まだ考えない人
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2024/02/12 (月) 21:22:48
「おい、そろそろ起きろ! 出発準備だ!」
いつもの戦場、いつもの任務
2024年1月28日 5:30
エドゥアルト・ブラーズディル
チェコクリパニア陸軍第7騎兵空挺旅団「ルドヴィーク・スヴォボダ」
トラスト地方 前線空軍基地
トラスト市に朝が来た。
空は地平線のかなたまで淡いピンク色に染まっており、
遠くの水田が太陽光を反射して綺麗に光っている。
「ったく… こんな早朝から任務かよ…。」
まだ完全に起きていない頭を掻きながら、自分の愛機に向かってゆっくり歩く。
ふと横を見ると、自分の相棒であるイェロニーム・ミハルチークが写真を見ながら笑顔を浮かべている。
一体何を見ているんだろうか?
「おい、何見てるんだ?」
…夢中になっているらしく、全く応答しない。
「おい!」
「…あ、すいません!」
「一体全体、何を見てるんだ? 答えろ。」
「彼女の写真です。2か月後に結婚する予定を控えてて…」
「彼女?」
…写真を見てみた。
とびっきりの美人が、カメラに向かっていたずらっぽく微笑んでいる。
長い黒髪、子供っぽい笑顔、綺麗な肌… どうしてこんな美人と付き合えたんだ、コイツは?
だが、こんなことで文句を言うのも大人げない。 褒めてやるか…。
「…可愛い子じゃないか。 幸せにしろよ。」
「ええ、もちろん!」
「おい、怠け物ども! 早く動け!」
声のする方向を見てみると、我らが指揮官のアロイス中佐が大声で怒鳴っている。
早く動かないと、罵詈雑言の嵐を浴びせられるだろう…。
「…もう中佐が来やがった。 どうやら、くつろいでる暇はなさそうだぞ。」
「先にヘリに乗り込んでます。 中佐も、早く準備してきてください。」
「ああ、了解した。 すぐに行く!」
通報 ...
ヘルメットを持ち、自分の愛機に駆けこむ。
HC-5… 攻撃ヘリコプター。
20mm機関砲や対戦車ミサイルなどを主武装とする、チェコ空軍の主力攻撃ヘリだ。
周りには整備員がすでにおり、様々な個所を点検している。
その中の1人がそっけなく話しかけてきた。
「おはようございます。
あなたの機体はすでに飛べる状態にしておきました。どうぞ。」
…相変わらず、口数が少ない男だ。
そんなことを思いながら、前部コックピットに乗り込む。
「おい、イェロニーム。武装に問題はないか?」
「問題なく使える状態です。 弾薬もフル装填してあります。」
「そうか。こっちも問題なく操縦できる状態だ。」
「燃料はどうですか?」
「安心しろ、満タンだ。 エンジン回すぞ。」
そう言いながらエンジンを点火する。
プロペラがゆっくりと回り始めた…。
「いいか、お前らの任務は前線後方で戦ってるトラスト自警団の支援だ。
とっとと離陸しないと全滅するぞ!」
「各機、離陸準備!」
「チョーク1-1、行けるぞ」
「チョーク1-2、離陸可能
「チョーク1-3、ロータースタート」
「ブラックベル2-1、行けるぞ」
「ブラックベル2-2、離陸可能」
「全機、離陸せよ! ゴーゴーゴー!」
スロットルを上げると、機体が一気に急上昇した。
遥か彼方に地平線が見え、そこからコックピット内に太陽が飛び込んでくる。
昼ならまだしも、あたりが暗いせいで余計眩しい。
すぐに旋回し、強烈な光を視界から消す。
「おい、なんか曲流せ」
「了解」
イェロニームが計器盤を操作すると、機内から音楽が流れ始めた。
『Oh, I cannot explain Every time its the same…』
「聞いたこと無い曲だな。 タイトルは?」
「モダン・トーキングの『Cheri Cheri Lady』。
『send me a postcard』の方がよかったでしょうか?」
「いや、これでいい。 早朝に聞くにはぴったりの曲だ。」
https://www.youtube.com/watch?v=c1ZCYY-4lAM
『More I feel that it's real
Take my heart
I've been lonely to long
Oh, I can't be so strong
Take the chance for romance,
Take my heart
I need you so...
There's no time
I'll ever go...
