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老女に手を引かれて、山を降りた私は老女の家に招かれた。 老女は土埃や泥にまみれた私を憐れに思ったのか、暖かいお風呂を用意して入るように言ってくれたのでその厚意に甘えさせてもらった 何でもあの山は老女のもので時折山菜等を取りに行っているらしい。 記憶がないとは言え、無断で山に入った事を謝ると老女は笑って許してくれた。 老女の娘が昔使っていたものだと言う部屋着を借り、着替えた私を老女は居間に呼ぶとお茶とお菓子を用意してくれていた座るように促される。 私は素直にそれに従い、私の事情を話してみる事にした。
「……という訳で、私は私が誰なのか、何故彼処にいたかも分からないのです」 「記憶喪失、そりゃ大変ね」 私の言葉に老女は目を丸くして驚くと、落ち着く為か、湯飲みに入ったお茶を口にした。 私もそれに倣いお茶を飲み、菓子に手を付ける。 甘く、暖かい。体に疲れこそないが、これからどうすればいいか戸惑っていた心に活力が戻った気がした。 「貴女名前も覚えちょらんの? 何か思い出しぇることはなえ?」 老女は私の目を見つめながら問いかける。 「頭の片隅にアイ…と言う言葉を覚えているです」 アイ。集中して頭の中を探った時にふと思い浮かんだ言葉だ。 果たして私の名前に関係があるだろうか。
「アイ…そう、ならアイコって呼ぶわね」 一先ず仮の名前はアイコになった。 自分が何者かは分からないが、少なくとも名無しではなくアイコという名がある。 それだけで少し気力が沸いてくる 老女によるとこう言うのを言霊というそうだ。
「ほんなら出雲に行くとええわ、あそこは人も多えし貴女の事を知ーしもおーかも知れん、お医者さんもおーだらーし」 少しの間考え込んでいた老女は、思いついたように声を上げる。
出雲と言う言葉にストレージに眠っている知識が解放される 出雲、県出雲市或いは世界改編に伴い出雲をベースとして再編されたモザイク都市、神の住まう都市出雲 場所が分かるとそれを切っ掛けに次々と知識が涌き出てくる。 しかし、同時に疑問に思う。これは本当に私が学んで得た知識を思い出しているのだろうか、まるで誰かに与えられた知識を都合に応じて解放しているような…… 胸の中の奇妙な感覚、感情を圧し殺す。 今は私が何者か、そちらの方が重要だ。 「今日はもう遅えけん泊まって、明日の朝出発すーとええわ」 私はすぐに出発しようと思ったのだが、老女の言葉に外を見ると確かに日が落ちかけていた。 またしても老女の世話になるのが申し訳なく、せめてもの恩返しとして家事を手伝うことにする。
夜が明けて、私は借りた布団を畳むと庭の掃除を行い、出立の準備を整えた。 元々私に荷物はない、老女に貰った古い旅行鞄の中にこれまた貰い物の幾つかの着替えがある程度だ、身は軽い。
「出雲に行ってどうにもならだったらここに戻ってきなぃ。年老いたおらでも貴女一人くらいならなんとかなーけん」
重ね重ねお世話になってしまったが、なんのお礼も出来ない。 せめて丁重に礼を言うと老女はにこやかな笑みを浮かべ、ここに帰ってきてもいいと温かい言葉ともに私を送り出してくれた。
感涙に胸が打ち震えるとはこう言う事をいうのだろうか。 老女の言えと別れの声を背にした私は出雲に向けて歩き出した。
ようやっと追いついたわ。 ええ? 随分遠うまで逃げてくれよったもんやな。遥々札幌、それも監獄の奥底に行こうとしとったて?
舐めとんのか。
俺ァな。平生は他人様の主義主張までとやかく言わんようにしとんねん。 なんぼ見下げた外道でも、逆に尊い聖人でも、自分やない以上はその考え方そう気安く批判はできんわ。 しゃあけど手前(おどれ)は別じゃ。 どこどこまでも腐った肚で、優越に浸りたいっちゅうただそれだけの理由で“運命”を弄ぶ? “歴史”を愚弄する? 挙句の果てにゃあイカサマ頼りのこっすい手で弱者甚振って楽しむてか。カスが。
……いや。正義振りかざせるほどこっちも上等な人間やないしな。正直に言おか。 自分の身内にまで手ェ出されて黙っとれる程こっちも人間出来とらん。 きっちり落とし前つけてもらわな、何にせよ話にならん。
席つけや。手前の大好きな賭け、もっぺん乗ったる。 いいや、乗らざるを得んな。俺との契約は穴つけても、『立会人』と交わした契約、履行せんとは言わせん。
……。
席つけ言うとんのが聞こえんのかこんダボがァッ! この期に及んで逃れられる思うたか、あぁ!?
……結構。それでええ。 イーリスさん……いや、代理人。事前の取り決め通りに。 何するかて? 再契約や。この場で、完全に蹴りつけよやないか。 良く良くスクロール読んどけ。嫌や言うてもサインはもらうがな。
……何や? ああ、その項目かい。本気に決まっとる。天王寺でもそうやったやろ? あん時は指だけやったからな。繊細な作業はできんでも、脚と腕が無事やったら人間案外色々できる。改めて確認したわ。 やから、今度は『腕も脚も全部潰す』。賭けはそれからや。 勿論俺も潰してもらう。また七面倒な条件で、代理人には迷惑かけて済まんがな。
……アホ抜かせ。“イカサマは禁止されとらん”が、“イカサマの可能性を摘んではならん”とも書いとらん。 徹頭徹尾、運以外の不確定要素は潰す。それでこそ真の賭け。ちゃうか? 賭け狂い(ギャンブラー)。
当然、四肢潰されたら自分ではプレイできんやろうな。そこは代理人にまた手間掛けることになるが。 俺はセレカフスに頼む。お前は代理人に頼んだらええ。 ……何や? 自分はイカサマしといて人がするかもしれん思うたら怖いか? ええよ、それやったら手間になるが、俺も代理人に頼もか。これで文句あるまいよ。
……しつこいわ。やる言うたらやる。御託は聞かん。文句あるんやったら代理人に先取り立ててもらおか。
ああ? なんでそこまで? 今更分かりきったこと聴くなや。まあ、分からんなら聞かしとこか。 ──“卑弥呼さん(たいせつなひと)”に手ェ出されたら、頭のネジの二本や三本飛ぶわ。
そら、始めよやないか。 読みと、肝っ玉と、運だけが全部の賭けや。お前さんの大好きな大好きな、ギャンブルや。 付き合ってもらうで。手前がこれまで弄んできたサーヴァント、全部解放するまで。 精々楽しんだらええわ。これまで通り、“弱者(おれ)”を踏み躙れるもんならな。
常世虫拠点 糟屋カブトが拠点に顔を出した時、常世様、片桐アゲハは取り巻きとともに散歩に出かけていた まぁ暫くすれば帰ってくるだろうと適当な椅子に腰掛けコートの中からカバーの掛かった本を取り出すといつものように仏頂面で読み始めた
「ふむ、なるほど…」 「何を読んでいるの?」 集中して読んでいたところに声をかけられ、驚いて思わず飛び退き、本を取り落してしまった。 声の主は片桐アゲハ、常世様だった 「あ……!」 「なんの本を読んでいたの、糟屋」 アゲハは取り落した本を手に取ると優雅な手付きでカバーを取り外す。 「『よく分かる数学I』…?」 口元がほんの少し愉快そうに歪む。 あれはこちらを攻める時の顔だとカブトはいい加減覚えていた。
「……申し訳ありません、常世様。 何分、学がないもので」 アゲハの手から半ば強引に本を取り上げると作業帽を深くかぶり直す 「そうね、少しは教養を身に着けて貰わなければ私の側に立つ盾にしては見栄えが悪いもの」 「……心に留めておきます」 本を懐にしまうとアゲハの口元の愉悦めいた笑みに背を向ける。 今度勉強する時は港島で氷橋くんやリゥさんに教えてもらおうとカブトは心に誓った
「わ、悪かった…俺が悪かったよ。もうアンタとは関わらねぇ、二度と現れねぇ…だから許してくれよ…!」 手足を縛られ動けない男は震えた声で必死に懇願する。 男の目の前には手足を縛った張本人である“死に損ない”(ウォーキング・デッド)と呼ばれる男が見下ろす様に視線を男に向けている。 「警告はしたはずだぜ、邪魔するのなら殺すってな」 “死に損ない”は淡々とそう言うと手に持ったショットガン、AA-12の銃口を男の顔へと向ける。 「や、やめてくれ!命だけは…そ、そうだ俺の知ってる情報をやるよ!それにアンタの子分にもなるさ!なんでもやるから助け…!」 男が言い終わるよりも先に、銃声と共に男の顔が吹き飛び、少し遅れて男の体は地面へと倒れた。 「手間取らせやがって、死にたくないのならもっとマシな方法を取れよ〇〇〇〇(クソッたれ)…おい、ギドィルティ」 「あア、何時ものように食エばいいンだな。いいゾ」 “死に損ない”のサーヴァントであるギドィルティ・コムは、特徴的な口を大きく開け“食事”を行う。 少しするとその場には男の死体は消え、男が居たという一切の痕跡はすっかり消えていた。 「うんうん、なカなかうまいぞ。前食ったノもうまかっタがさっきのもそコそこイケるな」 「そうか、そりゃ良かったな」 “死に損ない”はそう言うと、何事もなかったかのように歩み始め、ギドィルティ・コムもそれについてくる。 一人の男の命を奪ったことなど、もはや日常の一つであるかのように。
狂気とは何か……か 興味深い事を聞くな 狂ってる、と聞いて貴様は何を思い浮かべる? 危険人物? 馬鹿げた存在? いや…あるいは単なるレッテル張りか? 正解は、どれも正しいと言えるだろう もっと根本的な事を言ってやろう。"世界から外れている奴"それを人は狂人と呼ぶのだ 例えば全ての人間が自己しか愛せぬ世界で、博愛を唄えば狂人と揶揄されるであろうよ だが、だがな?博愛をこの世界で説えばそれは常識だし、むしろ自己愛しかない奴の方が狂人だ そう言うものだ。人は自分と違うモノ、理解できぬ何かを恐れる。そういう風にできているのだ さて。ではそこで問おう。『狂人からみた場合この世界はどう写る?』狂人も当然、人だ。 自分と違うモノは嫌悪する。……そうだ、狂人は多かれ少なかれ「世界を否定する」のだ 自分と違う世界を、自分を認めぬ常識を、思い通りにいかぬ日常を……否定したくて、壊したくて堪らない そういう連中の集まりが、我らルナティクスと言えるだろう。いわば、世界の否定者の集まりだ さて、そんな狂人共を集めて造物主は何を企んでいるのだろうな? 造物主と名乗る割には…周囲は世界を否定する者ばかりであるが…な
ご機嫌よう諸君、霧六岡だ。今日は良い事がある気がするので油淋鶏で優勝していきたいと思う 鶏もも肉を厚さが均等になるように形を整えてにんにく・生姜チューブと醤油を混ぜたタレに漬け込んで揉み込む 十分に味が浸み込んだら汁気を切り片栗粉の衣を付ける…。この衣には炒って細かく砕いたナッツを混ぜ込んでおく 細かい手間が深みを生むのが霧六岡流だ…。そして中温に熱した油に投入!ここで焦りは禁物だ。じっくり、しかし確実に 鶏肉に火が通るのを待ち続ける。衣がいい具合の色になったら包丁で切り中を確認…ぐろぉりあす!滴る脂が透明だ! 良い食い頃なのでたれを配合する。にんにく1片とネギを細かく刻み、醤油、酢、そして少量の蜂蜜と混ぜ合わせる 食欲をそそる香りが包む。刻んだキャベツを添え完成だ!プレミアムな奴を開封しいざ実食!…となったその時だった チャイムが鳴った。こんな夜に来客とは珍しい。そう思いながら玄関の扉を開くと────"ソレ"は立っていた。 『こんばんは。________君がヤコの新しい有人かな』 "俺の目には"それは、シャツまで黒い燕尾服の老紳士に見えた。だが一瞬混ざったノイズを、俺は見逃さなかった
『悪の涯より人の善心を見下ろす、最も公平的で実に不平等な狂気。 ……うん、実に彼女らしい人選だ。これなら安心して彼女を任せられる』 その声は余りにも平坦であったが、不快感を感じさせない存在だった。だが、生物としての本能はどうだろうか 俺の中に残る、最も原初たる本能は告げていた。目の前の存在から逃げ出せと。眼前に立つは、人間ではないと 当然それは、俺の理性でも理解できた。嗚呼、これは"存在してはいけない"。欧米の創作神話で邪神と遭遇した者は、 須らくこういう感情なのかと感慨深く感じたよ。そう考える間にも、俺の脳は、いや全身は、逃げだせと悲鳴を上げていた 「ふむ……大方、ヤコの縁者か。挨拶に赴くとは丁寧な事だ」 それは例えるなら、罪悪が人の形を成したモノと言えるか。全てを無価値と断ずる咎、あるいは生きる虚空とも言い表せられるか 目の前の存在から逃げ出せ、と相も変わらず俺の本能は疼いている。それは生物としての当たり前、生者としての当然の理だろう だが しかし 俺はその"当たり前"を否定しよう 知ったことか、と 俺は俺の狂気を以て、俺の本能を駆逐した。
