「あんたらが警察なのかぁ!?」
…2023年12月23日。
台湾へ休暇を取りに来た3人の観光客は、チェコ警察の前で素っ頓狂な声を上げた。
驚くのも無理はない。 …何故なら、彼らはパトカーでも白バイでもなく、
「そうですが、何か問題でも?」
「第一、なんで警察が…えーと…そんなよくわからない車両で…」
会話に1人の女性が割り込んできた。
…あー、まずは彼女たちから説明するべきだろう。
笙鈴、麻美、夜鈴。3人とも台湾出身の女性で、ちょっといた休暇を取ってハイフォンまではるばる来た観光客。
きれいな夜景を見つつハイフォン市を適当にぶらついていたものの、哀れ乗用車によるひったくりの被害を受けた。
勿論、彼女らはすぐに通報。 偶然近くを走っていたDDPが急行し、
彼女らのもとにたどり着いた途端…素っ頓狂な声を聴く羽目になった。
…再び、時間は現在に戻る。
「ケッテンクラートだよ」
「けって…何それ?」
「ドイツ軍のへんてこなオートバイ。「プライベート・ライアン」に出てきたやつ」
「あ、少し違います。 シュコダmsh-5って車種で、チェコ製のケッテンですね。」
「へー。 いつか買ってみようかなぁ…」
「いや、やめといたほうがいいですよ。
整備費とかがシャレにならないし、乗り心地悪いしー」
「…そんなこと言ってないで、話聞いてくれない?」
言葉を遮るように注意され、警官はようやく本来の職務に戻ることになった。
「…あ、そうでした。
えーと…乗用車によるひったくり、でしたよね?」
「はい。 肩にかけてたバッグを盗まれちゃって…」
「逃走車のナンバーって、覚えてますかね?」
「えーと…
…彼女は試しに記憶をたどってみたが、ナンバーなど全くと言っていいほど覚えていなかった。
まあ一瞬の出来事だったため、当たり前と言えば当たり前なのだが…
…だが、回答は思わぬところからやってきた。
「すみません… 一瞬だったので、さすがに覚えてはーー」
「15B、0986。 文字は黒で、背景は白」
「…覚えてるの? 一瞬だったのに?」
「あれだけ衝撃的な出来事、忘れてるわけないじゃん・」
「動体視力どうなってんだ…。」
「…まあ、とにかくナンバーが分かったのでそんなこといいじゃないですか。
本部に頼んで識別に回してもらうので、ちょっとお待ちください。」
「どれぐらいかかるんですか? バッグ、戻ってきますよね?」
「安心してください、すぐに戻ってきますから。
そのうち、追跡の車が急行して取り返してきますよ。」
そういった後、彼は無線機片手に何やら報告を始めた。
彼女たちには何を言っているのか全く分からなかったが、ナンバーを本部に報告しているという事だけはなんとなく分かった。
(彼女たちが使うのは中国語だが、ここでの公用語はチェコ語とベトナム語だ。 …まあ、スロバキア語も結構使われるが。)
だが、彼女にはもう1つだけ聞いておきたい事があった。
「…あの」
「はい? 何ですか?」
「…結局、なんでそんな車両を使ってるんですか?」
「警察は警察でも、DDP所属ですから。」
…彼女が一番聞きたかった質問は、わけのわからないアルファベットで答えられる事となった。 …もちろん、意味なんて分かるはずもない。
「…回答になってませんよ、それ。
DDPって何ですか?」
「dálniční dopravní policie」
「…何語?」
「…あ、すみません。 チェコ語で喋っちゃいました。
えーと、あなた方の言葉で… 高速道路交通警察隊。
高速道路の交通安全遵守を監督実施する警察組織で、
迅速な対応が要求されるためmsh-5などの半装機式オートバイを使っています。」
「普通のオートバイは使わないの?」
「…あー、ちょっとそのことは… えーと…
本当のことを言うと、バイクを買うほどの予算が無いせいで軍の放出品を使っているだけです」
「……警察がそれでいいのか…。」
その後。 本部に送られたナンバーは5分足らずで特定。 犯人の現在地もすぐに特定された。
…しかし。 彼らの現在地は犯行現場からあまりにも遠かったため、
別の車両が犯人の確保に向かうことになった。
話は先ほどの観光客たちから、確保に向かった2人の警官に移る。
…チェニェク・ツァハとユリアーン・オブドルジャーレク。 2人ともDDP所属の刑事で、どちらも男性。
彼らが乗っているmsh-5は犯人が乗っているらしい車両に向かって、意味の無さそうな警告を行っていた。
「…そこの白い乗用車。 直ちにスピードを落とし、路肩に停まりなさい。」
「そんなんで止まるとは思えんがな」
「ま、いうだけ言って止まらなかったら無理矢理止めるだけだ。」
…一応警告はしてみたが、目の前にいる白い乗用車はスピードを落とすどころかそのまま加速していく。
誰がどう見ても、逃走する気があるのは明らかだ。
「…あいつ、加速してくぞ? 犯人か?」
「犯人じゃなくても、逃げた時点で違反だ! 追うぞ!」
