Trepé hasta una altura aproximada de 8000 metros en unos seis minutos, sintiéndome bastante orgulloso de haber concretado el que era, probablemente, el más rápido caza en el mundo en esa época, conjuntamente con mis colegas, tan lejos de nuestro hogar. Habíamos sido capaces de realizar lo que habíamos soñado tiempo atrás con nuestros experimentos en el Ta-183 de Focke Wulf. Compensé la aeronave para un vuelo nivelado, desaceleré la turbina y busqué orientarme, determinando que estaba sobre la pista a unos 9000 metros., le pegué un tirón al arnés del asiento y le di una mirada a la palanca de eyección. Me tomó un tiempo llegar a la mínima velocidad. Lentamente me aproximé a la velocidad de pérdida. Sin embargo en el Pulqui II la pérdida no se anuncia por estremecimiento o una caída repentina sobre un ala o cualquier otro tipo de comportamiento anormal. Moví el bastón pero la nariz no tomaba la actitud para retomar la velocidad. De pronto ya no tuve control alguno sobre el avión, el bastón podía moverse libremente como si estuviera en tierra mientras que un total silencio invadió la cabina. Sólo dos instrumentos se volvieron locos: el variómetro y el altímetro. La aguja del variómetro se clavó en “cayendo”, mientras que el altímetro marcaba rápidamente 8000 metros, 7000 metros… se había hecho evidente para mi que estaba cayendo directamente como una roca con el avión en una perfecta actitud nivelada de vuelo –actualmente llamamos a esto como “Superstall”- y el avión falló en responder a cualquier orden… 6000 metros, moví circularmente el bastón, nada… 5000 metros. “Eyección” vino a mi mente. Pero antes hice un intento con el motor, la turbina aún estaba encendida –que podría haberse apagado con el rápido descenso. Lentamente empujé el acelerador hacia delante, luego hacia atrás –entonces la máquina empezó a cabecear. Noté un poco de presión en los alerones, pero el avión aún no respondía a los controles. Una vez más empujé el acelerador hacia delante y atrás, forcé el bastón hacia el costado. El ala se levantó y la máquina se inclinó hacia un lado, bajé la nariz, recuperé velocidad y fui capaz de salir de esta situación como si nada hubiera pasado. Trepé 500 metros para pensar en cual sería la causa de este inusual comportamiento. Tendría que repetir el espectáculo completo, que sería la única manera de llegar al fondo de la cuestión. ¿Fue casualidad o esta caída ocurrió como resultado de una actitud de vuelo en especial? Aceleré y trepé a una altitud de 9.000m. De nuevo busqué la entrada en pérdida y nuevamente caí como una piedra con el avión manteniendo una actitud nivelada. Pero esta vez comencé a bombear el acelerador y rápidamente recobré el control de la máquina. Una cosa era obvia para mi: la cola debía haber entrado en una “zona muerta” del flujo de aire y en una corriente descendente ya que el avión se negaba a reaccionar a cualquier orden. Al aterrizar me percaté del hecho de que, por primera vez, había construido un avión que podría resultar mortal.
オールアスペクトレーダーのPDと非PDの両方がある機体は史実でレーダーの使い分けはされてたのでしょうか?また非PDに強みはあるのでしょうか?実際使っても差が実感できるPD HDNと無印PDと違ってゲーム内でも特に強みを感じないんですが高空とかはPD無い方が楽なんでしょうか…(マルチにならないよう元ポスト削除済)
そのようです。例えばF-14が最大射程前後でAIM-54を撃つときは非PD+SSTロックで射撃するようにマニュアルに書いてます。PDV以外のPDはSRCスキャンの結果に対してPDの情報を照らし合わせてクラッターを消します。その為遠距離やPDが大雑把であればあるほどSRCよりも不正確になります。F-15以降の機体でもBVR向けにPDHDNが用意されています(オールアスペクトより正確で距離が長い)長文失礼しました。
マニュアル情報も含めありがとうございます。実は「PDVの方がPDより精度高いよな…」という疑問もいつも気になっていたのですが、それを聞いてそれまで解決しました。なるほど…PDは機械的処理を加えているので純粋な非PDの方が遠距離では有利なのですね。HDNの重要性はわりと実感していたのですが非PDも機能としてある以上はちゃんとした理由があったのですね。ずっと疑問だったので教えていただいて助かりました。ありがとうございます。
そしてゲーム内でもこの枝の最後に書かれている通り、実は遠距離ではPDよりPD HDNの方が検出距離は長いらしい 参考動画の9:47以降参照
空RBでコブラ機動的なことって出来るんですか?