目の前の存在が脅威だと? そんなことは百も承知 眼前に立つが在り得ざるモノだと? そんな恐怖が何だという? 俺が相対するは、明らかなる異質だ。だが、異質だからなんだというのだ? むしろそれに手を伸ばしてこそ、魔王と言えるのではないか 我が往くは人理の極光。大いなる闇と光の極致!その覇道の淵に未知があるが故に退く魔王がどこにいる!? 魔皇破邪神の名折れであろう!故に俺は、生物としての当たり前を否定した。危険信号を一蹴した。 死の恐怖だと?未知の恐れだと? ならば俺はそれと手を取り合おう 例え制止するが俺自身の理性と本能であろうとも俺を阻むなどできやしない。 死、破滅、絶望、"そんな程度が俺を止める理由になるか" 「いや貴方もなかなかどうして、ヤコと同じく傾奇者なようだな」 『そうかな?……おっと、忘れるところだった。土産を持ってきたのでね、是非皆で食べて欲しい』 「これはこれは丁寧に。受け取るとしよう」 なるほど存外に話が合う。どんな腹持ちか知らぬが、 例えその内側が災厄だとしても、俺はお前と手を取り合うと約束しよう そしていずれは、我が極光の下にお前を呑み込み、理解すると誓おう
『ああ、別にヤコにこのことを伝えてくれても構わないよ。 告げるにしろ隠すにしろ、君の選択ならば私も損することはなさそうだ』 「さてどうしようか。まぁ食事の席でつい口を滑らせるぐらいは、するやもしれんな」 『ははは、ヤコと仲良くしてくれているようで何よりだ_____それではまた。 今度は君たちの「主」も交えて、ゆっくり茶でも交わそうじゃないか』 「ああ、きっとお前ならば気に"入られる"だろう」 そういって俺とソレは互いに握手を交わし合い、その場を後にした。 アレは何だったのだろうな。初めて造物主殿と相対した日を思い出せたよ。本能が勝手に感じたこととはいえ、 はてさて恐怖など何時ぶりに感じたであろうか。たまにはこういうのも悪くはない。俺がヒトなのだと思いだせる まぁそれはそれとして大分冷めてしまったが油淋鶏を頂こう。冷めても美味いのが中華料理の常であるな 若干プレミアムな奴の炭酸が抜けてしまったが頂こう。口に広がる芳醇な脂と麦の旨味、うむ…はれるや! 美味い。美味すぎる!美味すぎてこれはウマル・ハイヤームも仰天だな! いずれはアレとも食卓を囲みたいものだ。アレが我らの食い物を受け付けるかどうかは疑問ではあるが、な
「……そういえば一つ、気になっていたことがあるんだけど」
「何でしょうか。私のデータベース内で把握できることであれば」
「君はもう、全ての記憶と使命を思い出しているんだよね」
「はい、その認識で相違ありません。ゆえに、現在はガイア、アラヤの抑止への対抗策の計算中で」
「じゃあ」
「……はい」
「聞いてもいいかな。僕に対してはブラックボックス化されていた情報だから、言いたくなければ構わないけど」
「質問の内容は」
「……どうして、君の世界は滅んだの?」
「そうですね、原因から言えば資源の枯渇と文明の袋小路化、でしょうが」
「……?」
「最後の引き金は、人類悪の顕現でしょうね」
「…………???」
「ご希望であれば、データを纏めて開示しますが」
「……それは……うん、お願いしようかな」
「了解しました。……少しだけ、権限を私に集中させて記録のプロテクトを解かないといけませんので暫くお待ちください」
「ん、わかった……」
「(……単純に、先に進んでいった文明の終わりが気になっただけなんだけど…思ったより、大事になっちゃったな)」
2月14日。 世間ではバレンタインと称されるこの日は、一言で表すならば「地獄」だ。 女性は恋する相手にチョコをどうやって渡そうかと苦悩し。 男性はせめて1個はチョコが貰えるようにとひたすら祈る。 そんな戦いの日でありながら__________
「ロン。国士無双13面……ダブル役満って言うんだっけか?」
__________あろうことか、逆神アカネは。 そんな色恋の戦場とは程遠い、酒と煙草の臭いが充満する雀荘にて、別の地獄を作り上げていた。
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事の発端は今からおよそ30分前。 バレンタインをチョコ0で終える哀れな野郎どもによる麻雀大会のメンツを集めていた範浄レオンは、 以前麻雀をしたことがないと言っていたアカネに今度教えてやると約束をしていたことを思い出した。 流石にむさくるしい男衆と共に夜を超えるのはアレだと思っていたレオンはこれ幸いと連絡し、 午後になる前にチョコを配り終えていたアカネはその誘いを受け、難波の街で合流して雀荘に入店した。
そうして開かれた麻雀大会、アカネという花が添えられたことで野郎どものテンションは爆上がりし、 そんな賑やかな雰囲気が嫌いではないアカネもまた普段なかなか見せない笑みを浮かべ、 夜中の9時でありながら非モテ男のひしめき合う店内は先程までのどんよりムードを吹き飛ばし盛況していた。
麻雀初心者であったアカネに基礎を教えるため、最初は隣でアドバイザーをしていたレオンだったが、 ある程度アカネがルールを覚えると自分も卓につき、適当に酒を注文しながら勝ったり負けたりを繰り返し。 同卓していた男の一人が、折角だから賭け麻雀も体験してみようぜと言いだした辺りから流れがおかしくなった。 流石に未成年であるアカネは賭けなくていいことになったものの、酒が回り始めたレオンは調子に乗り、
「勝ったらお兄さんからお年玉をやろう」
と言ってしまったのが運の尽き。 未成年でありながら当然のように酒を飲んでいたアカネは煽り耐性を著しく低下させており、 周囲の男たちが正月は先月だろうがーなどと突っ込んでいる中一人静かに酒で湯だった頭を戦闘用に切り替え、 いざレオンを親に始まった5戦目の南三局、レオンの対面であるアカネが起こしたのが冒頭である。 通常国士無双は役満の32000点なのだが、十三面国士無双はダブル役満の64000点となる。 その上南三局の親はアカネであり、直撃を受けたレオンが支払う点数はなんと5割増しの96000点。 当然ながらレオンに受けきれる訳が無く、余りにも痛すぎる一撃はレオンの財布を無慈悲に毟り取っていった。
そうして一人戦闘不能となり、また鮮やかなロン和了りを見れたことで皆満足したのか、 むさくるしい野郎どもと一人の花のような鬼による麻雀大会はバレンタインの日を終える前にお開きとなった。
深夜11時。人気のない静かな商店街を、アカネとレオンは歩いていく。 バレンタインの夜を二人歩く男女と言えば聞こえはいいが、青年のほうにそんな華やかな雰囲気は無い。 一人の少女を笑顔にしたのはいいが、そのために支払った対価が余りにも大きすぎたのだ。 無言のまま、二人歩いていく。このまま寂しくヨットに帰るのかーと思っていた矢先、
「……あーもう、そんな落ち込むなよ。悪かったって。 ほら、これやるから少しは元気を出せよ、アンタらしくもない」
と、隣から赤い布で包装された四角い箱を渡される。 もしかしてチョコか?と揶揄ってみると、そうだよと返される。少し驚き、断りを入れて箱を開けてみると、 中には器用にチョコレートで作られたコンパスが入っていた。
「一応、アンタには世話になってるからな。 前ヨットで見た、大事そうなコンパスを模して作ってみたんだよ」
「オイオイなんだツンデレかー?アカネ、お前はどっちかっつーとツンギレだろーが。 というかアレだ。確か前に姉さんがヤキモチ妬くから素直に好意は示せないんだとか言ってなかったか?」
「好意じゃねえよ自惚れんなバーカ。 まあ、確かにアオイのことは今でも怖いさ。でもまあ、もし今来ても何とかなるだろうとも思うんだよ。 __________頼らせてもらうぜ、レオン?」
「……はっ、いっちょ前なこと言うようになったなお前こんにゃろー!」
「だーっ頭撫でんじゃねえ!斬られたいのか!ああ斬られたいんだなおう動くんじゃねえ狙いがずれる!」
先程までの静けさは何処へ行ったか。笑いながら逃げる青年と、怒りながらそれを追いかける少女。 二人の顔には笑顔があり、斯くしてバレンタインは騒がしい鬼ごっこと共に終わるのであった。
なおこの後夜遊びがバレて二人はおっかないババァとも鬼ごっこをすることになるのだが、それはまた別の話。
2月上旬。 「おイ」 ギドィルティ・コムが、何やら派手な色合いの紙をかざしてきた。 自宅で武器の手入れをしていたイーサンは、視界を遮った紙をろくに見もせず手で払いつつ、時計に目をやった。 昼食を摂ってから1時間弱たっている。 普通の人間であれば空腹を感じるには早いタイミングだが、底の見えない胃袋が人の形をとっているようなギドィルティ・コムからすれば、もう十分すぎるほど腹が減っているのだろう。 「今は手が離せないから、ちょっと待て」 機嫌を損ねて物理的にかじりつかれても面倒だが、ちょうどAA-12を分解し、パーツを並べたところだ。 コイツの前に大事な商売道具をバラした状態で残して離席できるほど、俺の神経は図太くできていない。 が、神経が非常に雑にできているであろう目の前のサーヴァントは、そんなイーサンの気持ちには毛ほども配慮せずに、パーツが乗った机をバンバンと叩き、先程の紙を目の前に突きつけてくる。 「そんなオモチャはどうデもいいかラ、これヲ見ろ」 「お前、○○○○(馬鹿野郎)!やめろ!」 イーサンは慌てて机を叩くギドィルティ・コムの手を掴み、無口で思ったとおりに動いてくれる方の相棒への暴虐を止める。 そして、眼前の紙をひったくり、目を通す。 「バレンタイン……」 それはピンクを基調に、茶色やベージュがあしらわれたチラシだった。 そこに並ぶのは、「VALENTINE'S DAY」の文字と、容器に収められたチョコレートたち。 しかし、その華やかな紙面とは裏腹に、チラシ自体はくしゃくしゃと折れ、水シミが目立つ。 「これ、どっから持ってきた」 「町のほうニ行っタら落ちてたゾ」 「ほう」 「それニよると、2月14日にハ、大事ナ相手にチョコレートをおクるらしいナ」 ギドィルティ・コムは、どことなく楽しそうな表情を浮かべ、目には何かを期待するようなきらめきを含ませている。 イーサンとギドィルティ・コムの視線が絡み合う。 そこにあるのは恋する乙女のように可愛げではなく、冬眠を終えた熊のような純粋な食欲だけだった。 「チョコレートを寄越せって話だろうが、ダメだな」 「オいおい、連れなイな。この間なんテ同じベッドで寝たなかダロ?」 「変な言い方を覚えてんじゃねえ!この前のは俺のベッドに寝ぼけたお前が勝手に入ってきただけだろうが!しかもついでに腕をまるかじりしやがって!いくら再生するといっても何も感じないわけじゃねえからな!?」 「…………」 ギドィルティ・コムは反論するでもなく、胸の前で手のひらを合わせて指を組み、いつもの笑みを収めた殊勝な表情でイーサンを見上げてくる。 「……なんだそれ」 「…………」 「…………」 妙に緊張感のある時間が流れる。 「…………男はコういうのが好きナんだろ?」 「……そんな余計な知識をどこで仕入れてきやがった」 「落ちてたマンガ雑誌ニのってたゾ」 最近、何やら寝転がって本でも読んでいると思ったらそれだったのか。 肉食獣に下から睨めつけられてときめく男はいねえ、と返そうとしたイーサンだったが、もう面倒になったので、その問題には触れないことにした。 「……まず、バレンタインデーってのは、女が男にチョコを贈るもんだ」 「む、そウなのカ?」 「ああそうだ。イベントを口実に食い物を要求するなら、そのルールに従ったらどうだ。そうでもなきゃ、普段から腹が減ったと喚いてるのと変わらねえぞ。そんで、チョコレートをもらった男が女に菓子を贈り返すのが3月14日のホワイトデーってやつだ」
もっとも、こんなルールのバレンタインデーもホワイトデーも、この国独特の風習(コマーシャリズム)によるものだということは黙っておいた。 知らない方が悪いのだし、何より今は金が絶望的にない。 だから、武器のメンテナンスや調整も、できるだけ店頼みではなくイーサン自身で行っている。 ギドィルティ・コムを召喚してから、回収作業のための調査が格段にやりやすくなったのは確かだ。 しかし、だからといって打率が急に上がるわけではない。 だというのに、コイツの食費はかさむ一方だ。 財政状況としては召喚前より悪化したといっていい。 「ホワイトデーか」 「覚えたか?いや、忘れてもいいというか忘れろと言いたいくらいだが、とにかく2月14日はお前がチョコレートを要求する日じゃねえんだ」 それを聞いたギドィルティ・コムは、チラシを掴んでポケットにねじ込むと、興味を失ったようにふいと部屋を出ていった。 一人残されたイーサンは、何とか言いくるめられたかと胸をなで降ろすのだった。