Cheri, cheri lady
Going through an emotion
Love is where you find it
Listen to your heart
Cheri, cheri lady
Living in devotion
It's always like the first time
Let me take a part
Cheri, cheri lady
Like theres no tomorrow
Take my heart, don't lose it
Listen to your heart
Cheri, cheri lady
To know you is to love you
If you call me baby, I'll be always yours―――』
…そこまで聞いたところで、曲が途切れた。
「おい、続きをかけろ。 退屈―――」
「もうすぐLZです。 やめといたほうがいいですよ。」
「…ったく。 分かったよ、曲はかけなくていい。」
「LZまで30秒」
その声を聴いて、輸送ヘリに乗っている兵士たちが持っている銃の安全装置を解除し始めた。
開けた地面が見えてくる。
「降下! 行け、行け、行け!」
銃をタップ撃ちしながら、矢継ぎ早にヘリから兵士たちが飛び降りていく。
しばらく発砲を続けたところで、1人の兵士が敵情を士官に報告した。
「少佐。敵は一切見えません。
「そうか。 …ここに敵はいない! 発砲止め!」
「君、無線機を貸してくれ。 上空のヘリに連絡する。」
「はい」
「ブラックベル2-1および2-2へ… 先行して、AFVを先に片付けといてくれ。
対応不可能な敵は航空機の空爆で片づける。」
「…だってよ。 どうする?」
「了解。 先行する。」
スロットルを上げ、友軍がいる場所まで急行する。
自警団は大丈夫だろうか…。
森の上を高速で飛行していると、下に展開している友軍が段々と見えてきた。
どうやら、高地に敷設されている敵の火力支援基地を攻撃しているらしい。
森の中に偽装して隠されている迫撃砲や軽榴弾砲が敵陣地に盛んに砲弾を撃ち込み、
歩兵とそれを支援する歩兵戦闘車が塹壕に突っ込んでいる。
一方で、敵側は歩兵群を食い止めるべく榴弾砲や重機関銃を撃ちまくっており、
最前線では歩兵が塹壕やタコツボに籠って抗戦している。
ざっと見た感じ、戦況は味方側がやや優勢だろうか…
そんなことを考えていると、すぐに味方から無線が入ってきた。
「こちらタンゴ7-2! 敵のAPCに足止めを食らってる、援護を頼む!
指揮官はすでに戦死した!」
「了解! すぐに攻撃する!」
MANPADSを避けるために低空で飛行しながら、味方部隊のもとに向かう。
前方にBTR-60PBに似た2台の車両が見えた。 多分あれが目標だろう…。
「イェロニーム、20mmをぶっ放せ! 破壊しろ!」
「了解! ガンズガンズガンズ!」
機首の20㎜機関砲が火を噴いた。
銃弾は薄い装甲を簡単に貫通し、内部の乗員もろとも無力化する。
直後エンジンが火を噴き、即座に弾薬に誘爆。 車体が黒焦げになって吹き飛んだ。
「タンゴ7-2へ! 敵APCを排除した!」
「こちらタンゴ7-2、2両とも撃破を確認した! 感謝する!」
「了解、幸運を祈る! オーバー!」
「脅威はいなくなった、突撃しろ! 突っ込め!」
「おいイェロニーム、下見てみろよ。凄いことになってるぞ」
地上では、ライフルに銃剣を取り付けた兵士が次々と塹壕に突っ込んで白兵戦を繰り広げている。
まるで第一次世界大戦だ…。
続いて、即座に次の支援要請が入ってきた。
「ブラックベル1-1へ、こちらフォックスロット5-1! 援護を求む!」
「了解、すぐに行く! 待ってろ!」
また下を見ると、一個分隊ぐらいの兵士が塹壕に籠って、小隊規模の敵兵の反撃を阻止していた。
今すぐ援護しなきゃ、すぐに部隊は壊滅するな…。
「ブラックベル1-1よりフォックスロット5-1へ、これよりロケット弾を投射する! 頭を下げてろ!」
「こちらフォックスロット5-1、了解した! …全員頭を下げろ! 死ぬぞ!」
「敵兵に横から突っ込むぞ! 遠慮せず撃ちまくれ!」
「了解!」
敵兵に向かって、横から高速で突っ込む。
まず57mmロケット弾が発射され、遮蔽物もろとも進路上にいる敵兵を吹き飛ばしていく。
続いて20mm機関砲が地面を掃射し、逃げ惑う残存兵をなぎ倒した。
「ブラックベル1-1よりフォックスロット5-1へ、攻撃完了! 次に移る!」
「フォックスロット5-1、了解! 通信終了!」
次の通信が入ってくる。
「こちらゴルフ3-4、敵の榴弾砲を叩いてくれ! 早くしないと全滅する!」
…次は榴弾砲を叩くらしい。
戦闘ヘリの仕事ではないが、今はとにかく全力で支援をするしかない。
「ブラックベル1-1、了解!」
「戦闘ヘリで大丈夫なんですか!?」
「やるしかない! 対戦車ミサイル準備!」
また機体を急降下させ、射程距離まで急行する。
無事に帰れるだろ…
「敵対空砲火!」
「畜生! 退避する!」
前方から対戦車擲弾や対空砲火が飛んでくる。
ヘリで制圧することは無理そうだ…。
「こちらブラックベル1-1、敵の対空砲火が激しすぎる!
