OTD~Saved Japari Park~
ここはジャパリパーク。
世界の何処かにある超巨大総合動物園。
ジャパリパークには色々な動物が暮らせるように様々な地形や気候を再現した地方がある。
再現された気候の幅は広く、熱帯雨林や砂漠、果ては南極の気候まで存在するのだ。
更にそんなジャパリパークではある日を境に時折空からサンドスターが降り注ぐようになり、
サンドスターに当たった動物は人にそっくりな姿をしたアニマルガールへ変身した。
やがて、アニマルガールはフレンズと呼ばれるようになり、
ジャパリパークは人とフレンズが仲良く暮らす夢のような島となる。
事件や異変なんて全く無縁。
そんな、不思議がいっぱいで平和なジャパリパークのとある一幕。
とあるフレンズに焦点を当てよう。
「わぁ……今日もお星さまが綺麗」
彼女の名はヤマバク。
夜空の星を見上げるのが大好きなフレンズだ。
彼女は元々標高の高いところにある草原や森に住んでいたフレンズだったが、
今はパークセントラル付近の居住区で暮らしている。
「もっと、高いところに行ったらもっと綺麗に見えますよね!」
思ったことを口に出しながら、ヤマバクは慣れない木登りを行い少しでも高いところへ登っていく。
わざわざ木に登ったところで星の見え方はそう変わらないのだが、今はそれを注意する人はいない。
「へ?」
メキメキメキと嫌な音を立てながらヤマバクが乗っている枝が傾いていく。
ヤマバクの頭の中で次に起こるであろう光景がありありと浮かぶ。
しかし、次の展開を予測できることと回避できることは別問題である。
「キャッ!むぎゅ!」
情けない声を出しながらヤマバクはお尻から地面に落下した。
「うわぁ……やっちゃいました……」
このジャパリパークにおいて木の枝が折れたくらいで何か言う人は居ないだろう。
ただし、それが誰かの庭の木でなければの話だ。
怒られるのは嫌です。
焦ったヤマバクは証拠隠滅を図ろうとして折れた枝を持って走り出した。
ヤマバクと同じように夜行性のフレンズは枝を持って走っていくヤマバクの奇行を見ながらも、
特に気にするでもなく夜の散歩を続ける。
このジャパリパークには多種多様な習性や性格を持つ様々なフレンズが居るので、
誰かが奇行をしていたとしても特に気にしないのだ。
得てして自分と違う習性を持つフレンズの行動は奇異な行動に見える故に……
ヤマバクは結局折れた枝を持ち帰り処分に困り果ててベッドの下に隠してしまった。
もう少し賢い方法があったのではないかと思うが、
少しだけパニクっているヤマバクの頭ではこれ以上の案は思い浮かばなかった。
「うぅ……どうしよう……」
ヤマバクは明日への不安を抱えたまま頭から布団を被り、悩んでいる内に何時しか夢の中へと旅立って行った。
「起きろー!!」
早朝にヤマバクが頭から被っていた掛け布団が何者かによって剥ぎ取られる。
「ぅぅん……夜行性ですから……もう少し寝かせて……」
「朝早く起こしてくれって頼んだのは何処のフレンズだったかな?
まったく、昨日は早く寝るって言ってたのに」
「そう……でしたっけ?」
「ジャパリ科学館に行きたいって言ったのはヤマバクでしょ?」
「……くー」
「寝るなー!」
ヤマバクは何者かによって肩を揺さぶられて、今度こそしっかりと目を覚ます。
ヤマバクは一度目を擦って、起こしてきた相手をじっと見詰めてから口を開いた。
「……誰ですか?」
「失礼な! あなたの飼育員だよ! し・い・く・い・ん! 忘れたの!?」
ヤマバクは何者改め飼育員を観察する。
紺色のショートヘヤー、顔だけ見れば少年のようにも見えるが
豊かな胸が女性であることを激しく象徴している。
「しーくいん……さん?あー、居たような……居なかったような?」
「い・た・で・しょ!変なこと言ってるとそのもちもちほっぺを引っ張るから!」
「それは嫌です!」
「なら、さっさと準備して出掛けるよ」
ヤマバクは飼育員に急かされるままに準備をして家から飛び出した。
本日の天気は雲1つない快晴。
絶好のお出掛け日和である。
ヤマバクは飼育員の後を付いて行きながら、とある事を考えていた。
「しーくいんさん、今日は何処へ出掛けるんでしたっけ?」
ヤマバクの惚けた言葉にずるっと転びそうになりながらも、飼育員は丁寧に本日の目的地を教える。
「今日はジャパリ科学館に行くって話だったでしょ」
「かがくかん?」
「ジャパリ博物館の方が分かりやすかったかな?