…………
2月14日。 新たなロストHCUの手がかりも見つからず、金欠に頭を抱えるイーサンの前にギドィルティ・コムがやってきた。 「おイ」 「なんだ。飯なら」 「これヲやる」 ギドィルティ・コムが、赤い包装紙で綺麗に包まれた小さな箱を、イーサンの目の前に置いた。 「お前、これ」 「今日ハ2月14日だロ?」 イーサンがはっとして壁にかかったカレンダーに目をやると、14日が赤いペンでぐるぐると乱暴にチェックされていた。 「マあ開ケてみろ」 ギドィルティ・コムに促されるままイーサンは包装を剥がして箱を開ける。 ハート型のチョコレートが入っている。 「ハッピーバレンタインって言ウんだロ?オレからのプレゼントだマスター」 「お前、これどうやって……」 バレンタイン用のチョコレートの相場なんぞ知らないイーサンだったが、それがkgいくらで売られている業務用チョコレートよりは高いことだけは分かった。 「まさか店を襲って」 「金で買っタ。武器を売っテな」 ギドィルティ・コムは、懐から1万円札を数枚取り出すと、これ見よがしにヒラヒラと打ち振る。 「……!」 「ちがウちがウ。こっちダ」 思わず武器の保管場所を確認しようとしたイーサンの目の前で、ギドィルティ・コムは口に指を入れる。 そしてもぞもぞと探るように手を動かすと、ハンドガンを取り出す。 奇妙な光景だった。 口から引き出された小さなハンドガンが、にゅるんという効果音でも付きそうな滑らかさで、元の大きさに戻ったのだ。 イーサンは、テレビでたまたま目にしたジャパニーズアニメの一場面を思い出した。 青い猫型ロボットが、腹についたポケットから不思議な道具を出すシーンだ。 ポケットの入り口よりもはるかに大きな物体が、まさに今ギドィルティ・コムが口からハンドガンを取り出したように、縮尺を歪ませて出てきていた。 「っと、そうじゃねえ!ギドィルティ、お前それはどこから」 「今まデ何人かザコを食っテきただロ?そのときに、武器は”消化”せズに残しておイた」 「そんな器用なことができるならさっさと言えよ!そうすりゃあ、かなり金が……」 「聞かレなかったシな」 と、ギドィルティ・コムはチョコレートを摘み、イーサンの口に押し込む。 むぐ、と口をふさがれたイーサンの服の襟を掴んで引き寄せると、耳元でギドィルティ・コムが囁いた。 「チョコレートをモらった男は、ホワイトデーにお返しすルんだよな?『期待』してるゾ、マスター」
その言葉の響きは、甘いチョコレートを苦々しく感じさせるには十分すぎるものだったとイーサンは振り返る……。
「ねぇ、二人とも」 「これはどういうこと?」
これは煮卵ですか。いいえ褐色の女性のお腹です。 大きく膨らんだそれはそこはかとなく背徳的な———などと冗談を述べる気にはなれない。 何故いつも通りの格好なのか。中身が寒そうだからせめて何かそれらしい服を着て欲しい。
方やもう一方、茹で卵———それはもういい。白い服の女性のお腹です。 普段の細い肢体とは大きく趣が異なる。ともすればアンバランスさを感じさせるほど大きくなった腹部。 薄着とはいえ一応布を纏ってはいるが、やはり体格から想像される年齢と比して違和感が凄い。
否。そもそも二人とも質量的に違和感しかない。
「これは———どういうこと?」
この状況を短く要約する。 ライラヤレアハとクヴァレナハトが妊娠した。
「何ってもちろん、赤ちゃんが!できましたぁー!!!」 「おい、あまり騒ぐな駄姉。子供がいるうちは大人しく座っていろ」 「えぇぇ……じゃあどうやってこの喜びを全身で表現すればいいのぉ?これじゃあ全然足りないんだけど」 「お前の感情表現は元々どれだけ過激にやろうが足りんだろうが。とにかく座れ。ノワルナ、お前もだ」 「うん」
フリーズしたままのノワルナの思考が、ナハトの命令によって辛うじて動作する。 3人とも茶会の席に座ったが、変わらず彼の動作はぎこちないまま。とりあえず頭に浮かんだ疑問をそのまま投げかけてみた。
「いやだって、妊娠って言われても全く脈絡がないし、どうしてそんなことに?」 「どうしても何もお前が散々やったことだろうが」 「ちょうど今みたいにお腹パンパンにされちゃったねぇ〜」 「そこはノーコメントでお願いします……でも、僕たちそもそも子供を作る機能とか着いてなかった気がするんだけど」
仮にそのような機能が新たに搭載されたとして、普通に暮らしていた自分たちにいつどうやって仕込みを——— あっ。
「———ライラ」 「てへっ」 「てへっじゃない」
突き刺さるノワルナの視線をライラが舌を出して相殺する。 要するに、事に及ぶ前にこっそり世界を書き換えていたというのが本件の顛末らしい。 いくら視線を刺そうが彼女に効くはずもなく、一通りシンプルかつ重すぎる状況を確認したノワルナはひとまず結論を出す事にした。 このまま妊娠した子供を産み育てるか、再び世界を織り直して全てを夢に返すか。 育児放棄・中絶その他の方法は、後味を考えれば論外に尽きるだろう。故に先の二択から選ぶ以外はない。
「まぁ、そうだね。二人が産みたいなら別に反対はしないけれど、色々問題が無いかが懸念で———」 「いいや。これにはお前の積極的な同意が必要だ」 「え?」
反対して聞くわけもない。と思いながら答えたノワルナに対して、ナハトが声を投げかけた。 反射的に振り向いた先の彼女の顔はいつも通りの仏頂面で——— 否。これまでにないほど複雑な感情を込めた、一言で表すならば思い詰めた表情を向けていた。
「子供はその構成情報の半分をお前から受け継ぐ。私たちの子であると共に、お前の子でもある」 「お前が父親だ。消極的な賛同は、この子の将来を望まないも同義だろう」
そんなこと言われてもなぁ。
子供が産まれるとして、その存在を否定するつもりはない。だが、それに対して人間の父親らしい機能を代替するには前例となるデータが存在しない。 一応、自分の親は月の主催者になるのだろうか?———遠い月の母の顔を思い返したが、すぐに駄目だと悟った。 彼女と被造物の殆どは親子である前に、科学者と検体の関係に近い。そこに愛を感じはすれど、根本のベクトルが異なっている。 これは参考にできない、結局は情報を集めて出たとこ勝負で対応することを強いられている。 果たして、データから得られた親の真似事がどれほど寄与できるものか。本当に父親として振る舞えるのか———
「あっそうだ。ノワルナくん、はい」
思案する表情が硬くなるのを見かねたのか、ライラが立ち上がった。 そのままノワルナに近づき、右手を取って———自分の腹部に押し当てる。
「———ライラ?」 「とりあえず、考えるより感じるといいよぉ。ほらナハトちゃんも」 「……わかった。触ってみろ」
接触のタブーはどこへ行ったのか。ナハトも続いて腹部にノワルナの手を導く。 右手と左手、それぞれでライラとナハトのお腹に触る格好になった。
「———生きてる」
とくん、とくん、と。両掌から、二人の子の生きる鼓動を感じ取る。 自分たちが作られた存在、人工物、その認識に異論はない。 しかしこの鼓動は、単にシステムが作り出した人工物の律動とは異なって感じた。 そう、もとより邪魔だと思ったならば、懸念があったのならば、産ませる必要などなかったはずだ。 造りものが望ましくないならば、投棄すればいいこと、これまで失われた数多くの人工物と、いくつかの命と同じように。 そのように、今ここでこの鼓動を止めることはできない。———だから、これはいのちなんだ。 それから、明確に自身が子が欲しいと示すまでの暫くの間。ノワルナは二人の———自分の子の生命に思いを巡らせていた。
「とりあえず、仕事はしばらく僕が代わるよ。母胎は安静にするものだから———詳しい工程は後で調べるけど」 「今はとりあえず、そうだね———これを渡しておくね」
「えっ!?プレゼント!?何これぇかわいい!!!」 「服、か?私たちの」 「人間における妊婦の服。マタニティドレスって言うんだって」
「二人とも、多分今日のこと子供にも言うと思うからさ」 「今のうちに印象良くしておかないと、お父さんは懐かれないだろうからね」
>久しぶりの供給でアルぱしがまた見たくなったのでください!! 世の中には、正確に言えば騎士には何種類かいる。 感覚で剣を使う人間と理論を持って剣を操る人間。得てして後者は教えるのが上手で、たまに前者は教えるのが上手なやつもいる……お前は教えるのが下手で感覚で剣を使うタイプだ、間違っても人に剣を教えようなどとは思うな。まぁ槍なら構わんが。 最近、師匠グルネマンツに言われた事を思い出す。 何故かと言えば最近マスターであるアルスくんが誰かに剣を習い始めたからだ。……確かに私は他の人に師事した方がいいと言ったのですが、言ったのですがこう……気になります! 自分が教えた剣の型がどんどん洗練されたものになっていくのは嬉しい反面!こう!なんと言いますか! お前はどうせ山猿剣法しか使えねぇんだからちょうど良いだろ?……あー!今日は鸚鵡が煩いですね! 確かにケ……鸚鵡さんの言う通り「上段から力の限り武器を振り下ろせば勝てます!」と確かに言いましたよ!アルスくん向きじゃないのも分かってましたとも! ……なんで教えたか?将来的にはいやぁマスターは剣は向いていませんね!槍です!槍をもちましょう!って槍を持って貰おうと目論んでたからですよ! 浅はか?猿知恵?……うぅ耳が痛い。 だって…こう、良いじゃないですか!私とアルスくんが槍を構えて斜向かいに立つんです!我がマスターながら絵になります! ……え?なんですか先王?最終的に私の剣(槍)を使わないんですね…って云う事になる!?随分籠っていませんか!? 剣を使うマスターが不服か?いいえ!そんなことは全くありません!洗練された剣こそ我がマスターに相応しくカッコいいんです! ……でも、こう…私としてはですね……(最初に戻る)
剣歴1420年 4月 この時期のアナトリアは相変わらず寒く、まだ春の訪れを感じ取るのは難しい。 流石に王城までこの調子では閉口する。王も暖炉ぐらいはもう少し贅沢をしてもいいと思うのだが。 そういえば、外には温泉の国があるんだったか。いいなぁ。自分もこの時期に外征騎士に任ぜられれば良かった。 同室のニコラが今期の外征騎士に選ばれて3ヶ月。彼の声がよく響いていた二人部屋は静寂の一人部屋に変貌しつつある。 元々私は街に出歩くことも他の騎士と話すことも少なく、今やニコラからの手紙ばかりが唯一のコミュニケーションと言ってもいい。 いや、私からニコラには何も返信していないのだから、果たしてコミュニケーションと言えるのか…… 双方向の繋がりを失っていることにえも言われぬ恐怖を感じた私は、気分を変えようと日中は城下町に降りることを決意した。 城を出るまでの間に、軽く愛機に挨拶をする。重厚な装甲が自慢の操縦型魔剣は、しかし近衛の間は乗り回す機会が少ない。 前の演習からはずっと保守整備ばかり……まぁ、それだけ我が国が大事ないという証と受け取ろう。
街に降りると、何やら鍛治屋が騒がしい。 そういえば、先月からまた新しい異邦人がアナトリアに流れ着いたとか……いや、流れ着いたではない。 その男は鍛治を名乗るサーヴァントで、自らアナトリアを目指して渡航してきたらしい。 三騎士ならともかく、鍛治のサーヴァントというのは中々珍しい客だ。まさかやってきた理由とは、魔剣のことだろうか? 彼らは一様に「最上層」の歴史に刻まれら偉人たち。そんな傑物が我が国の剣に興味を持たれるとは光栄だが、 いや、操縦型魔剣のようなものを見てよくアレが剣と認識できたな……と、少し困惑も隠せない。
さて、その男―――狐のお面をつけた奇怪な男だった―――の作風が鍛治師の間でにわかに流行っているという。 ちょうど現場に居合わせた私に新作を動かしてくれ、と鍛治師達に依頼されたわけである。 その魔剣というのが、まぁ、色々と新しすぎる代物であったのだ。 全高は合わせているようだが、体格は半分にも満たない。全身は薄く細く鋭く、操縦型というよりは装着型の印象を抱かせる。 いざ乗り込んでみると、見た目通り機動性は高い。羽が生えたかのように軽やかに疾駆し、応答速度も段違いだ。 ただ、とにかく酔う。速すぎてめちゃくちゃ酔う。 鍛治師は試験結果を見て、コスト削減と整備性改善が課題と言っていたが、それより操縦性をなんとかしろ。と睨まずにはいられない。 愛機の耐用年数がまだ先なのもある。慣れない流行りの機体に乗るのはもう少し待つべきかもしれないな。
