路地裏に存在するレトロ(古ぼけた)な喫茶店、カフェ・ドゥ・ノアール。
平日は夕方過ぎから0時ほどまで。休日前はちょっと長く。夜にしか開かない喫茶店にて学生店主である黒羽蒼葉と、そんな風変わりな店に集う風変わりな人間たちの交流を描くドラマです。
※基本的には自キャラ同士の関わりを自演で描く、自分のキャラクターの紹介を兼ねるドラマとなる予定です。
参加型となるかは未定ですが、現状は非自由参加型となります。ご理解ご了承のほどよろしくお願いします。
※参加希望、舞台として使用したい等ご要望がある場合は、当方のDMにご連絡頂ければ幸いです。
※当方はキャラの設定を思い付きで変更することが多々あります。
─────
────雨音が響く深夜。ただでさえ少ない人足も途絶え、いつものように閉店の準備を始める。
学生の僕が現状の店主であるこのカフェは、学校が終わってから開店し0時を回る頃には店を閉める。
慌ただしい生活にも見えるが、夜になってわざわざ路地裏のカフェに足を運ぶ人間も少ない。夜に出歩く人々は酒を提供する店に行くものだ。
なので実際には殆どお客は来ない。来るのは一握りの知り合いであったり、それかよほどの変わり者くらい。結局は開店中も大概自由時間というわけだ。
現に今日は一人も客が来なかったので試験勉強ばかりしていた……勉強する暇もないよりは良いが、少々張り合いがないのも事実だった。
ふと、
カランカランカラン───────と。ドアベルの鳴る音が響いた。閉店の看板はもう出していたはずだが……
────カツッ、 コツ、コツ…… カツッ、 コツ、コツ……
来客に顔を向ける前に、ゆっくりと歩み寄る不思議な足音が気になった。あぁいや、外は雨だ。傘でもついて歩いているのか。そう思いながらドアのほうに顔を向け─────
「あの…………夜分に申し訳ございません。ここは……カフェで間違いないでしょうか?少々雨宿りに寄らせて頂きたいのですが……」
「…………? ────あ、不躾をご容赦ください……間違っておりましたか?急に雨に降られてしまって……アプリでこちらがお店だと確認したつもりだったのですが」
───────瞬間。息苦しさを感じ、息を吐く。息を吸う、吐く────そこで気が付いた。自分が息を止めてしまっていたことを。それほどに、彼女は白く、美しかった。
雨に濡れ絹のように滑らかな艶を放つ、長い美しい髪。磁器のように艶やかな、僅かに赤み差すその肌も、目を閉じてなお存在感を放つ長い睫毛でさえも。
この世のものとは思えぬほど白く、白く、白く──────その美しさに呼吸を忘れ、見入ってしまっていた。
「……あ、あのぅ……?どなたか、いらっしゃいませんか……?」
困惑の色を孕みながらも、銀の鈴を転がすような心地よい声にハッとする。
『あぁ、いや…………えぇと…………すみません、いらっしゃいませ。はい、当店はカフェです。今日はもう店仕舞いするところでしたけれど』
僕が声を出すと、どこへでもなく声をかけていた少女は僕の方に向き直る。
店主としての仮面を被るのが思わず遅れてしまった。というか、今でも上手くやれているか自信がない。どこか浮ついているようだった。
「まぁ、そうなのですか?……そうですか……失礼しました、お詫びに今度また開いている時にお邪魔させていただきますね」
残念そうに眉を垂れた後に微笑みを浮かべ、カツ、カツと長い杖で周囲の床を確認しながら踵を返そうとする。
美貌に目を奪われていたが見れば彼女はずっと目を閉じたままだ。恐らくは視覚障害を抱えているのだろう。
雨の降る夜中に、視覚障害を抱えた女性を追い出すわけにもいかない。すぐに引き止め、雨宿りをしていくよう勧めた。
下心は一切無い……と言えば嘘になる。しかしそれは彼女とどうこうなりたいとかではなく────そう、美術品をいつまでも眺めていたい。そんな感覚に似ている。
よろしいのですか?と遠慮しつつも安堵したような彼女の表情の変化に、どこか自分も安堵したのを感じた。
「申し遅れました。私、姫路 結莉……と申します。お世話になりますが、よろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げる余りにも恭しい彼女の所作に、思わず僕も畏まって自己紹介するのであった──────
「────まぁ、とても素敵な香りですね。普段はあまりコーヒーを頂くことがないので楽しみです」
彼女────姫路結莉と名乗った少女は柔らかく微笑んだ。
雨で冷えたであろう体を案じ、僕は彼女にコーヒーを淹れることにした。どうせ店仕舞いをしていたところだ、商売っ気は無しで良いだろう。
飲み慣れていない彼女でも飲みやすいよう豆を選び、ブレンドして挽いていく。
────しかし、姫路か。そう聞いて第一に思い浮かぶのは……玄田財閥、天嶺院グループに並ぶ東部の財界を統べる大企業グループのひとつ、姫路コンツェルンだ。
古くから金融業や不動産業を営み歴史と共に発展してきた質実剛健な玄田と天嶺院に比べると、製造業で近年一気に成り上がった姫路は華やかで豪奢なイメージのあるグループではある。
まさかご令嬢か?身なりは明らかに良いし、所作も上品だ。
そういえば聞いたことがある……姫路の白い髪の女。姫路家の隆盛に併せるようにして稀に生まれるようになったと言われる白い髪の女性。姫路家に幸運を運ぶとか、なんとか。
おとぎ話の類だと思っていたけど、まさか本当に目にする機会があるとは……。
ドリッパーに湯を注ぎ、抽出が終わるまでの間にふと、気になった。常に閉じられた目に、手に持ったステッキ。彼女が盲目であることは殆ど間違いないだろうが……
コーヒーを提供したとして、問題なく飲めるのだろうか?こちらから何かサポートをした方が良いのだろうか?ラテ・アートは無意味か?
