「宜しい。三つとも正解やね」
黒板の枠内に、先生が赤いチョークでくるっと丸を描く。
こうして目で見える形で評価されると、何だかんだ言っても嬉しいものだ。
回答のそれぞれに矢印がつけられて、そのまま解説が書き加えられていく。
「免疫機能、要するに病原体を排除して健康を保つ力。これっちゅうんは、病原体をやっつけるリンパ球を作る『胸腺』と、それを身体中に運び出す『リンパ管』に頼るところが大きいんやな」
「で、こういう器官は、小学校入る前後くらいから、影見と同じくらい、所謂思春期頃にかけて、急速に発達する」
男女の半身図の真ん中、胸のあたりに、内臓っぽいものが描き入れられる。これが胸腺というものらしい。
喉のあたりに増えたのは、リンパ腺だろうか。風邪をひくと、此処が腫れて痛い。それは、身体中にたくさんリンパ球を送って、身体を治す為の反応なのだそうだ。
「まぁ、“聖杯”のある今の人類には、こういう機能の発達はあんまり関係ないんやけどねぇ」
次いで、筋肉と骨。これについては、それ以外にもたくさん発達するものがあるのだとか。
「具体的には、内臓……特に呼吸器系の機能やね」
それは例えば、肺が成長することで、血液に酸素を取り込む効率が上がり、運動しやすくなるとか。心臓も同じように成長して、血液を身体中に送る力が高まるとか。そういうものらしい。
そういえば、小さい頃よりは……逃がしてもらったあの時よりは、走っても息切れしなくなった気がする。これは根拠のあることだったらしい。
「今のうちに体力はつけといた方がええよ。歳食ったら食うだけ筋肉もつきにくなるからね」
……妙に実感のこもった言葉は、多分実体験からだろう。センセイが最近、朝早くから学校の敷地周りをジョギングしてひぃひぃ言ってるのを、私は知っている。
バレてないつもりらしいけど、ビオトープを手入れ中の西村先生がバッチリ目撃していたのだ。
最後に、脳について。さっき私が考えていたのは大体合っているらしく、脳細胞は、大体十八から二十歳くらいまで分裂を続け、そこから先は増えることなく減る一方になる。
機能としての完成は、大体六歳くらいまでに完了するそうで、小学生未満の時の記憶が朧げになりやすいのは、単に昔のことだから、というだけではなく、脳機能の発達が未熟だったから、という可能性もあるのだとか。
それでも鮮明に記憶に残っていることがあるなら、それは相当印象的なことなのだろう、とも。……成る程。やっぱりこれも身に覚えがある。
「今の時勢やと、生まれてからすぐに聖杯で調整したら、その辺も確実に記憶したまんま成長できるんかもしらんけど。流石にそれやったて話は聞かんなぁ」
「その時にあったことを後から忘れるなんて、その時には思わないですし。子供ならなおさらですよね」
「まさにその通り。今この瞬間考えとることなんか、ほんの一瞬で思い出せんようになるんにな」
どこか遠い目で見るセンセイの言葉は、センセイ自身の普段の主義あってこそだろう。
忘れられて消えることは、ただ死ぬよりも恐ろしいことだと。だから、覚えておかないといけないのだと。
「影見。写真でもなんでも、大切なもんは、忘れんうちに形に残しておきなさいね」
……センセイが其処まで忘れることを恐れる理由を、私は知らない。きっと聞いても教えてはくれないだろう。
ただ、言っていることは、良く分かった。忘れてしまえることは、人間が生きていく為に必要な機能で。だからこそ、残酷なまでに優しい。