雑談板からスレチで誘導されてきました。このwikiでも度々耳にする、AAM-3の二波長線式シーカーが赤外線と紫外線を用いているという話についてイマイチよく分からなくて、紫外線は大気による減衰や散乱が大きくて誘導には使えないように思うんですが、実際のところどうなんでしょうか?二波長線式シーカーはR-73Mのもののように中波長帯域と長波長帯域の赤外線を用いてるものだとばかり思っていたんですけど、AAM-3のものは特別なんですかね...?
AAM-3やパイソン4で言われてるIR/UVシーカーはIIRやTVアスペクト誘導のように、紫外線から敵機のシルエットを捉えてフレアを無視できる代わりに木の言う通り、夜間や悪天候下では使用できない(なのでUV単体でのホーミング方式は採用されない)2波長赤外線は双方レティクル方式でフレアやエンジンが発する近赤外線と遠赤外線(戦車等のFLIRが見てる波長)で見分けるのが主流といった感じなので同じものではない
ありがとうございます。なるほど、太陽由来の紫外線が機体によって遮られてできる影を見ているということですか!それなら確かにIRCCM性能も高そうですね...。しかし、その感じだとIR/UVシーカーは背景が空じゃないとシルエットを捉えられないように思えるのですが、IR/UVと二波長赤外線式を比較した場合、実際のミサイルではそれぞれどのような特徴から選択されているのでしょうか?
TV画像誘導と一緒でロックが建造物に吸われることもあるだろうけど、よほど低高度じゃない限りは大丈夫かと、それにメインはIRでシーカーのスキャン範囲や追尾を任せてるならなおさら機能すると思います。どっちが良いか、どっちが選択されるのは技術者じゃないのでわからないですが紫外線が無い状態だと性能が下がるので、国それぞれのドクトリンにもよると思います
戦闘機の放射は赤外線がメインなのに対して、旧来のフレアは紫外線も放射するから、紫外線を強力に放射する物体を無視することでフレア貫通を目指すのがニ波長シーカーだとネットで読んだ。紫外線が減衰するといっても短距離AAMの距離では見えるんじゃないかな
Su-27(初期の方)やF-16など主翼の一番内側のパイロンにミサイルが搭載できない機体がいますが、それは何故なのでしょうか?ここに搭載することによるデメリット等があるのでしょうか?
ソース無い適当な推測ですみませんけど、(1)ホットローンチするミサイルは内側のパイロンだとエンジンインテークが発射煙を吸い込むリスクがあるから(2)発射目標との位置によってはシーカーが自機の影になるから近距離発射しにくくて不利だから(3)ミサイルの発射直後のクリアランスが十分でなく自機に衝突するリスクがあるから
木は例に挙げてませんが実際にf-14はスパローの発射試験で(3)をやらかしたことがあるみたいですよhttps://search.yahoo.co.jp/amp/s/www.aeroflap.com.br/ja/f14がミサイルで墜落した日/?amp&usqp=mq331AQGsAEggAID
主に対地用の誘導爆弾やミサイルにGNSS誘導という方式がありますがこれは移動目標には使えないですよね?
使えないので最近はレーザーやIIRシーカーと併用可能にしてたりします
GNSSは名前が違うだけでやってる事はGPSと同じで、誘導方式としては中間誘導が目的の技術。なので終末誘導は何か別の技術を使うのが一般的
GPS∈GNSSよ
現在アメリカのGPS以外にも各国の衛星測位システムが運用されているので総称としてGNSSが用いられる。日本なら"みちびき"という自前の衛星とシステムを持っている
これはJAS39グリペン、これはダッソーラファール、これはユーロファイタータイフーン。全部同じじゃないですか!?……この3つめっちゃ似てるけどなんか関連性とかあるんかな?単純に航空力学的に似たってだけ?
一応この三機種はどれも短距離離着陸できる戦闘機が欲しいって感じの理由でこういう形状になったので関連性は全然あると思う。ユーロファイター計画なんかは元々フランスも参加してたしね(なお意見の食い違いで抜けてラファールを作った模様)
うちのスネクマのエンジン使うって聞かなかったので脱退
フランスはCATOBAR空母用の艦載型を求めたけどそれは英独には必要のないものだった、というのもある
カナード翼を信じる者は救われるんやで(カナード原理主義)
スレ違かもしれないけどF-111でこれからM118(3000ポンド)爆弾を使って小基地を破壊しようと考えているのですが、一個で破壊できますか?
