───それは、輝かしき夢の影差す新世界───
───昔、大きな戦争があった。
私が生まれる前のことだ。
しかし、戦争が終わっても、平和には影が落ち続けた。
誰しもが“聖杯”を持ち、運命の示すサーヴァントを喚ぶ。
安寧からはあまりにも離れた狂騒の中で、それでも、私達は生きている。
それは、「秋葉原」から遠く離れた、影に包まれる繁栄の世界。
・(泥Requiem世界を舞台としたロールスレッドです。)
───それは、輝かしき夢の影差す新世界───
───昔、大きな戦争があった。
私が生まれる前のことだ。
しかし、戦争が終わっても、平和には影が落ち続けた。
誰しもが“聖杯”を持ち、運命の示すサーヴァントを喚ぶ。
安寧からはあまりにも離れた狂騒の中で、それでも、私達は生きている。
それは、「秋葉原」から遠く離れた、影に包まれる繁栄の世界。
・(泥Requiem世界を舞台としたロールスレッドです。)
>> 62
「んー、まーいっつもこの位は食っとるかな?」
焼きそばとタコ焼きを食い終え、背中に映えた白い翼の上に器用に置いていた年越しそばを手に持ってはずぞぞぞぞーっと気持ちいい音を立てながらおいしそうに啜る。まだ腹八分目には遠そうだった。
そのまま1分も経たずに麺を食い終え具材を放り込み、汁を一滴残さず飲み干すと、
隣に滞空させていたローちゃんが咥えていた袋の中からたい焼きを三つ取り出して、
「んぐ。食うかー?」
と、一つを咥えながら残り二つをツクシとスバルへと差し出した。
>> 76
反射的にアルメアを睨んだ。
当然冗談なんだろうが、そういった物言いは決して愉快ではない。
とはいえ当然殴りつけるわけにもいかない。仮にも直営が9mmで倒せるとも限らないだろう。
そんな折、彼が頼んだ小盛りのラーメンと、彼が口にした謎ルールが思考に挟まった。
当然ながら、天使ラーメンにそんなややこしい掟はない。合成食材に満ちたラーメンにルールはなく、ただ美味しければそれでいい弱肉強食の世界だ。
だが、何か誤解があるならそれでいい。
「……ここで女に語りかけたいなら、レビヤタン特大ラーメンを完食してからにしてもらおうか」
レビヤタン特大ラーメン。
店主がお約束の特大メニューとして作ったはいいが、本気で完食者が1人しか出なかったことで強制的に幻となったメニューの一つである。そのボリュームは瀬戸内の海の如し。
さぁどうする余所者。乗るか反るか。
>> 77
>> 74
「成る程。では、この方の介抱は貴方にお任せ致します。良き時間を過ごされることをお祈り致します」
再び会釈。無表情は竟ぞ変わらず、しかしその誠意も変わらず、そのまま少女は離れていこうとした。
しかし、その途端に掛けられた一つの声。アカネが応対する声に反応するように声の主を見てみれば、どうにも怪しすぎる二人組であった。
それを見てどう思ったものか。少女もまた、このように告げた。
「お気にかけてくださり有難うございます。しかし、問題は解決致しましたので……」
>> 75
「奏金……」
す、と酔いが覚めそうになる。
忌まわしい記憶、憎らしい父の背中が脳裏に浮かぶ、が。
>> 76
「────はっ」
当の男からの、予想だにしていなかった言葉で、心がなぜか軽くなった。
「はははっ、ええな、ナルメア言うたか、あんた結構なギャグセンスやんか。あぁギャグだけな、その指輪はないわ。オツキアイもお断りや」
…奏金なんている割に~、という言葉を続けかけて、飲み込む……と。
>> 80
なにやらハルナちゃんが面白いことを吹っ掛けていた。
なんやアタシが求婚されて自分だけ言われないのが嫌やったか?などと検討外れな事を考えながらも、ノリで彼女の言葉に(棒読みで)続ける。