抽出を終え、店内にはキャラメルにも似た甘みを帯びたコロンビアブレンド特有の香りが立ち込める。
いや、考えるのは一旦止そう。僕だってこの店でお金を頂いてドリンクを提供している……つまりプロだ。プロならプロらしく、できることを、全て。
泡立てたミルクをコーヒーに勢いよく注ぎ、泡がカップに盛り上がってきたタイミングでミルクを反対方向へゆっくりと流していく────
『お待たせしました、こちらカプチーノ・ハートでございます。お口に合うと良いのですが────』
こちらの逡巡を汲み取ったように、彼女はくすくす笑う。
「まぁ、カプチーノ・ハート……お名前からして、ハート形のラテアートが施されているのですね?えぇ、とても可愛らしいです」
彼女は指で、空にハート形をすいすいと描いて見せる。
「目の見えない私にも、他の人と変わらない仕事をしてくださるのですね。手間も余計にかかるでしょうに……その御心、嬉しく思います」
そう言って彼女は目を開く。白い瞳を軽く揺らめかせ、やや覚束ない動きでそっとカップのハンドルを掴む。どうやら、まったく見えないというわけではないらしい。
緊張しながら、彼女がコーヒーを口に運ぶのを見守る。真っ白な彼女と白いカップ、その中に満たされる黒い液体は、不思議と美しく調和しているように見えた。
「────美味しいです、とても。飲み慣れていないので、貴方の技術的な面での評価はできませんが……心が満たされるような気分です。貴方の心遣いを感じる、良い一杯かと」
彼女はにこりと微笑む。安堵と歓喜が同時に押し寄せ、思わず溜息として出てしまう。それを聞いて彼女はくすくすと笑った。
「楽しい御方。お声からしても、随分とお若いご様子ですね。よろしければ────貴方のお顔に、触れさせていただけませんか?」
突飛な提案にぎょっとする。もしかして、からかわれているのか?
「盲 の私にとって、手で触れて得た情報は目の代わり。貴方をもっと知りたいのです。よろしいですか?」
微笑み首を傾げる彼女の様子に、こちらをからかったり何かを企む様子もない。気恥ずかしいが、カウンターから出て彼女の横の椅子に座り、眼鏡を外して腕が届くように顔を寄せる。
「では、失礼いたします」
彼女が目を開き、こちらを見つめる。整った顔立ちが、長い睫毛が、コーヒーの残り香すら遠ざかる彼女の香りが、ゆっくりと近づく白魚のような指先が、僕を激しく緊張させる。
彼女の指が、僕の頬に触れる。思わずびくりと体が跳ねる。温かな、柔らかい手の感触が僕の頬を包んでいく。
視線の合わない彼女の瞳が、興味深いものを見るようにまじまじと僕を捉える。恐らく意図せず開いてしまっている小さな口が可愛らしい。
鼻に触れ、形を確かめるような手つきで、上に。目の周りをそっとなぞり、額へ。髪の毛にも軽く触れ、頬に戻り、口元に……。
これほどまでに美しい彼女に、至近距離で、顔に触れられる……嬉しいとか恥ずかしいとか、それ以上になんというか、生きた心地がしなかった。
「はい、失礼しました。ごめんなさい、恥ずかしかったですか?徐々に体温が上がっていましたよ」
手を放し、そう言って彼女は笑う。
「やはりお若いのですね、16歳ほどでしょうか。髪は癖があるのですね?それと、自信の無さそうな表情をしていらっしゃいました。自己評価の低い方なのですね」
面白そうに、手で触れてわかったことを彼女はつらつらと話してみせる。しかしまぁ、顔の造形について何か言われなくて良かった。
これで彼女に辛辣な言葉をかけられようものなら(彼女の性格としてそんなことはあり得ないのだろうが)、自死すら選択肢に入りそうだ。
~♪
突然、スマホの着信音が鳴り響く。彼女は身に着けていたポシェットからスマホを取り出し、耳に当てる。
「────はい。 えぇ、そうなんです……あら、そうですか。ご苦労様です、それでは今から向かいます。────いえ、結構。それくらいは自分で出来ます。では……」
通話を切り、彼女はこちらに向き直る。
「失礼しました。どうやら迎えの者が来たようです。ここを出た路地の先に車を停めているようなので、そちらへ向かいます。本日はご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げる彼女。僕は慌てて頭を上げるように言う。どうせ暇な時間だ、それを素敵な思い出にさせてもらったようなものだ。良ければまたいつでも来て欲しいと告げる。
「では、また機会があればぜひ。ごきげんよう」
去り際に微笑みを残し、彼女は杖を突きながら店から出て行った────
彼女の微笑みが、彼女に触れられた感触が、しばらく頭から離れないでいたのだった。
────────────────────────
これが黒羽蒼葉と姫路結莉の初めての出会い。
無垢なる心を持つがゆえにどこまでも黒く染まっていく少年と、光無き世界に産まれたがゆえにどこまでも穢れを知らぬ、白百合 のごとき少女の出会いであった。