SSや怪文書、1レスSSなどを投下する用途のスレッドです。 アーカイブとしての保存や、絡み後の後日談などにお使いください。
一般的に性器言われるんは厳密には外性器というてね お母さんのお腹の中におる時には男の子でも女の子でもおんなじ形やったりするんよ で、実際に子供を産むとなった時に、植物でいう雄しべと雌しべの役割を果たすんはこの外性器+内性器 内性器というとまぁ男の子やったら精巣、所謂睾丸とそこで作られた精子の通り道になるし 女の子やったら卵巣と卵子が定着する先としての膣と子宮になるわな 雄しべのやくっちゅうんは外性器、中に入っとる生殖細胞が精子に相当するし、雌しべの柱頭から子房に至るまでの部分は外性器から子宮でその中にある生殖細胞が卵子になるかな
ダンダンダンッと重厚な発射音が「神戸」で鳴り響く。 音の正体は男が持つ銃、AA-12と呼称されるフルオートショットガンの射撃音。 「クソったれが、何時ものことだが今日も鉄クズが湧いてやがる…おい、まだ生きてるか?」 そう言う男の視線の先には、怯えた表情をしながら銃を構えているまだ十代前半と思われる少女が座り込んでいた。 周囲には先程まで戦闘を行っていた形跡があり、いよいよ追い詰められていた様子と言った所だ。 「おいガキ、こんなトコでオネンネしててもいいが早く離れるぞ。直ぐに別の奴が出てくるだろうからな」 男はそう言うと先へ進み始め、慌てて少女は男に追従した。 「お前みたいなガキがなんでこんなトコにいやがる、此処はガキの遊び場じゃねぇんだぞ」 「お前みたいなクソガキは家でママのミルクでも飲んでるのがお似合いだよ」 男の容赦ない言葉を受け、反論する気力もないのか目に涙を浮かべる少女。道中会話は殆どなく、ただ男の悪態を吐く独り言ばかり周囲に響く。 やがて「神戸」の出口付近まで近づき、後はよほど運が悪くなければ脱出できるという所まで辿り着いた。 「オラ着いたぞ、ここまで来ればもう大丈夫だろ、さぁここまでの護衛料を払いな」 男の言葉に少女は驚き、そんな話は聞いていない、ともっともな抗議を行う。しかし男はその言葉に不機嫌そうな表情を見せ、少女に威嚇するかのように大声で怒鳴る。 「お前ここまで俺が居なきゃ死んでだろうがアァ!?俺がどれだけ命がけだったかわからねぇようだなクソガキ!痛い目見ねぇとわからねぇようだな!」 男の剣幕に怯える少女。その時、パンッという発砲音が聞こえると、男の頭から血飛沫が舞った。 普通ならば頭部を撃ち抜かれて死なない人間は存在しない。 しかし、男はまるで何とも無いかのような動きだす。 「チッ、他の回収業者が近くに居やがるな、長居しすぎたぜクソったれ!」 男はそう言うと、凄まじいスピードで走り出した。 常人の何倍も速く走り、あっという間にその場から逃げ出す。 男が逃げ出した直後、数人が少女の元へ駆け寄る。 男の正体は“死に損ない”と呼ばれる違法回収業者だと少女に伝えられた。何もされてなくて本当に良かったと周囲に気遣われながら、少女は無事に保護されたのだった。 「クソったれ、ガキがこんな所に近寄るからこういう目に合うんだよ。今回で身に染みただろ」 “死に損ない”と呼ばれる男はそう言い、不機嫌そうに呟くと、再び「神戸」を歩き始める。 未だ回収されて居ないロストHCUを求めて。
「私は……誰です?」 私が意識を取り戻し目を開いた時、私には何もなかった。 目の前には緩やかな流れの小川に生い茂る草木と動物達。豊かな自然、長閑な里山と言った所だろうか? 私は倒れた古木に寄り掛かるように背を預け、足を伸ばして座っていた。 失われたのは記憶、年齢、そして名前。辛うじて知識はあるようだ。だが、具体的な知識を意識して引き出す事が出来ない。 まるでストレージに眠っているデータのようだ。自分が何者かも分からず、ここがどこかも分からない。 「小鳥さん、ここは何処です? 私が誰か知らないですか?」 小鳥が私に近付いてきたので思わず話しかける。しかし、小鳥は私が話し掛けた事に驚き何処へと飛び立ってしまった。 少なくともこの場所の小鳥には私の言葉は通じないようだ。 ……この場所の小鳥?私は言葉の通じる小鳥を知っている?記憶の喪失と眠っている知識の齟齬が私に混乱をもたらす。 少なくとも動物に話し掛けるのは普通ではないと言う知識が頭に浮かぶ、なら人間に会いに行こう。 意を決した私が立ち上がると、立ち上がった事で周囲にいて様子を伺っていた小動物達が驚き、一斉に逃げ出す。 「ごめんなさいです」 そんな意図はなかったのだが、悪いことをしてしまった。ペコリと頭を下げてその場を立ち去るかとにした。
川に沿って歩けば山を降りられると浮かんできた知識に従い、せせらぎを友に草木を踏み締めながら山を降る。 やがて小川は流れの早い大きな川に合流し、人の手の入った山道が目に入った。山の中を歩くよりは大分歩きやすい。 誰か人がいないか周囲を見渡しながら歩いているが、見つかるのは狸や狐、猿、野生の動物ばかりだ。 とその時、一人の老女が遠くに見えた。 「あの、すみません!少し尋ねたいのですが、ここは何処なのでしょうか?私の事を知りませんか?」 私は小走りで山を歩きやすい格好をした老女に近づき、思わず口早に話し掛ける。 「何を言ーちょーの?あんたこげな場所で何をやっちょーの?」 急に話し掛けられた老女は警戒感を露に、私を見る。 先走り過ぎて不信感を与えてしまったかもしれない。 「良う見たらその格好ボロボロじゃなえ!話を聞えて上げーけん!ええけん家に来ない!」 落ち込んでいる私をまじまじと見えていた老女は私の格好が尋常ではないことに気づく。 私は意識していなかったが、どうもボロ布で体を隠すだけのような服とも呼べない何かを纏っているだけだった。 老女は私の手を引くと、足早に彼女の家に向かった。
元気ですね、と彼女が言った。無論、自分に向けたものではない。目線を注ぐ先は、海辺ではしゃぐ子供たちである。サーヴァント達も一緒になって大いに遊ぶ姿は、成る程元気に満ち溢れている。心の底からの同意を込めて、深く頷いた。 天王寺の水面近く、船溜りのないエリアには、リゾート地らしく誂えられた人工ビーチがある。適々斎塾では、この一部を職員の慰安や生徒の水泳授業用に確保している。無論、ただ授業で使うだけ、などということはなく、プール開きの時期には、教員の監督付きという条件で生徒が自由に利用できるのである。 そういう訳なので、時折教員として自分も子供達の面倒を見ている。今日もその当番の日だったのだが、何故か、彼女も付いていきたいと言った。授業を手伝ってもらうこともある為、彼女を臨時教員として加えることは可能だったが、はて、何故この仕事についてきたかったのか。 結局今まで理由は聞かず終いだったが、思い返すと気にかかってくる。嫌ならば答えなくても良いが、と前置きをして、尋ねてみたのだが。 「海を、見たかったんです。貴方と二人で、一緒に」 ――少し赤らんだ頰は、さて、太陽に照らされた為だったか、それとも。
おや、マスター。こんにちは。今日は良い天気ですね。私の太陽電池も効率よく稼働しています 私ですか? 私は、どうやら一式機械鎧のようなロボットを開発する技師、ということになっているようです 『深淵の航海者』スキルや、私の中の糸川氏の力もあって、なんとかそれらしいことができています ――私は知っています “はやぶさ”は勿論、私の先輩方も後輩達も、町角の工場で働く職人さん達が、丹精込めて、丁寧に身体を作ってくれたお陰で、長い旅を成し遂げられたことを 仮初めの世界、仮初めの肉体とはいえ、今度は私が職人さん達の立場になって、人々の役に立つ。人の縁とは、不思議なものですね あ、でも、私の場合糸川氏以外は人ではありませんね……。こういう場合はどういえばいいんでしょう? ともあれ、何か複雑な機械について聞きたいことがあればいつでも来てください。私にできることでしたら、他の技術系の方と一緒にお手伝いさせて頂きますね そうそう。作っているロボットですが、もしかすると特異点解消までに完成するかもしれません。もしそうなったら、マスターを乗せてあげられるかもしれません 確かマスターはロボットがお好きでしたよね? であれば、是非楽しみにしていてください。私も、私を作ってくれた人達の様に、頑張って作り上げてみせますから
ツナギを着たはやぶさに出会った 機械関係で何か困ったことがあれば手伝ってくれそうだ
彼女の霊基が反転してしまったらしい。 “仕事”の折に、文化財の提供者が手渡してきた疲労回復用の霊薬とやらを飲んだらこうなってしまった。 霊基反転、所謂オルタ化。時折話は聞くが身の回りで起こるとは。こんなものを寄越した提供者には後々話を聞きにいく必要があろう。 しかし、それはともかくとして、積極的な彼女というのも面白いものである。口数も多くなったし、事あるごとにスキンシップまでしてくるとは驚いた。 …いやしかし、こうしてスキンシップしてきたところを掴まえて、いつも有難う、と伝えたら。 「あわわ……」 こうして顔を真っ赤にする辺り、あまり根っこは変わっていないようである。
今宵、月が照り輝く。光とは、道を指し示すものである 同時に切り開くものである。切り開くは何か? 未知。不安。隠されし物 その先にあるは真実か。あるいは自我を超えた深淵か。自我を超えれば何があるか 更なる未知。然し一抹の答え。故に尚も進む、其は蛮行なれど愚行非ず 人の本質にして、あるいは意味。そして義務。されど今を生きる愚者、その意義を亡失の彼方へと置く 在りし日の光忘れし愚鈍なる蒙昧。溝鼠。這蟲。人である意味を忘れた物。人の歩む道を避けた物 人に非ず。人に成らず。人に類せず。正しきは、闇を開く獣の性。切り開きし未知に光を求める欲 常世を超え修羅を超え畜生を超え餓鬼を超え獄門を超え、天輪に至るも尚失われぬ確固たる己 失われしも尚失われぬ自らの意志。其を自らの咒と刻む。人たる証は此れ、此の刹那たるのみ 亡者さえも厭う漆黒であろうとも、悪鬼すらも忌む深淵であろうとも、胸に刻みし咒の下誓え ────我らは此処に在り──── 月の光の咒の下に集え。この世全ての狂を摘み取りに。地に堕つる雫を踏み躙りに 掌より零れ堕ちたる砂塵を拾う者は非ず。寂静なる地に生命の歌は要らず 今宵、月が照り輝く
「ねぇ~☆ 貴方彼女とか作らないの~?」 いつものように脳細胞が花粉で出来ているような女の声がする。銃の整備の気が散る 「ひっどぉい! 誰のおかげでご飯を食べられると思ってるのかしらぁ?」 俺の殺しの腕のおかげ、そう答えると女は露骨に不機嫌になった 「違うけど違わないのがむっかつく~」 そうか、俺はお前のしゃべり方がムカつく。気が合うな 「そういう事じゃなくてぇ~☆」 十数人の男女が組体操したみたいに作られた奇怪な椅子から降り、ちゃんどらは言う。 「貴方、私の彼氏にならなぁい? きゅふふ☆ 貴方みたいな人が彼氏って、倒錯してて素敵だわぁ☆」 秒で断った。 「なんでぇ!? 私おっぱい大きいし信者(おかね)もあるのにぃ!」 1つ、俺は強い奴が嫌いだが、弱いやつとは付き合いたくない。 2つ、お前は弱い側だ。3つ、生理的に受け付けない。 「なぁに? ワタシが弱いって言うのぉ☆」 試してみるか?