「そうやそうやー、あんくらい食いきれんで男見せたなんて言えるかー」
>> 77
>> 81
「ほう、そうか。なれば良い。女子(おなご)なればこの夜道は危険が多い。気をつけろ」
霧六岡はふんふむと頷きながら、踵を返した。だが
「あらぁ、あらあらぁ、そんなに重篤では可哀想に……。二日酔いでしょうかぁ? それでしたらいい薬を持っていますよぉ?? ふふ、ふふふふふ」
あからさまに妖しく両石は笑う。それに対して霧六岡は、珍しく眉に皺を寄せる。
ああ、また両石の悪い癖が起きたか、と
「(ったく、こいつは悪ふざけが過ぎるからなぁ、ご愁傷様だお前たち)」
どの口が言う言葉を思い、霧六岡はやれやれと肩をすくめてその場を去ろうとした。「まぁ俺は天ぷら粉を買わねばなのでな、これにて失礼する。この両石はお前たちが頑張って追い払え」
そう言って、呵々と嗤い男の方は去って行った。
>> 79
「あ……有難う、ございます」
「ございますー」
ニコニコ顔で平然と受け取るスバルに対し、その大食漢振りを目の前で見たツクシの方は、やや顔が引き攣っている。同じだけ食べたら……と、ついお腹周りを気にしてしまうが、相手はサーヴァントである。余程のことでもなければ太るということはない。それを思うと、サーヴァントという存在は一種羨ましいものだとも思うが、それは腹の底に仕舞う。
好意を差し出してくれているのである。快く受け取らなければ、失礼というものであろう。
>> 78
……しかし、こういう好意はちょっと困りものである。
「うッ……み、水木さん! ちょっと離れて下さい、お酒臭いです!」
「アルコールのにおい、ですね?」
ぷ~んと、鼻につくその香り。顔を合わせた時はそういう人でもないと思ったが、やはり大人だ。祭りの時になるとこういうこともある。
顔を顰めながら、失礼にあたる言葉を吐きつつも、しかしそれを気にしていられるほどツクシは冷静でもなかった。
>> 80
「レビヤタン特大ラーメン……!」
やはり自分の観察眼は正しかったとアルメアは確信する。まるで西部劇に登場するバーでミルクを頼んだようなこの緊張感。間違いない。皇ハルナはラーメン上級者だ。
僅かに、アルメアの頬を冷や汗が伝う。女に語りかけるにはレビヤタン特大ラーメンの完食が必須。ツバメからは一度も耳にしたことのないルール(そんなものはないのだから当然である)だ。これは既に廃れた古の慣習と解釈するのが打倒だろう。そしてそれを彼女が口にした事実が示すのはハルナがツバメ以上の熟練者であり、天使ラーメンは彼女のフィールドであること。ラーメンに関しては素人で、レビヤタン特大ラーメンの存在すら知らなかったアルメアには圧倒的不利な状況にある。しかし。
「望むところさ」
アルメアは不敵に微笑み、挑戦状を叩きつけるかのようにカウンターに手を置いた。
「マスター! すまないが注文を訂正させてくれ! ────レビヤタン特大ラーメンを1つ!」
>> 82
打ちっぱなしコンクリートの店内に響くどよめきに背を向けたアルメアは次いでシヅキに向き直る。
「この指輪がない、素晴らしい指摘だ。君は良いセンスをしているよ神坂クン。正直なところ私も同感だ。出来ればこんなものは今すぐ捨ててしまいたいが……存外便利なんだよこの指輪は」
男を見せろ。その一言がナンパ男の自尊心に久々に火をつけた。
「レビヤタンだか特大だか知らないが、見事完食し君を射止めて見せようじゃないか!」
天使ラーメンの店内で、蒸気に籠もる熱気が僅かに増した。
>> 83
『__________おやおや、少々強引な方だ』
何処からか、声が届いた。……いや、それは本当に声だったか?