540lb.で9個、1000lb.で5個で壊せたはずだから多分足りなかったと思う
3000lbでも2個必須。基地1個で良いならロケポを積むがよろし。
ちなみにスレ違ではあるね
ここは現実の兵器に関する質問だからね
複葉機からジェット機まで眺めててふと思ったんだけど、軍用機の航空灯っていつ頃から搭載されていったんだろう?航空灯の歴史を知れるサイトや本があったら教えて欲しい。
19世紀末に船舶用航海灯の世界統一規格が制定されて飛行船がその流れで搭載してたから、軍用機、民間機の区別がつくもっともっと以前から搭載が必須だったんじゃないのかなあ。WW1前後の複葉機で搭載していない機体が多いのは飛んでる機体が少なくて(空中で渋滞が発生してなくて)事故が発生しなかったからで、事故事例の線から追った方が書籍発見しやすいんじゃないかと。たぶんネットで発見できないマイナーな歴史だから公立図書館で書架探した方が早そうだけど、自分も興味あるんで調査進んだら共有して欲しい。
ロケットランチャーポッドってどこから中身入れてるの?前?後ろ?それともリボルバーのクリップ的なのでまとめて入れてるとか?
これはアパッチのやつだけど前からだね リンク
たこ焼きメーカーみたいなキャップは一応外せるんだな…
S-5Kロケットは後ろからだね アフガンのヒップH
上もそうだけど何でばらついた入れ方するのこれ
弾頭にもよるけどS-5系は1本あたり4~5kg前後らしいから、人力での作業ならまとめて数本はちょっと辛いかもね。まとめて挿れようとすれば腰をやってしまうリスクがあるし、ロケットの装填しか出来ない機械もいらない。いれる順番は知らん
大戦時アメリカが枢軸国鹵獲機に付けていたFE/T2ナンバーってどういったものだったんですかね…?例えばスミソニアンの月光はFE-700みたいな情報はよく見るのですが、自分で調べた範囲だとFEナンバー自体について言及している情報は一つも見たことがないので、詳しい書籍等があれば是非教えて欲しい
鹵獲された機種(四式戦や三式戦など)の本にその機種の番号が載ってる事があるんですが、日本機一覧とか全体の一覧とかそういうのをのせた書籍は見た事はないです。一応こういうサイトなんかもありますが。
このサイトもなかなか詳しく説明してるのでオヌヌメ
52型零戦等の推力式排気管は、現代の復元機の類ではやはり機能自体はカットされてるんだろうか。現代のカラー映像見ても、推力式排気管から排気炎が噴き出たり傍の外板が焼けてたりする様子は見えないんだが…まあ戦闘飛行するわけじゃないなら機体の負担になるだけとはいえ、機能しないのは寂しいなとも…
推力式単排気管は単に排気をチャンバーで束ねてた(下向き集合排気管)のをやめて単発単独で排気の向きを後方に変えた上で排気管の径を絞って排気ガスの流速を増しただけの構造で、アフターバーナーみたいに超高熱の排気にケロシン燃料吹いて点火して推力増大する機能はないよ。 / ていうか燃料吹いて発火するほどの排気熱にならないし、あんな場所でアフターバーナー級の高熱(1500~1800度)発生させたらアクリル製の風防や機体ジュラルミンが溶けますがな(アクリルは言わずもがな、ジュラルミンの融解温度は660度)。
追記:排気管の外で炎が見える実写映像もあるけど、あれは排気ガスに燃料噴出して引火爆発させている のではなく、単純に ピストン内で点火爆発した混合ガソリンが完全燃焼せず未燃焼ガスが排出中に引火してしまっている だけ(逆火、バックファイア現象)。/ ピストンエンジンではありがちのよく知られた現象だから、同じくピストンエンジンで動く自家用車がバックファイアしている実写映像もある よ。
ステルス機のほとんどはJ-20を除いて単座機しかないと思いますが、訓練等はどうしているのでしょうか?いくらシムで練習したとしてもいきなり実機搭乗は危ない気がしますが。
いきなり乗るわけではなく、初等練習機、中等練習機、F15DJのような機体を乗り継ぎ乗るようになる。あるいはF15Jでの勤務経験があったりする。最初は複座型で教官と乗らないと危険なのではという意味であるなら、その教官はどうやってF35に乗れるようになるのかということにもなってしまう
あと開発中の練習機T-7AはF-35訓練機としての機能が付与される計画だよね。
教官の件、考えてみたらそうでしたねwまたF-35に乗るのはF-15などの登場経験があるパイロットなのですね。 あとT-7Aほんとイケメン
戦中の軍用機で、元の設計にはない改造を現地でやった例はどんなのがありますか?具体的には武装や防弾板などを追加・撤去・変更したりとか。
上野の博物館に置いてある零戦、もともと複座じゃない現地改造。
ちなみにその零戦は現在茨城のヒロサワシティとかいうところに移転、展示されてる
日本なんかだと全損した零戦32型から20mmの100発弾倉を引っこ抜いて21型に取り付けたとか百式司偵の高速化で翼端切ったとか九九襲撃の排気管を単排気管に改造したとか色々面白い話は残っていますね。ただ、無許可でやる事はそんなに無いです。
細かいものも含めればかなりの数がありそうですね。外国でもそういうのあったのかな。
ゲーム内でも、「改造」のところで「現地改造」という項目を導入して欲しいです。ペナルティとして修理費が数倍とかだとバランスとれそうじゃない? −木
公的な図面・規定・改造キットなどを使った現地で改造したものならともかく、そうでないものを入れると際限が無くなるので余程の事が無い限りはやらないと思います。
勝手改造ではなく本土に許可取って現地改修したあとで、効果が認められて終戦まで最前線で使われ続けたのが斜銃。ラバウル航空隊(海軍第251航空隊)が対B-17戦用途の現地発案で二式陸偵に搭載したのが最初。
ちなみに零戦の各型でも対B-29用に後付けで斜銃つけたのが複数存在していて、通称「零夜戦」って呼ばれてた。当時の主力だった52型の搭載機が多いものの(A6M5d-S)、32型や11型でも積んだのがいたとか。
100式重爆の背中の20mm機銃。戦争末期には20mm機銃を本土決戦の温存のために12.7mmに載せ替えてたらしい。
B-52の本気の搭載量ってMk84を何発積めるんだろう?
