「相変わらず顔色が優れないようだな」
バーの扉を開き、入って席につくなり№2は、アイリスは言った。
「入ってくるなりそれですか。もう少し何かないんですかね」
「悪いが私に気を使った発言はできないのでな」
バーカウンターでグラスを拭いていた職員が、アイリスが席に座ったことを確認してから言った。
「お客様はいかがなさいますか?」
アイリスは少し悩み、横にいるヘンダーソンのグラスを盗み見る。ヘンダーソンはその視線に気づいたように口角を少しあげ、意地悪そうに言う。
「バレてますよ、ここのおすすめは」
しかしオヌヌメを言われてから決めるほど、彼女はやわじゃない。
「ではモッキンバードを頼もう」
「かしこまりました」
横で聞いていたヘンダーソンが、堪えるように笑う。
「以前シュガートさんとご一緒した時、確かモッキンバードを頼んでたんですよ」
「あのクソ男と同じとは、不快だな」
アイリスは眉間にシワを寄せ、見るからに不機嫌そうに顔を顰める。電球の柔らかな光が、グラスに反射してテーブルをオレンジに染める。でも注文を変えないあたり強情だな。ヘンダーソンは考えた。
「最近の調子はどうだ?寝てるか?」
アイリスが言う。彼女が言う「寝てるか」とは以前話してた家で寝ることを指しているのだろう。
「えぇまぁ、最近はだいぶ良くなったと思いますよ。少なくとも2ヶ月前よりかは遥かに。」
アイリスは目を細め、ヘンダーソンの目…の少し下を指差す。
「しっかり寝ていたらこうはならん。もう少し休む時間を作れ。最近の設計依頼は以前より多くはないだろう?」
「…それはそうですね。財団の時は依頼がひっきりなしに来てましたから」
ヘンダーソンは懐かしむように上を向く。今はもう、後悔と懺悔しか残らないあそこに。視界に映るのは古びた電球と暗いダークオークの天井だけだった。
「もし、彼女に会えると言ったら、お前は…君は会おうとするか?」
沈黙。ヘンダーソンは上を向いたまま動かず、アイリスはその横顔を見つめる。周りの人間の声が、その一瞬だけ消えた気がした。
「私は…会わないですね。会ったとして、どんな顔して何を話せばいいのか、もうわかりませんね」
ヘンダーソンは下を向き、瞠目する。アイリスは気まずそうに目を背ける。
「いや、すまない。今のは良くなかった」
「いえ、大丈夫です。もう何度も考えたことですし、そろそろ慣れなくちゃですからね」
そう言って彼は笑い、別の話題を切り出す。アイリスは自分に気を遣っていると自覚を覚え、羞恥と罪悪感から目を背けた。
「そう言えば、『SFX計画』が始まったと聞きましたが、担当は決まったんですか?」
「あぁ…そのことなんだが、君に決まった」
「え?」
「頼んだ。明日君の端末に資料が来るはずだ。待っててくれ」
「そうですか…わかりました。お受けしますね」
ヘンダーソンは手元のグラスを一気に煽り、財布を取り出し、金を置いて席を立つ。
「あ、今回は相談代と言うことで私が支払い持ちますね」
「いいのか?誘ったのは私なのに」
「いいんですよ。私は家に帰りますね」
あっけらかんとするアイリスを置いて、ヘンダーソンはドアまで歩き、止まる。前を向いたまま、
「貴女は…折れないでくださいね」
去った。
SFX計画:新型ステルス戦闘機開発計画。USMIを中心としたセントリオルグループが担当する。実質的にユニオンが北米軍に政治的圧力を用いてはじめさせた計画と噂されている。