ジャパリ博物館を増築して新しく出来た科学館だよ。 昨日オープンしたばっかりの」
「そうでしたっけ?」
「ん?オープンは昨日じゃなくて一昨日だったかな?まぁ、どっちでも良いけど」
その後、バス停からジャパリバスに乗ってジャパリ科学館へと向かう。
「そう言えば、科学館ってどんなところなんですか?」
「“科学に触れてみよう”ってコンセプトで立てられた施設で
基礎的な科学実験とか最新の科学技術の紹介や展示を行っているところだよ。
色々目玉展示も多くて楽しいらしいよ。
ヤマバクの楽しみにしてるアレも中々の迫力みたいだね。
話は変わるけど、科学館は元々は作る予定になかった施設なんだ。
当初の計画では博物館だけだったんだけど、フレンズが現れるようになって、
フレンズの教育の一貫として科学館を作ろうって話になったんだって。
でも、その話が上がった頃は博物館も完成間近でね。
今更、建物の構造を変えるわけに行かない。だから完成してから別途で増築する事に……
って、おーい。聞いてるー?」
飼育員がバスの中でジャパリ科学館の解説を話しているが、
ヤマバクは物珍しそうに窓の外をキョロキョロと見回している。
本当に聞いているのだろうか?
「聞いてますよ。ジャパリまん美味しいですよね!」
「聞いてなーい!」
ヤマバクのもちもちほっぺが怒った飼育員の手によって
もちもちぺったんされてしまったのは言うまでもないだろう。
「ふわぁ……ここがジャパリ科学館!」
館内に広がるのは何処と無く近未来を思わせるようなデザインの様々な展示物。
「よし!それじゃあヤマバクにはイチオシのオススメコースを紹──」
飼育員がジャパリ科学館のパンフレットを見ながら何やら話始めているが、
好奇心を抑えられないヤマバクは飼育員を放って置いてどんどん先へ行ってしまう。
中身がビリビリしている不思議な球体に、何故か浮き続けてる不思議な磁石、
サンドスターを使った不思議な装置。
見たいものが有り過ぎてヤマバクの目が回りそう。
好奇心に突き動かされるままに動いていたヤマバクだったが、
自身の姿が歪んで写る鏡の前に立ったときに飼育員が居なくなっている事に気が付いた。
「あれ?しーくいんさん迷子になっちゃったんですかね?」
迷子になったのはヤマバクの方である。
飼育員を探すためにヤマバクは元来た道を戻り始めたが、
興味の赴くままに行動していた為に早速元来た道を外れて進み始める。
しばらく歩いているとヤマバクは明らかに見覚えのない展示物の少ない通路に迷い込む。
「ここは何処ですかね?えーと……?」
上に吊るされている案内板には「この先博物館」と書かれている。
「この先は博物館ですよ」
「!?」
気配ゼロで後ろから急に声を掛けられて、
ヤマバクは心臓が口から飛び出るくらい驚きながら後ろを振り返った。
そこに居たのは何処と無く浮世離れしたような雰囲気を醸し出している不思議な白いキツネのフレンズ。
「きゅ、急に後ろから声を掛けないでください!わたしがウマのフレンズだったら蹴り上げてましたよ!」
「フフ……驚かせてごめんなさい。
ところで、先程から忙しなく見回しているようだけど、何か探しものですか?」
「しーくいんさんを探してるんです」
「ああ、迷子になってしまったのですね」
「うん、全く困ったしーくいんさんですよ」
「……ん?」
白いキツネのフレンズは首を傾げる。
ヤマバクの言い方では飼育員の方が迷子になっているように聞こえるが、
ヤマバクの方が迷子なのではないのだろうか。
「ん?」
ヤマバクも白いキツネのフレンズに釣られて首を傾げる。
何やらヤマバクと白いキツネのフレンズの間で微妙な認識の齟齬があったようだが、
それにツッコミを入れると不毛な事になりそうだと判断した白いキツネのフレンズは
とりあえずヤマバクに提案する。
「しばらく私と一緒にそこのベンチで待ちましょう。
待ち人は向こうからやって来るものです」
「……そうですね。一緒に待ちます」
宛もなく探したところで飼育員は見付からないので、ヤマバクは飼育員が自分を見付けるのを待つことにした。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。
私はオイナリサマ、ジャパリパークを守護する守護けものの一柱です。
好きな物はいなり寿司、たくさんお供えしても良いのですよ?」
守護けものと言う意外な大物の登場に普通のフレンズなら驚く筈なのだが……
「自分を様付けしちゃうフレンズは初めて見ました。
わたしはヤマバク、好きな物は満天の星空とジャパリまんです!