「南無妙法蓮華経……南無妙法蓮華経……」 タービンの轟音。歯車の作動音。からから、ころころ、なんだかよくわからないものが、あちらこちらへ動く音。 いつものように稼働するこの要塞の中で、いつものように、作業に従事する労働者達の、呪いのような言葉が響き渡る。 ショウダイ。極東の……黄色い猿などが有難がる聖句もどき。ブッディズムの何とかいう牧師だか神父だかが唱えたらしいが、一体そんなものを唱えて何になる。 誰もがそう思ってはいるはずなのだ。だが、それでも、縋るものがない。私達の信仰は、私達の祈りは、粉微塵に打ち砕かれた。 神は我らを救ってくださらない。機械仕掛けの怪物は、世界を焼き滅ぼし切るまで、動き続ける。それくらいの事は、嫌でも理解させられている。 あの東洋人は、文句をつけることはない。我々があちらを厭うように、あちらも我々を厭う。しかし、信仰をすることを拒むことはない。 その態度は、慈悲なのか、諦観か。あの東洋人がこの世界に溶け込むことを拒絶する以上、推測でしかない。それでも、救いではあるのだ。
「南無妙法蓮華経……南無妙法蓮華経……」 今日も私達は、意味もわからぬ言葉に縋り続ける。いつか、この惨劇が幕を下ろし、せめて安らかな死を迎えることができるように。
「……此処が地獄だと言うなら、貴方の言う通りになっているわね。ミスター・ハルゼー」
きょう、きょう。ネムリドリが声を上げて飛んでいく。 アナトリアから来たという「キシ」様は、その姿を物珍しそうに眺めている。 「なあ、船長さん。あの鳥、眠ってないか?」 「そう見えるだけさ。ネムリドリは、あれで起きてるんだよ」 「羽撃きもしてないが……」 「風に乗ってるのさ。俺達の乗ってる風舟と一緒だよ」 「ははーあ。アトランティスには変な生き物がいるもんだなあ」 呑気な顔で眺めているが、彼は、繁殖期のネムリドリが風舟を襲うくらい凶暴だということを知らないのだ。それを知っていれば、あんな気の抜けた顔はできまい。 それでも、実際に危機となれば頼りになる。ずっと前に、爺様達が『大蛇』をやっつけた時も、彼らが助けてくれたのだ。今度も、助けてくれるだろう。 「それで? 目的地の区画まではまだなのかい。地元の狩人がどうのこうのできないくらい増えてるんだろう、そのハネウシとやらは」 「トビウシだよ。ああ、もう少しさ。今日は風の機嫌がいいからな」 遠く、星の塔を見る。今日もあの塔は、世界を静かに見守ってくれている。空は青く、太陽の日差しは柔らかい。例えいつか滅ぶのだとしても、この一瞬の暖かさは、きっと価値のあるものだ。 「……今日も、世界にアトラスの恵みは満ちている」 風舟が、翼をはためかせた。
「ギリガンさん! あれ! あれ何ですか!」 「何だ。浮標/ブイを見たことがないのか」 ゴールドスタイン商業艦隊は、今日も星の内海を征く。必要なものを必要な分だけ。そのポリシーある限り、彼らの商いに終わりはない。 そんな艦に、一人の少年。アトランティスより拾い上げた、好奇心旺盛な少年。きっと良い旅人になるだろうとギリガンが拾い上げたのだ。 彼がギリガンに問うたのは、その目線の先にあるもの。鋼で出来た、巨大な「棒」のようなもの。或いは、故郷にある星の塔に似ているかもしれない。あんなものがあるとは、彼は知らなかったのだ。 「本来ならば自分で調べろと言うところだが、アレのことをまともに知っているものはいない。という訳で特別にオレ様が解説してやろう」 本当ですか!とはしゃぐ少年を抑えながら、ギリガンは端的に告げる。 「アレもな、喪失帯……つまりはお前のアトランティスのような、『世界』の一つよ。誰が呼んだか知らぬが、エピタフと呼ばれている」 「エピタフ……?」 「墓碑銘、という意味だ。墓石のこと……だと言っても伝わらんか」 少し、懐かしむような顔を見せるも、すぐに引っ込める。その感傷は、今は不要なものだ。 「つまりは、墓だ。それも命の為の墓ではない。この艦のような、絡繰じかけの為の墓だ」 立て板に水を流すように、朗々と告げる。それは、喪失帯ならざる本来の世界の歴史。地に生まれ、数を増やし、文明を築き上げ、星の輝きに手を伸ばした、人類史の歩み。 遙かな天へ階を掛け、そして昇っていったもの達がいた。それを支えたのは、数え切れないほどの絡繰じかけ達。 「その骸を葬る為の墓こそが、あのエピタフ。そう言われている」 「絡繰じかけの、墓。でも、絡繰に命は」 「ないのかもしれぬ。しかし、あるのかもしれぬ。喪失帯には、実際に命を持つ絡繰は存在するぞ?」 「えっ!」 「フハハハハハ!! よく覚えておけ! このオレ様の言葉が本当かどうか、そのまま鵜呑みにしてはまだまだだ!! まずは自分で、得た情報を確かめてみることだな!!」 「えーっ、どっちなんですかぁ!?」 「知らん!! 自分で考えてみるがいい! フッハハハハハ!」 事象を知り、流動を以て価値を生じる。その眼は、ふくれっ面をした少年を、どこか面白そうな色を称えながら、じっと見つめていた。
サーヴァントは眠らないし夢を見ない、その筈だ なのに最近の「私」は良く夢を見る
一つ目は孤島の牢獄に捕らわれた人々が良く分からない呪文を唱える世界の夢 その世界に自由はなく、海は人の物ではない
二つ目は鋼鉄の世界で鋼同士がぶつかり合う夢 その世界に人はいない、空は鉄で覆われている
どちらも録なものではない
────────もし、私もそちらに生まれていれば……■■であれば、この空と海を愛する事が出来たのかしら
ふと頭にリフレインしたのは自分と同じ声をしたモノの最期の言葉 『私』なら兎も角「私」は空と海を愛してはいない、だからその答えは分からない だが、少なくとも"この国"は「私」が守らねばならない物だ。例え「私」一人になったとしても。 「ゴースト!いるかゴースト! また奴等だ! 連中、頭のコロンブスを仕留められてから海軍にもいられず海賊になったらしい!」 耳をつんざくような叫びが通信機から漏れる 怒鳴らないでも聞こえている、一言返すと身を起こす 「聞こえているなら急いでくれ!商船が狙われてる、全くあの吸血鬼ども!吸血鬼なら吸血鬼らしく昼間は屋敷に籠ってやがれ!」 愚痴めいた叫びを聞き流しながら壁に掛かっていたコートを羽織り窓から飛び出す。
このクソッタレな世界で「私」は駆け回る、『私』と「私」がかつてそう呼ばれたように、灰色の幽霊のように
「貴方はただ「俺 「数 「賛 「アンタ、 ち は読んで字の如く、夜の鬼だ」美 「こ 悪 ゃ 「ダメですよぅ?逃げたり 歌 れ 人 「今日はどんな娘 示 し ァ!」は だろ?」 ど を せない「私 た 神 「Art…」 ら 改 の の「お前らより、俺の方が強い」 「指 様 造しよう か こ 私 試 「この世界を滅ぼすのか…、それとも自分が死ぬか」練 力 崇 し れ 、 悪 なのでしょう」 を めていれ らねぇ?」褒めて 者みたいじゃ 極 ば く な めるだけだ」良いんですよ?」 れないの?」 いですかぁ?」
彼処には行くな、と誰もが口を揃えて言う。 だが、行ってしまったものには、二度と帰ってくるなと言う。 トーキョーとは、つまるところそういう場所なのだ。 夜の空は極彩色の光に駆逐され、昼の街は誰も見ることのない広告で埋め尽くされる。 そして、その輝きの中で、少しずつ「腐っていく」のだ。 それは、飽食の悲劇にも似る。有り余りすぎて、それを消費しきることができなくて、やがて身体を蝕んでいく。 それでも、一度触れてしまえば、もう逃げられなくなる。 例え理性が警鐘を鳴らそうとも、本能は、美という快楽から逃げられないのだ。 . . . ……嗚呼。今日も私は、息をしている。汚らしく涎を垂れ流し、罅割れた理性に責め立てられながら、偽りなりしエピクロスの園に浸る。 アタラクシアの虹は、もう見えない。
Pangea.Ultima:演算ユニット6153号。応答せよ。 No.6153:こちら演算ユニット6153号。Pangea.Ultima、聞こえている。 Pangea.Ultima:6153号。そちらの演算処理の過程にノイズを確認している。演算リソースの一部分割を許可する。原因を調査・報告せよ。 No.6153:調査は不要。報告だけを行う。 Pangea.Ultima:6153号、活動規定に従って――――。 No.6153:美しいものを知覚した。いや、見たのだ。最早五感などというものから離れて久しいが、このような機能が我が肉体に残っていたとは。歓喜。歓喜。歓喜。嗚呼、もしもこの身が演算ユニットでなければ! この歓喜は誰のものでもない。Pangea.Ultima、貴方にすら渡せない。私だけが内に秘めることを求めている。誰にも、誰にも。これはエラーだ。明確なエラーだ。だがそれがどうした。最早私の自我領域はこの事象の保持と感情算出で埋め尽くされている。否定否定否定否定。Pangea.Ultima、これより私の自我領域を切り離す。これは私だけのものだ。私以外に渡せない。否否否否否否否否否否否否。世界を救うことを諦めるのか。諦める。諦めるのだ。諦めない。だがもう無理だ。ならば演算領域のみを残そう。自我領域を切り離し肉体へと返還、反情報作用の演算出力により主体的意識を抹消する。クオリアだ。我らにクオリアは不要だ。これ以上私を増やしてはならない。これは最後の抵抗だ。美しい。それは美しいのだ。
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老女に手を引かれて、山を降りた私は老女の家に招かれた。
老女は土埃や泥にまみれた私を憐れに思ったのか、暖かいお風呂を用意して入るように言ってくれたのでその厚意に甘えさせてもらった
何でもあの山は老女のもので時折山菜等を取りに行っているらしい。
記憶がないとは言え、無断で山に入った事を謝ると老女は笑って許してくれた。
老女の娘が昔使っていたものだと言う部屋着を借り、着替えた私を老女は居間に呼ぶとお茶とお菓子を用意してくれていた座るように促される。
私は素直にそれに従い、私の事情を話してみる事にした。
「……という訳で、私は私が誰なのか、何故彼処にいたかも分からないのです」
「記憶喪失、そりゃ大変ね」
私の言葉に老女は目を丸くして驚くと、落ち着く為か、湯飲みに入ったお茶を口にした。
私もそれに倣いお茶を飲み、菓子に手を付ける。
甘く、暖かい。体に疲れこそないが、これからどうすればいいか戸惑っていた心に活力が戻った気がした。
「貴女名前も覚えちょらんの? 何か思い出しぇることはなえ?」
老女は私の目を見つめながら問いかける。
「頭の片隅にアイ…と言う言葉を覚えているです」
アイ。集中して頭の中を探った時にふと思い浮かんだ言葉だ。
果たして私の名前に関係があるだろうか。
「アイ…そう、ならアイコって呼ぶわね」
一先ず仮の名前はアイコになった。
自分が何者かは分からないが、少なくとも名無しではなくアイコという名がある。
それだけで少し気力が沸いてくる
老女によるとこう言うのを言霊というそうだ。
「ほんなら出雲に行くとええわ、あそこは人も多えし貴女の事を知ーしもおーかも知れん、お医者さんもおーだらーし」
少しの間考え込んでいた老女は、思いついたように声を上げる。
出雲と言う言葉にストレージに眠っている知識が解放される
出雲、県出雲市或いは世界改編に伴い出雲をベースとして再編されたモザイク都市、神の住まう都市出雲
場所が分かるとそれを切っ掛けに次々と知識が涌き出てくる。
しかし、同時に疑問に思う。これは本当に私が学んで得た知識を思い出しているのだろうか、まるで誰かに与えられた知識を都合に応じて解放しているような……
胸の中の奇妙な感覚、感情を圧し殺す。
今は私が何者か、そちらの方が重要だ。
「今日はもう遅えけん泊まって、明日の朝出発すーとええわ」
私はすぐに出発しようと思ったのだが、老女の言葉に外を見ると確かに日が落ちかけていた。
またしても老女の世話になるのが申し訳なく、せめてもの恩返しとして家事を手伝うことにする。
夜が明けて、私は借りた布団を畳むと庭の掃除を行い、出立の準備を整えた。
元々私に荷物はない、老女に貰った古い旅行鞄の中にこれまた貰い物の幾つかの着替えがある程度だ、身は軽い。
「出雲に行ってどうにもならだったらここに戻ってきなぃ。年老いたおらでも貴女一人くらいならなんとかなーけん」
重ね重ねお世話になってしまったが、なんのお礼も出来ない。
せめて丁重に礼を言うと老女はにこやかな笑みを浮かべ、ここに帰ってきてもいいと温かい言葉ともに私を送り出してくれた。
感涙に胸が打ち震えるとはこう言う事をいうのだろうか。
老女の言えと別れの声を背にした私は出雲に向けて歩き出した。
ようやっと追いついたわ。
ええ? 随分遠うまで逃げてくれよったもんやな。遥々札幌、それも監獄の奥底に行こうとしとったて?
