《作戦終了をードンー、…ドサッ…ーッー……》
「アルセニー?何があった?」
《…》
嫌な予感がする。
帝国軍が既に俺等を包囲しているのか、…残った装甲車が呼んだ増援が既に到着したのか…、そんな思考を回転させている間にも状況は悪化していく。
ドォン!
森深くから爆音が響く。あそこは…、自走砲が隠されていたところだ…。こんなに早く反撃されるなんて…
「やばいな…、早くここから…」
《援護要請!援護yー…ッー》
カンッ!
空中を飛んでいたドローンは何かにプロペラを撃たれ、制御不能となって上空から落下してきた。落ちるドローン、通信機から助けを呼ぶ声が聞こえるが、そんなことを気にせず落ち葉を払い除けて森の中を一直線に突っ走る。
すると、森の中から黒い服装の…、帝国軍兵士の装いによく似た男が現れる。
「何なんだよお前ら!!」
やや錯乱した状態で拳銃を手に取り、彼へと向ける。咄嗟に引き金を引くーー、
何も起こらず、銃口からは弾も発射されない。戸惑った一瞬の隙に彼は合間を詰め、拳銃を持っていた手を強く拗られ、緩まった手から拳銃を奪われてしまった。拳銃は彼の遥か後ろへと投げ捨てられ、彼は体術の構えで自分と対峙する。
「くっそ!!」
「…」
素人同然の、体術ですらない肉弾戦に挑み、彼との距離を詰めるべく走り出すが、足を引っ掛けられ落ち葉に埋もれた地面へ滑り込むように転ぶ。その間に、彼に上に乗られ自分の首の後ろへと腕を回され押さえつけられた。
「投降しろ」
「…っ…何が投降だ……、」
『フイ、そこまで』
目の前に現れた人、顔を見上げて見た時目を疑った。…今日の暗殺対象、自走砲の砲撃によって公用車諸共爆散したはずの外務宰相その人であった。
通報 ...
『ミスリルの残党か、はたまたINULか…。別にどうだっていいですけど。多分ここに残っているのは君だけなんです。証人として連行させていただきますね』
彼女をみた瞬間、憎悪が溢れ出す感覚に襲われた。その憎悪に身を任せて、声を荒らげる。
「…シナノ……、旧連邦移民の偽善者め…」
『偽善者…ねぇ、まぁ連邦内戦が終わってからそう宣伝してきたから』
「連邦移民のくせに…、クソ皇帝のクソ政策に反対もしないのか!?」
『興味もないですから』
彼女は淡々と答える。話す口も、自分を見る目も喜怒哀楽の何もなく、本当に興味がないようだ。
「皇帝の侮辱は、法に反する」
『まぁ、フイ。ここじゃ誰も聞いてないですから。許してあげてください』
「しかし…」
『…体術は素人、銃の扱いも素人。拳銃はセーフティがかかったまま。対した訓練もされてない少年兵を投入するとは何とも頭の悪い組織がいたものですね。フイ』
「…その組織から洗脳を受けている可能性もあります。SNSなどからこれまでのヘイトを煽って兵士を集める、少なくない事例です」
外務宰相。連邦移民でありながら高い地位につき、基金の設立などをしたにも関わらず自分達を救わなかったクズ。今すぐにでもあいつの顔をぶん殴ってやりたい。
「…っ、…お前はなんで…刈り取り政策に反対しない…、お前は東から来た一世だってー、」
『一つ。教えてあげましょう。私にとって旧連邦移民だとか、帝国民だとか、愛国心だとか、そんなものどうでもいいんです。それで何万人死のうが、知ったことではない。刈り取り政策?それが何か?』
本当に彼女は人間なのか?
「…、人間じゃねぇのかよ…」
『連邦内戦では毎日のように仲間が死にましたし、敵も殺しました。そもそも、私は人間もうやめていますから』
一瞬、彼女の最後の言葉に耳を疑った。ただのジョークか、虚仮威しか…。彼女は自分の顔を覗き込むように背を曲げて、
『信じられないっていう顔をしていますね』
『ただのジョークなのか、虚仮威しなのか、それとも…本当に人間ではないのか。それはあなたの想像にお任せします』
「…」
自分には、目の前のやつが本当に化物のように見えた。薄っすらと笑みを浮かべて自分を見下ろす"それ"が、形容的な意味ではなく…。
『あなたに選択肢を与えましょう。ここで死ぬか、HEGOや軍に突き出されて拷問されるか、…私の下で働くか』
「…はは、誰が裏切り者なんかの下で働いてやるか…。ここで舌を掻っ切って死んでやる…」
『んー、最良の選択肢を与えたはずなのですが』
「なにが最良の選択肢ーー、」
彼女は腰から拳銃を取り出して自分の顔の前に撃ち込んだ。銃弾は落ち葉を突き抜けて地面へとめり込み、微かに小さな煙を上っている。
「…」
『選択肢は、与えましょう』
目の前の銃弾を見て、思考が停止した。こいつは一秒かからずに自分を殺せる。そう考えたのを最後に死の恐怖が体を支配した。
『…ダニイル・ブトーリン。旧連邦移民一世の両親から生まれ、学校では"連邦移民の子供"という理由でいじめを受けてーー、』
彼女は自分の語りたくもない情報を、追い打ちをかけるようにつらつらと語り始めた。
「…や、やめろ」
『…さっきの威勢はどうされたのですか?』
「……あんたにはもう勝てない…」
口を震わせながら、何とか言葉を発した。彼女は少し残念そうな顔をする。
『まぁ、平和的に解決するのなら別に越したことはないですから。私の下で働く、という選択肢を選んだと見なします。よろしいですか?』
「…」
黙って、小さく頷いた。
『後からHEGOやら軍に色々と探られるのも面倒ですし名前を変えましょうか。名前は…、そうですね』
彼女は少し悩んだあと、その名前を口にする。
『ヨハンネス・ローデヴェイク。昔の戦友の名前です。ここは彼の名前を借りることにしましょう』
ダニイル改めヨハンネスがヴァルハラ小隊にスカウトされるまでの物語。
SULF
スラブ民族統一解放戦線。連邦移民の権利向上を目的とした政治団体を前身とする過激派組織。
連邦移民
内戦期に帝国領へと難民として流れ、内戦終了後も帝国領に残った人々。
アルセニー
SULFの部隊指揮者。死亡
フイ
シナノ配下の護衛部隊に所属する人。
ダニイル・ブトーリン
ヨハンネスの旧名。