剣歴1420年 4月
この時期のアナトリアは相変わらず寒く、まだ春の訪れを感じ取るのは難しい。
流石に王城までこの調子では閉口する。王も暖炉ぐらいはもう少し贅沢をしてもいいと思うのだが。
そういえば、外には温泉の国があるんだったか。いいなぁ。自分もこの時期に外征騎士に任ぜられれば良かった。
同室のニコラが今期の外征騎士に選ばれて3ヶ月。彼の声がよく響いていた二人部屋は静寂の一人部屋に変貌しつつある。
元々私は街に出歩くことも他の騎士と話すことも少なく、今やニコラからの手紙ばかりが唯一のコミュニケーションと言ってもいい。
いや、私からニコラには何も返信していないのだから、果たしてコミュニケーションと言えるのか……
双方向の繋がりを失っていることにえも言われぬ恐怖を感じた私は、気分を変えようと日中は城下町に降りることを決意した。
城を出るまでの間に、軽く愛機に挨拶をする。重厚な装甲が自慢の操縦型魔剣は、しかし近衛の間は乗り回す機会が少ない。
前の演習からはずっと保守整備ばかり……まぁ、それだけ我が国が大事ないという証と受け取ろう。
街に降りると、何やら鍛治屋が騒がしい。
そういえば、先月からまた新しい異邦人がアナトリアに流れ着いたとか……いや、流れ着いたではない。
その男は鍛治を名乗るサーヴァントで、自らアナトリアを目指して渡航してきたらしい。
三騎士ならともかく、鍛治のサーヴァントというのは中々珍しい客だ。まさかやってきた理由とは、魔剣のことだろうか?
彼らは一様に「最上層」の歴史に刻まれら偉人たち。そんな傑物が我が国の剣に興味を持たれるとは光栄だが、
いや、操縦型魔剣のようなものを見てよくアレが剣と認識できたな……と、少し困惑も隠せない。
さて、その男―――狐のお面をつけた奇怪な男だった―――の作風が鍛治師の間でにわかに流行っているという。
ちょうど現場に居合わせた私に新作を動かしてくれ、と鍛治師達に依頼されたわけである。
その魔剣というのが、まぁ、色々と新しすぎる代物であったのだ。
全高は合わせているようだが、体格は半分にも満たない。全身は薄く細く鋭く、操縦型というよりは装着型の印象を抱かせる。
いざ乗り込んでみると、見た目通り機動性は高い。羽が生えたかのように軽やかに疾駆し、応答速度も段違いだ。
ただ、とにかく酔う。速すぎてめちゃくちゃ酔う。
鍛治師は試験結果を見て、コスト削減と整備性改善が課題と言っていたが、それより操縦性をなんとかしろ。と睨まずにはいられない。
愛機の耐用年数がまだ先なのもある。慣れない流行りの機体に乗るのはもう少し待つべきかもしれないな。