ところで“いなりずし”って何ですか?」
「……」
守護けものを知らないヤマバクはオイナリサマに対して普通の対応を行う。
オイナリサマは自身といなり寿司の知名度の低下に若干心のダメージを負った。
飼育員が見付けに来る間、ヤマバクはベンチで待つことにしたが
昨日は遅くまで起きていた為に座ると眠気がやってくる。
さすがに今寝るわけにはいかないので、眠気を紛らわす為にヤマバクはオイナリサマに話し掛けた。
「オイナリサマ、“しゅごけもの”って何なんですか?
フレンズになってから結構経ちましたけど初めて聞きました」
「守護けものはこのジャパリパークを守護を担う特別なフレンズ達の総称です。
みんなが笑顔でいられるようにジャパリパークの平穏を守っています」
「守護けものって大変そうですね」
「ええ、ですがとてもやりがいがあるのですよ。
みんなの笑顔といなり寿司が私の元気の源です。
ジャパリパークの平穏を守り続けていれば、いつの日か“あの人”も……」
オイナリサマは微笑みながら語ってはいたが
あの人と口に出した時、その目には何処か寂しげな光を湛えていた。
「……わたしも守護けものって名乗ったらなれるんですかね?」
「自称したからと言ってなれるものではありませんよ。
文武両道、才色兼備でなければなりません。私のように」
「なるほど!つまり、変……面白いフレンズじゃなけれなダメなんですね!」
「今、変って言いましたよね?」
「イッテナイデス」
「……ま、まぁ良いでしょう」
偉大なる守護けものは変と言われたくらいで怒るほど器は小さくはないのだ。
程無くして辺りをキョロキョロしながらヤマバクを探してる飼育員が姿を現した。
「あ、しーくいんさん!こっちですよ!」
「見付けた!」
ヤマバクの姿を見付けてほっと胸を撫で下ろして飼育員はヤマバクの方へやってくる。
「もう、勝手にいなくなって迷子になっちゃダメじゃないですか」
会って早々にヤマバクにとんでもない事を言われて、飼育員の額に僅かに青筋が浮かび上がる。
「ボク、飼育員。あなた、フレンズ。
どういうことか分かるよね?」
「?」
「こっちが保護者で勝手に居なくなって迷子になったのはヤマバクの方ー!!
このー!!」
飼育員は溢れる怒りをヤマバクのもちもちほっぺにぶつける。
今度はもちもちではなく限りなく横方向にのびのびされている。
「むぃぃぃぃぃ!びゃ!!」
のびのびされたヤマバクのほっぺが飼育員の手から解放されて、反動でゴムのようにぱちんと元通りになった。
「フフフ……」
「あ」
ヤマバクと飼育員のやり取りを見てオイナリサマがクスクスと笑いだす。
その時になって初めて飼育員はヤマバクの隣にオイナリサマが居たことに気が付いて、
先程のヤマバクとのやり取りを思い出して耳を赤くする。
「では、待ち人も来たみたいなので私はこれで失礼しますね。
あなたはこの子の飼育員なのですから、目を離してはいけませんよ」
「はい」
「あ、そうです!オイナリサマもわたし達と一緒に廻りませんか?」
「私はやることがあるのでこれで失礼します。
ジャパリ科学館、楽しんでくださいね」
ヤマバクはオイナリサマも一緒に廻るように誘ってはみたが、
何やらオイナリサマは用事があるのかこの場から立ち去ってしまった。
じゃ、改めて今からジャパリ科学館を廻ろ……と思ったけどもう時間がないか」
飼育員は腕時計を見て時間がないと呟くのに対して、ヤマバクは首を傾げた。
「まだ時間ならたくさんありますよ? お昼にもまだなってませんし」
「いや、帰る訳じゃないよ。 じゃ、行こっか」
「何処へ行くんですか?」
「星を見に行くんだよ」
昼間に星が?
普通に考えればお昼に星が見えないことはヤマバクでも分かる。
この飼育員は何を言ってるのだろうか?
心の中でそんな事を思いながらも、星が大好きなヤマバクは
とりあえず騙されたと思って飼育員に付いて行くことにした。
しばらく、飼育員に付いていくと
座り心地の良い椅子がたくさん設置されているドーム状の部屋の中へと案内される。
「ここでお星さまが見えるんですか?天井ありますよ?」
「あ、そっか。 ヤマバクはプラネタリウムは初めてだったかな?
