「……辛気臭くなってしもたね。一旦この話は終わりにしよか」
「……はい」
手を一回、ぱちんと叩く。これでこの話はお終い。授業に戻ろう。いつも通りのとぼけた顔で、話を切り替える。
正直なことを言えば、センセイの昔話も気にはなるが、今は学びの時間だ。興味があっても、それは後回し。その代わり、必ず聞く時間は設けてくれる。
答えてくれるかどうかは別だとしても、そういうところへの気配りがあるのは有難い。ちゃんと話を聞いてくれているんだと、そう思える。
「さぁて。これで3つ、人間の身体の成長点を挙げてくれた訳やけど、まあ大体これが肉体的成長で代表的なとこやね」
これまで書いた内容と、男女の半身図の各部位を結びつけて、どういう場所が発達してくるかが示される。
こうして図で見ると、心臓や肺と身長なんかが大きくなってくるのは、多分連動しているのだろうな、と思う。
大きくなった肉体に、欠かさず血液を送り込む為に、連動して心臓が発達し、血に酸素を取り込む為に、肺の機能が主に発達してくるのだろう。
脳については、基礎部分が完成した後、それを補修して仕上げるような形で神経細胞の分裂が続くのだろうか。
面白いと思ったのが、センセイが書き加えた「成長・発達率の線グラフ」だ。
多くの機能が、大人になるにつれて少しずつ発達していくのに対し、免疫の機能だけは、思春期頃に、大人の頃よりもずっと発達しているらしいのだ。
「子供は風の子って言うんは、案外ほんまかもしらんね。実際に大人よりも元気を保つ機能がよく発達しとるんやから」
さっきとは違って、暗い色のない、何処か懐かしむような。さっきあんなに沈み込んだ重さを持っていた目と、同じ人間でもこんなに違うのだろうか、というほど優しい目。
それが向けられている先は、『適々斎塾』の敷地内に隣接して置かれている小学校の方向。
個人指導課程とはカリキュラムも違う為、あちらはもうお昼ごはんを食べ終わった後、昼休みだ。元気に遊んでいる声が聞こえてくる。
……そんな風にして、「若いもんはいいなあ」なんて言う歳じゃないでしょ。とは直接言わないけど、本当に老け込んでいる。それで本当にまだ二十歳代なのか。
「……あれ。センセイ、線グラフにもう一つ説明がついてないのがありますけど」
ちょっと呆れながら板書していると、ふとそれに気がつく。線グラフは一本一本が別々のことについての数値を示しているはずだけど、一本、なんにも説明されてないグラフが。
「ん? ……あー。あー、あー、あー。それな。取り敢えず書いといて頂戴。詳しいことはまた別の先生が教えてくれはるから……」
「どういうことです?」
珍しい。センセイでは説明できないことでもあるのだろうか。基本的に何を聞いても答えてくれると思っていただけに、ちょっとビックリだ。
と、思ったのだが。言葉を濁していたセンセイが、観念するように絞り出した言葉で、色々納得した。
「其処はやな。所謂『性機能』に関する単元やから、俺が教える訳にはいかんのよ」
「……アッハイ」
……それは無理だ。私も流石に其処について教わるのは嫌だ。うん。じゃあ仕方ないね。
結局その日は、その部分だけを避けて、教科書でそういう説明を受けて終わった。
センセイはなんともなかったけど、ちょっと私は顔が赤かったかも知れない。
……ココノもおんなじことになったら恥ずかしがるよね。別に私が初心ってだけじゃないよね。