返事にお菓子のキャスターの顔にも笑みが戻った。
漆黒の魔女はつい先程一仕事終えたばかりの「それ」を目にして、久方ぶりに一方たじろいだ。
魔女の目には黒い靄にしか見えないそれは短剣を手にゆらりと(恐らくは)立ち上がった。
ぎろり、と靄の双眼が魔女を見る。
敵意はない。ただ、じっと興味深そうに魔女を見ていた。
「……私も殺すのか?」
魔女の口からふっと口から言葉が漏れ出る。死など縁遠いものとなって随分経つのに。
「いや 君は…… 何れ 君に 晩鐘が聴こえる 時が 来たとしても それを鳴らすのが 私とは 限らない。 そして 今ではない 」
途切れ途切れのノイズのような声、双眼の視線が魔女から外れる。
黒い靄の中で月光に反射する短剣を納めると、靄は闇の中に溶け行くように消え去った。
「……やっぱり、彼が来たのね。ああ、貴女、誰かは知らないけど助かったわ」
それから暫くして呆然と立ち尽くす魔女の元に現れる人影があった。
青い髪の巫女のような衣装を纏った彼女は天羽々斬。セイバーのサーヴァントにして、抑止力の守護者でもある。
彼女は一目で異質と分かるであろう魔女に対しても礼を言うとにこやかに話し掛ける。
「……あんた、私の事が気にならないのか」
魔女の言葉に天羽々斬が口の端を歪めた。
「サーヴァント…いえ、抑止力の守護者って貴女と同じようなものなのよ。たった一つの願いと引き換えに、人理の終わりまで永遠に戦い続ける。 そういう契約。だから貴女みたいな存在は私達に取っては良くあることなのよ。 最新の魔女さん」
「……そうか。 あんたらも大概なんだな」
羽々斬の言葉に頷くと魔女は背を向ける。
「……漆黒の魔女! 今回のお礼も代わり一つ教えて上げる! 生きるのが、存在し続ける事が苦痛となったら、サーヴァントを、さっき見た彼を呼びなさい!」
魔女の背に向かい、羽々斬は叫んだ。まるで未練を絶ち切る為に、後悔をしないように。
「サーヴァントが私を殺せるの?」
「彼はね、命ではなく…『記憶』を殺すのよ。 それが誰からも忘れられたもの。忘失のハサン」
「……ああ」
羽々斬の言葉に漆黒の魔女は納得したように頷くと無言で立ち去る。
「あれが漆黒の魔女ね…」
羽々斬の後ろから嗄れた声が聞こえた。
ボロキレのような残骸を羽織った彼の事を羽々斬は知っていた。
「今更何しに来たわけ?『ユダヤ人』」
ふん、と不満そうに鼻を鳴らすとじろりとユダヤ人と呼んだ泥新宿第三のランサーをにらみつける。
その真名をさ迷えるユダヤ人。救世主を罵倒した為に、最後の審判、再臨のときまで生き続けるさだめを背負わされた男。
「なに、御同類がいたと聞いて顔を見に来ただけだ。……Amen」
羽々斬を一瞥するとユダヤ人は魔女の去った方向へ十字を切り、聖句を唱える。
「なに、魔女に祈り?」
「知らないのか?案外『あいつ』は寛容なんだ。汝の行先に幸多からんことをってな」
顔をしかめる羽々斬にユダヤ人は皮肉そうに笑みを浮かべた。
「そうイえば、この国では年越しソバとかいうもの食ベルらしいな」
12月31日大晦日、時刻は23時30分頃。
自分のサーヴァントであるギドィルティ・コムはよりによってもう年を越すときにそんなことを言い始めた。
無論何の準備もしていない、モチは以前言っていたので用意はした。
「…そんな文化があるんだな知らなかった」
嘘である、本当は知っているがめんどくさそうなことが増えると思い今まで黙っていたのだ。
「そうカ知らナイか、でもオレは食イたいゾ」
「ソバなんてねぇよ、せめてもっと前から言え!」
思い付きでアレが食べたいコレが食べたいと言う自分のサーヴァントに苛立ちを覚える。
ある程度は慣れた物だが、やはりイライラするものだ。せめて事前に言って欲しい。
「ソうかじゃあソバはもうイイぞ、代ワリにウデを食って年越しウデだ、ハハハハ」
「おいやめろ○○○○(クソッ)!年越し腕ってなんだよそういう物じゃねぇぞ年越しってのは!」