爆弾倉にロータリーランチャーで8発、翼のパイロンには12発の合計20発【B-52爆撃機のウェポンベイ内部はどうなっている?】最大108発を搭載できるヘビーボンバーの3:08より
助かる
Mi-8AMTSh-VNのスペックってどうなんだろう?(RWRやMAW、DIRCM、照準器サーマルの有無、固定武装、搭載可能なミサイル、乗員数)
ここ に日本語記事があったけど、しばらく待ってればロシア語版Wikipediaあたりでスペック記載されるんじゃないかな? ほかにもいくつか動画含め情報あったよ
たすかる。こういう強襲輸送ヘリを惑星で使いたいんだよな…
日本の輸送船団護衛について戦後アメリカ軍は雲鷹など特設空母を使うより陸から哨戒機を飛ばすべきだったと評していますが、何故日本はそうしなかったのでしょうか?
ラバウルなんかでは仰る通り陸海共同で陸上機での対潜哨戒やって一定の成果上げてるんだけども(『秘めたる空戦』(光人社刊)では陸軍二式複戦が海軍哨戒機と時間交代する描写がある)、ミッドウェー以降になると制空権、制海権がない(それを確保するための正規空母や戦闘機、熟練兵を失っていて補充不能)ので陸上から対潜哨戒機飛ばしてもぼんぼこ落とされる(二式大艇などが対潜哨戒中に空母艦載機に襲われてる証言・映像は多数現存)などの諸問題を解決できず、末期は駆逐艦や空母、戦艦に至るまで戦闘艦をかき集めて護衛戦闘機なしで強行輸送するハメになった。 / あと、根本的な話として、自国内に油田があってばんばん石油資源使いまくってた週刊空母なアメリカさんと、石油資源がないので国外から必死でかき集めて節約して使ってる日本とでは(そうすべきと理解してても、現実問題として)取れる戦略の幅が違う。
各鎮守府の内戦航空隊、901空などを始めとする外戦航空隊、さらに陸攻等の練習航空隊に陸軍航空隊まで駆り出して対潜哨戒と言うのを行っています。ですが、戦時中に試算として出された哨戒機2000機(だったはず)の半分かそれ以下を揃えるのがやっと、というくらい航空機の絶対的な数が不足していたのが実情です。後、空母は元々は飛行場の少ない中部太平洋方面への輸送に使う予定だったのが、様々な事情から南西方面に送られたと言う事情もあります。
対潜哨戒に爆撃機を使い特設空母に零戦等を載せて護衛に当たらせるみたいなことはできなかったのかと考えていましたがやはり人も航空機も足りていなかったのですね。
あと、当時の対潜哨戒は投下式電波音響探査ソナーブイとかがあるはずもなく、対潜爆装機が空中から目視で船団周辺を旋回飛行して「攻撃深度まで『浮上』してきた潜水艦を目視確認後、攻撃」という手法しかなく、かつ透明度が高くて空中から海底まで丸見えだった南方ならまだしも、透明度が低く少し波が立っただけで潜望鏡深度でも視認できないことがある日本近海では航空機が足りていても木さんが仰るくらいの完全完璧な対潜網というのは構築できなかったと思われ。 / 逆の事例でいうと、対潜哨戒機ばんばん飛ばした上で戦闘艦を多数対潜哨戒に割り当ててるアメリカ自身も開戦初期から末期に至るまで日本軍潜水艦から空母含む戦闘艦を魚雷攻撃で撃沈されてます(末期の戦果は重巡インディアナポリスが1945年7月末日に原爆輸送任務の帰途、伊58に撃沈された事例が有名)。
追加情報ありがとうございます。
日本軍は戦争末期、生産機種の絞り込みを行ったそうですが、どの機体が重点的に生産されるようになったのですか?知ってる範囲でいいので教えてほしいです。
陸軍だと四式戦「疾風」(Ki-84)、五式戦(Ki-100)、四式重爆「飛龍」(ki-67)。海軍だと零戦、雷電、紫電改辺り。 / 生産機種の絞り込みというよりは完成見込みの低い開発中や試作中の機体へ回す予算人員に見切りをつけてそれらを主力機生産へ回したという側面の方が強いから(予算人員再配分)、最後まで期待の高かったロケット迎撃機秋水や先尾翼機震電、零戦後継機烈風辺りは終戦まで開発が継続した。
末期と言う言葉がどの時期を指しているのかわかりませんが、昭和20年度の生産計画を見ると戦闘機に重点をおいています。
ありがとうございます。
「真実一路」ってWarbirds関連サイトの昭和20年うんたらってページに一通り載ってます。書いたのは「砲兵から見た世界大戦」とかの著者
おぉ!私が欲していた情報はまさしくこれです!ありがとうございます!!