何故我々は、それを声と思ったのか。そう疑問に思う程に、それは酷く雑音塗れで聞き取りづらいものだった。
『年明けまでもう少し、やり残しが無いよう欲望を奔らせる気持ちは理解できなくもない。
が、この舞台の主役は君たちでは無いのだ。端役は担った役以上の事はせず、さっさと退場するが吉』
それは、いつから……いつの間に其処に立っていたのか。
アズキに肩を貸すアカネと両石たちの間に、彼女の嫌らしい視線を遮るように、それは其処に在った。
居た、ではない。それの姿は声と一緒で、ノイズ雑じりの不気味な形をしていた。
しかし本当に奇妙なのは其処からだ。瞬きをしていない筈なのに、それはいつの間にか人の形を取っていた。
だが、今は誰も気づいていないが、それは見る者によって異なる姿で映っていた。
霧六岡からは、かつて挨拶に赴いた時と同じ、シャツまで黒い燕尾服にシルクハットを被った老紳士の姿に。
両石からは、少々早いが鮮やかな白黒の振袖を、胸元を晒すよう扇情的に着崩した20代前半の美少女の姿に。
意識が朦朧としているアズキと面識のないミオからは、長い髪と深い影で顔がはっきりと見えないのっぺらぼうの姿に。
そして__________この中で唯一、それと深い縁を持つアカネからは。
白いローブに腰まで届く白い髪、そして一転深淵のような黒い肌をした、不気味な青年の姿に。
>> 71
……何処かで見た気はしたが、どうやら初対面だったようだ。
この記憶の滞りも酒のせいではなかったのだと、静かに胸を撫で下ろした。
「ぇ……わたし……そんなに、危なそうに見える……?」
酔っているという自覚がないのか、或いは自覚したくないだけなのか。
彼女の気遣いを知れば……自分はそんなにも、見ず知らずだろうと声をかけざるを得ないほどに酩酊して見えるのか、と考えてしまう。
>> 77
「そう……そうですか……そうだよね……こんな、いっぱい……のめるわけない……」
彼女の言葉をそのまま受け入れてしまうのは、やはり酒が回っている影響なのか。
いつものアズキであれば、彼女の真意を察した上でそれを汲み取り、同じ言葉を返すのだろうが……
今はその言葉を、言葉通りに受け取って、安心した様子で言葉を返した。
「…………わかってますよ……でも……きょうは、特別だから……」
「……だって……ハイボールいっぱいで、酔うなんて……いや……うそ、酔ってない……」
もはや支離滅裂だ。複数人に「酔っぱらい」と認識される中で、尚自分は大丈夫だと主張する。
だが彼女の言葉を聞く中で、その心境に変化が生じたか。しばし沈黙を続けると
「……ごめん、アカネ……迷惑かけちゃって……」
しおらしい言葉が漏れる。
普段のアズキからは考えにくい、素直で純粋な気持ちから漏れた謝罪だ。
>> 74>> 83
「……ぇ、と……なに……」
現れた二人に対しても、アズキは歯切れの悪い返事を向ける。
いつもならばバッサリと切り捨てる所なのだが……今の彼女からは微塵の敵意も感じられない。
「くすり……あぶないくすりは……だめ……」
薬、という言葉だけを聞いて反射的に言葉を返した。
一見すると要領を得ない返しだが……一周回って、その言葉は牽制にもなるかも知れない。
かつて、特大メニューというのはエンターテインメントであった。
限界まで盛り付けたメニュー。その重量数キロを超え、数多の挑戦者を机に沈める。
しかして、その特盛決して不味くなかれ。
なるほど店主が持ってきたそれは確かに美味しそうだ。恐らくは店主が作り上げたラーメンの中でも一番と言っていい仕上がりと言える。
しかし重量は―――否、質量は。
空間が歪んでいる。
冗談ではない、質量が空間を歪めているのである。もはや語るべき言葉はそれに尽きる。
これを食べろという。完食しろという。
これぞ完食者1名のみ。レビヤタン特大ラーメンの全てであった。
>> 85
「おーがんばれがんばれー、男見せちゃれ優男ー」
棒読みで返しながら、その指輪をちらと見る。
回収業者にとっての「便利」、そして身なりの良い直営であるにも関わらず以前に回収業者の骸からすっぱ抜いたHCU武装の貸与リストにその名前はなかった……という事から、何らかの礼装或いは兵器であろう、という事は推察できた。
……ただ、それを今考えるのは野暮である。とりあえず少し冷え始めたラーメンの残りをすすり尽くし、割りスープを混ぜて〆の構えに入った。
>> 88
「……ぅわ」
ブツが来た。思わず声が漏れた。なんやあれ。
