………
……
……眠い…。 今何時だ…
スマホを見たら、まだ朝の四時半だった。
多分あと30分は寝れる。 …よし、二度寝しよう……
「昨日政…により発表され……報によると…昨日チェ…軍が
トラ……共和…湾岸………………制圧…た………明ら…に……」
すぐに雑音に驚いて飛び起きた。
…スマホの操作を間違えて、勝手にニュースが流れたらしい。
電波が酷くて内容が全く聞き取れない…
治安維持はうまく行っているのだろうか?
ともかく、これで完全に眠気が飛んでしまった。
特に考えはないが、ベランダに行くことにしよう。
上のベットに寝ている同居人を起こさないように、
気配を全力で消しながら進んでいく。
ベランダは思ったより明るかった。
発電所から送られる電気が少なくなったせいで
照明があまりついていないのもあるだろうが、そんなことは別にどうでもいい。
…朝日が綺麗だ。
写真でも撮っておこうかな。
あ、でもスマホ持ってないか。
どうでもいい雑多な考えを続けてくるにつれて、
徐々に意識がぼーっとしてきた。
ずっと動いていないせいで、手足の感覚も無くなってきた。
そろそろ戻るのが正解かもしれない。
音が全くしていない。
ひょっとしたら、今ここには私一人しかいな…
……そんな哲学的な考えは、ロック・ミュージックとヘリの爆音に粉々に粉砕された。
聞いたこともない曲を大音量で流しながら、(注:The Clash - Rock the Casbah)
エンジン音を町中に響かせて朝焼けの中を2機の軍用ヘリがフライパスしていく。
条件反射で足がのけぞった。…足が痺れていたことも忘れて。
「足がぁぁー」
思わず悲鳴を上げる。…多分同居人は飛び起きた。
そんな一般人の小さな被害も気にせず、
軍用ヘリは我が物顔で市街上空を通過していった。
「…この野郎!」
そう負け惜しみ(?)を言うと彼女は足を引きずりながら、
ベランダからリビングへと足早に戻っていった。
シャリフ・ドント・ライク・イット!
2024年7月23日 AM4:30
チェコクリパニア陸軍第2特殊空挺旅団「プロ・ヴァスト」
トラスト共和国福建省三明市沙県区
「こちらヴィクター1および2より本部。
現在沙県区に到達。
これより市内の偵察を開始する。」
「こちら本部了解。 交戦規定を順守せよ、アウト。」
…本部からの短い無線を聞き終わると、
操縦士が通信を切って愚痴を話し始めた。
またか。
「なあバオ、今回の作戦ってどう見ても「治安維持」とか「駐屯」じゃないだろ。
味方に被害が出てるなら、「戦争」って呼ぶべきじゃないか?」
…どうでもいい。
作戦中にこんなことを、しかも本部と通信が繋がっているのに
平然と言い放っている。 マジで正気か、こいつ?
「おい、少しは黙れよ。一応作戦中なんだぜ。」
「いいじゃねーか、どうせいつ死ぬかわからないんだぞ。」
「ああ。…これが遺言として伝えられたら、家族は大泣きするだろうよ。」
「大号泣だ。 新聞の一面を飾るかもしれないぜ?」
なぜこんな奴が軍人になれたんだろうか?
しかも普通の部隊ではなく、精鋭部隊である特殊空挺旅団に。
「…2時の方向、ビル屋上に人影2。 低い方だ。」
「了解。
民間人かもしれん、向こうが撃ってくるまでは反撃するな。」
僚機が不審な人影を確認したらしい。
こんな時に外に出るなんて、どうかしている。
物好きか、あるいはジャーナリストか。
敵以外なら何でもいい。
「ヴィクター2、了解」
「畜生!気づかれた!」
「大隊長に連絡しろ、急げ!
いいか、絶対に撃つなよ!」
無線を構えながら分隊長が叫ぶ。
エンジンの騒音が幸いして、
敵には気づかれていない様子だった。
…ただし、こちらも大声で叫ぶ必要があるが。
「銃片付けろ、、見つかると厄介だぞ!
憲兵が来る前に退散する!」
「了解!」
会話をする間にも、ヘリは急速に近づいてくる。
…やかましい曲を大音量で流しながら。
奴ら、完全にこちらをナメていやがる。
「……畜生!」
部隊の1人が緊張に耐えられなくなり、
素早く突撃銃を構えた。
「馬鹿野郎! 撃つな!」
…分隊長の静止むなしく、アサルトライフルが撃たれる。
銃口から放たれた30発の5.56x45mm弾が高速でコックピットに向けて飛んでいったが、
運悪く全てが外れるか、あるいは跳ね返された。
「こちらヴィクター1、奴ら撃ってきたぞ! 反撃する!」
「撃て! ASAP!」(as soon as possible、「なるべく早く」の意)
……今度はこっちの番だ!
射撃ボタンをほんの少しだけ押した。
20mm機関砲が短く火を噴き、ビルの上にいた数名を蒸発させる。
建物の被害は最小限に抑えたつもりだったが、
それでも小規模な被害は避けられなかった。
…奥から残っていたらしい2人の敵兵が出てきた。
どちらも戦闘する気はないらしく。両方とも手を上げて投降している。
「どうする?撃っちまうか?」
「やめろよ。 メディアが知ったら酷い目に遭うぜ。」
「…こちらヴィクター1より本部。
先ほど攻撃され、やむなく交戦規定により反撃した。
敵兵二名を捕虜にした、MPを派遣してくれ。 オーバー。」
「本部了解。 現地警察及び、MPの1個分隊をそちらに送る。
また、捕虜の確保後は燃料補給のため迅速に帰還せよ。
オーバー。」
「ヴィクター1及び2了解。アウト。」
「んで、俺たちはどれぐらいここに留まるんだ?
ここにいたら、いい的になるだけだぜ?」
「数分だろうな… ま、この機体なら大丈夫だろうよ。」
「だといいんだがな。
…おい、なんか暇つぶしになるもん持ってないか?」
「いや、全く。そんなに暇なら、空でも見てればどうだ?」
「んじゃ、ご期待に応じてそうするかな…」
数分後、警察とMPが捕虜2名を引っ張っていった。
彼らがどうなるか知ったこっちゃないが、
そんなことは別にどうでもいい。
それよりも、給油のために帰れることの方が重要だ。
危険に飛び込まなくて済む。
「こちらヴィクター1及び2より本部、
捕虜2名の確保を確認した。
これより三明沙県空港に帰還する。オーバー。」
こうして、トラスト地方における最も退屈な任務の1つが終わった。
彼らがあと何回この任務をするかは分からない。
だが、これだけは確実だ。 ……我々は勝っている。
行く手を阻むものがたとえ何であろうが、
それらを空から追い越して進み続けてやろう。
我々は、名誉ある空の騎兵隊なのだから。