あ、そうだ。防衛研究所のデジタルアーカイブ(アジ歴では無い方)にそこの原本+省略されている陸軍側の生産計画があって、44年9月頃・45年2月頃・終戦直前の予定を見比べたりすると結構面白いですよ。
SPO-15ってWT的にはまあまあ物足りないけど現実の開発年代的には画期的だったりする? 軽くggってもあんまり出てこなかった
惑星に実装されてるC型のグリペンって翼端に中距離ARHミサイル搭載できるんかね?
Jバンド帯のレーダー波を探知できないRWRが結構ありますが、Jバンド帯って何か特殊な電波でも使ってるのでしょうか?
10~20GHz帯域の中の任意のいくつかのチャンネルをまとめたり分離させたりして検知しづらくしてるんじゃないかなあ、と憶測。逆探知を警戒する必要性が一切ない民間用と違って延々信号波垂れ流してるわけじゃないから、というのもありそう。この辺の逆探知関係の技術はもろに軍事機密っぽいし、軍事研究家や防衛省関係者の書籍のほうがインターネット検索よりも正確性高いのがHITするんじゃないのかなあ?
航空力学についての質問。今プルキーIIっていう飛行機を調べてるんだけど、ものの本を読んだ時、クルト・タンクがこの機体で失速試験をした際、傾きとか揺れの兆候が見られなくて、機体が岩のように垂直に落下したという内容が書いてあったの。それで、この岩のように垂直に落下したっていう現象について詳しく知りたいんだけど、いまいちよくわからないから、どなたか助けてほしい。自分の理解だと、主翼が失速して気流剥離が起きる→気流が後ろに流れなくなる→主翼の陰に入った尾翼にも気流が届かなくなる→主翼・尾翼ともに失速→岩のように落下っていう理解なんだけど、間違いがあったら教えてほしい。
Trepé hasta una altura aproximada de 8000 metros en unos seis minutos, sintiéndome bastante orgulloso de haber concretado el que era, probablemente, el más rápido caza en el mundo en esa época, conjuntamente con mis colegas, tan lejos de nuestro hogar. Habíamos sido capaces de realizar lo que habíamos soñado tiempo atrás con nuestros experimentos en el Ta-183 de Focke Wulf. Compensé la aeronave para un vuelo nivelado, desaceleré la turbina y busqué orientarme, determinando que estaba sobre la pista a unos 9000 metros., le pegué un tirón al arnés del asiento y le di una mirada a la palanca de eyección. Me tomó un tiempo llegar a la mínima velocidad. Lentamente me aproximé a la velocidad de pérdida. Sin embargo en el Pulqui II la pérdida no se anuncia por estremecimiento o una caída repentina sobre un ala o cualquier otro tipo de comportamiento anormal. Moví el bastón pero la nariz no tomaba la actitud para retomar la velocidad. De pronto ya no tuve control alguno sobre el avión, el bastón podía moverse libremente como si estuviera en tierra mientras que un total silencio invadió la cabina. Sólo dos instrumentos se volvieron locos: el variómetro y el altímetro. La aguja del variómetro se clavó en “cayendo”, mientras que el altímetro marcaba rápidamente 8000 metros, 7000 metros… se había hecho evidente para mi que estaba cayendo directamente como una roca con el avión en una perfecta actitud nivelada de vuelo –actualmente llamamos a esto como “Superstall”- y el avión falló en responder a cualquier orden… 6000 metros, moví circularmente el bastón, nada… 5000 metros. “Eyección” vino a mi