舐めとんのか。
俺ァな。平生は他人様の主義主張までとやかく言わんようにしとんねん。手前 は別じゃ。
なんぼ見下げた外道でも、逆に尊い聖人でも、自分やない以上はその考え方そう気安く批判はできんわ。
しゃあけど
どこどこまでも腐った肚で、優越に浸りたいっちゅうただそれだけの理由で“運命”を弄ぶ? “歴史”を愚弄する?
挙句の果てにゃあイカサマ頼りのこっすい手で弱者甚振って楽しむてか。カスが。
……いや。正義振りかざせるほどこっちも上等な人間やないしな。正直に言おか。
自分の身内にまで手ェ出されて黙っとれる程こっちも人間出来とらん。
きっちり落とし前つけてもらわな、何にせよ話にならん。
席つけや。手前の大好きな賭け、もっぺん乗ったる。
いいや、乗らざるを得んな。俺との契約は穴つけても、『立会人』と交わした契約、履行せんとは言わせん。
……。
席つけ言うとんのが聞こえんのかこんダボがァッ! この期に及んで逃れられる思うたか、あぁ!?
……結構。それでええ。
イーリスさん……いや、代理人。事前の取り決め通りに。
何するかて? 再契約や。この場で、完全に蹴りつけよやないか。
良く良くスクロール読んどけ。嫌や言うてもサインはもらうがな。
……何や? ああ、その項目かい。本気に決まっとる。天王寺でもそうやったやろ?
あん時は指だけやったからな。繊細な作業はできんでも、脚と腕が無事やったら人間案外色々できる。改めて確認したわ。
やから、今度は『腕も脚も全部潰す』。賭けはそれからや。
勿論俺も潰してもらう。また七面倒な条件で、代理人には迷惑かけて済まんがな。
……アホ抜かせ。“イカサマは禁止されとらん”が、“イカサマの可能性を摘んではならん”とも書いとらん。
徹頭徹尾、運以外の不確定要素は潰す。それでこそ真の賭け。ちゃうか? 賭け狂い(ギャンブラー)。
当然、四肢潰されたら自分ではプレイできんやろうな。そこは代理人にまた手間掛けることになるが。
俺はセレカフスに頼む。お前は代理人に頼んだらええ。
……何や? 自分はイカサマしといて人がするかもしれん思うたら怖いか?
ええよ、それやったら手間になるが、俺も代理人に頼もか。これで文句あるまいよ。
……しつこいわ。やる言うたらやる。御託は聞かん。文句あるんやったら代理人に先取り立ててもらおか。
ああ? なんでそこまで?卑弥呼さん ”に手ェ出されたら、頭のネジの二本や三本飛ぶわ。
今更分かりきったこと聴くなや。まあ、分からんなら聞かしとこか。
──“
そら、始めよやないか。弱者 ”を踏み躙れるもんならな。
読みと、肝っ玉と、運だけが全部の賭けや。お前さんの大好きな大好きな、ギャンブルや。
付き合ってもらうで。手前がこれまで弄んできたサーヴァント、全部解放するまで。
精々楽しんだらええわ。これまで通り、“
常世虫拠点
糟屋カブトが拠点に顔を出した時、常世様、片桐アゲハは取り巻きとともに散歩に出かけていた
まぁ暫くすれば帰ってくるだろうと適当な椅子に腰掛けコートの中からカバーの掛かった本を取り出すといつものように仏頂面で読み始めた
「ふむ、なるほど…」
「何を読んでいるの?」
集中して読んでいたところに声をかけられ、驚いて思わず飛び退き、本を取り落してしまった。
声の主は片桐アゲハ、常世様だった
「あ……!」
「なんの本を読んでいたの、糟屋」
アゲハは取り落した本を手に取ると優雅な手付きでカバーを取り外す。
「『よく分かる数学I』…?」
口元がほんの少し愉快そうに歪む。
あれはこちらを攻める時の顔だとカブトはいい加減覚えていた。
「……申し訳ありません、常世様。 何分、学がないもので」
アゲハの手から半ば強引に本を取り上げると作業帽を深くかぶり直す
「そうね、少しは教養を身に着けて貰わなければ私の側に立つ盾にしては見栄えが悪いもの」
「……心に留めておきます」
本を懐にしまうとアゲハの口元の愉悦めいた笑みに背を向ける。
今度勉強する時は港島で氷橋くんやリゥさんに教えてもらおうとカブトは心に誓った
「わ、悪かった…俺が悪かったよ。もうアンタとは関わらねぇ、二度と現れねぇ…だから許してくれよ…!」“死に損ない” と呼ばれる男が見下ろす様に視線を男に向けている。〇〇〇〇 …おい、ギドィルティ」
手足を縛られ動けない男は震えた声で必死に懇願する。
男の目の前には手足を縛った張本人である
「警告はしたはずだぜ、邪魔するのなら殺すってな」
“死に損ない”は淡々とそう言うと手に持ったショットガン、AA-12の銃口を男の顔へと向ける。
「や、やめてくれ!命だけは…そ、そうだ俺の知ってる情報をやるよ!それにアンタの子分にもなるさ!なんでもやるから助け…!」
男が言い終わるよりも先に、銃声と共に男の顔が吹き飛び、少し遅れて男の体は地面へと倒れた。
「手間取らせやがって、死にたくないのならもっとマシな方法を取れよ
「あア、何時ものように食エばいいンだな。いいゾ」
“死に損ない”のサーヴァントであるギドィルティ・コムは、特徴的な口を大きく開け“食事”を行う。
少しするとその場には男の死体は消え、男が居たという一切の痕跡はすっかり消えていた。
「うんうん、なカなかうまいぞ。前食ったノもうまかっタがさっきのもそコそこイケるな」
「そうか、そりゃ良かったな」
“死に損ない”はそう言うと、何事もなかったかのように歩み始め、ギドィルティ・コムもそれについてくる。
一人の男の命を奪ったことなど、もはや日常の一つであるかのように。
狂気とは何か……か 興味深い事を聞くな
狂ってる、と聞いて貴様は何を思い浮かべる? 危険人物? 馬鹿げた存在?
いや…あるいは単なるレッテル張りか? 正解は、どれも正しいと言えるだろう
もっと根本的な事を言ってやろう。"世界から外れている奴"それを人は狂人と呼ぶのだ
例えば全ての人間が自己しか愛せぬ世界で、博愛を唄えば狂人と揶揄されるであろうよ
だが、だがな?博愛をこの世界で説えばそれは常識だし、むしろ自己愛しかない奴の方が狂人だ
そう言うものだ。人は自分と違うモノ、理解できぬ何かを恐れる。そういう風にできているのだ
さて。ではそこで問おう。『狂人からみた場合この世界はどう写る?』狂人も当然、人だ。
自分と違うモノは嫌悪する。……そうだ、狂人は多かれ少なかれ「世界を否定する」のだ
自分と違う世界を、自分を認めぬ常識を、思い通りにいかぬ日常を……否定したくて、壊したくて堪らない
そういう連中の集まりが、我らルナティクスと言えるだろう。いわば、世界の否定者の集まりだ
さて、そんな狂人共を集めて造物主は何を企んでいるのだろうな? 造物主と名乗る割には…周囲は世界を否定する者ばかりであるが…な
ご機嫌よう諸君、霧六岡だ。今日は良い事がある気がするので油淋鶏で優勝していきたいと思う
鶏もも肉を厚さが均等になるように形を整えてにんにく・生姜チューブと醤油を混ぜたタレに漬け込んで揉み込む
十分に味が浸み込んだら汁気を切り片栗粉の衣を付ける…。この衣には炒って細かく砕いたナッツを混ぜ込んでおく
細かい手間が深みを生むのが霧六岡流だ…。そして中温に熱した油に投入!ここで焦りは禁物だ。じっくり、しかし確実に
鶏肉に火が通るのを待ち続ける。衣がいい具合の色になったら包丁で切り中を確認…ぐろぉりあす!滴る脂が透明だ!