そう言った途端、彼は何の迷いもなくギアを最高まで入れた。
vz.67エンジンの出力は最大まで上がり、スピードはとんでもない速さで上がっていく。
スピードメーターはレッドゾーンに近づいていくが、乗り心地も同じぐらいのスピードで悪化する。
何せ、エンジンは運転席の真下にあるのだ。
出力が上がるほど振動もひどくなり、走行音も壮絶なものになっていく。
「ちくしょー、なんでこんなバイクの出来損ないみたいなやつに乗らなきゃいけないんだぁー」
「サイドカーの方が高いからだよ!」
その音をかき消すぐらいの大声で愚痴を叫んではみたが、哀れ正論を言われて沈黙する羽目になった。
「で? ここからどうする気なんだ?」
「相手が値を上げるまで追うまでだ! なんかに捕まってろ!」
「…ああ、分かった! やってやろうぜ!」
さらに半装機バイクはスピードを上げていき、相手の車に近づいていく。
このままいけば、運転手に銃を突きつけるなりして止められそうだが…残念ながら、現実はそれほどうまくいかない。
「…ん? 何だ?」
助手席から、拳銃を構えた男が身を乗り出してきた。
…もちろん、銃口をこちらに向けた状態で。
「伏せろ! 撃たれるぞ!」
1発発砲。
放たれた銃弾は彼らの車両にまっすぐ飛んでいき、ヘッドライトに命中。
そのままヘッドライトともどもぶっ壊れた。
「××××!」
ここにはとても書けないようなアルファベット4文字を叫びつつ、後部座席のユリアーンがショットガンを何のためらいもなく発砲している。
何発か銃弾が命中し、相手の車のバックミラーやハザードランプがぶっ壊れた。
「撃ちまくれ! 相手に射撃する暇を与えるな!」
「分かってる!」
何せ、こちらには何も遮蔽物がないのである。とにかく撃ちまくって、相手に射撃させない以外に方法がない。
お互いの銃を交互に撃ちまくり、相手に射撃の暇を与えず少しずつ接近していく。
相手も一応撃ち返してはるが、手しか出していないためろくに狙いを定められていない。
やがて弾丸が尽きたのか、全く撃ってこなくなった。
「いい加減に諦めろ!」
…その言葉むなしく、逃走車は今度は逆にスピードを上げていく。
「畜生… この向こうはワインディングロードだぞ!?
下手すりゃ、事故って病院行きだぜ!?」
「それでも追っかけるさ!」
2台の車両は熾烈なカーチェイスを展開しつつ、超高速で道路を突っ走っていく。
恐らく何も知らない他人が見たら、映画の撮影と勘違いするだろう。
「いったいどうするんだよ!? このままじゃ一向に追いつけないぞ!」
「おい、まだ散弾銃の弾残ってるか?」
「あと12発残ってる、1マカジンと少しだ!
いったい何やるつもりなんだよ!?」
「タイヤを撃ち抜け! 手はそれしかない!」
「無茶だ!」
「いいか、この向こうにヘアピンカーブがある!
そこで絶対速度を落とすはずだから、そこを狙って撃ちぬけ!」
「…畜生! 撃ちゃいいんだろ、撃ちゃ!」
だが、逃走車はスピードを落とす気配もなくまっすぐカーブへと突入していく。
「…馬鹿野郎め! 確実に事故って病院行きだ!」
…しかし。車はきれいに横滑りしていき、スピードを落とさずにヘアピンカーブを通過していった。
ハリウッド映画さながらの運転技術である。
「…ありゃ、完全にプロだな。見ててほれぼれするぐらいの腕前だ。」
「感心してる場合かよ!? どうやって追いかけるんだ!?」
「決まってる! …こっちも同じ手を使うまでだ!」
ハンドルを全力で切り、車体を80度ほど回転させる。
前輪の溝は一瞬にして消滅し、履帯は火花を出しながら凄まじい速さで寿命を迎えた。
「おい、大丈夫だろうな!?」
「大丈夫じゃない、あと少しで車体がお陀仏だ!」
「バッキャローが!」
そう言いながら、考えなしに逃走車に向けて連続でスラッグ弾を撃ち込む。
幸運なことに、放たれた銃弾はタイヤに向かって吸い込まれるように直進していき…
見事に2つのタイヤをぶち抜いた。
コントロールを失った逃走車はふらつきながら、
長いブレーキ痕を残しつつガードレールに激突。そのまま停止した。
「ヒャッホー! 命中だぁ!」
「これで奴らも諦めるだろうよ! ようやく逮捕だ!」
こちらも急停止し、降車。
そのまま銃を構えながら、逃走車両に向かって走る。
「警察だ! 2人とも手を上げて、そのまま動くな!」
…銃を構えながら警告したが、もはや犯人にはそんなことも聞こえていなかった。
車の中で、エアバッグに顔を沈めながら気絶している。
「これで逮捕…か?」
「…だな。気絶してやがるぜ、こいつら。」
「2023年12月23日午後8時12分! 窃盗及びスピード違反、および諸々の容疑で現行犯逮捕!」
…こうして、ハイフォンにおける30分ほどのカーチェイスは幕を下ろした。
盗まれたバッグは無事観光客に返却され、
2人はズタボロになった半装機式オートバイを修理に持って行った…が。
「…いったい、どんな運転をしたらこうなるんだよ!?