mente. Pero antes hice un intento con el motor, la turbina aún estaba encendida –que podría haberse apagado con el rápido descenso. Lentamente empujé el acelerador hacia delante, luego hacia atrás –entonces la máquina empezó a cabecear. Noté un poco de presión en los alerones, pero el avión aún no respondía a los controles. Una vez más empujé el acelerador hacia delante y atrás, forcé el bastón hacia el costado. El ala se levantó y la máquina se inclinó hacia un lado, bajé la nariz, recuperé velocidad y fui capaz de salir de esta situación como si nada hubiera pasado. Trepé 500 metros para pensar en cual sería la causa de este inusual comportamiento. Tendría que repetir el espectáculo completo, que sería la única manera de llegar al fondo de la cuestión. ¿Fue casualidad o esta caída ocurrió como resultado de una actitud de vuelo en especial? Aceleré y trepé a una altitud de 9.000m. De nuevo busqué la entrada en pérdida y nuevamente caí como una piedra con el avión manteniendo una actitud nivelada. Pero esta vez comencé a bombear el acelerador y rápidamente recobré el control de la máquina. Una cosa era obvia para mi: la cola debía haber entrado en una “zona muerta” del flujo de aire y en una corriente descendente ya que el avión se negaba a reaccionar a cualquier orden. Al aterrizar me percaté del hecho de que, por primera vez, había construido un avión que podría resultar mortal.
木主の推察通り、T字尾翼で発生しがちなディープストールに近い状態に陥ったのかなと思う。自動翻訳した文だと完全な水平飛行状態で落下したと書いてあるので、機首は水平のまま高度が下がっていく感じの軌道を描いて高AOA状態に至ったのかな?
早速返信ありがとう。ディープストールについて詳しくなくて調べてみたら、主翼の後ろに乱気流が発生して、それが水平尾翼を覆っちゃうことで操作が効かなくなるんだね。通常の機体は、失速時に水平尾翼が乱気流に覆われることが無いから、機首下げ姿勢になって失速から復帰できるのに対し、失速時に水平尾翼が乱気流に覆われてしまうT字尾翼機は、水平落下してしまうということでいいのかな。そうすると、水平尾翼は失速時にどういう働きをしているのかが気になる。
水平尾翼も微妙にマイナスやプラスの揚力を発生していて主翼の揚力とのバランスで水平を保つから、高迎え角時に主翼が失速すると水平尾翼の揚力が相対的に過剰になって機首下げが起こり、AOAが低下し速度が増えて失速から回復する。ディープストールは主翼から気流が剥離しきる前に尾翼から揚力が消えるから機首上げが発生して、スピンに陥る。プルキー2に関しては主翼の失速と尾翼の失速がちょうど同時に起こるバランスだったので、機首が水平を保ったまま制御不能になって降下した……と俺は理解してる
スレチだったら申し訳ないんだけど、上の木読んだ感じ推力偏向ノズルって失速耐性?的な面で革命的な発明だったりする?
高高度になると尾翼の効きも普通に悪くなるからそこでも無理やり回頭出来る、高速失速でも強引に曲げるようなことが出来るはず。フランカーのせいで低速性能が売りに思われてるけど実際は失速で曲がれなくなること全般にある種の耐性が付く。ロケットやSFの話になると極論、仮にノズルがジェットじゃなくてロケットなら空気のない宇宙でも曲がれる。マクロスのバルキリーが尾翼ないのはそういう設定だから。
そんな恩恵もあったなんて…やはり推力偏向ノズルは偉大ですね…
ただし、実用面で考えると実用化した頃にはBVRが主力になっていて格闘戦が発生しにくくなってるので、VTOL目的以外での搭載はおそらくコストに見合わない。機動力が再優先される短距離ミサイルは採用例が多いね
