「ここは何なんですか?」
「ここは……ジャパリパークだよ」
「わたしの知っているジャパリパークじゃないです」
警戒心を露にしているヤマバクの様子に飼育員は困ったように指で頬を掻いた。
「そっか…… ヤマバクは全部思い出しちゃったんだね」
「わたしはあの日の夜、地面から溢れ出る黒い何かから逃げるために木に登り、
落ちて黒い何かに飲み込まれました。
そして、気が付いたらこのジャパリパークに居たんです。
嘘の記憶に塗り潰されて」
飼育員は観念したかのようにこのジャパリパークの真実を語り始めた。
「ここはもう一つのジャパリパーク。
誰かが思い、誰かが願った“もしも”を再現した場所。
この夢は現実を飲み込んでいく。
そして、何時の日か夢と現実はひっくり返って、このジャパリパークが本物になる。
ここは誰もが幸せになれるジャパリパークなんだよ」
「でも、ここは夢の中。
夢の中には何もありません。
幸せとか楽しいとか、そんなものよりも大切なものが現実にあるんです!
ここは“幸せなだけの悪夢”! わたしはここから出ます!」
ヤマバクは決意を胸に歩みを進めて飼育員の脇を通る。
すんなりと通れてしまった。
「どうして……」
「止めないのかって?」
ヤマバクは飼育員に背を向けたまま疑問を口にすると飼育員はヤマバクの言葉の続きを言う。
飼育員は少しだけ顔を下に向けヤマバクに背を向けたまま言葉を紡いだ。
「フレンズのやりたいことを後押しするのが飼育員だから。
だから、ボクはヤマバクを止めない」
「しーくいんさん……」
「ヤマバクはボクの言うこと全然聞かないし、勝手に行動して迷子になる問題児だった。
だったけど……」
飼育員の頬を伝って、透明な雫がしたたり落ちる。
震える声を絞り出すように飼育員は思いの丈を口にする。
「本当に少しの間だったけど、ヤマバクと過ごした時間はとっても楽しかったよ……」
「……っ!」
「振り向いちゃダメだ!!」
思わず飼育員の方を振り返ろうとしたヤマバクを飼育員が止める。
「振り向いてしまったら戻れなくなるよ。
振り向かないで真っ直ぐ進むんだ。 真っ直ぐに」
「ぅぅ……わ、わかりました!」
ヤマバクは飼育員に言われた通りただ前を向いて走り続けた。
悲しみを断ち切るように、ただひたすら真っ直ぐに……
「もしも……もしも、もう一度ヤマバクと会えるのなら
今度は飼育員じゃなくて、友達として…… 現実で……」
一人、白い空間に残された飼育員はヤマバクとの別れを惜しむように一人呟いた。
「ああ、そっか…… 思い出したよ。
ボクは── 本当ノボクハ──」
飼育員の役割を与えられた存在は思い出した。
かつて現実世界で何を願い、この世界で過ごしたのかを……
現実世界に戻れたのなら
喋ることは叶わなくても
ヤマバクの側に居たい