「ハハハハ、やっパり知ってテ黙っテたな、次カラはちゃんト用意しろヨ」
「イッテェ!腕を食いちぎりながら文句言うな!」
地に描かれた陣の上には、触媒たる髑髏の面。その前に立つのは、およそ魔術世界とは無縁そうな一介の学者。
「…汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ……これで良いハズ、なんデスけど」
アンジェラが首を傾げた瞬間、召喚陣に光が宿った。
「ひゃ──」
強烈な光が収まった後、そこに居たのは黒衣の女性。
「サーヴァント、アサシン。山の翁、ハサン・サッバーハ。召喚に応じて…」
「……オォー」
「近い。…あなたが私を召喚したの?」
「あっハイそうデス!本職は心理学者なんデスけど色々あってマスターをやる羽目になったデス!周りに内緒で!」
無言でも、仮面の上からでも分かる程に、アサシンはえぇ…という反応を返す。
「あっ今ちょっと残念がりましたデスね!?心理学でわかりマスよ!」
「流石に心理学関係ないでしょうそれ。……まぁ、いいわ。精々私をうまく使ってみせなさいよ」
「そうデスね、アサシンならたぶん大当たりデス!最初は無闇に戦闘を仕掛けずこっそり調査してもらいたかったデスし、ワタシはワタシで最初はマスターとしてではなく、表舞台から警察と協力して動くデスし。機動力があって、運よくマスターを捕捉できればkill!も現実的なクラスとなれば相当動きやすー……あ、ごめんデス話しすぎたデス?」
「……へぇ」
軽い調子のまま、つらつらと戦術を述べていくアンジェラを見てアサシンの声色が変わる。
「いいえ、むしろ、少なくとも印象よりはちゃんとしているみたいで安心したわ」
「むきー!印象よりはってなんデスかー!」
大人げなくきゃいきゃいと騒ぐ自らのマスターの姿に、仮面の裏でアサシンは微かな笑みを漏らして。
「そういうところよ。……まぁ、一先ずは従ってあげるわ。よろしくね、マスター」
「なんか体よくあしらわれた気もするデスが……ハイ、よろしくデス」
「食べぬのか?」
食卓に並ぶ既製品の弁当、惣菜。気持ち茶色に偏ったテーブルの上を眺めながら、キャスターは怪訝そうに問い掛けた。
目線の先にあるものは……私の手に握られた五目おにぎり。適当にコンビニで買った中に混じっていた、出来合いのおにぎりだ。
正直……五目おにぎりは嫌いではない。鶏五目なら好物と言える程度には好きなものだ……けど……
「……この五目、しいたけ入ってる」
これが五目の罠。私が密かに『シュレディンガーの五目』と名付けた、五目ご飯ならではのデストラップ。
五目を銘打ったおにぎりの中には、このように椎茸を炊き込んでいるものがあるのだ。というか、割合的には混ざっている方が多い。
イチかバチかで食べてみれば案の定広がる椎茸の風味。込み上げてくる吐き気を抑えながら、私は己の運の無さに打ちひしがれていた。
そんな中でキャスターは怪訝そうに、そして心配するように問いかける。そこまで深刻なことではないんだけど……。
「シイタケ……それは毒か?」「どっ――――うん、まあ……私にとっては毒みたいなもんかな」
思いも寄らない剣呑な言葉に思わずむせそうになった。食べられない、という意味では毒ではあるのだが。
「食べれば死する、という訳でも無さそうだが……そうか、毒であれば仕方あるまい」
それは意外な反応だった。私が椎茸嫌いを告白すれば、大体の人間は“美味しいのに”と知ったような顔で言い放ってきたのに。
「儂が生きた世には致死性の菌糸類は多々あった、時代は違えど毒性の茸の危険性は熟知しておる。
毒全てを拒む、というのも健全とはいい難いが……ふふ。見たところお前は既に、体を蝕む“毒”の味を知っておるようだからな」
…………それはまさか、希釈魔術髄液の……。召喚してからまだ一日にも経過していないのに、私が使っている薬のことまで見抜いている……?