躊躇なく銃口を向ける。抵抗感なくコックを下ろす。迷いなく引き金に指をかける。 「こっちのセリフ……☆」 引き金に指をかけた、と俺の脳が認識した刹那には、俺の周囲に10もの人影があった。 半分が刃、銃、徒手、あらゆる手段を持って俺を一瞬に殺せる間合いに立ち、そしてもう半分が、ちゃんどらの肉壁として立っている。 「誰が、弱いって?」 ────────────。 銃を下ろす。向こうも依存者(しんじゃ)共を下げる。怪我したうえで、稼ぎを失ったら笑いものだからな。 ────訂正しよう。お前は"弱くない"。 「でも?」 当然、俺の方が強い 「だと思った……☆」 変わらぬムカつく声で小さく笑って、ちゃんどらは奥の方に依存者に担がれ消えていった。 あの女は、ゴミにも劣る悍ましさと蛆虫にも勝る醜悪さが人の形を取ったような女だが、人心掌握だけは本当の強さだ。 強い奴は嫌いと言ったが、あそこまで己に振り切った奴の強さは見ていて飽きない。 ……奴の脳天をぶちまけるのは、俺でありたいと思えるぐらいには……、な。
『御門……さん。いえ……ヒカルさん。いつも…ありがとうございます』 カグヤさんの表情はいつも可愛らしく美しいが、今回はいつもとは何かが違うように感じる。 なにか躊躇うような、ほんのり恥じているような… 『……あの…いつもギター…弾いてますよね、私の為に…その、今日は一緒に…演奏…しませんか?』 ……ッ!?そ、そんな…まさかこんな日が来るなんて…とうとう僕の気持ちがカグヤさんに伝わった…! ああ、嬉しすぎてなんだが視界がぼやけてきた。ああ、カグヤさんの姿が歪んでいく。 でも今はそんなことより早く僕の嬉しさも合わせて返事をしなければ!YESって!さぁ言うぞ、言うぞ! 「よ、よろこんでぇぇぇぇ………あれ……」 目の前には見慣れた自分の部屋、カグヤさんは見当たらない。 慌てて周囲を見渡す。 見慣れた自分の部屋、当然カグヤさんは見当たらない。 夢だったのだ、さっきのは自分の都合のいい夢。 その事実に思わず大きくため息をつく。 「…まぁ、そうだよね……ツバメさん居なかったし…あの人いないなんておかしいよね…ハァ…」 幸せな夢ではあったが、現実との大きな剥離に少し落ち込む。 だがいつまでも落ち込んでいられない、自分のこの夢をいつか現実にしてみせる! そう自身を奮い立たせ、今日も生活の為バイト先へと向かう準備をするのであった。
「親父殿! ようやっと魔術の師匠見つけることが出来た!」 「本当か!? そりゃあめでたいなぁ! というかやっとか!?」 喜んだ顔で勢いよく飛び込んできた息子に対して、"俺"は笑いながら祝いの言葉を口にする。 「おめでとうヘイレム~~。それで何専攻するか決めたの~~?」 「あー…それがだな。まだ正直迷っててだなぁ…」 「死と生について一緒に研究しないかい兄さん」 「お前はまたそれかよ!? 俺は俺の道を行くよ!」 騒がしくも暖かい、目の前で繰り広げられる会話を見て、心が解ける感覚を覚える。 「────こういう家族らしい会話は、暖かく、楽しいものですね。お父様」 「……そうだな……ルシア」 隣に座る長姉の言葉に、"俺"は頷く。そうだ、本来家族とは、こうあるべきなんだ。 義務感に縛られず、疑心暗鬼もなく、心を休められる場所であるはずなんだ。 ────だが"俺"は、この可能性(かぞく)を否定した。この道を選ばなかったんだ。 「……ごめん」 その言葉は意識せずに出た。謝らずにはいられなかった。この、本来あるべき幸せを、俺はお前たちから奪ったんだ
────微睡の中で、ザックライアスは目を覚ます。視界には変わらぬカルデアの天井が映る。 そうだ、あれは夢だ。堕天使に支配されなかった可能性。在り得たかもしれないIF。 だがそんな物はない。そんな幸せは有りはしないし、此処から先も起こり得ない。 聖地に自由を求めたあの日から、彼は全てを奪われ、そして凡てを奪い去った。 己の未来を、子の自由を、子孫の可能性を、堕天使の誘惑に負け、その総てを捧げた。 「────……っ」 頬を雫が伝う。どうして自分は、あの日、身に余る渇望を抱いたのだろうか。 そのような後悔だけが、何度も胸中で渦巻き、胸を打つ激痛となって襲う。 『大丈夫かい? 辛いようなら休むかい?』 「……いや、いい。行ける。大丈夫」 通信越しに響く声。それに生返事で返し、彼は立ち上がる。 「これは、俺が選んだ道だから」 失われた命は回帰せず、過ぎ去った時は巻き戻らない。あるのは唯後悔のみ。するべきは、ただ1つの贖罪のみ。 そのために此処にいる。そのために俺はいる。そう自分に言い聞かせ、奮い立たせ、彼は星見の砦に立つ。 進み続ける意志を止めることができるのは、始まりの意志だけなのだから。
フルチューンしたモーターを唸らせ、力の限り自転車を漕ぎながら螺旋坂を突き進んでいく。
「うっえ~~を向い~~たらぁ~星ぃがあってぇ~~~!」 「ぶぇっほ!うぇほぶふ……!ハルナ下手すぎ!!」 「うっさい!!なつかぁしぃ記憶にぃ涙ぁあふぅれ出すのぉ~~~!!」
ご機嫌に流行りの歌を歌いながら―――なのだが、シノが茶化してくるから怒鳴り返す。歌は声量だろ常識的に考えて。 トップスピードで坂の終点をジャンプし、強い冷風が顔を吹き抜ける。 屋上―――市民が出入りできる範囲では一番高い、モザイク市「神戸」の天板に位置する屋外エリアに出てきた私は、自転車を降りてすぐに駆け出した。 空を仰げば、宇宙。 手が届きそうなぐらいに満月が上り、夕刻であっても冬空はすっかり真っ暗な背景に星を散りばめている。 その優美さに一通り胸が沸き立つものを感じながら、その姿をより観察するべく巨大なバッグを漁り始めた。 鏡、紙筒、エトセトラ。見栄えは図画工作みたいだが、これでもカリスマ観測士マナカさん推薦の立派な代物だ。 キチンと組み上げていくと一端の反射望遠鏡に仕上がってくる。
「よーし快晴!今日はよく見えそうだな~っと」 「ふひーつっかれた……あんたよくもまぁ飽きずに見にくるわねぇ。今時外の天気なんて業者が見るもんっしょ?」
今のご時世、空調の効いた「神戸」の中では昔に比べて気象情報を見る者は少ない。 外壁の作業員が利用するポータルをわざわざ覗いて、絶好の観測日和か否かをチェックするのが日課になっていた。
「趣味に時間を費やすのはいいことよー?シノ」 「お勉強とかなさらないんですか……!?私たちそろそろ人生の瀬戸内海に立たされていることですよ!?」 「瀬戸際ね。私はカリキュラムの試験模擬A+判定だったから」 「あーそーでしたね……カリキュラム出たらどこに入るかも決めてるの?奏金?ラジアルメカニカ?」 「そこまではまだ……研究方面が肌に合うなら、三島でもいいかもね」 「あたしはストレガにしようかなー?美の研究とかそんな感じの」
もうそんな時期か。 もうすぐしたら、私たちの年代はHCUの育成カリキュラムを受けてどこかの企業の社員を目指すか、外に出て自由と責任を謳歌するかを決断する。 私たちの言うことやることは大人曰く、聖杯がやってくる前とさして変わらないとか。 聖杯、サーヴァント。私はまだ後者を持ってはいないけれど、この辺の順応は皆割と早い。 テレビじゃ今後の危険性を訴えたりもしたが、すっかり聞かなくなったあたり誰も関心がないようだ。 ここはそんな街だ。 現在に熱狂し、過去も未来もキャッチーでなければ沈んでいく。爆ぜる泡の如きモザイク市。 対して、何千年も変わらず在る星々のなんと静かなことか。 ―――などと感傷に浸るが、最新式の端末で望遠鏡の連動アプリを弄りながらだと説得力が無いかもしれない。 まぁ、結局何をするにしても楽観的にテクノロジーを頼るのが、良くも悪くも私たちの種なんだろう。
「まぁまぁ、そんなことよりジュリもどう?星見る?」 「えー……天の川どこ?織姫様に出会いをくださいって一念送りたいんだけど」 「今は冬だし……」 「あーじゃあアレ、あのでっかいの何?何等星?」 「……あぁ、アレは一等星より明るいやつで―――」
――― ―― ―
―――上を向いたら、星があって。
空を仰げば、天井。 どこまでも上部構造は高く、真っ暗闇を背景に朽ちかけた人工太陽が頼りない光量で地上を照らす。
―――懐かしい記憶に、涙溢れ出すの……
2025年
もしもし…はい、そうです。俺です…お久しぶりです。 はい…ええ、俺は元気です。そちらは…? そうですか、特に変わったことは……そうですかお変わりなく… ところでお子さんは元気ですか?……そうですか、それはよかった。 ……そういえば小切手、また届きました…?ええ、例の……ああそうですか届いてる… 今ですか?今は……今は日本で仕事をしています。 すいません、急な話で……はい、すみません連絡せずお騒がせしました。 ………いえ、俺は貴方たち家族に会わせる顔なんてないですから。 …大丈夫です、心配しないでください。慣れない環境ですけどなんとかやっていけてます。 はい…ありがとうございます、それじゃあお元気で。
もしもし……ああ、俺だ…ああアレか。この前回収したアレなら… アァ…?ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ、アレを回収するのに俺がどれだけ苦労してきたと思ってんだ! オイ、何がそういう訳だふざけた事言ってんじゃねぇぞオイ!オイ待……クソが言うだけ言って勝手に切りやがった! チクショウ何が回収期待してるだくたばれクソ野郎…! ……おいギドィルティ!また「神戸」にいくぞ準備しろ! ギドィルティ……ギドィルティ!!クソ居ねぇ!アイツ何処行きやがった!
