2か月前。
ハノイのアパートの1室で、彼はかつての相棒と不毛な議論を交わしていた。
「…向こうを見てこいだって?」
「トラスト地方の治安とか、色々不安なことが多いんですよ。
再び危険な目にあうのは嫌ですし…」
さて、ここでもう2人分の説明をしなければならない。
1人はイェロニーム・ミハルチーク。
トラスト侵攻時代の同僚であり、数多くの視線を潜り抜けてきた相棒だ。
終戦後はとびっきりの美人と結婚し、幸せな結婚生活を送っていた…らしい。
らしいとわざわざ言うのは、終戦後彼と会う機会があまりなかったからだ。
一応名誉のために言っておくと、理由は仲が悪くなったなどではなく、単に結婚準備のせいである。
もう1人はヤロミーラ・ルニェニチュコヴァー。
彼の結婚相手で、長い黒髪、子供っぽい笑顔、綺麗な肌とかなりの美人。
あまり会った事はないが、見た目通りのとびっきり明るい女性らしい。
話を会話に戻す。
「つまり、俺を
「…まあ、そうと言えばそうですけど…
あらかじめ下見ってできます…かね…?」
目の前にいるこの同僚兼相棒に背中を見せて帰りたくなったが…
良心がそれを許さなかった。
考え始める前に、なぜか無意識のうちに了承していた。
たぶん戦時中の癖か何かだったんだろうが、もはや知るすべはない。
本人すら知らないのだから…。
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再び、話を南昌昌北国際空港に戻す。
彼は日光照り付けるアスファルトの上で、
遠くに運ばれている旅客機を見つめていた。
特に理由はなかったが、視線が自然にその方向へと向いていった。
アエロ Ae-914が2重反転プロペラのけたたましい騒音を響かせながら、
1台の半装機式オートバイにゆっくりと牽引されて行っている。
何故、わざわざジェット全盛期のこの時代に
こんなターボプロップエンジンの大型旅客機を運用しているんだろう?
多分予算とか航続距離の問題だろうが、墜落しない限り何ら問題はない。
幸い、コイツは何の問題もなくここまで来れた。
文句を言う気は全くない。
次の瞬間には背を向けて、空港の出口に向かって歩き出していた。
ひとまず外でタクシーでも捕まえて、どっか適当なホテルでも見つけてくるか…。
何せ、下見と言う名の何の目的もない旅なのだ。 気楽に行こう。
…数分後。
彼は全く気楽ではなくなっていた。
「…なあ、俺はタクシーを頼んだんだが。
本当にコイツはタクシーなんだろうな?」
「お客さん、これは3輪タクシーですよ。知らないんですか?」
「ああ、知ってるが… 何というか、そもそもこれタクシーなのか?」
彼の目の前には、幌をかぶせられた1台の半装機式オートバイと
操縦席にまたがった人のよさそうな中年の中国人がいた。
クーラーはないが、幸いなことに扇風機はある。
乗ってみたいような気もするが…
まあ、時間はある。 ゆっくり考えようじゃないか。
エドゥアルト・ブラーズディル
チェコクリパニア陸軍第7騎兵空挺旅団「ルドヴィーク・スヴォボダ」所属。
イェロニームに頼まれて、トラストへと旅行の下見をされられる羽目になる。
イェロニーム・ミハルチーク
チェコクリパニア陸軍第7騎兵空挺旅団「ルドヴィーク・スヴォボダ」所属。
最近結婚した。
ヤロミーラ・ルニェニチュコヴァー
イェロニームの結婚相手。美人。