プラネタリウムは……って、説明するより見てみた方が早いか。
ヤマバクはボクの説明をスルーしがちなところがあるからね」
「そんな事はないですよ。たぶん」
「本当? まぁ、いいや。 そろそろ始まるみたいだよ」
始めから薄暗かった室内が暗くなり、
中央にある機械が動き始めと、ドーム状の天井に満天の星空が映し出された。
「わぁ……すごーい。 天井が夜空みたいです」
「これはあの中央の機械で夜空を再現してるんだよ。 ほら、解説が始まるから静かにしよう」
プラネタリウムに夜空を解説する音声が流れる。
ヤマバクはプラネタリウムに映し出される星々を目を輝かせながら魅入っていた。
そして────
「あれが北極星ですから……あっちが双子座で……
こっちがデネボラ、アークトゥルス、スピカ! 春の大三角形ですね!」
「よ、良く覚えてるね。 ボクは北極星くらいしか分かんないよ」
帰り道、ヤマバクは暗くなった空を見上げながらプラネタリウムで学んだ星や星座の名前を言い当てていた。
「これくらい簡単ですよ!」
「難しいと思うよ……」
ヤマバクは星を眺めながらふと思った事を言う。
「もっとお星さまに近付けば、もっともっと綺麗に見える筈です!
しーくいんさん!山に行きましょう!」
星が大好きなヤマバクはプラネタリウムでの興奮が醒めきっていないようで、
今すぐにでも駆け出していきそうないきおいだ。
「やめとこうよ」
「ジャパリパークで一番デカいあの山に!」
「いや、ダメだって」
「一緒に登りましょう!」
「だから、ダメだって言ってるんだよ!!!」
「!?」
突然の飼育員の大声にヤマバクは身体をビクりと震わせる。
「あ、ゴメン……」
「い、いえ……
ちょっとわたしのテンションもおかしくなっていたので……」
飼育員は気まずそうに頬を掻いて、今は大きな黒い影となっている山の方を向いてポツリと呟いた。
「……あの山、今は立ち入り禁止になってるんだ」
「どうしてですか?」
「……さぁね? 飼育員のボクには分からないよ。
まぁ、その内行けるようになると思うよ」
「そうですか……
わたしはしーくいんさんと一緒に本物の綺麗なお星さまを見に行きたかったんです」
「そっか。でも、今は山に行けないからさ。
また、プラネタリウムを見に行こうよ」
「……でも、やっぱり本物の方が綺麗ですよ」
「良いじゃん。 プラネタリウムの方がお手軽だし」
「むー」
その後、ヤマバクは自宅に帰ってベッドの上にゴロンと寝転がる。
今日は楽しかったなぁと思いつつ、寝不足のままジャパリ科学館に行ったことを若干悔やんでいた。
「?」
あれ?
どうして寝不足のまま行くことになったんでしょうか?
「ハッ!」
疑問と一緒にヤマバクは昨夜の出来事を思い出した。
「完全に忘れてました……」
ヤマバクはベッドの端でげんなりしながらも、ベッドの上から下を覗き込んだ。
「あ、あれ?」
ある筈のものがない。
ベッドの下に隠してあった木の枝が無くなっているのだ。
きっと、ヤマバク寝ている内に飼育員が片付けてしまったのだろう。
「って事はバレますよね……うぅ」
謝るなら早い方が良い。
ヤマバクは明日こそ謝ろうとベッドに潜り込んで目を瞑った。
「はぁ……」
ヤマバクの足取りは重い。
今更ながらどうして慣れない木登りなんてしたんだろうと……
後悔したところでやってしまった事実は覆らない。
「おはよ!ヤマバクが早起きなんて珍しいね。 こんなところでどうしたの?」
「しーくいんさん……実は……」
バレてるのなら隠しても仕方ないと
ヤマバクは飼育員に一昨日の夜に木登りをして庭の枝を折ってしまったことを白状した。
「えぇ……どうして木登りなんてしたの……」
「なんだか無性に登りたくなったんですよね」
「まぁ、やっちゃったもんは仕方無いし、ちゃっちゃと謝りに行こうか。
で、場所は何処なの?」
「あっちの方ですけど……もしかして、しーくいんさんも付いて来てくれるんですか?」
「頑張るフレンズの後押しをするのも飼育員の役目だからね。
最後まで見届けてあげるよ」
「それはそれで恥ずかしいです……」
飼育員も合流してヤマバクは木の枝を折ってしまった件の家へと向かう。
家に到着したヤマバクは
玄関の呼び鈴を鳴らす前に折ってしまった木の枝を確認しようと、小さな庭の方へと目を向ける。
「あれ?」
ヤマバクは木に違和感を感じて木の方へ近寄る。
「折れて……ない?」
ヤマバクが折った筈の木の枝はまるで何事もなかったかのようにくっついていた。
「折れてないね。 ヤマバク、この家で合ってる?」
「はい。 ここで間違いありません」
「じゃあ、気のせいだったんじゃない? それか夢か」
「そんな筈は……
だって、しーくいんさんも見ましたよね? わたしのベッドの下にある折れた木の枝を……」
「いや、見てないけど?」
「!?」
「そんなもんあったらジャパリ科学館に行く前にこっちに行かせたよ」
飼育員は木の枝なんて無かったと言うが、ヤマバクは覚えていた。
木の枝が折れる音、傾く身体、落ちて打ち付けたお尻の痛み。
それが全て夢だった……?