__________しゃんしゃんしゃん、しゃんしゃんしゃん。 モザイク市「天王寺」の雪降る聖夜の寒空を、ベルの音を響かせながら一台のソリが翔けていく。 けれどソリを引くトナカイは影のように真っ黒で、ソリに乗ったサンタは四人もいる。
もこもこのサンタ服に包まれた銅色の髪の少年は、夜空を駆けるソリに目を輝かせ、両手を挙げて風を切る気持ちよさを堪能している。 彼を抱えた、控えめにサンタ帽だけ被った学生服の銀髪の少女は、不服を申しながらももその顔はまんざらでもなさそうで。 先頭に立つ、赤いスーツに付け髭までつけてサンタになりきった青年は、次の家はどこですか、と背負った袋からプレゼントの箱を取り出し。 その隣に腰掛ける、巫女服を模したふわふわのサンタ服を着た黒髪の少女は、次はあちらですね、と手のひらサイズの鏡を通して天王寺の街を見渡している。 クリスマスキャロルという小説では、ごうつくばりのスクルージの元に三人の精霊が現れ、過去と現在と未来を見せて、彼を改心させたという。 だから、少しぐらい「ずる」をしても、今宵は神様も許してくれるだろうと。 巫女の少女はその瞳に移る暖かな未来へ向けて、夜空にソリを走らせていく。
今年のクリスマスは、天王寺では二台のソリが夜空を駆け。 そして天王寺に住む少年少女たちは、前の年より一つ多くプレゼントを貰ったのだと、いつもより賑やかに聖夜を過ごしたのだとか……
今日の授業内容が保健だ、と聞いて、少し顔を赤らめるのは、きっと私だけでないはずだ。同い年の友人は殆どいないから、あまり自信はないけれど。
ともあれ、いつもの指導室では、センセイが黒板に、いつも通りのとぼけた顔で文章を書き込んでいた。タイトルは、「各種身体機能の成熟について」。 簡略化された半身ずつの人間の身体——当然片方は男性、片方は女性——が、ものすごくデフォルメされた下手くそな筆使いで描かれているのを見ると、センセイの不器用はいつまでも変わらないなぁと思う。 「不老不死を獲得しても、人間の持っとる基本的な代謝・成長の機能までは変わらん。つまり、寝る子はよう育つし、たくさん食べれば背丈も腹回りも大きくなりやすい。そんでもって食べたら食べただけ出るものも……」 「センセイ、その先は言わないでください。『最低です』ってヤツですよ。デリカシーないです」 「んぐむっ……ごめん」 書きながら喋るセンセイに、つい反射的に冷たい目線を向けてしまった。 けど、年頃の女の子に堂々とこんなこと(食べたら「出る」)だとかそんなこと(腹回りが大きくなる)だとか言う無神経な人にはこれくらい許されるはずだ。 この辺のトーヘンボクっぷりも変わらないけど、此処は出来れば変えて欲しい。 「……言い方が良くなかったかな。変に軽く言わんと、体重増えるとか、排泄物も出るとか……?」 ……訂正、是非とも変えて欲しい。 普段はいいけど、こういう授業のタイミングで、繊細な心情を考えて欲しい時になると、センセイはオンボロロボット並みにポンコツになる。 ここさえ改善されればもっと授業を受けたがる生徒も増えるだろうし、なんならきちんとしたクラスを持つことだってできるだろうに。いまいち人気が伸び悩んでいるのは、この辺も理由としてあると思う。
閑話休題(……だったっけ?)。 それはともかく!と、センセイが咳払いを一つして、今度こそ授業が始まった。 「ともかく、人間は生物であり、従って成長する。此処まではええね?」 「大丈夫です」 「宜しい」 ほないしたら、と続けて、黒板の一角に四角い枠が増える。中黒を一つ打って先生が聞いてきたのは、「成長する場所」について。 「分かりやすいのは身長で、これはまぁ、赤ちゃんから次第次第に大きくなっていくってのが多くの人の当たり前な訳やけど。これ以外で、人間のどんなところが成長するか? ちょっとこの枠に書いてみ」 白いチョークを手渡され、起立を促される。 黒板の前まで来たのはいいものの、急に言われると、流石に少し思い出すのに時間がかかる。 体重……は乙女として言いたくないから、他のもので何か考えよう。 「えーと。まずは……免疫?」 子供より大人の方が病気にかかりにくくなる、そんな印象がある。 ということは、免疫機能、身体の丈夫さも、年齢に比例して上がっていくのでは? という連想から、まず一つ。 それから、筋肉や骨。センセイは身長が伸びるという形で表現したけど、節々に響く成長痛で眠れない夜を過ごしたことは、一度や二度じゃない。 背が伸びる以外にも、身体のパーツ全体が大きくなっていくのだから。 後は……脳の機能。大人になるまでに、脳の神経細胞は増えて、大人になったら後は減っていくだけ。そう聞いた。 なら、大人になるまでの間は成長していくと解釈できるはずだ。 というわけで、書き出したのは「免疫」「筋肉と骨」「脳」の三つ。これでどうだろう、と、席に戻ってセンセイの反応を待つ。
「宜しい。三つとも正解やね」 黒板の枠内に、先生が赤いチョークでくるっと丸を描く。 こうして目で見える形で評価されると、何だかんだ言っても嬉しいものだ。 回答のそれぞれに矢印がつけられて、そのまま解説が書き加えられていく。 「免疫機能、要するに病原体を排除して健康を保つ力。これっちゅうんは、病原体をやっつけるリンパ球を作る『胸腺』と、それを身体中に運び出す『リンパ管』に頼るところが大きいんやな」 「で、こういう器官は、小学校入る前後くらいから、影見と同じくらい、所謂思春期頃にかけて、急速に発達する」 男女の半身図の真ん中、胸のあたりに、内臓っぽいものが描き入れられる。これが胸腺というものらしい。 喉のあたりに増えたのは、リンパ腺だろうか。風邪をひくと、此処が腫れて痛い。それは、身体中にたくさんリンパ球を送って、身体を治す為の反応なのだそうだ。 「まぁ、“聖杯”のある今の人類には、こういう機能の発達はあんまり関係ないんやけどねぇ」
次いで、筋肉と骨。これについては、それ以外にもたくさん発達するものがあるのだとか。 「具体的には、内臓……特に呼吸器系の機能やね」 それは例えば、肺が成長することで、血液に酸素を取り込む効率が上がり、運動しやすくなるとか。心臓も同じように成長して、血液を身体中に送る力が高まるとか。そういうものらしい。 そういえば、小さい頃よりは……逃がしてもらったあの時よりは、走っても息切れしなくなった気がする。これは根拠のあることだったらしい。 「今のうちに体力はつけといた方がええよ。歳食ったら食うだけ筋肉もつきにくなるからね」 ……妙に実感のこもった言葉は、多分実体験からだろう。センセイが最近、朝早くから学校の敷地周りをジョギングしてひぃひぃ言ってるのを、私は知っている。 バレてないつもりらしいけど、ビオトープを手入れ中の西村先生がバッチリ目撃していたのだ。
最後に、脳について。さっき私が考えていたのは大体合っているらしく、脳細胞は、大体十八から二十歳くらいまで分裂を続け、そこから先は増えることなく減る一方になる。 機能としての完成は、大体六歳くらいまでに完了するそうで、小学生未満の時の記憶が朧げになりやすいのは、単に昔のことだから、というだけではなく、脳機能の発達が未熟だったから、という可能性もあるのだとか。 それでも鮮明に記憶に残っていることがあるなら、それは相当印象的なことなのだろう、とも。……成る程。やっぱりこれも身に覚えがある。 「今の時勢やと、生まれてからすぐに聖杯で調整したら、その辺も確実に記憶したまんま成長できるんかもしらんけど。流石にそれやったて話は聞かんなぁ」 「その時にあったことを後から忘れるなんて、その時には思わないですし。子供ならなおさらですよね」 「まさにその通り。今この瞬間考えとることなんか、ほんの一瞬で思い出せんようになるんにな」 どこか遠い目で見るセンセイの言葉は、センセイ自身の普段の主義あってこそだろう。 忘れられて消えることは、ただ死ぬよりも恐ろしいことだと。だから、覚えておかないといけないのだと。 「影見。写真でもなんでも、大切なもんは、忘れんうちに形に残しておきなさいね」 ……センセイが其処まで忘れることを恐れる理由を、私は知らない。きっと聞いても教えてはくれないだろう。 ただ、言っていることは、良く分かった。忘れてしまえることは、人間が生きていく為に必要な機能で。だからこそ、残酷なまでに優しい。
「……辛気臭くなってしもたね。一旦この話は終わりにしよか」 「……はい」 手を一回、ぱちんと叩く。これでこの話はお終い。授業に戻ろう。いつも通りのとぼけた顔で、話を切り替える。 正直なことを言えば、センセイの昔話も気にはなるが、今は学びの時間だ。興味があっても、それは後回し。その代わり、必ず聞く時間は設けてくれる。 答えてくれるかどうかは別だとしても、そういうところへの気配りがあるのは有難い。ちゃんと話を聞いてくれているんだと、そう思える。 「さぁて。これで3つ、人間の身体の成長点を挙げてくれた訳やけど、まあ大体これが肉体的成長で代表的なとこやね」 これまで書いた内容と、男女の半身図の各部位を結びつけて、どういう場所が発達してくるかが示される。 こうして図で見ると、心臓や肺と身長なんかが大きくなってくるのは、多分連動しているのだろうな、と思う。 大きくなった肉体に、欠かさず血液を送り込む為に、連動して心臓が発達し、血に酸素を取り込む為に、肺の機能が主に発達してくるのだろう。 脳については、基礎部分が完成した後、それを補修して仕上げるような形で神経細胞の分裂が続くのだろうか。
面白いと思ったのが、センセイが書き加えた「成長・発達率の線グラフ」だ。 多くの機能が、大人になるにつれて少しずつ発達していくのに対し、免疫の機能だけは、思春期頃に、大人の頃よりもずっと発達しているらしいのだ。 「子供は風の子って言うんは、案外ほんまかもしらんね。実際に大人よりも元気を保つ機能がよく発達しとるんやから」 さっきとは違って、暗い色のない、何処か懐かしむような。さっきあんなに沈み込んだ重さを持っていた目と、同じ人間でもこんなに違うのだろうか、というほど優しい目。 それが向けられている先は、『適々斎塾』の敷地内に隣接して置かれている小学校の方向。 個人指導課程とはカリキュラムも違う為、あちらはもうお昼ごはんを食べ終わった後、昼休みだ。元気に遊んでいる声が聞こえてくる。 ……そんな風にして、「若いもんはいいなあ」なんて言う歳じゃないでしょ。とは直接言わないけど、本当に老け込んでいる。それで本当にまだ二十歳代なのか。
「……あれ。センセイ、線グラフにもう一つ説明がついてないのがありますけど」 ちょっと呆れながら板書していると、ふとそれに気がつく。線グラフは一本一本が別々のことについての数値を示しているはずだけど、一本、なんにも説明されてないグラフが。 「ん? ……あー。あー、あー、あー。それな。取り敢えず書いといて頂戴。詳しいことはまた別の先生が教えてくれはるから……」 「どういうことです?」 珍しい。センセイでは説明できないことでもあるのだろうか。基本的に何を聞いても答えてくれると思っていただけに、ちょっとビックリだ。 と、思ったのだが。言葉を濁していたセンセイが、観念するように絞り出した言葉で、色々納得した。 「其処はやな。所謂『性機能』に関する単元やから、俺が教える訳にはいかんのよ」 「……アッハイ」 ……それは無理だ。私も流石に其処について教わるのは嫌だ。うん。じゃあ仕方ないね。
結局その日は、その部分だけを避けて、教科書でそういう説明を受けて終わった。 センセイはなんともなかったけど、ちょっと私は顔が赤かったかも知れない。 ……ココノもおんなじことになったら恥ずかしがるよね。別に私が初心ってだけじゃないよね。
街が愉快な、聞き馴染んだ音楽に溢れる時期。 私は決まってあの頃のことを……数年前までの日々を思い出す。 信頼出来る仲間が居た。志を同じくした親友が居た。私を見てくれる、大勢のファンが居た。 あの大舞台で……たくさんの光を浴びて。色とりどりの光の波を、ステージの上から眺めていた。 七色のペンライト、溢れんばかりの歓声、満ちる音楽。目を瞑れば今すぐにでも思い出せるのに。 ……街頭のショーウィンドウに積み重ねられた液晶に映るのは、美しい金髪を揺らす二人組。 妬ましい、と言うつもりもないし羨ましいわけでもない。 ならばこの胸に募る感情は……底のない穴を埋めようと、必死に物を投げ入れては落ちていく、そんな感情は。 …………後悔、なのかな。
聖夜。私が訪れたのは難波から遠く離れたモザイク市、名古屋。 この時期にのみ開催される特殊な大会……『SoD』の特別ルール版に参加すべく、遠路はるばるやって来たというわけだ。 都市軍のクリスマス会に参加するのも何だか気まずいし、かといって一人寂しく聖夜を迎えたくはない。 そしてこの鬱屈とした感情を少しでも誤魔化すように……私は、この薄暗く仄暗い排煙の街に降り立った。 光に溢れるあの舞台とはまさに真逆。こんな所に私が求めるものはないと……わかってはいても、それでも。 『おい、あれ……こるりんじゃねーの?』『マジかよ、この大会に出るつもりか?』『非リアの憂さ晴らしイベントに……』 参加者と思しき周囲の人々からは、そんな事を言いたげな視線がビシビシと飛んでくる。 ……わかってる。それでも、私はいてもたっても居られなかった。どうせもう……守るべきプライドもないんだし。 配信用のカメラをセットし銃器の手入れを済ませておく。まもなく時刻は0時を迎える頃。 どうせ何をしても気持ちが晴れないのなら……せいぜい暴れて暴れて暴れ倒して――――――――
「あっ……あの!」「……へっ」 意識の外から投げかけられた言葉に、思わず小さく声が漏れる。 目を向けるとそこに立っていたのは……自分の歳の半分ほどの、まだ幼い少年だった。 参加者……にしては少々若いか。いかにも新米といった出で立ちの少年は、その手に銃……ではなく、色紙を握り締めていて。 「コルリさん……ですよね。ぼ、ボク……い、いつもコルリさんの配信見てて……」 思いがけない言葉に唖然としてしまった。そしてたどたどしい言葉でその少年は、俯き加減で話を進める。 「立ち回りとか、凄くうまくて……いつも、参考にしてて……コルリさんのおかげで、ボク……初めて勝てて……」 「そ、その……えっと……だから……ボク、コルリさんの……ふぁ、ファンなんです……!」 ……緊張し、泳ぎながらもまっすぐとこちらを見据えるべく向けられた瞳。 純粋で、曇り無く……心の底からの真意で語られたその言葉に、私は思考を奪われてしまった。 ファン。私の、ファン?そりゃ私には……アイドルだった私には、数百ではきかない数のファンがいた。 でもそれは昔の話。アイドルファンなんて正直なもので、今では「私のファン」を名乗る人間などまず居ないだろう。 だというのに彼は……私のファンなのだと語った。私が活動していた頃にはまだ物心も継いていなかったであろう、その少年が。
ああ、そっか。 こんな私でも見てくれている人はいる。 表立って目に見えないだけで……画面の向こうで、私に憧れてくれる人がいるんだ。 その視線は、直接私の身体に届くことはないけど……カメラ越しに、ネット越しに。私を待ってくれている人が居たんだ。 今、目の前で向けられたその真っ直ぐな視線は―――――いつかあの舞台に立っていた時のような。 いや、あのときよりも心地良く……キレイな感触で。
「それで……も、もしよかったら……サインと、あ、あ、握手――――」 差し出された手を握り、少年の頭を撫でる。そして次に、生笑顔のおまけつき。 「……これでも昔はクールキャラで売ってたんだから。私の笑顔はプレミアモノよ?」 そんな言葉を返して立ち上がる。気がつけば試合開始の30秒前、そして聖夜を迎える30秒前だ。 どこか惚けた様子の少年も、カウントダウンを聞いて我に返ったか、頭を振るって己を鼓舞する。 ……立つ舞台は違うけれど。あの日見た光も、歓声も届くことはないけれど。 私を見てくれる人がいる。私を心待ちにして、画面の前で応援してくれている人がいる。 それだけで―――――――もう後悔も、迷いも無くなった。
『SoD:ホリデー・ナイト・フェスティバル!レディ――――――』
戦場より、メリークリスマス。 数年越しの皆へのプレゼント、楽しんでくれるかしらね?