ヘリじゃ無理だ!」
「ゴルフ3-4よりブラックベル1-1へ、さっき戦闘機の支援を要請した! 今そっちに向かってる!」
「了解、こちらはいったん退避する!」
スロットルを傾け、機体を反転させる。
幸いなことに、弾丸はまだ1発も当たっていない。
「こちらアードバーク2-1。 いまそっちに向かってる、あと1分だ。 準備しろ。」
「ゴルフ3-4了解! 塹壕まで退避する!」
戦闘機の轟音が聞こえてきた。
「注意しろ、アードバーク2-1が位置に付いた。頭を下げるな。」
続いて、12発の250ポンド爆弾と4発の500ポンド爆弾が投下される。
着弾と同時に爆発が起こり、さらに弾薬に誘爆。
砲兵陣地は一瞬で木っ端みじんに吹き飛んだ。
「イエーイ! 命中だ!」
「爆弾がターゲットに命中。アードバーク2-1、これより帰投。幸運を。 交信終了。」
爆発に見とれていると、また無線が入ってきた。
「こちらチョーク1、到着した! これより地上部隊の支援に向かう!」
「ブラックベル1-1、了解! 援護する!」
トラスト自警団に続き、チェコ陸軍が攻撃を開始した。
軽迫撃砲と分隊支援火器の援護を受けながら、敵を確実に掃討していく。
勿論こちらも、20mmとロケット弾、それから対戦車ミサイルで攻撃を援護する。
しばらくすると、また無線が入ってきた。
「オスカー2-1よりブラックベル1-1へ。トーチカ内に籠ってる敵を攻撃してくれ。」
「ブラックベル1-1、了解! 攻撃するから頭を下げろ!」
「オスカー2-1了解。 壕に退避する。」
「対戦車ミサイルでトーチカごと破壊する! 準備しろ!」
「了解!」
攻撃目標のトーチカをロックオンし、対戦車ミサイルを2発撃ち込んだ。
爆発と共に鉄筋コンクリートが吹き飛び、木っ端みじんになる。
「やった!」
…突然、ヘリから警報音が鳴り響いた。
下を見ると、敵歩兵がMANPADSをこちらに向けている。
「対空ミサイル!」
既にロックオンされている。
このままではあっという間に撃墜され、戦死するか重傷を負うか…
イェロニームの彼女も大いに嘆き悲しむことだろう。
ああ、畜生ーーー
…その時。 こちらに対空ミサイルを向けていた敵兵の頭が吹き飛び、
ミサイルは明後日の方向へと飛んでいった。
「…何だ?」
「こちらオスカー2-1、敵兵を排除。 援護に感謝する。」
どうやら、発射する寸前に味方の兵士がうまい具合に阻止してくれたらしい。
助かった…。
「こちらブラックベル1-1、こちらからも感謝する! ありがとう!」
「オスカー2-1よりブラックベル1-1へ、周囲の敵に甚大な被害を確認。一帯を確保した。
幸運を祈る、オーバー。」
「エドゥアルトさん、もう燃料がありません。
早く戻らないと墜落します。」
「了解。 ブラックベル1-2へ、もう燃料がない。
いったん帰還して、燃料を補給してから戻ってくる。」
「こちらブラックベル1-2、了解。 続きは任せとけ。」
速度を巡航速度に戻し、近くの補給基地まで戻る。
幸いなことに敵はいなく、無事に着陸することができた。
その後、また火力支援基地の制圧を援護。
20分ほど飛び続けた後、ようやく完全に敵を制圧することに成功した。
「こちらHQ。任務終了、総員帰還せよ。」
「チョーク1-1、了解」
「チョーク1-2、了解」
「チョーク1-3、了解…」
兵士達は再び輸送ヘリに戻り、次々と乗り込んでいく。
その間、2機の戦闘ヘリで周りを護衛した。
「ああ、ようやく終わった…。 今日の任務は、これで終わりでいいんじゃないのか?」
「まだ朝の7時です。 朝食を食べる時間ぐらいならありますよ。」
「結局、どんなにきつい仕事をしようがいつもの任務か…。 悲惨だな…。」
「チョーク1、離陸可能」
「…了解。 護衛する。」
そう言って、速度を少し上げて輸送ヘリ群についていく。
ひとまず任務は終わったが、全くと言っていいほど疲れは感じない。
普段と同じいつもの戦場、いつもの任務だからだ…。