確かに思い返してみれば、飼育員も
ヤマバクから話を聞いたときにはまるで初めて知ったかのような反応を示していた。
「とりあえず、何事もなかったんならそれで良いじゃん。帰ろ帰ろ」
飼育員はそう言って何処かへ去ってしまった。
ヤマバクも釈然としない思いを抱えたまま帰路へ着く。
本当に夢?
考え事をしながら住宅街の中を歩き、気が付くとヤマバクの足が自然と止まっていた。
「……? ここ、こんな景色でしたっけ?」
何の変哲もない住宅街の道。
普段から何度も通っている筈の道なのにヤマバクはまるで初めてここを通ったかのような錯覚を覚えた。
もしかしたら、昼と夜で景色が違って見えるだけなのかもしれない。
「あ……なるほど、そう言うことですか!」
ふと、ヤマバクの脳裏にヒラメキが駆け抜ける。
ジャパリパークで変な事や妙な事が起きる時に必ずとある存在が絡んでいる事を思い出したのだ。
「つまり、夢なんかじゃなくてセルリアンの仕業なんですね!」
フレンズの天敵、セルリアン。
ヤマバクは一連の事をセルリアンのせいだと決め付けて調査を始めた。
調査と言ったら聞き込みが基本。
何の知識だったか分からないが、ヤマバクは基本に従って調査を開始する。
と、言うわけでヤマバクはとりあえず目についたフレンズに片っ端から質問をしていく。
「ここら辺で怪しいものを見掛けませんでしたか?」
「変なもの見掛けませんでしたか?」
「怪しい影を見ませんでしたか?」
─────────────
数時間後……
「成果ゼロですか……」
何人ものフレンズに聞き込みを行ったが、ヤマバクは有力な手掛かりを手に入れることが出来なかった。
「平和過ぎですね。良いことなんでしょうけど」
ジャパリパークってもう少しバイオレンスだったような気がするなんて思いながらヤマバクは道を歩く。
辺りは既に夕焼け色に染まっている。
半分面倒臭くなってきたヤマバクは最後にもう一人だけ聞き込みを行って帰ろうと、
その辺にいるフレンズに質問をした。
「この辺でセルリアンを見掛けませんでしたか」
「……」
ヤマバクに聞かれたフレンズは困ったような顔をして首を傾げる。
これはダメそうですね……
内心そう思ったときにフレンズはヤマバクに取って衝撃的な事を口にした。
「“セルリアン”……って何?」
「は?」
「何かのキャラクター?」
ヤマバクは一瞬自分の耳がおかしくなったかと思ったが、
続けられた言葉を聞いて聞き間違いでないと確信した。
「な、何を……もう、冗談はよしてくださいよ。
セルリアンを知らないなんて世間知らずにも程がありますよ」
「え!? そんなに有名なの!?
もしかして、流行に乗り遅れた!?」
食い違ってる。
何か致命的な部分でヤマバクと大きく食い違ってる。
いや……
食い違っていたのは初めからだったかもしれない。
その致命的なズレに目眩が起こるような感覚を覚えながらも、
ヤマバクは目の前のフレンズに対して再度尋ねる。
「セルリアンは……フレンズを食べるんですよ?」
「フレンズを食べる? そんなのこの平和なジャパリパークにいるわけないじゃん」
「……」
言葉を失って立ち尽くすヤマバクを不審に思い、そのフレンズはヤマバクから立ち去って行った。
セルリアンがいない?
