kagemiya@なりきり

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バレンタイン はばゴド(CP要素はほぼ無し) 2022/02/15 (火) 00:06:50

日付は2月14日。時空はほどよくふわふわ。
ここ天摩市にも、等しくセント・バレンタインデーは訪れていた。

「あ、セイバーもチョコ食べる?」
「頂こう。……つかぬことを聞くが、それはこの私に下賜してよいものなのか?マスター」

そのような会話を交わすのは、制服姿の黒髪の少女と、フォーマルな装いの銀髪の青年。
少女は自ら買い込んだらしい、学生が購入するには少し値の張るチョコレートを、まさに至福といった様子で次々とつまんでいた。
そのうちの一つを青年へと与えると、さて次はどれにしようかなー、と呟き、並べられたチョコレートの上で指を踊らせている。

「いいよ別に。あげる用じゃなくて私用のやつのお裾分けだし。……あ、本命の方が嬉しかった?」
「いや、そうであれば丁重に断らねばならなかったからな。そのような事情であれば、有り難く頂くとしよう」
「え、いま私遠回しに眼中にないって言われた?」

振り向く少女を余所に、青年は与えられたチョコレートを一口齧る。
そうして、ふむ、と目を細めると、そのまま残りの欠片もぱくりと食べ尽くした。

「美味であった。……さて、マスターの質問に答えるならば。この私はあくまで影法師、そういった情を向けるには些か儚すぎる、とでも言うべきだろうか?」
「あー…うん。そういうことね。セイバーらしいと言えばらしいというか…」

ところで、と少女が話題を仕切り直す。

「セイバー的にはこのイベント…というかバレンタインはこう…どうなの?」
「どう、とは?」
「なんか、チョコを送るのはチョコ会社の陰謀だーとか、本当はこういう日じゃないんだぞーとかよく聞くから。実は内心キレてたりしないのかなって」
「はは。この私がそんな事を思っていれば、とうに此処で"旗"を立てているさ」
「え゛」
「……ふっ、冗談だとも」

"普段"とは違う柔らかい表情で、青年は少女へと軽い笑いを向ける。
その様子を少し珍しがりつつも、続く言葉を待つように少女は青年を見つめた。

「そうさな。異教の地、ともすれば直接の布教が行われたかすら明瞭でない土地において、形は違えども聖人の行いが祝い事として讃えられている」

青年は、どこか浮き足立った町を見渡す。
チョコレートの香りが仄かに漂い、町に染み付いた血の匂いをもかき消すような様相だった。

「この私としては、それを喜ばしい事だと思うとも。形はどうあれ、満たされる者が多いのであればそれは善き催しだろう。……それに」
「……それに?」
「今日の主役の、恋人同士などでは無くとも、な。我がマスターのように、色気より食い気で幸福になれる者もいる。バレンタインデー、万々歳ではないか?」

暗に食い意地が張っていると言わんばかりのその発言を聞き、少女の瞳がかまぼこのように吊り上がる。

「……セ゛ー゛-゛イ゛ー゛-゛バ゛ー゛-゛-゛!゛!゛!゛」
「ははは。……ところで、もう一粒頂いても良いだろうか?」
「ダメでーす!!配慮の足りないセイバーにはもう一欠片たりともあげませーん!!」
「これは手厳しい……。では、先程この私が道すがら高貴なご婦人から頂いたものとの交換も無しだな」
「えっちょっと待ってそれは興味あるんだけど!?」

……これはいつかの物語。
あり得たかもしれない、束の間の平穏で甘い夢。

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