「私は……誰です?」
私が意識を取り戻し目を開いた時、私には何もなかった。
目の前には緩やかな流れの小川に生い茂る草木と動物達。豊かな自然、長閑な里山と言った所だろうか?
私は倒れた古木に寄り掛かるように背を預け、足を伸ばして座っていた。
失われたのは記憶、年齢、そして名前。辛うじて知識はあるようだ。だが、具体的な知識を意識して引き出す事が出来ない。
まるでストレージに眠っているデータのようだ。自分が何者かも分からず、ここがどこかも分からない。
「小鳥さん、ここは何処です? 私が誰か知らないですか?」
小鳥が私に近付いてきたので思わず話しかける。しかし、小鳥は私が話し掛けた事に驚き何処へと飛び立ってしまった。 少なくともこの場所の小鳥には私の言葉は通じないようだ。
……この場所の小鳥?私は言葉の通じる小鳥を知っている?記憶の喪失と眠っている知識の齟齬が私に混乱をもたらす。
少なくとも動物に話し掛けるのは普通ではないと言う知識が頭に浮かぶ、なら人間に会いに行こう。
意を決した私が立ち上がると、立ち上がった事で周囲にいて様子を伺っていた小動物達が驚き、一斉に逃げ出す。
「ごめんなさいです」
そんな意図はなかったのだが、悪いことをしてしまった。ペコリと頭を下げてその場を立ち去るかとにした。
川に沿って歩けば山を降りられると浮かんできた知識に従い、せせらぎを友に草木を踏み締めながら山を降る。
やがて小川は流れの早い大きな川に合流し、人の手の入った山道が目に入った。山の中を歩くよりは大分歩きやすい。
誰か人がいないか周囲を見渡しながら歩いているが、見つかるのは狸や狐、猿、野生の動物ばかりだ。
とその時、一人の老女が遠くに見えた。
「あの、すみません!少し尋ねたいのですが、ここは何処なのでしょうか?私の事を知りませんか?」
私は小走りで山を歩きやすい格好をした老女に近づき、思わず口早に話し掛ける。
「何を言ーちょーの?あんたこげな場所で何をやっちょーの?」
急に話し掛けられた老女は警戒感を露に、私を見る。
先走り過ぎて不信感を与えてしまったかもしれない。
「良う見たらその格好ボロボロじゃなえ!話を聞えて上げーけん!ええけん家に来ない!」
落ち込んでいる私をまじまじと見えていた老女は私の格好が尋常ではないことに気づく。
私は意識していなかったが、どうもボロ布で体を隠すだけのような服とも呼べない何かを纏っているだけだった。
老女は私の手を引くと、足早に彼女の家に向かった。