流石に見たことないことが露見するとうまくハメられないので言及は控えることにした、が、それにしてもとてつもない「圧」がそれからは発されていた。
「(あんなもん食いきる奴………いや、思い当たりあるのがアレやけど。いやまともな人間に食いきれるんかアレ)」
某大食いアイドルと、身体能力バケモン武装メイドの存在が脳裏をよぎる。
一名ってことは食いきったのあの辺やろうなーなどと他人事のように思いつつ、最悪手伝ってやるか……とナルメアの様子をちらちら伺いながらジョッキをおかわりした。
/(アルメアだよ…ナだと超大作だよ…誤字多くてすまない…)
>> 84
「そんなに匂うか!?」
未成年の若干軽蔑の籠もった視線に少しだけ酔いの覚めたトウマはクリスマスの騒動、聖ブリギットからのお説教を思い出した。
流石にあれから何日も経っていないのに酒絡みの騒動はマズいそれくらいの理性は残っていた。
どうにも年末で気が緩んでいたらしい、ここのところダンジョンにも潜ってないしな。
仕方ないとため息を付くと、魔術回路に火を入れる。
体内の水分を操作してアルコールを抽出、肝臓へと送り内臓へ肉体強化を掛けることで新陳代謝を活発化し高速でアルコールを分解、酔いを抜いた。……肝臓に負担かかるんだよな、これ
「ほら、これで匂わないだろ? で二組とも二年参りか?」
>> 86
「(おや────、あれは)」
踵を返し離れようとした霧六岡が、珍しく目を開いて驚いた。
あれか、あれが此処に来るのか、と。ならば両石めの奴には"早すぎる"と思考した。
>> 87
「そう、薬。といっても自然由来の成分100%…安心できますわぁ」
そのように、恍惚とした下卑た笑みを浮かべながら、アズキに近づく両石。
しかし唐突に、間に割り込んできた"女性"に邪魔をされる。
「あらぁ? なんですか突然…あら、見ると貴方も負けず劣らずな可愛い子ですね。
んー…彼女よりかは、どちらかと言えば貴方の方が好みかも、彼女らは介抱は十分と言ってますし?
ではぁ……この後、ホテルとかd────」
そこまで言いかけて、両石は勢いよく唐突に手を引かれた。
「あら? あらあらあら? 何邪魔してくれてるのよ霧六岡ぁ?」
「良いから来い。お前にはまだ早い」
「?」
頭上に疑問符を浮かべながら引きづられる両石。その後、やれやれとかぶりを振って霧六岡は一言いった。
「あれは造物主と同列だ。見ればわかろう」
「……あんたがそう言うなら、そうなんでしょう。あんたは狂気に嘘はつかない」
霧六岡の狂気の形は、刹那主義な善悪への憧憬にある。それはつまり、歪なれど直感が働くという事でもある。
それはつまり、本質を見抜く力を持つという意味でもある。
「わかればいい」
そういって、2人は早足でその場から立ち去った。
「俺たちには"早い"。まだ、な」
>> 85
よし乗ったか。
それを確認した時点で男―――アルメアなる男を捨て置く。
とりあえず倒れるにしても食べきるにしてもこちらよりは時間がかかるだろう。その間は黙ってくれるはずだ。
非情かもしれないが、対外的にはアルメアが見栄を張っただけに過ぎない。知らん顔をしていればいいだろう。
そんなわけで、再び平穏を取り戻してラーメンを啜る。
>> 88
アルメアは小食な方だ。リーベルス一門にて冷遇を受けていた頃に、せめて妹たちには満足に食べさせてやろうと自分の食い分を大きく減らしていたのが三十路間近となっても尾を引いている。そんな彼の胃容量に照らし合わせれば目の前の怪物(ラーメン)は約50食、実に二週間以上分の食事量に匹敵する。仮にアルメアが成人男性なりの胃容量を備えていたとしても、スープだけでそれを優に越える量のはずだ。
しかしアルメアは神話のレビヤタンの名を冠するに相応しいソレを前にしても未だ涼しげな表情を崩さない。それどころか歪む空間をものとせず上品に手を合わせ箸を割った。
「いただきます」
日本古来の食事前の呪文を唱える。そしてアルメアはペース配分を振り捨てる勢いでレビヤタン特大ラーメンを啜り始めた。
やけになったのか。ギャラリーの誰もがそう思い落胆の息を漏らす中で唯一ある人物だけは「まさか」と低く呟いた。
>> 87
>> 91
……絡んできた二人が立ち去るのと同時に、いつの間にか『アレ』は姿を消していた。
死んだ筈の『アレ』が何故今更姿を現したのか、気になるが追求する気は起きなかった。
虚無機関が崩壊する前日に、『アレ』は私たち10人それぞれに、密かにこう伝えていた。
『本日を以て君たちに課した宿題の完遂を認めよう。