キャスターは魔術師のクラスだと聞いてはいたが、まさか自分の体のことまで見抜かれているなんて。
その上で彼女は私のみを案じ、気を使ってくれたのだ。それはまるで……まるで、我が子を気遣う母親のように。
「……べ、別に食べれないわけじゃないよ。毒、だけど……味と、食感と、風味が嫌いなだけ」
「そうか。では……儂が喰らおう。英霊の身とはいえ栄養補給をすれば、多少なりとも魔力の糧になるだろう?」
そう言って私の手からひょいとおにぎりを掴むと、そのままぱくりと食べてしまった。
見覚えのある光景に思わず思考が止まる。この流れは昔……家で、食べ物を残した時のお母さんと同じ――――
――――脳裏に過る光景を振り払い、仕方なく私はかたわらの唐揚げ弁当に手を付ける。うん、これなら間違いはない。
「ふむ、成程…………この味わい。悪くはない。味は儂の時代に及ばんが……他の食材との味付け、風味付けが見事だな」
……椎茸さえなければ、私も同じ感想を言えたのに。冷めてしまった唐揚げを頬張りながら、俯き加減で夕餉を過ごした。
ギドィルティ・コムが腕を組んでカレンダーを眺めている。
その様子を視界に入れながら、イーサン・ジョン・スミスは請求書やレシートの類を整理していた。
あいつがカレンダーを見てるだけでちょっとイヤな気分になるのはなんだろうな。
そんな答えが分かりきった疑問が頭に浮かんだが、正解を言語化するのも癪なので、金の収支に無理やり意識を向ける。
やはり食費が重い。
その出費のほとんどは、傍でカレンダーを眺めている我が親愛なるサーヴァント様に胃袋に収まった。
ただでさえ食事を頻繁に要求していたのが、どこからかクリスマスだのバレンタインデーだの余計な知識を付けてきて、それにちなんだ食べ物をせびるようになりやがった。
そのためだろう。カレンダーに自分が付けていない印があるのを見ると気が重くなるようにさえなってしまった。
壁だろうが凄鋼だろうが食えてしまう胃袋の持ち主なので、わざわざ人間と同じ食べ物にこだわる必要はなさそうなものだ。
それでも、食事としてはまともな味のものを好むし、無機物のたぐいを食べさせすぎると機嫌を悪くするので仕方がない。
サーヴァントの扱いを間違えて一時の感情で頭から丸かじりされるのは御免こうむる。
肩もこったので、一向に改善しない懐事情から目を上げ、イーサンもカレンダーに視線を向けた
そろそろ年も暮れようという時期だ。
別に年末年始に特別なことをしようという気はないが、年が明けるとなると多少の感慨はなくもない。
などというイーサンの思考を遮るように、ギドィルティ・コムがくるりと振り向き、テーブルのイーサンの向かいの席に音を立てて座る。
「おイ、マスター」
「なんだよ」
イーサンはほぼ整理し終えた紙の束の上に、重しとしてジャンクになった武器の部品を素早く置く。
こいつの前では散らばって困るものは放置しないことにしている。というかするようになった。
「そろソろ新年だナ」
「ああ」
「来年ハ何か新しイことをやロウとか考えナいのか?」
「あー……そうだな。来年はもうちょっと金に余裕を作りてえもんだな。そうすりゃ新しい武器や装備が買えて探索も楽になるだろうし、新しいことにチャレンジもできるだろうよ」
イーサンは、ギドィルティ・コムの食事に消えた金額を証す紙の束を持ち、彼女のすぐ目の前でこれみよがしに振ってみせる。
「ナるほどナるほど、イい心がけだな」
ギドィルティ・コムは腕を組み、さも感心したかのようにうんうんとうなずくような仕草をする。
本当に皮肉が通じねえなこいつは……!