ヤマバクはそんな訳がないと首を振る。
セルリアンはフレンズになってから最初に教えられるフレンズ達の天敵だ。
ヤマバクだってフレンズになってからセルリアンに襲われた事は一度や二度ではない。
それはヤマバクだけでなく、ほぼ全てのフレンズが同じと言えるだろう。
ヤマバクが“知ってる”ジャパリパークでセルリアンを知らないフレンズはいない。
ならここは……
「ここは……この場所は……わたしの“知らない”ジャパリパーク……」
気付いた。
気付いてしまった。
気付かなかった方が良かったのに……
「帰らないと……わたしの“知ってる”ジャパリパークに!」
ヤマバクの視線の先にはジャパリパークで一番高いと言われている山がある。
探すのならば高いところから。
ヤマバクは“記憶と違う形をしている”山に向かって駆け出した。
ヤマバクは夕日に染まる道をただひたすらに駆けて行く。
アスファルトで舗装された綺麗な道。
「この道はこんな綺麗じゃありません!」
本当の道は細かい亀裂が入り、その亀裂から草が生えている。
道の途中にこの先工事中と書かれたバリケードがあったが、ヤマバクはそれを無視して進んでいく。
何故なら、ヤマバクは文字を知らないからだ。
ジャパリ科学館で迷ってしまったのも案内板を読めなかったからである。
それに……
「ジャパリ科学館……
そんなものはありませんでした!」
ヤマバクの知ってるジャパリパークにはジャパリ科学館等と言う施設はない。
ジャパリ科学館がある場所には瓦礫の山があるだけだ。
「バス、動いているの初めて見ました!」
ヤマバクはバスに乗ったときに初めて体験する窓の外の流れる景色に夢中になってしまった。
普段から乗っていればそこまで夢中になることはなかった筈だ。
まるで堰を切ったかのように溢れ出る記憶。
それと対照的に周りの景色は白く霞んでいく。
「霧?」
既に周りの景色が完全に分からなくなるくらい霧が濃くなっている。
だが、自分の手足は濃霧の中でもはっきりと見える。
霧特有の肌に纏わり付くひんやりとした感覚もない。
「……」
ここから先には何があるんでしょうか?
本当に“何か”あるのでしょうか?
ふと、そんな考えがヤマバクの頭に過って、思わず足を止めてしまう。
そんな筈はない。
絶対にこの先に何かある筈だと思っても一度止まってしまった足は動かない。
引き返せ
引き返せ
引き返せ
引き返せ
ヤマバクの頭の中で引き返せと言葉が木霊する。
態々危険を犯して帰る必要などないのではないか?
あのジャパリパークならばセルリアンに怯える必要もなく、毎日を楽しく過ごせる。
戻ってしまえば──
『……わ─しは──を助───に───とし──訳じゃ──よ』
「……?」
その時、ヤマバクを惑わす甘言を断ち切るかのように、何処からともなく誰かの声が聞こえ始めた。
遥か遠くから聞こえいるようにも、すぐ耳元で囁かれているようにも聞こえる。
距離感がまるで掴めない。
『“セ──”ちゃん─……!』
「誰かいるんですか?」
ヤマバクが周囲に声を掛けるも声の主の姿は発見することはできなかった。
『───の大切な──だ─らッ!!』
「大切なもの……そうですよ。
それでもわたしは帰らなくちゃ行けないんです!
あそこが、わたしの縄張りですから!」
誰かの力強い言葉はヤマバクにもう一度歩みを進ませる勇気を与えてくれた。
「!」
ヤマバクが瞬きをした瞬間に目の前に人が現れた。
周囲は霧で真っ白だと言うのに、
ヤマバクとその人との間にはまるで霧が無いかのようにはっきりと姿が見える。
「やぁ、ヤマバク。こんな所に来ちゃダメじゃないか。
ここから先はまだ“何も”ないんだから」
「……」
ヤマバクは“初めて”出会った時と同じ様にその人に向けて問い掛けた。
「……あなたは誰ですか?」
「……あなたの飼育員だよ」
ヤマバクは彼女の名を知らない。
「ここは何なんですか?」
「ここは……ジャパリパークだよ」
「わたしの知っているジャパリパークじゃないです」
警戒心を露にしているヤマバクの様子に飼育員は困ったように指で頬を掻いた。
「そっか…… ヤマバクは全部思い出しちゃったんだね」
「わたしはあの日の夜、地面から溢れ出る黒い何かから逃げるために木に登り、
落ちて黒い何かに飲み込まれました。
そして、気が付いたらこのジャパリパークに居たんです。
嘘の記憶に塗り潰されて」
飼育員は観念したかのようにこのジャパリパークの真実を語り始めた。
「ここはもう一つのジャパリパーク。
誰かが思い、誰かが願った“もしも”を再現した場所。
この夢は現実を飲み込んでいく。
そして、何時の日か夢と現実はひっくり返って、このジャパリパークが本物になる。
ここは誰もが幸せになれるジャパリパークなんだよ」
「でも、ここは夢の中。
夢の中には何もありません。
幸せとか楽しいとか、そんなものよりも大切なものが現実にあるんです!
