何が起きた。
弓矢のような何かが、鋭く空気を切り裂く音が響いたのは、この私の頭脳がかろうじて感じ取ることは出来た
だが、まるでそれに反応することは出来ずにいた。だが直感する。これが、英霊を使う戦争というものか、と
雇った魔術師が言っていた。サーヴァントとは人の形をした戦闘機のようなものだと。ああ、確かにその通りだ
一切の気配なく空気を切り裂く弓矢を、この私の心の臓腑めがけて正確無比に穿とうとするのだ。全く興味深いよ
腹立たしい事に、この世界には私の頭脳でも反応することのできない存在があると、斯くも証明されたという事だ
だが"そんなことはどうでもいい"。今私は、目の前で起きた事象を、天性の頭脳を以てしても処理しきれずにいた
「…………何をしている、ランサー……。何故、独断で、動いた……」
私の目の前で、私が召喚したサーヴァントが、戦いのための武器が、その胸に弓矢を受け、血に鎧を染めていたのだ
「どうして……何故……!私が…私を守れと命令したかぁ!?」
気付けば私は、彼女に駆け寄っていた。天才たるこの私らしくもなく、感情的に、声高に叫んでいた
「どうして、ですか。そんな事も分からないなんて。私を"高名な英霊"と呼んだだけ…ありますね…」
「喋るな。今魔術師達を手配する。町中に配備しているはずだ。治癒魔術程度、全員が扱えるはずだ!」
この愚図め。どうして致命傷を負ったというのにそんなに満足げな顔をしていやがる。貴様は死ぬかもしれないんだぞ?
死んだらこの私の、人類大統君主となる理想が白紙になる。何故私を守った?私の完璧な理想に泥を塗る気か…!
「守った理由なぞ、明白ですよ。私はあくまで人理の影法師。死んだとしても、座に帰るだけです。
ですが貴方が死ねばそこで終わりでしょう?自称、天に選ばれた最高の頭脳、様?」
ついでにその、信じられないような物を見るようなマヌケ面が見たかった…などと、減らず口を尚もほざく。だが…
「……分かっているなら良い。そうだ、そうだな…。この私の頭脳が失われるのは、人類の損失だ…!」
この女、口先は毒舌に塗れているくせに正論を吐く。ああ、確かにそうだ。この聖杯戦争は通過点に過ぎない
ここで敗退しても、この私の頭脳とラプラスがあればやり直すことが出来る…!
ああ、神に選ばれし頭脳を持ちながら、つい冷静さを忘れていた…!
「だがな……私にも意地というものがある」
私はそう言うと、ありったけの魔術礼装をランサーに装備させた。同時に私が神たる才能で会得した魔術を用いて回復のスクロールを施す。
「付け焼刃の魔術だがないよりはましだ。お前は至高の円卓を彩った騎士の1人だろう?ならば、森に隠れるだけの卑怯者の鼻を明かす程度、出来るはずだ……!」
「───。やれやれ、何処までも……頭脳に見合わないチンケな発想ですね。
承知しました。精々、死にぞこないのハズレ英霊を、最後の一時まで存分にこき使いくださいませ?"マスター"」
「人類大統君主と呼べ!!」
───そう叫び、円卓の騎士とそのマスターは森へと消えていった。結論から言えば、その結果は惨敗だった
彼の招集が災いして"埋葬者"が街に潜む彼の仲間を察知。人の命を犠牲にした男に与した事から手当たり次第に殺された
加え、そこから芋づる式で魔力貯蔵庫と大礼装ラプラスの所在が暴かれ……その全ては、無惨に破壊された
殺されなかった顧問魔術師は逃げ出し、最終的にダニエルは、神秘に関わる手段の全てを失った
残された道は、"埋葬者"に殺されぬよう、日々怯えながら過ごす…、憐れな日々だけであった