無価値の王の名のもとに、君たちの自由を言祝ごう__________さあ、好きに生きるといい』
未だにあの言葉の真意はわからない。まだ何か企んでいるだろう、という予感はある。
それでも、すぐには何かをやらかそうという気配は感じなかった。
恐らく『アレ』は、純粋に私たちだけではどうしようもない彼らの対処に来ただけだろう。
それだけわかればいい。わざわざ『アレ』に_____虚無機関に関わる必要はない。
「……まだ気持ち悪いか?さっさと帰る、キツそうなら遠慮せず言ってくれ」
アズキの腰に手を回し、体勢をしっかりと支え、歩みを再開した。
>> 83
>> 87
……男性の方は去ったが、女性の方が残った。未だにアズキは泥酔から覚めず、それを背負ったアカネもまたその場から早急に離れるのは難しかろう。
す、と、少女の手が懐へ伸びる。その先にあるものは、冷たく、鋭い、鋼の───。
>> 86
───しかし、それに少女が触れることはなかった。
のっぺらぼうの影。その異質さに、それまで全く崩れなかった無表情に罅が入る。それは、恐怖と形容すべきもの。顔面が引きつり、喉の奥で空気を飲むようなかすれた音がする。
何を感じ取ったのか。それは、少女自身にしかわからない。しかし、とにかく彼女にとって、その影は恐ろしかった。
>> 91
>> 95
だからこそ、踵を返した男性が、女性を引きずっていった時、少女は心の底から安堵の表情を浮かべた。
何故かはわからないが、これで、何かが起こることはないだろうと。そんな予感が、心に到来した。
そして、アカネがアズキを背負って帰るその姿を見て、思い出したように再び無表情になる。
「……お帰りですか? それでは、お気をつけて」
もう、今日の月は沈んだようだ。
「神戸」基礎構造の上層―――現地民は屋上と言ってたか。その上に座って夜空を眺める。
既に今年最後の満月も新月も終えて、沈んだ月は中途半端な形ではあったが。
ともあれ、これで事の解決は来年に持ち越しだ。残念ながら、問題の多くはスタート地点のまま残されている。
はぁ。と小さくため息を吐く。
こうして不自由を手に入れて幾つかの月日を重ねて、自身の中身―――空虚の感情にも変化が生まれてきたと感じる。
例えば、現在に至る失敗への後悔とか、自分の遂行能力を失った無力感とか。
いい傾向ではない。地に縛られてばかりで、自分が澱んでいく。
デフラグでも入れれば調子良くなるか―――あるいはもう寿命かも。
そういえば、次に登る日が初日の出か。なんとなく地球の風習が記憶を掠めた。
太陽。命の源、月の光源。
自分にとっては正反対のようで、本質的には同じもの。
ツクヨミは太陽をあまり好んでいなかった。が。
記憶を辿れば、自分たちの太陽はまた違う。今も彼女は月に残っているはずだ。
「―――太陽、見ておこうかな」
意味はない。ないけれど。
謝っておこう。遅くなってごめんねって。
いつか帰るよって。
「……聞いたことがある」
二枚羽餃子をポロリと口から落とすペンルィは織火のような興奮を滲ませて唐突に立ち上がった。同席していた氷橋静雄は、「今日は僕の奢りだ」と懐事情ゆえに寂しかった年の瀬に彩りを与えてくれた先輩の不可解な豹変に驚き、釣られて立ち上がる。
「知ってるんですかパイセン!」
「ああ……ソウキンのギャレットは依頼中は一度も眠らないし食べない。そんな噂を耳にしたことがあった。だが、逆に港島ではギャレットは底なしの食事量と睡眠量で有名なんだ」
「? おかしくないっすか? それじゃ真逆ですよね」
「そうだ」
ペンルィは静雄に何かを確信した表情で力強い肯定を返す。
「けど。たった今その矛盾が氷解した。……ギャレットは一ヶ月以上の長期任務には出ない。────つまりあいつは文字通り一ヶ月分の食い溜め、寝溜めが出来るんだよ!!」
「な、なんだってーーーっ?!?! めちゃくちゃ便利じゃないですかそれ!!」
>> 90
「ウチは単にご馳走の匂いにつられて来ただけやでー?」
更にローちゃんの咥えた袋からたい焼きを数個取り出し、口いっぱいに頬張ると、
着込んだパーカーのポケットに突っ込んでいたペットボトルのキャップを親指で器用に開け、一気飲みした。
「というかおじちゃん、また酒飲んどったん?そろそろ懲りへんとあのかーちゃんの拳骨落ちてくるでー?」
エタクサ(正解だ)。誰ともしれない声にアルメアは心中で称賛を送りながら使役悪魔の一柱を招来する。
────来い! 「闇夜」カカカカ!