ただミサイルは推力偏向だけで曲がると推力なくなったとき曲がれないので尾翼と両方必要になるケースも多い。SRAAMなんてあの極端な短射程はそこに起因してる。ASRAAMも9XもIRIS-Tもみんな推力偏向だけど尾翼がある。
SRAAMの動翼が無いとかいう割りきった設計すげーよな。試作とはいえ英国面を感じる
アメリカもサイドワインダーの後継(当時)に海軍は羽のないミサイルとしてAIM-95を作ったが予算の関係で没になったとされ、最終的に9Lから9Xに至った。らしい
零戦同士の機種転換が前線でどのように行われたのかご存じの方はいますか?部隊レベルで一気に21→32みたいに改編されたのか、それとも少しずつ新型が補充されて新旧入り交じりながらゆっくり改編していくのか教えて欲しいです。前者を前線でやる余裕はないように思うけれど、後者だと航続距離や速度、操縦性の違う複数機種で一部隊が編成されるのは作戦しにくいように思えます。
補給記録はあまり残っていないか残っていても機種ごとに一纏めになっている事が多いので断言はできませんが、ある程度残っている話を見ると基本は後者ですね
零戦同士なら、多少の違いは認識されつつも零戦は零戦だから同じようなもの、という認識も存在してたように思える。例えば32型も22型も同じA6M3の名称で管理されてたりするし、空母でも21型に32型が混じってようと区別して運用してたわけでは無いようだし、新しく来た零戦はなんか違うな?くらいに思われはしただろうが、性能や整備作業の違いは現場で吸収して零戦隊は零戦隊として混ざって運用されてたんではないだろうか。数値とかで比べると我々には2号零戦系と21型とか全然違うだろうと思えるけど、当時の現場の人にとっては違いはあっても別扱いが必須なほどじゃない、大体同じようなものと認識されてた可能性はある。
もちろん、32/22型と52型では登場時の事情が違う事は考慮する必要はあるけども…32型の時点では、21型も十分に主力として通用してる状況でちょっと良い改良型が出てきたくらいの認識だったと思われるし、32/22は生産配備が限定的で大量の機種転換は難しかっただろうから、似たようなもの扱いで少しずつ21型隊に混ざっていったんだろう。52型の場合は大量生産の立ち上がりがそこまで遅くないうえに航空隊の改編や新設の時期も重なってまとまった配備が少なくなかっただろうし、さらに21型じゃ厳しいって言う声も出始めて1号/2号零戦の違いが切実にわかるほど戦況が難しいとこに至ってただろうから、52型登場時には「零戦だったらどれも同じようなもの」という認識は薄れてたんじゃないかと思うが…なんかごっちゃな長文になってすまんな
32型と22型は前者のほうが航続距離が短いんで、燃料満載でも21型と同じようにラバウルから敵基地制空に飛んでったら帰り道で燃料切れで全機墜落すると思うんだけど。大日本帝國海軍って航続距離も理解できない池沼だったの?
ラバウルからの長距離飛行は特殊な例だから、引き合いに出すのは適切ではないと思うぞ。艦隊上空の2時間前後の警戒任務や200海里ほど進出しての洋上航空戦が通常の運用であって、その範囲で考えれば32型の航続距離は問題にならないはずで、そういう意味では21型も32/22型も同じ零戦として運用して問題なく、わざわざ分ける意味はない。ラバウル・ガダル、往復でおよそ1000海里近い超長距離作戦は艦戦としてはそもそも通常運用の範囲外で、強いて言うなら航空戦略としては本来は空軍(陸軍航空隊)の大型長距離戦闘機の任務に思える。
それと、ガダル行きの任務には陸攻だけでなく九九艦爆隊も参加してたはずで、こちらは航続距離が足りないのは最初から承知の上で、帰りは救難目的の駆逐艦が派遣された水域で機体を放棄して搭乗員だけ帰還する前提だったはず。帰りに燃料足りないのは織り込み済みの部隊すらいたわけよ。それほど切羽詰まった臨時の作戦だから、これを引き合いに出してしまうのはスペックを語るには適切でない…と思う。これで32型零戦が航続距離足りないと言われてしまうと、それこそ九九艦爆や九七艦攻も海軍機として航続距離が足りないという事になってしまうし、艦攻爆に比べて艦戦だけが異様に航続距離長くても、航続力確保のために何を妥協するかのバランスを考えると無駄になってしまうし。
映画等ではスマートでかっこいいH-60系ヘリがあらゆるとこで活躍するけど、実際にはまとまった人数で歩兵部隊を展開できるCH-47とかの大型ヘリの需要は多いだろうし、実際の特殊任務の展開と撤収の写真・動画でもCH-47系はよく見るから、実際は大型ヘリが飛んでるケースが多いのかなーと思ってたんだけどさ…そうすると『ブラックホーク・ダウン』でH-60その他、中・小型ヘリばっかりだったのはどうしてなの?ノンフィクションの原作も読んだけど、そっちでも大型ヘリは確か登場しなかった記憶がある。
大型ってことは機動性が低いってことでもある。話に出てるBHDは「市街地を低空飛行して目標建物の四隅で展開」って作戦だから大型ヘリでやるのは怖い、大人数が不要と作戦前は思われていた…だったしね。まぁMH-60でも墜とされたけどな!あと高い。
大型ヘリで被害を出したって言えば映画ローンサバイバー、あれも史実でやらかした系じゃなかったっけ。
それも失敗例ではあるけど、ああ言うアフガンの野戦だと大型ヘリが飛び易いから活躍できる環境ではある。まぁでもあれの元ネタは待ち伏せされてたからチヌークの罪かは微妙だが…
てかそもそもの話当時あの地域にチヌーク展開してたのか?