クリスマスですねカグヤさん! 今夜もとても美しいですねカグヤさん! クリスマスという日にカグヤさんの姿を見ることができて僕はなんて幸せなんだろう! 今までクリスマスを家族とか友達とかと何度も過ごしてきてどれも楽しかったけどここまで僕の心が浮き立つのはやっぱりカグヤさんだけなんだなぁ… ああ雪まで降ってきてホワイトクリスマス! カグヤさんの月のように綺麗な金色の髪に雪が映える! 今この光景を写真に収めるだけで歴史に残る写真が生まれること間違いなし! そんなカグヤさんを見ていると胸の内から言葉にできない気持ちがドンドン溢れ出てこれは…愛…! ああ聞きたい聞きたい!カグヤさんのピアノが聞きたい! むっインスピレーション湧いてくる! 聞いてください僕の気持ちを込めた歌を!ララララー!ラララー! 誰ですか今微妙な歌って言った人!すいません精進します!
聖なる夜。「天王寺」にサンタクロースが現れた、と、都市情報網では話題になっている。 聖ニコラウスが召喚された、或いは該当地域へ現れた、という情報もないから、当然多くの人々が驚き戸惑い、しかしその慶事を喜んでもいる。 事前にカレン・ミツヅリに根回しをしておいたのは正解だっただろう。空への道を断絶した世界も、この細やかな「飛ぶ」という奇跡を許してくれたようだ。 或いは、「この世ならざるもの」としての性質を宿す虚数魔術と、偉大な巫王の呪力による隠匿が、一時的にとはいえ効いたのかもしれないが。 しかし、ともあれこの寒い中、サンタをしてくれたツクシとスバル君、そして彼女にも、労いをしなければなるまい。 という訳で、自身の生活費から負担にならない程度に少しずつ削った金で以て、「難波」で人気のケーキを予約してあったものを引き取ってきた。 普段甘いものを好んで食べるところは見ないものの、土産の菓子などが食卓に出てきた時に顔が緩んでいるのは確認済みだ。きっと子供たちだけでなく、彼女も喜んでくれるだろう。 ……と、考えていたのだが。単身ケーキを受け取ってから帰ると、出迎えてくれた三人ともが何やらそわそわしている。 不思議に思いながらも、外からそれとわからないように覆ってあるケーキを取り出して、卓上に並べようとした途端、声が重なった。 「クリスマスケーキを買ってきました」。え、と思って彼女を見れば、ぽかんとした顔で、自分が買ってきたものと全く同じものを、冷蔵庫から出している最中だった。 顎が開いて戻らなくなった。ツクシは目を丸くした。そのまま、些か気まずい時間が流れた。 しかし、スバル君がにこにこ笑って言ったものだから、そのまま、誰ともなく吹き出してしまった。「おそろいですね。なかよしさんです!」 ああ、全く。仲の良いことだ。考えることまで似通ってしまうとは、確かに「なかよしさん」であろう。 結局、今日だけは「デザートのおかわりあり」だということで、各々、食べるだけ食べることにした。 体重を気にしてか、一切れだけで良いと言っていたツクシも、最終的には、スバル君に押されて二切れ目に手を伸ばしていた。 そのスバル君本人もまた、普段とは少しばかり様子の違う健啖ぶりを見せていた。曰く、「みんなでわけてるからへいきです」、とのこと。自分達4人で分けるから食べ切れる、ということだろうか? そして、彼女も。その所作は、いつもどおりに綺麗で静かなものであったが、いつも以上に柔らかい表情を浮かべていることは、すぐに見て取れた。 「美味しい、ですね?」 微笑むその言葉に、頷く。長らくこんな団欒を囲うことなど、なかったのだが。誰かと一緒に、祭日を祝うというのは、幾つになっても良いものだ。
聖なる夜。もう一人───いや、四人のサンタクロース達は、こうして、静かに時間を過ごしていった。
昔から、この街のこの日は煌びやかに飾られる。 それは自分にとっては至極当たり前の景色であり、彼女から本当はそういうのではないと言われてさぞ驚いたものだ。 だから恐らくは、自分が生まれる遥か昔から続く伝統のようだ。 階層の吹き抜け部に鎮座する途方もなく巨大な樹木には、眩しいほどの電飾が巻きつけられ、 いつもの複合商店では様々な物品―――特に玩具とゲームがセールを始め親子が殺到する。 各居住区においては、家族水入らず、ケーキを囲んで聖夜を祝っていることだろう。 残念ながら、自分はその輪には入れない。 だが、より盛大なパーティーには参加している。 「―――!!皆、ありがとう―――!!!」 玉滴の汗を散らし、マイクを握りしめ直す。6曲目を歌い切り、ステージの熱気は最高潮。もはや先日からの寒波などどこ吹く風だ。
一昨年から始まった、自分とパーシヴァルのユニット「Ars-L」による聖夜ライブ。最初の年は息絶えそうなほどに疲れ果てていたのを覚えている。 肉体もそうだが、心も。思えばこの時期から活動が本格化し、同時に自分の時間の多くは仕事に費やされた。 勿論、都市軍の指揮官も、アイドルも。何れもがいつか王となる自分に課せられた責任であり、その責を放棄することは許されない。 許されない、のだが。それでも。拒否反応を示す心情を隠すことができなかった。 こともあろうにパーシヴァルの前で、泣き出してしまい……恥ずかしいので思い出すのはやめよう。 ―――だが、そんな不甲斐ない自分を、パーシヴァルは笑って街に連れ出してくれた。半ば強引に予定をキャンセルし抜け出したのだ。 その間だけは立場を忘れられた。一介の10歳ほどの子供として、求めていた喜びを享受することができた。 故に、その年の聖夜が終わる瞬間を、心から惜しんだものだが――― そこですれ違った者―――似た年の子供だったかもしれない、その者の顔を見て、唐突に頭が冷えた。 ライブ、楽しみだったのに。と。 ―――咄嗟に、歌い出した自分がいた。 パーシヴァルも最初は呆気に取られていたが、すぐに自分に続き、気づいた皆に囲まれてそこが新たなライブの会場となった。 奪われるだけでも、与えるだけでもない。 この聖夜を、この街だけの賑やかなクリスマスを、皆で共に楽しもうと。
「では7曲目!HappyHol(ida)y!いくよー!!!」 「―――と、その前に余はしばし遊びに行く故、皆探しに行くがよい!見事探究を果たした者は最前列でこの歌を贈ろう!!」 「ゆくぞ!騎士パーシヴァル!」
そして、これが第一回から続くお約束。 ラストの曲は梅田のどこか。否、この街全てを会場として歌う。 この街の、全ての人に届くように。
HappyHol(ida)y.Merry Xmas!!
メリークリスマス! 霧六岡だ! 今年もこの季節と相成った! 実はこの俺、毎年ルナティクスらにクリスマス会の通達をしている。 のだが今年も例年通り参加者0人! 皆それ程までに忙しい労働の奴隷なのか! 聖夜すら祝えぬ悲しきエコノミックアニマルよ! だがそこに手を伸ばすが救い主! 厳重に鍵を掛けられた玄関をプラスチック爆弾で蹴破りサプライズパーティーの時間だ! よぉ両石! 諸人こぞりて! なんだその突如として台風が訪れたかの如き表情は!? 玄関が爆破され無くなった? それは気の毒に……。俺も最近もう一つの記憶において、 全身にダイナマイトの爆風を浴びて重傷と相成ったため爆弾の恐ろしさは非常に分かる! ようし!! 慰安の意も込めてクリスマスならではの食事を貴様にふるまってやろう! クリスマスといえば? チキンか? ケーキか? 断じて否!! 今宵の聖夜は鮭が支配する! 何故か? 巷ではシャケをクリスマスに食すが流行らしい。俺もそれに乗っかりたいと思う。 俺は流行に敏感な男だからな。なんだその時代遅れの軍服を羽織る男を見るような眼は?
まずはサーモンブロックを豪快に切り刻む。 次にネギを輪切りに、大葉を茎を切り適度に千切り入れる。 そしてそれらを混ぜ、狂ったかのように包丁で叩きつける!! 醤油、おろし生姜、隠し味に味噌を少々入れ味を整え、完成だ! これぞ我が至宝「サーモンなめろう」! 米にもあえば日本酒にもあう! ああシソのアクセントが実に最高だ! やはり日本人は聖夜にも米と酒だ! 疲れも寒さも玄関も吹き飛ぶというものだ! どうした両石笑え笑え! 何? 玄関を吹き飛ばしたのは俺? ははは! 皆まで言うな! 玄関無しではその恰好は寒かろうよ何せ胸元丸出しだからな! 何なら俺の家に来るか? 床暖房完備だぞハッハッハッハッハ! などと冗談を言っていたら玄関の恨みを晴らさんとばかりに、 性欲増強剤を限界まで投与された両石お手製の改造性奴隷5体を着払いで送られた おのれ両石めこれほどの怒りとは! 玄関の恨みとはかくも恐ろしい! 親しき仲にも礼儀あり。俺は次からは丁寧に窓を割って侵入しようと 迫りくる両石の肉人形どもを殺しながら胸に固く誓ったのであった。
「オい、マスター。腹がへったぞ。はやく食事にシろ、そろそろハンバーガー以外も食わせロ」 何時ものようにギドィルティが空腹を訴えてきた。毎日三食飯を与えているはずなのに腹が減ったと喚いている。 少し前にも腹が減ったといいながら俺の腕を齧っていたがコイツの食欲はどうなっているんだ。 そんなことを考えながら、唐突に今日が何の日だったかふと思い出した。 ハンバーガー以外が食べたいという不満を漏らす声を背に、俺は出かける準備を行う。 「オい、どこ行くンだマスター。腹がへったぞ」 「うるせぇちょっと待ってろ!おとなしく待ってねぇと飯食わさねぇぞ!」 声を荒げながら自身のサーヴァントにそう言い、抗議の視線を感じながら外へ出た。 しばらくしてから戻ってくると、早く飯にしろと言わんばかりの顔のギドィルティが椅子に座って待っていた。 「戻っタかマスター、イい加減腹が減ったぞ。はやく食事にシろ、どうせまたハンバーガーだロ」
ハンバーガーの何が不満なんだよ、と思いながらも抱えていた多数の紙袋をテーブルに置きながら、その中身を取り出していく。 大量のハンバーガー、何時もの食事内容。しかし今日はそれだけではない。 普段買っているハンバーガーのものではない紙袋から、白いクリームやイチゴで彩られたホールケーキを取り出す。 それもひとつだけではなく、様々なフルーツが特徴のホールケーキや、チョコレートケーキなどのホールケーキを多数取り出した。 「オお、なんダなんダ?今日はヤけに食事の量が多イな、ソれに今日はハンバーガー以外モあるナ」 「まぁ…クリスマスだしな、偶にはいいだろ」 「クリスマスか、よくワからんがハンバーガー以外のウマイものを食えルんダな」
ギドィルティはそう言いながら、楽しそうにどれを先に食べるか見定めている。 その様子だけ見ればただの小さな子供のようだな、と思う。 それと同時にもし自身に家族がいて子供がいれば、同じような感じなのだろうかという考えが浮かぶ。 愛する人がいて、愛する子供がいて、そんな普通の幸せな光景。 そんな光景が浮かび、そんな未来は来ないだろうと否定する。 何を勘違いしているのだろうか。俺にはそんな資格はない。俺に普通の幸せなど有り得ない――― 「ああそうダ、マスター。こういうトキに言うコトバがあったな。アリガトなマスター」 突然アイツはそう言うと、何時ものように大きく歯を見せながら笑顔を見せる。 何時もの見慣れた何でもない笑顔ではあったが、何故だが今日はその笑顔につられて自身も笑みを浮かべた。 「クリスマスだからな、偶にはな…」 これはただの気の迷い、だが今は。今だけは。 この気の迷いも悪くはないのかもしれない。
「うんうん、なカなかうまいぞ。りょうガあと1000倍あればいイんだがな」 「は…?おい、もうあれ全部食ったのかよ!ふざけんじゃねぇよ結構高かったんだぞアレ!それを一瞬で食いやがってクソッたれ!」
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一般的に性器言われるんは厳密には外性器というてね
お母さんのお腹の中におる時には男の子でも女の子でもおんなじ形やったりするんよ
で、実際に子供を産むとなった時に、植物でいう雄しべと雌しべの役割を果たすんはこの外性器+内性器
内性器というとまぁ男の子やったら精巣、所謂睾丸とそこで作られた精子の通り道になるし
女の子やったら卵巣と卵子が定着する先としての膣と子宮になるわな
雄しべのやくっちゅうんは外性器、中に入っとる生殖細胞が精子に相当するし、雌しべの柱頭から子房に至るまでの部分は外性器から子宮でその中にある生殖細胞が卵子になるかな
ダンダンダンッと重厚な発射音が「神戸」で鳴り響く。
音の正体は男が持つ銃、AA-12と呼称されるフルオートショットガンの射撃音。
「クソったれが、何時ものことだが今日も鉄クズが湧いてやがる…おい、まだ生きてるか?」
そう言う男の視線の先には、怯えた表情をしながら銃を構えているまだ十代前半と思われる少女が座り込んでいた。
周囲には先程まで戦闘を行っていた形跡があり、いよいよ追い詰められていた様子と言った所だ。
「おいガキ、こんなトコでオネンネしててもいいが早く離れるぞ。直ぐに別の奴が出てくるだろうからな」
男はそう言うと先へ進み始め、慌てて少女は男に追従した。
「お前みたいなガキがなんでこんなトコにいやがる、此処はガキの遊び場じゃねぇんだぞ」
「お前みたいなクソガキは家でママのミルクでも飲んでるのがお似合いだよ」
男の容赦ない言葉を受け、反論する気力もないのか目に涙を浮かべる少女。道中会話は殆どなく、ただ男の悪態を吐く独り言ばかり周囲に響く。
やがて「神戸」の出口付近まで近づき、後はよほど運が悪くなければ脱出できるという所まで辿り着いた。
「オラ着いたぞ、ここまで来ればもう大丈夫だろ、さぁここまでの護衛料を払いな」
男の言葉に少女は驚き、そんな話は聞いていない、ともっともな抗議を行う。しかし男はその言葉に不機嫌そうな表情を見せ、少女に威嚇するかのように大声で怒鳴る。
「お前ここまで俺が居なきゃ死んでだろうがアァ!?俺がどれだけ命がけだったかわからねぇようだなクソガキ!痛い目見ねぇとわからねぇようだな!」
男の剣幕に怯える少女。その時、パンッという発砲音が聞こえると、男の頭から血飛沫が舞った。
普通ならば頭部を撃ち抜かれて死なない人間は存在しない。
しかし、男はまるで何とも無いかのような動きだす。
「チッ、他の回収業者が近くに居やがるな、長居しすぎたぜクソったれ!」
男はそう言うと、凄まじいスピードで走り出した。
常人の何倍も速く走り、あっという間にその場から逃げ出す。
男が逃げ出した直後、数人が少女の元へ駆け寄る。
男の正体は“死に損ない”と呼ばれる違法回収業者だと少女に伝えられた。何もされてなくて本当に良かったと周囲に気遣われながら、少女は無事に保護されたのだった。
「クソったれ、ガキがこんな所に近寄るからこういう目に合うんだよ。今回で身に染みただろ」
“死に損ない”と呼ばれる男はそう言い、不機嫌そうに呟くと、再び「神戸」を歩き始める。
未だ回収されて居ないロストHCUを求めて。
「私は……誰です?」
私が意識を取り戻し目を開いた時、私には何もなかった。
目の前には緩やかな流れの小川に生い茂る草木と動物達。豊かな自然、長閑な里山と言った所だろうか?
