ヤマバクは夕日に染まる道をただひたすらに駆けて行く。
アスファルトで舗装された綺麗な道。
「この道はこんな綺麗じゃありません!」
本当の道は細かい亀裂が入り、その亀裂から草が生えている。
道の途中にこの先工事中と書かれたバリケードがあったが、ヤマバクはそれを無視して進んでいく。
何故なら、ヤマバクは文字を知らないからだ。
ジャパリ科学館で迷ってしまったのも案内板を読めなかったからである。
それに……
「ジャパリ科学館……
そんなものはありませんでした!」
ヤマバクの知ってるジャパリパークにはジャパリ科学館等と言う施設はない。
ジャパリ科学館がある場所には瓦礫の山があるだけだ。
「バス、動いているの初めて見ました!」
ヤマバクはバスに乗ったときに初めて体験する窓の外の流れる景色に夢中になってしまった。
普段から乗っていればそこまで夢中になることはなかった筈だ。
まるで堰を切ったかのように溢れ出る記憶。
それと対照的に周りの景色は白く霞んでいく。
「霧?」
既に周りの景色が完全に分からなくなるくらい霧が濃くなっている。
だが、自分の手足は濃霧の中でもはっきりと見える。
霧特有の肌に纏わり付くひんやりとした感覚もない。
「……」
ここから先には何があるんでしょうか?
本当に“何か”あるのでしょうか?
ふと、そんな考えがヤマバクの頭に過って、思わず足を止めてしまう。
そんな筈はない。
絶対にこの先に何かある筈だと思っても一度止まってしまった足は動かない。
引き返せ
引き返せ
引き返せ
引き返せ
ヤマバクの頭の中で引き返せと言葉が木霊する。
態々危険を犯して帰る必要などないのではないか?
あのジャパリパークならばセルリアンに怯える必要もなく、毎日を楽しく過ごせる。
戻ってしまえば──
『……わ─しは──を助───に───とし──訳じゃ──よ』
「……?」
その時、ヤマバクを惑わす甘言を断ち切るかのように、何処からともなく誰かの声が聞こえ始めた。
遥か遠くから聞こえいるようにも、すぐ耳元で囁かれているようにも聞こえる。
距離感がまるで掴めない。
『“セ──”ちゃん─……!』
「誰かいるんですか?」
ヤマバクが周囲に声を掛けるも声の主の姿は発見することはできなかった。
『───の大切な──だ─らッ!!』
「大切なもの……そうですよ。
それでもわたしは帰らなくちゃ行けないんです!
あそこが、わたしの縄張りですから!」
誰かの力強い言葉はヤマバクにもう一度歩みを進ませる勇気を与えてくれた。
「!」
ヤマバクが瞬きをした瞬間に目の前に人が現れた。
周囲は霧で真っ白だと言うのに、
ヤマバクとその人との間にはまるで霧が無いかのようにはっきりと姿が見える。
「やぁ、ヤマバク。こんな所に来ちゃダメじゃないか。
ここから先はまだ“何も”ないんだから」
「……」
ヤマバクは“初めて”出会った時と同じ様にその人に向けて問い掛けた。
「……あなたは誰ですか?」
「……あなたの飼育員だよ」
ヤマバクは彼女の名を知らない。