ここは“幸せなだけの悪夢”! わたしはここから出ます!」
ヤマバクは決意を胸に歩みを進めて飼育員の脇を通る。
すんなりと通れてしまった。
「どうして……」
「止めないのかって?」
ヤマバクは飼育員に背を向けたまま疑問を口にすると飼育員はヤマバクの言葉の続きを言う。
飼育員は少しだけ顔を下に向けヤマバクに背を向けたまま言葉を紡いだ。
「フレンズのやりたいことを後押しするのが飼育員だから。
だから、ボクはヤマバクを止めない」
「しーくいんさん……」
「ヤマバクはボクの言うこと全然聞かないし、勝手に行動して迷子になる問題児だった。
だったけど……」
飼育員の頬を伝って、透明な雫がしたたり落ちる。
震える声を絞り出すように飼育員は思いの丈を口にする。
「本当に少しの間だったけど、ヤマバクと過ごした時間はとっても楽しかったよ……」
「……っ!」
「振り向いちゃダメだ!!」
思わず飼育員の方を振り返ろうとしたヤマバクを飼育員が止める。
「振り向いてしまったら戻れなくなるよ。
振り向かないで真っ直ぐ進むんだ。 真っ直ぐに」
「ぅぅ……わ、わかりました!」
ヤマバクは飼育員に言われた通りただ前を向いて走り続けた。
悲しみを断ち切るように、ただひたすら真っ直ぐに……
「もしも……もしも、もう一度ヤマバクと会えるのなら
今度は飼育員じゃなくて、友達として…… 現実で……」
一人、白い空間に残された飼育員はヤマバクとの別れを惜しむように一人呟いた。
「ああ、そっか…… 思い出したよ。
ボクは── 本当ノボクハ──」
飼育員の役割を与えられた存在は思い出した。
かつて現実世界で何を願い、この世界で過ごしたのかを……
現実世界に戻れたのなら
喋ることは叶わなくても
ヤマバクの側に居たい
ヤマバクが歩みを進めるに連れて、周囲の景色が変わっていく。
純白から漆黒へ。
そして、漆黒の世界の果てで不自然に白い色がぽつんと存在していた。
「なにゆえ……」
白い存在はヤマバクに背を向けたまま虚空へと話し掛ける。
「何故、拒むのですか……」
「オイナリサマ……?」
それはジャパリ科学館で出会ったオイナリサマだった。
ヤマバクがオイナリサマに声を掛けると
オイナリサマはゆっくりとこちらを振り返りながらヤマバクに話し掛ける。
「あなたも拒むのですか?」
その時、ヤマバクは悟った。
先程、飼育員が言っていた誰かと言うのは目の前のオイナリサマの事だと……
「わたしは帰ります! ここはわたしの居場所じゃあないです!」
「……」
うつむき加減のオイナリサマから表情を伺い知る事は出来ない。
「オイナリサマもこんな場所に居ちゃダメです。
こんな、偽物のジャパリパークに……っ!」
その時、オイナリサマからただならぬ雰囲気が発せられて、ヤマバクは思わず言葉を詰まらせる。
「この世界は偽り…… 泡沫の夢に過ぎない…… それの何が悪いのですか?」
「ゆ、夢は夢ですよ? 起きたら全部無くなっちゃうんですよ?」
「何も無いのは現実も同じこと……
なれば、私は終らぬ夢を紡ぎ続けます。 目覚めぬ夢を…… 永遠に……」
ヤマバクのケモノとしての本能が警鐘を鳴らす。
目の前の存在にはどうあがいても勝てない。
生物としての格が違う。
だが、だとしても!
「現実に何もないなんて事はありません!!
オイナリサマの目はただの模様ですか!!