自分のサーヴァントの頭と神経の雑さには、たまに本気で腹が立つ。
「ところデ、世の中ニは面白いモノがあってナ。ふだんハ白くて固いノに、火にカけるとふくラんだり伸ビたりするらしいゾ。知っテるか?」
「なんだそりゃ。どっかの合成物質か何かか?」
「そシてこの国の人間ハは新年にそれヲ食う!」
そう言うと同時に、ギドィルティ・コムはパーカーの前ポケットに手を突っ込み、紙を取り出すとテーブルに叩きつける。
重しを乗せた領収書の束を反射的に手で抑えたイーサンは、顔を寄せてギドィルティ・コムが出したカラフルな紙を眺める。
グロースリーストアのチラシだった。
カトウの切り餅 1kg+200g 期間限定200g増量! ***円(税込み)
「なるほど餅か」
以前もこんな流れがあったような気がする。
そして生意気にもクイズ形式で前フリをするようになったのは成長したと見るべきか、妙なことを覚えたと言うべきか。
「たんに食えルだケじゃなくテ、変形シて目からもオレを楽しませヨウとはなカなかシュショウなやつじゃないカ」
ギドィルティ・コムは、焦げ目のついた餅の写真を指でトントンとつつく。たしかに膨らんでいる。
「ふむ」
オセチなる、新年に食べる豪華な料理を要求でもされるのかと思っていたところ、そこまで高くはないものだったので一安心だ。
火を通すだけなら調理が簡単だし、携行食として使えなくもない。
これでこいつの機嫌が取れるなら、そこまで悪い取引というわけでもない。
「OKOK、じゃあ買っといてやるから楽しみにしとけ。そのかわり来年も今年以上に働いてもらうからな」
「ハハハハ、以前はアんなにガンコだったマスターもズイブンと素直になったヨうでオレはうれしイぞ。うんうン」
「うるせえよ」
苦笑だろうか。イーサンは己の口の端がわずかに緩んでいるのを感じた。
年末に店をいくつか回って最安値で餅を買い集めたイーサンは、普段よりわずかに穏やかな気分で大晦日の夜を迎えていた。
食事を終えたギドィルティ・コムはテレビのチャンネルをぱちぱちと切り替えている。
2チームに分かれて歌で競い合う番組、中年の男たちが尻を殴られている番組、各地の様子をリポートしている番組、警察活動に密着した番組。
イーサンはアルコールによって軽く酩酊した頭で、それを見るともなくぼんやり見る。
ギドィルティ・コムがリモコンのボタンを押す手が止まる。
『老舗の蕎麦屋さんの……ではみなさんが年越し蕎麦を……細く長くという願いを込めて……』
「ナあ」
「あん?」
「この天ぷらそばッテやつが食いタいなマスター?」
語尾の上がり具合に込められた恫喝に近い響きに、酔いが一瞬で覚める。
「いやいやちょっと待て、そういうことは事前に言ってもらわねえとこっちにも準備ってもんが」
そんな上等なものをすぐに届けてくれそうな近場の店を脳内で検索するが1件もヒットしない。
「しょうがナイ。仕方ガないから手近ですまスか」
「○○○○(クソッタレ)!!」
テレビから気の抜けた鐘の音が聞こえてくる。
イーサンが年明けの最初に見たものは、妙に尖った歯が生えそろった大きすぎる口を開けて飛びかかってくるギドィルティ・コムの姿だった。
「いってぇ!!!!」
「ナあ、豆を撒クぞマスター」「は?」
自分のサーヴァントがまた妙なことを言い出した。
豆を撒くってなんだ、鳥でも呼んでそいつを食うつもりなのかコイツは。
あまりに唐突なことに反応するのが遅れた俺に対し、ギドィルティ・コムは何も気にせず話を続ける。
「この国の人間ハは豆を撒いタ後に豆を食って恵方巻とヤらヲ食うと聞いたぞ」
そう言うと同時にギドィルティ・コムはチラシを渡してくる。前にもこの流れを見た気がする。
チラシには『節分セット!』とデカデカと書かれた煎豆と恵方巻という物が書かれていた。
「…節分」
「ソウだ節分だ」
なるほど確かに時期としてはそれほど遠くない。準備もしようと思えばできそうだ。だが問題があった。
「俺は節分がどういう物か知らないぞ」
「ナンだ知ラないのカ?」
この前の年越しそばとは違い、今度の節分に関して俺は一切の知識がなかった。なぜ豆を撒くんだ、恵方巻っていったいなんだ。
「まぁ知ラなくテもいいカ、オレはこの恵方巻ト豆が食いタいんだ」
「まぁ分かった用意して…」
そう言いかけ改めてチラシの値段を見ると、思っていた以上に高かった。この前買ったモチより高いのだ。
「いや駄目だ駄目だ!この前買ったモチより高いじゃねぇか!」