車体は弾痕だらけ、タイヤは溝一つないほどつるつる! シャフトなんて文字通り「捩じ切れて」るぞ!?」
「いいじゃねーか、エンジン生きてるんだから。 まだ50年は走れるぜ?」
「そういう問題じゃない!
第一、修理するのにとんでもない時間がかかるし…なんなら、新車買った方が速い!」
「…ったく。 黙って修理しろよ、嬢ちゃん…」
「聞いてるの!?」
「ハイ、一言一句聞き逃さずに聞いております。 どうぞご容赦を…。」
怒り狂ったディーラーに小一時間ほど説教される羽目になった。
まあ、あれだけ警察車両をぶっ壊したので当然と言えば当然なのだが…。
…さて。 話は、最初に登場した観光客たちの視点に戻る。
「さて… あなたのバッグはこの通り、ちゃんと帰ってきました。」
「本当!?」
「ええ。 しっかりここにあります。」
そう言いながら差し出されたのは… 無残にも、ボロボロになった1つのバッグだった。
「……あのー…。これ…本当に私のバッグですよね?」
「ええ。 少し逮捕する時に手間取ったらしく… こんな有様に。」
「そんな!」
「でもまあ、戻ってきただけましじゃないですか。 喜びましょ。」
「喜べるか、ボケ!」
「まあまあ…」
その後。3人は機嫌を悪くした彼女を慰めつつ、警察署から出ていこうとした。
お疲れさまでした! 安定した土曜の夜を満喫しましょう! 」
…だが、よりにもよってその様子を見た1人の何も知らない警官が、
彼女たちを少しでも楽しい気分にさせるべく元気づけるようにこう言った。
「
…彼女は、何の迷いもなくその言葉にこう返した。
「ええ、本当に安定していますね! バカヤロー!」
チェニェク・ツァハ(Čeněk Caha)
DDP所属の刑事、黒髪小柄。男性。
正義感の強い腕利きで功績も多いが、
命令無視などの問題行動も多くパトカー数台とバス1台を大破させた経歴がある。
読書好きで、数冊の本と時折書いている日記を大切にしている。
手先が器用で機械に強いが、カナヅチで高所恐怖症。
使用銃は大型レーザーサイト付きのvz.62。
ユリアーン・オブドルジャーレク(Julián Obdržálek)
DDP所属の刑事、茶髪長身。男性。
お調子者でいつも軽口を叩いたりナンパをしたりだが、刑事としては優秀。
思ったことをそのまま口にする。
ゴルフが趣味で、常時ポケットの中にゴルフボールを1つ入れている。
本人曰く「ビル・パクストンに似ている」らしい。チェニェクとは15年来の付き合い。
装備はレーザーサイト付きのVz.68、ニッケルメッキ仕様。
曹 笙鈴(つぁお しょうりん)
観光客、台湾出身。女性。 バッグを盗まれた人。
黒髪、二つ結び。フード付きのパーカーを着ている。
この3人の中で一番背が低い。
楊 麻美(やん まーめい)
観光客、台湾出身。女性。
金髪、癖毛の長髪。性格は結構楽観的。
この3人の中で一番体力がある。
柯 夜鈴(か いーりん)
観光客、台湾出身。女性。
黒髪二つ結び。 スクエア型のメガネをかけ、常に眠たそうな目をしている。
この3人の中で一番年上。
ブシェチスラフ(Břetislav)
DDP所属の刑事、一番最初に出てきた人。男性。
好きな映画は「ナヴァロンの嵐」。
ルツィエ(Lucie)
ディーラー。 mshを修理してた人。
休日はバイクを乗りこなしている。