これ以上変なこと言うなら噛み付きますよ!!」
「あの頃を知らないあなたが何を知ってると言うのですか!!!」
オイナリサマの手が光り、ヤマバクの喉元に向けて鋭い爪を突き付ける。
「何を……知ってると言うのですか……」
例え、ヤマバクがこの夢を壊す原因になると分かっていても、
オイナリサマはヤマバクを傷付ける事は出来なかった。
守護けものとしての誇りがオイナリサマを踏み止せたのだ。
オイナリサマは涙を流しながらヤマバクの前に崩れ落ちる。
「守れなかった……
あの人が……園長が愛したジャパリパークを……
もう、何も……何もないのです…… だから、私は……」
「例の異変のことですね」
ヤマバクは例の異変について詳しいことは知らない。
知ってることと言えば、異変前のジャパリパークは栄えていた事と
恐ろしいセルリアンが暴れまわったと言う話だけ。
それでも、夢の中のジャパリパークの様子とオイナリサマの話から例の異変の事であると察する事が出来た。
ヤマバクは泣き崩れるオイナリサマの前に座り、視線の高さを合わせる。
「オイナリサマは現実を知るべきです」
ヤマバクはオイナリサマの両頬に手を当ててぐいっと持ち上げた。
「今、目の前に何がいますか?」
質問の意図が分からない。
「ヤマバク……?」
「そうです。 わたしがいます。
これがどう言うことか分かりますか?」
「?」
「守り抜いたんですよ!
オイナリサマはジャパリパークを守り抜きました!
じゃないと、わたしはここにいません!
勝手に最悪を想像して、勝手に泣いて、勝手に変な夢に引き籠って!
オイナリサマは勝手過ぎます!」
ヤマバクはオイナリサマの脇に腕を入れて、持ち上げるようにして無理矢理オイナリサマを立たせる。
「わたしと一緒にジャパリパークを廻るんです!
そして、知ってください! ジャパリパークは今もたくさんのフレンズ達が暮らしているんです!
何もないなんてことはないんです!」
「守り……抜いた……?」
「あ、でも、昔の方が凄かった部分はありますけど……
ううん、今からでも遅くはありません。
昔よりもっと凄いジャパリパークにするんですよ! みんなの協力があればきっと出来ます!
だから、一緒に行きましょう!」
ヤマバクの言葉にオイナリサマは涙を流したまま微笑み、自分の頬に添えられたヤマバクの手を取った。
「ああ…… 私のしてきた事は無駄にはならなかったのですね。
教えてくれてありがとうございます。
あなたのおかげで本当にやるべき事に気が付きました。 だからこそ……」
オイナリサマはヤマバクの手を放し……
「あなたと共には行けません」
「!?」
オイナリサマがヤマバクの肩を押すとヤマバクの意思や行動と関係なく滑るように離れていく。
「オイナリサマ!? どうして!?」
ヤマバクは必死に駆け寄ろうとするが、その距離は縮むどころかどんどん広がっていく。
「これは罪なのです。
ありもしない幻にすがってしまった罪。 私は罪と向き合わねばなりません」
「なっ!?」
涙を拭ったオイナリサマは意思の籠った力強い目のままヤマバクから背を向ける。
いや、オイナリサマは背後にいた存在と向き合った。
それはきっとヤマバクがここに来たときから……
それ以前よりもずっと前からそこに存在していたのかもしれない。
「オイナリサマ! 必ず迎えに行きます!
どんなに大変でも! 必ずです! だから……だから!!」
ヤマバクはオイナリサマに向かって叫ぶ。
「セルリアンなんかに負けないで────」
オイナリサマはヤマバクが無事この世界から旅立った事を確認し、目の前の存在に向き直る。
先程までは漆黒の空間に数多のセルリアンの目が現れる。
今まで対峙してきたどんなセルリアンよりも強大なセルリアン。
この世界そのものとも言うべき存在になりつつあるそれに向かってオイナリサマは立ち向かう。
「もう私は引き返せないところまで来てしまいました。
だからこそ、守護けものとして!! この身をもって封じます!!」
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あれから幾日経過しただろうか。
オイナリサマを助ける目処が立たないまま、
何故かずっと一緒にいるラッキービーストと共にオイナリサマがいるであろう場所を見詰めていた。
だが、それも今日で終わる。
「お願いします!! 私と一緒にオイナリサマを助けに行ってください!!」
フレンズの力を引き出す不思議な御守りを携えたヒトと言うケモノが幾人かのフレンズと共にこの地を訪れた。
頭を下げるヤマバクにそのヒトは力強く言う。
「……その為に来た」
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漂流フレンズ日記外伝
Outside The Diary ~Saved Japari Park~
ー完結ー