ギドィルティ・コムが腕を組んでカレンダーを眺めている。
その様子を視界に入れながら、イーサン・ジョン・スミスは請求書やレシートの類を整理していた。
あいつがカレンダーを見てるだけでちょっとイヤな気分になるのはなんだろうな。
そんな答えが分かりきった疑問が頭に浮かんだが、正解を言語化するのも癪なので、金の収支に無理やり意識を向ける。
やはり食費が重い。
その出費のほとんどは、傍でカレンダーを眺めている我が親愛なるサーヴァント様に胃袋に収まった。
ただでさえ食事を頻繁に要求していたのが、どこからかクリスマスだのバレンタインデーだの余計な知識を付けてきて、それにちなんだ食べ物をせびるようになりやがった。
そのためだろう。カレンダーに自分が付けていない印があるのを見ると気が重くなるようにさえなってしまった。
壁だろうが凄鋼だろうが食えてしまう胃袋の持ち主なので、わざわざ人間と同じ食べ物にこだわる必要はなさそうなものだ。
それでも、食事としてはまともな味のものを好むし、無機物のたぐいを食べさせすぎると機嫌を悪くするので仕方がない。
サーヴァントの扱いを間違えて一時の感情で頭から丸かじりされるのは御免こうむる。
肩もこったので、一向に改善しない懐事情から目を上げ、イーサンもカレンダーに視線を向けた
そろそろ年も暮れようという時期だ。
別に年末年始に特別なことをしようという気はないが、年が明けるとなると多少の感慨はなくもない。
などというイーサンの思考を遮るように、ギドィルティ・コムがくるりと振り向き、テーブルのイーサンの向かいの席に音を立てて座る。
「おイ、マスター」
「なんだよ」
イーサンはほぼ整理し終えた紙の束の上に、重しとしてジャンクになった武器の部品を素早く置く。
こいつの前では散らばって困るものは放置しないことにしている。というかするようになった。
「そろソろ新年だナ」
「ああ」
「来年ハ何か新しイことをやロウとか考えナいのか?」
「あー……そうだな。来年はもうちょっと金に余裕を作りてえもんだな。そうすりゃ新しい武器や装備が買えて探索も楽になるだろうし、新しいことにチャレンジもできるだろうよ」
イーサンは、ギドィルティ・コムの食事に消えた金額を証す紙の束を持ち、彼女のすぐ目の前でこれみよがしに振ってみせる。
「ナるほどナるほど、イい心がけだな」
ギドィルティ・コムは腕を組み、さも感心したかのようにうんうんとうなずくような仕草をする。
本当に皮肉が通じねえなこいつは……!
自分のサーヴァントの頭と神経の雑さには、たまに本気で腹が立つ。
「ところデ、世の中ニは面白いモノがあってナ。ふだんハ白くて固いノに、火にカけるとふくラんだり伸ビたりするらしいゾ。知っテるか?」
「なんだそりゃ。どっかの合成物質か何かか?」
「そシてこの国の人間ハは新年にそれヲ食う!」
そう言うと同時に、ギドィルティ・コムはパーカーの前ポケットに手を突っ込み、紙を取り出すとテーブルに叩きつける。
重しを乗せた領収書の束を反射的に手で抑えたイーサンは、顔を寄せてギドィルティ・コムが出したカラフルな紙を眺める。
グロースリーストアのチラシだった。
カトウの切り餅 1kg+200g 期間限定200g増量! ***円(税込み)
「なるほど餅か」
以前もこんな流れがあったような気がする。
そして生意気にもクイズ形式で前フリをするようになったのは成長したと見るべきか、妙なことを覚えたと言うべきか。
「たんに食えルだケじゃなくテ、変形シて目からもオレを楽しませヨウとはなカなかシュショウなやつじゃないカ」
ギドィルティ・コムは、焦げ目のついた餅の写真を指でトントンとつつく。たしかに膨らんでいる。
「ふむ」
オセチなる、新年に食べる豪華な料理を要求でもされるのかと思っていたところ、そこまで高くはないものだったので一安心だ。
火を通すだけなら調理が簡単だし、携行食として使えなくもない。
これでこいつの機嫌が取れるなら、そこまで悪い取引というわけでもない。
「OKOK、じゃあ買っといてやるから楽しみにしとけ。そのかわり来年も今年以上に働いてもらうからな」
「ハハハハ、以前はアんなにガンコだったマスターもズイブンと素直になったヨうでオレはうれしイぞ。うんうン」
「うるせえよ」
苦笑だろうか。イーサンは己の口の端がわずかに緩んでいるのを感じた。