私は倒れた古木に寄り掛かるように背を預け、足を伸ばして座っていた。
失われたのは記憶、年齢、そして名前。辛うじて知識はあるようだ。だが、具体的な知識を意識して引き出す事が出来ない。
まるでストレージに眠っているデータのようだ。自分が何者かも分からず、ここがどこかも分からない。
「小鳥さん、ここは何処です? 私が誰か知らないですか?」
小鳥が私に近付いてきたので思わず話しかける。しかし、小鳥は私が話し掛けた事に驚き何処へと飛び立ってしまった。 少なくともこの場所の小鳥には私の言葉は通じないようだ。
……この場所の小鳥?私は言葉の通じる小鳥を知っている?記憶の喪失と眠っている知識の齟齬が私に混乱をもたらす。
少なくとも動物に話し掛けるのは普通ではないと言う知識が頭に浮かぶ、なら人間に会いに行こう。
意を決した私が立ち上がると、立ち上がった事で周囲にいて様子を伺っていた小動物達が驚き、一斉に逃げ出す。
「ごめんなさいです」
そんな意図はなかったのだが、悪いことをしてしまった。ペコリと頭を下げてその場を立ち去るかとにした。
川に沿って歩けば山を降りられると浮かんできた知識に従い、せせらぎを友に草木を踏み締めながら山を降る。
やがて小川は流れの早い大きな川に合流し、人の手の入った山道が目に入った。山の中を歩くよりは大分歩きやすい。
誰か人がいないか周囲を見渡しながら歩いているが、見つかるのは狸や狐、猿、野生の動物ばかりだ。
とその時、一人の老女が遠くに見えた。
「あの、すみません!少し尋ねたいのですが、ここは何処なのでしょうか?私の事を知りませんか?」
私は小走りで山を歩きやすい格好をした老女に近づき、思わず口早に話し掛ける。
「何を言ーちょーの?あんたこげな場所で何をやっちょーの?」
急に話し掛けられた老女は警戒感を露に、私を見る。
先走り過ぎて不信感を与えてしまったかもしれない。
「良う見たらその格好ボロボロじゃなえ!話を聞えて上げーけん!ええけん家に来ない!」
落ち込んでいる私をまじまじと見えていた老女は私の格好が尋常ではないことに気づく。
私は意識していなかったが、どうもボロ布で体を隠すだけのような服とも呼べない何かを纏っているだけだった。
老女は私の手を引くと、足早に彼女の家に向かった。
元気ですね、と彼女が言った。無論、自分に向けたものではない。目線を注ぐ先は、海辺ではしゃぐ子供たちである。サーヴァント達も一緒になって大いに遊ぶ姿は、成る程元気に満ち溢れている。心の底からの同意を込めて、深く頷いた。
天王寺の水面近く、船溜りのないエリアには、リゾート地らしく誂えられた人工ビーチがある。適々斎塾では、この一部を職員の慰安や生徒の水泳授業用に確保している。無論、ただ授業で使うだけ、などということはなく、プール開きの時期には、教員の監督付きという条件で生徒が自由に利用できるのである。
そういう訳なので、時折教員として自分も子供達の面倒を見ている。今日もその当番の日だったのだが、何故か、彼女も付いていきたいと言った。授業を手伝ってもらうこともある為、彼女を臨時教員として加えることは可能だったが、はて、何故この仕事についてきたかったのか。
結局今まで理由は聞かず終いだったが、思い返すと気にかかってくる。嫌ならば答えなくても良いが、と前置きをして、尋ねてみたのだが。
「海を、見たかったんです。貴方と二人で、一緒に」
――少し赤らんだ頰は、さて、太陽に照らされた為だったか、それとも。
おや、マスター。こんにちは。今日は良い天気ですね。私の太陽電池も効率よく稼働しています
私ですか? 私は、どうやら一式機械鎧のようなロボットを開発する技師、ということになっているようです
『深淵の航海者』スキルや、私の中の糸川氏の力もあって、なんとかそれらしいことができています
――私は知っています
“はやぶさ”は勿論、私の先輩方も後輩達も、町角の工場で働く職人さん達が、丹精込めて、丁寧に身体を作ってくれたお陰で、長い旅を成し遂げられたことを
仮初めの世界、仮初めの肉体とはいえ、今度は私が職人さん達の立場になって、人々の役に立つ。人の縁とは、不思議なものですね
あ、でも、私の場合糸川氏以外は人ではありませんね……。こういう場合はどういえばいいんでしょう?
ともあれ、何か複雑な機械について聞きたいことがあればいつでも来てください。私にできることでしたら、他の技術系の方と一緒にお手伝いさせて頂きますね
そうそう。作っているロボットですが、もしかすると特異点解消までに完成するかもしれません。もしそうなったら、マスターを乗せてあげられるかもしれません
確かマスターはロボットがお好きでしたよね? であれば、是非楽しみにしていてください。私も、私を作ってくれた人達の様に、頑張って作り上げてみせますから
ツナギを着たはやぶさに出会った
機械関係で何か困ったことがあれば手伝ってくれそうだ
彼女の霊基が反転してしまったらしい。
“仕事”の折に、文化財の提供者が手渡してきた疲労回復用の霊薬とやらを飲んだらこうなってしまった。
霊基反転、所謂オルタ化。時折話は聞くが身の回りで起こるとは。こんなものを寄越した提供者には後々話を聞きにいく必要があろう。
しかし、それはともかくとして、積極的な彼女というのも面白いものである。口数も多くなったし、事あるごとにスキンシップまでしてくるとは驚いた。
…いやしかし、こうしてスキンシップしてきたところを掴まえて、いつも有難う、と伝えたら。
「あわわ……」
こうして顔を真っ赤にする辺り、あまり根っこは変わっていないようである。
今宵、月が照り輝く。光とは、道を指し示すものである
同時に切り開くものである。切り開くは何か? 未知。不安。隠されし物
その先にあるは真実か。あるいは自我を超えた深淵か。自我を超えれば何があるか
更なる未知。然し一抹の答え。故に尚も進む、其は蛮行なれど愚行非ず
人の本質にして、あるいは意味。そして義務。されど今を生きる愚者、その意義を亡失の彼方へと置く
在りし日の光忘れし愚鈍なる蒙昧。溝鼠。這蟲。人である意味を忘れた物。人の歩む道を避けた物
人に非ず。人に成らず。人に類せず。正しきは、闇を開く獣の性。切り開きし未知に光を求める欲
常世を超え修羅を超え畜生を超え餓鬼を超え獄門を超え、天輪に至るも尚失われぬ確固たる己
失われしも尚失われぬ自らの意志。其を自らの咒と刻む。人たる証は此れ、此の刹那たるのみ
亡者さえも厭う漆黒であろうとも、悪鬼すらも忌む深淵であろうとも、胸に刻みし咒の下誓え
────我らは此処に在り────
月の光の咒の下に集え。この世全ての狂を摘み取りに。地に堕つる雫を踏み躙りに
掌より零れ堕ちたる砂塵を拾う者は非ず。寂静なる地に生命の歌は要らず
今宵、月が照り輝く
「ねぇ~☆ 貴方彼女とか作らないの~?」
いつものように脳細胞が花粉で出来ているような女の声がする。銃の整備の気が散る
「ひっどぉい! 誰のおかげでご飯を食べられると思ってるのかしらぁ?」
俺の殺しの腕のおかげ、そう答えると女は露骨に不機嫌になった
「違うけど違わないのがむっかつく~」
そうか、俺はお前のしゃべり方がムカつく。気が合うな
「そういう事じゃなくてぇ~☆」
十数人の男女が組体操したみたいに作られた奇怪な椅子から降り、ちゃんどらは言う。
「貴方、私の彼氏にならなぁい? きゅふふ☆ 貴方みたいな人が彼氏って、倒錯してて素敵だわぁ☆」
秒で断った。
「なんでぇ!? 私おっぱい大きいし信者(おかね)もあるのにぃ!」
1つ、俺は強い奴が嫌いだが、弱いやつとは付き合いたくない。
2つ、お前は弱い側だ。3つ、生理的に受け付けない。
「なぁに? ワタシが弱いって言うのぉ☆」
試してみるか?
躊躇なく銃口を向ける。抵抗感なくコックを下ろす。迷いなく引き金に指をかける。
「こっちのセリフ……☆」
引き金に指をかけた、と俺の脳が認識した刹那には、俺の周囲に10もの人影があった。
半分が刃、銃、徒手、あらゆる手段を持って俺を一瞬に殺せる間合いに立ち、そしてもう半分が、ちゃんどらの肉壁として立っている。
「誰が、弱いって?」
────────────。
銃を下ろす。向こうも依存者(しんじゃ)共を下げる。怪我したうえで、稼ぎを失ったら笑いものだからな。
────訂正しよう。お前は"弱くない"。
「でも?」
当然、俺の方が強い
「だと思った……☆」
変わらぬムカつく声で小さく笑って、ちゃんどらは奥の方に依存者に担がれ消えていった。
あの女は、ゴミにも劣る悍ましさと蛆虫にも勝る醜悪さが人の形を取ったような女だが、人心掌握だけは本当の強さだ。
強い奴は嫌いと言ったが、あそこまで己に振り切った奴の強さは見ていて飽きない。
……奴の脳天をぶちまけるのは、俺でありたいと思えるぐらいには……、な。
『御門……さん。いえ……ヒカルさん。いつも…ありがとうございます』
カグヤさんの表情はいつも可愛らしく美しいが、今回はいつもとは何かが違うように感じる。
なにか躊躇うような、ほんのり恥じているような…
『……あの…いつもギター…弾いてますよね、私の為に…その、今日は一緒に…演奏…しませんか?』
……ッ!?そ、そんな…まさかこんな日が来るなんて…とうとう僕の気持ちがカグヤさんに伝わった…!
