2023年12月10日、「the Prague post」紙のハイフォン支社。
このありとあらゆる情報が押し込まれている場所で、緊張と不安が織り交ざった気持ちになっている1人の記者がいた。
「…なんで、私がトラストに取材に行かなければいいんだろうか……」
…事の発端は少し前に遡る。
1日前。 私…カタリーナ・チャトコヴァー。ここの記者で、結構長く勤めているベテラン社員だ。
そしてもう1人、エヴェリーナ・ユラーシュコヴァー。 少し前にやってきた新人だけど、不思議と役にたつ子。
このよくわからない組み合わせの2人は、突如として編集長からとんでもない依頼を受けることになった。
「トラストまで取材に行ってこい。 出発は明日だ。」
「…え?」
まあ、いたって普通の反応だろう。
…何せ、取材先は戦闘真っただ中なのだから。
「あの… なんでそんなところに取材に行くんですか?」
「決まってるだろ。 チェコ軍がそこに出兵するんだよ。」
「…出兵?」
「ああ。 ATTO加盟の見返りとして、向こうに支援に行くらしい。
お前らはそれについていって、現地の詳細な情報を集めてきてくれ。」
「いやでも、なんで私たちが…」
「すまんな、こっちも人手が足りないんだよ。 勘弁してくれ…。」
「第一、安全の保障すらな――」
「編集長がそう言ってるんだし、行くべきじゃないの?」
…エヴェリーナが横やりを入れてきた。
編集長の命令に従うのは当然と言えば当然なのだが、さすがに命の危険を冒したくはない…。
「ほら、彼女もこう言ってるじゃないか。 お前も、先輩として言ってやるべきじゃないのか?」
「そうですよ。 私、まだ完全にカメラを使いこなせませんし…」
そんなことを考えている暇もなく、2人が謎の連係プレイで何とか了承を取ろうとしてくる。
もはや、回答は「はい」か「イエス」しか残されていないだろう…
「……はい、分かりました…。 準備してきます…。」
…こうして。 この1人の哀れな記者ともう1人は、はるばるトラスト市まで向かうことになった。
…数日後。 彼女たちは、トラストへ向かう最初の輸送船団に乗り込んでいた。
貨物船に乗り込んでみると、最初に見えたのは甲板に詰まれている大量の貨物だった。
建設用の機材や医薬品といった民間用の物もあれば、武器や弾薬、ヘリコプターなどの軍事用の物もある。
…色々見まわしているうちに、なぜかビラまで積まれていることに気が付いた。
こんなもの、一体どこで使うつもりなのだろうか…。
とりあえず、近づいて内容を読んでみることにした。
『警告:请勿接近路边的武器。
我们会攻击任何武器,所以你可能会卷入爆炸或类似的事情。
如果附近有武器,请立即远离并撤离至安全地点。』
…うん、全くわからない。
とりあえず、適当な翻訳にかけてみることにする。
「警告: 道端の武器には近づかないでください。
どんな武器でも攻撃するので、爆発などに巻き込まれる可能性があります。
近くに武器がある場合は、直ちに離れて安全な場所に避難してください。」
…まともな文章としては成立していないが、大体の意味は分かった。
どうやら、これから行われるであろう空襲についての内容らしい。
『兵器なんか危ないものに近づかないで、とっとと逃げなさい』…大体、こんな内容だろう。
…ただ隣にいる彼女には意味が全く分からないらしく、疑問文を繰り返している。
「なんなの、この内容…? 翻訳してもまともな文章にならないし、なぜか中国語だし…」
…すると突然、1人の兵士が近寄ってきた。 どうやら彼女の言葉を聞いたらしい。
「警告用のビラさ。 こんなもん、撒くだけ無駄だと思うがな。」
「えーと…なんで、こんなビラをわざわざ撒くんです?」
「お偉いさんいわく、「民間人を攻撃に巻き込まないため」だそうで。
まったく、あいつらは何を考えてるのやら…」
「なるほど、よく解りました。 事前警告ってことですね。」
「ああ、完璧だ。
か弱い市民の犠牲を出さない代わりに、勇敢な軍人どもの被害を増やせる素晴らしい警告だよ。」
皮肉交じりに兵隊が説明したが、どうやら彼女には理解できなかったらしい。
「へー、そんなにすごいものなんですね。 チェコ軍を少し見直したかも。」
「……ああ…そうだな…。」
私とあの兵士の間に、気まずい空気が流れる。
…もっとも、この新人は何も気にしていないようだが。
しかし、そんなことを気にも留めずに輸送船の第一陣は進んでいく。
果たして、トラストではどのような記事が書けるだろうか。
…少なくとも、輸送船での出来事は記事にできなそうだ…。