「なんダケチケチしてるナマスター、この前はあんなニ素直になってタじゃないか」
「豆はまだ買うがこの恵方巻が高いんだよ!どうなってんだよ○○○○(クソッ)!」
「それじゃあ当日は腕ガ恵方巻代わりダなマスター」
「……チッ当日になるまで死ぬほど働いてもらうからな!」
「風記箒はOLである。業績はまだない。なーんて……うちはうだつも上がらないOLですよーと」
などと呟きつつ、今日も興行の出来る場所を探し、裏路地を歩く。そんな折、ふと目に付いた存在がいた。あれは──ピエロ!?本物の。本物の、尊敬するピエロ。
遠いからか声も聞こえないか。そろりと、近付いて見れば。──ジャグリングは非常に鮮やか。楽しげにもしている。ああ、これは目指していた物そのもの、道化そのものだ。
──しかし、その感情は一瞬で無に変わる事になった。その人物が振り返った瞬間にあったのは、
「ァ……アナア、ミヘタ?」
──あったのは。……なんだ、これは。さけた、くち?それに全身が…わらえない。わらえない。これはわらっていいものではない。わらえるはずがない。いなくなるべきだ、わらわせなければ、『これ』はうちが■■■なければ──
「オーイ?……エヘト、コジンレンフウダケド、ミテク……ツモイ?」
……あれ。うちは何を考えてたんだっけ?緊張のせいかな、意識が飛んでたような。
こうして見ると、よく聞こえなかった声も優しさを感じる。意識が飛んでいたとして、興奮もきっと原因だろう、と即座に判断し。まずは落ち着いて、息を整える。
「色眼鏡って言うけど、色目……こう言うと上司みたいだな、うぇ」
ともあれ、自分の能力なのだから多少は覗いていいだろう。別に深くまで見通せるわけではないし。と自分に言い訳をし、深呼吸。
起動するのは、白い左目。……うん、まずこの目じゃ体は分からないけど…雑感としてその体も『うちと同じようなもの』、に見える。
さて、どのみち自分の目では心の方しか見えないのが恨めしいけれど。『見る』限り心から笑ってる。……うちが笑わせるまでもない、風格というか、プロ意識というか。
これはもうピエロとしての先輩、としてといいと思った。
「は、はい!ピエロとして尊敬……あっちがっ!えっと…いいんですか?」
そう言うと、どこか照れたような感情と心からの『楽しい』を見せてくれた。それはそれは青い顔と、赤みの差した頬も一緒に。
「……スコヒダヘ、ネ」
喜色満面の笑み、というやつがあればこうなるんだろうな、と思うくらいに口を引っ張って、彼女がにっこりと笑う。
それを見ると、うちもつい真似して。……何本か、物真似するには腕とかが足りなかったけど。
「は、はひ……!」
指を使って、口角を上げてから、これ以上は生きている内にはないんじゃないか、ってくらいに…盛大に笑った。
むにぃ。
背後から伸びた褐色の指が、俺の頬を痛くない程度に摘まんだ。
「……にゃにをしゅりゅんだ、あーひゃー」
「いやなに、マスターが辛気臭い顔をしていたからね?」
下手人を問い詰めようと振り向いた先には、艶やかな褐色肌の少女───アーチャーがにんまりとした笑みを浮かべていた。
「……」
「ああもう、わかった、わかったってば」
無言で抗議の視線を投げかけ続ければ、彼女は堪忍した様子で浮くのをやめ、先程までの喜色の表情から一転して凛とした顔つきで俺を見つめてきた。
「ボクはね、心配してるんだよ。人の幸福のために頑張るのは善いことだ。でも君のそれは度が行き過ぎてる。インドラに身を捧げた兎のように、自分を使い潰してまでも他人に尽くそうと言わんばかりの勢いだ」
「そんなことは、」
「あるよ。かの時代で最も……いや、二番目に人を見る目に長けたボクが言うんだから間違いない」
ずいっと顔を近づけて俺の瞳を覗き込む彼女。
それに対し、今の俺は何も言い返せず、ちょっとした気恥ずかしさから目を逸らすことしかできなかった。
シュナ子的に一番人を見る目に長けていたのはドローナ
私、天埜羽々祢!1回死んだことがある16歳の女子高生!
ある日目が覚めると私の胸が縮んでしまっていた!
しかも天埜家三女・心祢と名乗る謎の巨乳妹が登場!?
「はばねーちゃんのむねはわたしがうばった」
「お゛の゛れ゛ぇ゛ー゛!゛」
「まな板なことには変わりないわよ愚妹1号」
けれど実は心祢には重大な秘密が隠されていて……?
「わたしはじつはせいはい(Gカップ)がつくりだしたあまらはばねのざんしなの」
「聖杯まで私を胸で煽るのかよぉー!」
この冬、天埜家と羽々祢の胸を巡る大決戦が繰り広げられる!