ああ、嬉しすぎてなんだが視界がぼやけてきた。ああ、カグヤさんの姿が歪んでいく。
でも今はそんなことより早く僕の嬉しさも合わせて返事をしなければ!YESって!さぁ言うぞ、言うぞ!
「よ、よろこんでぇぇぇぇ………あれ……」
目の前には見慣れた自分の部屋、カグヤさんは見当たらない。
慌てて周囲を見渡す。
見慣れた自分の部屋、当然カグヤさんは見当たらない。
夢だったのだ、さっきのは自分の都合のいい夢。
その事実に思わず大きくため息をつく。
「…まぁ、そうだよね……ツバメさん居なかったし…あの人いないなんておかしいよね…ハァ…」
幸せな夢ではあったが、現実との大きな剥離に少し落ち込む。
だがいつまでも落ち込んでいられない、自分のこの夢をいつか現実にしてみせる!
そう自身を奮い立たせ、今日も生活の為バイト先へと向かう準備をするのであった。
「親父殿! ようやっと魔術の師匠見つけることが出来た!」
「本当か!? そりゃあめでたいなぁ! というかやっとか!?」
喜んだ顔で勢いよく飛び込んできた息子に対して、"俺"は笑いながら祝いの言葉を口にする。
「おめでとうヘイレム~~。それで何専攻するか決めたの~~?」
「あー…それがだな。まだ正直迷っててだなぁ…」
「死と生について一緒に研究しないかい兄さん」
「お前はまたそれかよ!? 俺は俺の道を行くよ!」
騒がしくも暖かい、目の前で繰り広げられる会話を見て、心が解ける感覚を覚える。
「────こういう家族らしい会話は、暖かく、楽しいものですね。お父様」
「……そうだな……ルシア」
隣に座る長姉の言葉に、"俺"は頷く。そうだ、本来家族とは、こうあるべきなんだ。
義務感に縛られず、疑心暗鬼もなく、心を休められる場所であるはずなんだ。
────だが"俺"は、この可能性(かぞく)を否定した。この道を選ばなかったんだ。
「……ごめん」
その言葉は意識せずに出た。謝らずにはいられなかった。この、本来あるべき幸せを、俺はお前たちから奪ったんだ
────微睡の中で、ザックライアスは目を覚ます。視界には変わらぬカルデアの天井が映る。
そうだ、あれは夢だ。堕天使に支配されなかった可能性。在り得たかもしれないIF。
だがそんな物はない。そんな幸せは有りはしないし、此処から先も起こり得ない。
聖地に自由を求めたあの日から、彼は全てを奪われ、そして凡てを奪い去った。
己の未来を、子の自由を、子孫の可能性を、堕天使の誘惑に負け、その総てを捧げた。
「────……っ」
頬を雫が伝う。どうして自分は、あの日、身に余る渇望を抱いたのだろうか。
そのような後悔だけが、何度も胸中で渦巻き、胸を打つ激痛となって襲う。
『大丈夫かい? 辛いようなら休むかい?』
「……いや、いい。行ける。大丈夫」
通信越しに響く声。それに生返事で返し、彼は立ち上がる。
「これは、俺が選んだ道だから」
失われた命は回帰せず、過ぎ去った時は巻き戻らない。あるのは唯後悔のみ。するべきは、ただ1つの贖罪のみ。
そのために此処にいる。そのために俺はいる。そう自分に言い聞かせ、奮い立たせ、彼は星見の砦に立つ。
進み続ける意志を止めることができるのは、始まりの意志だけなのだから。
フルチューンしたモーターを唸らせ、力の限り自転車を漕ぎながら螺旋坂を突き進んでいく。
「うっえ~~を向い~~たらぁ~星ぃがあってぇ~~~!」
「ぶぇっほ!うぇほぶふ……!ハルナ下手すぎ!!」
「うっさい!!なつかぁしぃ記憶にぃ涙ぁあふぅれ出すのぉ~~~!!」
ご機嫌に流行りの歌を歌いながら―――なのだが、シノが茶化してくるから怒鳴り返す。歌は声量だろ常識的に考えて。
トップスピードで坂の終点をジャンプし、強い冷風が顔を吹き抜ける。
屋上―――市民が出入りできる範囲では一番高い、モザイク市「神戸」の天板に位置する屋外エリアに出てきた私は、自転車を降りてすぐに駆け出した。
空を仰げば、宇宙。
手が届きそうなぐらいに満月が上り、夕刻であっても冬空はすっかり真っ暗な背景に星を散りばめている。
その優美さに一通り胸が沸き立つものを感じながら、その姿をより観察するべく巨大なバッグを漁り始めた。
鏡、紙筒、エトセトラ。見栄えは図画工作みたいだが、これでもカリスマ観測士マナカさん推薦の立派な代物だ。
キチンと組み上げていくと一端の反射望遠鏡に仕上がってくる。
「よーし快晴!今日はよく見えそうだな~っと」
「ふひーつっかれた……あんたよくもまぁ飽きずに見にくるわねぇ。今時外の天気なんて業者が見るもんっしょ?」
今のご時世、空調の効いた「神戸」の中では昔に比べて気象情報を見る者は少ない。
外壁の作業員が利用するポータルをわざわざ覗いて、絶好の観測日和か否かをチェックするのが日課になっていた。
「趣味に時間を費やすのはいいことよー?シノ」
「お勉強とかなさらないんですか……!?私たちそろそろ人生の瀬戸内海に立たされていることですよ!?」
「瀬戸際ね。私はカリキュラムの試験模擬A+判定だったから」
「あーそーでしたね……カリキュラム出たらどこに入るかも決めてるの?奏金?ラジアルメカニカ?」
「そこまではまだ……研究方面が肌に合うなら、三島でもいいかもね」
「あたしはストレガにしようかなー?美の研究とかそんな感じの」
もうそんな時期か。
もうすぐしたら、私たちの年代はHCUの育成カリキュラムを受けてどこかの企業の社員を目指すか、外に出て自由と責任を謳歌するかを決断する。
私たちの言うことやることは大人曰く、聖杯がやってくる前とさして変わらないとか。
聖杯、サーヴァント。私はまだ後者を持ってはいないけれど、この辺の順応は皆割と早い。
テレビじゃ今後の危険性を訴えたりもしたが、すっかり聞かなくなったあたり誰も関心がないようだ。
ここはそんな街だ。
現在に熱狂し、過去も未来もキャッチーでなければ沈んでいく。爆ぜる泡の如きモザイク市。
対して、何千年も変わらず在る星々のなんと静かなことか。
―――などと感傷に浸るが、最新式の端末で望遠鏡の連動アプリを弄りながらだと説得力が無いかもしれない。
まぁ、結局何をするにしても楽観的にテクノロジーを頼るのが、良くも悪くも私たちの種なんだろう。
「まぁまぁ、そんなことよりジュリもどう?星見る?」
「えー……天の川どこ?織姫様に出会いをくださいって一念送りたいんだけど」
「今は冬だし……」
「あーじゃあアレ、あのでっかいの何?何等星?」
「……あぁ、アレは一等星より明るいやつで―――」
―――
――
―
―――上を向いたら、星があって。
空を仰げば、天井。
どこまでも上部構造は高く、真っ暗闇を背景に朽ちかけた人工太陽が頼りない光量で地上を照らす。
―――懐かしい記憶に、涙溢れ出すの……
2025年
もしもし…はい、そうです。俺です…お久しぶりです。
はい…ええ、俺は元気です。そちらは…?
そうですか、特に変わったことは……そうですかお変わりなく…
ところでお子さんは元気ですか?……そうですか、それはよかった。
……そういえば小切手、また届きました…?ええ、例の……ああそうですか届いてる…
今ですか?今は……今は日本で仕事をしています。
すいません、急な話で……はい、すみません連絡せずお騒がせしました。
………いえ、俺は貴方たち家族に会わせる顔なんてないですから。
…大丈夫です、心配しないでください。慣れない環境ですけどなんとかやっていけてます。
はい…ありがとうございます、それじゃあお元気で。
もしもし……ああ、俺だ…ああアレか。この前回収したアレなら…
アァ…?ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ、アレを回収するのに俺がどれだけ苦労してきたと思ってんだ!
オイ、何がそういう訳だふざけた事言ってんじゃねぇぞオイ!オイ待……クソが言うだけ言って勝手に切りやがった!
チクショウ何が回収期待してるだくたばれクソ野郎…!
……おいギドィルティ!また「神戸」にいくぞ準備しろ!
ギドィルティ……ギドィルティ!!クソ居ねぇ!アイツ何処行きやがった!