してるわけがない。ブラックホーク・ダウンの事故当時、現地に展開してたのはレンジャーやデルタフォースなんかの特殊作戦部隊群で、そもそも部隊が装備してるヘリがブラックホークでCH47は正規軍の装備だから機体だけ持ってきたとしても操縦できるパイロットがいない
↑それはちょっと正確じゃない。BHDで飛行を担当したのは第160特殊作戦航空連隊(所謂ナイトストーカーズ)でこの部隊はMH-60とMH-47両方持ってるあとAH/MH-6とかもけど知っての通りソマリアでは使わなかった。葉1で出てるレッドウィング作戦も含めて米特殊部隊のヘリ作戦はほぼ全部ナイトストーカーズが他部隊と組んでやってる。
まあ確かに、4チームに分かれて少人数であれば、中型ヘリで素早く降下終わらせて退避した方が良かったという事なのか‥?当初は防御を固めてればそこまで積極的には攻めては来ないくらいの認識だったようだし…個人的には、作戦そのものだけでなく現地の光景としても大型ヘリが出てこなかったのが不思議に思えたんだ。葉でも出てるように160SOARはH-47も運用してるはずだし、米軍含む国連部隊や初期に派遣されたアメリカ海兵隊でH-47や53なんかは持ち込んでなかったのかな?なんて…何かしらの移動や輸送に便利だろうにな、と。OH-6にUH-60にOH-58、さらに原作だとコブラ攻撃ヘリなんかも登場してるから、あれ?チヌークは?って思えてな。
あの映画ソマリシティ市内の話だし、チヌーク持ってくるスペースが無さそうではあった。「アフガン・レポート」って映画で、複数人の被雷者の回収にチヌークで来て、後ろのランプから運ぼうとするけどうるさすぎて意思疎通できない、うだうだしてる間に風圧でさらに地雷が起爆して地獄絵図ってのがハイライトだった
BHDは何なら先鋒はMH-6で運んでたくらい速度重視の作戦だったからね、実際に降下した人数だけで回収部隊の車列は12台の大名行列になってるから手早く終わらせたいなら人数を増やせばいいってもんじゃないまぁ全然手早く終わらなかったがな!。他の例で言うとビンラディン暗殺作戦の際はメインプランはMH-60のステルス化魔改造機の奇襲だけど、戦闘が激化する場合に備えてサブで待機してたのは大人数を運べるMH-47だった。ちなみに当然だがソマリアでも他の輸送目的ではチヌークもスタリオンもバリバリ使ってるよ。
戦闘機って下の方透明な床とかになってないけど下の方の視界って必要ないの?
下を透明にしても視界が限定される、操縦桿などの機器配線がある、強度問題などデメリットが強く出るので取り入れられてないす。ロールして下方を見れば済むしね。
F4Uにコクピット床ガラス張りの機体あったはず。どういうわけか廃止されたけど。現代だとVRで下見えるようにするのかな。
TISMAとか穴開いてて下見えるけど、VRで乗ってもこの程度下見えるから何? って感じだしコストかけてちょっと下を見えるようにする意味があんまりないと思う
>F4U 某戦場では塗りつぶされてたな。一人称プレイの時日本側零戦は後方確認しやすいのにこっちは無理だからせめて下側は空いてくれよと思った思い出
F4U…と言うより戦前の米海軍戦闘機は一時期、対大型爆撃機・飛行船用に空対空爆弾を運用する構想があって、床にある窓は照準窓と使う予定だったとか。あと零戦にも床に窓が付いていて、そちらは増槽の投下確認用だったとか。
装甲板代わりになっている外板や骨組みを敢えて除外することで、目視確認はしやすくなるだろうけど被弾死亡の確率も同時に上げることになる(例えば、真下で高射砲弾が炸裂するとか対空砲火を受けるとか)。メリットとデメリット考えたらパイロットの生命を危険に晒してまで「そこに窓をつけなければならない絶対的な強い理由」がない。
まぁ最低でも2期編隊で飛べば、死角となる後方や下方視界をお互いが補えるんでそんなに必要とされなかったんだと思う。後方視界はまだドッグファイト時に重要になるけど下方視界は役に立ちにくいだろうし……
現用ジェットも含めて戦時中戦闘機のほとんどにバックミラー装備がない理由って「バックミラーに敵機が映ってから避け始めても、完全に手遅れ(射撃ポイントにつかれて初めて敵機がミラーに映る)」って話を聞いたことある