「わたしがいたらはばねーちゃんのむねはもうにどともどらないんだよ……?」
「知ったことか!妹に幸せになってほしいって思わない姉はいないんだよ!」
劇場版・天摩聖杯戦争外伝 Fate/Cup of Ace ~消えたBカップの謎~
「ねたばれするとはばねーちゃんのむねはBからうえにはそだちません」
「ク゛ソ゛ァ゛ー゛!゛」
日付は2月14日。時空はほどよくふわふわ。
ここ天摩市にも、等しくセント・バレンタインデーは訪れていた。
「あ、セイバーもチョコ食べる?」
「頂こう。……つかぬことを聞くが、それはこの私に下賜してよいものなのか?マスター」
そのような会話を交わすのは、制服姿の黒髪の少女と、フォーマルな装いの銀髪の青年。
少女は自ら買い込んだらしい、学生が購入するには少し値の張るチョコレートを、まさに至福といった様子で次々とつまんでいた。
そのうちの一つを青年へと与えると、さて次はどれにしようかなー、と呟き、並べられたチョコレートの上で指を踊らせている。
「いいよ別に。あげる用じゃなくて私用のやつのお裾分けだし。……あ、本命の方が嬉しかった?」
「いや、そうであれば丁重に断らねばならなかったからな。そのような事情であれば、有り難く頂くとしよう」
「え、いま私遠回しに眼中にないって言われた?」
振り向く少女を余所に、青年は与えられたチョコレートを一口齧る。
そうして、ふむ、と目を細めると、そのまま残りの欠片もぱくりと食べ尽くした。
「美味であった。……さて、マスターの質問に答えるならば。この私はあくまで影法師、そういった情を向けるには些か儚すぎる、とでも言うべきだろうか?」
「あー…うん。そういうことね。セイバーらしいと言えばらしいというか…」
ところで、と少女が話題を仕切り直す。
「セイバー的にはこのイベント…というかバレンタインはこう…どうなの?」
「どう、とは?」
「なんか、チョコを送るのはチョコ会社の陰謀だーとか、本当はこういう日じゃないんだぞーとかよく聞くから。実は内心キレてたりしないのかなって」
「はは。この私がそんな事を思っていれば、とうに此処で"旗"を立てているさ」
「え゛」
「……ふっ、冗談だとも」
"普段"とは違う柔らかい表情で、青年は少女へと軽い笑いを向ける。
その様子を少し珍しがりつつも、続く言葉を待つように少女は青年を見つめた。
「そうさな。異教の地、ともすれば直接の布教が行われたかすら明瞭でない土地において、形は違えども聖人の行いが祝い事として讃えられている」
青年は、どこか浮き足立った町を見渡す。
チョコレートの香りが仄かに漂い、町に染み付いた血の匂いをもかき消すような様相だった。
「この私としては、それを喜ばしい事だと思うとも。形はどうあれ、満たされる者が多いのであればそれは善き催しだろう。……それに」
「……それに?」
「今日の主役の、恋人同士などでは無くとも、な。我がマスターのように、色気より食い気で幸福になれる者もいる。バレンタインデー、万々歳ではないか?」
暗に食い意地が張っていると言わんばかりのその発言を聞き、少女の瞳がかまぼこのように吊り上がる。
「……セ゛ー゛-゛イ゛ー゛-゛バ゛ー゛-゛-゛!゛!゛!゛」
「ははは。……ところで、もう一粒頂いても良いだろうか?」
「ダメでーす!!配慮の足りないセイバーにはもう一欠片たりともあげませーん!!」
「これは手厳しい……。では、先程この私が道すがら高貴なご婦人から頂いたものとの交換も無しだな」
「えっちょっと待ってそれは興味あるんだけど!?」
……これはいつかの物語。
あり得たかもしれない、束の間の平穏で甘い夢。
(カルデアの個室の前)
(がさごそという物音)
(ノック音)
【もしもーし】
「指揮官か。入られよ」
(扉の開く音)
(カルデアの個室内部)
(吹雪の立ち絵)
【こんにちは】
「こんにちは。何か本艦に命令だろうか」
【命令じゃないけど……】
【今日は楽しんでるかなって】
(訝しげな表情)
「今日? 本艦の記憶する限り、今日は作戦行動も特別な催事もないはずだが……」
「……いや、暫し待たれよ。本艦の中の妹達が何やら騒がしい」
(目を瞑る)
(目を開き、頷く)