__________しゃんしゃんしゃん、しゃんしゃんしゃん。
モザイク市「天王寺」の雪降る聖夜の寒空を、ベルの音を響かせながら一台のソリが翔けていく。
けれどソリを引くトナカイは影のように真っ黒で、ソリに乗ったサンタは四人もいる。
もこもこのサンタ服に包まれた銅色の髪の少年は、夜空を駆けるソリに目を輝かせ、両手を挙げて風を切る気持ちよさを堪能している。
彼を抱えた、控えめにサンタ帽だけ被った学生服の銀髪の少女は、不服を申しながらももその顔はまんざらでもなさそうで。
先頭に立つ、赤いスーツに付け髭までつけてサンタになりきった青年は、次の家はどこですか、と背負った袋からプレゼントの箱を取り出し。
その隣に腰掛ける、巫女服を模したふわふわのサンタ服を着た黒髪の少女は、次はあちらですね、と手のひらサイズの鏡を通して天王寺の街を見渡している。
クリスマスキャロルという小説では、ごうつくばりのスクルージの元に三人の精霊が現れ、過去と現在と未来を見せて、彼を改心させたという。
だから、少しぐらい「ずる」をしても、今宵は神様も許してくれるだろうと。
巫女の少女はその瞳に移る暖かな未来へ向けて、夜空にソリを走らせていく。
今年のクリスマスは、天王寺では二台のソリが夜空を駆け。
そして天王寺に住む少年少女たちは、前の年より一つ多くプレゼントを貰ったのだと、いつもより賑やかに聖夜を過ごしたのだとか……
今日の授業内容が保健だ、と聞いて、少し顔を赤らめるのは、きっと私だけでないはずだ。同い年の友人は殆どいないから、あまり自信はないけれど。
ともあれ、いつもの指導室では、センセイが黒板に、いつも通りのとぼけた顔で文章を書き込んでいた。タイトルは、「各種身体機能の成熟について」。こんなこと だとかそんなこと だとか言う無神経な人にはこれくらい許されるはずだ。
簡略化された半身ずつの人間の身体——当然片方は男性、片方は女性——が、ものすごくデフォルメされた下手くそな筆使いで描かれているのを見ると、センセイの不器用はいつまでも変わらないなぁと思う。
「不老不死を獲得しても、人間の持っとる基本的な代謝・成長の機能までは変わらん。つまり、寝る子はよう育つし、たくさん食べれば背丈も腹回りも大きくなりやすい。そんでもって食べたら食べただけ出るものも……」
「センセイ、その先は言わないでください。『最低です』ってヤツですよ。デリカシーないです」
「んぐむっ……ごめん」
書きながら喋るセンセイに、つい反射的に冷たい目線を向けてしまった。
けど、年頃の女の子に堂々と
この辺のトーヘンボクっぷりも変わらないけど、此処は出来れば変えて欲しい。
「……言い方が良くなかったかな。変に軽く言わんと、体重増えるとか、排泄物も出るとか……?」
……訂正、是非とも変えて欲しい。
普段はいいけど、こういう授業のタイミングで、繊細な心情を考えて欲しい時になると、センセイはオンボロロボット並みにポンコツになる。
ここさえ改善されればもっと授業を受けたがる生徒も増えるだろうし、なんならきちんとしたクラスを持つことだってできるだろうに。いまいち人気が伸び悩んでいるのは、この辺も理由としてあると思う。
閑話休題(……だったっけ?)。
それはともかく!と、センセイが咳払いを一つして、今度こそ授業が始まった。
「ともかく、人間は生物であり、従って成長する。此処まではええね?」
「大丈夫です」
「宜しい」
ほないしたら、と続けて、黒板の一角に四角い枠が増える。中黒を一つ打って先生が聞いてきたのは、「成長する場所」について。
「分かりやすいのは身長で、これはまぁ、赤ちゃんから次第次第に大きくなっていくってのが多くの人の当たり前な訳やけど。これ以外で、人間のどんなところが成長するか? ちょっとこの枠に書いてみ」
白いチョークを手渡され、起立を促される。
黒板の前まで来たのはいいものの、急に言われると、流石に少し思い出すのに時間がかかる。
体重……は乙女として言いたくないから、他のもので何か考えよう。
「えーと。まずは……免疫?」
子供より大人の方が病気にかかりにくくなる、そんな印象がある。
ということは、免疫機能、身体の丈夫さも、年齢に比例して上がっていくのでは? という連想から、まず一つ。
それから、筋肉や骨。センセイは身長が伸びるという形で表現したけど、節々に響く成長痛で眠れない夜を過ごしたことは、一度や二度じゃない。
背が伸びる以外にも、身体のパーツ全体が大きくなっていくのだから。
後は……脳の機能。大人になるまでに、脳の神経細胞は増えて、大人になったら後は減っていくだけ。そう聞いた。
なら、大人になるまでの間は成長していくと解釈できるはずだ。
というわけで、書き出したのは「免疫」「筋肉と骨」「脳」の三つ。これでどうだろう、と、席に戻ってセンセイの反応を待つ。
「宜しい。三つとも正解やね」
黒板の枠内に、先生が赤いチョークでくるっと丸を描く。
こうして目で見える形で評価されると、何だかんだ言っても嬉しいものだ。
回答のそれぞれに矢印がつけられて、そのまま解説が書き加えられていく。
「免疫機能、要するに病原体を排除して健康を保つ力。これっちゅうんは、病原体をやっつけるリンパ球を作る『胸腺』と、それを身体中に運び出す『リンパ管』に頼るところが大きいんやな」
「で、こういう器官は、小学校入る前後くらいから、影見と同じくらい、所謂思春期頃にかけて、急速に発達する」
男女の半身図の真ん中、胸のあたりに、内臓っぽいものが描き入れられる。これが胸腺というものらしい。
喉のあたりに増えたのは、リンパ腺だろうか。風邪をひくと、此処が腫れて痛い。それは、身体中にたくさんリンパ球を送って、身体を治す為の反応なのだそうだ。
「まぁ、“聖杯”のある今の人類には、こういう機能の発達はあんまり関係ないんやけどねぇ」
次いで、筋肉と骨。これについては、それ以外にもたくさん発達するものがあるのだとか。
「具体的には、内臓……特に呼吸器系の機能やね」
それは例えば、肺が成長することで、血液に酸素を取り込む効率が上がり、運動しやすくなるとか。心臓も同じように成長して、血液を身体中に送る力が高まるとか。そういうものらしい。
そういえば、小さい頃よりは……逃がしてもらったあの時よりは、走っても息切れしなくなった気がする。これは根拠のあることだったらしい。
「今のうちに体力はつけといた方がええよ。歳食ったら食うだけ筋肉もつきにくなるからね」
……妙に実感のこもった言葉は、多分実体験からだろう。センセイが最近、朝早くから学校の敷地周りをジョギングしてひぃひぃ言ってるのを、私は知っている。
バレてないつもりらしいけど、ビオトープを手入れ中の西村先生がバッチリ目撃していたのだ。
最後に、脳について。さっき私が考えていたのは大体合っているらしく、脳細胞は、大体十八から二十歳くらいまで分裂を続け、そこから先は増えることなく減る一方になる。
機能としての完成は、大体六歳くらいまでに完了するそうで、小学生未満の時の記憶が朧げになりやすいのは、単に昔のことだから、というだけではなく、脳機能の発達が未熟だったから、という可能性もあるのだとか。
それでも鮮明に記憶に残っていることがあるなら、それは相当印象的なことなのだろう、とも。……成る程。やっぱりこれも身に覚えがある。
「今の時勢やと、生まれてからすぐに聖杯で調整したら、その辺も確実に記憶したまんま成長できるんかもしらんけど。流石にそれやったて話は聞かんなぁ」
「その時にあったことを後から忘れるなんて、その時には思わないですし。子供ならなおさらですよね」
「まさにその通り。今この瞬間考えとることなんか、ほんの一瞬で思い出せんようになるんにな」
どこか遠い目で見るセンセイの言葉は、センセイ自身の普段の主義あってこそだろう。
忘れられて消えることは、ただ死ぬよりも恐ろしいことだと。だから、覚えておかないといけないのだと。
「影見。写真でもなんでも、大切なもんは、忘れんうちに形に残しておきなさいね」
……センセイが其処まで忘れることを恐れる理由を、私は知らない。きっと聞いても教えてはくれないだろう。
ただ、言っていることは、良く分かった。忘れてしまえることは、人間が生きていく為に必要な機能で。だからこそ、残酷なまでに優しい。
「……辛気臭くなってしもたね。一旦この話は終わりにしよか」
「……はい」
手を一回、ぱちんと叩く。これでこの話はお終い。授業に戻ろう。いつも通りのとぼけた顔で、話を切り替える。
正直なことを言えば、センセイの昔話も気にはなるが、今は学びの時間だ。興味があっても、それは後回し。その代わり、必ず聞く時間は設けてくれる。
答えてくれるかどうかは別だとしても、そういうところへの気配りがあるのは有難い。ちゃんと話を聞いてくれているんだと、そう思える。
「さぁて。これで3つ、人間の身体の成長点を挙げてくれた訳やけど、まあ大体これが肉体的成長で代表的なとこやね」
これまで書いた内容と、男女の半身図の各部位を結びつけて、どういう場所が発達してくるかが示される。
こうして図で見ると、心臓や肺と身長なんかが大きくなってくるのは、多分連動しているのだろうな、と思う。
大きくなった肉体に、欠かさず血液を送り込む為に、連動して心臓が発達し、血に酸素を取り込む為に、肺の機能が主に発達してくるのだろう。
脳については、基礎部分が完成した後、それを補修して仕上げるような形で神経細胞の分裂が続くのだろうか。
面白いと思ったのが、センセイが書き加えた「成長・発達率の線グラフ」だ。
多くの機能が、大人になるにつれて少しずつ発達していくのに対し、免疫の機能だけは、思春期頃に、大人の頃よりもずっと発達しているらしいのだ。
「子供は風の子って言うんは、案外ほんまかもしらんね。実際に大人よりも元気を保つ機能がよく発達しとるんやから」
さっきとは違って、暗い色のない、何処か懐かしむような。さっきあんなに沈み込んだ重さを持っていた目と、同じ人間でもこんなに違うのだろうか、というほど優しい目。
それが向けられている先は、『適々斎塾』の敷地内に隣接して置かれている小学校の方向。
個人指導課程とはカリキュラムも違う為、あちらはもうお昼ごはんを食べ終わった後、昼休みだ。元気に遊んでいる声が聞こえてくる。
……そんな風にして、「若いもんはいいなあ」なんて言う歳じゃないでしょ。とは直接言わないけど、本当に老け込んでいる。それで本当にまだ二十歳代なのか。
「……あれ。センセイ、線グラフにもう一つ説明がついてないのがありますけど」
ちょっと呆れながら板書していると、ふとそれに気がつく。線グラフは一本一本が別々のことについての数値を示しているはずだけど、一本、なんにも説明されてないグラフが。
「ん? ……あー。あー、あー、あー。それな。取り敢えず書いといて頂戴。詳しいことはまた別の先生が教えてくれはるから……」
「どういうことです?」
珍しい。センセイでは説明できないことでもあるのだろうか。基本的に何を聞いても答えてくれると思っていただけに、ちょっとビックリだ。
と、思ったのだが。言葉を濁していたセンセイが、観念するように絞り出した言葉で、色々納得した。
「其処はやな。所謂『性機能』に関する単元やから、俺が教える訳にはいかんのよ」
「……アッハイ」
……それは無理だ。私も流石に其処について教わるのは嫌だ。うん。じゃあ仕方ないね。
結局その日は、その部分だけを避けて、教科書でそういう説明を受けて終わった。
センセイはなんともなかったけど、ちょっと私は顔が赤かったかも知れない。
……ココノもおんなじことになったら恥ずかしがるよね。別に私が初心ってだけじゃないよね。
街が愉快な、聞き馴染んだ音楽に溢れる時期。
私は決まってあの頃のことを……数年前までの日々を思い出す。
信頼出来る仲間が居た。志を同じくした親友が居た。私を見てくれる、大勢のファンが居た。
あの大舞台で……たくさんの光を浴びて。色とりどりの光の波を、ステージの上から眺めていた。
七色のペンライト、溢れんばかりの歓声、満ちる音楽。目を瞑れば今すぐにでも思い出せるのに。
……街頭のショーウィンドウに積み重ねられた液晶に映るのは、美しい金髪を揺らす二人組。
妬ましい、と言うつもりもないし羨ましいわけでもない。
ならばこの胸に募る感情は……底のない穴を埋めようと、必死に物を投げ入れては落ちていく、そんな感情は。
…………後悔、なのかな。
聖夜。私が訪れたのは難波から遠く離れたモザイク市、名古屋。
この時期にのみ開催される特殊な大会……『SoD』の特別ルール版に参加すべく、遠路はるばるやって来たというわけだ。
都市軍のクリスマス会に参加するのも何だか気まずいし、かといって一人寂しく聖夜を迎えたくはない。
そしてこの鬱屈とした感情を少しでも誤魔化すように……私は、この薄暗く仄暗い排煙の街に降り立った。
光に溢れるあの舞台とはまさに真逆。こんな所に私が求めるものはないと……わかってはいても、それでも。
『おい、あれ……こるりんじゃねーの?』『マジかよ、この大会に出るつもりか?』『非リアの憂さ晴らしイベントに……』
参加者と思しき周囲の人々からは、そんな事を言いたげな視線がビシビシと飛んでくる。
……わかってる。それでも、私はいてもたっても居られなかった。どうせもう……守るべきプライドもないんだし。
配信用のカメラをセットし銃器の手入れを済ませておく。まもなく時刻は0時を迎える頃。
どうせ何をしても気持ちが晴れないのなら……せいぜい暴れて暴れて暴れ倒して――――――――
「あっ……あの!」「……へっ」
意識の外から投げかけられた言葉に、思わず小さく声が漏れる。
目を向けるとそこに立っていたのは……自分の歳の半分ほどの、まだ幼い少年だった。
参加者……にしては少々若いか。いかにも新米といった出で立ちの少年は、その手に銃……ではなく、色紙を握り締めていて。
「コルリさん……ですよね。ぼ、ボク……い、いつもコルリさんの配信見てて……」
思いがけない言葉に唖然としてしまった。そしてたどたどしい言葉でその少年は、俯き加減で話を進める。
「立ち回りとか、凄くうまくて……いつも、参考にしてて……コルリさんのおかげで、ボク……初めて勝てて……」
「そ、その……えっと……だから……ボク、コルリさんの……ふぁ、ファンなんです……!」
……緊張し、泳ぎながらもまっすぐとこちらを見据えるべく向けられた瞳。
純粋で、曇り無く……心の底からの真意で語られたその言葉に、私は思考を奪われてしまった。
ファン。私の、ファン?そりゃ私には……アイドルだった私には、数百ではきかない数のファンがいた。
でもそれは昔の話。アイドルファンなんて正直なもので、今では「私のファン」を名乗る人間などまず居ないだろう。
だというのに彼は……私のファンなのだと語った。私が活動していた頃にはまだ物心も継いていなかったであろう、その少年が。
ああ、そっか。
こんな私でも見てくれている人はいる。
表立って目に見えないだけで……画面の向こうで、私に憧れてくれる人がいるんだ。
その視線は、直接私の身体に届くことはないけど……カメラ越しに、ネット越しに。私を待ってくれている人が居たんだ。
今、目の前で向けられたその真っ直ぐな視線は―――――いつかあの舞台に立っていた時のような。
いや、あのときよりも心地良く……キレイな感触で。
「それで……も、もしよかったら……サインと、あ、あ、握手――――」
差し出された手を握り、少年の頭を撫でる。そして次に、生笑顔のおまけつき。
「……これでも昔はクールキャラで売ってたんだから。私の笑顔はプレミアモノよ?」
そんな言葉を返して立ち上がる。気がつけば試合開始の30秒前、そして聖夜を迎える30秒前だ。
どこか惚けた様子の少年も、カウントダウンを聞いて我に返ったか、頭を振るって己を鼓舞する。
……立つ舞台は違うけれど。あの日見た光も、歓声も届くことはないけれど。
私を見てくれる人がいる。私を心待ちにして、画面の前で応援してくれている人がいる。
それだけで―――――――もう後悔も、迷いも無くなった。
『SoD:ホリデー・ナイト・フェスティバル!レディ――――――』
戦場より、メリークリスマス。
数年越しの皆へのプレゼント、楽しんでくれるかしらね?