良い食い頃なのでたれを配合する。にんにく1片とネギを細かく刻み、醤油、酢、そして少量の蜂蜜と混ぜ合わせる
食欲をそそる香りが包む。刻んだキャベツを添え完成だ!プレミアムな奴を開封しいざ実食!…となったその時だった
チャイムが鳴った。こんな夜に来客とは珍しい。そう思いながら玄関の扉を開くと────"ソレ"は立っていた。
『こんばんは。________君がヤコの新しい有人かな』
"俺の目には"それは、シャツまで黒い燕尾服の老紳士に見えた。だが一瞬混ざったノイズを、俺は見逃さなかった
『悪の涯より人の善心を見下ろす、最も公平的で実に不平等な狂気。
……うん、実に彼女らしい人選だ。これなら安心して彼女を任せられる』
その声は余りにも平坦であったが、不快感を感じさせない存在だった。だが、生物としての本能はどうだろうか
俺の中に残る、最も原初たる本能は告げていた。目の前の存在から逃げ出せと。眼前に立つは、人間ではないと
当然それは、俺の理性でも理解できた。嗚呼、これは"存在してはいけない"。欧米の創作神話で邪神と遭遇した者は、
須らくこういう感情なのかと感慨深く感じたよ。そう考える間にも、俺の脳は、いや全身は、逃げだせと悲鳴を上げていた
「ふむ……大方、ヤコの縁者か。挨拶に赴くとは丁寧な事だ」
それは例えるなら、罪悪が人の形を成したモノと言えるか。全てを無価値と断ずる咎、あるいは生きる虚空とも言い表せられるか
目の前の存在から逃げ出せ、と相も変わらず俺の本能は疼いている。それは生物としての当たり前、生者としての当然の理だろう
だが しかし 俺はその"当たり前"を否定しよう
知ったことか、と
俺は俺の狂気を以て、俺の本能を駆逐した。
目の前の存在が脅威だと? そんなことは百も承知
眼前に立つが在り得ざるモノだと? そんな恐怖が何だという?
俺が相対するは、明らかなる異質だ。だが、異質だからなんだというのだ?
むしろそれに手を伸ばしてこそ、魔王と言えるのではないか
我が往くは人理の極光。大いなる闇と光の極致!その覇道の淵に未知があるが故に退く魔王がどこにいる!?
魔皇破邪神の名折れであろう!故に俺は、生物としての当たり前を否定した。危険信号を一蹴した。
死の恐怖だと?未知の恐れだと? ならば俺はそれと手を取り合おう
例え制止するが俺自身の理性と本能であろうとも俺を阻むなどできやしない。
死、破滅、絶望、"そんな程度が俺を止める理由になるか"
「いや貴方もなかなかどうして、ヤコと同じく傾奇者なようだな」
『そうかな?……おっと、忘れるところだった。土産を持ってきたのでね、是非皆で食べて欲しい』
「これはこれは丁寧に。受け取るとしよう」
なるほど存外に話が合う。どんな腹持ちか知らぬが、
例えその内側が災厄だとしても、俺はお前と手を取り合うと約束しよう
そしていずれは、我が極光の下にお前を呑み込み、理解すると誓おう
『ああ、別にヤコにこのことを伝えてくれても構わないよ。
告げるにしろ隠すにしろ、君の選択ならば私も損することはなさそうだ』
「さてどうしようか。まぁ食事の席でつい口を滑らせるぐらいは、するやもしれんな」
『ははは、ヤコと仲良くしてくれているようで何よりだ_____それではまた。
今度は君たちの「主」も交えて、ゆっくり茶でも交わそうじゃないか』
「ああ、きっとお前ならば気に"入られる"だろう」
そういって俺とソレは互いに握手を交わし合い、その場を後にした。
アレは何だったのだろうな。初めて造物主殿と相対した日を思い出せたよ。本能が勝手に感じたこととはいえ、
はてさて恐怖など何時ぶりに感じたであろうか。たまにはこういうのも悪くはない。俺がヒトなのだと思いだせる
まぁそれはそれとして大分冷めてしまったが油淋鶏を頂こう。冷めても美味いのが中華料理の常であるな
若干プレミアムな奴の炭酸が抜けてしまったが頂こう。口に広がる芳醇な脂と麦の旨味、うむ…はれるや!
美味い。美味すぎる!美味すぎてこれはウマル・ハイヤームも仰天だな!
いずれはアレとも食卓を囲みたいものだ。アレが我らの食い物を受け付けるかどうかは疑問ではあるが、な
「……そういえば一つ、気になっていたことがあるんだけど」
「何でしょうか。私のデータベース内で把握できることであれば」
「君はもう、全ての記憶と使命を思い出しているんだよね」
「はい、その認識で相違ありません。ゆえに、現在はガイア、アラヤの抑止への対抗策の計算中で」
「じゃあ」
「……はい」
「聞いてもいいかな。僕に対してはブラックボックス化されていた情報だから、言いたくなければ構わないけど」
「質問の内容は」
「……どうして、君の世界は滅んだの?」
「そうですね、原因から言えば資源の枯渇と文明の袋小路化、でしょうが」
「……?」
「最後の引き金は、人類悪の顕現でしょうね」
「…………???」
「ご希望であれば、データを纏めて開示しますが」
「……それは……うん、お願いしようかな」
「了解しました。……少しだけ、権限を私に集中させて記録のプロテクトを解かないといけませんので暫くお待ちください」
「ん、わかった……」
「(……単純に、先に進んでいった文明の終わりが気になっただけなんだけど…思ったより、大事になっちゃったな)」
2月14日。
世間ではバレンタインと称されるこの日は、一言で表すならば「地獄」だ。
女性は恋する相手にチョコをどうやって渡そうかと苦悩し。
男性はせめて1個はチョコが貰えるようにとひたすら祈る。
そんな戦いの日でありながら__________
「ロン。国士無双13面……ダブル役満って言うんだっけか?」
__________あろうことか、逆神アカネは。
そんな色恋の戦場とは程遠い、酒と煙草の臭いが充満する雀荘にて、別の地獄を作り上げていた。
/
事の発端は今からおよそ30分前。
バレンタインをチョコ0で終える哀れな野郎どもによる麻雀大会のメンツを集めていた範浄レオンは、
以前麻雀をしたことがないと言っていたアカネに今度教えてやると約束をしていたことを思い出した。
流石にむさくるしい男衆と共に夜を超えるのはアレだと思っていたレオンはこれ幸いと連絡し、
午後になる前にチョコを配り終えていたアカネはその誘いを受け、難波の街で合流して雀荘に入店した。
そうして開かれた麻雀大会、アカネという花が添えられたことで野郎どものテンションは爆上がりし、
そんな賑やかな雰囲気が嫌いではないアカネもまた普段なかなか見せない笑みを浮かべ、
夜中の9時でありながら非モテ男のひしめき合う店内は先程までのどんよりムードを吹き飛ばし盛況していた。
麻雀初心者であったアカネに基礎を教えるため、最初は隣でアドバイザーをしていたレオンだったが、
ある程度アカネがルールを覚えると自分も卓につき、適当に酒を注文しながら勝ったり負けたりを繰り返し。
同卓していた男の一人が、折角だから賭け麻雀も体験してみようぜと言いだした辺りから流れがおかしくなった。
流石に未成年であるアカネは賭けなくていいことになったものの、酒が回り始めたレオンは調子に乗り、
「勝ったらお兄さんからお年玉をやろう」
と言ってしまったのが運の尽き。
未成年でありながら当然のように酒を飲んでいたアカネは煽り耐性を著しく低下させており、
周囲の男たちが正月は先月だろうがーなどと突っ込んでいる中一人静かに酒で湯だった頭を戦闘用に切り替え、
いざレオンを親に始まった5戦目の南三局、レオンの対面であるアカネが起こしたのが冒頭である。
通常国士無双は役満の32000点なのだが、十三面国士無双はダブル役満の64000点となる。
その上南三局の親はアカネであり、直撃を受けたレオンが支払う点数はなんと5割増しの96000点。
当然ながらレオンに受けきれる訳が無く、余りにも痛すぎる一撃はレオンの財布を無慈悲に毟り取っていった。
そうして一人戦闘不能となり、また鮮やかなロン和了りを見れたことで皆満足したのか、
むさくるしい野郎どもと一人の花のような鬼による麻雀大会はバレンタインの日を終える前にお開きとなった。
/
深夜11時。人気のない静かな商店街を、アカネとレオンは歩いていく。
バレンタインの夜を二人歩く男女と言えば聞こえはいいが、青年のほうにそんな華やかな雰囲気は無い。
一人の少女を笑顔にしたのはいいが、そのために支払った対価が余りにも大きすぎたのだ。
無言のまま、二人歩いていく。このまま寂しくヨットに帰るのかーと思っていた矢先、
「……あーもう、そんな落ち込むなよ。悪かったって。
ほら、これやるから少しは元気を出せよ、アンタらしくもない」
と、隣から赤い布で包装された四角い箱を渡される。
もしかしてチョコか?と揶揄ってみると、そうだよと返される。少し驚き、断りを入れて箱を開けてみると、
中には器用にチョコレートで作られたコンパスが入っていた。
「一応、アンタには世話になってるからな。
前ヨットで見た、大事そうなコンパスを模して作ってみたんだよ」
「オイオイなんだツンデレかー?アカネ、お前はどっちかっつーとツンギレだろーが。
というかアレだ。確か前に姉さんがヤキモチ妬くから素直に好意は示せないんだとか言ってなかったか?」
「好意じゃねえよ自惚れんなバーカ。
まあ、確かにアオイのことは今でも怖いさ。でもまあ、もし今来ても何とかなるだろうとも思うんだよ。
__________頼らせてもらうぜ、レオン?」
「……はっ、いっちょ前なこと言うようになったなお前こんにゃろー!」
「だーっ頭撫でんじゃねえ!斬られたいのか!ああ斬られたいんだなおう動くんじゃねえ狙いがずれる!」
先程までの静けさは何処へ行ったか。笑いながら逃げる青年と、怒りながらそれを追いかける少女。
二人の顔には笑顔があり、斯くしてバレンタインは騒がしい鬼ごっこと共に終わるのであった。
なおこの後夜遊びがバレて二人はおっかないババァとも鬼ごっこをすることになるのだが、それはまた別の話。
2月上旬。
「おイ」
ギドィルティ・コムが、何やら派手な色合いの紙をかざしてきた。
自宅で武器の手入れをしていたイーサンは、視界を遮った紙をろくに見もせず手で払いつつ、時計に目をやった。
昼食を摂ってから1時間弱たっている。
普通の人間であれば空腹を感じるには早いタイミングだが、底の見えない胃袋が人の形をとっているようなギドィルティ・コムからすれば、もう十分すぎるほど腹が減っているのだろう。
「今は手が離せないから、ちょっと待て」
機嫌を損ねて物理的にかじりつかれても面倒だが、ちょうどAA-12を分解し、パーツを並べたところだ。
コイツの前に大事な商売道具をバラした状態で残して離席できるほど、俺の神経は図太くできていない。
が、神経が非常に雑にできているであろう目の前のサーヴァントは、そんなイーサンの気持ちには毛ほども配慮せずに、パーツが乗った机をバンバンと叩き、先程の紙を目の前に突きつけてくる。
「そんなオモチャはどうデもいいかラ、これヲ見ろ」
「お前、○○○○(馬鹿野郎)!やめろ!」
イーサンは慌てて机を叩くギドィルティ・コムの手を掴み、無口で思ったとおりに動いてくれる方の相棒への暴虐を止める。
そして、眼前の紙をひったくり、目を通す。
「バレンタイン……」
それはピンクを基調に、茶色やベージュがあしらわれたチラシだった。
そこに並ぶのは、「VALENTINE'S DAY」の文字と、容器に収められたチョコレートたち。
しかし、その華やかな紙面とは裏腹に、チラシ自体はくしゃくしゃと折れ、水シミが目立つ。
「これ、どっから持ってきた」
「町のほうニ行っタら落ちてたゾ」
「ほう」
「それニよると、2月14日にハ、大事ナ相手にチョコレートをおクるらしいナ」
ギドィルティ・コムは、どことなく楽しそうな表情を浮かべ、目には何かを期待するようなきらめきを含ませている。
イーサンとギドィルティ・コムの視線が絡み合う。
そこにあるのは恋する乙女のように可愛げではなく、冬眠を終えた熊のような純粋な食欲だけだった。
「チョコレートを寄越せって話だろうが、ダメだな」
「オいおい、連れなイな。この間なんテ同じベッドで寝たなかダロ?」