「……理解した。そうか、今日がバレンタインデーというものか。いや、申し訳次第もない。すっかり失念していた」
「世話になっているもの、或いは想う人に菓子類を渡し、謝意や恋慕の情を伝える日と聞いている」
(少し困ったような表情)
「本艦も、そのような日があると聞いて菓子の用意はしたのだが……。具体的な日付を忘れていたようだ」
(キリッとした顔に)
「そうと決まれば、本艦もこうして武装点検などしてはおられぬ。綾波、夕立、雪風、菊月、島風……他、菓子を渡そうと思う相手は数多いる」
「……あぁ。無論、貴官にも菓子の用意はある。まずは、これをお渡しするとしよう」
「部隊指揮官。貴官に対する衷心よりの感謝と敬意の証として、“我々”からこれを贈呈する」
(チョコを受け取る)
【これは……お菓子の詰め合わせ?】
「御承知置きの通り、本艦は兵器である。旗艦大和や米空母エンタープライズなどの例は知っているが、彼女らのように飲食物に関する逸話・機能があるわけでもない」
「また、贈る品としては手作りのチョコレートが適当とも聞いたが、本艦自身、そのような洒落た菓子など、酒保で見る程度のものしか知らなかったから、これは断念した」
「せめて給糧艦間宮がここにもいたならば、彼女の甘味を都合してもらうこともできたのだが……。そういうわけにもいかなかった」
「……配る数の多さに加えて、斯様な仔細もあるため、手作りチョコレートの贈呈というわけにはいかなかったが、それでも、それに代わる品は用意できたと考えている」
(少し目線を逸らす)
「……不要であれば、破棄していただいても結構。ただ、本艦を含む“我々”からの謝意の証として、どうか受け取っていただきたい」
【捨てるなんてとんでもない!】
【大事にいただくよ、ありがとう】
(驚き、それから、微笑む)
「……そう、か。そうであれば、嬉しい限りだ」
「それでは本艦は、これからカルデア中を駆け回るとしよう。貴官に伝えたのと同様、皆に謝意を伝えねばな」
☆4 酒保のお菓子詰め合わせパック
Cost3
HP :0
ATK :0
ILLUST
干菓子、米菓などを中心に、何種類ものお菓子が詰められた袋。
SKILL
『バレンタイン2022』において、用心棒ポイントのドロップ獲得量を10%増やす。
【『バレンタイン2022』イベント期間限定】
説明
駆逐艦吹雪に貰った、お菓子の詰め合わせセット。
米菓などを中心に、すぐに食べなくても少しくらいは問題ない、保存の効くお菓子がたくさん詰められている。
チョコレートばかりを食べるのも大変だろう、という気遣いと、手作りの品を作れない代わりにせめて美味しいものを、という吹雪達の気持ちが込められている。
なお、同じものが主に艦艇系サーヴァントの間に配られており、一時期中身のお菓子を交換することが流行ったとか流行ってないとか。
……ふふ、いやー我ながら似合ってるなー!
急にメガネと服を渡された時はまた私をコスプレさせて辱める気か!と勘ぐったりもしたけど。
今回は普通というかマトモなやつで安心したよ。むしろ役得って感じ。
それにしてもホント似合ってるよねこの格好。メガネ&スーツで女の先生って感じかな?
教師になってみたいとは前から思ってたけど、気分を先取りできちゃうなんて夢にも思わなかったな。
あ、こらそこ今私に先生なんてできるのって思ったでしょ。
確かに私は天才ってわけじゃないけど、実は現代文の成績は結構いいんだよね。
作者の意図とか登場人物の考えを読み解く問題で満点以外を取ったことは一度もないし。
教科書を開いてスラスラと音読し、黒板に文字を書く様は正に清楚な美人先生!
これでもう二度と濁点声で叫びながら突っ走る猪系女子なんて言わせないもんねー!
……なにこれバット?なんで急に野球?まあやってもいいけど……
ふんっ!ホームラン行けるかな……ああもうヒール走りづらい!う゛お゛お゛お゛お゛お゛り゛ゃ゛ー!
見たかホームランだ!聖杯戦争で鍛えられた私の脚力舐めんな!……あっ。
ド ヤ ァ
そうそうこういうのを待ってたんだよ!
えっ私呼ばれてないって?いいじゃんチャイナ美少女が増えて困ることなんてないでしょ?
