復興しつつあるトラストの街並みを、
1台の半装機式タクシーが風を切りながら進んでいる。
…結局、彼は半装機式タクシーに乗ることにした。
トラストでの焼けつくような暑さを再体験するのが嫌だったからと、
財布を掏られるよりはマシと思ったからと言う理由だった。
ついでに、現地の観光名所についても聞くことにしてみた。
現地に住んでいる人なら、きっとどこか素晴らしい場所を知っているだろう。
「なあ… 質問なんだが、何かいい観光名所とかないか?
無論、彼はもう一言付け足すのを忘れていなかった。
出来れば治安がいい場所で。 そこまで連れてってくれ」
「
その言葉を聞いて、こちらを振り向きながら運転手が言う。
「何だ、その
全く聞き覚えがなかったので、即座に質問する。
「あ、
東湖区ってとこにある神社みたいなもんで、江南の三大名楼の1つだ。
治安、アクセスしやすさ、景観、どれをとっても星3つだよ。」
微笑を浮かべながら運転手が回答する。
そこに行った時の思い出でも思い出しているのだろうか。
「そうか…それじゃ、そこに連れてってくれ。」
とにかくいい場所らしい。 行かない手はなかった。
「あいよ。」
アクセルを回すと、運転手はまた前を向いた。
ふと外に目を向けてみると、道路の両端には
終戦からほんの1か月しか経っていないのに大量のビルが立ち並んでいた。
…もしかすると、ここを上空からの景色でしか見たことがなかったから
もともとこんな風景だったのかもしれないが。
さらにそれらの建物からは、中国語はもちろん英語、チェコ語、ベトナム語、さらにはスロバキア語まで
あらゆる種類の言語で書かれた広告や看板が取り付けられている。
何が書いてあるのかはよく読めなかった。
それをどうにかして読もうとしながら、彼は風に揺れていた。
後部座席に取り付けられた扇風機と外から入ってくる風が涼しい。
半分眠ったような意識の中で、彼は無意識にいろいろと考えていた。
何だ、この雑多な風景を切り貼りして作ったような風景は?
まるで香港だ…
ああ、思い出した。
確か、「東洋の真珠」ってのは香港に対する誉め言葉だったな。
どうして真珠と言ったのかは知らないが、たぶんそいつは真珠が好きだったんだろう。
ああ、眠い…。
意識が真っ逆さまに落ちていく。
「…お客さん」
眠い… 起こさないでくれ…
「…お客さん? おーい?」
ああ、まぶたが重い…。
目の前に人のよさそうな中年男性がいる…
「お、ようやく起きた…
目的地ですよ。 代金払ってください。」
その言葉を聞いて、記憶が蘇ってきた。
どうやら、滕王閣にようやく着いたらしい。
「ああ、代金か… 何円ぐらいだ?」
「ざっとこのくらいです」
運転手が提示した金額は、予想よりもだいぶ高かった。
「…おい、料金がなんか高くないか?」
怒りを押し殺しながら質問する。
「何言ってんですかお客さん。 サービス料ですよ、サービス料。」
運転手は打って変わって、笑いながら気楽に答えた。
「サービス? そんなこと受けた覚えなんてないぞ?」
サービスなんて受けた覚えがない。
しいて言えば、途中観光名所を教えてもらったぐらいしか…
「そんなこと言ったって、しっかりサービスしたじゃないですか。
ほら、おすすめの観光名所を教えてあげたでしょ?」
ドンピシャだった。こんな事で金とるか、普通?
「ほら、早く払って払って」
そう言いながら、運転手はポケットから電話を取り出した。
…何故かはよくわからないが嫌な予感がする。
「ああ、分かったよ… ほら、料金だ。」
財布から新台湾ドルを取り出して渡す。
「おー、ありがとうございます。 お客様は神様です!」
料金を目にも止まらぬ速度で受け取った後、
運転手は半装機式タクシーでどこかへと去っていった。
「……この事はあいつらに伝えとくべきだな…」
そう独り言をつぶやくと、彼は滕王閣へと歩いていった。