クリスマスですねカグヤさん!
今夜もとても美しいですねカグヤさん!
クリスマスという日にカグヤさんの姿を見ることができて僕はなんて幸せなんだろう!
今までクリスマスを家族とか友達とかと何度も過ごしてきてどれも楽しかったけどここまで僕の心が浮き立つのはやっぱりカグヤさんだけなんだなぁ…
ああ雪まで降ってきてホワイトクリスマス!
カグヤさんの月のように綺麗な金色の髪に雪が映える!
今この光景を写真に収めるだけで歴史に残る写真が生まれること間違いなし!
そんなカグヤさんを見ていると胸の内から言葉にできない気持ちがドンドン溢れ出てこれは…愛…!
ああ聞きたい聞きたい!カグヤさんのピアノが聞きたい!
むっインスピレーション湧いてくる!
聞いてください僕の気持ちを込めた歌を!ララララー!ラララー!
誰ですか今微妙な歌って言った人!すいません精進します!
聖なる夜。「天王寺」にサンタクロースが現れた、と、都市情報網では話題になっている。
聖ニコラウスが召喚された、或いは該当地域へ現れた、という情報もないから、当然多くの人々が驚き戸惑い、しかしその慶事を喜んでもいる。
事前にカレン・ミツヅリに根回しをしておいたのは正解だっただろう。空への道を断絶した世界も、この細やかな「飛ぶ」という奇跡を許してくれたようだ。
或いは、「この世ならざるもの」としての性質を宿す虚数魔術と、偉大な巫王の呪力による隠匿が、一時的にとはいえ効いたのかもしれないが。
しかし、ともあれこの寒い中、サンタをしてくれたツクシとスバル君、そして彼女にも、労いをしなければなるまい。
という訳で、自身の生活費から負担にならない程度に少しずつ削った金で以て、「難波」で人気のケーキを予約してあったものを引き取ってきた。
普段甘いものを好んで食べるところは見ないものの、土産の菓子などが食卓に出てきた時に顔が緩んでいるのは確認済みだ。きっと子供たちだけでなく、彼女も喜んでくれるだろう。
……と、考えていたのだが。単身ケーキを受け取ってから帰ると、出迎えてくれた三人ともが何やらそわそわしている。
不思議に思いながらも、外からそれとわからないように覆ってあるケーキを取り出して、卓上に並べようとした途端、声が重なった。
「クリスマスケーキを買ってきました」。え、と思って彼女を見れば、ぽかんとした顔で、自分が買ってきたものと全く同じものを、冷蔵庫から出している最中だった。
顎が開いて戻らなくなった。ツクシは目を丸くした。そのまま、些か気まずい時間が流れた。
しかし、スバル君がにこにこ笑って言ったものだから、そのまま、誰ともなく吹き出してしまった。「おそろいですね。なかよしさんです!」
ああ、全く。仲の良いことだ。考えることまで似通ってしまうとは、確かに「なかよしさん」であろう。
結局、今日だけは「デザートのおかわりあり」だということで、各々、食べるだけ食べることにした。
体重を気にしてか、一切れだけで良いと言っていたツクシも、最終的には、スバル君に押されて二切れ目に手を伸ばしていた。
そのスバル君本人もまた、普段とは少しばかり様子の違う健啖ぶりを見せていた。曰く、「みんなでわけてるからへいきです」、とのこと。自分達4人で分けるから食べ切れる、ということだろうか?
そして、彼女も。その所作は、いつもどおりに綺麗で静かなものであったが、いつも以上に柔らかい表情を浮かべていることは、すぐに見て取れた。
「美味しい、ですね?」
微笑むその言葉に、頷く。長らくこんな団欒を囲うことなど、なかったのだが。誰かと一緒に、祭日を祝うというのは、幾つになっても良いものだ。
聖なる夜。もう一人───いや、四人のサンタクロース達は、こうして、静かに時間を過ごしていった。
昔から、この街のこの日は煌びやかに飾られる。
それは自分にとっては至極当たり前の景色であり、彼女から本当はそういうのではないと言われてさぞ驚いたものだ。
だから恐らくは、自分が生まれる遥か昔から続く伝統のようだ。
階層の吹き抜け部に鎮座する途方もなく巨大な樹木には、眩しいほどの電飾が巻きつけられ、
いつもの複合商店では様々な物品―――特に玩具とゲームがセールを始め親子が殺到する。
各居住区においては、家族水入らず、ケーキを囲んで聖夜を祝っていることだろう。
残念ながら、自分はその輪には入れない。
だが、より盛大なパーティーには参加している。
「―――!!皆、ありがとう―――!!!」
玉滴の汗を散らし、マイクを握りしめ直す。6曲目を歌い切り、ステージの熱気は最高潮。もはや先日からの寒波などどこ吹く風だ。
一昨年から始まった、自分とパーシヴァルのユニット「Ars-L」による聖夜ライブ。最初の年は息絶えそうなほどに疲れ果てていたのを覚えている。
肉体もそうだが、心も。思えばこの時期から活動が本格化し、同時に自分の時間の多くは仕事に費やされた。
勿論、都市軍の指揮官も、アイドルも。何れもがいつか王となる自分に課せられた責任であり、その責を放棄することは許されない。
許されない、のだが。それでも。拒否反応を示す心情を隠すことができなかった。
こともあろうにパーシヴァルの前で、泣き出してしまい……恥ずかしいので思い出すのはやめよう。
―――だが、そんな不甲斐ない自分を、パーシヴァルは笑って街に連れ出してくれた。半ば強引に予定をキャンセルし抜け出したのだ。
その間だけは立場を忘れられた。一介の10歳ほどの子供として、求めていた喜びを享受することができた。
故に、その年の聖夜が終わる瞬間を、心から惜しんだものだが―――
そこですれ違った者―――似た年の子供だったかもしれない、その者の顔を見て、唐突に頭が冷えた。
ライブ、楽しみだったのに。と。
―――咄嗟に、歌い出した自分がいた。
パーシヴァルも最初は呆気に取られていたが、すぐに自分に続き、気づいた皆に囲まれてそこが新たなライブの会場となった。
奪われるだけでも、与えるだけでもない。
この聖夜を、この街だけの賑やかなクリスマスを、皆で共に楽しもうと。
「では7曲目!HappyHol(ida)y!いくよー!!!」
「―――と、その前に余はしばし遊びに行く故、皆探しに行くがよい!見事探究を果たした者は最前列でこの歌を贈ろう!!」
「ゆくぞ!騎士パーシヴァル!」
そして、これが第一回から続くお約束。
ラストの曲は梅田のどこか。否、この街全てを会場として歌う。
この街の、全ての人に届くように。
HappyHol(ida)y.Merry Xmas!!
メリークリスマス! 霧六岡だ! 今年もこの季節と相成った!
実はこの俺、毎年ルナティクスらにクリスマス会の通達をしている。
のだが今年も例年通り参加者0人! 皆それ程までに忙しい労働の奴隷なのか!
聖夜すら祝えぬ悲しきエコノミックアニマルよ! だがそこに手を伸ばすが救い主!
厳重に鍵を掛けられた玄関をプラスチック爆弾で蹴破りサプライズパーティーの時間だ!
よぉ両石! 諸人こぞりて! なんだその突如として台風が訪れたかの如き表情は!?
玄関が爆破され無くなった? それは気の毒に……。俺も最近もう一つの記憶において、
全身にダイナマイトの爆風を浴びて重傷と相成ったため爆弾の恐ろしさは非常に分かる!
ようし!! 慰安の意も込めてクリスマスならではの食事を貴様にふるまってやろう!
クリスマスといえば? チキンか? ケーキか? 断じて否!! 今宵の聖夜は鮭が支配する!
何故か? 巷ではシャケをクリスマスに食すが流行らしい。俺もそれに乗っかりたいと思う。
俺は流行に敏感な男だからな。なんだその時代遅れの軍服を羽織る男を見るような眼は?
まずはサーモンブロックを豪快に切り刻む。
次にネギを輪切りに、大葉を茎を切り適度に千切り入れる。
そしてそれらを混ぜ、狂ったかのように包丁で叩きつける!!
醤油、おろし生姜、隠し味に味噌を少々入れ味を整え、完成だ!
これぞ我が至宝「サーモンなめろう」! 米にもあえば日本酒にもあう!
ああシソのアクセントが実に最高だ! やはり日本人は聖夜にも米と酒だ!
疲れも寒さも玄関も吹き飛ぶというものだ! どうした両石笑え笑え!
何? 玄関を吹き飛ばしたのは俺? ははは! 皆まで言うな!
玄関無しではその恰好は寒かろうよ何せ胸元丸出しだからな!
何なら俺の家に来るか? 床暖房完備だぞハッハッハッハッハ!
などと冗談を言っていたら玄関の恨みを晴らさんとばかりに、
性欲増強剤を限界まで投与された両石お手製の改造性奴隷5体を着払いで送られた
おのれ両石めこれほどの怒りとは! 玄関の恨みとはかくも恐ろしい!
親しき仲にも礼儀あり。俺は次からは丁寧に窓を割って侵入しようと
迫りくる両石の肉人形どもを殺しながら胸に固く誓ったのであった。
「オい、マスター。腹がへったぞ。はやく食事にシろ、そろそろハンバーガー以外も食わせロ」
何時ものようにギドィルティが空腹を訴えてきた。毎日三食飯を与えているはずなのに腹が減ったと喚いている。
少し前にも腹が減ったといいながら俺の腕を齧っていたがコイツの食欲はどうなっているんだ。
そんなことを考えながら、唐突に今日が何の日だったかふと思い出した。
ハンバーガー以外が食べたいという不満を漏らす声を背に、俺は出かける準備を行う。
「オい、どこ行くンだマスター。腹がへったぞ」
「うるせぇちょっと待ってろ!おとなしく待ってねぇと飯食わさねぇぞ!」
声を荒げながら自身のサーヴァントにそう言い、抗議の視線を感じながら外へ出た。
しばらくしてから戻ってくると、早く飯にしろと言わんばかりの顔のギドィルティが椅子に座って待っていた。
「戻っタかマスター、イい加減腹が減ったぞ。はやく食事にシろ、どうせまたハンバーガーだロ」
ハンバーガーの何が不満なんだよ、と思いながらも抱えていた多数の紙袋をテーブルに置きながら、その中身を取り出していく。
大量のハンバーガー、何時もの食事内容。しかし今日はそれだけではない。
普段買っているハンバーガーのものではない紙袋から、白いクリームやイチゴで彩られたホールケーキを取り出す。
それもひとつだけではなく、様々なフルーツが特徴のホールケーキや、チョコレートケーキなどのホールケーキを多数取り出した。
「オお、なんダなんダ?今日はヤけに食事の量が多イな、ソれに今日はハンバーガー以外モあるナ」
「まぁ…クリスマスだしな、偶にはいいだろ」
「クリスマスか、よくワからんがハンバーガー以外のウマイものを食えルんダな」
ギドィルティはそう言いながら、楽しそうにどれを先に食べるか見定めている。
その様子だけ見ればただの小さな子供のようだな、と思う。
それと同時にもし自身に家族がいて子供がいれば、同じような感じなのだろうかという考えが浮かぶ。
愛する人がいて、愛する子供がいて、そんな普通の幸せな光景。
そんな光景が浮かび、そんな未来は来ないだろうと否定する。
何を勘違いしているのだろうか。俺にはそんな資格はない。俺に普通の幸せなど有り得ない―――
「ああそうダ、マスター。こういうトキに言うコトバがあったな。アリガトなマスター」
突然アイツはそう言うと、何時ものように大きく歯を見せながら笑顔を見せる。
何時もの見慣れた何でもない笑顔ではあったが、何故だが今日はその笑顔につられて自身も笑みを浮かべた。
「クリスマスだからな、偶にはな…」
これはただの気の迷い、だが今は。今だけは。
この気の迷いも悪くはないのかもしれない。
「うんうん、なカなかうまいぞ。りょうガあと1000倍あればいイんだがな」
「は…?おい、もうあれ全部食ったのかよ!ふざけんじゃねぇよ結構高かったんだぞアレ!それを一瞬で食いやがってクソッたれ!」