>> 99
「(そういう情緒がありそうにも見えんし)まぁ、そうだろうな」
妙な納得をしながら頷くとかーちゃんの拳骨という言葉に顔をしかめた。
「分かってる、分かってるが止めれないんだ。 俺もガキの頃はあんなもんどこが美味いんだって思ってたが」
顔を顰めたまま聖ブリギットの烈火の怒りを思い出す。
「来年から禁酒すっかなぁ」
>> 90
>> 99
>> 101
「おー。アルコールのにおいがしなくなりました」
「ま、魔術まで使わなくてもいいんですけど……お気遣い有難うございます」
瞬く間に消えた臭いと、魔力の気配。それで、トウマが何をしたのかを理解し、一先ずの感謝を告げる。
そして、彼の問いかけに返事をしようとした時に、隣のリットがのほほんと言ったことを聞いて、そうだろうなと内心では頷く。しかし、“かーちゃん”の単語を聞いて、疑問符を浮かべる。この人は、母親と一緒に暮らしているのだろうか。それに対して、トウマの方も禁酒を匂わすようなことを言うなど、何か冗談を言い合った感じでもない。
疑問を抱きながらも、今度は彼女自身の返事を告げる。
「そうですね。此方は二度参りです。スバル……ハービンジャーに、年越しを見せてあげようかと思って」
「闇夜」カカカカ。その権能の効力は状態の分離と保存。擬似的な不眠・不食の加護を与えるアルメアの奥の手の一つである。
箸を繰るスピードが上がる。
異界常識たる悪魔に常識は通用しない。「満腹になった」というステータスそのものを外部に隔離するカカカカこそがアルメアがこの勝負に見出した勝算であった。
────負ける勝負はしない主義でね!
更に速度が上がる。あくまで優雅に、食事を楽しむ余裕さえ見せながら開始から数分で既に大山の三分の一を彼は崩しきっていた。
大人気ない。と、先程のペンルィならそう指摘するだろう。まったくその通り。一族の秘奥たる悪魔を持ち出してまで勝とうなどと大人気ないにも程がある。
されどこの場に彼の妹たちが、或いはアルメアの命を狙うネーナ・リーベルスがいれば、アルメアのとった手段が正しいとそう言うだろう。なぜならシヅキが馬鹿にした指輪は魔術師リーベルスの一族が積み重ねてきた千年を越える研鑽の果てにあるもの。それを貶められたまま引き下がるなど魔術師の端くれたる彼らに許されはしない!
食事スピードに耐えかね、風圧で木枝が落ちるように呆気なく箸が折れた。アルメアは指輪から不可視の鎖を伸ばし割り箸を引き寄せながら中空で両断する。その間コンマ1秒。一瞬すらも挟ませずに食事が再開される。
開始から6分。絶滅危惧種の底意地は、意地悪くも全力を賭して怪物を残り1/6にまで削り取っていた。
>> 94
>> 100
「(えらく順調やな……それにこの妙な魔力、何か使いおったか?)」
ガツガツとレビヤタン以下略を掻き込み続けるアルメアを傍目に、四杯目のジョッキと激辛味噌ラーメンの器を空にする。
「(……ま、見栄のために全力尽くすのは嫌いやないけど)」
時間を確認する。年の終わりまであと30分になろうとしていた。
本来ならばもう家に戻って休もうかと思っていた、が……。
「……あー、おっちゃん、アイス頼むわ、抹茶。あとウーロンハイも」
なんとなく、普段はめったに頼まないスイーツを頼んでしまう。勿論甘さは控えめだが。
……隣でもくもくとラーメンを食べているハルナを待つというのが半分、その更に隣で無謀な戦いに全力で挑むアルメアを観察したいという欲が半分であった。
「……なんか、今年は妙な年末やなぁ」
アイスの微かな砂糖の風味に拒絶反応を示す身体をアルコールで抑え込みながら、そんな事をぼそりと呟いた。