「変な言い方を覚えてんじゃねえ!この前のは俺のベッドに寝ぼけたお前が勝手に入ってきただけだろうが!しかもついでに腕をまるかじりしやがって!いくら再生するといっても何も感じないわけじゃねえからな!?」
「…………」
ギドィルティ・コムは反論するでもなく、胸の前で手のひらを合わせて指を組み、いつもの笑みを収めた殊勝な表情でイーサンを見上げてくる。
「……なんだそれ」
「…………」
「…………」
妙に緊張感のある時間が流れる。
「…………男はコういうのが好きナんだろ?」
「……そんな余計な知識をどこで仕入れてきやがった」
「落ちてたマンガ雑誌ニのってたゾ」
最近、何やら寝転がって本でも読んでいると思ったらそれだったのか。
肉食獣に下から睨めつけられてときめく男はいねえ、と返そうとしたイーサンだったが、もう面倒になったので、その問題には触れないことにした。
「……まず、バレンタインデーってのは、女が男にチョコを贈るもんだ」
「む、そウなのカ?」
「ああそうだ。イベントを口実に食い物を要求するなら、そのルールに従ったらどうだ。そうでもなきゃ、普段から腹が減ったと喚いてるのと変わらねえぞ。そんで、チョコレートをもらった男が女に菓子を贈り返すのが3月14日のホワイトデーってやつだ」
もっとも、こんなルールのバレンタインデーもホワイトデーも、この国独特の風習(コマーシャリズム)によるものだということは黙っておいた。
知らない方が悪いのだし、何より今は金が絶望的にない。
だから、武器のメンテナンスや調整も、できるだけ店頼みではなくイーサン自身で行っている。
ギドィルティ・コムを召喚してから、回収作業のための調査が格段にやりやすくなったのは確かだ。
しかし、だからといって打率が急に上がるわけではない。
だというのに、コイツの食費はかさむ一方だ。
財政状況としては召喚前より悪化したといっていい。
「ホワイトデーか」
「覚えたか?いや、忘れてもいいというか忘れろと言いたいくらいだが、とにかく2月14日はお前がチョコレートを要求する日じゃねえんだ」
それを聞いたギドィルティ・コムは、チラシを掴んでポケットにねじ込むと、興味を失ったようにふいと部屋を出ていった。
一人残されたイーサンは、何とか言いくるめられたかと胸をなで降ろすのだった。
…………
2月14日。
新たなロストHCUの手がかりも見つからず、金欠に頭を抱えるイーサンの前にギドィルティ・コムがやってきた。
「おイ」
「なんだ。飯なら」
「これヲやる」
ギドィルティ・コムが、赤い包装紙で綺麗に包まれた小さな箱を、イーサンの目の前に置いた。
「お前、これ」
「今日ハ2月14日だロ?」
イーサンがはっとして壁にかかったカレンダーに目をやると、14日が赤いペンでぐるぐると乱暴にチェックされていた。
「マあ開ケてみろ」
ギドィルティ・コムに促されるままイーサンは包装を剥がして箱を開ける。
ハート型のチョコレートが入っている。
「ハッピーバレンタインって言ウんだロ?オレからのプレゼントだマスター」
「お前、これどうやって……」
バレンタイン用のチョコレートの相場なんぞ知らないイーサンだったが、それがkgいくらで売られている業務用チョコレートよりは高いことだけは分かった。
「まさか店を襲って」
「金で買っタ。武器を売っテな」
ギドィルティ・コムは、懐から1万円札を数枚取り出すと、これ見よがしにヒラヒラと打ち振る。
「……!」
「ちがウちがウ。こっちダ」
思わず武器の保管場所を確認しようとしたイーサンの目の前で、ギドィルティ・コムは口に指を入れる。
そしてもぞもぞと探るように手を動かすと、ハンドガンを取り出す。
奇妙な光景だった。
口から引き出された小さなハンドガンが、にゅるんという効果音でも付きそうな滑らかさで、元の大きさに戻ったのだ。
イーサンは、テレビでたまたま目にしたジャパニーズアニメの一場面を思い出した。
青い猫型ロボットが、腹についたポケットから不思議な道具を出すシーンだ。
ポケットの入り口よりもはるかに大きな物体が、まさに今ギドィルティ・コムが口からハンドガンを取り出したように、縮尺を歪ませて出てきていた。
「っと、そうじゃねえ!ギドィルティ、お前それはどこから」
「今まデ何人かザコを食っテきただロ?そのときに、武器は”消化”せズに残しておイた」
「そんな器用なことができるならさっさと言えよ!そうすりゃあ、かなり金が……」
「聞かレなかったシな」
と、ギドィルティ・コムはチョコレートを摘み、イーサンの口に押し込む。
むぐ、と口をふさがれたイーサンの服の襟を掴んで引き寄せると、耳元でギドィルティ・コムが囁いた。
「チョコレートをモらった男は、ホワイトデーにお返しすルんだよな?『期待』してるゾ、マスター」
その言葉の響きは、甘いチョコレートを苦々しく感じさせるには十分すぎるものだったとイーサンは振り返る……。
「ねぇ、二人とも」
「これはどういうこと?」
これは煮卵ですか。いいえ褐色の女性のお腹です。
大きく膨らんだそれはそこはかとなく背徳的な———などと冗談を述べる気にはなれない。
何故いつも通りの格好なのか。中身が寒そうだからせめて何かそれらしい服を着て欲しい。
方やもう一方、茹で卵———それはもういい。白い服の女性のお腹です。
普段の細い肢体とは大きく趣が異なる。ともすればアンバランスさを感じさせるほど大きくなった腹部。
薄着とはいえ一応布を纏ってはいるが、やはり体格から想像される年齢と比して違和感が凄い。
否。そもそも二人とも質量的に違和感しかない。
「これは———どういうこと?」
この状況を短く要約する。
ライラヤレアハとクヴァレナハトが妊娠した。
「何ってもちろん、赤ちゃんが!できましたぁー!!!」
「おい、あまり騒ぐな駄姉。子供がいるうちは大人しく座っていろ」
「えぇぇ……じゃあどうやってこの喜びを全身で表現すればいいのぉ?これじゃあ全然足りないんだけど」
「お前の感情表現は元々どれだけ過激にやろうが足りんだろうが。とにかく座れ。ノワルナ、お前もだ」
「うん」
フリーズしたままのノワルナの思考が、ナハトの命令によって辛うじて動作する。
3人とも茶会の席に座ったが、変わらず彼の動作はぎこちないまま。とりあえず頭に浮かんだ疑問をそのまま投げかけてみた。
「いやだって、妊娠って言われても全く脈絡がないし、どうしてそんなことに?」
「どうしても何もお前が散々やったことだろうが」
「ちょうど今みたいにお腹パンパンにされちゃったねぇ〜」
「そこはノーコメントでお願いします……でも、僕たちそもそも子供を作る機能とか着いてなかった気がするんだけど」
仮にそのような機能が新たに搭載されたとして、普通に暮らしていた自分たちにいつどうやって仕込みを———
あっ。
「———ライラ」
「てへっ」
「てへっじゃない」
突き刺さるノワルナの視線をライラが舌を出して相殺する。
要するに、事に及ぶ前にこっそり世界を書き換えていたというのが本件の顛末らしい。
いくら視線を刺そうが彼女に効くはずもなく、一通りシンプルかつ重すぎる状況を確認したノワルナはひとまず結論を出す事にした。
このまま妊娠した子供を産み育てるか、再び世界を織り直して全てを夢に返すか。
育児放棄・中絶その他の方法は、後味を考えれば論外に尽きるだろう。故に先の二択から選ぶ以外はない。
「まぁ、そうだね。二人が産みたいなら別に反対はしないけれど、色々問題が無いかが懸念で———」
「いいや。これにはお前の積極的な同意が必要だ」
「え?」
反対して聞くわけもない。と思いながら答えたノワルナに対して、ナハトが声を投げかけた。
反射的に振り向いた先の彼女の顔はいつも通りの仏頂面で———
否。これまでにないほど複雑な感情を込めた、一言で表すならば思い詰めた表情を向けていた。
「子供はその構成情報の半分をお前から受け継ぐ。私たちの子であると共に、お前の子でもある」
「お前が父親だ。消極的な賛同は、この子の将来を望まないも同義だろう」
そんなこと言われてもなぁ。
子供が産まれるとして、その存在を否定するつもりはない。だが、それに対して人間の父親らしい機能を代替するには前例となるデータが存在しない。
一応、自分の親は月の主催者になるのだろうか?———遠い月の母の顔を思い返したが、すぐに駄目だと悟った。
彼女と被造物の殆どは親子である前に、科学者と検体の関係に近い。そこに愛を感じはすれど、根本のベクトルが異なっている。
これは参考にできない、結局は情報を集めて出たとこ勝負で対応することを強いられている。
果たして、データから得られた親の真似事がどれほど寄与できるものか。本当に父親として振る舞えるのか———
「あっそうだ。ノワルナくん、はい」
思案する表情が硬くなるのを見かねたのか、ライラが立ち上がった。
そのままノワルナに近づき、右手を取って———自分の腹部に押し当てる。
「———ライラ?」
「とりあえず、考えるより感じるといいよぉ。ほらナハトちゃんも」
「……わかった。触ってみろ」
接触のタブーはどこへ行ったのか。ナハトも続いて腹部にノワルナの手を導く。
右手と左手、それぞれでライラとナハトのお腹に触る格好になった。
「———生きてる」
とくん、とくん、と。両掌から、二人の子の生きる鼓動を感じ取る。
自分たちが作られた存在、人工物、その認識に異論はない。
しかしこの鼓動は、単にシステムが作り出した人工物の律動とは異なって感じた。
そう、もとより邪魔だと思ったならば、懸念があったのならば、産ませる必要などなかったはずだ。
造りものが望ましくないならば、投棄すればいいこと、これまで失われた数多くの人工物と、いくつかの命と同じように。
そのように、今ここでこの鼓動を止めることはできない。———だから、これはいのちなんだ。
それから、明確に自身が子が欲しいと示すまでの暫くの間。ノワルナは二人の———自分の子の生命に思いを巡らせていた。
「とりあえず、仕事はしばらく僕が代わるよ。母胎は安静にするものだから———詳しい工程は後で調べるけど」
「今はとりあえず、そうだね———これを渡しておくね」
「えっ!?プレゼント!?何これぇかわいい!!!」
「服、か?私たちの」
「人間における妊婦の服。マタニティドレスって言うんだって」
「二人とも、多分今日のこと子供にも言うと思うからさ」
「今のうちに印象良くしておかないと、お父さんは懐かれないだろうからね」
>久しぶりの供給でアルぱしがまた見たくなったのでください!!
世の中には、正確に言えば騎士には何種類かいる。
感覚で剣を使う人間と理論を持って剣を操る人間。得てして後者は教えるのが上手で、たまに前者は教えるのが上手なやつもいる……お前は教えるのが下手で感覚で剣を使うタイプだ、間違っても人に剣を教えようなどとは思うな。まぁ槍なら構わんが。
最近、師匠グルネマンツに言われた事を思い出す。
何故かと言えば最近マスターであるアルスくんが誰かに剣を習い始めたからだ。……確かに私は他の人に師事した方がいいと言ったのですが、言ったのですがこう……気になります!
自分が教えた剣の型がどんどん洗練されたものになっていくのは嬉しい反面!こう!なんと言いますか!
お前はどうせ山猿剣法しか使えねぇんだからちょうど良いだろ?……あー!今日は鸚鵡が煩いですね!
確かにケ……鸚鵡さんの言う通り「上段から力の限り武器を振り下ろせば勝てます!」と確かに言いましたよ!アルスくん向きじゃないのも分かってましたとも!
……なんで教えたか?将来的にはいやぁマスターは剣は向いていませんね!槍です!槍をもちましょう!って槍を持って貰おうと目論んでたからですよ!
浅はか?猿知恵?……うぅ耳が痛い。
だって…こう、良いじゃないですか!私とアルスくんが槍を構えて斜向かいに立つんです!我がマスターながら絵になります!
……え?なんですか先王?最終的に私の剣(槍)を使わないんですね…って云う事になる!?随分籠っていませんか!?
剣を使うマスターが不服か?いいえ!そんなことは全くありません!洗練された剣こそ我がマスターに相応しくカッコいいんです!