いやぁ1回着てみたかったんだよねチャイナドレス。
服の構造自体は単純なワンピースタイプだけど、だからこそ装飾が映えるのがポイントだよね。
……横の深いスリットはちょっと危ないというか恥ずかしい感じがあるけど。
長い布地をはためかせてのアクションのカッコよさのためなら我慢できる!
ぅわちゃー!ほあちゃー!……ふふーん、我ながら様になってrうひゃあ!!?
ちょ、ちょっとナナ姉急に背中をなぞらないでよ!
なに?「大胆におっぴろげてるものだから触ってほしいのサインかと思った」?
そんなわけないでしょー!というかナナ姉私の背中がどれだけ弱いか知ってるでしょー!
ま、待って。さっきので腰が抜けちゃったから。今私動けないから!
ここぞとばかりににじり寄って責め立てようとするなぁー!あ、ま、ちょ、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!?
…まぁそうよね。使ってるPicrew一緒だし着せられるよね。いやこっちの話。
悪いけど私、こういうタイトな服は似合わないよ。
胸が大きいからそのぶんその下が膨らんじゃって衣装の良さが出せてない。
こういうのはしっかり身体のラインが出なきゃ綺麗に見えないのに、これじゃ台無し。だから個人的には認めがたいかな。
そうだね。こういうのは羽々祢の方がよく似合うと思う。
胸が小さいだの大きいだの、そういうのは論さずの話。だからいつも言ってるだろ羽々祢。
お前はいつも私の胸に嫉妬するけど、私からすれば着て似合う服の多いお前のほうが羨ましいってわけ。
聞いてる?ほぉら、つつー。はい、腰抜けちゃって動けないねー。
わざわざ背中のところの布がガバッと空いたデザインを選んでくるんだもの。
「ははぁ、これはつまりそういうフリだな?」と理解した優しい私はお前のツッコミ待ちにわざわざ応えてやったわけだ。
ほら、ちゃんとありがとうございますって言え。ほらほら。つつー。
あはは。生まれたての子鹿ちゃんみたいだぞぅ。私の車椅子に必死に捕まるだけで立てないねぇ。
あー、ほんとかわいい。ん?いや、なんでも。
「憑かれていますね」
ぴこぴこと私の頭頂で動く耳を優しく撫でながら、ピナさんはそう断言した。
「憑かれてる?」
「耐性が付いたとはいえ、ハバネさんの霊媒体質はまだ無くなっていません。
睡眠中は魂が無防備になりやすいですから、その時に入り込んだのでしょう」
「猫に食べられる夢を見たのはそういうことかぁ……」
あの恐怖体験を思い出してちょっと気分が下がる。肉眼では見えないが、今朝から私の頭の上に生えた黒い猫耳もぺたんとなったのが何となく分かった。
「特に害とかはない感じですか?」
「体に変化が起きているのは結構な大事ですよ。
ですが、そうですね。ハバネさんは魂が強いですから、それ以上影響が出ることはないでしょう。強いて言えば……」
そう言いながらピナさんが懐から何かを取り出し、床へと転がす。
───それを見た瞬間、私の脳がそれが何なのかを理解するよりも早く、私の体は動き出し。
てしーん!と、体ごと前に伸ばしながら両手でそれを叩き止めていた。
「うにゃっ!……はっ」
「このように、取り憑いた霊の本能が発露するかもしれない、ぐらいでしょうか」
「えぇーっ、今すぐ除霊できないですか!?」
「今のハバネさんも可愛らしいと思いますよ?」
「えっそう?いやーまいったなー猫耳まで似合うなんて私も罪な女だなー……じゃなくて!こんなところナナ姉に見られたら……!」
「ふふ。大丈夫ですよ、ハバネさん」
柔らかに微笑むピナさん。なんか嫌な予感がする。ピナさんがこういう風に笑う時は……!
「もう手遅れのようですから」
「───まさか!」
「……ふふふっ……………!」
振り向いた先、そこには教会の扉のところで笑いをこらえきれずその豊満な胸を振るわせて失笑しているナナ姉の姿が!
「ギャーッ、ナナ姉なんでここにーっ!?」
「…………っっっ」
無言でこちらにスマホの見せてくる。録画した映像。まさか。
『うにゃっ!……はっ』
「……う゛に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛?゛?゛」
お昼の教会に、ひときわ大きい猫の唸り声が響いた。