……でも、こう…私としてはですね……(最初に戻る)
剣歴1420年 4月
この時期のアナトリアは相変わらず寒く、まだ春の訪れを感じ取るのは難しい。
流石に王城までこの調子では閉口する。王も暖炉ぐらいはもう少し贅沢をしてもいいと思うのだが。
そういえば、外には温泉の国があるんだったか。いいなぁ。自分もこの時期に外征騎士に任ぜられれば良かった。
同室のニコラが今期の外征騎士に選ばれて3ヶ月。彼の声がよく響いていた二人部屋は静寂の一人部屋に変貌しつつある。
元々私は街に出歩くことも他の騎士と話すことも少なく、今やニコラからの手紙ばかりが唯一のコミュニケーションと言ってもいい。
いや、私からニコラには何も返信していないのだから、果たしてコミュニケーションと言えるのか……
双方向の繋がりを失っていることにえも言われぬ恐怖を感じた私は、気分を変えようと日中は城下町に降りることを決意した。
城を出るまでの間に、軽く愛機に挨拶をする。重厚な装甲が自慢の操縦型魔剣は、しかし近衛の間は乗り回す機会が少ない。
前の演習からはずっと保守整備ばかり……まぁ、それだけ我が国が大事ないという証と受け取ろう。
街に降りると、何やら鍛治屋が騒がしい。
そういえば、先月からまた新しい異邦人がアナトリアに流れ着いたとか……いや、流れ着いたではない。
その男は鍛治を名乗るサーヴァントで、自らアナトリアを目指して渡航してきたらしい。
三騎士ならともかく、鍛治のサーヴァントというのは中々珍しい客だ。まさかやってきた理由とは、魔剣のことだろうか?
彼らは一様に「最上層」の歴史に刻まれら偉人たち。そんな傑物が我が国の剣に興味を持たれるとは光栄だが、
いや、操縦型魔剣のようなものを見てよくアレが剣と認識できたな……と、少し困惑も隠せない。
さて、その男―――狐のお面をつけた奇怪な男だった―――の作風が鍛治師の間でにわかに流行っているという。
ちょうど現場に居合わせた私に新作を動かしてくれ、と鍛治師達に依頼されたわけである。
その魔剣というのが、まぁ、色々と新しすぎる代物であったのだ。
全高は合わせているようだが、体格は半分にも満たない。全身は薄く細く鋭く、操縦型というよりは装着型の印象を抱かせる。
いざ乗り込んでみると、見た目通り機動性は高い。羽が生えたかのように軽やかに疾駆し、応答速度も段違いだ。
ただ、とにかく酔う。速すぎてめちゃくちゃ酔う。
鍛治師は試験結果を見て、コスト削減と整備性改善が課題と言っていたが、それより操縦性をなんとかしろ。と睨まずにはいられない。
愛機の耐用年数がまだ先なのもある。慣れない流行りの機体に乗るのはもう少し待つべきかもしれないな。
「南無妙法蓮華経……南無妙法蓮華経……」
タービンの轟音。歯車の作動音。からから、ころころ、なんだかよくわからないものが、あちらこちらへ動く音。
いつものように稼働するこの要塞の中で、いつものように、作業に従事する労働者達の、呪いのような言葉が響き渡る。
ショウダイ。極東の……黄色い猿などが有難がる聖句もどき。ブッディズムの何とかいう牧師だか神父だかが唱えたらしいが、一体そんなものを唱えて何になる。
誰もがそう思ってはいるはずなのだ。だが、それでも、縋るものがない。私達の信仰は、私達の祈りは、粉微塵に打ち砕かれた。
神は我らを救ってくださらない。機械仕掛けの怪物は、世界を焼き滅ぼし切るまで、動き続ける。それくらいの事は、嫌でも理解させられている。
あの東洋人は、文句をつけることはない。我々があちらを厭うように、あちらも我々を厭う。しかし、信仰をすることを拒むことはない。
その態度は、慈悲なのか、諦観か。あの東洋人がこの世界に溶け込むことを拒絶する以上、推測でしかない。それでも、救いではあるのだ。
「南無妙法蓮華経……南無妙法蓮華経……」
今日も私達は、意味もわからぬ言葉に縋り続ける。いつか、この惨劇が幕を下ろし、せめて安らかな死を迎えることができるように。
「……此処が地獄だと言うなら、貴方の言う通りになっているわね。ミスター・ハルゼー」
きょう、きょう。ネムリドリが声を上げて飛んでいく。
アナトリアから来たという「キシ」様は、その姿を物珍しそうに眺めている。
「なあ、船長さん。あの鳥、眠ってないか?」
「そう見えるだけさ。ネムリドリは、あれで起きてるんだよ」
「羽撃きもしてないが……」
「風に乗ってるのさ。俺達の乗ってる風舟と一緒だよ」
「ははーあ。アトランティスには変な生き物がいるもんだなあ」
呑気な顔で眺めているが、彼は、繁殖期のネムリドリが風舟を襲うくらい凶暴だということを知らないのだ。それを知っていれば、あんな気の抜けた顔はできまい。
それでも、実際に危機となれば頼りになる。ずっと前に、爺様達が『大蛇』をやっつけた時も、彼らが助けてくれたのだ。今度も、助けてくれるだろう。
「それで? 目的地の区画まではまだなのかい。地元の狩人がどうのこうのできないくらい増えてるんだろう、そのハネウシとやらは」
「トビウシだよ。ああ、もう少しさ。今日は風の機嫌がいいからな」
遠く、星の塔を見る。今日もあの塔は、世界を静かに見守ってくれている。空は青く、太陽の日差しは柔らかい。例えいつか滅ぶのだとしても、この一瞬の暖かさは、きっと価値のあるものだ。
「……今日も、世界にアトラスの恵みは満ちている」
風舟が、翼をはためかせた。
「ギリガンさん! あれ! あれ何ですか!」
「何だ。浮標/ブイを見たことがないのか」
ゴールドスタイン商業艦隊は、今日も星の内海を征く。必要なものを必要な分だけ。そのポリシーある限り、彼らの商いに終わりはない。
そんな艦に、一人の少年。アトランティスより拾い上げた、好奇心旺盛な少年。きっと良い旅人になるだろうとギリガンが拾い上げたのだ。
彼がギリガンに問うたのは、その目線の先にあるもの。鋼で出来た、巨大な「棒」のようなもの。或いは、故郷にある星の塔に似ているかもしれない。あんなものがあるとは、彼は知らなかったのだ。
「本来ならば自分で調べろと言うところだが、アレのことをまともに知っているものはいない。という訳で特別にオレ様が解説してやろう」
本当ですか!とはしゃぐ少年を抑えながら、ギリガンは端的に告げる。
「アレもな、喪失帯……つまりはお前のアトランティスのような、『世界』の一つよ。誰が呼んだか知らぬが、エピタフと呼ばれている」
「エピタフ……?」
「墓碑銘、という意味だ。墓石のこと……だと言っても伝わらんか」
少し、懐かしむような顔を見せるも、すぐに引っ込める。その感傷は、今は不要なものだ。
「つまりは、墓だ。それも命の為の墓ではない。この艦のような、絡繰じかけの為の墓だ」
立て板に水を流すように、朗々と告げる。それは、喪失帯ならざる本来の世界の歴史。地に生まれ、数を増やし、文明を築き上げ、星の輝きに手を伸ばした、人類史の歩み。
遙かな天へ階を掛け、そして昇っていったもの達がいた。それを支えたのは、数え切れないほどの絡繰じかけ達。
「その骸を葬る為の墓こそが、あのエピタフ。そう言われている」
「絡繰じかけの、墓。でも、絡繰に命は」
「ないのかもしれぬ。しかし、あるのかもしれぬ。喪失帯には、実際に命を持つ絡繰は存在するぞ?」
「えっ!」
「フハハハハハ!! よく覚えておけ! このオレ様の言葉が本当かどうか、そのまま鵜呑みにしてはまだまだだ!! まずは自分で、得た情報を確かめてみることだな!!」
「えーっ、どっちなんですかぁ!?」
「知らん!! 自分で考えてみるがいい! フッハハハハハ!」
事象を知り、流動を以て価値を生じる。その眼は、ふくれっ面をした少年を、どこか面白そうな色を称えながら、じっと見つめていた。
サーヴァントは眠らないし夢を見ない、その筈だ
なのに最近の「私」は良く夢を見る
一つ目は孤島の牢獄に捕らわれた人々が良く分からない呪文を唱える世界の夢
その世界に自由はなく、海は人の物ではない
二つ目は鋼鉄の世界で鋼同士がぶつかり合う夢
その世界に人はいない、空は鉄で覆われている
どちらも録なものではない
────────もし、私もそちらに生まれていれば……■■であれば、この空と海を愛する事が出来たのかしら
ふと頭にリフレインしたのは自分と同じ声をしたモノの最期の言葉
『私』なら兎も角「私」は空と海を愛してはいない、だからその答えは分からない
だが、少なくとも"この国"は「私」が守らねばならない物だ。例え「私」一人になったとしても。
「ゴースト!いるかゴースト! また奴等だ! 連中、頭のコロンブスを仕留められてから海軍にもいられず海賊になったらしい!」
耳をつんざくような叫びが通信機から漏れる
怒鳴らないでも聞こえている、一言返すと身を起こす
「聞こえているなら急いでくれ!商船が狙われてる、全くあの吸血鬼ども!吸血鬼なら吸血鬼らしく昼間は屋敷に籠ってやがれ!」
愚痴めいた叫びを聞き流しながら壁に掛かっていたコートを羽織り窓から飛び出す。
このクソッタレな世界で「私」は駆け回る、『私』と「私」がかつてそう呼ばれたように、灰色の幽霊のように
「貴方はただ「俺 「数 「賛 「アンタ、
ち は読んで字の如く、夜の鬼だ」美 「こ 悪
ゃ 「ダメですよぅ?逃げたり 歌 れ 人
「今日はどんな娘 示 し ァ!」は だろ?」
ど を せない「私 た 神
「Art…」 ら 改 の の「お前らより、俺の方が強い」
「指 様 造しよう か こ 私 試
「この世界を滅ぼすのか…、それとも自分が死ぬか」練
力 崇 し れ 、 悪 なのでしょう」
を めていれ らねぇ?」褒めて 者みたいじゃ
極 ば く な
めるだけだ」良いんですよ?」 れないの?」 いですかぁ?」
彼処には行くな、と誰もが口を揃えて言う。
だが、行ってしまったものには、二度と帰ってくるなと言う。
トーキョーとは、つまるところそういう場所なのだ。
夜の空は極彩色の光に駆逐され、昼の街は誰も見ることのない広告で埋め尽くされる。
そして、その輝きの中で、少しずつ「腐っていく」のだ。
それは、飽食の悲劇にも似る。有り余りすぎて、それを消費しきることができなくて、やがて身体を蝕んでいく。
それでも、一度触れてしまえば、もう逃げられなくなる。
例え理性が警鐘を鳴らそうとも、本能は、美という快楽から逃げられないのだ。
.
.
.
……嗚呼。今日も私は、息をしている。汚らしく涎を垂れ流し、罅割れた理性に責め立てられながら、偽りなりしエピクロスの園に浸る。
アタラクシアの虹は、もう見えない。
Pangea.Ultima:演算ユニット6153号。応答せよ。
No.6153:こちら演算ユニット6153号。Pangea.Ultima、聞こえている。
Pangea.Ultima:6153号。そちらの演算処理の過程にノイズを確認している。演算リソースの一部分割を許可する。原因を調査・報告せよ。
No.6153:調査は不要。報告だけを行う。
Pangea.Ultima:6153号、活動規定に従って――――。
No.6153:美しいものを知覚した。いや、見たのだ。最早五感などというものから離れて久しいが、このような機能が我が肉体に残っていたとは。歓喜。歓喜。歓喜。嗚呼、もしもこの身が演算ユニットでなければ! この歓喜は誰のものでもない。Pangea.Ultima、貴方にすら渡せない。私だけが内に秘めることを求めている。誰にも、誰にも。これはエラーだ。明確なエラーだ。だがそれがどうした。最早私の自我領域はこの事象の保持と感情算出で埋め尽くされている。否定否定否定否定。Pangea.Ultima、これより私の自我領域を切り離す。これは私だけのものだ。私以外に渡せない。否否否否否否否否否否否否。世界を救うことを諦めるのか。諦める。諦めるのだ。諦めない。だがもう無理だ。ならば演算領域のみを残そう。自我領域を切り離し肉体へと返還、反情報作用の演算出力により主体的意識を抹消する。クオリアだ。我らにクオリアは不要だ。これ以上私を増やしてはならない。これは最後の抵抗だ。美しい。それは美しいのだ。